とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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ブルーアーカイブ×とある魔術の禁書目録の二次創作です。
一方通行が主人公で進んでいきます。

ブルーアーカイブのストーリーに原則沿って進んでいきます。

……本当かなぁ。


プロローグ 始まりの日 new_world
箱庭へようこそ


 

十月十八日。

 

その日、ロシアと学園都市による第三次世界大戦が勃発した。

 

その戦火の中で、それぞれが抱く物を守らんと大きく光を発する者達がいた。

 

右手に異能を宿す人間。

何も力を持たない人間。

 

そして、学園都市最強の異名を持つ人間。

 

彼等と、彼等を中心とした精鋭達による奮迅により、戦争は僅か十二日で終結した。

 

しかし、犠牲無しで戦争は語れない。

零れた命無しで戦争は紡げない。

 

『いやだよ……』

 

ある少女が、最強の彼に向けてそう言葉を零した。

 

空が、黄金の光に包まれている状況だった。

その光が段々と肥大し、膨れ上がり続けている状況だった。

 

その光を見た誰もが理解する。

あれは世界を終わらす光なのだと。

 

地表に落ちれば最後、全てが跡形もなく消し飛んでしまう最悪の光なのだと。

 

神の威光の如く破滅的な黄金が空一面に広がっていく中で、少女はしかし、そんな下らない空には目もくれず、たった一人だけを見据えていた。

 

『ずっと一緒にいたいよって、ミサカはミサカはお願いしてみる』

 

今にも泣きそうな顔で、消え入りそうな程にか細い声で、自身の願いを少女は告げる。

 

今から彼が何をしようとしているのかを、理解しているから。

 

『……そォだな』

 

ポツリと、そう彼は呟く。

 

彼女の言葉を認め、

生まれた自分の意思を認めた言葉だった。

 

だが、彼の決意は変わらない。

彼が抱く願いの為に、その言葉だけは聞き届けることが出来ない。

 

故に、

 

彼は戻って来るとも、帰って来るとも言わず。

 

ただ、

 

『俺も、ずっと一緒にいたかった』

 

子どものような笑みを浮かべて、彼は自身の理想を口にした。

 

それが、二人が交わした最後の会話だった。

 

直後、彼の身体は地面を離れ、砲弾のような速度で空へ空へと上がって行く。

 

目指す先は、黄金の光。

彼は、一方通行は迷いなくその光の中心部分へと向かうべく速度を上げて、上げて、上げて。

 

黄金の光、その塊となる部分へと激突する直前、ほんのわずかに口元を緩めた。

 

そォか。

と、何もかもが終わる寸前で彼は知る。

 

これが、守る為の戦いなのか、と。

 

直後、上空八千メートルの部分で、二つの巨大な力が激突する。

 

見る物全てが目を奪われる光景が空で炸裂する中で、少女の悲鳴だけが世界を彩っていた。

 

この日、学園都市第一位の超能力者である一方通行は、死を迎えることとなる。

 

──────────────────────────────ー

 

「……私のミスでした」

 

小さな、小さな空間があった。

人間二人が、対面に向き合ってやっと僅かに余裕が出来る程度の、小さな空間で、その対面にいる少女がポツリとそう言葉を零した。

 

その表情は、彼の身長が少女よりも高いせいと、少女が俯いているせいもあって伺えない。

 

だが、その声色から、少女がどんな感情を抱いていて、どんな表情を浮かべているのかを察するのは、難しいことではなかった。

 

「私の選択、そしてそれによって招かれた全ての状況」

 

「結局、この結果に辿り着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて」

 

空間の外から差す黄昏色の空の光が優しく二人を照らす中で紡がれた少女の言葉には、後悔と、懺悔が多分に含まれていた。

しかし彼は、何も言わない。

 

少女の俯く姿を見つめながら、彼は言葉を発さない。

 

「今更図々しいですが、お願いします──────先生」

 

先生、少女は目の前の彼をそう呼びながら、自らの意地を投げ捨てた懇願を始める。

 

「きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。何も思い出せなくても、恐らくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから」

