とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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便利屋68

 

社長、陸八魔アル

室長、浅黄ムツキ

課長、鬼方カヨコ

平社員、伊草ハルカ

 

以上四人で構成された、『企業』としての性質を持つ部活。

それが便利屋68だった。

 

部活ではなく企業。そして掲げている信念の一つに金さえ積まれればどんな仕事でも請け負う。が存在し、その客を選ばず場所も選ばず、解決手段も穏便に進まない部活方針が、ゲヘナにおける問題児集団の中でも、とりわけ異端さにおいては右に出る者がいないとされている所以だった。

 

そんな彼女達は今日も、社長のアルが目指す『真のアウトロー』へと至る為、悪の街道をひた走って行く。

 

「ふふ、ふふふ……。遂に来たわ……私達にも大手の仕事が……!」

 

ゲヘナの南区で赤い髪をなびかせ、スリットが二か所入ったタイトスカートを綺麗に着こなし不敵に笑うアルは、実にご機嫌である事を隠す事もせず、ツカツカと靴音を鳴らしながら、依頼人によって指定された場所へと到着した。

 

どうやらまだシャーレは到着していないらしい。

出来る女は約束時間の十分以上前には辿り着くのが前提。

 

つまり、シャーレを今後仕事相手に選ぶにしても、先制アピールは完璧と言う訳である。

ああ、二手三手先を読んでの行動、我ながら惚れ惚れしてしまう。

 

今回の仕事だけではなく、常に次を意識する。

良い仕事をすればするだけ、次の仕事へと繋がるのだ。

そして次の仕事へと繋がるかどうかはもう、この段階から始まっている。

 

「おまけに仕事内容も違法薬物の取引が成立する前に奪取する。正しく悪を持って悪を征す。実に私達が請け負うに相応しい仕事だと思わない?」

 

クルッと身を翻し、彼女は後ろを付いて来てる三人の社員に問う。

 

「社長は今回の依頼人の素性が全く知れない事に関してはどう思ってるの」

 

「最初は誰だってそういう物よ。こなせばこなすだけ、信頼を獲得して素性を明かしてくれる物なのよ! それが悪の流儀って訳よ!」

 

そういう物かな。と、アルの熱弁に対し、カヨコは抑揚のない声で不服気味に納得する。

どうやら懐疑的に思っているらしい。

確かに今回の依頼人は今までと違って取り分け変だったと言わざるを得ない。

 

電話のみでのやり取り。

ボイスチェンジャーを使用していると思わしき音声。

さらに依頼仕事は電話が掛かった当日。

極めつけにその内容が違法薬物の取引妨害。

 

怪しさ度で言えば満点だ。

百点を超えて百二十点すらある。

 

しかし、しかし。

その怪しさは、アルにとって魅力的に映った。

 

急な依頼も難なくこなせばそれは実績となる。

その打算が無かったかと言えば嘘ではない。

 

だがそれよりも前に、打算よりも前に本能が訴えてきた。

これは、一も二も無く受けるべき仕事だと。

 

「アル様に相応しい仕事だと思います!! と、とりあえず連中を見つけ出して爆破すれば良いんですよね!?」

 

事の経緯をカヨコとの会話で思い出していると、自信がなさそうな声でトンデモない発言をポロリとハルカが零す。

 

「焦らないのよハルカ。そんなことをしたら依頼どころか風紀委員に追いかけ回されるわ! 今日はゲヘナのあちこちに風紀委員が配備されてるんだから!」

 

「じゃ、じゃあ風紀委員ごと爆破するまで待つってことですか!?」

 

違うわよ!? というアルの絶叫が響き、ごめんなさいごめんなさい早とちりしてごめんなさいと、ハルカのお家芸が続く。

彼女は優秀ではあるのだが時折、もしくはまれによく暴走するきらいがある。

 

ハルカの暴走に助けられる事もあればピンチに陥ってしまう事も日常茶飯事で、今回は危機的状況にならない事をアルが心のどこかでひそかに祈っていると、くふふ~。と、可愛らしい声が流れた。

 

「所で、アルちゃんは知ってるの~? シャーレの『先生』って人~」

 

