とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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不幸の星の下に生きる

 

「陸八魔、連中が下水道に身を隠している可能性があるのは分かった。だが一つ疑問がある。奴等はこの後どォやって外へ出るつもりだ?」

 

先生と合流し、二チームに別れ、彼女達が下水道に進入し仕事を開始してから既に数十分。何となくここにいるだろうと当たりを付けながら歩き続けるも、現状成果は特に得られていない。

 

下水道とはいえ範囲は広大に及ぶ。その中から三人をピンポイントで見つけるのは易々と出来る事ではない。

 

しかし道は無限に続いている訳でもない。潜伏場所を地下にしたのならばどこかしらで必ず見つけられると、下水道内部を道案内を兼ねて先頭を歩くアルの背後から、そんな先生の疑問が投げかけられた。

 

言われて、気付かされる。

確かにゲヘナの地下は逃げ込むのはうってつけだ。

そこから外へ出るのも難しくはないだろう。

 

ただし、それは地下から出る場所は何処でも良いという条件があった場合の話。

今回のケースは事情が違う。

彼女達は、ゲヘナの外側へと近い場所から地上に出なければならない。

 

それも、風紀委員がいないような場所に。

それは果たして可能なのか? と、少しばかり、その質問にアルは考え込む。

 

風紀委員はバカの集まりではない。

科学部の三人の目的がゲヘナからの脱出ならば、当然警戒を強化する。

下水道全体を捜索するのは困難でも、近い場所を見張るだけならば人出や捜索に必要なパワーは少なくて済み、十分可能な範囲に収まる。

 

そしてそれは、逃げている彼女達も把握しているに違いない。

と、なると。と、アルは口を開き、推測を語り始める。

 

「やっぱり基本的には籠城しているつもりなのかしら。一日中神経をひり付かせている風紀委員が疲れたタイミングを見計らって一気に外へ脱出する。考えられない線ではないわ」

 

それらの条件を当て嵌めた時、最も可能性が高いであろうと予想される展開を述べるアルだったが、対する先生は彼女の推測にイヤ。と一つ否定を入れる。

 

「ここでジッと大人しくしながら風紀委員の動きを見続けるのはリスクが高ェ。風紀委員だって下水道の事は把握してる。何人か足を踏み入れてもいる筈だ。長期戦を見越して籠城するなら廃墟にいる方が物資調達を考えても百倍そっちのがましだ。地上の方が風紀委員の動向も探りやすい。連中が廃墟じゃなく下水道に潜ンでいると仮定した場合、ここでの奴等の利点は何だ?」

 

逃げやすい場所としては認める。

しかし、留まり続ける場所としては最悪だ。

危険度が高い方は下水道の方なのは疑いようがない。

 

逃げるにせよ隠れるにせよ、それとも作戦を進めるにせよ、風紀委員の動向が分からない場所でひたすら待ち続けるより、把握できる場所で臨機応変に動ける地上を選択するのは良く考えれば当然の選択だ。

 

あくまで仮定での話であるが、それでも尚ここを選んだ利点があるとするならばと、先生の疑問にアルがそうね。と自分なりの見解を述べようとした直前。

 

「そんなの簡単じゃん~。やって来た連中を一網打尽にしやすいからじゃない? どうせ大勢でわらわら攻めて来る感じでもないんだし」

 

「そ、そうですよね! みんな爆弾で吹き飛ばしてしまえば問題無いですもんね!!」

 

あはっと笑いながらムツキが銃を撃つ仕草をしながら地下を選んだ理由はそれしかないと豪語し、ハルカが相変わらずサラリととんでもない作戦を口にする。

 

一体何が問題無いのだろうとハルカの作戦に対し思わずにはいられないが、アルはハルカの発言を一旦無視しつつ、逆にムツキが語った理由には納得性はあるなと考えを巡らせる。

少なくともここなら乱戦になることはないだろうし、会敵したとしても基本的には正面からの撃ち合いになる事が想定される。

 

三人という少人数で戦闘を潜り抜けなければならないことを考えた場合、多人数で多方面から叩かれる可能性がある地上より、一か所にのみ気を配りながら逃げるか戦うかを選べる地下の方が生き残れる率は高い。

 

ムツキの言う通り、大勢で地下を探し回る事もないだろう。

それはもう、地上に出て下さいと教えているような物だからだ。

 

「その考えはあり得るな。が、浅黄、お前声がでけェ。もう少し静かにしろ。地下だから声が響く。俺等が来てる事にこれで気付かれたら笑い種だ。笑って済ませられねェがな」

 

