徒<アダ>。 獅子身中ニ死ㇾ無 作:Engel係数
うろこ?
加州清光がそれを見つけたのは、本丸の一番外側の門・一の門、通称は「バックギャ門」のすぐ外側だった。
畑当番をさぼって万屋にでも逃げ込もうとしたところ、きらっと光る平べったい"ソレ"を見つけた。
光るそれを拾い上げれば、実に清光の掌一つ文の大きさがある。
この時本丸にとって不幸だったことは、連隊戦で出払った24振に神剣と名高い大太刀が全員含まれていたこと。
青江と琉球刀剣もそこに含まれていたこと。
幸いだったのは、極めたばかりの毛利藤四郎も連隊戦に投げ込まれていたこと。
審神者が連隊戦の荷物持ちだとかで本丸に不在だったことだった。
清光はぬらっと光る"ソレ"が、角度を変えて見る程に、光り方を変えていることに気づいた。
(夏だから腐敗してる鱗とか? げぇ)
ばっちいもんを拾ってしまった。
清光が"ソレ"を放ろうとした瞬間、
「いて!」
"ソレ"は確かな切れ味で、清光の皮膚を割いていった。
怪我に気を取られた清光は、"ソレ"を反射で手放したが、
その時”ソレ”をバックギャ門の内側に放ってしまったことに気づかなかった。
***
清光が傷の手当てに薬研の部屋に行くと、前田が薬研ともめていた。
この二振りが言い争うのは珍しいことではない。
「ちょっとー。兄弟喧嘩中ごめんなんだけどー」
清光が声をかけると、前田の目が輝いた。
「加州さん! 初期刀として薬研兄さんにびしっと言ってやって下さい!」
「おっと前田そこまでだ。この問題に加州が口を出せば俺は負ける」
医療机の車輪椅子に陣取って、薬研は負けると言いながら、勝敗に拘りがないかのようににっと笑った。
縁側から直に入ることが出来る薬研の部屋(という俗称の医務室)は、薬箪笥や薬草棚や医学書棚でせまっくるしい。
「薬研、ちょっと絆創膏もらえる? 前田はどの問題で、そんな真っ赤になってんの」
「大問題ですよ加州さん。
薬研兄さん、連隊戦が終わって主君が帰っていらっしゃる夜、主君の寝所番を代われって言うんです!」
加州は縁側から上がりながら、色々察した。
「薬研兄さんが寝所番なんかしたら、主君は興奮して眠れません! 連隊戦でお疲れでしょうに、そんな。絶対代わりません! 健康第一、主君の血圧はこの前田藤四郎がお守りします!」
「前田が正しいわ。薬研。諦めな」
「昔は全員で雑魚寝してたのになぁ。世知辛くなったもんだ」
薬研が車輪椅子を立って、薬棚を漁る。絆創膏を探しているのだ。
「昔は俺と薬研と五虎退しかいなかったからね~」
寝所番は、審神者の眠りを守る夜警で極短刀の仕事の一つだが、警備とは名ばかり。
平和な本丸生活にあって、寝所番の仕事とは要するに審神者の添い寝だ。
今のところ、野生動物以外で本丸に外敵が侵入した試しはない。
寝所番は添い寝特権の別名であり続ける。
外敵が侵入した試しはない。
敵が。
敵は。
されど幕末では、勝てば官軍、負ければ云々。
「薬研兄さんであろうとも、主君の疲労回復を妨げるようであれば、僕は戦いますからね!」
「薬研。頼もしい弟だね」
「やらねぇぞ」
満足げに笑いながら、薬研が絆創膏を差し出す。
前田はつつけば破裂しそうなほど頬を膨らましたまま、照れ隠しかぷいとそっぽをむくと、ひょっと座った。
医務室には薬研からの賄賂と思しき菓子が積まれたちゃぶ台があって、前田の分だろう茶が湯気をあげている。
清光は受け取った絆創膏をその場で貼ろうと、傷ついた手を持ち上げた。
その瞬間、ばんとちゃぶ台を打って、前田が飛びすさった。
清光の肩が跳ねる。
薬研が驚いて弟を見た。
だんと音をたてて湯飲みが倒れ、床に落ちて割れた。
溢れた茶がひろがる。
前田は、なんと本体を抜いて、清光を睨み付けている。
「前田?」
薬研が落ち着いた声で弟を呼んだ。
前田は応えず、ただじっと、清光の傷口を見つめている。
清光は薬研と目を見交わすと、2人一緒に傷口に視線を落とした。
「あぁ……成る程な」
薬研が頷く。清光は首を振った。
「いや全然わかんないんだけど」
「加州。その傷、よく見せてくれ」
清光が返事をする前に、薬研は清光の手を取って、傷口を眺める。
薬研兄さん! と強張った声を出した前田を、薬研が手で制した。
「うーん……偵察値で判断しきれるもんでもないのかも知れん」
「えっちょっと何どゆこと?」
「……本丸開設からの付き合いだ。俺は加州を信じるが」
ところで薬研藤四郎は。
この本丸で最初に修行に行って、この本丸の極刀で最強の練度を誇る。
この本丸では一番強い。
つまり手をとり診られている今、薬研に本気を出されたら清光は秒で折れる。
「加州お前さん。加州清光だよな。この本丸の初期刀の。
……敵。に。なるはずがないよな」
清光は目ん玉をかっぴらいてあらゆる可愛いの定義を忘れた。
この本丸に外敵が侵入した試しはない。
とはいえ勝てば官軍、負ければ云々。
新撰組は歴史評価において、時にテロリストとも言われている。
信玄公にとっての謙信公、秀頼公にとっての家康公、源氏にとっての平氏。
敵。とは。
今まで侵入された事のない、“この本丸にとっての"敵、とは、何だろう。
敵、の定義如何では、加州清光が敵になるということもあるだろうか。
(誰の敵に? 主の? この本丸の?)