 

ですから……と、少女は血にまみれた自分の身体を労わることもせず言葉を紡ぎ続ける。

 

「大事なのは経験ではなく、選択」

 

「あなたにしか出来ない選択の数々」

 

少女は語り、彼は黙し続ける。

 

経験と選択。

それは、彼の中で永遠に燻ぶり続ける火種。

 

『これ以上は一人だって死んでやることは出来ない』

 

いつかのどこかで言われた言葉。

あァと、彼は胸中で呟く。

 

一人だって死なせねェ。

いつかのどこからか、思うようになった選択

 

幾多の経験と選択は、

彼を彼であることを築き上げ、同時に彼が彼であることを留めた。

 

「責任を負う者について話した事がありましたね。あの時の私には分かりませんでしたが……今なら理解できます」

 

「ですから、先生。私が信じられる人である、あなたになら、この捻れて歪んだ終着点とは、また別の結果を。そこへ繋がる選択肢は、きっと見つかるはずです」

 

それは、希望。

それは、憶測、

しかし、それだけが彼女の心の拠り所だった。

 

この結末だけは、

こんな終わりだけは、

 

そう願い、

そう信じ、

彼に託す。

 

彼なら、

彼になら、

 

それが実現出来る物であると、信じて。

 

「だから先生、どうか……」

 

この世界を、助けて下さい。

消え入りそうな声で紡がれた言葉は、最後まで言い切る前に途切れていく。

 

世界が、少女が、小さな粒子へと変わる。

光となって消えて行く。

幻想のように、跡形もなく。

 

そんな光景を前にしても、彼は口を開かない。

目を閉じようともしない。

ただ、静かに見届けるだけ。

 

「…………」

 

全てが終わり、世界全てが白となった空間で、彼は一人、ゆっくりと歩き始める。

 

昼も夜も黄昏も消え失せ、自分以外誰もいなくなり、声すら声と認識されなくなったこの世界で、それでもある言葉を発しながら、彼は、一方通行は前を向く。

 

「       」

 

音とならずに溶けたその言葉は、

世界に向けての、宣戦布告。

 

同時に、新たな始まりを告げる第一歩だった。

 

 

──────────────────────────────ー

 

 

「……先生、起きて下さい」

 

近くから聞こえて来たその声に、一方通行は眉間に皺をこれ以上なく寄せながら意識をゆったりと覚醒させる。

 

誰だ寝ている自分の近くで声を上げる馬鹿は。

これ以上なく不機嫌な気持ちになりながら頭を二度三度軽く揺らそうとして、思い至る。

 

(先生……? なら関係ねェか)

 

そうだ、今の声は先生と言っていた。

ならば自分には一切繋がりのない話だと一蹴し、未だ自分を呼びよせている睡魔に身を任せようともう一度目を瞑った結果。

 

「先生!」

 

「うォァッ!?」

 

彼の耳元でそう叫ばれる結果となった。

ビクッッ! と、直後、らしくなく彼は寝るべく倒れさせていた椅子から身体を跳ね起こす。

 

が、同時に彼の中のよくもやってくれたなメーターが見る見る内に上昇し、とりあえず一発しめようと声を掛けてきた存在に目をやり、

 

声を掛けてきたのは全く知らない女であることに気付いた。

 

……誰だこいつは。

 

「少々待っていて下さいと云いましたのに、お疲れだったみたいですね、中々起きない程に熟睡されるとは」

 

怪訝な表情を浮かべる一方通行とは逆に、まるでそれが当たり前であるかのように目の前の女は一方通行に向かって話しかけてくる。

 

言葉を聞くに、一方通行のことを『先生』と思っているようだった。

 

当然、一方通行は先生ではない。

どこかの学校の教師になった記憶はないし、そんな願望もない。

 

ならば『先生』と呼ばれる他の職業を思い当たろう一瞬で脳内で検索をかけるが、そのどれもが自分には一切無縁の物ばかりだ。

 

であるならば、この状況は何なのか。

答えは一つしかない。

 