悪戯好きがよくしているような小悪魔の如き笑みを浮かべ、ムツキがアルに問いかける。

改めて聞かれて、そう言えばよく知らないなと事実を思い返した。

 

シャーレ。

一月前に設立された特殊な部活。

何処の組織にも属さず、どこの組織にも介入出来る権限を持つ超法規的機関。

 

そしてそれを束ねるのが『先生』。

 

彼女が知っているのはこのぐらいであり、その実態となる資料は全く手元にない。

 

ない、が。

 

「え、ええ勿論よ! 情報収集は仕事の第一歩。当然、抜かりないわ!」

 

フフンと鼻を鳴らし、胸を張って自信満々にそう答えてしまった。

額に小さな汗を垂らしながら。

 

彼女が持つ悪い癖。どんな時も見栄が第一が発動してしまった瞬間である。

 

「先生はそうね……。私が知ってる限りだと、誠実。って印象があるかしらね」

 

とりあえずこう言っておけば間違いないだろう。

どんな相手だろうと誠実な一面はある。

当然違う顔だって持っているだろうが、誠実と思われる一面は当然誰しも持ち合わせている、……筈だ。

細かな所に違いはあれど、おおまかな路線は合っているに違いない。

 

うんうん。と、先に言葉に乗せてから、自分の発言に信憑性があるかどうか後から考え、納得できる理由を思いついたと一人彼女は頷く。

 

「そう? 私は毎日毎日違う女と二人で街を歩いてるって聞いたけど」

 

「そうなの!?」

 

が、即座に彼女の思惑はカヨコによって否定された。

どうやら先生は例外に値する人間だったらしい。

 

それも相当な危ない人間だ。

年頃で自分好みの生徒を多数手駒にし、その日の気分で誰と遊ぶかを決め、取っ替え引っ替えしながら堂々と街を歩いている。

そして少女達の誰もそれを不満にしていないと見た。それは信頼かはたまた諦めか。もしくはその日だけの女としてでも、そう扱われる事に喜びを感じるある種終わった価値観を持ち合わせてしまったが故か。

 

どうやら相手は自分が想像していたよりもよっぽど悪党らしい。

なるほどそれならこんな仕事に協力者として顔を出すのも頷ける。

 

もしくは、自分達の中から好みの女の子を探すのが目当てなのかもしれない。

 

(でも残念だったわね! 彼女達は毒牙になんか掛けさせないし掛かる訳ないわよ。フフ! 私達は常に上を行く女達。手駒にされるのではなくする側なのよ、先生)

 

まだ見ぬ相手を自分勝手に酷評し勝利宣言をかましつつ、アルはふんぞり返りながら先生の到着を待ち続ける。

指定された時刻まであと五分。自分達目指してやってくる人影の姿は無い。

 

その事実にアルはまたしてもフフンと自信気に軽く笑う。

ここに椅子でもあったら座って足を組み、堂々とした佇まいで先生の到着を待っている所だ。

そもそも指定時刻ギリギリまでやってこない時点でもう底は見えている。

将来有望なお客様としてこの件は特に言及しないが、同じ闇業界で働く同業者としては赤点も良い所だ。

 

さてさて一体どのような人が来るのか。

興中で呟きながら、期待に胸を膨らませる。

そんな中。

 

カツン……と、聞き慣れない音がアルの耳に響いた。

今の音は何。と、音が聞こえた方向に首を動かし、

 

アルは目撃した。

 

連邦生徒会の制服に身を包んだ色白細身の男性と。

ミレニアムの制服を着こなしている少女と。

 

そして、

 

ゲヘナの中でもとびきりやばい。『美食研究会』の一人、黒舘ハルナの三人を。

 

「っっっっっ!?!?!?」

 

聞いてない。

頭の中でそんな言葉が飛び交う。

 

男の人は連邦生徒会の制服を着用している事から間違いなくシャーレの先生だろう。

隣にいるミレニアムの少女はシャーレに入部した、取っ替え引っ替えされてる哀れな少女の一人なのだろう。恐らく、きっとそうに違いない。

 

ここまでは良い。

ここまではカヨコの話から想定可能な範囲の話だ。

 

しかし、

しかしだ。

 

この場面で自分達より圧倒的格上である黒舘ハルナがやって来るのは流石に想定外だ。

瞬間、彼女の中で先生に対する格が上がる。

彼女を従えているという事実が、先生が只者ではない証拠だった。

 

それにもう一つ、もう一つアルの中で叫びたい事が一つ生まれる。

 

(二人じゃなくて三人で歩いてきたじゃない!! 仕事なのに両手に華で来たじゃない!!! 何その余裕! それが悪党の流儀なの!? スマートに仕事を終わらせて夜の街へ消えていくのが彼の日常だとでも言うの!? おまけに顔が怖い!! 視線だけで人を殺せそうじゃない!!!!)

