とある田舎とも都会とも言えない町。そこにある孤児院が存在していた。
建てられてから年月が経っているのか少し古い。だが手入れをこまめにされているのか劣化している雰囲気は全くなかった。
そこの孤児院にある礼拝堂で一人の少年が祈りを捧げていた。
通りすがりの人がその場を見たら少年が敬遠の信者のようにも見えただろう。だが実態は全く異なっていた。
その祈りは深く深く、それでいて何かにすがるようなそれは痛ましさも感じられる。
少年はこの場にいない者の無事を祈っていた。
数年前にこの孤児院を襲ってきた過激派メシア信者を殺し刑務所に入れられてしまった殺人犯を。
「聡?ごはんだよ早く戻ってきて」
ノックの音と共に一人の少女が少年に向かって戻るよう促す。
「……美香姉ちゃん」
「またここにいたの?
こんなことしてもタケ兄はここに来たら捕まるって多分考えているから帰ってこないだろうし、そもそもあの事件は」
「わかってるよ、この場所でこんなことを祈るは違うってことも。
わかっているけど……」
少年の言葉はそこで止まってしまう。少年も知っているのだ。あの事件の主犯はメシア信者たち、そう少年が祈っている神の信徒たちなのだということを。
だがどうしても居ても立っても居られず身近な存在に縋ってしまう。自分の尊敬する人物、兄のように慕っている人を救ってくださいと。
「違う、違うよ。聡のやっていること祈ってるんじゃなくて縋っているの。
マザーさんも言っていたでしょ【神に祈るのも神を罵倒するのもいいだが決して縋るな】って私は聡が神様に縋っているように見えたけど?」
「……」
少年は閉口してしまう。マザーの教えを少年は忘れてしまっていたわけじゃないのだ。ただこんな状況にまで追い詰められていた自分が、孤児院に一緒に住む家族にこんな心配をかけていた自分がどうしようもなく情けなく感じたのだ。
「もう、別にそこまで落ち込むこともないじゃない。ほら、いくよ」
「……うん」
聡はどこか浮かない顔をしながら美香の手を取り礼拝堂から去っていく。
礼拝堂の扉が閉まり光源が窓から差す日光だけとなる。礼拝堂ということもあって神秘的な光景のように見えた。
だが突如窓からの光が太陽のように強く輝き始めたその超常現象は誰の目に止まることもなく収まっていく。
たった一つの天使のような羽を残して。
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あるところにシスター・マザーという女性がいた。
本名は不明。メシア教本部も彼女の名前は知らず誰が本人に聞いても「マザーと呼びな」という返答しかなかった。
その女性はシスターでありながら神の教えを投げ捨てるような素行を度々行っていた所謂不良シスターであった。
覚醒者としてある程度の実力があり教会もマザーについては頭を悩ませていた。
そんな彼女はありとあらゆる教会にたらい回しにされ極東日本の小さな孤児院の運営を行うこととなった。
最初彼女は「来るところまで来たもんだ」と自虐的な笑いを上げていたがそれはすぐに払拭された。孤児院にいるのは様々な霊的資質を持った者ばかりだった。
火が指先から出せる子、魂と話せる子、治療力を促進させる光を持つ子、そして……この不思議子たちを吹き飛ばす位に強烈な超不良親不孝バカ息子。
彼女はこれまでの人生の中でとても充実していた。
孤児院の子たちのために慣れない料理を作ったり、霊的現象や異能の相談に乗ったり、もしものことを考えて悪魔について教えたり、バカ息子の世話を焼いたりずっとこんな事が続くかもしれないと思ったほどだった。
そう、奴らが来るまでは。
まだメシア教が穏便派と過激派に分かれてないときメシア教から通達が来たその内容は【我らの子たちに神の教えを説くため、我らの使いが来ます。その者たちに逆らわぬように】というものだった。
