たった一つの願い事 わがまま少女あやの物語 作:まめた みか
「ゲーム・スタート!」
「うぃす」
朝の食堂に恭介がやってきた
「おー」
「おはよう」
「おはよ」
いつもの顔ぶれが揃う
「夕べは疲れたなぁ」
真人がそう言いながら欠伸をする。
「恐らく鈴が一番ね」
慣れない事をした鈴は大変だっただろう。最後はグロッキー状態だったし
その鈴がお盆を手にして、こちらへ向かい元気に走ってきた。
「遅くなったっ」
そのまま滑り込むようにして、席に座る。
「早く食わないと間に合わないぞ、鈴」
確かに、もう十分くらいしか時間が無い。
「俺の筋力にものを言わせて、口の中に一気に詰め込むという手もあるが……どうする?」
笑みを浮かべる真人
「アホなこと聞くなっ、馬鹿がうつる!」
一喝される。
「いや待て、もし筋力もうつるとしたら……それは魅力的じゃねぇか?」
「アホね」
上を向きながら言う沙耶さん。
「いただきます」
真人をスルーして手を合わせる鈴。
いつもの風景だ。
「わっ!?」
合わせたその手が振り払われた。
「どうした?」
恭介が尋ねる。
「はえっ!」
鈴の目の前を、ハエではないだろうが小さな羽虫が飛んでいた。
「このっ、むこういけっ」
手を振り回すも、その手の間を縫って飛び続ける。
「鈴、どいていろ」
と、箸をくるりと回転させた謙吾が声をかけた。
そして、
「他愛もない」
その羽虫を空中で見事に挟んでみせた。
おお~っ! と周りの席から感嘆の息が漏れる。拍手もまばらに起きた。
「謙吾くん、格好いいわよ」
沙耶さんも感心したように手を叩いている
「そのまま離せよ」
それを見て、真人がヌウッと立ち上がった。
「いいだろう」
パッと箸を離し、羽虫を自由にする。
再び元気に飛び回り始める羽虫を
「見えた!」
「うおりゃあああーー!」
真人が思いっ切り拳で打ち据えた。
その拳は確かに羽虫にぶち当たり、羽虫は謙吾の味噌汁の中に落下した。
「…………」
やってしまった、というような顔の真人
「…………」
無表情の謙吾
「やんのか、こらああぁぁーーっ!」
何故か真人が先に大声を上げる。
「真人が先に切れた!?」
「……やってやろうじゃないか」
謙吾も拳を構える。
「待ちなさい、二人とも」
一触即発といった様子の二人に声を掛けたのは、沙耶さんだ。
「何だよ沙耶、止めんなよ」
文句ありげな真人
「そうだ、これは男同士の戦いだ」
謙吾も不服そうだ。
「たまに喧嘩するくらいなら、むしろ健全で良いと思うくらいだけど……このままだと遅刻するわ」
沙耶さんが壁の時計を示す。
「うわっ、本当だ」
時刻はいつの間にか始業の二分前になっていた。
辺りにはもう誰もいない。
慌ててお盆を片付け、みんなで必死に走る。
「やばいな、間に合わない」
渡り廊下にさしかかった所で、恭介が口を開いた。
「くそっ、誰のせいだよっ!」
毒づく真人
「おまえだ、おまえ」
謙吾が呆れたように返す
「このままだと、六人とも遅刻ね」
妙に冷静な沙耶さん。流石と言うべきか、息一つ切らしていない
「お前たち同じクラスなんだから、鈴だけ先に行かせて代返させればいいじゃないか」
と恭介
鈴一人だけ先にって……
「どうやって?」
「真人と謙吾が協力すれば簡単なことだ。ついて来い!」
恭介について走り、僕らの教室の真下に移動する。
「ふたり向かい合って手を組め」
「何でこいつなんかとっ!」
「それはこっちのセリフだ」
口では嫌がりながらも、素直に手を組んでしゃがみ込むふたり。
「鈴は二人の力を借りて、三階まで一気にジャンプする」
「はあ?」
恭介の言葉をいまいち理解していない様子の鈴
「大丈夫だ、おまえの身体能力なら」
「で、窓をくぐると、すぐそこは教室ってわけだ」
「どこでも大砲みたいね……」
何かをボソッと呟く沙耶さん。
「つまり、ショートカットってわけだな。行くぜ、謙吾の先生よぅ」
そんな事出来るのだろうか?
