提督は2度死ぬ   作:あんたが大将

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第二話

 

 

 けたたましい轟音が頭に響いて、小さな爆弾に格納されていた爆炎が身を焦がす。破片の弾丸や衝撃が白い軍服を劈いて真っ赤に染め上げ、一瞬の激痛と共に目が覚めた。

 

 ()()()()()

 

「何が……」

 

 ぼんやりした頭で考えてみても上手く思考が纏まらないのは当たり前だ。上半身を起こそうとして、全身が濡れていることに気づく。

 

「なんで……痛っ!?」

 

「よかった、起きた!ケガはない?大丈夫!?」

 

 体がいやに小さい。ゴツゴツとした手ではなく、どことなくもっちりとした質感の肌。起こした体をすぐに倒してしまいそうなほど体力や力もない。服装も変わっているし、空は見えているし、背中に感じるのは柔らかい土と生い茂っている雑草。

 

「えっと、頭をケガしたの?病院に電話……は、できないか」

 

 小さな手で頭を押さえていた提督がようやく声に気づく。側に座って忙しなく動いているのは誰なのかとそちらを見やってみれば、驚きに目を丸くした。

 

「君は……ぐぅぁっ……っ!?」

 

 今度はより強く頭が痛んだ。まるで思い出してはいけないことを思い出しているような、知り得ないことを知っているような……そんな感慨を抱く。

 一方、傍らの少女は思い悩む。とう対処することが正解なのか、どうやって他の人に助けを求めればいいのか、そして()()()()()()()()()()()()

 

「嫌われてもいいから助けたい、よね」

 

 少女は自分の胸に手を当て、言い聞かせるようにその言葉を繰り返した。深呼吸も混ぜながら行い、ようやく実行する勇気を生み出す。

 

 少年の視線に気付いて、少女は力なく微笑んだ。

 

 素早く艤装を展開し、機関部の熱で少年の体を温める。

 抵抗されることや詰られることを覚悟して艤装を使ったが、少年はなんの反応も示さない。それどころか艤装を抱え込むようにして体を温めている。

 一抹の安堵を覚えて少女は深く息を吐く。きっとこれが正解だったのだと思って、後ろから銃を構えて近づいてくる者達へと振り返る。

 

「勝手な行動をしてすみません」

 

 立ち上がり、頭を下げた。

 この後いくら叱責されようとも構わないし、それくらいのことをしたつもりだった。

 車で移送されている最中に川で溺れる少年を見つけ、走行中の車から転がり落ちて救いに行った。

 自分の判断は間違っているとは思わないが、規律上罰は受けて然るべきなのだと思って、そして。

 

「人質にでも取る気か、化け物め」

 

 自分の救命行為が利己的なものと思われていた事実にショックを受けた。目前の軍人が何を言っているのか少しの間理解できず呆然としたが、考えてみればそれも自然なことだった。

 ()()()()()()()()()が子供に近寄るなど、どう考えようと不審で、どのような理由があろうと制せられるべきことだと理解できていた。

 

「な、何してるんですか!?」

 

 それでも、その後ろに控えていた部下が少年から艤装を引き剥がそうとすることには反対せざるを得なかった。

 意識こそ既にあるものの、目の焦点はまだ微妙に合っていなかった。ましてやこの状況でどうして体を冷やそうとするのか、意味がわからない。

 

「早く艤装を仕舞って車に戻れ。解体されたいのか?」

 

「じゃあ救急車を呼んでください!」

 

「馬鹿を言うな。こんな季節に川で遊んでいた子供の自業自得だろう、自分の後始末は自分でつけさせろ。況してやお前が無関係の医療従事者を襲えばどう責任を取ればいいのか」

 

 信用がないことはもう仕方がないとしても、余りに無情な仕打ちだった。まだ年齢が二桁に達していないくらいの子供をずぶ濡れのまま放置させようと言うのか。

 最低限の処置こそ終わってはいるが、少年の体がまだ冷たいことは艤装から伝わっている。そして、艤装は今や半ば少年と離れてしまっている。

 

「せめてあと五分だけでも……」

 

 言っているうちに、完全に艤装が外されてしまった。少年は虚ろな目をして少女と軍人のやりとりを観察している。どうにか踏ん張って少年の命を救わなくては、そう少女は覚悟するが。

 

「うぐ、ぁ……」

 

 握られた拳が少女の腹へと突き刺さった。腕を戻してすぐ、また軍人は振りかぶって少女を殴りつける。顔に当たることがあれば、狙いが逸れて肩に当たることもあった。何度も鳩尾の辺りを殴られることもあった。

 

 

「喜べ、解体は免除してやる。その代わりヤツらの拠点に突撃してもらうがな」

 

 頭を勢いよく殴られて倒れた少女に軍人が言い放つ。吐き捨てるように、嘲るように、恐れるように、軍人は言葉を紡ぐ。

 

 

「提督命令だ」

 

 

 クイ、と親指で後ろを指し示す。

 

 

「早く乗れ」

 

 

 

 

 

 何が起きているのか、それは無力感に打ち震えながらも整理することはできた。

 どうやら俺は深海棲艦との戦いが終わっていない頃の子供に乗り移り、尚且つ世界の艦娘に対する思想が否定的なものに変わっているらしい。

 俺もまだどういうことか分かってはいないが、つまりは……いやどういうことだよ。

 

「俺の名前は⬛︎⬛︎で、()の名前は竜崎隆一、か」

 

 提督をしていた頃と比べて艦娘に対する態度が酷すぎることは、()の頭に根付いていた艦娘を化け物とする一般常識から大凡理解した。

 実態も俺が表面上で行っていた鎮守府運営にそっくりだ…………とはいえこの情報量はおかしい。どうしてこんな知識があるのかと思えば、()の父親はどうやら国軍の憲兵として勤めているらしい。もしかしたら鎮守府の憲兵業務をやっているかもしれないな。だがそうでなくとも海軍の動向や鎮守府の動きには注目するだろう。特定はできない。

 

 価値観は俺のままだ。ただ、人格面に於いては俺より()の方が強く残っているようだな。知識は豊富だし引き出すことも頭の回転も俺と同程度に熟すことが可能だ。それでも()の家族などは他人に思える。

 

 つまり「艦娘に対して待遇の悪い世界の子供に乗り移った」というよりは「艦娘に対して待遇のいい世界の提督の記憶や知識を受け取った」と言った方が正しいだろう。

 

 そして()の記憶を受け取って、更にさっきの出来事で僕の頭はちゃんと理解した。艦娘は世間で噂されているような兵器なんかじゃなく、僕の常識にインプットされてるような化け物なんかじゃなく、心ある勇敢な少女達だってことを。

 

 さて、この知識でどうするかは僕の勝手だけど、当面の間の目標は確定した。

 

 

 提督になる。

 

 

 僕は将来、提督になりたい。


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