うららかな春の一日。
きらきらサファリパークの動物達は爽やかな風に吹かれ心地よさそうに微睡んでいた。収録に携わるスタッフ一同も自然と笑顔を浮かべ、楽しげに仕事に従事している。
リリィは、眩しい陽光を手で遮りながら雲一つない青空を振り仰いだ。
「今日もいい天気ですね」
そうつぶやいてライオン舎に向かって歩き出す。
と――。
視界の隅に津根二見照(つねに・みてる)ディレクターの姿が映った。腕組みをして何やら思案しているようだ。
「どうされたのですか?」
リリィが近づいて尋ねると、津根二Dはサングラスの位置を調整してリリィに向き直った。
「いや、もうちょっと撮れ高が欲しいと思ってさ。ほら、シシエンヌちゃんって寝てることが多いじゃない?」
リリィという名前はやはり紛らわしいので、シシエンヌという呼称がスタッフ間のコミュニケーションでも使われていた。
「確かによく寝ていますね」
地面に横たわっているシシエンヌを見てリリィがつぶやく。
撮影初日からずっとこの調子で、元気よく走る姿はほとんど見られなかった。津根二Dが撮れ高を気にするのも無理のないことだった。
二人の会話に宮田さんが加わる。
「ライオンは1日に15時間寝ると言われていますから。狩りは失敗することもあるし、いつ食事にありつけるかわからないので、普段は余計なエネルギーを使わないように体を休めているんですよ」
「なるほど、野生で暮らしていたときの本能が今も残っているのですね」
「シシエンヌは節電モードかぁ。なんだか学園長みたいだゾ」
ゆずはいつも薄暗い学園長室を思い出してつぶやいた。
その言葉にリリィは微笑し、それから真顔になって、
「しかし、ここまで節電する必要があるのか疑問が残ります。この場所では十分に餌が与えられ、飢える心配はないというのに」
ふいに、シシエンヌが目を開いた。
リリィはその瞳をじっとみつめる。その瞳に映るものを読み取ろうとする。
そこに浮かんでいたのは倦怠――リリィにはそう思えた。
「もしかして、彼女は退屈しているのではないでしょうか。平凡な日常に倦み疲れ、仕方なしに寝ているのだとしたら――」
シシエンヌが1つ、大きなあくびをする。リリィの疑問を肯定しているかのように。
「やはりそうでしたか。私達は番組を面白くすることに気を取られ、彼女自身に楽しんでもらうことを忘れていたのかもしれません。ゆず、私達で彼女のために何かするへきではないでしょうか」
「うん、そうだね。撮れ高のこともあるけど、せっかくできた友達が退屈そうにしてるのはつまらないゾ。シシエンヌが退屈しないように、色々な企画を考えようよ。なんてったって――」
ここでゆずはタメを入れ、いつもの決め台詞を言い放った。
「楽しいのが一番!」
しかし、「楽しいこと探し」は思いのほか難航した。
ボールを与えるなど色々試してみたものの、シシエンヌは一向に興味を示さないのだった。
「ちょっと休憩にしようか」
津根二Dの一言で休憩時間になった。
リリィは目を閉じて企画内容について考えていたが、ふと横を見ると、さっきまで隣にいたゆずが見当たらない。
「ゆずはどこに行ったのでしょう」
リリィが周囲を見回すと、ベンチに座ってアイカツ!モバイルを操作しているゆずが目に留まった。
「何を見ているのですか?」
リリィはゆずの隣に腰を下ろした。
「アイカツ!のニュースをチェックしてるんだ」
ゆずは画面をスワイプしてニュース記事をスクロールしていたが、ふいに指がぴたりと止まった。
「あっ、これ見て。あこちゃんが主演する映画の予告編動画が出てるゾ」
ゆずがアイカツ!モバイルのボタンを押すと、端末の画面に表示されていた動画が空中に投影される。
「M4も出演して話題になっている『アイドルはマーメイド』の劇場版ですね」
「あこちゃん扮するマーメイドとM4の二人をめぐる三角関係の話みたいだゾ」
「フフッ、劇中でもリアルでもあこさんの恋の行方から目が離せませんね」
ゆずとリリィが話し合っていると――
突然、二人のうなじに熱い息が吹きかけられた。
振り返ると、二人の間を割るようにしてシシエンヌが顔をのぞかせていた。前足をベンチの背にかけて何かをじっと見つめている。
「シシエンヌ、どうしたの?」
二人がシシエンヌの視線を追った先には、空中に投影された件の動画があった。
「どうやら『アイドルはマーメイド』が気になるようですね」
ようやく興味を示してくれるものが見つかり、安堵するリリィ。
「映画本編も見せてあげたいところですが、あいにくこの映画は未公開。今は予告編で我慢してもらうしかありません」
「それなら撮影現場を見学させてあげるのはどう?あこちゃんに頼めばなんとかなりそうだゾ」
「それは素晴らしいアイデアですね!」
早速あこに電話をかけるゆず。
「もしもし……あこちゃん?」
『あっゆず先輩、こんにちは』
「忙しいところごめんね。あこちゃんが出演している劇場版『アイドルはマーメイド』のことで話があるんだ。映画の撮影ってまだ終わってないよね?」
『ええ、あと2週間ぐらいはかかる予定ですわ』
「よかった。撮影現場を見学させてもらうことってできるかな?」
『え?それは大丈夫だと思いますけど……。急に見学だなんて、どういう風の吹き回しですの?』
「『アイドルはマーメイド』に興味がある友達がいてね、その子に撮影現場を見せてあげたいんだ」
『なるほど、ゆず先輩のご友人の希望とあれば、無下にはできませんわね。監督に見学の許可を申請してみますわ』
「ありがとう!じゃあよろしくね」
ゆずは通話を切ると、リリィにサムズアップをしてみせた。