Fate/destruction   作:ニーガタの英霊

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 なんだかんだ結構な難産でした。楽しみにしていた人にとっては申し訳ない。


第49話

 目が覚めたら、そこは新緑に囲まれた森の中だった。

 

『おはよう、晴彦』

 

「・・・・・・あぁ」

 

 涼しげな風が薫り、アーチャーは敷物を敷いたその上で小刀で木像を作っていた。

 

「そうか、死んだのか・・・・・・アーチャー」

 

『・・・・・・』

 

 相棒は黙して語らず、ただ、黙々と手を動かし、ノミを使って彫り進めるだけだった。

 

 沈黙が場を支配する中、晴彦は地面に寝そべると自然に身を傾けながら、語り始めた。

 

「一週間も無いんだ」

 

 目に見えるは、風に靡く木々に生い茂る葉と目映いばかりに煌めく晴天。

 アヨーディヤの玉座ではないこの放逐された森こそ、ラーマの心象風景、最も幸福であったと言える場所だ。

 

「お前と会ったのは、たったのそれだけで。短い筈なのに、とても長く感じられて・・・・・・」

 

 命の危機に颯爽と登場し、命を救われた瞬間。

 

「でも、やっぱり短くて・・・・・・、それで・・・・・・」

 

 意志をもって戦うと決意し、共に戦った瞬間。

 

「苦しくて・・・・・・、辛くて・・・・・・、でも良かったって思って・・・・・・」

 

 辛い過去と向き合って、漸く前に進めることが出来た瞬間。

 

「―――あれ・・・・・・」

 

 そして、別れの瞬間―――。

 

「あれ、おっかしいな・・・・・・、なんで、こんな・・・・・・。な、ん・・・・・・」

 

 滲む視界。

 思えば、晴彦は涙を堪えられなくなっていた。

 

「・・・・・・ッく!! はァッ・・・・・・! ・・・・・・うぅぅッ。ちっ、くしょう・・・・・・。ちく・・・・・・しょう・・・・・・!? うっ・・・・・・うぁぁぁ・・・・・・!」

 

 泣くなよ、葛西晴彦。

 別れの時じゃねえか、笑って送り出せよ。

 

 そう想いながらも、晴彦の目には止めどなく涙が溢れてくる。

 

「駄目だ・・・・・・。駄目だよ・・・・・・アーチャー・・・・・・。俺っ、あん、たとっ・・・・・・別れたくねぇ・・・・・・!!」

 

 黙して語らず。

 最早伝えるべき言葉は伝えたのか、アーチャーは何もいうことはなかった。

 それでも、それでも晴彦は言わなければならなかった。

 

「もっと、もっと居たいよ・・・・・・。俺、お前に会えて・・・・・・本当にっ、良かったって、思って・・・・・・。本当に、相棒だって、親友だって・・・・・・。だから・・・・・・、だから俺は・・・・・・っ!」

 

 もう二度と、失うなんて御免だ。

 理性でわかっても、気持ちは理解できない。

 人間はそんなに便利には出来ていない。

 

「なあ、頼むよ・・・・・・相棒。何か言ってくれよ」

 

 最後には、晴彦は懇願するようになっていた。

 

 お前がいたから、なんでも出来た。

 お前と一緒だから、乗り越えてこられた。

 

「クソッ・・・・・・」

 

 嗚呼、なんて女々しい。

 一人で進むことは出来る、立ち向かうことだって出来る。

 それでも、隣には誰も居なくて、一緒に進んでくれる奴が居なくて、それがどうしようもなく不安だった。

 

『―――出来た』

 

 その手には小さな木像、形は実物を丁重に模した象の木像だった。

 

『さて、晴彦。君の言いたい気持ちは解る。それでも、僕は逝かなければならない』

 

「・・・・・・ッ!?」

 

 アーチャーは空を見上げ、目を細める。

 そして、優しく晴彦に語り掛けた。

 

『僕は、とてもとても昔の人間で、君らのいる世界の人間とは決定的に違うからだ。僕の物語はもう終わっている。そんな人間がいつまでもいちゃいけない』

 

「アーチャー・・・・・・」

 