 

冷静に、冷静になって考える事をアルが出来ていたならば、女生徒しかいないキヴォトスではシャーレに入部するのも、そして連れて歩くのも女性ばかりになってしまうのは当然もとい前提である事に気付き、取り乱す事もなかったのかもしれない。

 

が、事前にカヨコから告げられた妖しい先生の噂。そしてその通りに現れてしまった先生の姿から、アルはもう先生に付いてきた二人の事を『そう』としか認識出来なくなっていた。

 

尤も、常日頃から生徒の要望とはいえ二人きりでしか街を歩いていない先生の方にも、そう誤解されてしまう不備があるかないかと言われればあるとしか言いようがないのもまた事実だが。

 

「お前等が便利屋って奴か」

 

低い声が先生から迸る。

先生は顔や目元だけでなく声までも怖かった。

確かに見てくれは悪くないがどうしても拭い去れない恐怖感を彼から感じ取り、世間的にはこういう人のがモテるのかしら等と一瞬考えてしまう彼女だったが、他にも少女達がいる中で、真っ先にアル目掛けて彼は声を掛けて来た事に彼女は正気を取り戻す。

 

いけない。

仕事に関係ない事で心を取り乱してはいけない。

 

切り替えるのよ陸八魔アル。と、彼女は思考を現実に寄り戻し。

 

「そういう貴方は、シャーレの先生、で良いのかしら?」

 

あくまでいつも通りに、平静に先生に問いかける。

 

「あァ。お前等の力を借りに来た」

 

どうやら心の中の動揺は気付かれていないようだった。

良し。と彼女は早々に失態があった事を上手く隠せている事を自分で褒めつつ、先生とどう連携を取り合うか、そしてお互いにどう動くかの会議を始める。

 

「仕事の内容は聞いているわ。ゲヘナに潜んでいる生徒を見つけ出し。違法薬物を他校と取引する前に薬物を奪取する、で良いのよね」

 

「…………、概ねその認識で間違いねェ。俺はゲヘナの地理はまだ疎い。基本的にはお前等と黒舘を頼りに動く事になる」

 

一瞬先生が言い澱んだ事にアルは若干疑問を沸かせたが、その後に続いた彼の言葉に成程。と、アルは自分達が何故先生と協力するよう依頼に注文が入ったのかを理解し、同時に別の疑問が浮かび上がり、それにより最初の疑問を忘れ去る。

 

先生の発言の中にあった不審な点。それはどうして先生がこの仕事をすることになっているのか。だった。

 

ゲヘナの地理に詳しくないのならば、彼が来る必要性は無い。

自分達に声を掛けているのなら、そのまま協力を要請せず便利屋に一任してしまえば良い。

 

なのに彼がわざわざミレニアムの生徒及び黒舘ハルナを引き連れてやって来た理由。

彼に仕事を依頼した人物の思惑。

 

分からないわね。と、アルはその答えに辿り着くことが出来ないモヤモヤに一瞬苛まれるが、今はそれを考える時間じゃないかと気持ちを切り替え。

 

「任されたわ。私達は私達のやるべきことをさせて貰うわよ」

 

まずはしっかりと目先に迫る仕事の対応をしなければならない。便利屋68の社長として。

アルの言葉に先生はよし、と頷くと。

 

「まずは互いのすり合わせとおさらいだ。薬物を持って逃げてるのは『ゲヘナ科学部』の三人。連中はゲヘナのどこかに隠れてる。そいつ等を逃がさねェ様に風紀委員があちこちで見張りを立ててる。ここまでは良いな?」

 

コクンと頷く。

それはカヨコ、ムツキ、ハルカの三人も同様だった。

 

