夜の町、ただ呆然と立ち尽くす男がいた。
「―――何があったんた・・・・・・?」
男はゆっくりと振り向く。
自身から二十メートルほど離れた距離に一人の青年が立っていた。
「―――君は・・・・・・、そうか、マスターか・・・・・・」
一切の感情を感じさせない冷たい声で、レイヴは晴彦を観察する。
「・・・・・・あぁ、そうだ。俺がアーチャーのマスターだ。それより、あんたのサーヴァントはどうした」
「・・・・・・ライダーは」
死んだとは彼の口からは到底言えなかった。
認めたくなかったのだ、彼女が死んでしまったということを、例え矛盾していることだとしても、言ってしまえば、本当に消えてなくなってしまうのではないかと、彼は恐れた。
だから彼は・・・・・・。
「ライダーはここにいる」
現れたのは青銅の巨人。
圧倒的な力を持つ神の作った人形の兵士。
そしてそれは、彼が彼女から受け継いだ、絆の証、『命の遺産』である―――!
命の遺産:C
核が破壊され、現界不可になった時、自動発動する。
余剰魔力の範囲内で、現時点でマスターに必要な遺品を受け継がせ、マスターを依代に顕界させ続ける。
マスターとの繋がりが失効している場合、このスキルは発動しない。
Cランクであればマスター1人救うには十分である。
彼女が遺したものを糧に、彼女が願ったモノのために、レイヴ・ロザンは此処にいる・・・・・・!
(何があったのかは分からない。だが・・・・・・)
アーチャーは知っている。
あのように迷いのない瞳を、かつて、彼と共に戦った戦友、自身らと戦った羅刹の瞳だ。
(覚悟を決めたか・・・・・・ライダーのマスター。それでこそ、晴彦の戦友に相応しい)
戦う者の眼、熱く、耀くその瞳に、アーチャーは戦士を幻視した。
(晴彦・・・・・・大丈夫かい)
(ああ、何時まで経っても、お前におんぶに抱っこじゃな・・・・・・)
(気に入らなかったかい? お姫様抱っこ)
(ノーコメントで)
額の冷や汗をぬぐいながら、相手マスターとの対談に挑む晴彦。
相手は自分よりも経験豊かで、魔術師としても一廉の人物。
魔術に疎く、一日程度の付け焼刃の晴彦には荷が重過ぎる。
それでも彼は前に進まなければいけない。
それが、この戦争に足を踏み入れたもののやることだからだ。
「自己紹介からしよう。えーっと、日本語でいいよな。葛西晴彦だ。今回のアーチャーのマスターだ」
「・・・・・・それは丁寧に、レイヴ・ロザン。今次聖杯戦争、ライダーのマスターだ。・・・・・・それで、私に何か用かね、戦うというなら、全力で相手をするが?」
そういうと、レイヴは右腕を正面にまっすぐ伸ばし、魔術回路に魔力を通す。
それに呼応するかのように、青銅の巨人は全身より蒸気を撒き散らす。
「・・・・・・いや、俺達がやりたいのは交渉だ。仮に戦うとして、どうしてアーチャーのマスターの俺が、アーチャーを伴ってあんたの目の前にいるんだ」
「・・・・・・それもそうか。だが、君自身が囮で、ほかに組んでいるマスターがいるかも知れない。そうは思わないか?」
「だったら、何でアンタはあの金髪の女性を出さない。アレがアンタのサーヴァントなんだろ」
刹那、レイヴは固まる。
晴彦からしてみれば、自分のサーヴァントを偽ってるほうが信用できないという意味で言ったのだが、レイヴは別の意味で捉えた。
何時見られた、あの時の混戦の時か。
それとも、アサシンに殺された時か、否違う。
(アサシンにライダーを殺された時を見ていれば、私は生きていない、サーヴァントを失ったマスターほど狙いやすいものはない。相手はアーチャー、おそらくはあの混戦を俯瞰していたのだろう。ならば、考えることは簡単だ)
「アレを見ていたのか」
「あぁ、結論として、バーサーカーをけしかけることになったがな。好都合だっただろう、敵サーヴァントの宝具が見れたみたいだしな」
