「以上を以って、魔術と言うのは血縁を重ねるごとによってその質を―――」
あの戦争から一年の時が過ぎた。
時計塔における元素変換を教える名講師であるレイヴ・ロザンはその教壇で魔術師としての貫禄を一層増して生徒を指導していた。
片手をポケットに突っ込み、その袖からは火傷傷を覘かせながら教鞭を執る姿は聖杯戦争を生き残ったという実績を以って
かつて政争に精を出し、一貴族であったステュアート家を
野心家のレイヴ・ロザンもようやく守りに入ったのかと、或いはようやく身の程と言うのをわきまえたのかと。
そんな噂も今の彼にとってはどうでもいいこと、彼は本当に自らが望むものを見つけたのだ。
それに対してどうこう言われる筋合いも必要も既にない。
「さて、今日の授業はここまでとしよう。質問があれば聞こう」
性格も丸くなり、戦前の神経質さはどこかへいき、授業も歴史的浪漫や幅広い知識から来るユーモアセンスも相まって今では時計塔屈指の人気講師となったレイヴ・ロザンにはその血筋や能力をあって現在見合い話もひっきりなしに来る始末だ。
「嗚呼、そうだ。私は来週ギリシアで調査があるので来週は休講だ、来週は各々自習してくれ」
また新しく悪癖として出てきたのがこのフィールドワーク癖であった。基本的に時計塔にいることは少なく、半分もいればいいぐらいであり、基本的にレイヴ・ロザンはこういった海外出張を好む質となった。
東は極東日本からインド、中東、ギリシア、フィンランド、隣国アイルランドや地元イギリスもよく散策する。
特にギリシアへ向かうことが多く、様々な史跡を発見し、表の世界でも古典学者としてそれ相応に有名な人物となっている。
「さて、やることはたくさんあるぞ、調査の準備に養子縁組。それから後進育成か・・・・・・」
少なくとも、昔よりか生き生きとしているのは間違いなかった。
後のロード・ステュアートの直系であるロザン家はこれを機に断絶するが、養子縁組によってレイヴの娘となった少女が新たに本家となり、ステュアート家は更なる躍進を遂げることは、今は誰も知らなかった。
彼が終世愛した女性、それを知るのは誰も居らず、歴史の闇へと消えていった。
「あら、随分と嬉しそうね」
レイヴをふと呼び止める声、それは幾分か若く、それでいて訛りと言うかぎこちなさが宿っていた。
「早瀬七海か、どうだね時計塔は。退屈はしていないだろうか」
「勿論、推薦してくれた貴方には感謝しています」
柊市のセカンドオーナーであった七海は高校卒業と同時にイギリスへと旅立った。
理由は聖杯戦争の為に荒廃した柊の復興と、それに対する巨悪への対処の為に、セカンドオーナーの職務を国の魔術機関へ応援を要請するとともに、その調査の間をぬっての留学だった。
幸いにもレイヴ・ステュアート・ロザンと言う大きなコネを得たこともあってか時計塔留学もスムーズにいった。
「確か君は現代魔術学だったか、中々面白い教師だろうあそこは」
「えぇ、しかしいいので」
レイヴもそれ相応に成り上がりと呼ばれたが、そもそもレイヴは何代も血を重ねた魔術師であり、長年凡才を出してきた昔とは違い神童と呼ばれたレイヴの活躍によってその権勢は中身が無いと言われた状況から名実ともにその地位を復権させたと言った方が正しいという一面もある。
そんな新進気鋭の魔術師であり、後ろ盾も十分と言えない状況のレイヴから見て、自分の生徒を次々と自分のシンパにし、没落しかけたロード・エルメロイを後ろ盾に持つ彼を敵視してきた。
「構わんよ、確かにあそこの勢力は危険視していたさ。だが、今はもうどうでもいい。それなりの権威を手に入れた、優秀な後進を見繕った。後は友もいる。―――あとは愛した女もいれば良かったが、それは高望みしすぎだろう・・・・・・」
「・・・・・・その気になれば、その女性とも居られたのでは?」
「ああ、そうかも知れないな。だが、もう選択したことだ。彼女に二度目の死を与えるわけにはいかないだろう。それ以上は私の我が儘だ」
長くは語らない。
すべては過ぎたことであり、その選択に悔いはない。