マザーは当然抵抗した。今まで放置していたものに対して何を今更というのもあったが何より一番の理由ははメシア教上層部の非人道的な思想であった。
一度マザーは目にしたことがあるのだ。まだ名付けられていない時期だが過激派の人を人とも思わないような研究や人を増やしてMAGを得るためだけにに家畜扱いさせられる牧場計画その他、見るだけで身が悶えるような様々な資料を。
日本にある様々な支部から人が派遣されるが全て門前払いさせる。実力行使に出たときはこちらも力をもって抵抗する。
そんな事を続けていたら話が雪だるま式に大きくなりいつの間にか日本でも有数の異能者の相手をすることになった。
それらを浅倉と共に協力して倒した。だがマザーは敵の攻撃により致命傷を負い死んでしまう。
ここまでが浅倉以外の孤児院の子供たちが知っているマザーの一生だ。
そう浅倉以外の子供たちだ。これらの流れに嘘は入っていないが真実が少しだけ入っていない。
なぜならあの時のマザーの死体は驚くほど
たしかに信者たちの戦いで死んだのだろう、そういう痕跡も存在していた。だがただの戦死ではあんな死に方はしない。
それを知るのはあの場でマザーと共に戦った浅倉一人だけである……。
「……という感じで推測したが答え合わせはどうだ?浅倉」
「お前の三文推理小説を聞いた感想なら言えるぞ、神崎」
マザーの墓前、そこで2人の男が墓に供え物を置いていた。
神崎と呼ばれた男は墓花を浅倉は大量の食料を置いていた。
もし一般人がここを通り過ぎれば西洋式の墓に佇むと指名手配犯とコートを着たその共犯者らしき人物が見えたことだろう。
「他人の墓に墓花を置くなんてな。お前には全くの他人だろうが」
「お前こそサマナーや悪魔を嬉々として殺してきた人間が丁寧に食い物を置くなんて随分と殊勝じゃないか」
神崎の言葉にしばらく考え込んだ後「ババアのことを話すついでだ」と言い放つとポツリポツリと苦虫を嚙み潰したような顔をしながらマザーとの交わした
「……契約?それに随分とあっさりと話したな。それとマザーの死に何が関係が」
「お前と孤児院連中以外の奴が聞いてきたらヨルムンガンドの餌にするところだ。
ババアは最後の生命力を使って昔初めて会ったときに取っていた契約を無理矢理俺に結ばせて来やがった。
自分にどれだけ治療を施しても助からないから最後の教育をってな」
数瞬神崎が黙り込む。
「で、契約というのは?」
今度は浅倉は数拍黙り込んだ後、言葉をひねり出した。
「【畜生にならない契約】あのババアはそんな物を持ち出して来やがった。
初めて俺と戦って俺を半殺しにした後有無を言わさず書かされたものが残っていやがったんだ。
契約に関する悪魔……名前は忘れたが、を交えてな。
ああ、あの事を思い出すだけでイライラしてきたな、シスターのくせに悪魔なんか使ってんじゃねえよ」
「畜生……?」
「ああ、具体的には『こだわりを持つこと』だ。俺がせめて獣としてじゃなく人として生きていくために必要なことらしい。
ババアが言うには一時期俺が野良犬よりも酷いときがあったんだって、なあ!!」
浅倉はマザーとの苦い過去を思い出し苛立ちが最高潮に達したのか地面に何処からか取り出した鉄パイプを地面に叩きつける。
何度も、何度も。かつて転生者たちが想像していたとある狂気の殺人犯のように。
「ならばお前がこんな行儀の良い事をしているのはそのためか」
「そうだ、俺がババアに宣言した
俺が今まで殺して来たやつは俺をイライラさせる『貸し』を作った。なら俺はその『貸し』を返させる。
ババアは今まで俺を育て俺に対して『借り』を作った。そして俺は返すためにこうしてあの忌々しい刑務所から脱獄してから行儀よく食い物を置いているんだ。
一時期は馬鹿馬鹿しいと吐き捨てたが俺が契約に反するようなことをすると頭が叩き割られたかのような痛みが襲い掛かってきやがる」
「あの死にぞこないが」と浅倉はマザーの墓に憎たらしい目を向ける。
神崎は先ほどの契約の穴について浅倉を尻目に愕然としていた。
