提督は2度死ぬ   作:あんたが大将

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第四話

 

 

 

 とある内陸部のとある街、とある家の玄関扉が開かれた。

 そこから出てくるのは神妙な面持ちで何かを考え込んでいる小学三年生の男の子で、黒いランドセルを背負って白い息を吐いている。

 

「学校のグラウンドで走るべきか、住宅街を走るのか……」

 

 少年の頭の中を渦巻く二つの選択肢。体力作りをしようと意気揚々にノートへと書き込んだものの、小学生の体の鍛え方なんて記憶にすらなかった。

 高校生や大学生程度の体と同列に扱うのは流石におかしいと思うが、かと言って何が正解なのか分からない。筋肉を鍛えすぎると身長が止まるとも言うし、十分に気をつけなければいけない。

 

 だけど全く鍛えないというのは折角のアドバンテージをふいにしてしまうから勿体ない。でも勿体ないと思ったからというだけで鍛えて失敗でもしたら目も当てられないし……ううむ、どうしたことか。

 

 そう考え込んでいても、二年半以上もの時間を同じ道順で歩いてきたせいか登校路を順調に歩んでいく。今僕が通っている小学校は集団登校が基本だけど、近い場所に家がある場合は例外として単独の登校も許されている。

 まあいつもは一緒に登校する人も居るんだけど、今日くらいはいいと思う。

 

 正門を通り抜けて学舎の方を見やる少年。それに覚える感慨も特別な情動もなく、極めて自然な表情と一挙手一投足で昇降口に入っていく。

 こういう時、提督の記憶はどこに行ったのかと思うことがある。()が小学校に入る時や僕が鎮守府を訪れた時は、きっとこんな自然な動作で歩を進められない。

 だとするならば、まだ僕と()は一人になっていないかもしれない。精神のある特定の一部分のみの融和しか為されていないのかもしれない。

 

「どう思う?」

 

 口を動かして伝えてみる。もしそんな特定部位の融和で終わっているのなら、口に出さなければ相手に伝わることもない。

 

「まあ、そっか」

 

 けれど口に出しても伝わらないことや相手からの発信を受け取る手段がないこと。それらは恐らく覆しようのないもの。

 どうやら僕は()にはなれないみたいだ。記憶や知識こそ知っているものの、彼の感情を再現することはできないし、どこまでいっても同一人物ではないんだろう。

 

 

 いや待て。

 

 

 自分の記憶が流れ込んだ時の記憶を覚えているが、あの時は俺も確かに存在していた。俺の記憶が一時的にでも()の体を乗っ取っていたはずだった。

 

 そうなれば、そうすると、そうだったとしたら、なんだ?

 

 僕は結局どういう存在になるんだ?俺の行方はどこだ?答えはどこかにあるはずなのに、現状理解できるのは自分の考えが間違っているということだけ。

 

 俺は居た。でももう居ない。

 何が起こっている?どうして俺の存在はそんなにも不確定性を持ち合わせている?そもそもの話、()のことは本当に信じてもいいの?

 

 最悪の場合、僕が見たのは真実とはまるっきり違った白昼夢だったかもしれない。提督の記憶や知識から始まって、艦娘に助けられたこともこの世界のことすらも。

 僕だけが特別だと言うのなら、その特別を保証することは誰にもできないのではないか?僕しか知らない世界の記憶を肯定する材料は僕の記憶なんていう曖昧なものにしかないのではないか?

 

 イカれた妄想の一言で終わらせられるような不安定なものだったのではないかと思案する今の僕は、果たしてどちらにあるのだろう。

 

 

 深く深く沈んでいく妄想は、朝礼が始まったことで中断を余儀なくされた。

 

 

 

 仮想世界説とか世界五分前仮説とか、要するに世界がそこにあることを証明できないのと同じように、僕の頭が狂っているのか居ないのかを判断することも確定することもできない。即ち僕が手に入れる情報、思考、全てに確実性なんてないってことになる。

 

「コギトエルゴスムは?」

 

 それは科学がそこまで発達していなかった時代の話で、現代なら立証できない。仮想世界の他にも水槽の脳状態だとか、自分がプログラムされただけのロボットなのかもしれない可能性だって幾らでも出てくるんだからどんな可能性もあり得る。

 

「ふーん」

 

