あ、ちなみにようやくジャンヌ引きました。ラーマ? 影も形もないね
それは、夜明けの日と共に起こった出来事だった。
途端、波のように押し寄せる魔力と激震が倉敷山を襲い、洞穴は崩れ落ちんばかりに揺れていた。
「ちょっと貴方大丈夫!? ねぇ!!」
「あ、あの・・・・・・あまり揺らしては」
「いいから早く運ぶんだ! じきに崩れるぞ!!」
崩落する洞穴を脱出しようと皆は青銅の巨人にしがみつきせわしなく推移する状況から足掻こうとする。
出口はただ一つ、アーチャーがぶち開けた岩盤の大きな穴だ。
タロスに潜り込み、緊急避難のためにタロスは岩盤を登り、倉敷山の中腹へと降り立つ。
彼らが洞穴を抜け出て数十秒後、脆くも洞穴が崩れ瓦礫に埋まることを鑑みれば、まさしく生と死の境界線を抜けたと言えよう。
「葛西晴彦は無事か!」
「ええ、息はあるみたい。けど・・・・・・」
「意識が戻らないみたいですね」
呼吸は浅く、今にも死に絶えてしまいそうな青年。
肉体は等に限界を超え、最早生きていること自体が奇跡だと言えるほどの状況であっても葛西晴彦は生きている。
「治癒は?」
「もうやってるけど、あまりやりすぎると彼の魔力と反応して一発よ」
「・・・・・・心霊医療は専門じゃないが、変わってくれ。これでも多少の心得はある」
「ええ、わかったわ」
そういうと、七海はレイヴと立ち位置を変え、晴彦の治療を任せる。
「それにしても、完全に崩落してるわね。このままじゃ大聖杯にたどり着けないわ」
「それ以前にアレは・・・・・・」
疑問を呈したのは五号だった。
如何に同じ製作者を持つと言えど、肝心の聖杯が何で出来ているかは熟知していない。
あくまで理解しているのはホムンクルスとしての組成である彼女からすればそれが何かは未だに理解の範疇にない。
「間違いない、覚醒段階に移行している」
「・・・・・・だとすれば、このまま座して待つのかしら」
「それはいかんだろう。彼の状況を顧みれば放置は危険だ。現に我々は矛たるサーヴァントをすべて失っている」
七海の言葉に苦言を呈するのは神父である。
ここのところ、葛西晴彦という青年はあまりにも無茶を重ねている。
それこそ、いつ命を落とすかもわからない綱渡りを何度も続けているようなもの、現に今の状況であってもナルタモンガを取り込んでいる以上消耗は進んでいる。
「タロスは防衛には強いが攻勢はそれ相応だ。火力も相応にあるが、当の問題がどのようであるかわからない以上、どうしようもあるまい」
それを補完するようにレイヴが言葉を紡ぐ。
「それよりも―――」
そして、神父も同様に言葉をかけようとしたとき、異変は訪れた。
「―――ッ!?」
揺れる大地、うねり身を刺さんばかりの強大な魔力。
「これは!?」
「成る程、中々早いお出ましじゃないか・・・・・・!」
崩れ落ちた洞穴を突き破り、ついにその姿が露わになる。
見上げんばかりの体躯に尾を咥え、眼は白く濁っている。
しかし、鼻はなく、尾を咥えながらも咢は見えず、眼もまるで肌と一体となっている様。
加え六つの足と翼を持ちながら、その姿はまるで犬のようであり、一目見ただけで背筋が凍るような恐怖が彼らを包んだ。
一目見ればすぐわかる、これは存在してはいけないものだということが彼らの共通認識となっていた。
中国神話、それも道教において語られる四凶の一つ、渾沌。
それが近衛結香によって埋め込まれた聖杯、その核となった神格である。
その身から立ち込める瘴気は霧のように噴出し、周りを暗く染め上げ、触れた大地はまるで泥のように変化し、呪われた地に変えられる。
「―――これが、聖杯ッ・・・・・・!」
静かに、されどその姿は強大な神代の怪物、これこそ聖杯の正体だった。
「・・・・・・そう、これが聖杯」
そして、その姿に良くも悪くも目を奪われた少女がいた。
早瀬七海、故人となったヨーゼフ・ウッド・アルビオンと早瀬九郎によってこの柊に設置された忌むべき呪いの杯。
その心に、瞳に映る感情はいかばかりか。
空は暗雲に染まり、山中の森林は不気味な雰囲気を醸し出す。
