【とある料亭】
店に到着したシリウスは個室に案内された。
個室の戸を開くと眼鏡をかけたシンボリルドルフが座っていた。
「久しぶり。理事長に振り回されたな、お互い」
「フン」
ルドルフの挨拶をあしらいシリウスがルドルフの正面に座る。
「君から声をかけてくれて嬉しいよ」
「まるで何を言いに来たか全てお見通しってツラだな。相変わらず気に食わねえ」
「古い
「嫌味か?」
「いや。部分的に遅れはあってもどうにか回っていると<上>から報告が来ている」
(上・・・)
予想はしていたが、やはり「生徒会のその上」はルドルフに状況を報告していたと知り、自身は傀儡のようなものだったと改めてシリウスは思った。
「玉座の座り心地は想像以上に悪い。堅苦しいお前にお似合いだ。もっとも、私が望んだものでもなかった。端的に言う。私は会長を辞める」
「1ヶ月になるか。君の後任は決まってるのかい?」
「目の前にいる」
なんとか名前を言わせたいルドルフと、言いたくないシリウスの鍔迫り合い。
「そうか。直々の任命ありがたく受け取ろう。それにしてもシリウス、君を会長とした理事長の意図を君はどう読み取る」
「さぁな。お前の政権では見られないもの、味わえないものを生徒たちに体験したかったとかそんなものじゃねえのか?」
「そうだな。だが私は理事長なりに
「考えすぎだろ。たかが一生徒だぞ」
「確かに考えすぎかもしれない。だがシリウス、この1ヶ月私の復帰を望んだ事はなかったか?」
「・・・別に」
返答の前にわずかながら間があった。
「そうか。私はこの1ヶ月、何度も君を支えたいと思った」
「・・・」
「だが、君を任命したという理事長の事もある。迂闊に手を貸すのは良くないと踏み動かなかった」
「私のミスだ。迂闊に飼い犬の言う方向に進んだ結果、面倒ごとに巻き込まれた」
「ふふ。そんなところだろうと思った。昔から君は頼まれると断れない所があるからね」
「チッ」
個室の空気は頻繁に変わった。
緊張感があるかと思えばふっと気が抜けるようにルドルフが笑い、砕けた空気になる。
「いつも私の手が届かない所を見てくれていて助かっていた。これからもよろしく頼むよ」
「何のことだか。そんなに会長に戻れることが嬉しいのか?」
「純粋な気持ちだよ。毎日のように併走していた時から、今までお互いに変化した部分も多い。だが、根っこの部分はきっと変わっていないな」
「昔話をしにきたわけじゃないぞ」
「
「!」
それが、シンボリルドルフ幻の海外遠征の事をさすことはシリウスには一秒もかからずともわかった。
「まるで絵物語だが・・・あの時から、私たちは道を違えた気がするんだ」
「もう一度言う。昔話をするつもりはない」
「そうか」
「それに別に違えちゃいねえだろ」
「おや?その心は」
「お前みたいにふんぞり返ってる奴を見張ってる奴がいねえと、世界は成り立っていかねえだろって言ってんだ。道が違ったらそれもできねえ」
「・・・ふふ。一本とられたな」
雰囲気が柔らかくなったいいタイミングで食事が運ばれてきた。
釜飯に魚の塩焼き、吸い物に酢の物、小鉢と和風一色の身体に優しいものだった。
2人は無言で箸を進めた。
・・・
「ルドルフー!この野菜まずい!食べて」
「しょうがないなぁ。いい加減好き嫌い克服しろよ!」
「うるせえ!私は肉が好きなの知ってるだろ!」
「はい!じゃあ今日は肉ちょっとだけあげる!交換ね!だから次は野菜ちゃんと食べてよ!」
・・・
シリウスの目が一瞬、過去を観た。
「さて、今日は金曜日。きりがいいな。次の月曜から我々が復帰ということでいいかな。これからも呉越同舟、それぞれの持ち場で頑張っていこう」
「呉越は根っから敵だろ」
「ん?」
「私たちが敵になるのはターフの上だけだ、違うか?」
表情の硬かったシリウスの顔が少しだけ柔らかくなった。敵などではない。
食事をする中で、「仲間としてのルドルフ」「頼もしいルドルフ」「私だけのルドルフ」を感じたからだろうか。
シリウスは自分の事についてあまり考えない。考えてもすぐに切り替える。
言外の感情を読み取ったルドルフが、笑顔で訂正した。
「・・・そうだな」
