とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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格の違い

 

大地が揺れた。

そう思わせる程の振動と轟音が、地下から響いた。

 

「なっなにっっ!? 地震ッ!?」

 

ミレニアムのセミナーがその振動に大きく動揺する。

 

だが、彼女、鬼方カヨコは逆に冷静だった。

むしろ、やっちゃったかとでも言いたいように右手を頭に沿える。

 

この規模の爆発と爆発音がこのタイミングで地下から聞こえる。

彼女にとってその事実はもう、これをやらかした犯人が誰なのかを指し示していると同様だった。

予想は外れて欲しいと願うが、こういう時に神様は微笑んでくれない。

 

十中八九。爆発を発生させたのは身内で間違いがなかった。

詳細を言うと、伊草ハルカの仕業で間違いがなかった。

 

「とりあえず爆心地まで行こうか。音からすると遠くないし」

 

爆発の発生場所は走れば数分で辿り着ける。

そう説明し、カヨコは嘆息しながら走り始める。

 

「え!? 今の爆発なの!? ねえちょっと! ちょっとっっ!?」

 

対するセミナーは早々に断言しあまつさえ走り始めたカヨコに説明を求めるが、答えてくれなさそうな雰囲気に叫びつつ、渋々と言った風にカヨコの後を追い始めていた。

 

走り抜ける二人が追い抜いて行く視界の先では、流石に先程の音は地上の生徒の動揺を誘ったのか、多くの少女達がザワついていた。

まずいな。と、カヨコは状況の深刻さに眉を潜める。

 

この騒ぎは相手にとって都合が良い展開になってる。

ハルカの爆発で全員吹き飛ばせたならそれが一番だけど、もしそうでなかった場合、この状況は向こうにとって千載一遇のチャンスだ。

 

風紀委員がピリピリとしている中での爆発。まず間違いなく何かがあったのだと調査が入る。

多数の風紀委員が、下水道へと進入する。

そうすれば勿論、地上の防衛が手薄になる。

 

これを機に、ゲヘナの外へと脱出される危険性がある。

 

走りながらカヨコが立てた予想はしかし、近くの下水道から中へと潜って行く風紀委員を複数人、この目で見てしまった事で確信に近い物へと瞬く間に変わっていく。

 

ああ、本当にまずいことになってるかもしれない。

何もかもがこちらに都合が悪く、相手にとって都合が良く動いている気さえしてくる。

 

あまり可能性としては高くないが、もしハルカの爆発が見当違いの物であって、かつ騒ぎになるまでが計算されている物だとしたら。

 

(いや、そこまでは考えすぎ……? でも万が一もある。それを見越して私達二人で地上の警戒に専念する? いやでも、二人じゃ見張るのも見つけた後にする対応も限界がある。やっぱり一度合流しなきゃ……っ!)

 

様々な可能性を考慮し、やはり一度爆発がした方へ行ってみるしかない。

未練はある。迷いはまだある。

だがそれらを全て振り切る様に決断すると、彼女は動揺する生徒の隙間を縫う様に走り、

 

やがて、大きな一塊の人集りを見つけた。

場所は、爆発が発生したと思わしき場所。

カヨコが目的地と定めた場所だった。

 

(……、まさか)

 

イヤな予感がした。

この上なく、申し訳ない予感がした。

 

ザワザワと集まった少女達の喧騒がうるさいが、その中に一つ、少女の物とは思えない声が混じっている。

何だか今日、聞いた事がある声が聞いた事のない音量で放たれ続けている。

 

おおよそ全ての事情を把握しながらも、カヨコはそうであって欲しくないなという一縷の望みをかけて音源の発信地まで近づき、

 

「り! く! は! ち! ま! く! ンンンンンンンンンンッッ!? こいつァ一体どういう事なんですかねェェエエエエエエッッ!? もう少しで生き埋めだったンですがァァァア!?!?!?」

 

額に青筋をこれでもかと立てながら白目を剥いているウチの社長の胸倉を掴みながら上下に揺するシャーレの先生と、

 

「私だって知らないわよぉぉおおおっっ!! 知りたくないわよこんなのぉぉおおおおっっ!!」

 

必死に必死に弁解をするいつものスーツがボロボロになってる社長の姿と、

 

「ごめんなさい先生ごめんなさい先生ごめんなさいアル様ごめんなさいアル様!!」

 