この女の勘違い。

 

そう結論付けた一方通行は。

 

「……」

 

「先生? ……先生?」

 

「人違いですゥ」

 

全てを無視してもう一度睡眠を取ろうとボスンと椅子にその身を預けさせた。

 

「そんな!? この状況で二度寝は無しですよ先生! 起きて下さい!!」

 

一方で、彼が起きた直後にすぐさま二度寝を始めたのがあまりに信じられなかったのか、女は先程までの冷静な様子は瞬時に鳴りを潜め、ゆさゆさと一方通行を物理的に起こしにかかる。

 

流石の一方通行も、そんなことをされて黙って寝続ける事が出来る訳もなく、

 

「ッッ!! おい! いい加減にしろ! 俺は先生なンかじゃねェ!! 人違いだっつってンだろォが!!」

 

ガバっとまたしても身体を起こしながら、未だ勘違いを起こし続けている目の前の正体不明女に不機嫌さ全開で正論を語る。

 

彼のことを知ってる人間ならば、この状況になった時点ではいすみませんでしたごめんなさいもう近付きませんで、めでたしめでたしである。

 

だが、

 

「いいえ。人違いじゃありません。いつまで夢を見てるんですか。ちゃんと起きて集中してください」

 

目の前の女は、彼の言葉に一切動じず、むしろ冷静さを取り戻しながらそう言葉を続けた。

 

「集中しろだと? お前さっきから何を言っ」

 

話が見えない。

この女は何を言っているんだ。

 

そう問いただすべく、一方通行が口を開いた矢先。

 

「あァ?」

 

目の前の女の後頭部から、鮮やかな青で彩られた、天使の輪っかのようなものが浮かんでいることに気付いた。

 

同時に、自分に取り巻いているこの環境自体が持つ違和感にも。

思い出したと言っても良い。

 

「ああ、これですか? これはヘイローという物で……。そうですね。先生は外からやってきた人ですから、知らなくても無理はありません、説明したい所ですが残念ながら今は一刻を争う事態です。この説明は追々に」

 

一方通行の視線から何を見ているのかを察した女は、その上で自身の事情を鑑みた結果最低限の説明、その輪っかが『ヘイロー』と呼称されていることだけを一方通行に伝達する。

 

が、既に一方通行の思考はそんな所で立ち止まっていない。

この女の後ろに浮いてる輪っかの説明は途中からもう聞いていない。

 

待て、待てと一方通行は脳内でそう呟きながら何度も何度も確認する。

ここで目覚める前、意識を失う直前の記憶を。

 

今まで自分は、こんな所にいただろうか。

目覚める前の自分は、こんな場所で惰眠を貪れる状況だっただろうか。

こんな穏やかな場所で、一人過ごしていただろうか。

 

答えは全て、否だった。

 

自分がいた場所は極寒の雪原だった。

自分がいた場所は破壊的暴力が蔓延する空間だった。

自分がいた場所は、

自分がいた場所には、

 

 

もう二人、保護するべき人物が存在していた。

 

 

バッッと、眠気が完全に消え失せ完全に己を取り戻した一方通行は反射的に、周囲を見渡す。

高層ビルの上層らしき部屋の椅子に座る自分。

ビルの窓に映る景色に目を移せばそこにあるのは近代的ビルが立ち並ぶ都心部のような光景と眩い青空ばかり。

 

どういうことだと、今度こそ一方通行の頭の中が理解不能の渦に陥る。

 

学園都市で最高の頭脳を持つ彼であっても、この状況を飲み込むのには時間と思考が必要だった。

 

(どうなってる!? 俺は間違いなくロシアにいた筈だ。ロシアで、あの光を受け止めて、打ち止めと番外個体を守って……! その結果がどうしてこんな所にいやがるンだ!?)

