たった一つの願い事 わがまま少女あやの物語 作:まめた みか
何故『彼女』という存在が生まれたのか、という事については正直な所、俺には解らない
朱鷺戸沙耶とは俺の愛読書、学園革命スクレボのキャラクター
素性が謎めいた、いわゆるクールビューティーなヒロインだ。
彼女は何時(いつ)如何なる時でも冷静沈着で、与えられた任務は確実にこなす超一流のスパイ
彼女は物語の当初こそ主人公と敵対するものの、彼女の仕掛けた巧妙な罠をかいくぐってみせた主人公に興味を示し、パートナーに勧誘する。
主人公は渋々ながらその誘いを了承し、彼女と共にその学園に『在る』という革命的な秘宝を探し求めるうち、彼女に惹かれていく
…学園革命スクレボという漫画の大まかなあらすじを語る形になってしまったが、今回の論点は其処では無い。
彼女、『朱鷺戸沙耶』についての話だ。
止まった世界の中で、俺は一つの事だけを成し遂げようとしていた。
理樹と鈴を強くする
…理樹と鈴に俺達が居なくなった後も絶望せず生きていけるだけの強さをもたらす事
それだけがちっぽけな俺にしてやれる、ただ一つの事
俺はそれだけを思って、この世界を創り上げた。
「チーム名は…リトルバスターズだ」
それがどれほど困難な目標でも、その困難を楽しみながら前に進んでいってやるつもりだった。それは今も変わらない
だが、俺の取り組みは失敗の連続だった。
「居なくなるんだ、僕の大切な人はみんな…」
理樹……
「辛いことなんか知らないままでいたほうが幸せなんだ」
鈴……
俺は何度も繰り返した。
……理樹、鈴
何度繰り返しただろうか……
代わり映えのしない日常の中に、ある時見覚えのある少女の姿を見つけた。
鮮やかな、眩(まばゆ)い金色の髪に両側の髪をまとめる白いリボン、凜とした佇まい
特徴的な…あれは確か、ツーサイドアップという髪型だったか。
漫画の中で見たままの姿。
そこに居たのは、どこからどう見ても朱鷺戸沙耶そのものだった。
何の事は無い
……朱鷺戸沙耶という存在は、俺の中にある欲求が形になったものだった。
彼女は笑顔を浮かべる事もなく、かといって不満げな様子でもなく
無表情で、まるで心の無い人形のようだった。
いや、実際そうだったのだろう。その時の朱鷺戸沙耶は
彼女は俺達の騒ぎをただ傍観するだけの存在
心は無く、存在理由も無い
そのうち俺は彼女から興味を失った。
彼女を初めて見た時には、彼女とのワクワクするような冒険に憧れ、学園の地下に迷宮を創りまでしたというのに
その迷宮は結局、日の目を見る事はなかった。
…その時は、の話だが
俺たちと『朱鷺戸沙耶』との間に起こった出来事は、それから更に何十回かの終わりと始まりを繰り返してから、ようやく幕を開ける事になる。
その日…いや、その時、俺はいつものように真人と謙吾のじゃれあいをぼーっと眺めていた。
真人がよろめき、視界が開ける。その時見えたスペースには……『彼女』が居た。
無論、すぐに目を逸らそうとした。朱鷺戸沙耶がそこにいるのは、いつもの光景だったからだ。
しかし、突然、俺は目を逸らす事が出来なくなってしまった。
『彼女』は笑っていたんだ。
本当に楽しそうに
まるで友達同士のけんかを見つめる普通の女の子のように
ただただ無邪気に……太陽のように
それからと言うもの、彼女は度々俺達の前に姿を現した。
俺達が馬鹿騒ぎを始めると、どこからともなく現れ、騒ぎが終わると消える。
『彼女』は表情豊かだった。
よく笑い、時にはほんの少し淋しげな表情を浮かべている事もあった。
ただ、俺の中での『彼女』のイメージはいつも楽しそうに笑っている、というものだった。
…それだけ最初の笑顔のインパクトが大きかったのだろう
以前の人形のような朱鷺戸沙耶とは明らかに違っていた。
俺は再び『彼女』を目で追うようになった。そこには興味という感情もあったし、ひょっとすると慕情の念もあったのかもしれない。
まあ、誰かに知られれば、気持ち悪いと言われることは間違いないが……
自分の創り出した人形に恋をするなんて
我ながら悪趣味であると言わざるを得ない
まあ、とにかく
こうして『彼女』はゆっくりと動き出した。
俺の予想だにしない結末に向かって
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「真人、ノートは?」
始まりはおそらく理樹のこの一言だっただろう。
理樹が貸した古文のノートを真人の奴は自分の机に置いたままにしていたらしく
「取りにいってくるよ」
理樹が夜の校舎へとひとりでノートを取りに向かった。
俺は校舎の鍵を一ヶ所開けてやり、理樹を見送った。
真人の奴は、こんな世界の中でも相変わらずだな。
まあ、それでこそ真人か
そんなのんきな事を考えていた筈だ、あの時の俺は
だから、理樹が『彼女』と接触し、生徒手帳を拾ったということに気が付かなかったんだろう。
