始まりは静かな風切り音だった。
ひゅんっ、と音を手元から鳴らせ、ワニの弓の弦がブレる。
青い軌跡を残しながら撃たれた矢は、不定期に揺れながら歩いているゾンビ集団、その先頭の一体の脳天にどすっとここまで鈍い音を響かせながら突き刺さり、ゾンビはその死涯を終えた。
途端、群れ全体が攻撃を受けたと判定され、白目無き真っ黒な目がギラつき首をぐるんと攻撃者のワニに向ける。
先頭にいたゾンビ達は真っ先に反応し、ワニの姿を見ると同時に走り始め、次の瞬間にはまた隣の一体は頭に矢が突き刺さり倒れた。
弓のスキルポイントの振り分けは特徴がある。
銃ならば弾丸強化(弾の種類以前に自分が使うと強化される)、取り扱い強化(リロード、照準速度、反動抑制)、照準補正、一定行動時強化……etc。銃というより遠距離武器には様々用意されている強化系スキルツリーだが、弓には絶対的にスキルの数が少ない。
火力振りのロマンという弓に準拠したのか、弓のスキルツリーには『離れ』『流れ』の二つしかスキルがない。それぞれ、火力上昇と速射上昇で、弓はこれ以上スキルは生えない。特化するにも程があるだろ。
その二つのうち、ワニは初期のスキルポイントの余り+レベルアップ分で『
眼から双眼鏡を離し隣を見ると、ワニは機械のような一定速度一定の動きで若干気持ち悪い動きをしていた。
この速度で射撃しててもワニ、エイムいいからなぁ……。ほら、ワンショットワンキルしてる、今ので8体かな。同レベル帯の銃だと、ヘッショしてもゴキブリよろしく死なないのでこうはいかない。ワンショワンキルは弓の火力のなせる業だ。こうして銃メインのNZWの世界で、弓に拘るワニとかいう奴が誕生したのです。
しかし仲間がいくら目の前で頭から矢を生やし倒れても、ゾンビ共にそれを恐れる感情などない。倒れた仲間の死骸(元より死骸だが)を踏みしめて、ゾンビはどんどん進行してくる。
目線だけ
なのでもっと減らします。私は手元のスイッチをオンにした。
するとドォオオオンと大きな爆発音が起き、ゾンビ共が吹っ飛ぶ。C4四個を使ったからかとても土煙が酷い。まぁこれで範囲内にいた奴等は死んだだろう。
C4は任意起爆ができる爆撃アイテム。プレイヤー相手だとこう上手くはいかないけど、愚直に突っ込んでくるゾンビ相手なら十分だ。
トラップってのは使いやすい。誰かどのタイミングで使おうと、一定の火力と効力は発揮してくれるのだから。
けど、これで用意しといたのは粗方お終いだ。後はトラップナシの戦闘、私が好きな全面戦争だね。密集しているところを狙ったとは言え、まだまだ半分は残っている。これを下げさせて
じゃあクーも今か今かと待ってるだろうし、私も行きますか。
と、その前に……。
「ほら、ワニ。なるべく痛くないようにしてよ」
私は用済みとなったスイッチをポイ捨てしながら、Tシャツを引っ張り首元を露出させる。『吸血鬼』って血肉であればどこでもよかったはずだけどまぁ気分的なアレだ。
「シアねぇのお肉……血……この身に宿す事が本当にできるなんて……優しくするね」
「気持ち悪い事言ってないで早くして、ゾンビ来るよ?」
「シアねぇには風情……シチュエーションの大切さを理解していない……」
ワニは不満そうな顔で言ってるが、私を食べて(物理)にシチュエーションとか求めないで欲しい。
下半身が吹っ飛んだゾンビに矢を打ち込み静かにさせる作業をしていたワニが、その手を一時中断させ、私の首元と胸(故意)にバックハグする要領で手を置き、ぺろりと首筋を撫でる。
ぞくぞくする背筋と、薄っすらと聞こえるクーの息遣いは若干私を変にさせ、これから捕食されるという未来は目覚めさしてはいけない被虐心を揺り動かしかけたが、ばつりという肉を噛みきる音と痛覚で一瞬で正気に戻った。
「っっっつぅ……!」
「まるで美味しくないけどシアねぇの血肉だと思うと不思議と興奮する」
「味の感想じゃないんだよねぇそれ……!」