 

考えても考えても答えが出てこない。

意識を失う直前と意識を取り戻した直後の景色があまりにも繋がりがなさすぎる。

 

外に映る日本らしき光景。

ビルの中で寝ていたらしき形跡。

そして、何故か先生と呼ばれる状況。

 

一瞬、あの時自分は光に呑まれて死んで、ここは死後の世界なのかもと疑ったが、身体の感覚がそうではないと自分は間違いなく生きてここにいることを訴える。

 

思わず、クソッタレと毒づいた。

 

「もう一度、改めて今の状況をお伝えします」

 

混乱している一方通行の状態を見計らったかのように、努めて冷静な声色で女が口を開いた。

 

チッと、一方通行はどうにもままならない状況に舌打ちする。

 

この女に噛み付くのは簡単だ。

脅すことだって容易であろう。

だが、その手段を取ったが最後、敵意を買い何も得られなくなる可能性が格段に上がる。

 

今はこの女以外探れる情報源が存在しない以上、その手段は取れない。

敵なのか味方なのかも不明。

それでも、現状を理解するには彼女に頼る以外に方法はない。

 

一方通行はギロリと睨みつけるよう目線を彼女の方へと動かしながら、無言で続きを促す。

彼女もそれを理解したのか、一つ呼吸を置いた後、ゆっくりと口を開く。

 

「私は、七神リン、『キヴォトス』の連邦生徒会の幹部です」

 

「キヴォトス? 聞いたことがねェ学校だな」

 

瞬時に、彼の脳内でキヴォトスと言う単語で検索がかかる。

生徒会と言った以上ここはどこかの都市部にある学園なのだろう。

だが、日本のどこに置いてもキヴォトスという単語があてはまる学校は一方通行が知る中には存在していなかった。

 

「学校……と呼称していいのかはさておき、現在このキヴォトスで一つ、大きな問題が発生しています。それを先生に解決して欲しいのです」

 

「クハッッ!!」

 

リンの言葉を聞いた瞬間、一方通行は堪えきれず笑い声を上げた。

 

「あァ悪ィ悪ィ思わず笑っちまったわ。問題だァ? ここがどこかも分かってねェ人間に解決出来る問題程度ならお前等がやれば良いンじゃねえのか? 生徒会幹部さンよォ」

 

それとも、と一方通行は前置きし、

 

「俺が第一位、『一方通行』だってのを知っての救援か? もしそうなら俺の中におけるお前の好感度は速攻マイナス値十億突破だ。綺麗に丁寧に相応のもてなしをさせて貰うけど構わねェよなァ?」

 

挑発するように一方通行は口元を歪ませながらそう言った。

もしも敵なら容赦しない。

この手で触れてそれで終わり。しばらく起き上がれない様にお仕置きするだけ。

 

どんな手品でここへ連れて来たのか知らないが、ここから出て行く方法なら五万と知っている一方通行は、威圧感を隠すこともせずリンにそう詰め寄る。

 

しかし、

 

「第一位……? 申し訳ございません。実は私自身、先生がどのような方なのか、どんな経緯でここへ来られたのか知らないんです」

 

熱が上がり始めた一方通行とは対照的に、どこまでも冷静さを保ったまま、それでも内に宿る申し訳なさがそうさせているのか、少し困った顔で、リンは一方通行の言葉を否定した。

 

「あなたは恐らく私達がここに呼び出した先生……のようですが。それ以上のことは私にも……」

 

「なンだと?」

 

ペコッと頭を下げるリンの言葉と行動に、一方通行は虚を突かれたかのように静止し、何とかその言葉を吐く事だけは成功させた。

 

一方通行のこれまでの経験が、その言葉と行動にウソはないことを確信させる。

しかし、それでも納得いかないことが多数あるのは事実。

だが、ここでそれを問い詰めても何一つ答えが出ない事はこれまでのやり取りで確実。

 

「チッ……! 話にならねェ」

 

これ以上続けても埒が明かないことに舌打ちしながら、一方通行は敵意と言う名の矛を収める。

一方通行からの明確な敵意が無くなったことをリンも感じ取ったのか、クッと右手で眼鏡を支えると。

 

「こんな状況になってしまったこと、誠に遺憾に思います。でも今はとりあえず、私に付いて来て下さい。どうしても、先生にやって頂かなければならないことがあります」

 