『晴彦、僕はもう・・・・・・死んだ人間なんだ。そんな人間が今を生きる者たちの人生を邪魔しちゃいけない』

 

 遠い遠い神話の世界。

 その世界で生涯を尽くし、そして死んだアーチャー。

 自らの手で運命を切り開き、そしてそれを捻じ曲げられた輝く英雄。

 

 自らが生きるのは神話の世界であり、現代とは違う。

 

 けど、それは理屈だ。

 そんな正当じゃ、晴彦は納得できなかった。

 

 だからって駄々をこねるのとは違う、そんなのは子供の我が儘と同じだ。

 

『晴彦、君は言葉が欲しいのか? 前に進むための言葉が欲しいのかな』

 

「・・・・・・わからない。ただ、ここでお前を離しちゃいけないような、そんな気がするんだ」

 

『晴彦・・・・・・』

 

 別れは辛い。

 最愛の肉親をすべて失った晴彦だからこそ、その想いは強かった。

 こんな別れを経験しないためにやって来たのに、それを了承したのに、どうしてもその手から離れてしまう命をそのまま見送るなど、晴彦にとっては苦痛他ならなかった。

 

『晴彦、人は何時か死ぬ。それは何時かわからない。それでも、最後にはみんな死ぬんだ。僕も、君もだ』

 

「分かってる、分かってる・・・・・・。けど・・・・・・!」

 

『晴彦、君は・・・・・・!』

 

 けども何もない。

 サーヴァントアーチャーは消えてしまう、そんなのは決定事項だろうに、何をためらっているのか。

 

『・・・・・・君は、馬鹿か・・・・・・!!』

 

 それは、静かなる激昂。

 声を荒立てることのない彼の自分の内面が如実に現われた言葉に晴彦は前を向く。

 そこには同じく、こちらを見据え、表情を歪ませるアーチャーに顔があった。

 そして、涙を流す晴彦に、アーチャーが叫んだ。

 

『僕だって、君と離れたいわけがないだろう・・・・・・!!』

 

 涙を流し、苦痛に歪んだ表情で、アーチャーは強く晴彦の肩を強く握りしめた。

 

『ふざけるなよッ! 泣かないって決めてたのに、そんなこと言うなよ。僕だって、君と共に進みたかった! この英雄譚の最後を、見てみたかった!! でも無理だ! もう無理なんだよ・・・・・・!! それなのにッ! それなのに・・・・・・』

 

 零れ落ちる涙を、堪えることが出来ずに、アーチャーは下を向く。

 悲痛にゆがんだその顔を、その情けない顔をこれ以上見せたくないかのように。

 

『なにも言わずに行こうと思ってたのに、どうして止めるんだ君は・・・・・・。こんな未練、君に見せたくはなかったのに・・・・・・』

 

 ラーマは人間だ。

 インド神話における最大の英雄と言っても過言ではない彼であっても、その精神性は超越した存在ではない、あくまで彼は人間であった。

 表面上完璧なる英雄を演じた彼であっても、悔しいとき、辛いときは涙を流すこともある。

 ほかでもない、その心の中で、一人、ひっそりと。

 

「アーチャー・・・・・・」

 

『・・・・・・ッ晴彦!』

 

 それでも、彼は英雄だ。

 すべきことがある。

 立ち向かわなければならない時がある。

 例え、それが自分でないとしても、意志を継ぐ者に、何かを残さなければならない。

 

『いいか、君は・・・・・・!』

 

 そう、言おうとした言葉を遮ったのは、ほかでもない晴彦だった。

 

「嗚呼、分かったよ。大丈夫だよアーチャー、俺はこれからも頑張っていくから・・・・・・だから大丈夫だ」

 

 ただ、自分のことを思ってくれる者が居た。

 自分を肯定してくれる者がいた。

 自分と言う人間を信じてくれる者が、今、目の前にいてくれる。

 

 それがわかるなら、晴彦は立てる。

 

「俺は弱い。でも、それでいいんだよな。弱くてもいいんだよな」

 

『・・・・・・そうだ、完璧な人間なんていない。皆、弱さと向き合って戦っている』

 

