四月。温かい陽光が射しこむ四ツ星学園の構内は新学期特有の喧騒に包まれていた。行き交う生徒達は笑顔を浮かべ、このアイドル学校で迎える新たな一年に胸を躍らせている。
そんな生徒達に交じって一人の少女が歩いていく。
鮮烈な真紅の瞳。透き通るような色白の肌。波打つ銀髪は青味を帯びて雪消の水を思わせる。凛とした姿と表情が醸し出す冷気のオーラに、すれ違う人は思わず振り向いてしまう。
少女は学園長室の前で室内から漏れる話し声に気づき、ピタリと足を止めた。
「この前話したテレビ番組の件だが」
話し声の主は諸星学園長。机に両肘をつき、顔の前で手を組んでいる。その向かいには教師の響アンナが立っていた。
「アフリカからやってきたホワイトライオンを紹介するってやつですよね」
「うむ。その番組だが、クライアントは話題性を持たせるためアイドルを起用したいらしい。二名ほど手配してほしいとオファーが来ている」
「アイドルの指定は特にないんですね。動物に縁があって、二人組と言うと……」
アンナ先生が少し思案するような仕草を見せた、そのとき。
ヒュオオオオオオ……
突然、室内に猛吹雪が吹き荒れる。
「何事だ!」
「さ、さむっ!」
二人は凍てつく風を手でガードしながら、吹雪の発生元と思われる入口の方を見た。
やがて吹雪が収まり、そこに少女の姿が浮かび上がる。
少女はキッと二人を見据え、凛とした声で言い放った。
「話は聞かせていただきました。そのお仕事、この白銀リリィと二階堂ゆずにお任せいただけないでしょうか」
思わぬリリィの登場に静まり返る学園長室。
外の廊下を歩く生徒達の声がやけに大きく聞こえてくる。
「なんだ白銀、この仕事に興味あるのか?」
突然の事に少し面食らっていたアンナ先生がようやく口を開いた。
「はい。私とゆずが結成したユニット、ゆずっとリリィのコンセプトは『アニマる』――野生動物のように本能や気持ちの赴くまま行動することです。実際に動物の生き様を追うことで今後のユニット活動のヒントを掴めればと思い、志願させて頂きました」
「そういえばこの前お披露目ステージだったな。これから本格的に活動開始ってわけか。私は問題ないと思いますがどうですか、学園長?」
「確かに動物というユニットのコンセプトに合っているし、二人はバラエティ番組の司会などをこなし天然なキャラがウケている。そしてなにより――」
学園長に視線を向けられて、アンナ先生はニヤリと笑みを浮かべた。
「このホワイトライオン、名前をリリィというのだ。なんとも出来すぎた話じゃないか」
リリィの目が見開かれる。
「私と同じ名前とは……驚きました。これも何かの巡り合わせかもしれません。このお仕事、ぜひ私達にお任せください」
「うむ、いいだろう。この件は白銀と二階堂に任せよう」
「ありがとうございます!」
こうして二人が仕事を受けることに決まった。
「さて、ドア越しに聞こえていたかもしれないが、改めて説明しよう。先日きらきらサファリパークにホワイトライオンがやってきた。そのライオンを紹介する番組を制作する……というのが今回の仕事の内容だ。二人には、ライオンの生活をしばらく密着リポートしてもらう」
「『しばらく』というと……単発ではないお仕事ということでしょうか」
「そうだ。収録は数回に分けて行われる。その間、餌やりや掃除などの世話も手つだってもらいたい。どうだ……できそうか?」
「無論です」
リリィの返事に満足げに頷く学園長。
その後、番組制作の日程について軽く確認し、今日は解散ということになった。
「それではこの事をゆずに伝えてきます。ゆずならきっと素晴らしい番組にしてくれるでしょう」
リリィは失礼致しますと告げて退室した。
「ゆずならきっと……か」
アンナ先生はリリィの言葉を繰り返し、
「ユニットの舵取りは二階堂に任せて、自分はサポートに徹しようとしている感じですね」
「二階堂の活躍は目覚ましいからな。S4戦三連覇、熱闘サマーダンスバトル優勝……実績を挙げればきりがない。その二階堂が世界中からのオファーを蹴ってまでユニット結成を持ちかけたのだから、白銀は引け目を感じる部分があるのかもしれない」
「でもユニットは二人が力を合わせてこそ真の輝きを放つ。今度の仕事で二人がなにかをつかめればいいのですが……」
アンナ先生と学園長は、リリィが出ていったドアをしばらく見つめていた。
「ねえリリエンヌ」
きらきらサファリパークに向かう車の中、二階堂ゆずはリリィに昔からの愛称で呼びかけた。
窓の外の景色を眺めていたリリィがゆっくりと振り向く。
「いよいよだね。なんだかワクワクしてこない?」
