一月は何かと忙しく定期投稿が出来なかったことをお詫びします。
「■■■■―――!!」
拳を振り上げ、払い、打ち、或いは凪ぎながら圧倒的な存在であるタロスを前にしてバーサーカーはなおも倒れない。
吹きすさぶ豪雪の中、戦うタロスとバーサーカー。
戦況はタロスが優勢、いかにキャスターの加護があろうと、バーサーカーは劣勢に立たされ、幾ばくかの傷を負いながらもなおも果敢に挑む。
されど未だ狂戦士は倒れず、致命には程遠い。
そしてそれはタロスも同様、クラン・カラティンの毒をものともしない無機物故にその毒槍は必殺ならず、そしてタロスの堅き肉体を通すほどの威力もまた持ち合わせていなかった。
それでもバーサーカーは倒れない、気を抜けばすぐさま敗れるその凍土の上で、戦士としての意地がある故に。
しかし、そんな拮抗状態は不意に崩れ落ちた。
「■■■ッ―――!!?」
まるで水の中に落ちたように動きを鈍らしたバーサーカーのその様子を目に留め、タロスはその拳をもってバーサーカーを吹き飛ばした。
そして追い打ちをかけるかのように内部の熱エネルギーを攻撃に変換し、熱線を放つ。
激しい轟音と爆音を響かせ、雪が蒸発し、水蒸気が巻き上がる。
そして水蒸気が一気に冷やされ、熱線後の跡を見るが、その場にバーサーカーの姿はなかった。
「逃げたか、いやこの状況ではそうするしかないか」
神父は雪の降り積もるその頭上を見上げると、そこには雲はなく岩の天盤がその瞳に映った。
陣地の崩壊、この空間を支配していた存在は討ち取られ、その維持は不可能となったことの証明であった。
「キャスターがやられたか。だとすればここにいるのは危険と見える」
キャスターの敗退、つまりはヨーゼフ・ウッド・アルビオンを倒したということだろう。
だとすれば一刻も早く合流せねばなるまい、ただでさえ分断しているのだ、このままでは各個撃破の餌食だろう。
冷静に戦況を把握し、自身らにとっての最善を模索する。
「休憩は終わりか、ならば早く合流しなければな」
崩れかけた古城を目に神父はレイヴたちに合流せんと向かうのだった。
『英霊三騎の脱落を確認、昏睡状態移行完了』
時を同じくして、キャスターが討たれた時まで遡る。
最奥に眠る一人の少女、勝手な理由で作られ、そして勝手な理由で捨て鉢となった少女が祭壇の上で眠り、佇む。
少女の周りには魔力の糸を絡めたような繭が広がり、少女を包んでいた。
そう、まるで蛹になった少女が羽化の為の準備をするかのように確かに脈打っている。
『令呪確認、これより対防衛システムとしてガーディアンの召喚に移ります』
眠りの中に微睡む少女、だが、少女の手が光り輝くと、魔力の渦が巻き起こり多大な魔力によってある姿が形作られる。
「―――オオオオォォォォォオオオオ!!」
叫びと共に創成したそれはまさしく騎士、黒い鎧を纏う最後の守護者。
「―――ねば・・・・・・守護らねば・・・・・・!」
騎士は誓う、その使命に代えてもたった一人の少女を守ると決めたのだから。
例えこの身に意味が無かろうと、それだけは守ると誓ったから。
騎士は少女を見つめ、そして歩み始める。
一人の少女を守るため、あやふやな思考と胸に残る無念を携えて、騎士は進むのだった。
『ふむ、何とも不思議な状況だな葛西晴彦』
「アサシンか・・・・・・」
意識を胸に充てると聞こえてきたのは彼の殺人鬼の声だった。
『応とも、成る程これが聖杯の中か。実に不思議な感覚だな』
胸の奥に広がる世界は小さな小部屋で、アサシンはそんな小部屋を見ながら晴彦に語りかける。
『少し話でもしようか、なにちょっとした小咄だ』
アサシンは手頃な椅子に腰かけると両手を絡めて脚を組んで話し始めた。
その目はどこか懐かしそうに、笑みを浮かべていた。
『私はこれでも生まれはよかった、それなりに才能もあると自負している。だが、それでもどうしようもない事だってあるのだよ』
その声色は何処か悲しく、そして寂しかった。
『・・・・・・私の場合はそれが戦争だった。父母を失い、困窮に耐えかねる程だったさ。それでも、それでも、私には妹がいた、大切な最後の家族で、愛しい存在で、共に支えあった肉親だ』
