防壁が更に広く横に伸びているのが見えてきた辺りで、私は道を逸れそこらの岩陰に入る。まー見張りなんていないと思うけど念のためだ。
今回私は一緒に遊んでいたフレ達と、外部コミュニケーションツールを使って集合できていないので、セオリーを知らないクーと共に都会に入る事になる。
世界は生まれたてなのでプレイヤー面に関しては大丈夫だと思うが、NPC君は世界が生まれた時からの付属品なのでもうできあがった状態なのだ。隣のクーとかね。
フレ達と一緒なら余裕で、そして一人なら状況次第でどっかのグループを乗っ取って拠点を確保し、襲い来るNPC・プレイヤーと争いながら強化していくところだったが……まま、最近はパッチの影響で最初っから荒っぽい手段取るより、潜入して内部瓦解させた方が楽になってきてたし、そっちの手段取りましょ。
しかしそうなると、この腕が獣となったクーをどうするかが一番の鬼門なんだよなぁ……やっぱり、NPC君も異形っぽいクーを見たら怖がって攻撃してくるとかあるし……。だからと言ってクーを置いてはいけない。安全が確保できたらクーも『都市』に入らせるとしても、その安全が確保できるのがいつになるかわからない。
うーん……。やはり安定は工業大学だろうか。あそこのグループは比較的善人が集まりやすいしなぁ。
逆に人間じゃないモノをノータイムで攻撃してくる傭兵会社はダメだ。あそこにクーは連れていけない。
……工業大学がダメなら、妥協して国立病院か? あそこも一応、攻撃されるってことはないだろうけど。クーにとっては研究所に戻るような居心地の悪さがあるかも。
ま、ダメそーならゆっくり時間をかけて殲滅ルートに入りましょ。一週間分は食料あるし、クーを引率するのだって私ならできるはず。クー戦闘センスあるから多少楽できるはずだし。
よっし。じゃあ第一計画は、中で工業大学を見つけてそこのグループに仲間入りするってことで!
「クー、今からちょっと大事な話するね」
「ぅえ? うん」
私は車体を完全に止め、真剣な顔をしてクーを向く。もちろんサイドブレーキなんてかけてない。というかこの車に付いてない。
体を車の窓にぴったり張り付かせ、どうにか岩を避けて『都会』を見ようとしていたクーも、私の真面目さが伝わったのか座席に整い直した。
「私たちは今から、あの『都会』に入ります」
「うん」
「『都会』には人がいっぱいいます。クーが前にいた研究所って所より人がいます」
「うん」
「その人たちは、クーの事をまぁ怖がります。何故なら大勢の人間にとってクーは異常だからです。クーの右腕はともかく、人や犬を食べることは、大勢の人間には異常に見える」
「………………」
「クーにこっちへ来るなと言ったり、化物と言ったり、石を投げたり、銃で撃ったりしてくる人もいます」
「……うん」
「クー。私はクーの事を、そんな風には扱わないけど……今のクーは、そうされるような体であるということを知っておいてね」
「……わかった」
私は悲しそうな顔をして下を向いてしまったクーに苦笑すると、身を乗り出して頭を撫でた。クーは目を閉じてそれを受け入れる。
「クー。私が生活しやすい環境を整えるから、しばらくは言う事を良く聞いてね?」
「ん……」
クーは私に頭を差し出すようになり、もっと撫でりと表現してくる。
……正直、クーのためにここまでする必要があるかと考えるとそこまでない。戦力としてみればかなり頼もしく、レアなウィルス変異ということもあり今後も期待できる。このリアルとなった世界じゃあ繊細な作業は無理だろうが力があるのは色々と応用が利くだろう。何より裏切らないということが大きい。
けど裏を返せば、クーの利点なんて
自分の血肉を差し出して? 他プレイヤーが先に強化されていって? フレとの合流を遅らして?
