出来るなら四月前に終わらせたい(願望)
「振り返るな、か・・・・・・」
腹部を貫かれた聖槍に目を向けながら、アーチャーは己が身の脆弱さを憎んだ。
(これで、一応致命傷を負うことが出来た。戦闘続行と令呪の支援で動くとこもできるだろう。だが、これでは手助けは不可能か・・・・・・)
文字通り血反吐を吐きながらアーチャーはそう逡巡する。
(仕方ない、後は晴彦を信じよう。僕は・・・・・・、僕の仕事をしなければ・・・・・・)
アーチャーが決意していると同じとき、晴彦は強大な敵と向かい合っていた。
迫りくる剣、縦横無尽に閃く剣の演舞に晴彦は紙一重での回避を行っていた。
付かず離れず、片方は只の人間、片方は人類史にその名を刻んだ英雄。
まさしく格が違う相手でありながら絶妙なバランスの上で晴彦は戦いの最中に身を投じている。
「くっ―――!」
極度の緊張とプレッシャーの中、噴き出る汗を気にせず目の前の存在に最大限の集中を向け晴彦は回避を続ける。
瞬き一つすら許されない極限の状況に高鳴る心臓を押さえつけ、痛みを懸命に堪えながら数瞬、数十秒と追い込まれながらも晴彦は生存への糸を紡ぎ合わせて回避し抜く。
専科百般、天性の肉体、分割思考この三つのスキルを併用することによって肉体を底上げし、足りない技量を補い、思考を同時並行に済ますことで感覚を研ぎ澄まし演算機能を上昇させ限定的な先読みを可能とする。
その英霊が鍛え上げた技能はそれだけでありながら非常に強力なものである。
あの肉体的に脆弱なアサシンですらその技能を使って終盤で生き残っていたことからソレが聖杯戦争でどれ程の威力を発揮するかは皆理解の上だ。
そして、強力だからこそその負担はとてつもないものになる。
「ハァッ―――!」
双剣の片割れの腹を蹴り上げ、片手を封じるがガーディアンはすぐさまもう片方の剣をもって晴彦を狙う。
だがそんなことは知っている、既に見えている。
蹴り上げた足を使い、晴彦は力をうまく加え、剣の上に立つと、そのまま遠くへ跳ぶ。
両者の距離はおよそ五メートル程度、黒い鎧の隙間から見える赤き眼光は恐ろしい、しかし晴彦は恐れることはない。
両腕が塞がっていようと、人ひとりの命の重さを背負っているのだ、恐れる暇などない。
「貴方・・・・・・血が・・・・・・!」
ドロッと音もなく血が鼻から大量の血液が漏れ出す。
視界は赤く染まり、肉体の鈍い痛みは徐々に激しくなり、最早半生半死の状況でありながら晴彦は倒れない。
足りない部分は魔力で補い、ナルタモンガ潤沢な魔力を一身に受け続ける。
それはまさしくコップにダムの水を無理やり押し込むような狂気の沙汰を、ただ一人やり続けることと同義だった。
「問題、ない・・・・・・!」
「問題ないって・・・・・・」
「死ななきゃ安い。それに、俺は信じている。俺が信じているあいつがいる。勝てるさ、きっと・・・・・・!」
妄信ではない、確かな絆。
それは自身と弟のようなものではなく、互いに背を合わせて戦うようなもの。
決して片一方に依存することはなく、築き上げたもの。
バーサーカーを使役することを選択した自身らでは築き上げることが出来なかったものがそこにあった。
「来い、ガーディアン。俺はまだ戦えるぞ・・・・・・!」
既に肉体は限界を超えている。
それでも尚も戦うのはひとえに意地である。
なんという強がりだろう、最早精神力でどうにか出来る筈の無いものをその精神力のみで晴彦は立ち向かい続ける。
先に動いたのはガーディアン。
目にも止まらぬ速さで直進し、その剣は晴彦の胸、五号の肉体を切り裂いた先を見つめている。
晴彦の目にはおぼろげな姿しか見えず、その全容を知ることはない。
だが、晴彦はやる。
やらなければならぬ。
様々なスキルを組み合わせ、経験から打ち出されたものを頼りに出口の見えない道を切り開くように走り続ける。
足を止めれば、それが晴彦の死である。
プツ、プツ、と血管と筋繊維が負荷に耐えられず破裂するような感覚を身に受けながらもなおも避け続ける晴彦。
誰よりも、何よりも真剣に目の前の敵を見続けていた晴彦。
現にガーディアンの攻撃を避け続けた、当てられることが無かった。
これはまさしく称賛して然るべきであろう。
「―――ッツ!? これは―――!」
身に感じた気だるい肉体の重さ、今まで羽のように感じていた肉体が急に鉛のように重くなる。
血を失いすぎたのか、それとも肉体が耐えられなくなったのか、違う。
後退した足には黒い溜り。
ガーディアンが周囲に散布し未だ残り続けていた『
足を絡み取られ、動くことすら不可能なほどの呪いを一身に受けた晴彦はただ、五号を遠くへ投げ捨てることしか出来なかった。
