たった一つの願い事 わがまま少女あやの物語 作:まめた みか
政治、経済、治安等の目的のために対象組織の情報を収集すること。スパイ活動ともいう。
~~Saya~~
四階の教室で授業を受ける。
あたしの席は教室の後ろから二番目で、更に窓際から二列目の席。
つまり、恭介の隣だ。
「沙耶、さっきは済まなかったな」
恭介に謝られる。
「いいえ、あたしも悪かったわ」
無理を言っているのはこちらの方なのだから、あのシーンでは退いておくべきだった。
「だが、どういうつもりなんだ?」
「諜報活動の事かしら」
「ああ」
「情報把握は重要よ?」
「確かにそうかもしれないが……秘宝の件といい、お前は何を考えている?」
鋭い眼光でこちらを射抜く恭介。
「しょうがないわね」
「実は、生徒達の悩みを解消する、お悩み相談室みたいなものを作ろうかと思ってるのよ」
ある程度は本音を言わないと、恭介は納得しないだろう。
「ほう、それはまた妙な事を」
「いいじゃない、別に」
「……まあ構わないが」
恭介はまだ何か言いたげだったが、飄々としているあたしを見て諦めたようで、視線を外し、手元のマンガ本に集中し始めた。
あれは学園革命スクレボの第三巻だろうか? あとで読ませてもらおう
「よーし、授業始めるぞ」
地理担当の先生が入ってきた。
授業を受ける。
今まで受けていた二年生の授業よりも少し難しい。
地理と化学、そして国語の授業が終わり、昼休みになる。
「恭介、沙耶さん」
教師と入れ違いに理樹くんと真人くん、それに謙吾くんがやってきた。
「鈴は少しやることがあるから遅れるってさ」
多分猫の世話だろうけど、と理樹くんが呟いた。
「そもそも諜報活動というのは、具体的に何をするんだ?」
謙吾くんにそう尋ねられる。
「そうね、面白そうな噂を集めたり、生徒達の悩みを解決する手伝いをしたり、夜の学校に潜入したり、いわゆるスパイ活動ね」
「いやいやいや、最後のやつ以外、普通スパイはそんな事しないと思うんだけど」
理樹くんに突っ込まれてしまった。
「この学園の秘密を探ったり、七不思議を集めてみたりもするわよ」
「ふーん、まあ面白そうじゃねぇか。とりあえずやってみればいいんじゃね?」
真人くんが助け舟を出してくれた
「だが、諜報活動をするにしても、野球をするにしてもメンバーが足りないな。まずは、仲間を増やす事が先決なんじゃないのか?」
と、恭介
「メンバー集めか」
理樹くんがうなる。
「やっぱり、みんなで手分けして勧誘するしかないんじゃないかな」
「沙耶はどう思ってるんだ?」
恭介に話を振られる。
「そうねぇ……」
グーッ
「……とりあえず腹減ったから学食行こうぜ」
真人くんのお腹が鳴ったみたいだ。
「そうだな、ひとまず飯にするとしよう」
理樹くんが学食に向かうというメールを打っておいた為、鈴ちゃんは既に席について待っていた。
五人でぞろぞろと鈴ちゃんのそばに座る。
「で、どーなったんだ?」
「とりあえず、最初はメンバー集めをする事になったよ」
鈴ちゃんの質問に理樹くんが答えた。
「メンバー集めか、どんなことをするんだ?」
「俺はとりあえず筋肉関係を当たってみるつもりだが」
真人くんがそう言うけど、筋肉関係って何の事だろう
「出た、訳の分からない筋肉頼み」
「こいつ、馬鹿だ」
理樹くんと、味噌汁を飲んでいた鈴ちゃんが反応したが、慣れているのか恭介と謙吾くんはスルーした。
「でも、確かにある程度身体能力の高い人材であることが望ましいわね」
「確かにな」
「とりあえず野球しながら、毎日地道に勧誘していきましょうか」
焦る事はない。リトルバスターズのメンバーは、既に決まっているのだから。
昼休みが終わる。
午後からの授業は物理だった。座学の後、実験室に移動して実験を行う。
物理って案外面白いものなのね……
噛み砕いた授業で、なかなかに分かりやすかった。
放課後になる。
教室に再び理樹くん達がやってきた。
漫画雑誌を読む恭介の席の周りを取り囲む。
その気配に気付いたのか、顔を上げた恭介は開口一番にこう言った。
「バンドをしよう……バンド名は、リトルバスターズだ」
ずっこける理樹くんと真人くん。
「おまえ、なんでもいいんだろ」
鈴ちゃんが的確にツッコミを入れる。
「野球じゃなかったのか?」
謙吾くんがそう言うと、
「え、そうだったか?」
恭介が首を傾げた。
理樹くんと共にうんうんと首を縦に振る。
「ああ……悪い悪い、そうだったな、野球だ。今読んでる漫画がバンドものだったから感化されちまってたぜ」
全く悪びれた様子のない恭介。
みんなで溜め息をつく。
恭介が鞄を持って立ち上がった。
「ついて来いよ」
振り返りもせず、恭介が促す。
一度顔を見合わせた後、五人で恭介について歩く。
向かう先はグラウンドだ。
「よし、そこに立て」