我々連邦生徒会ではなく、と。

それだけ言い残すと、そのまま扉の方へと歩いて行く。

 

一方通行も彼女に付いて行く以外の選択肢はないため、はぁとわざとらしく嘆息しながらソファから降りると、右手の手首から今まで邪魔だからと収納していた現代的デザインの杖をシュッと伸ばし、カツンカツンと音を響かせながらリンの後ろをの後ろを歩いて行く。

 

そのことについて特に言及はされなかった。

聞かれないだけか、それとも既に聞かれた後で、自分がそれを自覚していないだけか。

 

どちらにせよ、一方通行の疑念はますます深まるばかりだった。

だが、今置かれている状況は自分の世界に入る事を許してくれない。

 

(聞きたいことはクソ程あるが、まずはコイツが抱える問題とやらを解決するのが先か。随分と遠回りになりそォだが仕方ねェ)

 

「先生にやって頂きたいこと、それを一言で言うと、我々キヴォトスの命運をかけた仕事です」

 

廊下を歩き始めてからややしばらくの後、エレベーター前で立ち止まり、この階で止まるのを待ち始めるようになった時にリンの口から端的に伝えられたのは、一方通行からすればあまりに突飛な言葉だった。

 

瞬間、あまりの異次元発言ぶりに一方通行の頭が僅かに痛くなった。

 

キヴォトスの命運をかけた仕事。

学校の命運なんてものがこの世に存在するのかとか、

なんでそんなものを部外者の自分に投げつけられるのかとか、

 

ありとあらゆる聞きたいことが溢れる水のように湧き上がってきた結果、ひとまず、ひとまずはその仕事の詳細を聞き出そうとすべく一方通行は口を開き、

 

「あ? それってどういう──」

 

「やっと見つけた!」

 

その言葉は背後から飛んで来た声によって完全に相殺された。

瞬間、リンの顔色が一瞬にして暗くなったのを一方通行は見逃さなかった。

 

同時に、今日はやけに自分の行動が中断される日だなと、己のストレスが着実に蓄積しているのを覚えながら一方通行は面倒くさそうに声の方へと振り返る。

 

そこには制服の上着らしきジャケットを着崩すスタイルを貫いていて、何故だか妙にスカートが短い黒髪のツインテールの少女がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。

 

「代行! 見つけた! 待ってたわよ! 早く連邦生徒会長を呼んでき……その隣の方は?」

 

駆け寄って来た少女は、リンに対して一方的に詰め寄ろうとした直後、一方通行の存在に気付き困惑の声を上げた。

 

一方通行の存在は彼女にとって異質な物だったに違いない。

リンも彼女の質問の意図が分かっているのか、彼女がここにいることに対し少々面倒くさそうにしつつも、

 

「ああ、この方は──」

 

と、軽い説明を始めようとした所で、

 

「見つけました、主席行政官」

 

「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が今の状況について納得の行く回答を求めています」

 

「同じくこちら側からも正式な回答を要求します」

 

新たに三人の少女が、この空間へと走ってきながら次々にそんなことを口走り始めた。

 

一人は黒いリボンを栗色の髪に巻き付け、赤い手袋を着用し、とどめに左腕に『風紀』と書かれた腕章を巻いているいかにも風紀を守っていますと風格を漂わせる少女。

 

一人は鮮やかな銀髪が目立つ、いかにも正義感が強そうな毅然とした態度でリンに詰め寄る少女。

 

そしてもう一人は背中まで伸びる真っ黒な髪と、異常な程深い所までスリットが入っているセーラー服を着こんでいる、一部分だけ露出が激しい少女だった。

 

「あぁ……本当に面倒な方達に捕まってしまいましたね」

 

はぁぁぁ……と、深いため息が今にも聞こえてきそうなぐらい落ち込んだ声をリンは絞り出す。

そして、もう逃げられないと判断したのか、諦めるように口を開くと、

 

「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問して下さった生徒会、風紀委員といった、暇を持て余している皆さん」

 