「俺達の目的は薬物を取引させない事。だ、その際に戦闘行為になっても良い様に俺が来た。つまり、俺がいる限り多少無茶な行動でもまかり通る。それが例えどこであってもだ」

 

「それはつまり……他校でもって事?」

 

そうカヨコが口を挟み、彼女の言葉に先生はあぁと肯定する。

 

「依頼してきた奴はそのつもりで俺を頼った。最善はゲヘナ内で完結させる事だが、最悪はいくら想定していても良い」

 

カヨコの質問と、それに対する先生の返答で、アルは先程抱いた疑問である先生がいる事の必要性を知った。

 

薬物の奪取。

それは言葉だけで言えば簡単に聞こえるが、実際はそうではない。

作戦が実行された時、間違いなく薬物を奪わせまいと相手も抵抗する。

必然的に、戦闘は免れないだろう。

 

それがゲヘナであるならばまだ問題はないだろう。

しかし、それ以外ならば。

万が一ゲヘナからの脱出を許し、追った先で戦闘になる事もあり得る。

 

そのリスクを最大限緩和する為先生はやって来たのだ。

 

しかしそれでもアルの中に疑問は残る。

自分達は風紀委員に目を付けられ過ぎた結果ゲヘナの外にオフィスを構えている。

結果的だがゲヘナの外に構えられたオフィスは、依頼者が望むどこの仕事ぶりにも柔軟に対応できる利点となって働いており、それもあってか自分達は何処で戦闘をしてしまったかどうかに重点を置いていない。

 

ゲヘナ地区内だからだとかそうじゃないとかで、仕事を選んでいない。

彼女達にとっては、ゲヘナ外での戦闘行為をすることに置いて何ら危機感を抱く事はない。

 

にもかかわらず、それを正式としても良い様に先生がやってきている。

依頼者が便利屋の性質を理解していないのか、それとも念には念をかけたか。

 

(まあ問題ないでしょ。どんな事が起きる可能性があったとしても起きる前に解決してしまえば)

 

前向きな視線で考えれば、先生がいることは万が一が発生した時の保険だ。

であるならば、保険が適用される前に終わらせてしまえば問題ない。

 

自分達ならば、恐らくそれは可能だ。

 

「ここからが本題だ。科学部の奴等が何処へ隠れてるかを見つけ出す為に便利屋の力が必要だ。この状況、どォ見る?」

 

「そうね、風紀委員はゲヘナの外へ行かせない様に見張ってるけど、基本的に外を見ようとしているから内部全体に目は行き届いていない。相当な数が動いていそうだけど総動員でもない。穴はいくらでもあるわ」

 

「そうですわね。その中でも一番潜伏先として有り得そうなのは……」

 

アルの言葉から続けるようにハルナが顎に手を当てながら発し、

 

「地下か、廃墟、ですわね」

 

最も潜伏している可能性が高い場所を二か所、挙げる。

 

「地下があンのか?」

 

「正確に言うと下水道ですわ。逃げ道として優秀ですのよ?」

 

うんうんと彼女の言葉に同意するようアルも頷く。

自分達も何度下水道に逃げ込み風紀委員から逃げ切った事か。

 

臭うから毎回あそこに行くのはイヤなんだけどなぁと過去を思い出したかのように愚痴るムツキを宥めていると、先生がアルの方に視線を合わせる。

 

「下水道に詳しいか?」

 

「ま、まあそれなりには? 逃げ道を常に確保するのもプロだもの!」

 

本当はがむしゃらに逃げ続けていたらいつの間にか覚えていただけなのだけど、と言葉に出さず本音を零したアルだったが、その過程を決して語らず、詳しいという真実だけを告げる。

何故ならその方が見栄えが良いから。

 

詳しくなった理由なんか適当に誤魔化して真実を言わずに黙っていれば案外分からない物だ。

要は結果が大事なのだ。

自分達は地下での逃げ道に詳しい。彼にとっても自分達にとってもそれだけで十分だ。

 

都合の良さそうな部分だけを話したアルに、そうか。と、先生は考え事をするように数秒沈黙した後。

 

「廃墟ってのはゲヘナの生徒がぶっ壊した後の施設って事で良いのか?」

 