(これは、これはあまりにも無茶苦茶だ……)
『借りたものを返し、貸したものを返させること』
初めて聞いたとき道徳を育てるためによくこんな契約を作ったもの神崎は思った。
自分から宣言させることによって自分から縛りを設け契約を強くさせさら契約に関する悪魔を仲介させよりきつく縛り上げる。
そう神崎は考えたが浅倉の言葉によってそれは覆される。
なぜならこの契約が浅倉の基準に寄りすぎていることだった。
浅倉はイライラさせる『貸し』と言ったが要するに敵をイラついたから殺しているだけだ。
第三者から見たときこの契約は誰も彼もが「釣り合わない」と答えるだろう。
(それに原作より柔らかくなったとはいえこいつはあの刹那的快楽主義者の浅倉だ。
これだと契約の意味が全くない。
しかしあんな精巧な契約を結ばせるマザーが一体どうして……)
神崎が今までのマザーの言動と照らし合わせ意図を探っていると1つのシンプルな、とてもシンプルな考えが浮かんできた。
(まさかマザーは
神崎はマザーはこの孤児院をこの死と理不尽が渦巻く世界から守ろうとしていたことに気付く。
子供たちに自らの異能の使い方を教えたのも、悪魔について教えることも、そして一番心配だった息子に無理矢理契約を結んだことも。
全て他人に迷惑を掛けさせないためではなく愛する子供たちが生き残るために行っていたことなのだ。
(浅倉に契約させたのは獣として死なせる前に人として生きさせるためにこの【畜生にならない契約】を結ばせたのか。少し浅倉を見定める必要があるな。
ならマザーの死因は……)
「おい、まだ話は終わってねえぞ」
まだ話半ばに去っていく神崎に浅倉は怪訝な顔をする。
神崎はそれに対してもう終わったといわんばかりに笑みを浮かべる。
「いや、もう満足した。マザーの死因、というよりは死体に傷一つない原因は─────だろ?」
浅倉は神崎が出した結論に眉を上げ笑む。
「はっ、もう答えを出していたのか速いな」
「ここまで情報が出ているなら答えを出すのも簡単だ。
……そうだったなこれを渡すのを忘れていた」
神崎は思い出したかのようにコートのポケットからカードを1枚取り出し浅倉に投げ渡す。
「これは……サイか?ヨルムンガンドとは少し違うな。人工的に造られたものか?」
浅倉の手にはサイの怪物のようなイラストが描かれたカードが握られている。
「勘がいいな。そうだ、それは試験的に造りだした式神をカード化したものだ。お前の役に立つだろう。」
「なるほど新しい玩具か。本当にお前は俺を楽しませてくれる」
浅倉は新しい
「それと俺はこれから取りに行くものがある。しばらく俺はいない。
お前も今日の夜のための準備をしないといけないだろ?」
「それも分かっていたか。そうだあの礼拝堂には────」
「えっ、タケ兄?タケ兄なの?」
どさりと物を落とす音が浅倉と神崎の耳に届いた。
浅倉が記憶とほとんど声変わりしていない孤児院の内の1人、英治の顔を思い浮かべながら振り返る。
「よお、英治か。お前顔もほとんど変わっていないな、背も」
「えっ、タ、タケッ、タケ兄って今、今警察から逃げているはずじゃ……いや、いやいやいやいや、こんなことしている場合じゃないよ!早く隠れないと!
あっ!けど警察から隠したら僕共犯者になるのかな?
とっ、とりあえず孤児院に隠れて、あ、いや孤児院は最初に調べられそうだし」
「落ちつけ」
浅倉がふと神崎がいた場所に視線を向ける。だがそこは最初から誰もいなかったかのようにただ無機質な墓石があるのみだった。
(相変わらず泡のように現れて消えるやつだ)
「おい英治よく聞け」
「あっ、はい!」
英治は逃亡中の身である兄の言葉を一言一句聞き逃すまいと真剣に耳を傾ける。
「まず警察に関してだがこれは大丈夫だ。今までやっていたことだからな下手なことはしねえ。
それと俺は夜そっちに行く。孤児院の礼拝堂にだ」
「えっ……てことはタケ兄、今日帰ってくるの!やったー!!