清々しい程の嫌味たっぷりな声色で、四人の訪問を歓迎した。

 

瞬間、ビキキッッ!! と、四人の少女達の額から聞こえてはいけない音が響く。心なしか後ろに浮いているヘイローの輝きが激しくなった気がするなと、一方通行は心底どうでも良さそうな顔をしながら、そんな感想を抱いた。

 

このマグマのように燃え滾っているのか吹雪く程に冷え切っているのか、どちらにでも解釈出来そうな空間の中、リンはそんなの知りませんと四人の感情の変化を当然の様に無視すると、

 

「こんな暇そ……大事な方々がここ訪ねてきた理由はよく分かっています。今、そこら中で発生してる混乱の責任を問うために、でしょう?」

 

ニッッッッコリと、今度はそれはそれはもう素敵な笑顔を表情を暗いままに浮かべたまま、三人に向かって牽制にも等しい言葉を投げかけた。

 

(案外良い性格してンなコイツ)

 

リンのもはや図太いを通り過ぎて笑ってしまいそうな態度を一方通行は声に出さずに賞賛しながら、彼女達四人が織りなす話の成り行きを一歩後ろから、無関係を装いながら見守る姿勢を続ける。

 

会話内容を聞いて察するに、今彼女達の中で取り巻いているトラブルこそが自分が解決に当たれと言われている仕事の本質なのだろうと当たりを付けた一方通行は、とりあえず目の前で繰り広げられる口論が終わるのを待つことにした。

 

「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ! 連邦生徒会なんでしょ!!」

 

「連邦矯正局で停学中の生徒について、一部が脱走したと言う情報も入りました」

 

「スケバンのような不良たちが登校中の生徒を襲う頻度が最近急激に上昇しました。治安の維持が非常に難しい状況になっています」

 

「戦車やヘリなど、出所の分からない武器の不法流出も二千パーセント以上増加しました。これでは正常な学園生活に異常をきたしてしまいます」

 

(あ? 今コイツなンて言った? ヘリや戦車が流出だと? 学園内で? どォいう事だ?)

 

ピクッと、見るからに不穏な単語がスリットが激しい少女から飛び出したことに一方通行は訝し気な表情を人知れず浮かべる。

 

そもそも彼女に限らず、他の少女達が言っていることも軽く聞き流して良い状況ではない。

だがしかし、当の本人達はそれがまだそこまで大事ではないかのように語っている。

 

おかしい。

自分と彼女達で物事に対する認識価値が大いにズレている気がする。

否、違うと、一方通行は己の考えを改めた。

 

ズレていないのだ。

彼女達の価値観が、自分とそこまで乖離していないのがおかしいのだと、一方通行は違和感を覚えた原因の突き止めに成功する。

 

どう考えてもここは自分が住んでいた学園都市ではない。

なのに、彼女達が話している内容があまりにも物騒が過ぎる。

 

普通の場所ならば、連邦矯正局などと言ういかにもな施設が登場する訳がない。

普通の場所ならば、不良の襲撃による治安悪化を生徒側が解決する話になる訳がない。

普通の場所ならば、ヘリや戦車が街中をうろつく筈がない。

 

学園都市ならばあり得る話を、学園都市ではない場所でしている。

 

「オイ、さっきの話はどォ言う────」

 

あまりにも学園都市寄りのきな臭さを彼女達の発言の節々から感じ取った一方通行は、真相を知るべく少女達の会話に割って入ろうとした瞬間、

 

チン。と言う音と共に、待っていたエレベーターが到着した音が一方通行の声を途中で遮った。

今日はつくづく、話を遮られる日だった。

 

「今、何か?」

 

「…………何でもねェよ。お前も乗るンなら早くしろ」

 

一方通行が声を発したことに気付いた黒髪の少女が視線を一方通行の方に向けて聞き直すが、当の一方通行はもう良いと、カツンと杖を不機嫌そうについて一足先にエレベーターの中へと足を進める。

 

「とりあえず入りましょう。皆さんもついてきますよね」

 