二人に対し何度も何度も腰が折れ曲がるのではないかと言う程の角度で謝り倒すこの爆発の元凶が騒いでいるのを発見した。

 

もう、今日爆発ばっかり~~と、三人とはやや関わらない場所で服についた埃を払いながら今日一日の運勢を呪っている少女もいたが、今はそれは置いておく。

 

「な、なにこれ……。一体何が起きたの……?」

 

騒ぎの元凶が先生と愉快な仲間達であることを目撃したセミナーから困惑の声が零れる。

この様子だと説明したとて理解してくれるかは微妙な所だろう。

 

さてどう説明した物かとカオス極まりない状況を整理しようと努力を試みるも、目の前に広がる現実こそが正解であり誤魔化しも言い訳も通用しないのが苦しい所だった。

 

ああ、やっぱり神様は微笑んでくれなかった。

実に見事と言う他無い程に、想像していた通りの光景が広がってしまっていた。

 

まあ、いつもの事だし慣れた物かと、カヨコは悲観しそうになった己を強引に前向き思考へと切り替える。

 

「先生、先生」

 

まずは先生の怒りを収めなければならない。

なので、カヨコはとりあえず先生の方の注意を向けさせるようにトントンと彼の肩を叩きつつ二度呼びかけ。

 

「ごめんなさい。やっぱり私もそっちに付いて行くべきだった」

 

素直に、部外者側からの謝罪をした。

無論、一緒に付いて行ったとしてもハルカの暴走を止められたかは分からない。

否、十中八九今と同じ状況になっていただろう。違いはこの爆発に巻き込まれた被害者が一人増えてるか否かだけだ。

 

しかしそんなこと先生は知らない訳で。

もしかしたら自分の采配ミスかもしれない。とほんの僅かでも思ってくれたらこっちの勝ちな訳で。

 

「…………チッッ! もう良い、終わった事をグチグチ言っても仕方ねェ」

 

カヨコの目論見通り、自分のミスが招いた事故なのかもしれないと先生は考えたのか、不機嫌さを物語る表情は残しながらも社長を掴んでいた手を離す。

 

ごめん。と、内心カヨコは謝る。

同時に、この人は本当に甘い人だな。と、思わずにはいられなかった。

 

死にかけたのだからもっと怒鳴っても八つ当たりしても普通は当たり前の行為な筈で、咎められる権利は無いというのに、第三者からの謝罪一つで許すのは少し心配にもなる。

 

「先生、体調はもう大丈夫なんですか?」

 

「地上に上がってさえしまえばな。つか何やってンだお前」

 

「先生の服の埃を払ってるんです。ほらじっとしてて下さい」

 

「いやする必要ねェだろ今」

 

立ち上がった先生を気に掛けるように、彼の服に付いた埃をパンパンと払いながらセミナーが体調は悪いままなのかと問いつつ、お節介を発動する。

直ぐ終わりますからと強引に事を為すその姿は、傍から見ているととても先生と生徒の関係には見えない。

 

そういえば、少し前に先生と連絡を取り合っていた時に声だけで体調不良を彼女は見抜いていたなとカヨコは思い返す。

良く彼の事を観察してる人なんだな。等と能天気な人間なら思うかもしれないが、生憎カヨコは抜けているタイプの少女ではない。

 

頼まれてもいないのに汚れを気にかけ、不調を見抜き、見出しなみを整える。

先生も先生で口ではしなくて良いと言っている物の、態度には出さず言葉も強くしていない。

 

彼女の気遣いを、嘆息しながら受け入れているようにカヨコは見えた。

 

(意外とお似合い……なのかな?)

 

この二人を見ていると温度が上がりそうだった。

見ると社長やムツキ、ハルカも二人の方に視線を寄せている。

 

ムツキは面白く無さそうに少しむくれ顔で、

ハルカはおどおどとしながら手と銃で顔を隠しつつ、その隙間から覗き見をしていて、

社長は……顔を真っ赤にしていた。分かっていたが彼女が一番ウブだった。

 

かく言うカヨコ自身も少し視線のやり場に困るな。と、思っていると先生はそろそろ良いだろ。と、ある程度埃が振り払えた所で彼女に終わりを知らせるように一歩前に踏み出すと。

 

「状況の確認だ。事態は急変した。地下に連中は最初からいなかった。この騒ぎを起こして最初から地上で逃げる算段を立ててやがった。騒ぎが起きた今もう既に脱出を始めてるに違いねェ。地下にいた十五人以外にもどンだけ協力者がいやがるかは知らねェが、俺達も早急に動く必要がある」