誰よりも一心に敵を見ていた晴彦だからこそ、気が付かなかった罠。
「避けてッ―――!」
叫び声をあげる五号の悲痛な叫びがやけに遅く聞こえる。
どうすれば回避できようか、身体を捻じ曲げて致命傷を回避する? いや無理だ、それでどうにかなったとしても次手で詰みだ。
肉を切らせて骨を断つなどその先に切り札があればこその出来る策。
それ以前にどう足掻こうとも動くこともままならない身、最早どうしようもなかった。
(駄目だ、避けきれない―――)
不可能な状況。
死が、目の前に差し迫る。
周囲の風景がゆっくりと見え、どうしようもない日々が思い出される走馬燈。
振り上げた剣はやがて振り下ろされ、その剣先は骨を抉る鈍い音を響かせ、周囲に鮮血が舞った―――。
「いやぁぁァァ―――!!」
つんざく女性の声が晴彦の耳に嫌に残り続けていた。
「その献身に、ボクは敬意を評そう。人の子よ―――」
溢れ出る毒血。
切り裂かれた胴からは止めどなく血が溢れ、そして落ちる瞬間の、その寸前に硬質化し敵を刺し穿つ毒槍と化す。
「『
ゼロ距離からの毒槍による一撃。
いかに傷が治ろうと、いや治るからこそ毒は前身を駆け巡り、ガーディアンに襲い掛かる。
そしてその瞬間こそ、ガーディアンが最も隙のある瞬間であり、彼はその隙を見逃さない。
「―――『
燃え盛る灼火の強弓。
それはいかなる相手だろうとも一撃で屠る最強に対人宝具。
戦場において最も人が殺しやすい瞬間、それは敵の止めをさす瞬間他ならない。
かすかな瞬間だからこそ切り開けた勝利への道筋、それが今そこにある。
「―――ア、アアア・・・・・・」
「
燃え盛る一矢はまるで吸い込まれるかのようにガーディアンの心臓を射ち抜く。
射抜かれた矢傷は発火し、炎がガーディアンを包み込む。
「ガアアアアアァァァァアアア!!!!」
臓物をまき散らしながら、誰も彼もが懸命に戦っていた。
既に足元から消滅が始まっているアーチャーや、深くまで傷を負ったバーサーカー。
カランと、兜が落ち、ガーディアンの相貌が露わとなる。
その表情はどこか悲しく、そして憂いが無くなったようにどこかすっきりとしていた。
「―――嗚呼、そうか。私は負けたのか」
勝者なき戦い。
皆が皆、既に死を約束されたものだけが集っていた。
「―――令呪を、以て・・・・・・命ず。『その御霊を、我がもとへ』」
手の甲に残る最後の一画。
激しくそしてもの悲しさを感じる光と共に、晴彦は声を掠れさせ、宝具の一撃と共に倒れたアーチャーへ最期の命令を下した。
最早目すら見えない状況でありながら、晴彦は最後に笑みを浮かべたアーチャーの存在を幻視し意識が埋没していった。
「見事なりアーチャー、見事なりバーサーカー、見事なり・・・・・・青年。やはり理性無しで戦うのは駄目だな」
「如何にも、今でも思うが少々情けなさすぎる部分が多すぎる」
焼け付く炎の中、膝をつくガーディアンと胴を盛大に切られたバーサーカーは最期の会話とばかりに笑っていた。
「次召喚されるときがあれば、ランサーで召喚されたいものだ」
「私は十分恵まれたマスターに恵まれたが、好機を生かせないのはどうも性分らしい。全く、口惜しい。
―――だが、これはこれで良かったのかもしれない」
手に届かないからこそ、尊い。
互いに信頼し、戦った彼らのように進む道をあったのではないか、ランサーはそう思わずにはいられない。
もっとも、全ては後の祭り、最早どうしようも出来なかった。
「すまない、結香。私は、弱かった―――」
それっきり、ガーディアンは口を閉ざしやがては消えていった。
バーサーカーはガーディアンが消滅するのを見届けるのを見守ると、振り返り、己がマスターと向かう合う形になる。
「さて、我がマスターよ。ボクがクラン・カラティンだ。ずいぶん遅い自己紹介になった」
「バーサーカー・・・・・・」
多腕の異形は傷口を押えながら己がマスターと向かい合う。
「こうして会話出来たことはうれしいが時間がない。教えてほしい、ボクは何をすればいい」
理性によって狂ったといっても、死の間際となりその枷から放たれた。
「バーサーカーが消滅するとき、その魔力は小聖杯に送り込まれます。ですが、そんなことを許容することは出来ません。最悪、この町が滅びます」
「ふむ、それは大変なことだろう。しかし、それを回避することは難しいだろう」
「ど、どういうことですか?」
バーサーカーは少しだけ困った表情を浮かべると足早に言葉を口に出した。
