たった一つの願い事 わがまま少女あやの物語   作:まめた みか

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第二十三話 半分こ

「今日は疲れたね」

 

小次郎さんの部屋の掃除は床や机のも含めると、思っていたよりもずっと時間がかかった。

 

 

よくあそこまで汚せるものだと、逆に感心してしまうくらいだ。

 

 

それにしても、途中でエプロンをつけた沙耶さんとはち合わせした時には驚いた。 すぐに扉を閉められてしまったけど、何にでも一生懸命な姿が可愛らしかった。

 

「そうだな、案外ハードだったぜ」

 

恭介はギターを弾いたりだとか、みんなと劇をしたりだとか、色々な事をしたと聞いている。

 

 

「まあでも、喜んでもらえたみたいで良かったな」

 

「ああ」

 

 

「案外楽しかったしな」

 

 

謙吾と真人も頷く。

 

 

「鈴はどうだったんだ?」

 

 

 

「最初は緊張したが…楽しかった」

 

「そうか」

 

はにかんだ笑顔を浮かべる鈴を見て、恭介も顔を綻ばせた。

 

 

と、そこへ

 

 

『コンコン』

 

 

控えめなノックの音が響く。

 

 

「入って来いよ」

 

何故か恭介が返事をした(別にいいけど)

 

 

「入るわよ」

 

「お邪魔しまーす」

 

 

扉が開き、現れたのは沙耶さんと小毬さん。

 

 

「神北と沙耶か」

 

 

「二人ともどうしたの?」

 

 

「えへへ~」

 

「頑張ったみんなにプレゼントがあるわよ」

 

 

そう言って沙耶さんが何かの箱をちゃぶ台の真ん中に置く。

 

 

「何だこれ?」

 

真人が尋ねると、

 

 

「ドーナツですよ」

 

 

小毬さんが人差し指を立てた。

 

 

「職員さんがみんなで食べてって、くれたんだ」

 

 

「ちゃんと人数分あるから心配しなくてもいいわよ」

 

ニコニコ顔の小毬さんが箱を開けると、中には色とりどりのドーナツがぎっしりと詰まっていた。

 

 

 

「うお、めっちゃうまそうじゃねぇか」

 

 

 

 

箱を覗き込んだ真人が目を輝かせる。

 

 

「ほう、確かに美味そうだな」

 

「ここのドーナツは、けっこう人気があるんだよ」

 

 

「しかし、太っ腹だな」

 

恭介の言葉に、

 

 

「楽しませてもらったお礼だから、遠慮せずに食べて下さいって」

 

小毬さんが再び人差し指を立てて答えた。

 

「私はどれも好きだから、先にとっていいよ」

 

「俺もどれでも構わん。お前ら先に選んでいいぞ」

 

 

「じゃ、理樹、選べよ」

 

 

突然恭介に話を振られる。

 

 

というか僕は今日、小次郎さんの部屋の掃除くらいしかしていないんだけど。

 

 

「え、いいの?」

 

「ああ」

 

 

「じゃあ、どれにしようかな」

 

少し迷ったが、オールドファッションと呼ばれているシンプルなドーナツをつかみ取る。

 

 

「うん、理樹君なかなか通ですね」

 

 

小毬さんは僕が選んだドーナツを見て、更に笑顔になった。

 

 

「え、そうなの?」

 

 

「このお店のは生地がすごいおいしいから、シンプルに何も付いてない生地の味だけでもすごいおいしいんだよ」

 

 

すごいおいしい、を二回続けて言われると、本当においしいんだろうという気になる。

 

 

「沙耶も選べよ」

 

 

「あら、いいの?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、これにしようかしら」

 

沙耶さんが選んだのはチョコファッション、これもシンプルな部類だが、根強い人気を誇るドーナツだ。

 

 

「あたしはこれ」

 

「こいつだな」

 

鈴と恭介も選び、

 

 

「俺はもちろん、この一番でかいドーナツにするぜ」

 

 

いや、大きさはどれも変わらない。

 

 

真人も選び終えた。

 

 

「神北、先に選べ」

 

 

「うん、ありがとー」

 

 

とりあえずお茶を淹れ、みんなで座って食べる事にする。

 

「うめぇーっ!!」

 

 

まだお茶が全員に回っていないというのに、既に真人は一口で食べてしまっていた。

 

 

「やべえーっ! もうねええーーっ!」

 

「先に食べちゃうからでしょ」

 

「じゃ、食べるとするか」

 

 

慣れたもので、みんな真人の事はスルーしている。

 

「いただきます」

 

沙耶さんが神妙な面持ちで手を合わせるのを見て、何となく僕も手を合わせておく。

 

 

うん、いただきます、と。

 

 

 

「そうだ、りんちゃん、半分こしませんか?」

 

小毬さんが相変わらずのニコニコ笑顔で鈴にそう尋ねる。

 

 

「は、半分こ?」

 

 

鈴の方はずいぶん大仰に驚いているみたいだ。

 

 

「そしたら二種類食べられるよー」

 

「そ、そうか」

 

 

鈴はこくりと頷き、ドーナツを半分にして小毬さんに差し出した。

 

 

……はんぶんこ、か。沙耶さんと半分ずつに出来たらどんなに嬉しいだろう。

 

 

隣に座る沙耶さんをちらりと窺う。

 

彼女は、まるで生まれて初めて見る食べ物であるかのように、ドーナツを不思議そうに見つめていた。

 

 

「ん、なあに、理樹くん」

 

 

視線に気付いた沙耶さんが、両手でドーナツを持ったまま小首を傾げる。

 

 

「な、なんでもないよ」

 

 

「そう?」

 

沙耶さんはそのまま小さく口を開けると、パクリとドーナツをかじった。

 

 

「うん、美味しい」

 