 

カヨコ達便利屋68が今、先生とセミナーをどういう視線で見つめていたのか、ちっとも気付く気配がないままいつも通りに怖い顔怖い声で状況が非常に良くない事を共有する。

 

頭の切り替え時だ。

雰囲気がそう訴えていると気付いたカヨコは、先生の言葉に一考しつつ質問する。

 

「動くって。徒歩で移動してたらそれこそどうにもならないんじゃないの?」

 

「そォだ。どうにもならねェ。だがここで泣き寝入りする選択がある筈もねェ」

 

諦める気を微塵も見せない先生は、そう言いながら彼はぐるりと周囲を見渡し始める。

 

何を探しているんだろう。

彼の視線を追うようにカヨコも視線を動かし。

 

ああ。と、彼女は全てを理解した。

 

同時に、先生って割と形振り構わないタイプであることをカヨコは知る。

むしろ、これを思いつくのは限りなく外道だ。

 

良い人なのか悪い人なのか、はたまたその両方なのか。

ああ、これは憧れる人が絶えない訳だ。と、カヨコは先生が持つ二つの性質が少女達の感性に非常に良くない影響を与えているであろうことを痛感した。

 

正と悪。二つの性質を併せ持つ『異性の先生』なんて、年頃の少女にとって劇薬でしかないだろう。

 

「状況が状況だ、仕方ねェ。適当に停めてある車を一台拝借する」

 

「なっ!? 先生!? そ、それって犯罪ですよ!? い、いくらなんでもそれはっっ!!」

 

瞬間、ミレニアム生から慌てて抗議が入った。

状況が状況とは言え、泥棒はいくらなんでもダメだと、正義に則って先生を説得にかかる。

どうやらセミナーは先生の『正』の部分にダメにされたタイプらしい。

 

それを念頭に入れて考えれば、この状況になって尚、それはダメですと、先生が犯罪行為に手を染めさせないよう彼女が説得し始めるのも、カヨコにとっては頷ける話。

 

だが。彼女が言い放つ綺麗言は、この場にとって相応しくない物であるのもまた事実であった。

 

「事が事だ。壊したら倍で弁償してやる。今はこれしか手段がねェ。この中に運転出来る奴は?」

 

彼女の反論を一言で無理やりに黙らせつつ、彼はサクサクと話を進める。

セミナーの彼女もそこは理解しているのか、先生の言葉に対し何か言いたそうな顔を一瞬浮かばせるが、それを言葉に出す愚かな事はしなかった。

 

車を盗むのは良いが、そこから先は技術の壁がある。

先生はその技術をクリアしている人間はこの中にいるかを聞き、

瞬間、カヨコ、ムツキ、ハルカの視線が一人の少女に向いた。

 

「へ!? 私!? い、いや出来るけどっっ! 社長だし格好が付くから取得したけど!!!」

 

視線を向けられた本人は凄いぐらい狼狽しながら言い訳のような言葉を並べていた。

先生もこの中で免許を取ってるならアルであることを予想していたのか、特に驚きもせず、良しと立ち上がると、早速行動に移すべく移動を始めた所で、

 

「その必要はありませんわ先生ーーー!!!」

 

つんざくような大声が響き渡り、この場にいた六人がピタリと動きを止めた。

声が聞こえて来た方を見ると、黄色いオープンカーがこちら目掛けて走って来るのが見える。

 

運転席には、先程やる事が出来ましたと言って離脱した『美食研究会』の黒舘ハルナが搭乗しており、その助手席にはしくしくと表現するには足りない程の大粒の涙を流しながら泣いている黒髪の少女がいた。

だがその口は入念に入念にテープで塞がれており、言葉を喋る事は出来ていない。

 

カヨコの知る限りでは『美食研究会』に黒髪の少女はいない。間違いなく助手席で涙を流している彼女は巻き込まれた側の人間であった。というか口を塞がれている彼女の状況からそんな事はもう誰が見ても明らかだった。

 

何なら車のボンネットにデカデカと『給食』と書かれてある。

給と食の字の間にお茶碗大盛りの白米が描かれたイラストも特徴的だ。

つまりどう考えてもあの車はハルナの所有物とは考えられなかった。

 