「道理で、バーサーカーの行動が早いと思えば、そういう訳だったか・・・・・・」
相手のアーチャーはよほど優秀らしい。
レイヴは悲しみをよそに、思考を組み立てる。
敵のステータスは中堅程度、先のセイバー、ランサーに比べればどうという事はないが、先のアサシンのような手合いもいる。
レイヴにもはや慢心はなかった。
スッと、胸のうちが冷え込んでいくような感覚がレイヴを包む。
曰く、殺れるか、だ。
隙はある、おそらくかなりの使い手か、素人かだ。
背後にいるのはアーチャー。
かなりの近距離にいるが、敵の切り札を知らずに突撃するのは馬鹿のすることだ。
レイヴは自身が思っていた以上に冷静であることに少なからず驚いていた。
「用件を聞こう」
「あぁ、簡単に言って、手を組まないかということだ」
「同盟か?」
「そうとってくれても構わない」
「ふむ・・・・・・」
レイヴは構えを解いて、顎に手を当て、熟考する。
「内容は?」
「対セイバーに対する共闘、および休戦協定だ。何も日がな一日中べったりくっつくわけじゃない。情報交換も行いたい。何か質問は?」
「連絡手段はどうする?」
「そちらの拠点が分かればどうとでもなるだろう」
「私が裏切ったらどうする?」
「裏切ったら? 簡単だ」
晴彦は眼鏡のズレを中指で調整しながら、淡々と言う。
「報復だ。簡単なことだろう。これはそういう戦いだろ」
「ふむ・・・・・・」
無論ハッタリである。
しかし、晴彦には余裕はさほどない、それはレイヴも同じだ。
だからこそ、双方とも弱みを見せられない。
つけこまれたら終わりだ。
それが彼らの見解だった。
「メリットは?」
「こちらはアーチャーだ。三騎士の一角と組めるというメリットがある。後方と狙撃を気にしなくてすむならこれ以上のメリットはないだろう。それに、アンタのサーヴァントのことを考えれば、こういった手合いはありがたいだろう」
「・・・・・・君は」
「質問は?」
余計なことは言うなと、晴彦は早々に話を切り上げる。
「いや、ない。いいだろう。共闘の件は分かった」
「・・・・・・そうか。俺は、韮山の桂雲荘、15号室が俺の部屋だ。アンタは何処に?」
ここ、柊市はいくつかの大学が名を連ねている。
晴彦の在籍する大学もそのひとつだ。
韮山町はその中でも学生が集まり、飲食店や娯楽施設の多い学生街である。
(ほう、とすると彼は学生か? すると、巻き込まれた魔術師やもしれんな)
「分かった。私の拠点は柊ルートイン・・・・・・いや、待て」
「どうした」
レイヴ・ロザンはしばし思考を組み立て、ある考えがひらめいた。
「いや、何でもないさ。そう、私の拠点は―――」
レイヴ・ロザンにサーヴァントはいない。
つまり、彼はこの聖杯戦争に敗退したのだ。
ライダーは消え去り、残ったのは彼女の遺産。
だからこそ、こんな行動を取れる。
「―――聖オルレアン学院だ」
今、レイヴ・ロザンが望むのはただ一つ。
彼女を殺した暗殺者の首だ。
聖オルレアン学院。
クリスチャン系の高校という題目で婦女子を教育する女学校である。
投資者には代々ここの地主として早瀬家があり、密接な関係を築いている。
「・・・・・・分かりました。教会は貴方を聖杯戦争の規則にしたがって保護しましょう」
「えぇ、感謝します。ハーペン神父」
「なに、規則ですから。それに、私はこうして左遷されましたからね。魔術師だからという理由で毛嫌いしませんよ。皆、等しく神の子です」
白髪交じりの金髪に口ひげを蓄えた初老の神父はそういって、レイヴを慰める。
「命を大事に。それを失ってしまってはどうしようもありませんからな」
丸眼鏡越しに少しだけ寂しい目をした神父はそういってレイヴを慰めた後、ゆっくりと晴彦の下へ進む。
「始めてみる顔だね。私はロナウド・ハーペン。ここで神父と英語教師をしている。迷える子羊よ、私に何か用があるかな」