「ボクは魔術はあまり詳しくはないが、小聖杯は大聖杯と結合している状況なのだろう? 物事の優先度から見てボクが吸収されるとしたらそれは君ではないだろう。それこそ、令呪が必要な筈だ」
「それは・・・・・・」
自身の手に残る令呪はなく、つなぎとめるのは如何にマスターとサーヴァントという繋がり程度では不可能だった。
このままではいけないことになる、何とかしなければならないが、既にどうしようもなかった。
せめて令呪があれば、そう願っても彼女の令呪は既に使い切った。
後悔先に立たず、このままでは小聖杯たる近衛結香は次の覚醒段階へと進んでしまう。
それだけは食い止めなければならない。
「―――お困りのようだな」
岩盤が崩れる轟々とした音が響き、低い男性の声がその耳に聞こえた。
「詳しい説明を聞ける状況ではないな、故に一つだけ聞こう。君は敵か、それとも味方か・・・・・・?」
モノクルを片手に周囲を把握し、そして五号にきつい視線を浴びせる金糸の髪の男、レイヴ・ロザン。
その片腕には最後であると思われる一画の令呪があった。
タロスに騎乗していた神父や七海は晴彦のもとに向かい、レイヴは一人五号を見つめる。
「私は・・・・・・」
「私は? 何かね」
喉を鳴らし、冷や汗をかく七海。
高圧的に五号を見つめ続けるレイヴ。
「まったく、ボクのマスターをいじめるのはやめてほしいんだけどね」
そんな状況に口を挟んだのはバーサーカーであった。
「大分流暢な言葉使いだな、狂戦士」
「元はこんなものだよ。まあ、あまり話せる状況じゃないからね。兎にも角にも、大聖杯を止めたいのならボクのマスターの話を聞いてくれ」
あくまで紳士的に話す怪物の様子はややシュールなものがあったが、情況が状況な為敢えて触れることはなかった。
バーサーカーはああ見えてもコノート側の優秀な戦士であり、女王メイヴの寵愛を受けた一級の戦士である。
宮中の作法や礼儀は十分にわきまえている。
「バーサーカー・・・・・・」
「さあ、話してごらん、ボクのマスター。心からの言葉であれば、きっと届くはずだ。些細なすれ違いや勘違いですべてを溝に捨てるような悲劇は神話の中で十分さ」
触れることはなくとも、言葉でそっと己がマスターを諭すバーサーカー。
そんな風に背中を押されては、何もしない等あり得ない。
意志を固め、決意を胸に五号はレイヴ・ロザンに言葉を紡ぐ。
「私は、大聖杯を・・・・・・その暴走を止めたい! このままではバーサーカーは大聖杯に吸収され、覚醒段階は次に進みます。そうすれば、攻略は難しくなります。・・・・・・彼も、そこまで持つかはわかりません・・・・・・!」
真摯に、強く声を張り上げ言葉を伝える。
ちらりと晴彦に視線を送り、そしてまたレイヴを見つめる。
「なにがしたい。それを私に話して、何をしてほしいと?」
「―――令呪が必要です。私は予備機能として小聖杯としての機能があります。バーサーカーを一時的に私が吸収することで、覚醒段階を遅れさせます。私には出来ない! けれど、貴方の令呪があれば・・・・・・!」
「可能と言うことか・・・・・・」
強く、五号は頷いた。
交差する二人の視線、こうしている間にもバーサーカーの現界時間のリミットは刻一刻と近づく。
「ならばこちらに来ると良い」
「・・・・・・わかりました」
タロスは腕を降ろし、足元にレイヴ・ロザンが立つ。
緊張で胸が張り裂けそうな想いを胸に、五号はどこの誰とも知らぬ魔術師の下へ行かなければならない。
もしかしたら殺されるかもしれない、魔術師とはそういうものだ。
ちらりと、五号は己がサーヴァントと視線を交わす。
もはや何も言うことはないのか、バーサーカーをただ、五号を見送るばかりであった。
誰も助けてくれない、八号も、バーサーカーも、まさしく、ここが五号にとっての自立の瞬間。
一歩、一歩と前に進む。
歩みは駆け足になり、目の前に立つ魔術師の手がゆっくりと五号の肩に触れる。
「その覚悟を見せてもらった。ならば私は君を信じるだけだ」
それは、認められたということ。
魔力の流れを感じ、魔力が一体となる感覚が彼女に巡る。
「言うと言い、君の命令を、君の戦士が待っている―――」
正真正銘、これが彼女の最初で最後の命令。
語ることも出来なかった従僕への最期の言葉。
「令呪を以て命ず―――」
胸が締め付けられるかのように軋み上げ、鼻がどうにもむず痒く、視界は段々とぼやけていった。
(
強い戦士の声、どこか勇壮に強い声を聞いて、彼女は掠れながらも精一杯の大声で命令を下した。
「『死しても、私の下に』―――」
輝く赤き光に包まれ、最期の命令は完遂された―――。
全サーヴァント、消滅確認!
次回は鯖のステータス貼って、大聖杯編になります。