その次の日、自分の席で漫画を読んでいると……
「恭介」
理樹に声を掛けられた。
「ん? どうした、こんなところまで」
理樹の奴がこんな時間にここまで来るなんて珍しい
「そろそろ、今度の遊びは終わりにしない?」
その上、真剣な表情でそんな事を言ってくるなんて今までに無い経験だったために、少し面食らったのを覚えている。
「何のことだ?」
ページを繰りながらそう尋ねると、
「朱鷺戸さんとか、闇の執行部とかさ」
そんな答えが返ってきた
朱鷺戸、闇の執行部
この二つの単語から、どういった経緯かは分からないが、理樹は俺に学園革命スクレボと何か関係のある事を聞きに来たのだと想像がついた。
ただ、その時の俺は理樹の身に何かが起こっているなんて全く考えもしていなかった。
「何だ、気に入ってくれたのか、おっと、あんま俺に近付くなよ、俺は熱く語り過ぎちまうからな、ネタバレしちまうぞ」
結局、その時は理樹を適当にごまかして帰した。全く判断材料が足りなかったからだ。
『彼女』がらみの事かもしれないという予感はあったが、理樹の「遊び」という発言から、危険は無いものと無意識に判断してしまったのは軽率だった。
更に次の日、理樹をこっそりと見守っていた謙吾がどういうことだと詰め寄ってきた事で、『彼女』に理樹の命が狙われていた事を知る。
その話を聞いた時は背筋が寒くなったが、その日の夜に理樹と『彼女』がパートナーとして行動を共にしているのを見て、これは俺が望んだ為に引き起こされている現象なのだと思った。
だってそうだろう
気弱な主人公と敏腕スパイの迷宮探索
漫画で見た通りの……
俺の憧れていた冒険そのものがそこにあったんだから。
「そうか、ピラミッドだ」
「え、なあに?」
「手伝って」
二人は地下迷宮への入り口を開く
俺が以前に創った迷宮は変わらずそこにあった。
内部の仕掛けが大分変わっている事に若干の疑問を覚えはしたが、それはかなり昔に創ったもの、記憶が曖昧になっていてもおかしくないと、自分を無理やり納得させた。
理樹と『彼女』は順調に迷宮を進んでいった。時には価値観の違いからけんかをしたりしながらも、二人協力して罠や仕掛けを解き、奥深くへと潜っていった。
『彼女』は漫画のヒロインのように格好良いが、どこか抜けていた。理樹はそんな彼女のサポート兼ツッコミに回る。
端から見てもいいコンビだった。
そのうち、理樹が『彼女』に恋愛感情を抱くようになり
「いや…僕が好きなのは、沙耶さん」
「はあぁぁぁ!?」
二人は両想いになった。
この辺りになると、嫌でも気付かされた。
『彼女』は朱鷺戸沙耶では無い、と
俺の創った人形はいつの間にか、本当の命を得ていたのだ。
その事実を嬉しいと思ってしまう自分がどこかに居たが、俺の役目はこの世界を正常に機能させる事だ。
この世界を維持するのに邪魔になる存在、イレギュラーは排除しなくてはならない。
俺の目的はあくまで理樹と鈴を強くする事。
そこをはき違えてはいけない。
たとえ二人が恋仲にあったとしても、俺のやることは変わらない。
『朱鷺戸沙耶』であって朱鷺戸沙耶では無い、『彼女』を排除する。
そこに俺という人間の醜い嫉妬の感情が完全に無かった…とは言い切れないかもしれない。
やっぱり、俺は『彼女』を……
「闇の執行部部長、時風瞬」
『彼女』の前に出て、
「あなたがこの世界のボスね」
「ああ、そうだ」
『彼女』と対峙して
「お前たちにとっては倒すべき敵ということになる」
「いいえ」
「……あなたはあたしの恩人よ」
その言葉を聞いて
俺は後悔した。
『彼女』と理樹の事に気が付かなければ良かった。気付かないまま遊ばせておけば良かった、と
「恩人…か妙な事を言う」
「どちらにせよ、お前を見過ごすわけにはいかない。」
そうだ、気付いてしまったからには
「覚悟してもらう」
放ってはおけない
俺は……理樹と鈴を
覚悟してもらう。そんな事を言いながらも、俺はまだ迷っていた。
『彼女』を消す事は簡単だ。
しかし、本当にこの少女を消してしまっていいのか?
俺は、後悔しないのか?
「そうね、あなたはこの世界のゲームマスターだもの」
「それならあたしは……あなたを倒す」
そう言いながら銃を構えた『彼女』もまた、迷っているように見えた。
『彼女』に興味を覚えながらも、この世界を維持する為に排除しようとする俺と
俺が戦うべき、倒すべき相手だとわかっていながらも、敵とは認識しない彼女。
俺たちは似たもの同士でありながら、立ち位置はあくまで正反対
どちらか一方が主張を曲げない限り、共に存在する事は出来ない。
互いに譲れないなら、やはり戦うしかない。
もはやこれは原作のような時風瞬と朱鷺戸沙耶との戦いでは無い。
棗恭介と名前も知らない『少女A』との戦いだ。
「「ゲーム・スタート」」
そう言って、俺たちは、ほぼ同時に走り出した。
真っ暗な闇の中にある、一筋の灯りを目指して
沙耶ルート1回目 時風瞬の誤算 へ続く