 君は強い人間だなんて、もう言わない。

 晴彦は、葛西晴彦は弱い人間だ。

 それでも、前を向いて戦っている、前を向き合って戦っている。

 その弱さと向き合って、その弱さを肯定して、彼は前に進むことが出来る人間になった。

 

「怖い、お前がいないのは怖い」

 

『そうだね、僕も、君と離れて、一人消えていくのが怖い』

 

「たった一人で、進むのが怖い」

 

『僕も、ラクシュマナやハヌマーンが居なければ、あの魔王と戦うことすら出来なかった。でも、違うだろう晴彦』

 

 いつの間にか、涙は消えていた。

 内なる恐怖と向き合う、それは簡単に出来ることではない。

 その恐怖を感じない人間などそうはいない。

 事実、晴彦もそうだった。

 虚勢を張って、傍にいる相棒を頼りに戦ってきた。

 でも、そんな相棒はもういなくなる。

 

『彼らがいる。レイヴ・ロザンや早瀬七海。あの神父もあのホムンクルスも、強大な力なんていらない。そうだ、最初からいらなかったのかもしれない』

 

 だが、葛西晴彦は孤独ではない。

 共に立ち向かう仲間がそこにはいた。

 

『ここから先は、今を生きる人間たちの戦いだ。辛く苦しい戦いになる。すべてを吹き飛ばすことが出来るサーヴァント(ご都合主義の塊)はもういない。今の時代の趨勢を決めるのは、今を生きる君たちの選択だ。

―――もう一度言う、君は一人じゃないんだ!』

 

 だから大丈夫。

 僕がいなくても何とかなるとは言わない、だがしかし少なくとも、彼を待つ人間が、友がそこにいる。

 たった一人にかまう暇があるなら、彼らのことを思え。

 それが何よりの優先事項だとでもいうように。

 

『行け、晴彦! 早く早く、何より早く! 誰よりも、何よりも! だから、とっとと―――行けェ!!』

 

「アーチャー・・・・・・」

 

『頼む、これ以上情けない姿を見せたくはないからさ』

 

 後ろを振り向けば、そこにはある姿が見えた。

 恐るべきその容貌、六本の足と六枚の翼、目は白く染まり、自らの尾を咥えるその魔神。

 中国神話に語られる四凶が一つ、渾沌。

 その姿を見るだけで心臓が震え上がり、恐怖がこみ上げる。

 

 しかし、そんな怪物と戦うものが今まさにそこにあった。

 

 幾多の魔術を扱う怪物に対し、懸命に戦う巨兵。

 その陰に隠れながらも、あらゆる魔術を使い応戦する七海にレイヴ・ロザン。

 限界を超えて、血反吐を吐きながら黒鍵を振るう神父。

 そして自分の肉体を抱え、それを守りながら戦いの趨勢を見る五号。

 

 皆が皆、自分の役割を果たし、戦っている光景だった。

 

 その戦いは決して綺麗だとか、とんでもないとかそういうわけではない。

 皆が皆、限界を超え、自らの全力をもってなお届かない相手に懸命に食らいつく、そんな不格好で泥臭い戦い。

 だからこそ、その姿は何よりも素晴らしかった。

 

「アーチャー、ありがとう。俺は、もう行くよ・・・・・・。みんなが待っている」

 

 アーチャーは何も言わない。

 語るべきことは語った、そういう風に沈黙の中にあった。

 

 今でも恐怖で震えている、それでも葛西晴彦は進む、このくそったれな現実へ。

 

『せいぜいうまく活用しな。俺に勝ったんだ、敗北は認めねェからな』

『―――アイツを頼む。できるなら死なせるなよ。何せ俺のお気に入りだ』

 

 勝手気ままな剣の英霊はそういった。

 そういえば、場合が場合とはいえ、人を殺してしまったことは十分なる晴彦の罪だろう、約束も破ってしまった。

 それでも、もう一つの約束を守らなければならない、早瀬七海は生きている。

 彼女は父親の聖杯をその目で見て、破壊することを選んだのだろう。

 ならば、晴彦も選択しなければならない。

 

