夜明けの時、暁頃に彼らは決戦の地である倉敷山へと赴いていた。
「・・・・・・さて、各々準備はいいだろうか」
開口一番にそう言ったのは何を隠そうレイヴ・ロザンであった。
「正直、最悪だわ」
真っ先に答えたのは七海、真新しい肩と指先には包帯で覆い隠した傷がある。
女性ということも考えてか、後遺症も傷もそう残らないように傷を加えたがそれでも彼女は不満そうだった。
「ふむ、それは結構。ならば今日は最高の日にしようではないか!」
「君が言えることじゃあないと僕は思うけどね」
ついで声をあげたのはアサシン。
しかし、普段の白衣からは一転、ぼさぼさの髪は整髪剤でまとめ上げ、無精ひげを剃り、衣服はカジュアルなスーツ姿である。
彼ならではの最終決戦の意気込みか、心なしかややテンションが高い。
そしてそのアサシンをやんわりと諌めるのはご存知アーチャーであった。
「なぜだ?」
「自分の胸に手を当てて考えなさい」
「ふむ・・・・・・、素晴らしい大胸筋だ。我ながら均衡がとれてる」
「誰もそんなこと聞いてないわよ、人肉フェチ」
アサシンと七海のじゃれ合いもそこそこに、まさにいつも通りの光景とでも言える。
その様子を見て、晴彦は静かに心の中でほっとする。
「まぁ、ここが最終決戦の舞台だ。気を引き締めていこう」
答える声はなく、皆一様に頷いていた。
倉敷山中腹の洞穴、ここがキャスターらがいる虎穴。
入り口から感じられるほどの膨大な魔力に身を震わせながら、彼らは進む。
瞬間、景色は一変する。
「これは・・・・・・」
それはまさしく凍土、凍てつく冷気と吹雪が舞う、曇天の中の銀世界。
まさに、あの固有結界の世界と同じそれであった。
「瓜二つだな」
「ええ、まったくで」
問いに頷く神父、そして侵入者を感知したのか、群がる魑魅魍魎たちの軍勢。
そして、その予想通りの展開通りにレイヴ・ロザンは指示を下す。
「―――タロス」
起動せし巨兵、晴彦たちはそれにしがみつき、或いは乗り込み魍魎の群れを超える。
莫大な熱量とアーチャーの援護を以て、魍魎たちを轢殺して道をつくる巨兵、目指すはこの凍土の中央に位置するキャスターらの居城。
圧倒的な力押しであるが、現在に至ってはそれが可能であった。
何せ、魍魎の多くはあの時の戦いの折りに失っている、それでも急遽この量を増やせたのは感嘆に値するが、神代の巨兵の前では塵に等しい。
「・・・・・・やはり遠巻きに見てくるか」
しかし、かつての戦いとは違い、魍魎たちには然りとした統治者がいる。
そして何よりこの空間においては魍魎たちは先の数十倍の力を持っていることは想像に難くない。
やがて居城にたどり着き、門の前まで来る。
そして新たに現れしは多腕の怪物、バーサーカーの姿であった。
魍魎の数はそれほど削れてはおらず、このままでは後ろから追われ、噛まれることは明白であった。
加え前門には手強い狂戦士。
だからこそ、レイヴは次の指示を出す。
「―――神父、タロス」
「ええ、分かっておりますとも」
神父は晴彦たちの前に立つと、回路に魔力を通し、魍魎たちの眼前へと立ち向かう。
同様にタロスはバーサーカーの前へと相対する。
「お先を、ここが私の仕事です」
城門を背に笑う神父。
老いてなお兵たる老将は奥の手さえ使わなければ継戦能力、経験ともに高い。
そしてこの先サーヴァントが控えるとなれば彼を置いていくのは自明の理だ。
そして、バーサーカーを相手とするなら何よりタロスが適任である。
加え此方は、ヨーゼフ・ウッド・アルビオンにキャスターが此方と繋がっていることを示唆させてはならない。
他ならぬバーサーカーのマスターの前でもだ。
「―――さあ、往きましょう。今の私は相応に本気ですよ。開け、『生命の樹』」
晴彦が最後に見たのは迫りくる魍魎に対して向かう神父とタロスとバーサーカーがぶつかり合う轟音だった。
「案外速かったじゃないかい」
「―――キャスター」
城門を抜け、雪化粧を纏った庭園を過ぎると、そこは城の顔とでも言っていい大広間であった。
趣向を凝らした赤い絨毯と曲線を描く階段を上がった先に彼女は佇んでいた。
キャスターは少しだけ魔力を通すと一瞬で段上から晴彦たちがいる階下まで降り立つ。
「瞬間移動・・・・・・!」
「なにも驚くこともないだろうに、何せここはアタシの領域だよ、出来ないことなんてそうは無いさ」
そう、ここはまさしく彼女の国。
