おまえんちヒールないの?   作:野井ぷら

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【悲報】魔界の姫エレキシュガル・フォン・ラヴィーネ、魔界に帰る

 2022/8/9 帰省日記1回目

 

 手持無沙汰というか暇というかやる事がないので手慰みに日記等を始めてみる。

 今日はメイジとタケシたちと別れてから、現世から帰還して2日目だ。転移門から馬車での移動中で、本当にやる事がない。スマホが恋しくて仕方がない。

 日付は現世での物を基準に記載しておく。私の魂はスマホと共に現世のタケシの家に仕舞ってあるのだ。

 『魔界の様子を写真に撮ってきてくださいね。これ上げますから』と手渡されたデジタルカメラと大量のモバイルバッテリー。アイツは私のことをなんだと思っているのか。私はお飾りとはいえ栄光あるエレキシュガル家の当主だぞ。それを小間使いのように全く。

 まあ、現世に戻ったとき話題にできるから撮りためておくのは悪くないか。

 さしあたって爺の働いている写真とセルフィー風で撮っておくとしよう。

 

 

 2022/8/10 帰省日記2回目

 

 魔界はなんと不便なのだと思った数日間だ。暇すぎて馬車の時速換算で転移門から我が城までの距離を計算していたが、奥卵から幕張程度の距離だった。護衛も含めて大所帯であるから時間がかかるのは已む無き事ではあるが、現世であれば電車で2時間もかからず到着する。我が領でも交通手段というものについて真剣に検討するべき段階なのではないだろうか。

 爺は写真を撮られ慣れていないし反応がなくてつまらない。一緒に撮ろうと言った時だけ妙に嬉しそうにしていたが。カメラを持たせたところ撮るのは楽しいと抜かしていた。まあ魔界に居る間、セルフィー以外ならば任せてもいいかもしれない。

 

 現世でSNSに触れて思った事がある。他者に求められ、見られることにはある種の快感がある。私も例に漏れないが、特に魔界の女はその傾向が強いように思う。

 お付きの女中達の写真を撮って見せてやった所、俄然興味を抱いている様子だった。

 魔界で写真は記念や記録として残すものであって、着飾って可愛い自分を楽しむ物ではなかったからな。

 そんなこんなで長い旅路だったが実家に到着した。これから各所へ顔出ししなければならないだろう。カメラは一応持っていくとするか。

 

 

 2022/8/14 帰省日記3回目

 

 間が空いてしまった。あまりにもやる事が多かった所為だ。

 ここ数日は我が家の秘宝『メラージの涙』を現世より奪還した式典と、元あった祭壇に安置する儀式にかかりきりだった。調整の間に各所へ顔見せを行ったり会食を行ったりと忙しなくしていた。

 明日からは少しは自由に動けるだろう。外に出たら我が城の景観でも撮影しておくか。

 はあ。こんな誰の目にも触れない場所に独り言を書き込むのはなんと寂しいのだろう。アウスタであればこんな愚にもつかない単調な内容であってもフォロワーのみんなが気に掛けてくれるというのに。

 スマホが恋しい。アウスタが恋しい。

 

 

 2022/8/15 帰省日記4回目

 

 今日は進展があった。予てから立場が複雑だった叔父上と正式に話をした。

 正直なところ、成人しているとはいえ若輩なるこの身一人にエレキシュガル家の差配を行えるとは考えていなかった。元は家は兄が継ぎ、私は嫁ぎに出る予定で領地経営の指南を兄程は受けていなかったのだ。父も兄も愚かなことをしたものだ。

 かつては私がエレキシュガルを背負って立たねばならぬという自負はあったが、現世での生活を送った後では、はっきり言ってこんなWi-fi-もないような場所より現世に居たい。

 愛すべき臣民を思う気持ちは変わらないが、それならば実務的な能力と事情に精通した叔父上に任せるのが一番であるのだ。

 それにここ数日周囲の女に写真を見せたり撮ったりして思ったことがある。これは大きな商いになるのではないか?

 

 

 2022/8/22 帰省日記5回目

 

 机に向かって字を書くという性質上、日記を書くというのは一度億劫と感じると続かなくなってしまうものだ。空白の期間はそういことだ。スマホなら手元でいつでも書けるし、途中保存も公開も自由自在で一瞬で世界中に発信できるというのに。スマホが恋しい。SNSのみんなにいいねを貰いたい。

 ここ最近はお茶会や会合、夜会や舞踏会などで領内を飛び回っていた。

 武勇伝として現世での秘宝捜索についての話をした。ハッキリ言ってメイジが居なければ潜入することもままならなかったし、あの後現れた村木なる戦士に勝つこともできなかっただろう。

 私も魔術師としては一廉の者であるという自負があったのだが、メイジと出会ってから上には上がいるということを思い知らされた。謙虚でありたいと思う。

 それから文化としてのSNS、写真、また現世の服飾について語った。やはり写真や服飾の話については女性の食いつきがよかった。現世の服を輸入させるのもいいかもしれない。

 我がエレキシュガル家の領地は基本的に温暖であるため、被服は基本的に薄着となる。

 肌を見せる面積も多いし、覆う布地そのものも薄く、身体に張り付く身体の線が出るような素材が多い。現世に出るまでは何とも思っていなかったが、確かにこれは若干破廉恥だな……。

 

 

 2022/9/7 帰省日記6回目

 

 帰省して大体一月が経った。最早写真を撮るだけでは治まりきらない程スマホが恋しい。禁断症状だ。手元にありもしないスマホの影を見ることがある。時には重さすら手のひらに感じるほどだ。もういっそこちらでスマホの機能を持った魔術を開発するか?

 いい発想かもしれない。夜会で知己を得たあの魔術師も巻き込めば実現できるかもしれない。

 

 

 2022/9/16 帰省日記7回目

 

 実現するには越えなければならない壁が多かった。現世に戻った際、メイジに相談してみるのもいいかもしれない。

 近頃の私は夜会で知己を得た魔術師の元に足しげく通っているのだが、彼女は優れた人品を有した素晴らしい人だと尊敬できるのだが、付き合う人物は選んだ方が良いと思う。特にあの淫魔族の女はダメだ。確かに優れた発想を持つ魔術師ではあるが、あんな奴を術の開発に混ぜてしまったら、術全体が淫乱ピンクに染められるに決まっている。

 規範を守るアウスタグラマーたる私が浸食を防がなくては。

 

 

 2022/9/20 帰省日記8回目

 

 いよいよ本格的に現世に帰る(家は勿論我が領ではあるのだが)日取りを調整する段階に入った。ああ待ち遠しい。カフェでフラペチーノを楽しみたい。SNSで可愛いを浴びたい。私の戦いは現世(これから)だ。

 


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