ゆずは幼馴染の顔をじっと見つめた。ぱっちりと開いたライム色の瞳は、楽しいことばかりを映しているようにキラキラと輝いている。
リリィは眩しいものを見るように目を細めた。
「ええ、私も胸の昂ぶりを抑えきれません。ようやく二人のユニット活動が幕を開けるのですから」
ゆずは腕を組み、うんうんと頷きながら、
「リリエンヌとアニマれるのすっごく楽しみだゾ。このお仕事を手始めに、二人でどんどん楽しい夢を叶えていこうよ」
「そうですね。赤毛のアンも言っています。一つの野心を実現しても新たな野心がさらなる高みに輝いている、だから人生は楽しいのよ、と」
「名言きたゾ」
ゆずはウインクしていつもの決め台詞(?)を返す。
「それにしても、今回はリリエンヌがいきなりお仕事を取ってきてビックリしたゾ」
「学園長とアンナ先生の話を漏れ聞き、勢いで引き受けてしまいました。迷惑だったでしょうか」
「全然!楽しそうだからノープロブレム!リリエンヌはどうして引き受けようと思ったの?」
「動物のお仕事の話を偶然耳にしたことに運命めいたものを感じたからです。ホワイトライオンの名がリリィであると知り、その思いはより強固になりました。それに……」
リリィは言いよどんだ。
「リリエンヌ?」
「いえ、なんでもありません。それより、そろそろ目的地に着くようです」
車はサファリパークの入口ゲートをくぐって駐車場に入っていった。
「カメラ回りまーす!5秒前、4、3……」
撮影スタッフが指でカウントダウンし、
「ゆずっと密着☆リリィちゃん」
二人が息を合わせてタイトルコールをする。
「みなさん、こんにちは。ゆずっとリリィの白銀リリィです」
「二階堂ゆずだゾ」
「さて始まりました新番組『ゆずっと密着☆リリィちゃん』当番組では、きらきらサファリパークで人気のホワイトライオンを密着リポートしていきます」
「二人でライオンのお世話をしながら、お茶の間にホットな情報をお届けするゾ」
「奇しくも私と名前が同じリリィちゃんの魅力を伝えられるよう努力して参ります。それではさっそく会いにいきましょう。飼育員の宮田さん、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
リリィ達は宮田さんの案内で園内のアフリカゾーンに進んだ。
「ご覧ください。たくさんのライオンが草の上に寝そべっています。宮田さん、柵などは設置されていませんが、歩いて近づいても大丈夫なのでしょうか?」
「はい、普通なら車を使うところですが、ここのライオンは温厚なので大丈夫ですよ」
「なるほど。視聴者のみなさんは他の場所でライオンに遇っても、決して無防備な状態で近づかぬようお願いいたします」
しばらく歩いていると、宮田さんがある一点を指さした。
「あそこです」
その方向を見ると、雌のホワイトライオンが一頭、前足を地面に投げ出したスフィンクスのポーズでじっとこちらを見つめていた。
「ホワイトライオンのリリィちゃんです」
ライオンのリリィは首を軽く上げ、挨拶代わりに一鳴きした。
「今日からお世話させていただく白銀リリィと申します。以後お見知りおきを」
「二階堂ゆずだゾ」
自己紹介を済ませると、リリィはライオンのリリィにマイクを向けた。
「視聴者のみなさんに何か一言、お願いいたします」
さっそくインタビューを試みるが、答えは返ってこない。
「ニャニャ? ウニャニャ? ウニャニャ ウニャウニャ?」
それならと今度はネコ語で問いかけたものの、ライオンのリリィは眠そうにあくびをすると、そのまま横になり昼寝を始めてしまった。
「やはりネコ科の動物は気まぐれなようです。さて困りました。主役が寝てしまってはリポートができません。どうしたものでしょう」
リリィが戸惑っていると、ゆずが助け舟を出した。
「こっちは後回しにすればいいんだゾ。ライオン舎を先にリポートするのはどう?」
「名案ですね。それでいきましょう」
宮田さんに先導され、一行はライオン舎に向かった。
「お疲れ様でしたー」
初日の収録が終わり、撤収作業が始まっている。
慌ただしく立ち働くスタッフの合間を縫ってリリィはゆずのもとに歩み寄った。
「ハプニングもありましたが、なんとか無事終わりました」
「動物番組って何が起きるかわからないから面白いよね」
リリィは相槌を打ち、それから少し申し訳なさそうに、
「先ほどはゆずが機転を利かせてくれて助かりました。私もまだまだですね」
「気にすることないゾ。リリエンヌも頑張ってたし」
「いえ、あの局面は私が打開するべきでした。ゆずをフォローするのがユニットでの私の役割なのですから」