先生も概ねアルと同じ思考を辿っていたのかハルカの発言を聞かなかったことにしつつムツキの推理に肯定の意を示し、同時に彼女へ僅かな注意を促す。

それを聞いていたアルは先生も中々鋭いわね。と、ムツキに対する指摘含めて彼の優秀さに感心していると。

 

「そう言えば先生。ちょっと気分悪い? さっきから少し顔色が悪いけど?」

 

と言うような声が聞こえ、振り向くとムツキが心配そうに先生の顔を覗き込んでいるのが見えた。

 

言われてみれば、足の進みも地下に踏み込む前より遅くなっている気がする。

下水道特有の臭いで気分を悪くしたのかしら。と、一度地上に出て休憩を取る事も視野に入れようかと、アルはここから最も早く外へ出られる場所はどこだったかしらと記憶を掘り起こし始めた所で、

 

「気にすンな。この程度なら大した事じゃねェ……時間が惜しい。さっさと進むぞ」

 

彼女の考えに先手を打つように、彼はカツンと杖を鳴らしそのまま先へと足を進め始めた。

 

本当に大丈夫なの? と心配するムツキに心配ねぇと返事しながら歩く彼の歩調はやはりどこか覚束ない。

心なしか、身体も左右に揺れている。

 

先頭に立ち続けていたが故に気付かなかったが、これはそれなりにまずい状態ではないか?

便利屋68を纏める社長としての目が、彼の状態の悪さは深刻な方に寄っているのを訴える。

 

「辛いなら先生だけでも地上組と合流しても良いのよ? 確かに下水道って慣れてないと中々しんどいもの。無理することはないわ」

 

なので、彼女は先生に無理のないよう、下水道からの脱出を勧めてみたが。

 

「ゲヘナのどこを捜索してるかも分からねェ奴等と合流するまでどれだけ時間が掛かると思ってやがる。良いから進むぞ」

 

アルの提案はぶっきらぼうに正論を言う先生によって一蹴された。

本当に先生をこのまま引き連れて大丈夫なのかとアルはモヤモヤを抱えていると。

 

「言うけど先生~。もしこの先で連中と会敵して、戦闘になった時に途中でバタッて倒れたりしない~? アルちゃん先生を担いで戦うの大変そう~」

 

「ハッ! 誰に言ってやがる。俺が足を引っ張るようになったら世界は終わりだよクソッタレ」

 

ムツキのからかいを先生は鼻で笑い飛ばしていた。

 

物凄い自信満々だった。

何処から来るのか分からない程に自信タップリな声だった。

そして担ぐ役割は自分だった。

勝手に決められていた。

 

え? この流れ確定なの? 私が先生を担ぐ未来はもう決まってるの!? と、アルは唐突に告げられた新事実に戸惑っている時。

 

先生の携帯から小さく音が鳴り始めた

 

「……っ、少し待て。ユウカから連絡だ」

 

先生はそう言って一度アル達三人の動きを制すと、携帯を取り出しミレニアムの少女と通話を始める。

 

このタイミングで電話してきた目的は何なのだろうか。

潜伏先が見つかったか、それとも何かアクシデントか。

 

電話の向こう側からの声が聞き取れないまま、先生の声から、二人が話している内容を大まかに把握しようとアルも耳を傾ける。

 

「…………おォ。……いや、こっちはまだ収穫無しだ……。そっちは…………、そォか…………」

 

どうやら、内容から成果報告ではないらしい。

先生のトーンが上がらない事から、地上組も苦戦していることが窺える。

 

では、一体何の報告なのだろうか。

聞くことに意識を集中しながら、電話を掛けて来た意図を掴みかねていると。

 

「……ァ? 黒舘が別行動を始めた?」

 

ピクッ、とその言葉にアル、ムツキ、ハルカの三人が同時に反応する。

どうやら、芳しくない報告で間違いないようだった。

 

「チッ! 何考えてやがるンだあいつは。まァ良い。ユウカは引き続き鬼方と捜索を続けろ。だが連中を見つけたら俺に連絡しそのまま待機だ。二人でもどォにかなると思うが、万が一逃がすと厄介だ。良いな? …………、……あァ? なンで体調悪いって分かるンだよお前……、もォ切るぞ」

 

察し良すぎんだろと言いながら、先生は通話を一方的に切断した。

最後、あっ! ちょっと!! と、こちらでも聞こえそうなぐらい大きな声が聞こえたが先生はそれを完全に無視し、携帯を収める。

 

「向こうでアクシデントだ。黒舘が一人で別行動を始めた。少しだけ離れると一言告げて別れたらしいから何か考えはあるンだろォがな」

 