記憶が確かならば彼女は『給食部』の部長、愛清フウカだった筈だ。

一体彼女は離脱していた先で何をやっていたのか。

いや、とカヨコはそこまで考えて、何も考える必要が無い事に気付く。

悲しい事に考えずとも状況が答えを語っていた。

 

ハルナとフウカを交互に見ながらオイオイ……、という先生の呆れたような声と、

すっごい~というムツキの面白い物を見たような声が重なる。

 

『私は彼女を拉致し、彼女の車を運転してここまで来ました』

 

満面の笑みを浮かべているハルナの表情にデカデカと書かれているに違いない一連の情報を見ると、カヨコ達の普段の行いは大分マシなんじゃないかとカヨコ自身が思ってしまう。

 

そんな感想を抱いている間にも見る見る内にハルナが運転する車は先生の下へと近付いて行き、キキーーーーッッ!! と、タイヤがコンクリートに擦り付けられる音を大きく響かせながら先生の目の前で車を停止させた彼女は、顔を車の外へと出す。

 

「お待たせしましたわ先生! 学園の方に戻っていたので時間が予想以上にかかってしまいまして。こういう未来もあると見越して車を一つお借りさせて頂きましたの!」

「んーーーー!! んっっ!! んーーーーーーーーーー!!!!!」

「本人えらくご不満そォに見えるが……」

 

「いいえ。二時間程貸して頂けますかと聞いたら快く貸して下さいましたわ」

「んーーーーー!! んーーーーーーー!!!!」

「首すげェ左右に振ってるように見えるが……」

 

「ちなみに有事であることを伝えたら、最悪車の事は気にしなくて良いという太っ腹発言まで頂いているので、遠慮は無用ですわ先生!」

「んんんっっ!? んーーーー!! んんんんんーーーーーーーー!!」

「初耳ですって顔をしたようにしか見えねェしさっきよりも拒絶の意思が凄ェンだが……」

 

トリオ漫才か? と思わせるような会話が先生とハルナ、及び言葉を発せぬフウカの間で繰り広げられる。

今の会話で分かった事は黒舘ハルナの言う事は何一つ信用しない方が良いということだけだった。

それだけは先生やカヨコを含めたこの場にいる全員の共通認識として刻み込まれる。

 

やっていることは極悪そのもの。

決して褒められた物ではない。

とは言え、とは言えだ。

運転手も移動手段も手に入ったのは朗報と言える。

 

「ウフフ、あ、もう降りても大丈夫ですよフウカさん。というか降りて下さると助かりますわ。ここから先は人数が多いので」

 

「鬼畜かお前。いや降ろすのは賛成だがよォ……」

 

一方でフウカにとっては散々な結末である事に違いはなかった。

何なら彼女がここまでハルナによって連れて来られた意味も不明だった。

最初から車だけ引っ張ってきたら良かったんじゃないの? という社長のツッコミは全員スルーによって綺麗に無視されていく。

 

さめざめと泣く彼女を下ろしながら先生が入れ替わる様に助手席へと乗り込もうとすると、セミナーからちょっと待ったの声明が入った。

 

「先生は私と一緒に後ろの方が良くないですか? 助手席は危険ですよ。色々と」

 

運転席にいるハルナを警戒してか先生は私の隣に座るのが良いとセミナーが提案する。

彼女が放った『色々と』と言う部分には恐らく、いや確実に助手席に座る車と言う性質が持つ危険性の他に、ハルナが隣にいる事による危機を危惧しての乙女的感情が隠れている。

 

あとは自分が先生の隣に座りたいというこれまた乙女的恋愛観か。

 

いずれにせよセミナーのいじらしい一面がうっすらどころか全開で、何なら先生がどうしてこの感情に気付かないのか不思議な程の直球勝負をセミナーがしている事をカヨコは見抜くが、口にはしない。

 

と言うか、口にしたら面倒な事になるのは明らかだ。

言わない方が得する物は世の中には沢山ある。

今回のもその沢山ある中の一つだ。

 

「あら。足が不自由な先生は助手席でゆったりする方が良いと思いますが?」

 

ほらね。とカヨコは自分の判断が正しいことを知る。

こんなバチバチと火花が飛び散っている中で仲裁を行いたくなんかない。

 

ハルナはハルナで折れる気が微塵もなかった。どころか正論を武器に本音を隠したまま目的を達成しようとしていた。

 