「役割?どういうこと?」
リリィの真意を図りかねてゆずは目をぱちくりさせた。
「アイドル一人一人に個性があるように、ユニットにはそれぞれのカラーがあります。ゆずっとリリィのカラーは、ゆずのような明るくてポップな世界観。私のブランド、ゴシックヴィクトリアの目指す世界観とは異なります。ですから私は、ユニット活動ではゆずのサポート役に徹しようと思い至ったのです」
ゆずは腕を組んで困った顔をした。
(うーん、またリリエンヌがこのモードになっちゃたゾ……)
リリィは生来内省的な性格で、常に自分自身を見つめ、高みを目指す努力を怠らなかったが、ときには必要以上に自分を低く評価し、遠慮してしまうことがあった。リリィがこうしたネガティブな思考から抜け出すには他人の働きかけが必要なことを、ゆずは昔からの付き合いで知っていた。
「リリエンヌ――」
ゆずは口を開きかけたが、
「すいませーん、次回の収録のことでご相談があるんですが」
スタッフから声をかけられたので、話は中断されてしまった。
(まあいいか。きっとまた話すチャンスはあるゾ)
ゆずは持ち前のポジティブマインドで気持ちを切り替えると、スタッフへの応対にあたった。
それから数日後の四ツ星学園の食堂。
陽あたりの良いテーブル席で虹野ゆめと七倉小春が話し合っている。広げたスケッチブックを指さし、うなずいたり首を振ったりとなにやら真剣な様子だ。
そんな二人のそばをゆずが通りかかった。
「フンフフンフフーン♪」
「ゆず先輩、こんにちは」
ゆずに気付いたゆめが声をかける。
「あっ、ゆめちゃんに小春ちゃん」
「なんだかゴキゲンですね。どこに行くんですか?」
「ゆずはリリエンヌに餌をあげにいくんだゾ」
「餌!?」
穏やかではない物言いにギョッとするゆめ。
「えーと、差し入れにいくってことですよね?」
「そう!リリエンヌは食欲旺盛で、生肉を1日6キロも食べるんだゾ」
楽しげに語るゆずに、ゆめと小春は思わず顔を見合わせた。
「リリィ先輩が肉をモリモリ食べてるところって想像できないんだけど……」
「しかも生肉って……」
小声で話す二人をよそにゆずはニコニコ顔のまま、
「ほかにも色々お世話があって大変なんだゾ。フンのお掃除とかね」
ゆめと小春の目が点になる。次の瞬間、
「ええーーーーーっ!?」
今度は二人とも大声で叫んだ。
「なーんだ。リリエンヌってライオンの事だったんですね」
誤解も解け、ホッと胸をなでおろすゆめ。
「ゴメンゴメン、ついうっかりしてたゾ。このままだと紛らわしいよね。うーん……」
ゆずは少し考えてから手をポンと叩き、
「決めた!ライオンのリリエンヌはシシエンヌって呼ぶことにするゾ」
「そ、そうですか……」
相変わらずのネーミングセンスに、ゆめは妙な脱力感に襲われた。
「ところでゆめちゃん達は何してるの?」
「今度のライブで着るドレスについて打ち合わせをしてたんです」
そう言って、色々なドレスのデザイン案が描かれたスケッチブックを持ち上げて見せる。
「そっか……。二人もゆず達みたいに、幼馴染同士でアイカツ!をやってるんだよね」
「はい。気心の知れた仲ですから、お互いに遠慮せずどんどんアイデアを出し合ってます」
「ときどき議論がヒートアップして言い合いになっちゃうけどね」
小春が付け加えるとゆめはうなずいて、
「でもそれもきっと大事なことなんです。本気で意見をぶつけ合うからこそ、いいドレスができる。私達はそう考えてます」
ゆずは何か思うところがあるのか、感心したようにうんうん、と相槌を打っている。
「リリィ先輩とのユニットはどうなってますか?」
ゆめは話題を変えた。
「今はシシエンヌの密着リポートをやってるんだ。初日からちょっとしたハプニングがあったけど」
「ハプニング……ですか?」
ゆずはうなずくと、事の顛末を二人に説明した。
「へぇー、いきなり寝ちゃうなんてそのライオンも自由ですね。ゆず先輩みたい」
「ゆずは人と話してるときに寝たりしないゾ!」
ムキになって抗議するゆずに、二人はフフッと笑みを浮かべた。
「でもそういう自由さも大切だよね。リリエンヌもシシエンヌみたいに、もう少し気を楽にして――」
ふいに言葉が途切れる。何かひらめいたのか、ゆずは顔を輝かせて、
「いいこと思いついたゾ!二人ともありがとう。じゃあゆず、行ってくるね」
「え?あの……」
戸惑う二人をよそに風のように立ち去るゆず。
「なんかよく分からないけど……役に立てたのかな?」
「うん……」
残されたゆめと小春はぽかんとしてその姿を見送った。
時間がかかってしまうかもしれませんが、そのうち続きを書きたいと思います。