その中で悠然と立つそれはまさしく荒ぶる神威、やたら滅多らに渾沌は魔術を発動させるとその神威は森林や山を襲う。
「・・・・・・暴走か!」
「いや、むしろあれが正常なのやもしれんな。見た目通り獣程度の知恵しか持ち合わせていないと見える」
敵に意志はない。
世に悪意をふりまき、混沌へと追いやるがためにその権能を振るう、それは敵味方区別なく訪れる結果であろう。
もしあれが街に出てしまったら、そう考えるだけでもレイヴたちは身震いがする。
怪物を倒すのは英雄の仕事だ。
しかし肝心の英雄は皆死に絶え、この場にはもういない。
我々に出来るというのだろうか、あのおぞましい敵に対し向かい、勝利を得ることが可能と言えるのか。
問いは切実、この身はただの人間、決して人類史に名を刻んだ英霊とはまさしく格が違う矮小な存在である。
それなのに、そのはずなのに、この場にいる全員が誰も逃げることだけはしなかった。
「タロス・・・・・・」
魔術師は一歩前に進む。
彼を守る青銅の巨人はそんな主を守るために敵に向かい戦闘に備える。
「既に老いた身だ。命など惜しくはない」
一線を退いた老神父は懐から黒鍵を出すと、誰よりも前に立つ。
この身は神の使徒、如何な外法に身を染めようと、多くの信徒を守るために喜んで泥を被ろう。
誰かを守れるなら、たとえその身が煉獄に焼かれようと構わない。
その意志と、想いを胸に、彼は誰よりも前で戦うことを決める。
「・・・・・・っ!」
彼女には、戦う術はない。
魔力供給の為に製造された純粋培養のホムンクルス。
その命は圧倒的に短く、戦争終了後は三年も持たずにその機能を停止させることは想像に難くない。
それでも、その手に抱えている、確かに生きている人間がいる。
英霊の御霊を既に三騎抱えているその身は限界をとうに越え、いつ破裂するかわからない爆弾。
あの怪物の力の原動力は恐らくサーヴァントの魂、なればここで彼女と彼が死ぬことがあれば最悪の結果になってしまう。
強く、強くその肉体を抱きかかえる。
少しでも遠くに、前線から最も離れたところへと進む五号。
それは自分だけ逃げようとか、ただ単純に臆病だからという訳ではなく、その手にある命を何としてでも守ろうとする想いだけだった。
聖杯戦争へと参加した代償はあまりにも大きいものだった。
サーヴァントも、自身の片割れでもある八号も失い、聖杯は使い物にもなりはしない。
それでも彼女は生きている、ホムンクルス五号は生きている。
「頑張って、頑張って・・・・・・!」
祈ることしかできないこの身が何とも恨めしい。
それでも、それしか出来ないならそれをするだけだ。
それが彼女に与えられた役割であるが故に。
「やろう。どうせこのままほおっておけば死ぬんだ。ならば死中に活を見出すしかあるまい」
外套を靡かせ、敵を睨み付けんが如く五号の前に立つ魔術師。
「葛西晴彦を頼んだ。我々は彼が目覚めるまで時間を稼ぐ」
悲痛な想いと覚悟の籠った声で、レイヴ・ロザンは託す。
「―――君のような若者に、戦いの趨勢を決めさせるなどという選択を敷いたことは、今謝罪する。
―――だから頼んだぞ!」
遺す意志。
最悪死んでしまうかもしれない可能性。
それらをすべてひっくるめたうえでの決断。
魔術師ならば、魔術師ならば、自身の命の価値など元から問答に値しない。
次を継ぐ者の為の捨て石となる為なら、喜んで命を捨てる。
それこそ魔術師、それこそ時計塔の貴族の在り方だ。
「神父、どう思う」
「まずもって顔がない。異教の怪物はあまり詳しくないが、恐らくは」
「そこが鍵と言うことか」
四凶が一角、渾沌。
中国神話に語られる神代の怪物であり悪神とも畏れられるソレは生半可な相手ではない。
一体どのような怪物なのか、そう考え、そして状況はめまぐるしく推移していく。
「!? 神父ッ!!」
「―――ッ!?」
渾沌の周囲に浮かび上がる様々な術式。
その一撃一撃がかなりの術であると察知し、レイヴたちは後退する。
瞬間、木々は爆ぜ、土煙が巻き起こり、衝撃が彼らを襲う。
土煙が晴れ、彼らが見た景色はまさに想像を絶するモノであった。