抱いていたもう一つの疑問をぶつけて来た。

 

「概ねね。建て替えられるまでの間だけだけど、身を隠すにはうってつけね」

 

「お金が無い時何回か寝泊まりしたこともあったもんね~。最低でも雨風は凌げるし」

 

アルが懸命にゲヘナの内部事情を話していると、ムツキが茶化すように自分達の過去を暴露し、慌ててアルは人差し指を立ててシーッ!! とそれ以上の追撃を取り止めさせる。

情けない事実を知られ、うんざりされては今後に影響が出る。

 

ムツキを静かにさせた後、恐る恐るアルは先生の様子を窺うが、幸いな事に彼はその事について何も触れる様子を見せず、つーことは未来塾とかあった北区も捜索の範囲内か、と、面倒くさそうに先生は呟くと。

 

「七人でゾロゾロ動いても効率が悪い。チームを二つに分けるぞ。俺と……そォ言えば名前を聞いてなかったな」

 

言いかけて、思い出したように彼はアル達の方を見やった。

 

「陸八魔アルよ」

「浅黄ムツキだよ~」

「鬼方カヨコ」

「い、伊草ハルカっ! で、ですっ!」

 

「俺の事は先生で良い。で、お前等と同じゲヘナの黒舘ハルナと、ミレニアムの早瀬ユウカだ」

 

彼がこっちを見た意図を察し、全員が次々に簡易的な自己紹介を始め、それを聞いた先生もミレニアムの子をアル達に紹介する。

 

ユウカとハルナは彼の紹介に反応しペコリと下げる一方で、ムツキ、カヨコ、ハルカの反応は様々だった。

 

ムツキはニコニコと笑みを浮かべ、小躍りしそうな雰囲気で挨拶し、

カヨコは相変わらず淡々と名前だけを述べ、

ハルカは物凄い勢いでガバッッ!!! と頭を深く下げる。

 

一瞬、一瞬だがアルはハルナ、ユウカと自分達を比べ、忙しない四人組だと思われていないかしら等と先生の方に視線を向けるが、肝心の彼は特に気にする事もなく話を先程の内容へと戻し、

 

「そォだな。俺と陸八魔、浅黄、伊草で下水道を回る。鬼方と黒舘、ユウカの三人で廃墟を回れ。廃墟を漁る場所は黒舘と鬼方に一任する」

 

淡々と続きを述べた。

細かい事は気にせず目的だけを告げるその姿勢はスマートそのもので、アルは少し先生の言動に一瞬呆けていると。

 

「あれ~~~。先生ユウカちゃん一人だけ名前呼び~~~? ねえ私の事もムツキって呼んで良いんだよ~~?」

 

先生の早瀬ユウカだけ名前呼びした事実をからかうようにムツキが前に出て、くふふと揶揄い始めた。

しかし先生は彼女の言葉に何一つ動揺することなく。

 

「あ? 必要ねェだろ。ユウカを名前で呼ンでるのは仕方なくだ。これ以上年甲斐もなく駄々捏ねられたくねェンでな」

 

サラっと言いのけ、ムツキの揶揄いを躱した。

まるで何回も何回もその手の発言を聞いてきたみたいに先生は軽くムツキをあしらい、遮られた話を続けようとした所で、聞き捨てならないと今度はユウカが先生に喰って掛かり始めた。

 

どうやら彼女にとっては重大問題に発展してしまったらしい。

 

「ちょっっ!! 先生! 私がいつ駄々捏ねたって言うんですか!!!」

 

「自覚ねェのかお前? あン時のお前全然引き下がらなかったじゃねェかよ」

 

「そ! それは! でもっ……!! だってっっ!!!」

 

あの時、と言うのがいつの日を指すのか先生、ユウカ共に今日が初対面のアルには分からなかったが、話の内容からユウカが先生に対し並々ならぬ感情を抱いているのだけは察しが付いた。

 

名前を呼んでほしくて駄々を捏ねる。普通の相手にそんなことはしない。

先生の事を大切に思っている人がいる。と言う事実が、アルの中の先生像を少しばかり修正していく。

 