助手席に座らせた所でデートでもないこの状況で特に何か出来る訳でもないだろうにと思うが、彼女達は彼女達なりの譲れない物があるのだろうなと、適当にカヨコは理由を付ける。

 

「んぐぐっっっ!!」

「フフ、さあ先生、時間はあまりありませんわ」

 

勝利を悟ったのか、ハルナは声高々に先生を助手席へと誘う。

時間もない。後ろに誘う明確な理由もない。

敗北を喫したセミナーは悔しそうに歯噛みしながら、後ろの席へと座っていく。

 

二人のやり取りが終わり安全が確保された今ここで呆けている場合じゃないと、カヨコは未だ先程までの自分と同様に思考が別方向へ飛んでいる社長やムツキ、ハルカに声を掛ける。

 

「ほら私達も。流石に五人は狭いだろうけど両端の人が半身放り出せばギリ入れそうだから」

 

背中を押し、ムツキ、ハルカ、社長の順に押し込んでいき、最後に自分も乗り込む。

座るスペースはもう残されていない。立っての搭乗だ。

セミナーも同様で半ば無理やり立たされ、身体の半分程が車に収まっていない為まあまあ体勢的に苦しいが、彼女ならきっと大丈夫だろう。

と言うか、間に挟んだ三人の内、ムツキ以外は不安要素が大きすぎる。走り出した瞬間から落車する光景がありありと再生出来てしまう。

 

そしてムツキは体躯が幼い以上外へと飛び出させるメリットも薄い。

自分とセミナーが身体を張るのが、状況的に一番最善な選択肢だった。

 

カヨコ達便利屋が車へと乗り込み、ハルナとセミナーの話も落ち着きを見せ、言いたい事は終わったかと、それらのやり取りを傍で見ていた先生は、ハルナとセミナーの気持ちなぞ知らぬまま改めて助手席に乗り込もうと腕に力をかけながら、

 

「まァ、壊しても壊さなくても弁償してやる。とりあえず二倍でダメになったら五倍だ。それで一旦手を打ってくれると助かる。後、黒舘は光側の中じゃ終わってる部類の奴だが考え無しで行動する奴じゃねェ。無差別にお前を選ンだ訳じゃねェ筈だ、気休めにもならねェと思うが、一種の信頼の裏返しだと思ってたら良い。本当に気休めにもならねェと思うがな」

 

乗り込む直前に、絶望しているフウカに向けてそんな慰めの言葉を残した。

先生の声にフウカは顔を上げるが、先生はそれ以上言葉を発さず、全員が乗り込んでいるのを確認しながら、自身も助手席に座ると、ハルナに出せと指示を飛ばす。

 

重い音を上げながら走り出す車の振動に揺られながら、まさか先生のフォローが入ることを見越して、もしくは先生を紹介する為に彼女をわざわざ連れてきたのか? とカヨコはハルナがフウカを連れて来た理由を邪推するも、どれだけ考えようが真相は全てハルナの中にしかない。

 

「目的地はトリニティだ。ここからだとどれぐらいかかる?」

 

「飛ばせば数十分ですわ。相手の移動手段が車かバイクでない限り追いつけますわね」

 

「トリニティまでのルートは何通りあるンだ」

 

「高架道路が通っていて記憶が正しければそれ一本しかない筈ですわ」

 

「分かった。黒舘、全力で飛ばせ。相手は一刻も早くゲヘナから抜け出してェ。ンな時に徒歩や自転車は選ぶ筈がねェ。速度が出るバイクか車が定石だ。で、もうとっくにさっきの騒ぎで奴等は風紀委員の警備が甘くなったのを突いて脱出してるに決まってる。なら後は、」

 

「速度勝負……ですわねっっ!!」

 

クラクションを大きく響かせ、集っていた生徒達を飛び退かしながらハルナはアクセルを強く踏み込む。

ググッ、と、一瞬身体が後ろへと流される感覚がカヨコに襲い掛かるが、気合いで踏み止まる。

 

その横でトリニティに行くの!? 聞いてないわよっっ!? と相変わらず目まぐるしく変わる状況に振り回されている社長の姿が見えるが、カヨコとしてはトリニティに向かう話は特段驚くべき話でも無かった。

 

この状況を作り上げた科学部の三人がこれからどうしたいか、少し考えれば自ずと答えは見えてくる。

薬をばら撒きたいならゲヘナですれば良いのだ。それをあえてしない理由、その目的。

ゲヘナの悪評をばら撒く。それが三人の目的であり、薬がただの手段に過ぎないなら、彼女達の行く先はトリニティ以外に考えられない。

 

