ミュウ「パパぁー!! おかえりなのー!!」
【オルクス大迷宮】の入場ゲートがある広場に、そんな幼女の元気な声が響き渡る。 各種の屋台が所狭しと並び立ち、迷宮に潜る冒険者や傭兵相手に商魂を唸らせて呼び込みをする商人達の喧騒
そんな彼等にも負けない声を張り上げるミュウに、周囲にいる戦闘のプロ達も微笑ましいものを見るように目元を和らげていた
ステテテテー! と可愛らしい足音を立てながら、ハジメへと一直線に駆け寄ってきたミュウは、そのままの勢いでハジメへと飛びつく。ハジメが受け損なうなど夢にも思っていないようだ
ハジメ「ミュウ、迎えに来たのか? シアはどうした?」
ミュウ「うん。シアお姉ちゃんが、そろそろパパが帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。シアお姉ちゃんは……」
シア「ここです」
ハジメ「おいおい、シア。こんな場所でミュウから離れるなよ」
シア「目の届く所に居ましたが、。ただ、ちょっと不埒な輩がいてミュウちゃんに悪影響になると思いまして」
ハジメ 「なるほど。それならしゃあないか……で? その自殺志願者は何処だ?」
シア「いえ、それなんですが」
カズマ「俺がシメておいた」
そこへひと仕事終えた様子のカズマがハジメ達に駆け寄った
カズマ「よおお前ら、久しぶりだな。それに浩介に恵里も、無事みたいだな」
浩介「カズマ!」
恵里「カズマ!!」
彼らとの再会を喜ぶカズマの横を何かが素通りした
香織だ
香織は、ゆらりゆらりと歩みを進めると、突如、クワッと目を見開き、ハジメに掴みかかった
香織「ハジメくん! どういうことなの!? 本当にハジメくんの子なの!? 誰に産ませたの!? ユエさん!? シアさん!? それともアクアちゃん!? まさか、他にもいるの!? 一体、何人孕ませたの!? 答えて! ハジメくん!」
ハジメの襟首を掴みガクガクと揺さぶりながら錯乱する香織。ハジメは誤解だと言いながら引き離そうとするが、香織は、何処からそんな力が出ているのかとツッコミたくなるくらいガッチリ掴んで離さない。香織の背後から、『香織、落ち着きなさい! 彼の子なわけないでしょ!』と雫が諌めながら羽交い絞めにするも、聞こえていないようだ
香織「あだ!」
そこへ光輝が刀の鞘の底で香織の頭を小突いた
光輝「落ち着け、冷静に考えろ。そのガキは海人族だ。仮に南雲の娘なら相手は海人族だ。それに転落してから半月も経たずにガキができるか。なによりどう見ても生まれて4、5年経ってるだろうが」
カズマ「それにハジメがアクアを孕ませるわけないだろ……そんなことしたら今頃、ハジメはこの世にいられるわけがない」
その瞬間カズマから冷たい殺気が流れクラスメイト達やシアが震えた
ハジメ「はっ!…馬鹿言え、そんなことしてみろ……俺確実に殺られる未来しかねえ…」
ハジメが少し冷や汗を流しながら言う
香織は自身の勘違いに対して羞恥心を抱きつつも、どうするべきか考えていた
勇輝達がぞろぞろと、出ていこうとするハジメ達の後について来たのは、香織がついて行ったからだ
このままハジメとお別れするのか、それともついて行くのか
心情としては付いて行きたいと思っている。やっと再会出来た想い人と離れたいわけがない。 しかし、明確に踏ん切りがつかないのは、勇輝達のもとを抜けることの罪悪感と、変わってしまったハジメに対する心の動揺のせいだ
しかも、その動揺を見透かされ、下でユエに嘲笑されてしまったことも効いている
香織も、ユエがそうであったように、ユエがハジメを強く思っていることを察した
そして、何より刺となって心に突き刺さったのは、ハジメもまたユエを特別に思っている事だ。想い合う二人。その片割れに、『お前の想いは所詮その程度だ』と嗤われ、香織自身、動揺する心に自分の想いの強さを疑ってしまった
だが
香織「……負けたくない」
香織の瞳に決意と覚悟が宿る
傍らの雫が、親友の変化に頬を緩める。そして、そっと背を押した。香織は、今まで以上に瞳に〝強さ〟を宿し、雫に感謝を込めて頷くと、もう一つの戦場へと足を踏み出した。そう、女の戦いだ! 自分達のところへ歩み寄ってくる香織に気がつくハジメ達