一方通行が入った直後、リンも続くように足を進めながらこの場所にやってきた四人の少女達に声を掛ける。

その問いかけに当然と頷いた少女達は、続々とエレベーターへと乗り込むと、エレベーターが扉を閉め、上昇を始める前からさっきの続きだと言わんばかりにリンに向けて質問攻めを再開する。

 

最初に口を開いたのは、一番最初にリンの下へ駆け込んできた制服を着崩して着込んでいるツインテールの少女だった。

 

「ともかく! 学園内は大混乱! こんな状況で連邦生徒会長は何をしてるの!? どうして何週間も姿を見せないの!? とにかく会わせて!!」

 

「…………、連邦生徒会長は、今、席におりません。正確に言うと、行方不明になりました」

 

「「「「ッッッ!?!?」」」」

 

淡々とした口調で告げられた言葉に、少女達は一斉に驚愕したような反応を見せる。

扉が閉まり、上昇が始まったエレベーター内では、先程までとは打って変わって沈黙が場を支配していた。

 

「結論から言うと、サンクトゥムタワーの最終管理者がいなくなった為、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です」

 

その静寂を破るかのように、リンが静かに語り始める。

 

「認証を迂回できる方法を探していましたが、先程までそのような方法は見つかっていませんでした」

 

「……その口ぶりですと、今はその方法があるように聞こえますが? 主席行政官」

 

黒髪の少女がリンの言葉に疑問をぶつけると、彼女はその通りと肯定するように一度小さく首を縦に振ると、

 

「この先生こそが、フィクサーになってくれる筈です」

 

と、一方通行の方へ視線を移し、とんでもない爆弾発言を投下した。

この方が!? と、驚く四人をよそに、内心おおよそこうなるであろう展開を予想していた一方通行は自分の予想が最悪にも的中してしまったことに頭が痛くなるのを感じた。

 

「ちょ! ちょっと待って! 今更ですがこの方は!? 先生!? か、仮にこの方が先生だとして! 先生がどうしてここにいるの!?」

 

突然の報告に慌てふためくツインテールの少女は、リンに詰め寄りながら様々な説明を求めた。

途中、その視線は一方通行にも注がれ、一方通行はハァと嘆息しながら知るか。とだけ言葉を返した。

 

説明が欲しいのは自分も同じである。

何ならこの少女よりも説明が欲しい。

 

「知るかって……。ヘイローもないし、キヴォトスの外から来たのは分かるけど……! ねえ! 本当にどういうことか説明して!!」

 

「……、まあ良いでしょう。先生はこれからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」

 

「行方不明になった連邦生徒会長が指名? ますますこんがらがってきたじゃない」

 

「こンがらがってンのはお前だけじゃねェ。キヴォトスで働く? オイオイ一体何の冗談だァ? 俺は先生じゃねェし、こんな場所で働く気もねェ。どうしてもってお前が言うからこの仕事だけ手を貸してやるだけだ。それ以外の契約は聞いてねェし、受けるつもりも無ェ」

 

突然の指名と、突然の就職発言を真っ向から一方通行は否定しながら、ずけずけとふざけたことを吠え続けるリンの方をギロリと真っ赤な目で睨みつける。

 

「……こんなことを言ってるけど?」

 

「照れているだけです」

 

「そうは見えなかったけど!?!?」

 

コホンと、わざとらしく咳き込みながら放たれたリンの言葉にんな訳ないでしょとツインテールの少女はツッコミを入れる。

そんな彼女達二人の様子を見て、このまま突っかかるのも疲れるだけかと、半ば諦めの境地で一方通行は嘆息する。

ツインテールの少女はそうやって心底疲れたように息を吐く一方通行の方をチラっと見やると、ハっと何かを思い出したような表情を浮かべた後、慌てながら姿勢を一方通行の方へ向けると、

 

「は、初めまして! 私はミレニアムサイレンススクールの……って今はそんなことどうでも良くて!!」

 