ルドルフはこの訂正に今のシリウスの限界の親しみがこもっていると思った。そうでなくても、そうだと思おうと決めた。
「お前に会長に戻ってもらうと決めてから仕事には手をつけてない。覚悟しとけ」
「問題ないさ。君のサポートをしてくれたクリスエスやオペラオー、ギムレットたちにも私から個人的にお礼を言っておくよ。あと、君の周りにいる子たちにもね」
「好きにしろ。お代はどうする」
「理事長が払うことになっている」
「この食事も理事長もちかよ。酔狂なヤツ・・・じゃあな」
話はまとまった。
こうして次の月曜日、急遽生徒集会が開かれ、諸事情により仕事ができなくなっていた自分に代わり、理事長がシリウスシンボリを任命したとルドルフが説明。
憶測は広がりはしたものの、ルドルフが返り咲いてから次第に元通りのトレセン学園が帰ってくると「幻のシリウス政権」の事は誰も気に留めなくなった。
「シリウス先輩ー!!!」
その日の放課後、レース場でウォーミングアップをしていたシリウスシンボリのところに、ウマ娘たちが集まってくる。
「寂しかったですよ~!!生徒会室なんかにこもっちゃって!!」
「フン、鬱陶しいやつら」
言葉と表情は矛盾していた。
シリウスの表情にはどこか安心したような緊張のほころびがあった。
「シリウス、元通りになってよかったなぁ?」
「フッ。あいつには玉座は似合わねえよ。どうだ、この後一勝負しないか」
「望むところだぜ」
「んじゃ、玉座を降りれたお祝いにアイツも誘ってやりますかね」
遠巻きにそれを見ていたナカヤマフェスタとゴールドシップが、シリウスのもとへ歩み寄っていく。
「ああ・・・なんてことだ・・・副会長になれたと思ったら1ヶ月で降板だなんて!」
「で、でもオペラオーさんは、副会長じゃなくても輝いてますう~・・・」
「よくぞ言ってくれた!我々の覇道はまだ始まったばかり!これからも共に行くぞドトウ!」
「はいい~」
オペラオーとドトウの様子を後ろから見ていたタニノギムレットが、シンボリクリスエスに言う。
「やはり我々は、会長だなんだという枷のない状態で戦うのが一番だな」
「そうか?なかなかいい経験をさせてもらったが」
「ハハハ!さすがは我がライバル、意見が合わない!だがそこもまた燃える要因だ!これからもお互い全身全霊をぶつけようじゃないか」
「ああ・・・いつでも受けて立つ」
【生徒会室】
「カイチョー!!」
「おいテイオー!まだ掃除が終わってないんだぞ!」
「エアグルーヴ道具どこ?ボクも手伝うよ!」
「今は人手が必要だ。テイオーに手伝わせてやってくれ。ブライアンも、掃除頼むぞ」
「私だけでもクビにしてくれて構わんのに・・・」
(ふふ。雑ではあるが・・・急な会長職をよくこなしたな、シリウス)
間違いなく治安は悪くなったが、シリウスの生徒会のもとで非日常を体験し刺激を得た者、或いは本格的にレースの、生活のコツを掴んだ者もいた。
その後どうするかはそれぞれの歩みに委ねられる。
【理事長室】
理事長室にはレース場の様子を見る秋川やよいと駿川たづながあった。
「理事長ったら全く危ない橋を渡るんですから。とんだ大博打だったんじゃないですか?」
「実はシリウスがやってきたあの時は夜遅くて眠たくてな。彼女を会長にすると言ったことをあまり覚えていない。次の日の発表を見てそういえばそんなことを言ったなと・・・」
「ちょっと理事長!いつまで仕事をされてたんですか?この前居残りはしないと約束を・・・」
「た、たづな!見ろ!あの子すごくいい走りをしているぞ!」
「こら誤魔化さない!ちゃんと休息してくださいと言ったばかりじゃないですか!」
「と、ともかく!シリウスシンボリという一等星は揺るがない事、シンボリルドルフという絶対もまた、そう易々と揺るがないことを学園の誰もがもう一度認識していくことになるだろう」
「何まとめようとしてるんですか、全く・・・」
たづなの
「いいものだな。共に爪を研ぎあう仲。立場が変わったとしても、互いの芯を信じる絆。みんな思いは同じで、二度とない時間を同じ場所で過ごす・・・。たづな、こういうのを何というか知っているか?」
「なんというのです?」
「青春ッ!」
今日もターフに、汗と涙が光る。
読んでいただきありがとうございました。