「これは―――」
見まごうばかりの黒、黒、黒。
黒一色に墨を塗りつけたかのような風景が広がり、その溜りに触れた木々は枯れ果て、塵と化す。
後に残るは黒色の溜まりとその上に立つ渾沌。
嗚呼、これこそ絶望。
触れればすぐさま死につながる絶望と言う恐怖。
「四凶渾沌は―――」
タロスに拾われた七海は告げる。
瞬間的に後退したがどうやら全員が無事なようであり、未だ脱落するものはいない。
「―――渾沌の弱点は、顔にある塞がれた七孔を文字通り切り開くこと。すなわち、接近しなければ勝利は得ることは出来ない」
「それは・・・・・・!」
接近すれば命取り、しかし相手の攻撃はひたすら接近させないようにするモノかつ術の発射による遠距離。
非常に単純であるが単純であるが故に強い。
あの溜りは最強の矛であると同時に最強の鎧という訳だ。
触れたものを腐らせ崩壊させる毒、まさにすべてを溶かし無に帰す混沌と言っても過言ではない。
「あれを一工程で行うか。ははは、大見得切ったが、帰りたくなってきたぞ」
「神代の生き物って奴は往々にして理不尽の化身みだ。とはいえ本当に帰るなよ」
軽口を叩くが、視線は真剣そのもの。
触れればひとたまりもない攻撃、それはまさにあのガーディアンの呪いを何倍にも凝縮したかのような相手を殺し溶かすことに特化したモノである。
「渾沌・・・・・・混沌か。いろんなものをドロドロに溶かして一緒にしましょうという訳か、反吐が出るな」
「世界の始る前は混沌だった。成る程世界がどうとか考えている奴の考えそうなことではあるな」
つまりはそういう実験なのだろう。
そしてこれがその成果の一端という訳だ。
「・・・・・・これが」
のどが渇き、飢えに似た感触と腹の奥底から煮えたぎるような鈍い痛みを感じながら七海は言葉を零す。
「そうだ、これが魔術師の業と言うものだ。非人道的だが、それが根源へつながるというならそれこそ悪魔の所業だとしても手を染めるのがな」
「・・・・・・」
「怪物より人間が恐ろしいと言われるのも納得だよ。少なくともあれは人間か、それに近いものが生み出したのだから」
だからと言って、レイヴ・ロザンは目を背けない。
あれが人間の業だというなら受け入れよう。
人間は確かに悪であるということは認める、だがそれ以上に彼は知っている。
「それでも、人は美しい。私はそう信じている」
そう、彼らは信じている。
人の可能性は、これだけではないのだと、他ならぬ輝かんばかりの存在を知っている。
「・・・・・・時計塔の貴族、レイヴ・ロザン」
七海は瞳を閉じ、そして決意した。
「なにかね?」
「破壊しましょう。あれは、誰の救いにならないなら。悲しみを産んでしまうなら、私たちの手で、破壊します」
「・・・・・・そうか」
こわばったレイヴの表情が少しだけほぐれた。
そっと胸元をまさぐると、レイヴはハンカチを取り出して、そっと手渡す。
「涙を拭きなさい。女性の悲しむ顔は見たくない」
いつの間にか、七海は涙を流していた。
あれは危険だ、あれはあってはならない。
けど、それでも、あれは父の遺作だ。
そう思えば思うほど苦しかった。
彼女からすればあれは確かに父とのつながりのある最後の物品だから。
「誇ると良い。君の選択は何より尊い」
「ええ、有難う。その言葉だけで十分よ」
涙を振り払い、少女は立つ。
もう、迷いは無くなった、これこそ少女の戦いだからだ。
「勝ちましょう。活路はきっとある筈。ならば諦める必要なんてないのだから」
相手は強大なる神代の怪物。
だがそれがなんだというのか、相手が強大なことなど今更だ。
相手は無貌の神獣。
されど全く勝てないことなどない。
人の想いはこんなところで砕ける事など無いのだ。
恐怖もある、恐れもある、されど彼らの覚悟の前にそんなものは障害にはならない。
称賛されることはない、だがそれでも構わなかった。
彼らがやると決めたのならば、それでいい。
自らの良心に従い、ただそれを行うのみ、それが彼らの正しいことと信じて。
「征こう、これが我らの最後の戦いだ―――」