ハジメは、見送りかと思ったが、隣のユエは、『むっ?』と警戒心をあらわにして眉をピクリと動かした
シアも『あらら?』と興味深げに香織を見やり、アクアは『カズマこれ修羅場かしら』とほざいている
どうやら、ただの見送りではないらしいと、ハジメは、嫌な予感に眉をしかめながら香織を迎えた。
香織「ハジメくん、私もハジメくんに付いて行かせてくれないかな? ……ううん、絶対、付いて行くから、よろしくね?」
ハジメ「…はい?」
思わず、間抜けな声で問い返してしまった。直ぐに理解が及ばずポカンとするハジメに代わって、ユエが進み出た。
ユエ「……お前にそんな資格はない」
香織「資格って何かな? ハジメくんをどれだけ想っているかってこと? だったら、誰にも負けないよ?」
香織は、ユエにしっかり目を合わせたあと、スッと視線を逸らして、その揺るぎない眼差しをハジメに向け、はっきりと……告げた
香織「貴方が好きです」
ハジメ「……白崎……俺には惚れている女がいる。白崎の想いには応えられない。だから、連れては行かない」
はっきり返答したハジメに、香織は、一瞬泣きそうになりながら唇を噛んで俯くものの、しかし、一拍後には、零れ落ちそうだった涙を引っ込め目に力を宿して顔を上げた。そして、わかっているとでも言うようにコクリと頷いた
香織の背後で、勇輝達が唖然、呆然、阿鼻叫喚といった有様になっているが、そんな事はお構いなしに、香織は想いを言葉にして紡いでいく
香織「……うん、わかってる。ユエさんのことだよね?……でも、それは傍にいられない理由にはならないと思うんだ。だって、シアさんもハジメくんのこと好きだよね? 違う?」
ハジメ「……それは……」
香織「ハジメくんに特別な人がいるのに、それでも諦めずにハジメくんの傍にいて、ハジメくんもそれを許してる。なら、そこに私がいても問題ないよね? だって、ハジメくんを想う気持ちは……誰にも負けてないから」
そう言って、香織は炎すら宿っているのではと思う程強い眼差しをユエに向けた。そこには、私の想いは貴女にだって負けていない! もう、嗤わせない! と、香織の強い意志が見える。それは、紛れもない宣戦布告
たった一つの、〝特別の座〟を奪って見せるという決意表明だ。 香織の射抜くような視線を真っ向から受け止めたユエは、珍しいことに口元を誰が見てもわかるくらい歪めて不敵な笑みを浮かべた
ユエ「……なら付いて来るといい。そこで教えてあげる。私とお前の差を」
香織「お前じゃなくて、香織だよ」
ユエ「……なら、私はユエでいい。香織の挑戦、受けて立つ」
香織「ふふ、ユエ。負けても泣かないでね?」
ユエ「……ふ、ふふふふふ」
香織「あは、あははははは」
告白を受けたのは自分なのに、いつの間にか蚊帳の外に置かれている挙句、香織のパーティー加入が決定しているという事に、ハジメは遠い目をする
笑い合うユエと香織を見て、シアとミュウが傍らで抱き合いながらガクブルしていた
シア「ハ、ハジメさん! 私の目、おかしくなったのでしょうか? ユエさんの背後に暗雲と雷を背負った龍が見えるのですがっ!」
ハジメ「……正常だろ? 俺も、白崎の背後には刀構えた般若が見えるしな……まあアレだ。天之河の須佐能乎みたいなもんだと思えばいいぞ……まああっちと違ってこっちのは気迫だけどな」
ミュウ「パパぁ~! お姉ちゃん達こわいのぉ」
カズマ「へえ…気迫だけでここまでとは」
アクア「アンタも偶に出してるわよ」
そんなこんなで香織のパーティー入りが決まったその時だった
勇輝「ま、待て! 待ってくれ! 意味がわからない。香織が南雲を好き? 付いていく? えっ? どういう事なんだ? なんで、いきなりそんな話しになる? 南雲! お前、いったい香織に何をしたんだ!」
ハジメ「……何でやねん」
どうやら、勇輝は、香織がハジメに惚れているという現実を認めないらしい。いきなりではなく、単に勇輝が気がついていなかっただけなのだが、勇輝の目には、突然、香織が奇行に走り、その原因はハジメにあるという風に見え、 完全にハジメが香織に何かをしたのだと思い込み、半ば聖剣に手をかけながら憤然と歩み寄ってくる
