100日後に死ぬクズ   作:Anet

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1日目

「かんぱぁ〜い! ……んぎゅっ、んぎゅ、ごぎゅぎゅ。〜〜っかあああぁぁたまんねぇ……あはあ、へへ、頭悪い味すりゅ、あーはい、じゃあ、ね、ほら誕生日おめでとってことで、何歳だ、えっと、27? あ、27か! ついに! みんないままでありがと、あたし今年で死ぬから誕生日配信これで最後だねぇーえへへへへ」

 

 ふわふわとした快い感覚。その先に待つのは地獄だと分かっていても(あお)る喉は止まらない。止める脳みそもやられてしまっているのだから、当然と言えば当然だけど。

 

良い音

乾杯!!

乾杯〜

¥5000 誕生日おめでとうございます

今日もストゼロ?

おめでとー

どこから音鳴らしてんだ

口上が止まらん止まらん

27クラブ?

生きて

嬉しそうに死期を告げるな

¥1000 来年のケーキ代

 

「んあ? 今日はね、最近知り合った子の影響で鬼ころもあるよ、ゲロまじぃ〜〜!! あははっ!」

 

 つい先日、新宿の飲み屋街で意気投合した子が四次元ポケットもかくやという量の鬼ころを持ち出すものだから、ついつい見かけると買ってしまうようになった。まあワンナイトもいいところで、大して深い付き合いがあるというわけでもないけれども。

 刹那的に生きているからこそ、関わった人から何かしら成分を吸収する癖でもついてしまったのかもしれない。

 

飲み覚えたばかりの大学生でもまだマシだぞ

鬼ころは人の飲むものじゃない

↑ストゼロもな…?

お身体大事にしてください…

また持ち帰ってそう

 

「おいおいお身体大事って新顔か? あたしのことなんていいからさぁー……あー、なんか良いこと言おうとしたけどワカンネ」

 

 腕を伸ばした。ガタゴトと配信に音が乗る。視聴者の中には顔を顰める者もいたが、ほとんどはさあ始まるかと喜色を浮かべて耳を澄ました。

 

 この身を案じるコメントに鼻で笑うような態度で言い返そうとしたが、アル中の頭から特にかっこいい言葉が絞り出されるはずもなく、どこかにあったはずの信念も覚束ない。

 まあそれはそれで。もはや作詞をすることもないだろうし、言葉を手繰る才能は必要なくなった。なら。

 言葉(理性)よりも忠実な音だけ。

 

「ま、聴いてけよ」

 

初見に優しくしろ

始まるか

はじまるはじまる

wkwk

好きです

曲は?

 

「あーそうだなぁ、それこそジミヘンあたりから、どうっすかねー」

 

 手早くチューニングを済ませていく。

 

 体が揺れる。

 

 ゆっくりと(まぶた)を下す。

 

 邪魔だ邪魔だ。

 

 言葉も評価も。

 

 

purplehaze?

楽しみ

次は

なんか

 

 

 いいから

 

 

 

 

 音だけ

 

 

 

 

 さあ

 

 

「〜〜♪」

 

 

 

 

 

 どうか

 

 

「〜〜♪」

 

 

 

 

 

 どうか

 

「〜〜……」

 

 

 

 

 弾き終わる。

 音楽は続いていく。無音がある。

 

 思い出す。初めて音に触れた時を。この音の意味を。

 思い遣る。かの名手を。彼の抱えた葛藤と衝動を。

 物言わず、そんなほとんど忘れてしまった感傷をなぞり直すように2音、3音、転がした。

 

ああ…

すき

 

 薄目を開く。コメントの流れは既に止まっている。時を取り戻してやる。

 

「……ありがとう」

 

 それは、誰に呟いたのか。誰も知らない、誰も知らなくていい。君たちにもいつか分かるだろうから、今伝えず。

 

 パチパチパチと、それはもう小気味良いお手本のような拍手の音が──液晶の中でなく、背後から届いた。

 液晶の中では丸い矢印がくるくると回り、配信は止まってしまっている。恐る恐るヘッドフォンを外して振り向いた。

 

「……えっと、どちらさまで?」

 

 ぱちぱちぱちと、二度三度目を閉じ合わせて、知らぬ間に我が家に不法侵入した強面のおじさんを伺った。

 まったく知らないおじさんだ。普通に不審者案件であろうか。となるとこれからあたしは犯されて、腹のあたりを刺されて、明日以降の全国ニュースでなんか不幸な感じに紹介されるコースだろう。いえーいまだ達成してなかった地上波デビュー。挿されるのと刺されるのは順番逆かもね。趣味による。

