たった一つの願い事 わがまま少女あやの物語 作:まめた みか
申し訳ありませんでした。
「三枝はまあ普通に戦力になりそうだが、神北は……なんというか、ヤバいな」
恭介が神北さんを見ながら言葉を発する。
「どれくらいヤバいかと言うと、眉間に寄ったしわが戻らない」
険しい顔をしている
「恭介、残念だけど……」
神北さんは野球には向いてなさそうだ。
「沙耶はどう思ってるんだ?」
じっと腕組みして、何かを考えている沙耶さんに謙吾が問いかける。
「あの子は戦力になるわ、間違いない」
沙耶さんは自信満々に答えた。
「しかしなぁ」
真人の視線の先には
「うわぁ、タンポポさんだ」
ベースランニングそっちのけでタンポポに駆け寄る神北さんの姿が
「駄目だな、こりゃ」
真人がお手上げと言うように両手を上げる
「恭介、悪いんだけど、二十分もらえるかしら?」
グローブをはめ直した沙耶さんが言う。
「何をする気だ?」
「指導よ」
手伝って、と声を掛けられた謙吾はひとつため息をつくとグローブをひっつかんで沙耶さんの後ろに着いていった。
「じゃ、その間俺は筋トレでもしてるかな」
「1、2」
筋トレに入ってしまった真人の、腕立て伏せの回数を数える声をバックに、神北さんに指導をしている沙耶さんと謙吾。何故か三枝さんも横に居て、メモを取っている。
沙耶さんは実演と身振り手振りを交えた、まるでパフォーマンスのような動きを続けている。
どうやら、走り方の指導もしているようで一塁ベースまでゆっくり走ってみせたりもしている。
謙吾は沙耶さんのグローブにボールを投げる役と、バットの振り方を教える役として呼ばれたみたいだった。
確かに、謙吾はこの前の体育の時間に全打席ホームランを達成した男なのだから、いい人選だろうとは思う。
ただ、いくら謙吾と沙耶さんがついているとはいっても、あの神北さんに指導して意味があるのかどうかは甚だ疑問だ。
真人の腕立てが1500回を超える頃、沙耶さんと謙吾が戻ってきた。
「どうだった?」
漫画を読んでいた恭介が顔を上げる。
「バッチリよ」
「……」
笑みを浮かべる沙耶さんと、目を伏せる謙吾。
僕と恭介は思わず顔を見合わせたのだった。
~~
「よし、じゃあもう一度神北の入団テストをするぞ」
時刻は6時を回り、夕日が辺りを包み始めていた。
「ようし、来い」
少し離れた所で神北さんがグローブを構える。
「行くぞ!」
恭介がノックを始めた。
『カキーン』
神北さんは転がってきた打球をしっかり見ると、上手くさばいて一塁へ送球する。
「あ、アウト!」
一塁に立っていた真人が驚愕の表情を浮かべながらも、アウトを宣言する。
「まじかよ……」
「すごいね」
ついさっきまでトンネルだったのに、今のはまるで野球選手のような動きだった。
「まぐれって事もあり得るぞ」
謙吾が言う。
「そうだな」
恭介が頷き、
「神北、もう一発いくぞ!」
『カキーン』
一塁線ギリギリの痛烈なライナーを放つ
以前の神北さんでは、どうあっても捕れそうにない。
僕や真人でもエラーしそうな球だ。
そんな球を
「今日が私のキャッチ記念日」
走り込み、前のめりにジャンプした神北さんが見事にキャッチした。
「ええーっ!」
思わず叫んでしまう。
神北さんはそのまま空中で一回転し、華麗に着地すると、掴んだボールを真人に投げ返した。
「ま、漫画だ……」
唖然とする真人と恭介。
「じゃあ、次はバッティングね」
沙耶さんの指示のもと、バッティングテストに移る。
使うのは、プラスチックのバット
そこだけ見れば確かに神北さんで、少し安心する。
「いくぞ!」
恭介の投げた打球を
「えいっ!」
『ポコン』
気合い一閃
プラスチックバットの芯(というか、真ん中)で捉え、センター方向へ打ち上げた。
「なんだ、バッティングはまだまだみてぇだな」
安心した様子の真人と対照的に、
「いや……」
青ざめる恭介。