知名度の劣化を防ぎ、各種能力の上昇などの諸々を強化されている。
「さて、少しだけ相手を頼もうかね。通り抜けたい奴は通りな。但し行けるのは二人程度さ」
「ほう・・・・・・」
つまりは二人は抜かしてくれる訳だ。
「・・・・・・ではお言葉に甘えたいが、いいのかね?」
「別に構わんさ、あの馬鹿は確実に足止めしろと言ったんだ。確実にね、流石に四人は骨が折れる。そういうことさ」
それが、つまりはキャスターの配慮だ。
ヨーゼフ・ウッド・アルビオンに不信感を持たれるだろうが、とどのつまりこの状況では致し方ない面もある。
加え、キャスターを御する令呪は残り一画ということを考えれば簡単には切れない。
「案の定、令呪は切ってこないか。そりゃそうだ、アタシに殺されることは無かろうと動けなくすることは出来るんだ。そりゃ怖いわなぁ」
想像通り、キャスターは一人笑みを浮かべた。
ここまでキャスターの予定通りなら、きっと死に様もろくでもない結末になるのは想像に難くないからだ。
「・・・・・・アサシン、行くぞ」
「ほう・・・・・・、指名は私か。ふふふ、とことん好かれたものだ」
「ぬかせ、此方は貴様の死に様が見たいだけだ」
先に進むのはレイヴとアサシン。
最後の敵はヨーゼフ・ウッド・アルビオンであれば、この状況こそが最善他ならない。
「さて晴彦・・・・・・」
準備はいいかと、アーチャーは晴彦に視線を送る。
「大丈夫だ、早瀬さんもいいかな」
「勿論、さっさと倒して先に進むわよ」
はっきりと言い放つ七海、彼女が望むのは聖杯のその姿を見ること、ならばここで立ち止まるわけにはいかない。
「無論だ。先生、後で追い付くからな」
「では期待して待っていよう」
階段を一気に駆け上がり、先に進むレイヴとアサシン。
その姿が見えなくなると、キャスターは晴彦たちに振り返って言い放った。
「さあ、始めようか。アタシたちの戦いを」
「ああ、そうだな!」
響く歌声、芸術の如き魔術の演舞の中、彼らの戦いは幕を開けた。
駆ける、駆ける、ひたすらに駆け行く一人と一騎。
絢爛な古城から一転、奥に進めば進むほど、その中枢は城という人工物からかけ離れていき、終いに風景は元の洞穴に逆戻りであった。
だが、感じる。
とてつもない魔力の波動を一身に受けながらもレイヴ・ロザンは走り続ける。
前を走り続けるアサシンの後ろに続いて強化の魔術をかけながら駆け抜ける。
やがて、洞窟内を駆けるとアサシンは急に歩みを止めた。
「どうし―――」
「静かに、どうやら真打ちの登場らしい」
呼吸を整え、懐のナイフを取りだし、アサシンは一歩一歩慎重に歩みを進める。
やがて、洞窟内の中でも開けた場所が現れると、その手前向こうに一人の物影があった。
「ほう、よく気づいたものだ。しかしキャスターめ、してやられたわ。手を抜いたな」
フードを深く被った男はゆっくりと歩みを進め、レイヴたちに相対する。
「ヨーゼフ・ウッド・アルビオン」
「いかにも、俺様がヨーゼフ・ウッド・アルビオンだ」
そう、彼こそがヨーゼフ・ウッド・アルビオン。
とある結社から派遣されたという、この聖杯戦争の主宰者である。
レイヴは警戒心を強め、アサシンは小さく笑みを浮かべて向かい合う。
「久しいな、悪党。いや、そもそも私の顔を覚えているかな」
挑発するように、アサシンはヨーゼフににじり寄る。
ヨーゼフは心底不思議なようにポツリと漏らした。
「いや、知らんな。生憎余計なことはすぐに忘れる質で―――」
瞬間、アサシンの一刀によって、ヨーゼフが寸断される。
その速さ、まさしく神業なれど肝心なヨーゼフを仕止めるにはあまりにもお粗末であった。
「―――水?」
切り裂かれるローブ、弾け出す大量の水にレイヴは動揺を隠せない。
「そうだ、こいつは水だ。肉体の総てを水へと変化させ、ご丁寧に意思だけを付属したけったいな人間よ」
「人間? これがか」
寸断され、ひしゃげた水はまた一つにかたまり、人型に形を形成する。
「嗚呼、思い出した。あの時のアサシンか、しかし残念だな。俺様には人が持つという致命的な部位は無い。貴様には殺せんよ」
そう、アサシンにヨーゼフは殺せない。
アサシンの宝具は如何なる傷すらも致命傷とすること、殺人鬼として召喚されたアサシンの人間に対する絶対的優位性である。
必然、人に対して必殺足り得るからこそ一撃でも加えれば死は免れない。
それこそ晴彦がやったように患部を直接抉り取る位が対処法である。