じゃ早速孤児院のみんなに連絡しないとね!あっ、けどまずマザーの墓を掃除しないと」
浅倉が孤児院に遊びに来ると思い英治は大きく体で喜びを表す。
その脳裏には歓迎会の計画でも建てられているのだろうステップでも踏みそうな勢いは止まらない。
「連絡が先でいいだろ、じゃあな」
「ちょ、ちょっと!もう行っちゃうの!?お話でもしようよー」
「ああ、準備があるからな」
英治の体がピタリと止まる。体が強張り顔に緊張が走る。
英治は過去に浅倉から同じような言葉を聞いたことがあるのだ。そうそれは
「
英治からの恐れと覚悟の入り混じった声に浅倉は満面の笑みを浮かべて嬉しそうに答える。
「祭りの時間だ」
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孤児院は蜂の巣をつついたような騒ぎが広げられていた。
マザーの墓を掃除するためにハンター協会支部から明人と優志のいつものパーティーから早めに抜けた英治から連絡があったのだ。
内容は「タケ兄と会ったこと」
連絡先の年長者組、美香と明人と優志が最初は爆発したかのように喜んでいたが次の言葉で冷水をかけられたように静まり返った。
「タケ兄、礼拝堂に向けて準備があるって」
一瞬で浅倉が何をしに礼拝堂へやってくるか察した3人はすぐに行動を起こした。
買出しに出て一番孤児院から近かった美香はすぐに戻って年少組の避難に取り掛かった。
しかし、連絡が来たのが午後ということもあって孤児院に着いたのは日が沈みかけた黄昏時。他2人もハンター協会支部から飛ばしているとはいえもう少しかかるだろう。
「え~とこれで……あれ?!聡は?ねえ聡が何処に行ったか知らない?!」
数年前の事件でも使われた地下室。そこに年少組を避難させ点呼を取っていると聡がいないことに美香は気づいた。
近くにいた子供たちに必死の形相で聡の場所を尋ねる。
「えっと、聡君はずっと礼拝堂にいたよ美香姉ちゃん」
いつもと違う雰囲気それと今までにない声音に近くの子供たちは怖がりながら返答する。
「ごめんね、すぐ戻ってくるから」
地下室のドアを閉め周りから見ただけではわからないようにカモフラージュをする。
あと少しで日が沈む。夜までに聡を見つけないと取り返しのつかないことになる。
美香は全速力で礼拝堂へ向かう。美香は他の2人と比べて戦闘技能が全くなく人の魂と話ができる程度だ。
だがジッとしていられず明人と優志に大人しくしていろと言われても素直に頷けなかった。
(それにまた誰かが死ぬようなことが起こったら私は死ぬほど後悔するから)
美香はふとした瞬間にマザーの死体と浅倉が倒れ伏した状況がフラッシュバックするのだ。
何もできない自分。見ることしかできなかった自分。今も悪魔一匹倒せない自分。
今も見ていることしかできないのなら今回の事件が終わった後死傷者が出なくてもこれからずっと思い悩み続けてしまうだろう。
(明人と優志、それにタケ兄に迷惑をかけてしまうかもしれない。でもやっぱり私はあの時のようになりたくない)
礼拝堂のドアが壊れんばかりに開かれる。
日がほぼ落ち薄暗い礼拝堂のなかに2つの人影と大きな異形の影が見える。
美香が電気をつけるとそこには聡と向かい合うように天使『プリンシパリティ』そして……マザーの形をした
「ああ、なんと素晴らしい才をもつ子供たちでしょう。これも我が神からの思し召し、天啓!
感謝するといいでしょう。あなた達は我らによって我が神のお役に立てるのです!」
どんな悪魔の醜悪な容貌を合わせてもあいつらの反吐すら生温いような性根には届かないだろう。
マザーを殺し、その罪を浅倉に被せて刑務所に入れ、孤児院の子供たちを絶望に叩き落とした蛆虫羽虫ども。
(また天使っ……!)