わぁぁあああああっ! と、何も聞いていないのに一方的に喋り出した挙句何故か盛大に自滅を重ねていた。

リンはそんな彼女を見て、またまたニッッッコリと真っ暗な笑みを浮かべながら、遮られた話の続きを始めようと言葉を紡ぎ始め、

 

「そんなうるさい方は気にしなくて良いです。続けますと──」

 

「誰がうるさいですって!? 私は早瀬ユウカ! 覚えておいて下さい! 先生!!」

 

ギャンッ! と、一際大きい声でリンの声を上書きするような声をエレベーター内で反響させた。

うるせェ。と、一方通行は苦い顔でユウカの自己紹介を聞き届けると、

 

「……私の名前は羽川ハスミです。よろしくお願いしますね。先生」

 

「私は火宮チナツと言います。先生、今後ともよろしくお願いします」

 

「スズミ。守月スズミが私の名前です。是非覚えておいて下さい」

 

そんな彼女に続くように、残りの全員も一斉に自己紹介を始めた。

その視線は一方通行へと注がれている。

さあ次は先生の番ですよと言いたげな顔を、全員が全員浮かべている。

 

当然、その視線の意味に気付かない訳ではない一方通行は、しかしそんな物に付き合う義理はどこにもないなと、そのまま無視を決め込もうとエレベーターの壁に背をもたれさせようとした瞬間、

 

チンッと、エレベーターが目的の階に到達した。

瞬間、少女達の視線が扉の方に向かい、一方通行は遮り日も良い事するタイミングはあるじゃないかと今日の運勢の悪さにちょっとだけ上方修正を加えた途端、

 

「そう言えば自己紹介、というより、この場所がどこか、の説明がまだでしたね。先生」

 

扉が開くか開かないかの僅かな時間の中、リンが一方通行に向かって唐突に言葉を投げかけた。

何を言ってるんだと、一方通行が言葉を投げかけるよりも前に機械の駆動音と共に、エレベーターの扉が開かれる。

 

その先に広がっていたのは、大きな部屋と左右広範囲に広がる巨大な窓。

そして、その窓から見える、百は下らない学校の数々と、天使の輪っかを後頭部に浮かべ、様々な制服に身を包んでいる無数の女子生徒らしき姿だった。

 

一方通行は、見覚えがある。

この景色自体に見覚えが無くても、認識として見覚えがある。

 

「ここは数千の学園が集まって出来た巨大な都市。神秘が宿る大きな箱庭」

 

その考えは大正解だと言わんばかりに、リンの言葉が深々と一方通行に突き刺さる。

 

それが、始まりだった。

それが、全ての始まりだった。

 

七神リンが放った発言が、彼に始まりを齎す。

 

「ようこそ、学園都市キヴォトスへ、先生」

 

 

 

──────────────────────────────ー

 

 

 

 

キヴォトスが宿す『神秘』と、学園都市が擁す超能力と言う名の『科学』。

本来出会う筈のない二つの軌跡は、数奇な運命を辿ってここに交わりを果たす。

 

きっとそれは、平穏では終わらない。

この物語は、悪夢抜きで語れない。

 

誰かが傷付き、誰もが傷付き、苦しみ、慟哭し、それでも救いを求めて手を伸ばしていく。

その手を拾い上げることが出来る主人公は、この世界には存在しない。

 

この物語にそれを成し遂げる、悪夢を壊せる少年は存在しない。

この物語の主人公は、英雄を名乗れるような偉大な人間ではない。

 

故に、少女達は戦いを選択せざるを得なくなる。

少女達は、願いを銃に乗せ引き金を引き続けることになる。

幾多の希望と数多の絶望が伸し掛かり、潰されそうになる中でも少女達は前へと進んでいく。

 

きっとこんな日も、いつか笑える日がくるからと、信じて。

 

青春と戦闘。

平和と破滅。

生と死。

青と赤。

学園都市と学園都市。

 

無数の想いが錯綜するこの世界で、神秘と科学が交差する時、

 

一方通行を中心とした、青春の物語が始まる。

 

 

とある魔術の禁書目録×ブルーアーカイブ

 

 

『とある箱庭の一方通行』

 

 


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