何でもなさそうに移動を再開する先生だったが、彼女達はそうはいかなかった。

一人で行動し始めたという部分に対して引っ掛かりを覚えない訳がなかった。

 

相手はゲヘナの美食研究会、黒舘ハルナ。

 

アル自身会った事は殆ど無く、会話になると皆無に近い。

が、このタイミングでの離脱はあまりにもおかしすぎないだろうか。

科学部の三人と実はどこかで繋がってるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 

「先生は疑わないの? このタイミングで一人行動ってすっごく怪しくない?」

 

ストレートに、アルが思っていた事をムツキが先生に問う。

 

「言いてェ事は分かるが、人を見る目は持ってるつもりだ。あいつは敵対する時はハッキリ敵ですと宣言してから敵に回るタイプだ。つまり問題ねェ」

 

他にも理由は色々あるがなと付け足して、先生はこの話はそれで終わりだとばかりに会話を切り上げた。

 

今日の私は先生の敵、ですわ!!

 

僅かしか話していないのに堂々とそう宣言する彼女の様子がありありとアルの脳内に映し出される。

なるほど確かに彼女なら言いそうだと、先生が語るハルナ概念の説得力の高さに納得する。

 

ムツキは先生の回答に半分ぐらい納得がいかなかったのか、ふ~ん。とだけ呟き、しかしそれ以上の追及はせずにトコトコと先生の後を歩き始める。

 

そのまま歩いて数分が経過し、下水道の十字路に辿り着いた頃。

 

「ア、アル様! これ見て下さい!!」

 

何かを発見したのか、ハルカがしゃがみ込みながら違和感のある場所を指差した。

 

「これは……足跡か?」

 

ハルカの指差した方向を見ながら先生がポツリと零す。

見れば、確かに乾いていない靴跡らしき物がうっすらとコンクリート部分に残っていた。

 

下水道の水が靴に付着した事で残されたと思わしき痕跡は、三人分。

数も合っていて、この状況で他に下水道に足を踏み入れている少女がピッタリ三人いた等と言う可能性は極めて低い。

 

間違いなく、件の三人だろうと確定して良い状況だった。

 

「先生どうする? カヨコ達を呼ぶ?」

 

当たりを引いたのは自分達だった。

であるならば、地上を捜索している二人をこれ以上無駄な仕事をさせる必要もない。

六人ならば、狭い下水道の中だとしても難なくその三人を制圧する事が出来るだろう。

 

だが、呼ぶとなればどこにいるかによるが時間も相応にかかる。

逃走中の三人は地面にある痕跡の真新しさからここを通ってから時間はそれほど経過していない筈。

つまり、相手は籠城ではなく移動を続けているという事になる。

 

このままここで待てば取り逃がす事になるかもしれない。

恐らく自分とムツキ、ハルカの三人でも制圧するのは容易だろうと推測出来るが、それでも今、この仕事を仕切っているのは先生である以上。勝手な判断は出来ない。

 

アルは、彼に最終的な判断を仰ぐ。

 

「……いや、俺達だけで進む。見た限り目標は近い。こっから先は私語禁止だ」

 

その言葉に、全員がコクンと頷いた。

自分達もプロ。状況はしっかりと理解している。

ここから先は、足音一つ一つに気を配る程、慎重に歩かなければならない。

 

私語を禁止するという事は、しばらくはカヨコ達と連絡を取るつもりもないのだろう。

緊張がアル達の中に走る中、シュッ。と、何かが滑る音が先生の方から聞こえた。

音の発生源を見ると、先生は右手に持ってた杖を手首に仕込んでいる道具の中に収納し、右手を壁に手をついて、杖をつかずに歩き始める。

 

杖の音はこれで鳴りを潜めた。

が、

 

「……チッ!」

 

ずり、と、引き摺るような足音が、杖をつく音を引き換えに一段と大きく響き始める。

どうやら、ここまでが先生の限界らしい。

 

音を立てまいとどれだけ努力しようが、彼の足が言う事を聞くのは脚を動かす事のみで、その先にある繊細な動作を受け付けてはくれていなかった。

 

この音がどこまで響いているか正確な把握こそアルには出来なかったが、体感では小さい方だと認識する。

間近に接近しない限りは、大丈夫なんじゃないかと思うぐらいだった。

 

「……行くぞ」

 

彼は助力を願う事もせず、自力で前へと進んでいく。

その様子を見てアルはハルカとムツキに目配せで指示を飛ばした。

 

元々下水道に入って以降先生は体調を悪くしている。

自分を支える杖も使っていない以上、何かが起きた時彼は自分で自分をリカバリー出来るか甚だ疑問だ。

 