「今のは謙吾の教えたスイングそのまんまだ。もし神北の持ってるのがプラバットじゃなく、金属のバットだったなら……」
「間違いなく場外ホームランだな」
冷静に言い放つ謙吾。
「じゃあ、次はランニングね」
澄まし顔の沙耶さん。
「神北さんは一塁ベースまで走ってみて。真人くんはストップウォッチでタイムを測って」
「ようし、頑張るよ」
「わ、わかったぜ」
真人が一塁横に立つ。
「よし、いけ神北!」
恭介の号令と共に走り出す神北さん。
明らかに速い
神北さんはかなり綺麗なフォームで一塁ベースまで走り切ると、立ち止まった。
「……」
真人が無言のままストップウォッチをこちらに見せる。
『6秒28』
さっきまでの駄目さ加減がまるで嘘のようだ。
「恭介、これは……」
「ああ、わかってるさ理樹、何も言うな」
恭介は神北さんと三枝さんを呼び寄せ、どこかからくす玉を取り出した。
「おめでとう三枝葉留佳、神北小毬、君たちは今日から我らリトルバスターズの一員だ!」
入団おめでとう、と書かれた横断幕が垂れ下がる
「やったよ、はるちゃん」
「こまりん凄かったもん、当然だよ」
ふたりは手を取り合って喜んでいる。
「歓迎するぜ、三枝、神北!」
「神北と三枝か、まさか一緒に野球をやることになるとはな」
「葉留佳、小毬さん、ふたりともおめでとう」
真人、謙吾、沙耶さんの3人がそれぞれ祝辞を述べる。
「神北、さんと三枝さん、その……良かったな」
入団テストの間中、僕の後ろにずっと隠れていた鈴も、祝辞を小さく呟いていた。
「埋もれていた原石を掘り当てちまったな」
ニヒルな笑みを浮かべる恭介。
「掘り当てたのは、どっちかというと沙耶さんの方だけどね」
沙耶さんは神北さんの才能を初めから見抜いていたのかもしれない。
「よし、新メンバーを交えて、早速練習開始だ!」
恭介の声に女子達が、おーっ、とやる気のある叫び声を出す。
「よし、適当にバラけろ。守備練習だ」
「了解」「おー」「頑張るよ」
みんな思い思いの場所に走っていった。
「よし、始めるぞ」
恭介の指示のもと、鈴がボールを投げる。
ストライクゾーンからはかなり外れていたが、恭介は軽くバットにかすらせた。
ボールはファウル、レフト方向へ飛んでいった。
たしか、あのあたりには沙耶さんが居たはずだけど……
「あれ? 沙耶さんは?」
沙耶さんの姿は見えず、代わりに樽が一つぽつんと置いてある。怪しさ満点だ。
「消えちゃいましたネ……」
驚いている三枝さん。
「本当だ、いないねぇ」
神北さんも辺りをキョロキョロ探しているが、見つけられないようだ。
「そんな馬鹿な……って、あれ? 本当だ。居ねぇ!」
「真人、探すぞ」
「おう」
外野にいた真人と、一塁にいた謙吾が連れ立って走り出した。
そのまま辺りを探し回る。
「……確かに居ないな」
「ああ、猫しか居ねぇ」
真人が両腕でドルジを抱き上げ、下を探すも、そんな所に居るはずもなく。
「ぬお」
「うわあぁぁあああ!」
あ、ドルジに潰された。
「沙耶が突然消えちまったな。これはミステリーだぜ」
恭介も考え込んでいる。
「なんだ? 馬鹿兄貴に愛想つかせて実家に帰りでもしたのか?」
鈴まで……
「いやいやいや、明らかにおかしいからさ」
樽を指差す。
「不自然すぎるでしょ、あれ」
「あ、本当ですネ」
「たる?」
「どうしてこんなものが?」
「あまりにも自然すぎて、全然気が付かなかったぜ」
「謎は深まるばかりだな」
……それで良いのか棗兄妹
「俺の筋肉がこいつは怪しいって言ってるぜ」
「すごいね、真人の筋肉って喋るんだ」
って、そんな事は今どうでも良かった。
「沙耶さん?」
樽のすぐそばまで寄っていき、ノックしてみる。
「何よ」
短く返された。
「どうしてそんな所に居るのさ?」
そう尋ねてみる。
「……」
しばしの沈黙の後
「そういえばもうこんな事しなくても良いのよね。つい、いつもの癖で」
そう言いながら、樽の中から沙耶さんが出てきた。