 うーん、これもまあロックスターの定めか。27歳になる今日まで我慢してくれてありがたいね。昨日来られたら意地でも日を跨ぐまで息を絶やさないでいなければいけないところだった。

 

 そんな壮絶な覚悟をあたしが決めているとも知らずに、推定加害者おじさんは一枚の紙を突き出した。

 

「差押えです」

「あっ、ふーん……。ノックしてよ」

「インターホンを押しましたが長時間応答がなかったため強制執行とさせていただきました」

「あー、防音室。あとヘッドホンもか」

 

 おじさんに背後を取られてしまった理由が分かった。いやまあ一般人だから別に背後の気配感じれるとかそういうのはないけど。でもこんなずかずか入ってくるものなんだね、債権での差押えって。

 

「弾き終わるまで待っててくれたの?」

「……実力行使は最終手段で、基本的には協力していただく形ですので」

「ふーん、優しいんだね」

「そちらの楽器類も差押えの対象です」

「え、うそ、これはむり。家でもなんでもあげるから、むりだって」

「……ご自宅も既に差押えの対象です」

 

 差押えの対象を一覧とした紙を差し出して、おじさんは表情を変えずに言い切った。

 その言葉を合図とするように、さらに複数の人がやってきて家のものにペタペタシールを貼ったり持ち出したりし始める。

 呆然とするあたしからおじさんはそっとギターを奪い、丁寧に他の男の人に渡した。ぎゅっと握りしめて離さないつもりだったのに、お腹の辺りから力が抜けてしまっているようでスルリと取り去られてしまった。

 

「……そんなに膨らんでた?」

「二転三転転がって、雪だるまのように膨らんでいたようです」

「そっか」

 

 逃げ出したり暴れたりしないか見張っているのか、おじさんはあたしの横でずっとぼーっと立っていた。

 家がまるで新居のように綺麗になったあと、おじさんは静かにあたしに尋ねた。

 

「……あれだけの演奏をする腕があって、優れた機材もあって、なぜここまで借金をされたのですか? 十分な収入を得るだけの基盤はあったでしょう?」

 

 やっぱり、おじさんはあたしが弾き終わるまで待っていてくれたらしい。

 あたしの音を邪魔しなかったというただその気遣いは喜ばしいが、ギターを奪われ、それこそ魂を抜かれたようになっていたせいか、返した言葉はひとつだけだった。

 

「しょうもないじゃん」

 

 どうしよう。どうしようもない。こんな死に方か、まあ相応しいか。

 27になって、自業自得で魂奪われて、自暴自棄で絶望してセルフフィニッシュ。あたしの人生、自己満オナニーの終わり方ならそんなもんだ。

 犯すよりもよほど大切なものを奪っていったおじさんは、虚空を眺めるあたしを気遣うように口を開いた。

 

「不動産……ご自宅に関しては、今日から住めなくなるというわけではないです。ただし雨傘さんの所有物ではありませんので、なるべく早いうちにご友人などと連絡を取って住居を確保いただくのがよろしいかと思います。また差押えの際の債務者側にもいくつか選択肢はありますので、調べてみてください」

 

 家はしばらく住んでても怒らないよって言われた。

 あとは、スマホとか、ハンコとか、くそどーでもいいものも生活に必要だからって残された。

 

 生活に必要なもの以前に、生命(音楽)に必要なものを奪っただろうとは思うけど。思うだけ。

 悪いことをしたら怒られるのは正しくて、金から逃げ続けたあたしは怒られるべきである。

 

 あたしの音は世界で一番美しいけれど、世界は(約束)で回っているので。

 

 ふらっと家を出た。

 おじさんは引き留めなかった。それはそう。

 

 

 

 

 京王井の頭線は結構線路上に入りやすくて良いと思う。すぐはねてもらえそう。

 ああいや、思っただけ思っただけ。電車への投身こそしょうもないからやんないよ。

 

 ただ、ふらふらっと線路沿いに歩いて。

 吉祥寺駅の甘ったるいパンみたいな香りが鼻から抜け切った後、富士見ヶ丘、永福の辺りは闇に溶けてしまえそうなくらいに灯りが少ない。

 明大前の明るさに顔を顰め、再び帰ってくる闇夜を月明かりで這いずった。

 昼間は学生が蔓延る下北沢もこの時間となれば酒カスヤニカスヤクカス共が夢の跡。

 

 絶望をほんのりと慰めてくれるカス達のゲロに、ぼそりと呟いた。

 

「あ〜〜ぁ、心中してくれる相手でもいねーかな」

 

 なんて傍迷惑。呟いただけなので。許せ。

 当然誰が答えることもなく、月が滲んだ。

 

 人は基本的にひとり(ぼっち)なのであーる。




死まであと99日
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