そして、ヨーゼフは水。
流動する水を切り裂くことは不可能、そして何よりハンニバルとしてよアサシンではなく、殺人鬼としてのアサシンがこれを人と認めていないことがアサシンがヨーゼフを殺せないことの所在であった。
「魔術により、人を逸脱した存在か。そして、半永久的な不死的存在。よくも隠し通したものだ。良くて封印指定、悪ければ死徒に断ぜられるぞ」
ひたいに汗を滲ませつつ、レイヴはそう判断した。
魔術師であるレイヴですらこれを怪物と判断したのだ、その異常性は確たるものである。
だが―――
「関係あるまい、私にとってはあれは殺すべき対象だ。気に入らない、だから殺すだけだ」
この男は決して引かない。
目の前に殺すべき対象がいる、それだけで十分だ。
「気に入らない、ひどく気に入らない。自身の目的のために関係のない者を巻き込もうとする態度が私は非常に気に入らない」
故に、この男は怒っている。
ハンニバル・レクターの皮を被ったこの殺人鬼はまさに怒りに震えているのだ。
「殺人とは所詮、私にとっての趣味嗜好だ、気に入らない奴を殺すための方便であり、自身の快楽を満たす欲求である。ああそうとも、それは肯定しよう。自身が客観的価値観から逸脱した破綻者であることを認めよう。
―――だからこそ、自身の主観的価値観から物事を決めるのはそう難しいことではない」
ナイフを片手で回しながら弄るアサシン、しかしその瞳の先はヨーゼフを捉えて離さない。
「人間というのは酷く歪だ。私のような存在がいるのだからな。だからこそ、それなりのモラルやルールで縛り上げる。最大多数である民衆の安全のために、私にとっては価値のないそれを後生大事に抱える。別に悪いとは言っていない、自身の安全のためだ。自身が弱者として理解していることに今更何も言わんよ」
その瞳に映るは非常に高まった殺人欲求はレイヴですら軽く怖気が走る物であった。
「ただそれでも、自身が法に守られているからと言って身の程に合わない行いをしている奴は別だ、心底気に入らない。私の目の届く範囲でそれをやられると非常に腸が煮えくり返る。
―――要は簡単だ、お前の勝手な自慰行為に他人を巻き込むな」
怒り、欲求、快楽、その他諸々を抑え込んで発言したアサシンの、ハンニバルの答えがそこにあった。
「他人を傷つけるなら、自身が傷つけられる覚悟をしろ。他人を殺すなら、自身が殺される覚悟をしろ。自身が法というルールを逸脱するなら、いずれ法を逸脱した存在に殺されることすら覚悟できんで何が殺人鬼か、何が悪か。嗚呼、気に入らない。自身が安全だと信じてその他諸々の有象無象を操るような傲慢を、私は決して許しはしない。
―――だから殺す・・・・・・!」
何度でも、何度でも、君が死ぬまで刃を振るおう。
遺骸を食らい、死を辱めよう。
どうせろくでもない人間なら、どうせろくでもない人間だから、自身が決めた信念を曲げることは許されない。
「随分と鼻っ面の高いご高説だ。ああ、まったく。これっぽっちも、俺様の胸には響かないがな」
反して、ヨーゼフはその言葉をくだらないの一言で片づける。
「所詮は言葉だけ、現に貴様には俺様を殺せる切り札はない。この世界においても俺様を殺せる存在はそうはいないだろう。貴様が俺様を殺すなら、俺様は生き続ける。生きて生きて、この世界を生き続ける」
それがヨーゼフが望んだこと、それが彼の渇望。
願い、想い、信じた先にようやく見つけた不死の秘儀。
ここまで来た、肉体を変質させることで病を克服し、寿命の概念をなくした彼はこの程度で満足はしない。
まだ、未だ、そう未だ到達していないのだ、完全な不死の秘儀に未だ到達していない。
生き続けなければならない、何を犠牲にしてでも、己が欲望の為、それが彼の持つ『起源』が故に。
「だから、貴様はここで死んで行け。俺様の為に死んで行け。俺様も暇じゃない、聖杯の完聖はすぐそこだ」
瞬間、奔流する魔力をレイヴは肌で感じていた。
まさしく、これこそがヨーゼフ・ウッド・アルビオンの本気、魔術師として劣等でありながら極めた魔術の極地。
「さあ、杯を満たそう」
もはや、後には引けない。
言葉は不要、今まさに戦いは始まりを告げた。
最終決戦その一
魑魅魍魎&バーサーカーVSハーペン神父&タロス
キャスターVS晴彦・アーチャー&七海
ヨーゼフ・ウッド・アルビオンVSアサシン&レイヴ
なおキャスター戦はプロレスの模様(魑魅魍魎に対しても手心あり)