少なくとも彼らはそう言えるのだ。
「―――私たちには、明日がある。それは何て幸運なことなのかしら」
「ああ、確かに。我々は恵まれているのだろう。誰よりも、何よりも―――」
やがて、彼らはすれ違う。
例え一瞬の交わる道だとしても、いずれ目の前からいなくなるとしても、その想いは、背中は、きっと生涯忘れないだろうから。
彼女の人生は、その道筋はまだ始まったばかりなのだ。
外套を纏い、少女は一人砂漠を進む。
ラクダに跨り、独りでに旅を続ける少女、砂塵が吹き荒れる砂漠の中を、一歩、一歩と前に進む。
世界は広く、大きく、未知であふれている。
砂塵が止み、そっとフードを取ると、そこには若い銀髪の少女の姿があった。
聖杯戦争終了後、彼女に残された時間は少なかった。
それもそのはず、ホムンクルスという存在は聖杯戦争という戦場に立つためだけに創られた人造人間、それが終わればホムンクルス等不要の存在。
よって彼女に与えられた時間はたったの二年ほどであった。
だが、彼女は絶望しない。
人の生は限られている、ならばこそ、その与えられた時間を精一杯生きることを選択したのだ。
聖杯戦争が終われば、彼女は自由になれる。
出来る事なら、人と同じ生を生き、そして死んでいきたかった。
だがそれが叶わないのなら、せめてその生涯の中で精一杯笑い、泣き、そして死んでいこう。
それが彼女の最期の旅路へと駆り出した理由だった。
極東日本を出て、現在は中東イスラエル。
神を祀る聖地にたどり着いた今、目指すは世界を一周回ること。
そこに住む人と同じものを見て、感じて、そして知って行こう。
亡くしてしまった弟と今まさに人生と言う新たな道を踏み出した妹の為に、私はいろんなものを見て、そして自慢しよう、お姉ちゃんと言う存在は何時だって尊敬されてしかるべきなのだ。
「ええ・・・・・・はい・・・・・・わかりました」
柊市の教会でロナウド・ハーペンは様々な応対にひっきりなしであった。
魔術的痕跡の隠蔽に情報操作、特に倉敷山で起こった状況をどうにかすることはいかんとも難しく、原因不明の山火事と言うことで一通りの決着を見せたものの、セカンドオーナーの代理として派遣された特別監査官との折衝とやるべきことは多い。
「そうですね、まず倉敷山をどうにかするべきかと。・・・・・・はい、このままでは土砂崩れの危険性もありますから」
戦いの後、無理が祟ったのか、急激に具合を悪くするも、何とかその命を繋いだが、最早魔術や秘蹟の類は二度と使えないであろうことは想像に難くなかった。
「はいわかりました、それでは・・・・・・ふぅ―――」
戦いの影響で悪化した腰を抱えながらもそれでも彼は懸命にその職務に従事する。
何せそれが神の子としての彼の生き方、与えられた職務を全うする責任があり、この町に赴任した監督役がすべきことなのだ。
「嗚呼、主よ。私はどうやらまだそちらへ逝けないようです」
その表情はどことなく疲れを見せながらも楽しそうであったのは言うまでもない。
「ふっ・・・・・・、くっ・・・・・・!?」
時計塔のとある研究室にて、懸命に手すりにつかまりながら、懸命に前に進もうとする少女がいた。
彼女の名前は近衛結香、かつて柊で起こった聖杯戦争、その小聖杯の器であった少女だ。
「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」
「ほら、頑張りなさい。もう少しよ」
その様子を見ながら七海は手拍子して、応援するのだった。
あの聖杯戦争から一年、近衛結香は葛西晴彦の獅子奮迅の活躍を以って生存を成し遂げた。
しかしその身を犠牲にし、渾沌を降臨させた結果、その肉体はもうボロボロだった。
しかし、生存活動が不可能とされた状況を好転させたのはたった一つのとある力の存在による。
ズバリ聖杯の力であった。
柊に降誕した聖杯は使い物にならず、確かに破却された。
しかし、その代用品が無かったということはない。
『