「ねえ、美香姉ちゃん。ちょっといい?」
「聡!そんなことはいいから早く逃げ」
「
聡はゆっくりと、ゆっくりとその
「アレとはなんしょうか罰当たりな!これは我が神の奇跡!あなた達が愛するシスター・マザーは神の愛によって生き返りその奇跡に触れたことによって心を入れ替えたのです!むせび泣くといいでしょうあなた達は神に選ばれたのですから」
有り得ないということはとうに分かっているのだろう。その震えは驚きや恐怖などではなく。
「何もないほうがマシ。中に変なものが入っている。あんな人形なら明人が作った不格好な人形のほうが何億倍も綺麗だよ」
「……やっぱり蠅以下でしかないやつらだ」
怒りだった。
美香は魂と話す異能を使って悪魔と人間を見分けることができるのだ。
人ごみに巧妙に紛れ込んだしたゾンビを見分けることで一大事を防いだこともあった。
そんな美香の太鼓判を貰った聡は過去今までにないほどの怒気に包まれていた。
「ベルゼブブを蠅の王って呼んでいたがお前たちが一番の蠅じゃないか!それも人間の死体に群り、マグネタイトを食らって自分たちを増やす醜悪な蠅。いや、それ以下だ!そんな害虫はこの世界から駆除されてしまえ!!」
一気にまくし立てたせいで肩で息をする聡に天使は怒りを露わにしていた。
「こっ、この神に仕える私が蠅、害虫だと?!もういいでしょう、この私、プリンシパリティを侮辱する愚者は滅ぼされるのみです。シスター・マザーあの異端児に神の裁きを与えるのです。」
ニコニコと張り付けた笑みしか浮かべないマザーの人形。それが命令に従い聡を殺すために歩みを進める。
もし明人と優志がこの場に居てもマザーそっくりの人形に対して躊躇してしまうだろう。美香からの確証を得ても形はマザーそっくりなのだ。その顔を見るたびに過去の記憶が蘇ってくる。
だが戦闘に関しては躊躇いと容赦という概念が存在しない男がこの孤児院には存在する。
「聡!伏せて!!」
機械的な音声が響くと同時に聡の上からヨルムンガンドの『毒ガスブレス』と『溶解ブレス』の力を受けた『バルカンキック』が人形に突き刺さる。
浅倉の過去の記憶がなんだと言わんばかり放った蹴りをまともに食らった人形は人の形を保てずドロドロに溶けてゆき、やがては消えていった。
「はぁぁぁあ、お前ら全員同じような顔だからどいつを見ても同じようにイラついてくる。」
「き、貴様は浅倉威!どうしてここにいるのですか?!」
奇妙な紫色の防具に包まれているが声音から浅倉だと天使は推測する。逃亡中の身である浅倉がここにやってくるのが信じられなかったのか天使はヒステリック気味に叫ぶ。
そんな喚き散らしている天使へ浅倉はその防具に包まれた指を指しながら嘲笑する。
「それよりお前、そんなところにいたら危ないんじゃないか?」
「なっ、何を言っ「美香ァァァァァァァァァァ!!」
「おらぁ!アギぃ!」
「があぁぁあ!!」
礼拝堂の壁を大型バイクが突き破りそのまま天使に衝突する。すると同時にバイクが大爆発を起こし天使が黒煙に包まれる。
バイクが爆発するのを察した2人は飛び降り、優志がついでと言わんばかりに『アギ』をお見舞いする。
ダメージを与えることが出来たが高位の天使にぶつかったなんの霊的加工も施されていないバイクはフレームがひしゃげ無惨な姿に転生する。
「があぁぁあ!!俺のバイクがっ!バイクがオシャカになった!」
天使と同じ呻き声を挙げた優志がバイクの残骸を今世の別れのように拾い上げる。だがもうバイクはスクラップに転生してしまったので二度と前世の姿を拝むことはできないだろう。
「あとで俺が買ってやるから今は美香を回収しろそのあとは威に丸投げする。あまり水を差すと『SWORD VENT』ってうおぁ!!」
「よくわかってるじゃねえか」
そこには先ほど召喚したヨルムンガンドの曲剣を振り下ろした状態の浅倉がいた。水を差されたことで若干苛ついているようだ。
「こわっ、同郷に向ける武器じゃないじゃん。あっ、タケ兄その鎧ちょーかっこいいな!!」
そんな数年前と同じ少し危険なそれでいて平和な光景。それに浸っている場合じゃないと美香は黒煙に向けて駆け出す。それを急いで優志が止める。
「どうしたの美香ちゃん、多分あいつ死んでないから逃げないと」
「あそこに聡がいるの!」