『サーヴァントは変わることはない、変えることが出来るのは今を生きる人間だけだ、私のように後悔を抱えて、こんな大人になってはいけないよ』

『己の思うがまま、あるがままに生きるといい。それが人生だ。少なくとも私はそうしてきた』

 

 変革は今を生きる人間だからこそ成し遂げられる。

 殺人鬼はそういった、自分が狂人であることを自覚し、それを肯定して生きた咎人の人生。

 それでも彼は満足だった、思うが儘生き、望むがままに死んだ。

 胸のうちの燻る後悔を抱えながらも、それでよかったとでもいうように。

 

 進めば、後悔も残る、進まなければ後悔が残る。

 どちらにしても後悔するなら、思うが儘に進めばいい。

 

「さようなら、俺の・・・・・・、最高の・・・・・・、相棒・・・・・・ッ!!」

 

 振り返ることはなかった。

 ただ、正面を向いて、思えば駆け出していた。

 

 そうして光に飛び込んで、自らの進むべき道へと晴彦は進んでいった。

 一歩を踏み出したのだ。

 

『・・・・・・あぁ、さようなら相棒』

 

 晴彦が消えたその世界で、アーチャーは一人、本当に消えゆく瞬間に身を投じていた。

 

『これで、本当に一人になってしまったか』

 

 どこか寂しく、そしてどこか嬉し気に、アーチャーは自身が消えるのを感じ、恐怖を感じつつも、それを受け入れていた。

 

『ああそうだ。いつだって自分の死と向き合うのは自分だけだ―――』

 

 そんな時に、なぜか聞きなれた声がアーチャーの耳に届く。

 ふと振り向けば、そこには見知ったとある存在があった。

 夢が現か、はたまた幻覚か。

 

『まさか、君が出てくるなんてね』

 

 なんて悪趣味な夢なのか。

 普通だったら最愛の妻だろうに、どうして今際の際で彼が現れるのか。

 

『―――久しぶりだね、魔王』

 

『―――久しいな、勇者』

 

 魔王ラーヴァナ。

 ラークシャサの王、偉大なりし我が大敵。

 ラーマが焦がれた存在。

 

『誇るべきわが仇敵(とも)の門出だ。たった一人で逝こうなどと認められんよ、余も、そして彼奴らもな』

 

 見れば懐かしき我が都城、アヨーディヤの玉座にラーマは鎮座していた。

 右を見れば副王にして弟バラタにラクシュマナ、シャトルグナ。

 左を向けばハヌマーンに父ダシャラタ、母に、父の妃。

 自らの左太ももには妻シーターに、我が子たち。

 遠くを見据えれば、そこには我らがコーサラ国の民衆たちがラーマの最期を見つめていた。

 

『どうだ、我が大敵。この聖杯戦争(英雄譚)は満足だったか?』

 

『馬鹿なことを言うな、魔王。満足じゃないなんて言えるわけないだろう』

 

『そうか、それは良かったな』

 

 目の前の魔王はその鬼の形相を破顔させて笑みを浮かべた。

 瞳が重く、身体から力が抜ける。

 程よい疲労感が身を包み、様々なことが浮かんでは消えてゆく。

 

『嗚呼、少し・・・・・・眠くなってきた』

 

『眠るといい。安心しろ、寝首などかかんよ』

 

 魔王は穏やかな声でそう言った。

 嘘ではない、少なくともラーマはそう見抜く。

 そうでなくともこの誇り高い魔王がそのようなことをするとは思えなかったからだ。

 

『お休み、勇者。願うなら、貴様に安らかな眠りを』

 

 ラーヴァナの言葉を最期にラーマは疲労感に身を委ね、そしてその意識を閉じた。




 最後のサーヴァントの消滅回でした。
 アーチャーだけ、かっこ悪く、情けなく、そして穏やかに退場してもらいました。今まで導く者みたいな立ち位置からの唐突なチェンジ。
 いかなる完璧な英雄と言っても弱さがあって、それを抱えながら前を向いて戦っている。サーヴァントだから強いとか、カッコいいとかじゃなくて、こういった弱い一面、情けない一面と向き合って、肯定して進むことも英雄と言えるんじゃないかなと思ってこんな最期にしました。そしてなぜか魔王様が出てきました。なぜだ?
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