そこまで悪どい人じゃないかもしれない。

名前で呼んでと詰められ、最終的には折れて名前呼びをし始めたという事から、あんな怖い顔と声の癖して意外と押しに弱く、存外生徒に甘い人なのかもしれない。

 

ちょっと、ほんのちょっとだけ親しみやすさをアルは覚えていると。

 

「なら私の事もハルナ。と呼んで欲しいですわ先生! 黒舘なんて他人行儀なのイヤですわ!」

 

不服さを隠しもせずハルナが先生に物申しを始めた。

その様子はどう見ても可愛らしく嫉妬する少女のそれでしかなく、常日頃からゲヘナで問題を起こしているテロリスト集団の一人とはとても思えない程に親しみに溢れていた。

 

これが彼女の本性なのか、それとも先生の前でだけ見せている特別なのか。

いずれにせよハルナは完全に彼によって懐柔されている事実が、またもやアルの中にある第一印象及びカヨコからの情報により構築された先生像を崩していく。

 

一体どのようにハルナを手懐けたのか。

その手腕は確かな物なのではないか。

 

わ! 先生モテモテ~~! 等と先生を茶化すムツキを他所にアルは考えを重ねていると。

 

「今はンな事で時間使ってる場合じゃねェだろ。依頼主様は一秒でも早い解決をお望みだ。雑談するなら今すぐ帰るか全部終わった後でしやがれ」

 

ユウカとハルナ、そしてムツキの三人に纏めて釘を刺すと、行くぞ。と、話を終わらせるように先生は一人歩き始め、その後ろをはいは~い。と上機嫌そうにムツキがトコトコと付いて行く。

 

二人の後姿を眺めながら、終わった後には許容するのね。と、キツイ言動とは裏腹に内容自体は甘い物である一面を垣間見たアルは、第一印象と事前情報のみで人を決め付けるのは良くないなと反省し、先生への見方を改めなくちゃ等と考えに耽っていると、ちょん、と、彼女の服の裾が優しく引っ張られた。

 

「アル様、行きましょうっっ……!」

 

見ると、同じく先生の同行組に加えられたハルカがアルの服の裾を優しく引っ張っていた。

このままじゃ置いて行かれますよ。

震える声での呼び掛けにアルも思考の海から浮上し、慌てて先生達の後を追う。

 

「それじゃ、私達も行こっか。付いて来て、廃墟が多い場所の当て、あるから」

 

背中から聞こえるカヨコの言葉と、離れていく複数の足音を聞きながら、アルは先生、ムツキ、ハルカと共に下水道へと潜って行く。

 

後に起きる大事件が起きるきっかけが、この薬物取引妨害作戦の中に隠れていた事に、彼女達の誰一人、先生でさえ気付かぬまま。

 

 

 














想定3話から4話ぐらいにズレそう。

全く関係ない話ですが、今回の文中で登場した『その日だけの女としてでも、そう扱われる事に喜びを感じるある種終わった価値観を持ち合わせてしまった少女』

劇中ではアルちゃんの妄想ですが、ミドリやユウカとか割とそれで妥協しそうじゃないかなとは思った。

ミドリは可愛いので定期的に虐めたい欲が出るので抑えるので必死です。
まあそれはユウカとかも該当しちゃうんですけど。

実は未来塾編ではミドリがコンクリの壁に激突させられて血を流してから一方さんブチ切れるプロットだったんですよね。
序盤からそんなの良くない!! もうちょっと熟してから!! とダメージを負う前に救出する方向に修正しましたが、今後はどうなることなんでしょう……。

銃で撃って撃たれる世界なのですから、無傷でずっと過ごせる筈が……ないよね! 一方さんもヒロインズも!

でも安心して! 本当に虐めたいのは一方通行だけだから! 君の涙が一方通行を曇らせるんだ! 痛いという声が怒りを燃え上がらせるんだ。君の為に一方通行はブチ切れて暴れたよ。それって結構、幸せじゃない?

だから君の為に心を擦り減らしていく先生の姿に涙を流そう! そしてお互いに曇って行こう! それも青春だ! ブルーアーカイブだ!

涙は透明だものね。
そこに込められている濁った感情を涙は色にしてくれないからね。
少女の涙で世界は彩られる。

なんて、なんて透き通った世界観なんだ……!!

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