美香の言葉に2人はまさかと思い黒煙へ視線を向ける。2人の予想通り煙が晴れたところにはボロボロの天使が聡を人質にしていた。
「あいつマジで天使か?人質取るとか堕天使になるアンダーラインないんじゃないの?アンダーがないから何処までも落ちても大丈夫っていう」
「黙りなさい!」
優志からの揶揄に天使は一喝する。今まで自分をいたぶってきた相手に対して優位に立てたことに天使はほくそ笑む。だがその余裕も次の言葉でひっくり返される。
「おい、お前それじゃあ
浅倉は蛇の杖を模した召喚機を取り出すとそこへサイの紋章が描かれたカードを入れる。浅倉の殺気を感じ取った明人はピクシーを召喚する。
「はっ?」
天使は浅倉の言葉を理解するのに時間がかかった。マザーの形をした人形を秒殺した浅倉の思考回路を天使は計算に入れるべきだったのだ。
「き、貴様、まさか」
「タケ兄!俺ごとやって!」
「言われなくてもなぁ」
浅倉から召喚されたメタルゲラスが猛スピードで後ろから突撃してくる。右手にサイを模した武器を前に構えメタルゲラスの肩に乗ったところで明人が懐から人形を取り出す。
「ピクシー、
マザーが教えた技術に妖精を使った。限定的な瞬間移動がある。
それは魔力を込めた人形を子供と仮定して相手の子供と人形を
『対象が子供である』『乱用はできない』『人形の材料に対象の子供の一部を入れないといけない』など様々な制約があるがサマナーとして適性があった明人は孤児院の皆を守る技術としてとても重宝していた。
『相変わらず変な技。アキトはどこでこれを覚えたの?』
「とんでもない不良シスターからだよ」
「こんな、こんなはずでは」
天使に途轍もない衝撃が襲い掛かる。それは天使の体を貫き、勢い余って後ろの礼拝堂の壁を破壊するほどだった。
辺り一面に破壊の余韻が広がる。夜ということも相まって耳鳴りがするほど静かだった。
「分かっていたが味方に向ける威力じゃないぞ威」
「やった……の?」
「美香ちゃん、そういう事言うのはやめようか。次やったら燃やすから」
「なんで!?」
明人が浅倉の持つメタルゲラスのパワーに絶句し、天使を
瓦礫の山から影が立ち上がる。3人が身構えると砂埃の煙から変身を解除した浅倉が現れた。
「本当に面白くないやつだったな。人質なんて取りやがって」
「おータケ兄かよ。相変わらず、俺たちに出来ないことを平然とやってのけるってやつだね、いやほんといろんな意味で」
「あーあ、俺もやっといてなんだけど礼拝堂が……まあ、こんな天使がでるような所は壊すべきか」
「よかったー、タケ兄が無事で」
皆思い思いの言葉を述べながら浅倉の安否を喜ぶ。すると遠くから英治の声が聞こえた。
「みんなまずい、まずいよ。ここの騒ぎが通報されてもうすぐ警察が来ちゃう」
「えっ、タケ兄またブタ箱に逆戻り?」
「言ってる場合か。絶対に威は捕まえさせないぞ。美香は避難させていた年少組を地下室から連れ出せ、代わりに威を隠す。
優志は倉庫からステルス、隠形系のアイテムを持ってこい。俺は警察の相手をしておく。それと威は……うん、とりあえず大人しくしていてマジで。これからギリギリの綱渡りをすると思うから」
明人が各々に指示を出していく。数年前はマザーがやっていたことだったが今は明人が孤児院の運営を行っていた。
警察には礼拝堂の劣化と誤魔化すつもりだがそれだけでは説明がつかない爆音が響いていた。そのためしばらく警察官が孤児院を観察するようなことが起きるだろう。
浅倉をここから逃がす時間もない。下手をすれば今日の天使との闘いよりきつい闘いが待っているだろう。だがやりきらなければまた無実の罪で浅倉が刑務所に逆戻りしてしまう。
「……暇つぶしの道具を持ってこい」
孤児院を守る戦いはまだ始まったばかりだ。
明人の予想通り警察官が定期的に様子を見に来るようになっていた。それも浅倉の故郷だからか短いスパンで。
優志はそれに辟易としていたがここでまた妙なことを起こして浅倉が捕まるようなことになればそれこそ目も当てられない。孤児院の子供たちは慎重に行動した。
とは言ってもトラブルが避けられないもので警察官が一日中いたせいで浅倉の食事が用意できなかったり、年少組の一番幼い子供が口を滑らせようとしたり、バイクの残骸から危険運転をしていたと見なされ減点されたり、浅倉の準備の道具が死者を限定的にだが蘇らせるガイア製の反魂香だと知り優志が騒ぎ立てたりと色々なことがあった。