アサシンはふと視線を逸らすとその先には薄汚れた熊の人形があった。
大分年期のある古くさい人形、しかし、大切に扱ったのだろうということは想像に難くない。
『君の事はよく知っている。君を殺す上で、色々と調べたからね。だからかな、私は君に親近感を持っていたよ』
アサシンは笑う、だが、その笑みは何処か悲しく、自らを嘲るが如く痛ましい。
『私はね、生き残ってしまったんだ。大切なものを犠牲にして、他ならぬ妹を食べてね』
それが、ハンニバルという殺人鬼の原点。
人を食らう恐ろしき食人鬼を形成した出来事だ。
『不思議と後悔はない、いや後悔はあったのだろう。だが今はそんな感情はどこにもない、狂ってしまったのだろうな私は』
後悔も懺悔も、もうどこにもない。
振り切ってしまった、止めてくれる者の声すら聴かずに、一瞬の悦楽に身を任せ、狂気に浸かりこんで。
その結果がこれだというのならある意味当然ともいえるだろう。
『何処で間違えたのだろうな、始まりは同じ妹の死、その犠牲。それなのに私と君の人生はこれ程までに違えている』
それは羨望、或いは嫉妬、晴彦は立ち上がり、アサシンは沈んでいった。
『殺人鬼などと比べる事こそ烏滸がましいが、私もそう在りたかったよ』
人を殺す感覚、悲痛に泣き叫び苦悶の中に沈む。
希望もなく絶望に浸らせてむべもなく殺す。
救いなどなくその死肉を食らい死を辱める。
アサシンという人間はそれがどうしようもなく気持ちよかった、その享楽に耽り刹那の生と死の間を見つめ続けた。
『サーヴァントは変わることはない、変えることが出来るのは今を生きる人間だけだ、私のように後悔を抱えて、こんな大人になってはいけないよ』
アサシンは深くため息をついて、ゆっくりと立ち上がる。
救いなどない、そのようなものは必要ない。
なにせこの身は薄汚れた殺人鬼、地獄の窯の底で永劫の苦しみを担うのがお似合いだ。
『説教くさくなったが、まぁいいだろう。年寄りのいうことはよく聞いておくべきだよ、何かしら発見があるからな。だから―――』
どうしようもない世界で、喜劇も悲劇もへったくれもない残酷な世界。
だからこそ思うのだ、故に世界は美しいと。
『生きろ、葛西晴彦。私が言うことでは無いかもしれんが、必ずやり遂げろ。そして出来ることなら生きてみろ。この残酷で愚かな糞の溜まりの様な世界を精一杯にな。珍しいぞ私がこんなことを言うとはな』
ふと気付けば、その手には一本のナイフが握られており、アサシンがそれを横に振り抜くと、世界は裂かれ別の景色が広がった。
『己の思うがまま、あるがままに生きるといい。それが人生だ。少なくとも私はそうしてきた』
そこは暖かな陽気と美しい草原が広がる平野、近くには嘗て美しく古めかしくなる前の古城の姿があった。
『ふん、未練だな・・・・・・』
嘗て持っていた筈の幸福。
彼が望み、失い、二度と手に入ることのなくなった日々。
そして、アサシンが振り向くと其処には小さな幼い少女が笑みを浮かべて立っていた。
その手に持つのは白詰草の冠。
『嗚呼、ミーシャ』
アサシンは愛する妹の前でしゃがむと彼女は微笑み、そっと冠を被せた。
アサシンは少女をそっと抱きよせ、瞳を閉じた。
『私は、君の大好きなお兄ちゃんになれただろうか』
その言葉と共に、彼らは消えていった。
その問いに対する答えが返ることは無い、しかしハンニバルという殺人鬼は家族を愛する人間であったことは確かだろう。
「晴彦・・・・・・」
「分かってるさアーチャー」
新たに得たアサシンの力、それは無名の殺人鬼ではなくただ一人のハンニバル・レクターとしての力であった。
「俺は前に進み続ける。俺はこの死を引き摺って、それでも前に進んでいくさ」
ガンガンと鳴り響く頭痛。知識を無理矢理に入れられたせいかかきむしりたくなる程の痛みに耐えながら晴彦は疾走する。
想いを胸に、嘆きを胸に、繋がれた遺志を背中に携えて。
それが彼の決めた道、それが葛西晴彦の選択。
「晴彦、少しだけ話がある」
そして、運命の分岐点はその意志の前にまた訪れた。
「人影だ。もしかして・・・・・・」