その時は手を貸す必要がある。

それを、ムツキとハルカに担って欲しい。

なので、彼女は何かあったら先生を助ける様にと目線だけで訴え、二人はアルが何を言って来たのかを理解したようにアルに頷き返した。

 

見届けたアルはこれで万が一の対応は大丈夫ねと。先生の前に立ち先頭を進んでいく。

背後に一抹の不安を感じながらも、悟られない様に。

 

出会った当初の頃であれば、それは先生に自分達の良い所をアピールし、彼からの信用を得た果てに良いクライアントになって貰う為の物としての行動だっただろう。

だが、今の彼女は先生にこれ以上の負担を掛けさせまいとする為に斬然に振る舞っている。

彼女自身自覚していないまま、同じ行動ながらも、その目的は丸っきり違う物へと変化していた。

 

「…………」

「……、っ」

 

それから暫く、四人の息遣いと先生の引き摺るような足音の二つだけが響く空間が続いた。

流れる小さな水の音と、冷たいコンクリートから放たれる無音の圧力がやけに四人に重くのしかかる。

 

彼女達の歩行速度は遅い。

慎重に歩いているのもあるが、何よりの原因は先生にあった。

健常者ではない先生の一歩はアル達よりも狭く、歩行速度も半分にすら満たない。

 

これまでは杖をつき、腕の力を用いた推進力も利用して無理やりに誤魔化していたが、その杖の使用を封じた今、その誤魔化しはもう出来ない。

おまけに体調悪化も重なっており、現在先生は歩行する事だけで相応の体力を消耗し続けていた。

 

その先生に合わせてアル達も移動している関係上、どうしても遅くなる。

足跡は未だ続いている。

間違いなくこの先に彼女達はいる。

しかし、相手も移動しているならば、この距離が縮まる事はない。

 

相手の方が明らかに早い以上、追い付く為には立ち止まって貰う必要がある。

無論そんな望みを抱いたとて律義に相手が立ち止まる奇跡が起きる訳がなく、距離が開いているかもしれないという焦燥感が余計に少女達の神経を削る。

 

アルは、結論を出さなければいけない時が来ていた。

 

このまま先生を連れて歩くか。

もしくは突発的に相手と邂逅した時における瞬間的な戦力を削って先生の肩を誰かが担ぐか。

それとも、先生の事を放って置いて三人で追跡を開始するか。

 

どの選択が良い?

どれを選べば後悔が生まれない?

悩む。悩まされる。

アルは歩調を崩すことなく、前方を見つめ、汗を垂らすその顔を誰に見られることもないまま思考を続ける。

 

彼がいれば戦闘中の免罪符が手に入る。

だがそれは別に今の段階では必要ない。

ゲヘナ内でゲヘナ生徒が暴れても大きな問題に発展はしない。

それは至っていつもの事で普通の事だ。

彼の権力や権利は、この段階において齎す恩恵は非常に少ないと言える。

 

以上の事から、連れて行かなくても良い理由は、ある。

 

では、連れて行かなかった時に発生する欠点は?

戦闘が起きた際の指揮が必要?

カヨコが欠けて三人だから万が一に対処できない可能性があるからその保険?

それは果たして本当に先生がいたら回避できる問題?

むしろ彼を連れて行くことによって、余計彼が危機にさらされる方が確率が高いのでは?

 

……。

………………。

…………………………。

 

(ダメ、考えても考えても、今ここで先生を置いて私達だけで先に進む方が良い理由しか思いつかない)

 

このままここでグズグズしていても埒が明かない。

答えは出た。否、当の前から分かり切っていた。

ただ、思ったままの事を言葉にする勇気を持てないだけだった。

 

でも、それで良いのだろうか。

本当にその選択を選んで良いのだろうか。

 

仕事を遂行する為に必要な答えは既に出ている筈なのに、

アルの心はどうしてかその答えを否定したがっていた。

 

そんな折。

 

「便利屋。俺を置いて先に行け」

 

不意に、先生が口を開いた。

アルが考えていた事と同じ内容を、口走った。

 

「あはっ、良いの先生~~? 世界終わっちゃうよ?」

 

「言ってろ。巻き返しは後からって相場は決まってンだ」

 

「今から私達が終わらせて来るのに?」

 

「口が減らねェガキだ」

 

彼の発言を受けて、ムツキがこの場全体の空気を和ます為なのか、少し前に先生が発した宣言の揚げ足を取ろうとするも、先生はそれを呆気なく躱す。

 