ぜぇはぁ一瞬止まっていた息を再開させながら、恨めしい視線をワニに向けながら用意しておいたC-回復薬を腕に打ち込む。するとすっと痛みが引いていって、噛みちぎられた場所を触ると傷は既になくすべすべとしたカルシアの肌の触感が返ってきた。
「あぁ、僕のキスマークが……」
「キスマークの意を調べなおしてこい。まったく……」
首をぐるぐると回し、問題ない事を確認。Tシャツを引っ張って確認すると当然血が付いていたがまぁ気にしなくていいだろう。
大きく深呼吸して気持ちの切り替え。よし、それじゃあ行きますか。やっと戦闘シーンだ。
「じゃワニ、右展開するから。プレイヤーだけ気を付けて」
「了解。む、シアねぇから吸収した『体幹』のおかげが凄い弓撃ちやすい……」
「クー! ゴー! 行っていいよ! 1対ずつ相手するの意識してね!」
ホルスターから銃を引き抜き、適当に集団に打ち込みながら隣の家へと木板を走る。パンパンと軽い音を出しながらも弾丸は一定の威力を保証し、ゾンビ共のタゲは弓という特性上消音なクーから私に向く。
私に夢中なゾンビを横に一振りで3キルしたクーを視界の端で見ながらも足を動かし、ワニの建物から三軒離れた位置へ。ここまで来ればワニはしばらく攻撃に集中できるだろ。
「ゾンビエスケープモノは好きだったけど、いざリアルとなるとこの距離でもプレッシャーあるなぁ!」
射撃しやすいように屋上の
最上のゾンビが絶命し最下に落ちるが、ゾンビタワーは横になった人一人分高くなった。
「高いところが強いってのはプレイヤー相手でも一緒なんだけど───」
しかしそれだけではハイゾンビ君は捌けない。
バァンと荒っぽい音と共に、背後のハッチが開けられまるで巣から溢れ出てくるアリの用にハイゾンビが出てきた。
「───それだけじゃ済まないよねって!」
私はリロードしながら再び走り出す。正面戦争は好きだがあの対戦待ち人数は仲間にしてねと言うのと同義だ。
木板を渡り隣の屋上へ。後ろちらりと振り向くと、地面の人間ピラミッド組は競技を完成させ屋上に上り始めてるし、梯子組はもう木板に足がけている。釣る役目だったとはいえもう少し減らしてよかったかもしれない。
「ともあれ!
妨害というより殺害なんだけどね。
横幅30cmぐらいしかない木板を後ろ向きで射撃しながら渡る自信は無いので、背後にお祈り射撃をしながら走る、走る。
とはいえ、あんまり奥側に行ってしまうとワニの有効射程から出てしまうし、未発見のプレイヤーに遭遇してしまうかもしれない。
だから宣言通り右回りして元の位置に帰りたいので……。
そんな思いを汲み取ってくれたのか。世界は私に決断させるために、次に逃げ移った建物には板を一方にしか設置してくれていない。
つまり背後、ゾンビ達が渡ろうとしている所だけですね。
下には相変わらず私のパンツを覗こうとするゾンビ共。後ろは新世界勧誘のゾンビ共。建物内に入るのも、まぁ下を抑えられているのでダメだろう。
ということで決断。
後ろから迫られ時間が無い中、なるべく斜めじゃなく正面を向けるように。ゲームじゃカルシアはやってたんだ、大丈夫できるって。yoカルシア、お前はできるんなら、私も当然できるよな?
「せーーー……のっ!」
隣の屋上へ大ジャンプ。
体育ぐらいでしかロクに運動してなかった私だけど、ジャンプくらいのアクションは余裕でできる。
通りではあるが、道路を挟んでの距離としては屋上から屋上まで4mほど。建物は一般区画のここは京都なので全部同じような家で、屋上同士の高さに違いはない。想像しにくいなら、4mの幅跳びを思い浮かべればいんじゃないかな? 4mの幅跳びくらい、皆もちろんできるよね?
「ぐうううぅぅぅうっ!?」
びたんっと、私と壁が熱烈にキスする音が響く。
4mなんて跳べるわけねーでしょ! 屋上に引っ掛けた手すらギリギリだわっ! あぁもう早く体引き上げないと!