だが、私は自分が異常であると認識した瞬間から、普通を学ぼうとし普通を演じることにした。未来ある子供は、人として守り支援すべきなのだ。
そこが抜け落ちた時、私は死に残るは殻だけになる。
余裕は持った方がいい。こんな世界だ。自分でも気づかないストレスがかかっているかもしれない。クーを育成するのは私にも利があるのだ。
……まぁ、色々と。自分を納得させるような言葉をつらつらと並べてはいるが。
「……結局、割と絆されてるんだよなぁ」
顔を寄せ、私の手にすりすりと自分の頬を押しつけてくるクーをぼんやりと見ながら、私はそう呟いた。
私にだって一般的な感性は残っている。クーが可哀そうってのも可愛いって思うのも本心だ。それを自衛のために、効率で抑え込んでいただけで。
NPCと割り切るのは簡単だが……それでも、この世界で初めて出会った、この世界の被害者。できる限りの事ならしてあげようじゃないか。私は根はいい奴なんだ。
「まずひとーつ。私がいいよって言うまで絶対に喋らない」
「ん! お口ぬいぬい!」
「その研究所特有の語彙なんなの? 語彙モジュール追加する? まともかく、クーはなんかそーなった心理的苦痛で声を出せなくなった的な設定で行くから、私の服ずっと掴んで私の後ろでついてくる……って感じで」
「! くーの学校にも、けんきゅーじょ? でも、そういう子いたからだいじょうぶ」
「ならばヨシ。ふたーつ。私以外の言う事を聞かなーい。基本的に私とずっと一緒にいて、対応も私がするけど……それでも一人にする状況はあるかもだから。その時に「お前のねーちゃんからの伝言だ」とか言われても、全部無視してね。この人なら大丈夫ってのあったらその都度言うから」
「やっぱりその人たちもわるい人だから?」
クーはこてんと首を傾げてそう聞いてくる。可愛く背徳的だなぁ。だからこそ右腕を突破して欲望をぶつけてきそうな奴がいそうなんだけど。
「どっちかっつーと悪い人だけど、正しくはクー相手に悪い人になる、が正しいかなぁ。クーは身体目的で相手を悪い人にさせちゃうんだよ」
身体目的(異形を嫌っての殺害)(珍しい症例の実験体)(純粋なロリコン)でね。
「くー、おいしそうなの?」
「そっちもあったか」
身体目的(食人癖)。
「美味しいか美味しくないかはさておいて。みーつ。殺人はいけないことです。この人美味しそうだからって飛び掛かって噛みついちゃいけません」
「ゾンビはいいの?」
「ゾンビはいいの。あれもう死んでるから。でも人を殺すと面倒な事になるから、少なくとも勝手にやっちゃいけません。お腹が空いてもダメ。……ご飯は私が用意するから、勝手にそこらの
「わかった!」
クーとお約束を決めた結果大分束縛激しい女みたいになっちゃったなって思ったけど、クーからは元気のいいお返事が得られた。お前本当に内容理解してるんか? 元気よく答えられるような内容じゃないはずなんだけど。
『都市』への進入は静かだった。歓迎の
防壁の中は、想像よりも都市の形を保っていた。リアル化したからだろうか。それとも世界が産まれたばかりでプレイヤーがあまり争っていないからかな?
気を構えていたのが無駄になって気が抜けつつも、警戒は怠らず車を静かに走らせていく。『都会』なんだから大通りを走らせて行けば看板があるはずだけど……あぁ、あったあったあれだ。
『都会』は京都程ではないが、比較的ブロック分けされた分かりやすい地形をしていることが殆どだ。よって大通りな今の道は、このままほぼ直通で反対側まで繋がっている。『都市』の正式な入口はわかりやすく4つ。NSWEそれぞれの方向だ。
そしてそれぞれの入口通ってすぐ辺りに、この『都市』に何があるかを大まかに記した地図の看板が置いてある。なお破壊不可オブジェクト。
看板の足元について、マップを見てみる。観光場所に置いてある地図なんて比べ物にならない大きさだ。これもうちょっと引いて見たいな。
と、思ったら看板の下に「お手元のプラスウォッチで読み取れます」と二次元コードが記されていた。わぁ助かる。
早速読み取って車に戻り、後部座席のクーにも見える位置でホログラムを展開させる。青白い光は次々と図形と文字を形取りマップを起こしていった。
「でも私地図見るのあんま得意じゃないんだよなぁ。え~現在地は……東か。狙いの工業大学まではーーー……傭兵会社ではないものの、激戦区になりやすいショッピングセンターの近くを通る事になっちゃうな。こっち側に回るとしても動物園が近いのが怖い。けどまぁ現実的なのはその二択か。クーはどっちがいい?」
「………………」
返事がない。
クーを見ると首を引っ込めて歯を食いしばってるような表情してた。
「クー? あ、今は喋ってもいいよ。喋っちゃダメなのは他の人と出会ってから」
思い出した。許可なく喋るな(誤解を招く誤解じゃない指示)つってたんだ。私とのお約束を律儀に守っててくれてえらいね。
「ぷはっ。そうなの? わかった。くーはねー、わんちゃんたちと会いたいからどうぶつえんに行きたいなー」
「動物園にワンちゃんはいないと思うが」
「えっ……じゃあショッピングセンターでいい……」
「はい」
じゃあこのまま大回りせずショッピングセンター通過するってことで。銃声の方向とはズレてるし、今は安全と祈っとこう。
しょんぼりとしたクーを放って、私はマップを改めて細かく見てみる。ここの『都会』……マートラという名前らしい。マートラは基本的な施設は抑えていて、レアな施設としては『道場』『遊園地』があった。ここは正直『美術館』の方がよかったかな~美術品の中には使えるモノもあるから。
そしてそれとは別に気になるものとして。
「『貸しコンテナ置き場』ねぇ……」
マートラの西部付近に存在する、それなりに大きな『貸しコンテナ置き場』。一応近くに中小会社、工場などはあるので、不自然ではないが……。衛星によりリアルタイムで更新されるマップに映されている図形が、コンテナの形である長方形がいっぱいというよりは、建物の正方形って感じなんだよなぁ……。
怪しいですねぇー怪しいですねぇー。これはゲームにおいて『都会』で1/5生成の『R社実験派出所』の気がしますねぇー。
ま、コンテナ整理倉庫である可能性も十分あるけどさ。ここが『R社実験派出所』だったら昨夜の襲撃の多さとか、道にいたゾンビの多さとか説明つくんだよなー。
「その『かしコンテナおきば』って何かあるの?」
「私がいるよ」
「?」
「クーもいるよ」
「えっ!?」
「まーワンチャンね。ワンチャン」
「わんちゃん!」
「ワンちゃんはいないかも」
「??????」
あ、クーの頭の限界を超えた。からかい過ぎたか。
前話で「研究所や工場こそないが……」を「一定ランク以上は生成されない」と変更。
いや都会に研究所とか工場ないの不自然だし……。