スカートについた土を払っている。
「もう、急に居なくなったりしないでよ」
僕がそう文句を言うと
「悪かったわ。もう居なくなったりしないから安心なさい」
自信満々な表情で返された。
どこか嬉しそうだ。
近くにいた三枝さんが口を開く。
「いやー、全然気が付きませんでしたヨ。沙耶さん隠れるの上手ですネ」
感心したように手を叩いている。
「ほんと上手だよー」
神北さんまで(ちなみに、さっきまで3、40メートル先に居たのにいつの間にかそこにいた)
鈴はほっとしたように胸をなで下ろしている。
「…………」
「へっ……」
「……」
恭介、真人、謙吾の3人は何故か複雑な表情を浮かべていた。
「まあいい、練習再開だ」
恭介の一声で野球を再開する。
再び鈴が球を投げる、ボール球だが、恭介は迷わずバットを振り抜いた。
『カンッ』
三塁側へのゴロ
「とりゃー」
すかさず三枝さんが飛び付く。
一塁へ送球するも、わずかにセーフ。
恭介がランナーとして一塁ベースの上に立つ。
次のバッターは真人だ。
「へへ、大きいのかっ飛ばしてやるぜ」
やる気満々のようだ。
「打てるもんならっ!」
すごいスピードで鈴の手を離れたボールは真っ直ぐに僕のミットに収まった。
「ストライク。鈴いい調子だよ」
声をかけながら、ボールを鈴に返してやる。
「次は打ってやるぜ」
バットを握り締める手に力がこもる。
「そりゃっ!」
鈴の投げたボールは、
「見えたっ!」
真人のバットに捉えられ、外野後方まで運ばれた。
「よっしゃ、筋肉は今日も絶好調だぜ」
バットを投げ捨てた真人が走り出す。
恭介も走り出そうとする。
しかし、
「あたしの守備範囲は、外野全域よ」
真人の三塁打(恐らく)は、沙耶さんにノーバウンドでキャッチされた。
「そんなん有りかよ」
真人は茫然としている。
そんな中、
「真人、お前の犠牲は忘れんっ!」
恭介が一塁から走り出した。
「葉留佳っ!」
三枝さんも沙耶さんの動きに驚いており、反応が遅れる。
その間に恭介が二塁に到達した。
「僕の番だ」
バットを構える。
またボール球だったが、鈴の球を捉え、二塁前に転がす。
「よし、どうだ」
僕の打った球は、
「おっけーですよ」
一瞬で距離を詰めた神北さんに、いとも簡単に捕球されてしまった。
そのまま三塁ベース上の三枝さんにボールを投げ渡す。恭介がアウトになった。
「はるちんビーム」
三枝さんが一塁に素早く返球する。
「よっし!」
謙吾がベースを踏みながらしっかりと捕球した。
僕も同時に滑り込む。
「アウト!」
「スリーアウト・チェンジ」
横で見ていた真人が宣言する。
「みんな、ナイスプレイだったわ」
「うん、鈴ちゃんとはるちゃん格好良かったよ」
「いや、そういう神北や沙耶もいい動きだったぞ」
「ああ、俺も恭介も見事にやられたぜ」
守備陣+真人は和やかなムードで健闘をたたえ合っている。
僕も混ざろうか
そんな事を考えていると、恭介が三塁側から僕の方に歩いてきた。
「恭介、ごめん」
頭を下げる
「お前のせいじゃないさ」
笑って返された。
「だが、まだ教えていないにも関わらず、いきなりダブルプレーをかましてくるとは……」
「ひょっとすると、俺はとんでもないメンバーを集めてしまったんじゃないだろうか」
青ざめる恭介
「いやいや、三枝さん達に関しては恭介が集めた訳じゃないから。それに守備が頼もしいのは良いことでしょ?」
恭介はまあ、そうだが。と呟くと、ちらりと守備陣を伺った。
「あなたーの元気ーは私ーの元気ーさ」
「野球ってお灸に似てますネ」
「へー、グローブって、こんな匂いがするのね」
謙吾以外の守備陣は三者三様な事をしている。
恭介はその中でも、特に神北さんの動きに目を奪われているようだ。
僕も見てみる。
「は・か・た・のしお!」
走りのフォームを確認しているのか、妙な掛け声と共に縦横無尽に動き回っている。
「しかし、神北の動きが予測出来ないな」