先生と出会ってから、いつの間にか馴染みになった光景だった。

 

「不自由さにここまで直面すると面倒な身体になったもンだと言わざるを得ねェな。おまけにこの程度の地下ですらアウトになってンだから笑えねェ」

 

動く意思が無いことをアル達に伝える為なのか、彼は収納していた杖をスルッと伸ばし、右腕に体重を預け小休止しながらそう愚痴る。

 

しかし彼が語った愚痴の後半部分は何に対して言っているのかサッパリ分からなかった。

ので、つい反射的にアルは噛み砕いて説明して欲しいと声に出そうとするが。

 

「さっさと行け。グズグズしてたら俺を連れてるのと同じだ」

 

これ以上留まるなと遠回しに言われ、アルは喉まで出掛かっていた質問を引っ込めるしかなかった。

 

「……良いのね?」

 

代わりに、最終確認を取る。

先生を置いて先に進んでも大丈夫かという、答えは出ている確認を。

 

「良いも何もねェだろ。仕事を完遂する為の必要行為だ。何を躊躇ってやがる」

 

先生は彼女の言葉に頷く所か、その質疑応答すら不要であるとアルは逆に指摘された。

同時に、叱咤が飛んでくる。

 

同じ仕事を受け持つ仲間としてではなく、生徒と先生の間柄としての叱咤が。

 

「お前、一流の悪党を目指そうとしてるらしいな。だったらまず悪党らしく、仕事を遂行できない奴は放る覚悟を持て」

 

自分の理念を、アルは先生に話した記憶は無い。

彼は彼なりの情報網で自分達の事を知り、便利屋68の理念を知り、その上で先生は彼女に対し、冷たさが宿る言葉を紡ぐ。

 

それは、便利屋68が便利屋68であり続け、彼女達が彼女達らしく彼女達を全うする為に必要な心構えの教授だった。

 

一呼吸分、先生は息を肺に取り込みながら、ほんの少しだけ時間を空けて。

 

「悪党を目指して、目指した先に何があると思ってその座を欲してるのかは知らねェが、お前に一つアドバイスだ。仲間意識を持つのと仲間を切り捨てる勇気を持つのは別だ。誰でも助ける。目の前の困ってる奴に手を伸ばす。それはヒーローの仕事だ。悪党がやる事じゃねェ」

 

ゆっくりと語られたそれは、ただのアドバイスにしてはズシリとした重みに溢れていた。

アルは先生が放つ言葉を、ゆっくりゆっくり咀嚼する。

 

今語られているのは、先生が抱く彼なりの悪党感なのだろう。

しかし、価値観という一言では説明しきれない程に、先生の言葉には重圧が放たれ続けていた。

 

まるで、実体験をしていたかのように。

自分自身の過去を、振り返って発言しているかのようだった。

 

アルは、彼の言葉を咀嚼しきれない。

まだ、その頂へ登れていない。

 

「一流の悪は目的の為に手段を『選んで』一直線に進むもンだ。仲間を助けなければいけない程の危機だとして手を伸ばすのか、助けなくても生き残るだろうと信じて見捨てるか。お前は今、俺を見てどう思う」

 

「……無事に見えるわ。手を貸さなくても大丈夫なぐらいには」

 

「ならそれが答えだ。他人の状況に流されるな。自分の芯となる美学を持て」

 

「美学……?」

 

「そォだ。当然二流以下のクソみてェな奴が吠える美学じゃねェ。一流の悪としての美学を携えろ。そォすりゃ無駄にオロオロする事も無くなる」

 

自分が決めた判断基準に則って行動しろ。

それが出来りゃ立派な悪党だ。

そう先生は言う。

 

未だ、彼の言う事の全部をアルは理解出来ていない。

それは彼女の不徳が致す所かもしれないし、単なるカリスマ不足なのかもしれない。

もしかすると、一生掛かっても辿り着けない境地であるから、かもしれない。

 

だが、

それでも、

 

先の一言は、彼女の胸に何かを刻んだ。

与えられた言葉の一つ一つの意味を噛み締めるように、アルは先生の言葉を何度も反復させる。

 

運命が、変わる音がした。

良い方なのか悪い方なのか、未知のままで。

 

「それなら~。先生はヒーローってことにならない? うん、なっちゃうよね~」

 

「……ァ?」

 

アルの中の価値観が進化を始めた頃、ムツキが嬉しそうに笑いながらそんな事を口にする。

 

当然先生は訝し気にムツキの方を睨みつけるが、彼女はそんな目全然怖くないもん。と悪戯っぽく口許を吊り上げ、先生を見上げながらくふふ~と笑う。

 