腕に力をぐっと入れて、足で壁を蹴って駆け登る。
「ふぅっ! あっぶな!」
屋上に這い上がって転がりこんだ矢先、背後からびたびたびたんっ! とさっきの私の再放送を送る音が聞こえてくる。彼らは十分な助走が出来ておらず、周りにはやし立てられて跳んでしまったのだろう。可愛そうに。
元いた屋上を見ると、どうしよっかなと手持ち無沙汰に体を揺らしながらこっちを見るゾンビ。そして動いていないとただのいい的なので頭に矢が打ち込まれ、ワニに向いたタゲを私が発砲することで再び奪いなおす。
『……おい、ルーピシュだ。B3で動きがある。敵が来そうだぞ』
「りょぉかい!」
1ブロック50×50ぐらいだし、現在の殲滅ペースだとプレイヤーが来るまでにギリ間に合いそうだ。……今更だけどエリアを指すC4と爆薬のC4って混合しないんかな。
下を見ると迫ってきているゾンビはかなり減っている。私がチェイスしている間に二人が頑張っているのだろう。
「いちげきで……ひくっ!」
この声はクーか。宙にゾンビの破片が飛んでるからしてもそうだな。
「ととっ」
ンな事考えてたら屋上ハッチからまた追加。後ろは来てないから安全だけど、相手は5体だしここは正面突破かな。
「ワニ」
私は一言呟いて、先頭から2番目のゾンビに照準を合わせ引き金を引く。ws-03は弱い方の拳銃だが、人体はそれ以上に弱い。耐久力のあるハイゾンビといえども3発も頭に撃ち込まれればひっくり返って死んだ。
そして同時に、先頭にいたゾンビに矢が刺さる。
「ないっショ」
『むん』
誉め言葉を漏らしながら銃をホルスターへ、代わりにナイフを取り出す。
向かってくる3体目に切り降ろしつつ
「鉄山靠ってね」
もっともアレ、投げ技みたいなモンだから私のこれは鉄山靠らしくないんだけど。
ともあれ頭も体も軽いゾンビは見事に態勢を崩し、そのままバランスを取れず後退、後退。最終的に地面に落ちていき、クーの「わわっ!?」という声が聞こえた。ごめんて。
切り裂かれた胸からモツをこぼしながらよたよたしている3体目に膝蹴り、ついでに首も折る。後は立ち上がろうとしてる5体目の首を、ナイフを添え体重を乗せ切り離して終了───壁から這い上ろうとしてる奴がまだ2体いた。一体サッカーボールのように蹴って落として、残りはこれまた矢が刺さって沈黙。
『……敵、4体見える。マントとヘルメットに男二人、
『シアねぇ下のクー援護してあげて』
「お? りょーかい」
一息付けると思ったが、まだお預けらしい。とはいえ指示があれば行かなければ。ウチのパーティー、責任者で言えば私だけど、現場監督は後ろで見てる事が多いワニだからなぁ。
先ほど蹴り落したゾンビにアタリを付け飛び降りる。人体はまるでクッションに向いていないということが証明され、クッション役のゾンビは血を跳ねさせながら死んだ。
「おぇーちゃん!?」
顔に跳ねてきた血を拭いながら状況確認。壁を背にするクーを囲うように4体、左に3体。ワニの射線も通ってるから……。
「クー、左二体やって!」
「え、わ、わかった!」
まずはクー側の対処。
音に反応して頭だけ私に向けていたので、片方を拳銃でぶち抜く。それと同時に左二体が攻勢に出たクーによりストリートアートと化した。
「こいつもあげるよクー」
「ん!」
クーを囲んでいた内残り一体をヤクザキックで蹴り飛ばし、クーの元へ。
左側にいたゾンビ共は当然近くの私を狙っていたが、視界に一瞬ナニか棒状のモノが通ると同時に後ろからゾンビが一体矢を生やしながら倒れて来た。
倒れ行くゾンビから矢を無理やり引き抜き、血が滴る矢を手に入れる。そのまま残り二体のゾンビにナイフと矢を突き入れフィニッシュ。
「よっし、大体片付いた」
「手伝ってくれてありがとう! すっごくたのしそうだね、おねーちゃん」
「私限られた手札で地獄落ちるの大好きだからねー。プライドが刺激されてにっこにこよ」
ナイフを回収しながら興奮で目を輝かせているクーに答える。
私はPVPも
NZWのお遊びモード、『67億2000万人』(実装時の世界人口)というただひたすら湧いてくるゾンビを殲滅し生き残るモードは、ワニ達も突き合わせて大分楽しまさせてもらったものだ。最終的にドッグが飽きてきたのとサーバー最上位になって満足したので頻度は落ちたけどね。
『D3だ。相手もかなり警戒している。建物内に入って移動している、射線が通らない』
『シアねぇとクー、交差点の左角から追加4体。多分だけど最後』
「む……。クー、右手で私を屋上まで投げられる?」
「できるよ!」
できるのか。えっとじゃあ下の4体は二人で対処できるだろうから、私はさっさとプレイヤーの対処行った方がいいな。
私はクーに投げるように頼み、地面に敷かれたクーの右手により屋上まで打ちあがった。空中で態勢を整え危なげなく着地する。
さて、ここまではPVMだったが、ここからはPVPの時間だ。
方向性決まり