「……ナチュラルに心を読まないで欲しいんだけど」

 

「別にいいでしょ。減るもんじゃないし」

 

 顔を上げて、彼に向き直る。

 今僕の視界の大部分を占めている色素が薄くて校則違反気味な茶髪頭は僕の友達。突然人が変わったように落ち着いた僕と友達のままで居てくれた数少ない人でもある。

 今だって遠巻きに僕らを見ている元友達は多く、教師でさえも対応を悩んでいた。まあ後者は僕の方から絡むことがなくなったのでそこまで悩んでいたわけではないだろうけど。

 

「なに?人の顔をじろじろと」

 

「いや、仲良くしてね、ってさ」

 

「まさか。どうしてそんなことしなきゃいけないのさ」

 

 おっと、友情崩壊の危機かな?

 

「ボクの方から仲良くしてやってるワケじゃないでしょ?リューとボクのどっちかが上なんてない。友達だからね」

 

 言い忘れていたけど、僕の友達は僕のことをリューと呼ぶ。元友達もそう呼んでいたけど、今はもうやめてしまったからその認識で間違いはないはず。

 とはいえ、なんてことを言ってくれる友達なのか。今現在そうやってフォローされただけで天秤が少し傾いた気もするけど気にはするまい。

 

「ありがとう。よろしくね、圭」

 

 名前は笹垣圭。ひょろひょろとした背格好に中性的な顔立ちだけど、男友達だ。

 たまに女子の輪に違和感なく入り込んでるけど男だ。そこは間違えちゃいけないけど、中性的な所がコンプレックスだから性別の話はできるだけ触れない方がいい。

 

 

 圭は頼りになる。正直言って提督だった()の記憶より遥かに頼りになる。小学三年生と学力で比べる気はないけど、知恵って観点からすれば今の僕でも負ける可能性は十分にある。

 なんで知ってるのか分からないけど女子の事情も詳しい。本当になんで知ってるんだろう。

 

 ともかく、圭に聞いてみるとしようか。

 

「ねえ、圭は知ってる?体の鍛え方」

 

「え、なにそれ。ボクのこと知ってて言ってる?」

 

 こう見えて……いや、外見の通り圭は運動が苦手。 可動域はエグいくらい広いのに全くセンスがない。

 

「やるのは僕だよ。普通に走ってればいいのかなって思って聞いてみただけだから」

 

「えー。ボクとの時間が減っちゃうじゃん」

 

「じゃあ一緒に走る?」

 

「嫌だよ、面倒くさいし苦しいし。まあ相談には乗ってあげなくもないよ。体の鍛え方でしょ?」

 

「なんかある?」

 

「まず、ボク達小学生は神経が発達する大事な時期。小学校の入学する前の頃から小学校を卒業する時期…五歳から十二歳の頃までは神経が発達する時期になる。だから身体中を動かすようなものが望ましいかな。

リューの言うようにランニングは勿論だけど、ドッジボールとかの物を投げる動きなんてのも重要だね。とにかく色んな遊びやスポーツを体験することが一番よく鍛えられるんじゃないかな」

 

 なんでコイツこんなこと知ってんだよ。ってかこの情報も知ってた上で面倒くさいとか言ってたの?頭の具合は大丈夫?

 

「それで、気になるのは筋肉トレーニングのことだろうけど…負荷のかけすぎにさえ気をつければ全然問題はないね。小学二年生までだったら自重運動とかを推奨するけど、ボクたち小学三年生は腹筋運動をしても成長を阻害しないよ。ただ、ダンベルとかの負荷は中学生になってから、体の成長度合いと相談しながら丁度いいものを選択するのがいいね」

 

「ありがとう。でも、その……なんでそこまで知ってるの? 気持ち悪いよ?」

 

「なんでボクいきなり悪口言われたの? 心に傷を負ってるの? それって冗談なんだよね? ちょっと、リュー、ねえってば」

 

 うんうん、気持ち悪くないよ。気持ち悪いのはちょっとの部分だけだよ。圭には感謝しなくっちゃなぁ。

 

「なんでボクと目を合わせてくれないの!? ボクって相談に乗った側だったはずなんだけどなぁ!」

 

「ありがと、うん。ありがとう」

 

「その態度をやめろって言ってるんだけど!?」


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