それを見た光輝は心のなかで『こいつ…本気で殺してやろうか?』と徐々に殺意を覚え始め
雫が頭痛を堪えるような仕草をしながら勇輝を諌めにかかった
雫「勇輝。南雲君が何かするわけないでしょ? 冷静に考えなさい。あんたは気がついてなかったみたいだけど、香織は、もうずっと前から彼を想っているのよ。それこそ、日本にいるときからね。どうして香織が、あんなに頻繁に話しかけていたと思うのよ」
勇輝「雫……何を言っているんだ……あれは、香織が優しいから、南雲が一人でいるのを可哀想に思ってしてたことだろ? 協調性もやる気もない、オタクな南雲を香織が好きになるわけないじゃないか」
勇輝と雫の会話を聞きながら、事実だが面と向かって言われると意外に腹が立つと頬をピクピクさせるハジメ
香織「勇輝くん、みんな、ごめんね。自分勝手だってわかってるけど……私、どうしてもハジメくんと行きたいの。だから、パーティーは抜ける。本当にごめんなさい」
そう言って深々と頭を下げる香織に、鈴や恵里、綾子や真央など女性陣はキャーキャーと騒ぎながらエールを贈った。永山、浩介、野村の三人も、香織の心情は察していたので、気にするなと苦笑いしながら手を振った
しかし、当然、勇輝は香織の言葉に納得出来ない
勇輝「嘘だろ? だって、おかしいじゃないか。香織は、ずっと俺の傍にいたし……これからも同じだろ? 香織は、俺の幼馴染で……だから……俺と一緒にいるのが当然だ。そうだろ、香織」
香織「えっと……勇輝くん。確かに私達は幼馴染だけど……だからってずっと一緒にいるわけじゃないよ? それこそ、当然だと思うのだけど……」
雫「そうよ、勇輝。香織は、別にあんたのものじゃないんだから、何をどうしようと決めるのは香織自身よ。いい加減にしなさい」
幼馴染の二人にそう言われ、呆然とする勇輝。その視線が、スッとハジメへと向く。そのハジメの周りには美女、美少女が侍っている
その光景を見て、勇輝の目が次第に吊り上がり始めたあの中に、……自分の(執着心)香織が入ると思うと、今まで感じたことのない黒い感情が湧き上がってきたのだ。そして、衝動のままに、ご都合解釈もフル稼働する
勇輝「香織。行ってはダメだ。これは、香織のために言っているんだ。見てくれ、あの南雲を、女の子を何人も侍らして、あんな小さな子まで……しかも兎人族の女の子は奴隷の首輪(この世界は亜人に対する差別が強く、首輪をしていなければ人攫いや強姦されるおそれがある為つけている)まで付けさせられている。南雲は、女性をコレクションか何かと勘違いしている。最低だ。南雲は人だって簡単に殺そうとするし一緒にいる光輝は簡単に殺せる、強力な武器を持っているのに仲間である俺達の為に残って協力しようともしない。香織、あいつに付いて行っても不幸になるだけだ。だから、ここに残った方がいい。いや、残るんだ。例え恨まれても、君のために俺は君を止めるぞ。絶対に行かせはしない!」
勇輝の余りに突飛な物言いに、香織達が唖然とする。しかし、ヒートアップしている勇輝はもう止まらない。説得のために向けられていた香織への視線は、何を思ったのかハジメの傍らのユエ達に転じられる
勇輝「君達もだ。これ以上、その男の元にいるべきじゃない。俺と一緒に行こう! 君達ほどの実力なら歓迎するよ。共に、人々を救うんだ。シア、だったかな? 安心してくれ。俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放するから!!」
そんな事を言って爽やかな笑顔を浮かべながら、ユエ達に手を差し伸べる勇輝
雫は顔を手で覆いながら天を仰ぎ、香織は開いた口が塞がらない。 そして、勇輝に笑顔と共に誘いを受けたユエ達はというと
ユエ/シア「「……」」 もう、言葉もなかった。シアは勇輝から視線を逸らし、両手で腕を摩っている。
ユエに関してはというと
勇輝に近づき、その手に触れようとした
この時勇輝は自分の誘いに乗ったのかと思っていたが
伸ばした手で思いっきり振り払った
勇輝「!」