「だって先生は、困ってる人がいたら声掛けちゃうでしょ? 何だかそんなタイプって気がする」

 

「……バカバカしい。俺がヒーローに見えるならお前の目は盲目だな。眼科に行け」

 

「はいは~い。この先にいるおバカさん三人をぶちのめしてから考えま~す」

 

トトト、と、鼻歌を今にも歌いそうな雰囲気を醸し出しながら、一人単独でムツキは足跡を追って足早に歩き始める。

それはまるでアルやハルカに早く来て。とおねだりしているようにも見えた。

 

「お前等もさっさと行け。逃げられても知らねェからな」

 

「え、ええ! 追うわよハルカ!!」

 

「はいアル様! え、えっと先生! ここを動かないで下さいね。酷い目に会っても知りませんから!!」

 

物騒な言葉を言い残しやがったな、と、ハルカの言葉に僅かに戦慄していると思わしき先生の独り言を耳で拾いながら、アルとハルカの二人もムツキの後を追う。

 

先を歩くムツキに追いつくのに、十秒と掛からなかった。

ここから先は三人での行動となる。

 

相手は三人。人数的には互角。

チームワークが織りなす連携戦術的観点で見れば、カヨコがいない分こちらがやや劣勢。

個人で言えば、恐らく個々の戦力が勝るこちらが有利と言った所だろうか。

 

不安要素は少なからずある。

だが、言う程危険な戦闘でもない。と言うのがアルが抱いている実感だった。

 

「で? どうするのアルちゃん? 走って追い付いてみる?」

 

「そうね……足音にだけ気を付けて速度を上げるわよ。下水道から逃げられたら追うのが難しくなるから。二人とも、戦闘準備だけはしておいて。見つけ次第速攻で叩き潰すわ!」

 

「おっけ~~! あはっ! 面白くなってきちゃった」

 

「りょ、了解です!! アル様の進軍の邪魔は絶対にさせませんっっ!!」

 

足跡を追跡し始めてからどれぐらいの時間が経過しただろうか。

先生の身体を気遣いながら進んだ関係で、お互いの距離はむしろ開いていると見て間違いない。

 

その気遣いが無用になった今、進軍速度は先の倍以上にまでなっているが、それでも尚足りないと踏んだのか、アルは足音に極力注意しながら速度を上げるよう二人に指示する。

 

気が付けば、歩いていたのが早歩きになり、早歩きだったのが走るにまで至る。

このペースなら、そこまで時間を掛ける事無く邂逅する。

 

緊張がアルの心境を包む。

仕事の大一番の時はいつだってこの圧迫感と向き合っているが、今日のは一段と違う物のように思えた。

それもこれも全部、先生から受けた助言のせいなのだろうか。

 

(フフ、一流の悪。悪くないわ。むしろそれこそ私が目指していた物! 見ていて先生! 立派な悪になり上がる為の、最初の狼煙をっ!!)

 

意気込み、己を鼓舞し、アルは先頭をひた走る。

その表情に迷いは無く、煌びやかに輝いてさえいた。

 

今の自分は無敵。

直感がそう訴えてくる。

ここにいるのが自分一人しかいなかったとしても、どうにか出来ると断言出来る程にアルの心は晴れ渡っていた。

 

それでも、それでもこう言えてしまうのだろう。

陸八魔アルは。どこまでも陸八魔アルだった。

 

それは一種の避けられない呪いのように、彼女に襲い掛かる。

 

プツンッと、

アルの足に糸のような何かが引っ掛かり、引っ張られた糸がそのまま切れたような感覚が走った。

 

「は?」

 

何が起きた? とは考えない。

何故ならその直後に、事象が発生したからだ。

 

カッッッ!! という真っ白な閃光が走った。

あ、まずいと思った時には、もう何もかもが遅かった。

 

誰かが仕掛けを起動させた瞬間に起爆する爆弾はアルの足によって作動し、

直後、ドッゴォォンッッ!!! と言うそれはそれは大きな轟音が鳴り響いた。

 

「いぎゃあああああああああッ!?」

 

大きな爆発がアルに、そしてすぐ後ろにいたハルカとムツキの二人に襲い掛かる。

下水道中に響いたのではないかと思ってしまう程の轟音と共に発生した爆発に対しそれはもう綺麗に巻き込まれたアルはゴロゴロと下水道の中を転がりながら悲鳴を上げる。

 

まともに爆風を浴びて死なない所か叫ぶ余裕すらあるのは、流石キヴォトスの生徒と言った所か。

 

「げほっっげほっっっ、な、なになになにっっっっ!?」

 