神父は慈愛に満ちた微笑で晴彦に話かける。
教会は中立だ。
現在、アーチャーは教会の外で周囲の斥候を駆り出た。
すなわち、この場には晴彦とレイヴと神父しかいない。
「いえ、教会の管理人と少し顔合わせをしたかっただけなので、それと、教会の役割についてもう一度確認しに来ました」
「なるほど。では、聖杯戦争の概要から話しましょうか」
神父は晴彦に教会の長いすに腰掛けるように言うと、淡々と、聖杯戦争についての成り立ちを話した。
神話から始まり、英霊の召喚を経て、魔術師達が争う魔術儀式。
ここまでは晴彦も理解していた。
「聖杯戦争において、教会は中立を宣言しています。我々の仕事は神秘の秘匿に基づいて参加者の保護と被害の収拾に当たることです」
「神秘の秘匿ですか・・・・・・」
「えぇ、魔術師の奇跡は目に触れ、大衆に伝播することを恐れています。これは、魔術という神秘が大衆の常識となり、一つの現象となることを回避するためです。かくして、これは、魔術師としての常識で大衆からしてははっきり言って迷惑以外のほかでもないのですよ」
「なるほど・・・・・・」
ここまで神父の話を聞いて、晴彦は驚きの連続だった。
はっきり言って、世界の裏を知る行為で、彼にとって衝撃の連続だ。
「葛西君」
「あ、はい。なんですか」
「君、本当は魔術なんて知らない素人でしょう」
「・・・・・・はい」
案外、ばれてしまうものである。
「心配せずとも、彼には言いませんよ。なるほど、道理で・・・・・・」
「やっぱ、おかしいですか」
「いいえ、随分まともだと。そう、思ったものでね。うん、多少偏見や先入観を持ってることも否めないからね。やれやれ、私もまだ未熟ということか・・・・・・」
「はぁ・・・・・・」
「すまない。歳を取ると、どうも感傷的になってしまってね。私の悪い癖だよ。忘れてくれ」
神父は視線をふと横に置いて、どこか遠くを見つめる。
その姿はひどく哀愁を漂わせるものだった。
「話を続けようか。何か質問はあるかな?」
神父は首をかしげながら、人さし指を上にさし上げ、ウインクをする。
「・・・・・・そうですね、聖杯戦争、聖杯は何処にあるんです?」
「うん。聖杯といっても一概に何かとはいえない。
―――それこそ、杯かも知れないし、あるいは魔本といわれるものかもしれない。あるいは、生きた生物かもしれない」
「どういうことです」
「聖杯戦争とは魔術師による魔術儀式。つまり、最後に勝った者が願いを叶える。そういうプロセスを踏んでいれば聖杯自体はそれほど重要ではないんだよ」
つまり、聖杯戦争とは七人の魔術師が七体の英霊を召喚し、その英霊の魂をくべることで儀式が発動する。
それだけ出来ていれば、それは聖杯がなくとも聖杯戦争といえる。
「もちろん、本物の聖杯が使われていたなら。まぁ、本当に聖杯戦争と言ってもいいのだろうけど、そんな場合になったら、教会との対立は避けられないだろうね。だから教会はそれが偽物であることを知って、黙認して、魔術師は己が悲願を成就しようとする。・・・・・・願いを叶えるということはね、それほど尊く、そして何より残酷なんだよ・・・・・・」
神父は何処となく悲しそうだった。
「・・・・・・聖杯戦争で、巻き込まれる人間というのは少なくない。とある聖杯戦争では、それこそ町もろとも災害に見舞われた物もあったらしい。・・・・・・誤解してほしくないのは、これでも被害は最小に抑えたレベルといえることだ。一歩間違えれば、それこそ世界の危機・・・・・・、だが、安心してほしい。この町には監督役たる私がいる。そのような真似はさせないさ」
「はぁ、そうですか・・・・・・」
晴彦はうなずくことしか出来なかった。
それほど晴彦は無知であり、無力だったのだから。
監督役の登場。
やっとこさで全サーヴァントが出揃いそうです。
えっ、もう一騎死んでるって?
聖杯戦争じゃ良くあることだよ!