「…やむをえまい」
「ほんとにするの!?」
「鈴ちゃん、安心して、あたしがフォローするわ」
沙耶さんが胸を叩く。
うむ、と頷く鈴
「ほら、もう少し腰を落として、手をぐっと組みなさい。謙吾くんはもう少し真人くんの方に寄って」
沙耶さんが指示を出す。
「お前は危険だ、どいてろ」
その間に鈴は引っ付いていた白猫を地面に下ろし、準備を整えた。
「よし、いいぜ」
真人に言われ、鈴が組まれた手の中心に足をかける。
「これでいいのか?」
さらに、ふたりの肩を掴んでバランスをとった。
沙耶さんがOKサインを出す。
準備は整ったようだ。
「手加減は無用だ……」
真人が声をかける
「ああ……」
「ミッション」「ゲーム」「「スタート!」」
恭介と沙耶さんが号令をかける
「いっくぜえぇぇーー!」
「うおらああぁぁーー!」
そのかけ声に合わせるようにして、真人と謙吾が鈴を思いっきり投げ上げた。
空中に鈴の身体が投げ出される。
「ぎゃあああぁぁぁ…………」
飛びすぎた!
空に点となって消えた。
ぎゃあぁぁ……と遠ざかる悲鳴だけが今も耳に残っている。
「鈴ちゃーん!!」
叫ぶ沙耶さん。
「ありゃー……」
「高すぎじゃね?」
「屋上越えたな……」
動揺する三人。
「落ちてくるわ、みんな、カバーの体制に入って!」
空の一点を眺めていた沙耶さんが慌てて指示を出す。
「真人くんはそのまま、謙吾くんはそこの植木のやや右、理樹くんと恭介は左側っ!」
テキパキと僕らに場所を指示する。
「来るわよ!」
全員に緊張が走る。
と、
「いや、引っかかった!」
上を見上げていた恭介が言う。
「見ろ、うまく落ち際に窓枠を掴んだんだ、ナイスだ、鈴!」
殺す気か、ぼけー! と罵りつつ、よろよろと窓の向こうに姿を消した。
「ふうっ」
安堵の溜め息をつく。
「さて、あたしたちも行きましょうか。もう遅刻決定だけど」
沙耶さんがそう言って、歩き始めようとした所で、
「待て沙耶」
恭介が声を掛けた。
「なによ?」
振り返り、首を傾げる沙耶さん。
「お前も飛べ」
「は?」
意味が分からないといった表情を浮かべる。
「お前が先に行って、俺の分も代返しといてくれ」
「はああぁぁーーっ!?」
「充分四階まで届くことはさっき確認できただろう? お前の身体能力ならいける筈だ」
「あたしに飛べっていうの?」
困惑する沙耶さん。
「理樹だって、たまには沙耶の格好いい所が見たいよな?」
「え、あ、うん……」
突然振られ、思わず頷いてしまった。
「ほら、理樹も見たいってよ」
「……理樹くんがそう言うなら、仕方ないわね」
既にしゃがみ込み、スタンバイしていたふたりの元に向かう。
「じゃあ、ちょっと失礼するわ」
律儀に靴も脱いでいる。
「うおっ、軽いな、」
「下手したら鈴より軽いんじゃないか?」
驚くふたり
「あら、そうかしら」
少し嬉しそうだ。
「沙耶さん、危ないよ。嫌だったら止めてもいいんだよ?」
僕がそう言うと、
「理樹くん、そこで見てなさい。あたしの勇姿を」
うろたえる僕を手で制し、沙耶さんは自信ありげに微笑んだ。
「よし、行けお前ら、沙耶を四階まで投げ入れるんだ!」
「おう!」
恭介の指示で、ふたりの腕に力が入る。
「せーの」
「いっくぜえーー!」
「うおらああぁぁーー!」
ぶんっ! という風切り音をたてて、沙耶さんが飛んだ。
「ひやああぁぁぁーーーー!!」