まさか先制攻撃が放たれるとは露程も思ってなかったアルは、咳き込みながら立ち上がり、何が起きたのかまだ理解出来ていないかのように戸惑い叫ぶ。

お気に入りのスーツが台無しだが、今はそんな所に気を配っている余裕等無い。

 

大事なのは、今自分達は何をされたのか。だった。

 

「けほ……けほ……いきなりなんて最悪~~。膝擦りむいちゃったじゃん~」

 

「ゆ、許さない許さない許さない許さない。よ、よくもアル様にこんな仕打ちをっっ!」

 

振り返ると、ハルカとムツキの二人も立ち上がっている。

言葉を発している所から察するに、さほど大きなダメージは負っていないようだった。

 

発言内容はムツキの方は相変わらずであり、特に何も問題はない。

 

しかし、ハルカの方は大いに問題だった。

爆発のダメージから復帰して以降、彼女の目が据わっている。

発言が、聞くのも恐ろしい物へと変化している。

 

やばい。

こうなった時のハルカはまずい。

 

過去の経験からアルはそう予感し、慌てて彼女を落ち着かせようとする。

 

が、アルがその行動を実行に移す前に。

 

ドダダダダダダッッ!! と、数多の駆けてくる強い足音が鳴り響いた。

 

イヤな未来が見えた気がした。

振り向きたくない光景が広がっている気がした。

それでも、振り向かない訳にはいかなかった。

 

足音が響いた方向に目を向け、そして目撃する。

 

武器を構え、自分達三人に照準を合わせている、

総勢十五名に及ぶゲヘナの不良と思わしき生徒を。

 

「な、ななななななななななっっっ!?」

 

瞬間、白目を剥いて倒れそうになる感覚をアルは覚えた。

倒れなかったのは、リーダーたる重圧が為せる技か。

しかしそれで状況が好転する訳でもない。

現実が変わる訳でもない。

 

話と違う。

何この状況。

相手は三人じゃなかったの。

と言うか聞いてた三人がこの十五人の中のどこにもいない。

 

言いたい事叫びたいことが次々と頭の中に飛来する。

だが、時間は待ってくれない。

 

相手は全員敵意剥き出し。

いつ撃ってきてもおかしくない状況。

隠れる場所は、どこにもない。

 

どうしようどうしようどうしよう。

混乱する。

ただひたすらアルは混乱する。

 

三人で十五人をこの狭い場所で迎撃するなど無謀も良い所だ。

間違いなく返り討ちに会う。

 

逃げなければ、

即座にこの場から離れなければ。

 

そう、アルは二人に指示しようとする。

その、直前に。

 

「さっすがアルちゃん。こうなるのが分かってたから先生を止めたんだ。すご~い」

 

「あ、っえ!? いっ、あっっ! ムッッ!?」

 

銃を構え戦闘態勢を取りながらムツキはわざとらしく陽気に振る舞いながらアルを賞賛する。

こうなる事を見越して先行した。

危険を先生から遠ざけた。

 

凄いねと、褒め讃える。

 

勿論、アルはこうなる未来を予想していない。

なんでここに十五人もいるのかも、

どうして三人分の痕跡しか残さなかったのかも分からない。

 

逃げたい。

今すぐ逃げたい。

逃げて先生と合流し指示を仰ぎたい。

 

心の底からそう思う。

 

だが。

 

「ふ、ふふふふ。ふふふふふふ」

 

瞬間、陸八魔アルの最大とも言っていい悪癖が発動した。

先生が背後にいる。それも理由だろう。

ヘイローを持たない、銃弾一発で死んでしまう人の所にこれだけの人数を向かわせる訳には行かない。それも立派な理由の一つだろう。

 

だが。

だがしかし。

 

彼女が不敵に笑ってしまった理由。

それは。

 

「当然よ! こんな危ない連中を先生の所へ連れて行ける訳ないもの!!」

 

誰かの発言で勝手に退路を封じ、乗ってしまう勝手に逃げ道を断ってしまう自分の性格故にだった。

 

これが、陸八魔アルが持つ最大最悪の悪癖。

 

自分で自分の逃げ道を断つ。

 

このせいで何度も痛い目を見た日々を送り、そして何度痛い目を見ても決して治らない、治せない悪い悪い彼女の癖だった。

当然、彼女自身その自身最大の欠点はイヤと言う程理解している訳で。

 

(い、言っちゃったーーーーーー!!! 流れに逆らえずつい言っちゃったじゃないーーーー!! でもこの状況で逃げるなんて言える訳ないわよっっ!! だけど逃げたいーーーーーーーー!!!)