ピッチャーマウンドに鈴ちゃんを立たせる恭介。
「鈴、お前がピッチャーだ」
ボールを投げ渡す。
「あたしが、か?」
驚いた様子の鈴ちゃん
「一応、理由を聞こう」
スコアボードの前に立つ真人くんが、腕組みしながら言う
「その方が展開的に燃えるだろ?」
「また漫画の影響かよ」
真人くんが頭を掻いた
「理樹、キャッチャー頼んだぞ」
恭介に肩を叩かれ、理樹くんがホームベースの後方に座り込む。
「よし、記念すべき第一球目、始球式だ。鈴、思いっ切り投げろ」
恭介の声を受け、鈴ちゃんの腕に力がこもった。
「わかった。いくぞ!」
「えいっ!」
渾身の力を込めて投げられたボールは、理樹くんの方ではなく真人くんに真っ直ぐ向かっていった。
「ま、まじかよっ!」
とっさに右方向に避ける真人くんだったが、後ろにあったスコアボードがあまりの威力に大きく吹き飛んだ。
すごい豪速球だ。
「直撃してたら、いくら筋肉とはいえ危なかったぜ」
真人くんが冷や汗を拭う
無言の理樹くんと謙吾くん。
真っ直ぐ真人に向かっていったな、と呟く恭介。
「よし、鈴、お前に神なるノーコンの称号を与えよう」
「嫌じゃ、ぼけーーっ!!」
不名誉な称号をつけられてしまった鈴ちゃんが地団太を踏んだ。
~~
「我がリトルバスターズは当面の間、ここを使わせてもらう」
恭介に連れられ、野球部の部室へとやってきた。
部室の中にはうっすらと埃が積もっている。
「確か野球部は新入生と二年生の間にゴタゴタがあったとかで、今は活動してないのよね?」
あたしが言うと、恭介が驚いた顔をした。
「流石、凄腕の諜報員を自称するだけはあるな」
「よしてよ、今はただの女子学生よ」
褒められてすこし得意な気持ちになったのは内緒だ。
「と言うわけで、連中の留守の間は此処が俺達の拠点になる」
「しかし……」
「そもそも、どうして野球なんだ?」
真人くんと謙吾くんが問い掛けると、
「そうか、それを言ってなかったな」
恭介がニヤリと笑う。
「ちなみに、何も聞いてないわよ」
あたしのツッコミはスルーされた。
「俺は三年になってずっと就職活動に奔走してるけどさ……、ふと何やってんだろう、って思うときがある」
言葉を続ける恭介。
「これからサラリーマンとしてあくせく働いていくんだろう……でも、それは周りがそうし始めてるから、何となく自分もそうしようってだけだ」
「そこには自分がいない。自分自身というものがない」
あ、理樹くんが確かにそうかもしれない、って顔をしてる。誤魔化されないで、理樹くん
「だから、俺は俺であり……そして俺がここに居ることを証明し続ける為に、野球をやることにした」
決め顔でいう恭介。
「ありゃ? 途中までは分かったような気がしたが……」
「最後の部分だけ理解出来なかったな」
真人くんが再び頭を掻き、謙吾くんも首をひねる。
「俺は俺で在り続ける為に、野球をする」
またしても決め顔の恭介。
無理がある理屈だけど、朝のお詫びに、ここは助け舟を出しておこう
「まあ、いいんじゃないかしら。楽しそうだし」
真人くんが唸った。
「しかし、それじゃあ俺達は単なる巻き添えじゃねぇか」
その通りだ。
謙吾くんが出入り口へと向かう。
「試合が近い。俺は……俺で在り続ける為に、剣を振るう」
「まあ待ちなさい」
そのまま歩いて行こうとした謙吾くんを呼び止める。
「何だ、沙耶?」
謙吾くんが振り返った。
「副主将としての責任があるのも分かるし、剣道が大切なのもわかるわ」
あたしは知っている。
「でも、あなたにとって、リトルバスターズも同じくらい大切なものなんでしょう?」
謙吾くんが考え込む。
「確かにそうだが……」
「両立すればいいのよ」
今朝の理樹くんのように折衷案を出す。
「朝と夜は剣道、昼と放課後の明るい内は野球っていうのはどうかしら?」
「……」
「確かに練習時間は短くなるかもしれないけれど、要は量より質、でしょ?」
「その通りだが……」
駄目……か?
腕を組む謙吾くん
「はぁ……仕方があるまい」
謙吾くんが諦めたように言った。
「朝、もう少し早く起きるとしよう」
それって……
「沙耶に感謝しろ恭介、お前たちの馬鹿に付き合ってやる」
「やった! ありがとう、謙吾くん」
思わず謙吾くんの手を握ってしまった。
「おいおい、やめろ沙耶」
苦笑している謙吾くんに言われ、手を離す。
「さて、では……」
恭介達の方を向いた謙吾くんが固まった
「ど、どうしたお前ら……理樹まで、顔が怖いぞ」
「え?」
振り返る。
「これからよろしくな謙吾!」「謙吾が居てくれて頼もしいよ」「勝負だ、謙吾っ!」
三人共いつもの調子だった。
「やれやれ、馬鹿ばかりだ」
ただ、鈴ちゃんはどこか呆れた様子で、三人を見て溜め息をついていた。
お手数ですが、誤字脱字等がありましたら、教えていただけるとありがたいです。