 

 

 

 

 

……なんて幸せそうな笑顔なんだろう。

 

ただドーナツを……

 

ただ僕らと一緒にドーナツを食べているだけ。

 

 

本当にそれだけなのに。

 

 

その光景を見ているだけでなんだか泣きそうになる。

 

 

どうしてだろう。

 

沙耶さんの笑顔を見ると、途端に世界がパッと明るくなるのに。

 

 

それを見て泣き出しそうになっている僕も居る。

 

 

この感覚は何なんだろう。

 

 

「理樹、お前は誰かと半分にはしないのか?」

 

 

そんな不思議な感覚にとらわれていると、誰かに声を掛けられた。

 

心配そうな顔をした謙吾だ。

 

 

「えっと、どうしようかな」

 

 

「せっかくの機会なんだ。その…悔いが残らないようにした方がいい」

 

 

「なら、俺と半分こにするか?」

 

「恭介、少し黙っていろ」

 

 

謙吾が持っていたドーナツを恭介の口に突っ込んだ。

 

 

「…………」

 

 

もぐもぐとドーナツを咀嚼(そしゃく)する恭介。

 

 

恭介が大人しくなったのを確認して、謙吾が言葉を続ける。

 

 

「勇気を出せ、理樹」

 

 

そのまま耳元でもう一言。

 

 

「お前の悲しそうな顔は…もう見たくない」

 

 

謙吾はそれだけ言うと座り直し、手元にあった湯飲みに口をつけた。

 

 

悲しそうな顔、僕の?

 

いつ?

 

 

「理樹、お前のロマンスなら俺は応援するぞ。いつでも相談しに来い」

 

 

いつかの謙吾の言葉。

 

 

……そうだ。確かに、前にもこんな事があったような気がする。

 

 

その時はどうしたんだっけ…

 

 

沙耶さんと半分こにした?

 

いや……

 

沙耶さんはその時、この輪の中に居たんだっけ?

 

 

 

 

「どうしたの理樹くん?」

 

 

考え事に没頭していたら、いつの間にか沙耶さんの顔が目と鼻の先にあった。

 

 

「うわっ」

 

思わず後ずさる。

 

 

 

「具合でも悪いの?」

 

 

「な、な、何でもないよ」

 

 

「そうは見えないわ」

 

 

謙吾が音を立てずにお茶をすすりながら、鋭い視線を送ってきている。

 

 

勇気を出すんだ……

勇気を。

 

「え、えっと、沙耶さん」

 

 

「何かしら?」

 

 

「よ、良かったら、僕らも半分こしない?」

 

言えた。ようやく言えた。ただ、良い返事が貰えるかどう……

 

「半分こ? いいわよ」

 

 

思わず前のめりにずっこける。

 

僕の葛藤は一体何だったんだ……

 

 

 

「でも、急にそんな事を言ってくるなんて妙ね」

 

 

沙耶さんが考え込んだ。

 

 

「まさか理樹くん…チョコの部分を独り占めするつもり?」

 

 

「いや、何にも付いてない所でいいよ」

 

 

~~

 

ドーナツを半分にちぎりながら、ふと思う。

 

チョコファッションのチョコが付いていない部分と、オールドファッションの交換。

 

 

……気が付かなかったけど、どっちもオールドファッションじゃないか!

 

どうして僕はふわふわのストロベリードーナツとか、チョコストライプのドーナツとかにしなかったんだ!

 

 

沙耶さんも気が付いたらしく、少し困った顔をしている。

 

 

「……チョコをあげないのは、やっぱり可哀想ね」

違った! チョコレートの部分を僕に渡すか渡さないかで迷っているだけだった。

 

 

「一口かじっちゃったので悪いんだけど」

 

 

沙耶さんは照れくさそうに、ほとんどチョコレートが残っていないドーナツを差し出してきた。

どうやら、チョコレートの部分を一口で大分食べてしまっていたらしい。

 

そもそもドーナツに掛かっていたチョコレートはほんの一口か二口分くらいしかなかったから仕方ないと思う。

 

沙耶さんからそれを受け取り、僕もドーナツを渡す。

 

 

沙耶さんが物凄く損をしている気がしないでもない交換だけど、

 

 

「ありがと、理樹くん」

 

 

当の沙耶さんは、僕に笑顔でお礼を言ってくれていた。

 

 

気にしないで、と首を振り、僕もドーナツをかじる。

 

 

 

「おいしい…」

 

 

口いっぱいに広がる、優しい甘さ。

 

僕のとほとんど変わらない筈なのに、

 

沙耶さんから貰ったドーナツは、とっても…とっても甘かった。

 

 

もしかしたらこういうのを幸せの味と言うのかもしれない。

 

 

 

 

 

「ほー、交換、交換ねぇ……」

 

今までドーナツの箱を物欲しそうに眺めていた真人が、何かを思い付いたような表情になった。

 

隣にいる謙吾の方へ向き直る。

 

 

「謙吾、俺らも交換しようぜ……って、もうねぇのかよ。食い意地の張った奴だな」

 

 

「お前には言われたくないな」

 

ちなみに謙吾のドーナツは恭介の口の中だ。

 

 

「交換って、真人はもう食べちゃったでしょ?」

 

 

 

「ああ、だがドーナツの代わりに…ほれっ、腐りかけの真っ黒なバナナだ。なかなかファイバーだろ?」

 

 

「いや、それファイバー過ぎるよ。というか、ファイバーしか無いから」

 

「真人くん、私のをちょっとあげるよ~」

 

 

「え…、まじかよっ!?」

 

 

「うん」

 

 

「いよっしゃあああぁぁ!!」

 

 

 

甘いものは人をちょっぴり幸せにする。

 

確かに小毬さんの言うとおりなのかもしれない。

 

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