薔薇色の瞳が捉えた影、病的に白い肌と髪、それはあのバーサーカーのマスターを彷彿させる出で立ちだった。
「ホムンクルスか? バーサーカーが消滅してなかったことから、恐らくバーサーカーのマスターの一人かもしれない」
バーサーカー、クラン・カラティンは珍しい群像型サーヴァントである。
だからこそ、その維持には多大な魔力を消費する。
たった一人のマスターでバーサーカーという魔力食いを維持するというのは困難を極めると彼らは察していた。
恐らくは魔力供給に特化したホムンクルスなのであろう。
「新手の敵か?」
「いや、どうだろうね。サーヴァント一騎と戦うというなら大層な自信があるということなんだろうけど、その場合は戦線に出てきてもおかしくはない。しかもここは崩壊しているとはいえキャスター居城、彼女にとって有利な陣形とは言えない」
現在、キャスターのつくりあげた空間は歪み、崩壊している。
元々拡張していた洞穴ならまだしも、古城や魔術的なギミックは使い物にならないと思ってもいいだろう。
「・・・・・・進もう、立ち止まっていても何も始まらない。最悪戦闘を想定して動いてくれ」
「わかった」
慎重を期す、されど問題は時間との戦いである。
大聖杯にはすでにライダー、ランサー、キャスターの三騎分の魔力をため込んでいる。
すでに聖杯は稼働状態にあるといってもいいだろう。
目標が聖杯の破壊を占める以上、もたもたなんてしていられないのだから・・・・・・。
「そうか、逝ったか」
「ええ」
洞穴の中でも開けた場所、先ほどヨーゼフ・ウッド・アルビオンと死闘を繰り広げたその場所でレイヴはようやく意識を取り戻していた。
「・・・・・・まったく、最期まで好き勝手な奴だった」
残されたスーツを横目に、レイヴはしばし感傷に浸り、そしてゆっくりと立ち上がった。
「戦いが終わってどのくらい経った?」
「およそ五分くらいかしら、慣れないことはするもんじゃないわね。それよりどうかしら? 体は大丈夫?」
「勿論だ、特に異常は見受けられない、ただ耳の中の水が気持ち悪い程度の話だ。まったく、情けない話だ」
過ぎてみれば、自分はただ何も出来ずに完封され、今ここに生きているのもアサシンのおかげというではないか、これを情けない以外に何というのか。
レイヴはやや気落ちつつも魔術を使い、濡れた衣服は早々に乾かし、装備の確認に入る。
「それで、どうするかね」
「どうって・・・・・・?」
「勿論、進むか退くかだ。大聖杯を相手にする以上、戦力はあったほうがいいだろうが。君はどうする?」
「行くわよ、勿論。そのためにいるんだから」
駆けても間に合わないかもしれない、それでも進むことにこそ意味があると、せめて一目でも見なければならないと、それが彼女の行動原理であるのだと。
その答えに満足したのか、レイヴは密やかに笑うと、後方からは轟音とともに何かが近づく音が聞こえてきた。
「・・・・・・ようやくおいでましか、ずいぶんと掛かったな」
どデカい採掘音とともに現れた青銅の巨人とその手のひらに包まれた一人の老神父が姿を現した。
「すまないな、どうにも遅れてしまった」
「バーサーカーは?」
「逃げられた、キャスターの敗北を察したのか霊体化したようだ」
キャスターの消滅時、その時点でキャスター側に有利に働く陣地の補正を失ったバーサーカーは早々に撤退を決めた。
その速さはある意味舌を巻くほどであり、そして撤退をしたということは大聖杯に至る道は何も一つだけではないということの示唆であった。
「なるほど、だとすると戦力の分担は下策だな」
大聖杯に取り込まれたのは計三騎、残るはアーチャーとバーサーカーのみだとすればいよいよ佳境というところだ。
決定的戦力として数えられるのはアーチャーとタロスのみ、だがこの状況ならばこちらのほうが有利と言っても過言ではない。
ならばこそ次は時間との闘いだ。
「行こう、機動力を手に入れたのならば、あとは進むだけだ。我々の戦争を終わらせに行こう」
城はわずかにその外観を整えるのみ、降りしきる雪は消え去り、残るは本丸を守護する大聖杯と狂戦士の英霊。
聖杯戦争はまさしく大詰めへと移行していった。