「やべっ!」
「馬鹿、力入れ過ぎだ!」
まったく見当違いの方向へと飛んでいった。
ひやああぁぁ……という悲鳴が遠ざかる。
「あ、あ、ありゃー…………」
青ざめる恭介。
「鬱蒼とした場所に落ちたな……」
「急いで探しに行こう」
僕が提案すると、みんな頷いた。全員で走って裏山へと向かう
「これじゃ、ちょっとしたハイキングだぜ……」
恭介が軽口をたたく。
「沙耶さんからしたら、遭難したも同然だろうね」
「やべぇな、急いで探そうぜ」
みんなで声をあげる
「沙耶さーん」
「沙耶ーっ」
「おーい」
「ヤッホー」
四人で探すが、なかなか見当たらない。
とりあえずみんな手分けして探す事にした。
「沙耶さーん!」
「沙耶さーーん!」
辺りを見回すが、沙耶さんの姿は見えない
更に奥へ進む。
「沙耶さーん!」
「……理樹くん」
どこかで声がした
「沙耶ーっ!」
思わず、名前を呼び捨てにする。
「理樹くん」
「沙耶っ、何処なの!?」
「理樹くん、ここよ」
頭上から声がしていることに気がついた。
見ると、沙耶さんが木の枝に引っかかってぷらーんと揺れている所だった。
「沙耶っ、そんな所に……待ってて」
「みんな、見つけたよーーっ!」
大声でみんなを呼ぶ
すぐに三人は集まってくれた。
「動いたら落ちそうなの、悪いんだけど助けてもらえない?」
木の上で揺れながら沙耶さんが言う
「よし、ここは俺が行くぜ」
真人が木に登ろうとする
「待て待て」
それを恭介が止めた。
「お前じゃ、沙耶の居る枝が折れちまうだろうが、俺が行く」
「気を付けてね」
「ああ」
颯爽と登っていく恭介。
まるで猫のようだ。
「そういやあいつ、木登り得意だったもんな」
「そうだな」
真人と謙吾がそう話している間も、僕は気が気ではなかった。
何故か、また沙耶が居なくなったらどうしよう……という訳の分からない不安に襲われていた。
「よし、今から下りる。お前ら、万が一の場合は受け止めてくれよ?」
恭介がいつの間にか、沙耶さんを背負って木を下りようとしている。
「わかったよ」
「おう!」
「任せておけ」
沙耶さんは恭介にしがみつきながら、恥ずかしそうにしていた。
「よっと」
かなりの時間をかけたが、恭介と沙耶さんは何事もなく、無事に下りてきた。
真人がほれ、と靴を渡す。
そういえば沙耶さんは靴を脱いでいたんだった。
ありがとうと返事をして、靴を履く沙耶さん。
まだ顔が赤い。
「沙耶さん、大丈夫だった? 飛んでいく時、すごい悲鳴だったけど」
「……くっ」
更に顔を赤くし、うつむく沙耶さん
「……うよ」
何かをぼそりと呟く
「え、何?」
「そうよ、あなたの言うとおりよっ、あたしは驚いたら、ひやあああぁぁーって大声で叫ぶ間抜けな最上級生よ、おまけに木に引っ掛かって一人では動けず、みんなにスカートの中をガン見される始末、滑稽ね!? 滑稽でしょ!? 笑いたいでしょ!? なら笑いなさいよ、あーっはっはっは! って笑っちゃいなさいよっ」
「あーっはっはっはっ!」
「…………」
「…………」
「…………」
固まる三人。
けど僕は、突然の彼女の奇行に何故か懐かしさを感じていた。
「おかえり、沙耶」
だから、そんな言葉が口から自然に出た。
少し驚く沙耶さん。しかし、すぐに太陽のような笑みを浮かべる。
「ただいま、理樹くん」
彼女は何故か、一粒だけ涙を流した。