恭介が再び眉間にしわを寄せた。
「このままだと練習試合で相手チームの監督に、『なぜ神北がそこに居るんだぁ!』とか言われかねないぞ」
「ちなみに俺の決め台詞は『どあほう』だ」
キラキラした目で語る恭介
また漫画の影響だろう。
恭介と話しながら、グラウンドの様子を見てみる。
「筋肉、筋肉!」
「わっしょい、わっしょい!」
いつの間にか真人と謙吾がグラウンドを走り回っている。
「猫さん、かわいいね」
「ああ、神北さんも猫、好き……なのか?」
「うん、猫さんは大好きだよ」
「ほらほら沙耶さんも抱っこ抱っこ」
「確かにかわいいわね」
沙耶さんは足元にいた猫を抱き上げ、興味深そうにじっと観察している。
「姉御も居れば、もっと賑やかなんですけどネ」
「姉御ってもしかして……」
「しかしあいつら、仲良いな」
沙耶さん達の会話に聞き耳をたてていると、横にいる恭介が口を開いた。
「あの鈴が人見知りしないで出会ったばかりの人と談笑できるなんて、なんか不思議だね」
感慨深いものがある。
「鈴もそれだけ成長したって事さ」
「そうだね」
「もちろん、お前もな」
真剣な表情で恭介が言う。
「僕なんか、恭介に比べたら、まだまだだよ」
「謙遜する事はない、お前は十分成長したさ」
「もう、俺なんて必要無いくらいにな」
夕日に照らされる恭介の横顔は、儚げに見えた。
「理樹、俺はな……」
「おーい理樹、恭介ー」
恭介が何かを言いかけるのと、ほぼ同時に謙吾の呼ぶ声がした。
「……行くか」
恭介が立ち上がる。
「うん」
僕も立ち上がり、恭介について歩く。
「……ほんと、今がずっと続けば良いのにな」
前を歩く恭介が、そんな言葉を呟いた気がした。
葉留佳「説明しよう」
葉留佳「前回、『次回予告をしよう』と格好をつけた恭介先輩であったが、次回予告は何故か猫を紹介するコーナーに変わってしまった。はてさて、どうなってしまうのかー! 続くっ」
真人「いや、終わらせんなよ!」
真人「って、どうして俺が突っ込んでんだ」
謙吾「やはり次のテーマは、愛でいくべきだな」
恭介「ロマンティック大統領の実力の見せどころだな。頼んだぞ」
謙吾「任せておけ」
『~~愛の次回予告~~』
???「お姉さんのジュースは美味しいか? 二人とも」
理樹「いや、これコーヒーだから」
沙耶「ええ、美味しいわ」
???「君は可愛いな……」
沙耶「ちょっと、やめてよ」
???「君の名前を教えてもらえるかな?」
沙耶「空気が変わった!?」
???「フフフ、逃がさんよ」
沙耶「くっ」
恭介「危なーい!」
鈴「ローレーンスっ!」
恭介「沙耶、俺の後ろへ」
???「恭介氏、逆らうつもりか」
恭介「ああ、悪いがこいつに手は出させない」
沙耶「恭介、何であたしを?」
恭介「決まってるだろ、ずっとお前を……見てたからだ」
沙耶「恭介…」
恭介「沙耶…」
謙吾「こうして気持ちを確認しあったふたりは暗がりで囁き合う」
謙吾「愛、愛、愛、とな」
謙吾「『愛の次回予告』終わり」
恭介「流石は俺たちのロマンティック大統領だ」
沙耶「げげごぼうおぇっ……」
来ヶ谷「なんで私が悪役なんだ」
理樹「来ヶ谷さんはまだいいよ。僕なんて立ってるだけだったし」
鈴「あたしなんてローレンスだ」
恭介「完璧なシナリオだったな」
沙耶「ああん?」
沙耶「恭介っ、ちょっとこっち来なさい」
ズルズル
謙吾「ああっ愛、愛、愛!」
葉留佳「相変わらず頭沸いてますネ」
~5分後~
恭介「これからはナメタッケ恭介という名前で、人ん家の押し入れでナメコを栽培しつつ生きていきます。そんな俺を見かけたら、ようナメタッケって気軽に声を掛けてくれよ」
沙耶「よろしい」
理樹「いつの間にか恭介が人間のクズレベルにまで貶められてる!」
真人「そんなことより、俺のアイデンティティがぁー!」
小毬「次回、第十四話『可愛いものは好きだよ、私は』見てねーっ」
理樹「神北さんが締めたっ?!」