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:― 最大捕捉:1人
ナルト最強の戦士が守護するという魔法の杯。
真名開放時篭められた魔力を開放し、セイバーのステータスをワンランク上昇させ、溢れ出る魔力を十全に扱うことによって、連続での宝具の真名開放を可能とする。
また、聖杯としての役割を持つが、相手の言葉の真実を見抜く力があり、心からの願いでなければ叶えられない欠点がある。
この杯は相手の属性・特性を引き継ぐ。
幸か不幸か、この存在が彼らの救いとなった。
到底生存が不可能とされた葛西晴彦を筆頭とする者たちはこの聖杯による癒しによっって幸いにもその生を謳歌している。
人ひとりを死の淵から復活させるという奇跡は死者を復活させるよりかはマシだが、それでもそれ相応の容量を食うことには違いない。
加え、結香に至っては常人と同等の生涯を歩めるほどにまでなった。
しかしそれでも、一度飲み込まれた肉体が健常者と同等になるのにはそれ相応のリハビリが必要であったのだ。
「ほら、頑張りなさい。貴女魔力量と技術は多いんだから出来る筈よ」
「魔術を使わずに体をまともにしろと言ったのは貴方ではありませんか・・・・・・?」
額に汗を濡らし、懸命に歩みを進める結香はそう毒づくが、七海はそんなことは何とやらとのらりくらりの躱す。
時計塔に来て成長しているのは何も結香やレイヴだけではない、と言うよりか、レイヴ・ロザンの内弟子とまでなっている七海の成長は群を抜き、時計塔でも一目置かれるまでとなっている。
「人って、楽な方へ楽な方へ進むと堕落するのよ。だから私は心を鬼にしてあなたの為に」
「屁理屈です、絶対屁理屈です・・・・・・!」
平凡で何ともない日々。
生まれた時からの空虚感とは違って何かを満たすための生活。
人形から人への脱皮を果たした少女は一体何を思い、どう行動するのか、それはまた別の物語。
「イギリス留学ッ!?」
「うるせえ垣田」
大学構内の食堂で晴彦はうどんを啜りながらそう答えた。
「うっそだろ!? えっ、お前そんな頭良かったっけ!」
「あなたとは違うんです。俺は俺で努力してるんだよ。それとコネもあるし」
「何時作ったんだよ、それ?」
聖杯戦争終了後、光の極光の中、葛西晴彦はまたもや死にかけた。
一週間にも満たない時間の中何度も何度も死に掛け、その度に死の淵から蘇るという馬鹿を何度も成し遂げた結果、最高の結末を選んだと思ったらそれだった。
しかし、幸運なことに、神―――もとい聖杯は彼を見放していなかった。
セイバーが残し、与えたナルタモンガが疑似聖杯として機能していたことによって、レイヴや七海たちは葛西晴彦や近衛結香の生存を願った。
その結果、晴彦の肉体はピンピンしており、負傷らしい負傷もなく、即日退院、大学に通うことが可能となった。
また、あの戦争終了後、レイヴから是非とも時計塔に招きたい旨と、表向きの役職である古典学者として是非とも来てほしいという願いもあって晴彦はそれを了承した。
そうなれば語学関係を学び、一年の歳月を経て英国語をマスターした。
「まぁ、そのおかげで約束を果たせたわけだしな」
「あん? なんか言った?」
「いいや、何でもない。早く飯食わないと授業遅れるぞ」
肉体は聖杯戦争がはじまる前に戻り、覚醒した『直死の魔眼』も機能することなく視界はいつも通りの世界を映し出す。
あの時の言葉を覚えている。
生きろと言った彼の英霊の姿を、晴彦は終生忘れないだろう。
英雄譚が終わり、人生が始まる。
ここから先はほかでもなく誰かの為でない、自分の為のそんな山も谷もないちっぽけな人間の物語。
物語の後日談を延々と語ることなどそれこそ蛇足だろう。
柊にまた春が来る。
粛々と日々が過ぎ去り、季節が回る、ただそんな日々を守る為に戦い、そして成し遂げたそんな物語。
春の到来を知らせる風と舞う花びらを見ながら、晴彦はそっと微笑んだのだった―――。
Fate/destructionこれにて最終回です。ご愛読ありがとうございました。