 

堂々と宣言した格好の良い姿とは裏腹に、内心ではダメダメな精神がこれでもかと表出していた。

 

けれども、どれだけ彼女が内心で猛省しようとも、言ってしまった現実が変わる訳ではない。

彼女の発言は、大きな宣戦布告と受け取られるには十分だった。

 

ガガガガガガガガガッッ!!

 

結果、総勢十五人から一斉掃射の刑を受ける事になる。

だが、腹を括らざるを得ない状況を作ってしまったアルは自業自得ながらも覚悟を決め。

 

「いだだだだだっっ!? そ、そっちがやる気ならこっちだって全力でやってやろうじゃない!!!! ムツキ! ハルカ!!! 存分に暴れなさい!!!」

 

勝てないと半ば理解しながらも、応戦を開始しようとして。

 

「アルちゃ~ん。ハルカちゃんもういませ~ん」

 

「はえ!?」

 

既に反撃を開始しているムツキから放たれた返事に、彼女は能天気とも思われそうな声を出してしまった。

ハルカが、このタイミングで姿を消した?

 

やばい。

やばいやばいやばい。

 

頭の中で警鐘どころではない音が鳴り響く。

 

先生から離脱した途端次々と襲い掛かるアクシデントにアルはぶっ倒れそうな感覚を覚える。

 

「あっははは! ぶっ飛んじゃえ~~!」

 

その間にも、爆弾がギッシリと詰まった複数のバッグをムツキが敵集団の中に投げ込み、起爆させ現場をさらに混乱に陥れている。しっちゃかめっちゃか。の一言ではとても片付けられない状況だった。

 

もはや今起きている状況を整理するのに精一杯。

そんな中で、アルにとってさらに悩みの種が飛来する。

 

ゴバアアアッッッ!!! と、ジェットの噴射音と思わしき、強い風の音が突然背後で鳴った。

今度は何っ!? と、アルは反射的に音が聞こえて来た背後を振り返り。

 

先生が空を飛んでいる姿を目撃した。

 

「…………っっっ??????」

「わ! 先生すっごい! 空飛んでる~!」

 

目の前で起きている信じられない現象に、今度こそ彼女の思考は固まる。

 

そして、それは十五人。否、ムツキの攻撃により既に四人程が戦闘不能に追い込まれていた為、生き残っていた十一人も同様だった。

生き残っていた全員が全員、アルと同様に人が空を飛んでいるという信じられない物を見た事でその動きを止める。

 

はしゃいでいるのは、ムツキ一人だけ。

 

先生は、靴底から迸る強烈なジェット噴射を綺麗に操り、壁に激突することも無ければフラフラと蛇行する事もなく真っすぐに飛行を続け。

 

着地寸前、靴の爪先周辺から同じようにジェットが噴射し、逆噴射の要領で彼は衝撃一つ受ける事無く綺麗に杖から着地すると。

 

「爆発が聞こえたから無理して来て見りゃどォ言う事だこりゃァ……」

 

恐らく彼が想定していた状況と食い違いが多々発生している事に困惑の声を上げる。

その声に、ハッ! とアルは正気を取り戻すと、未だ不良生徒達が硬直しているのを良い事にグッ! と先生に詰め寄る。

 

まずい。

今このタイミングでの登場はまずい。

 

戦闘中でもあるし、暴走中でもある。

今すぐにでも、ここから逃がさなければ。

 

「ダ! ダメよ先生! 離れて!! 今ここはきけ────」

 

「アル様! 準備終わりました!!!!!!!」

 

アルが、先生に説得を行おうとしたとほぼ同時。

どこからともなく、ハルカのあまりにも元気な声が聞こえた。

 

何をとは、聞けなかった。

聞く、時間がなかった。

 

再び、下水道に閃光が走った。

ハルカが、好き勝手に暴れた結果だった。

 

ああ、終わった。と、アルが全てにおいて諦めの境地に至った瞬間。

 

大きな大きな爆発が不良達の背後付近で発生し。

下水道の一部が崩落した。

 

陸八魔アル。

不幸体質が良く似合う少女である。

 











結末だけを想定して書くから文章が伸びる伸びる。
本来なら3話で終わらせる予定だったんですよ? 実際はまだ半分ぐらいなのに。

キヴォトスをあっちこっちに移動する話を書いてると一方通行の移動手段は何かしら確保しても良いかなと思っている最近です。

一方通行がバイクの免許を取って買う話を書きたくなっております。。
大型を購入して後ろに誰が乗るかでヒロイン同士で争って欲しい。欲しくない?


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