ユエ「ねえ………お願いだから……もう何も話さないでくれない?口閉じてて…お前が一言一言話す度にお前への苛立ちと光輝への同情心が湧いて出てくる……こんな兄を持って本当に可哀想だから…」
そんなユエ達の様子に、手を差し出したまま笑顔が引き攣る勇輝
視線を合わせてもらえないどころか、気持ち悪そうにハジメの影にそそくさと退避する姿に、若干のショックを受ける
そして、そのショックは怒りへと転化され行動で示された。無謀にもハジメを睨みながらもう止まらないと言わんばかりに聖剣を地面に突き立てるとハジメに向けてビシッと指を差し宣言した
勇輝「南雲ハジメ! 俺と決闘しろ! 武器を捨てて素手で勝負だ! 俺が勝ったら、二度と香織には近寄らないでもらう! そして、そこの彼女達も全員解放してもらう!」
ハジメ「……イタタタ、やべぇよ。勇者が予想以上にイタイ。何かもう見てられないんだけど」
勇輝「何をごちゃごちゃ言っている! 怖気づいたか!」
聖剣を地面に突き立てて素手の勝負にしたのは、きっと剣を抜いた後で、同じようにハジメが武器を使ったら敵わないと考え直したからに違いない。意識的にか無意識的にかはわからないが……ユエ達も香織達も、流石に勇輝の言動にドン引きしていた
しかし、勇輝は完全に自分の正義を信じ込んでおり、ハジメに不幸にされている女の子達や幼馴染を救ってみせると息巻き、周囲の空気に気がついていない
元々の思い込みの強さと猪突猛進さ、それに初めて感じた〝嫉妬〟が合わさり、完全に暴走しているようだ。 ハジメの返事も聞かず、猛然と駆け出す勇輝
そんな勇輝の攻撃をハジメは簡単に避けた
ハジメ「お前白崎の彼氏かなんかか?束縛しようとしたり嫉妬しやがって情けない」
勇輝「うるさい!!お前なんかに!香織をやるもんか!!お前から香織を守る為にも!!南雲ハジメ!!お前を倒す!!」
ハジメの言葉に更に嫉妬心と怒りが芽生え、勇輝は本気で仕留めるつもりでハジメを斬りかかり
勇輝「ここだあ!!」
空中へ避けた所を勇輝もジャンプし、ハジメの胴体を聖剣で貫いた
ハジメ「ゴファ!!」
それによりハジメはまともにダメージを受け、そのまま聖剣に刺されたまま地面に倒れた
勇輝「はぁ…はぁ…どうだ……俺は勇者だ……お前のような悪人に負けないんだ!!」
そう地面に横たわるハジメに勇輝は言う
ハジメ「……」
そんな勇輝にハジメは震える手で勇輝の前に出すと2本指を何処かへ向けた
その指の先を思わず見た勇輝だったが
勇輝「なっ!?」
その先にいたのは
ハジメ「俺の様な悪人に……なんだって?」
自身に刺され、敗北したはずの南雲ハジメだった
勇輝「ど…どうなっているんだ!?」
驚きながらもまた地面のハジメの方を向くと、そこに居たはずのハジメは消えていた
勇輝「クソ!!」
勇輝は頭を振りながらも聖剣を握り、またハジメを斬る
勇輝「なに!?」
だが、また違うところからハジメが現れ、斬られたハジメはまた消えた
勇輝「どうなっている!?」
今自身が体験しているこの現象に勇輝は戸惑いと焦りを見せ始めた
そして
勇輝「うおおおおお!!南雲!!お前だけは!絶対に倒す!!そして香織も彼女達も!この世界も救って見せる!!」
考えることを放棄し、馬鹿正直に聖剣を持ちハジメに飛びかかった
香織「ゆ、勇輝君……なんで、何にもないところで剣を振るうの!?」
突如誰もいない所を聖剣で振りながら一人で何かを言っている勇輝に香織達は戸惑っていた
ハジメ「……天之河…」
光輝「……フン……『香織も彼女達も!この世界も救って見せる!!』だと?……笑わせるな……この程度の幻術から抜け出せもしない貴様に救える物は…何一つない……(……もし、じいちゃんのあの言葉を聞いていなかったら……俺もこいつみたいになっていたのかと思うと……他人事の様に思えんな)」
そう言う光輝の両眼には写輪眼が開眼されていた
幻術の中のハジメが勇輝にした指差しはNARUTOでサスケ対イタチ戦の序盤の幻術の掛け合いでやった奴のアレンジです。
ちなみに光輝が勇輝にかけた幻術はイザナミではありません
そもそもイザナミは眼と引き換えに相手を改心させるための優しい禁術であって、光輝は勇輝の為に眼の光を無くす程の情はありません。