そして数か月後……
「えータケ兄もういっちゃうのー?」
「ああ、日が静まった辺りでサツの目が緩くなるからな。出ていくなら今しかない」
「あーあ、タケ兄の話面白かったのになー」
「まじか、タケ兄の話結構R-18G指定の話多くなかったか?TSUTAYAに出したら絶対ムカデ人間とか武器人間とかと同じ属性に入るって」
「うん……私もちょっとタケ兄の話きついかな」
地下室でお菓子を囲みながら浅倉の体験談を優志と美香と英治は聞いていた。だが英治はともかく優志と美香が浅倉のあまりにもグロテスクな体験談に少し胃もたれをしていた。
明人は孤児院にいない人間をデコイとして再現するマジックアイテムを操作するため、そして警察官を見張っているため地下室にはいなかった。
「じゃあさ、最後にマザーの話してよ。僕マザーの最後よく知らないんだよね」
「話題『転換』なのに剛速球ストレート投げるのやめような?」
優志が英治のストレートな話題転換に突っ込みを入れる。だが浅倉はそんな事お構いなしにマザーとの最後について語る。
神崎に話したことと同じような内容を一通り話すと本題に入る。
「結果的に話すとマザーは結果的にお前たちを庇って死んだ」
「それってやっぱりメシア教なの?」
「ああそうだ」と美香の質問にあっけらかんと答える。美香が悔しそうに唇を食むが浅倉は続ける。
「メシア教の天使共が手に入らないならこの孤児院にいる子供たちの全生命力をマグネタイトとして食らうと言い出してな。ババアはその術の身代わりになった。そしてあんな小綺麗な死体が出来上がった」
「明人君はその話、知っているの?」
「ああ、あいつが一番最初に聞いてきたのがこれだ」
「……マザーさんは最後どう思いながら死んだのかな?」
「知らねえし知ったことじゃない、が俺でもわかることが1つだけある。ババアは孤児院のガキどもを優先して生きていたってことだ」
美香が首をかしげる。何度も咀嚼してもその真意がわからない。
「それってどういう」
「もう時間だ。本当にわからなかったら明人にでも聞いてみろ」
そういい残すと浅倉は上へ登って行った。
人目がつきにくい塀の近くに聡と明人がマジックアイテムを持ち浅倉を待っていた。2人は不安そうな表情に満ちていた。
「警察官の数が少ない、罠の気配もない、出るなら今だ。これは姿を消せるローブだ。一回の使用時間は」
「いらねえよ」
「……そう、か。じゃあまた。絶対に生きて帰ってこい」
「タケ兄、絶対に帰ってきてね」
「誰が死ぬか。じゃあな。また」
短い言葉、それだけを交わすと浅倉は塀を飛び越え消えていった。
しばらく走りメメントスへ天使を倒した時から逃げればいいことに気付いた浅倉はメメントスへ入ろうとした瞬間神崎の姿を見つけた。
「よお、久し振りだな」
「善でもなければ悪でもないといったところか、まぁそれでいい」
「なんだ?聞こえなかったぞ」
神崎は1枚のブランクカードを浅倉に投げ渡した。
「今度は空白。これで悪魔と契約か」
「そうだ。それはデモニカをベースとしているからな本来は悪魔召喚がメインだ。それとここへ行くといい」
神崎は浅倉へ○○県××市にある祠の情報を渡す。その情報に浅倉は訝しげに目を通す。
「行くのも行かないのもお前の自由だ。どうする?」
浅倉が少し考える素振りを見せた後神崎に背を向ける。
「そうだな……行ってから考えるとするか」
この後祠を狙った勢力に巻き込まれに行きながら封印を解き堕天使『フォルネウス』を仲魔にするのはまた別の話。
孤児院
覚醒した戦闘員の成長限界が10後半~20前半という現地民からしてみれば結構な化け物集団。
英治
戦闘員。イメージ的に中学3年生ぐらい。バフとデバフが得意。ショタ。
美香
非戦闘員。イメージ的に高校2年生ぐらい。魂を知覚できこの異能を用いて悪魔と人間を見分けることができる。
優志
戦闘員。イメージ的に高校2年生ぐらい。アギ系に適性がある。バイクは新しいものを買ってもらった。
明人
戦闘員。成人ぐらい。サマナー適性がある。一番マザーの技術を受け継いでいる。
聡
非戦闘員。今回の事件で覚醒した。適性は特に決めていない。
神崎の研究レポートを後書きで書こうとしたけど次の話で書く。