「先にトリニティに到着されてたらアウトだ。あっちには俺達の協力者がいねェ。トリニティ側もゲヘナから無法者が侵入してくる事を知らねェ。着いたが最後ゲヘナの比じゃなく簡単に潜り込まれる。そうなるともう見つけられねェ。絶対に追いつけ黒舘ッ!」

 

了解ですわ!! と、勢い良く返事をするハルナはさらにアクセルを強く踏み込んで行く。どうやら彼女はこういう場面で強く前に出られる良い度胸を持つ少女のようだった。

 

まあ、そうじゃなきゃ美食研究会になんていられないか。と、どうでも良い事をカヨコが考えている間にも、車は出口付近を警備している風紀委員をも思わず横に逃げてしまう程の速度を出しながらゲヘナの外へと脱出していく。

 

ガタッッ!! と、百キロ近い速度を出している状態では直進している状態ですら車が揺れる。

その状態からさらに速度が上がる。これではもうまともに曲がることすらままならない。

強引に曲がろうとハンドルを切れば最後、半身乗り出し組の二人のどちらかが振り落とされてしまう。

 

定員オーバーな車で進むには、あまりに無茶な状態でのドライブが始まっていた。

 

「鬼方! ユウカ! 振り落とされンなよ。落ちても拾えねェからな」

 

「分かってる、心配しないで飛ばして」

 

顔だけを後ろに向けて発破をかける先生の声に、どんな状況でも耐えてみせるとカヨコは心配しないでと強気に訴える。

 

その、一方で、

 

「先生! こっち見ちゃダメです!!!」

 

セミナーは顔を真っ赤にし、身体を出来る限り屈めながら先生に後ろを振り向かないでと懇願を始めた。

 

「あァ?」

 

「風が凄くてスカートが!! あ、ダメです先生! 振り向いちゃダメ!!! というかあなたも同じじゃない!!!! なんでそんな平静なのよ!!!」

 

カヨコの方を見ながら怒鳴るセミナーの下半身に彼女も視線を向けると、バサバサと彼女の紺色のスカートが凄い勢いではためていた。

それはもう凄い勢いだった。隠すとか隠さないとかのレベルではなかった。

白い布が百パーセント見えていた。セミナーも精一杯の抵抗なのか左手で飛び出さんとする身体を抑えつつ右手でスカートの裾を抑えつけているが、前か後ろ、どちらか片方しか隠せていない状態ではそれはあまり意味を為さない。

 

それはカヨコ自身もそうではあったのだが、彼女はまあ自分が選んだ道だしとその運命を受け入れる。

 

「いっつも短いの履いてるからだ。今更だろ。それにどうせ誰も見ちゃいねェよ」

 

「先生がいるじゃないですか!! そりゃ!! そりゃちょっとは見られても良いかなとか思ったりどういうのが好きなんだろうとか考えたりもしてますし見られても可愛いなって思われるような物選んでいますよなんならシャーレに行く時ちょっとスカート短くしてますけどって何言わせるんですか乙女の秘密を暴かないで下さい!!!!」

 

「だからその早口何言ってるか聞こえねェンだっつの。風もあって後半どころか先生がいる以外全然聞き取れねェ。喋るならもっとゆっくり喋れ。出来ねェなら閉じてろ。舌噛むぞ」

 

先生のバカァァアアッッ!! と声高々に叫ぶセミナーと、うるせぇと耳を塞ぐ先生の図は微笑ましいを通り越して呆れがやってくる。対象は勿論先生にだ。

この人、朴念仁を通り越した何かなのではないのか。

鈍感なんて言葉では到底説明できない程の扱いの酷さにカヨコはセミナーに同情する。

 

「先生はスカートが短い方が好きなのですか? それならそうと早く言って下されば良かったですのに……」

 

「言ってねェし言わねェし別に好きでもねェ。服装ぐらい好きにしろォ。ンなもンで評価変わるかよ」

 

「先生の好みに合わせたいのは当然ですわ。後学の為に先生の好きな服装を教えて頂ければ嬉しいのですが。タイツは無しが良いとか胸元は強調していた方が良いとか。言って下されば期待に沿えてみせますわよ?」

 

「気にしたこともねェし俺からも特にねェよ。さっきも言ったが好きにしろ」

 

服装の話なのにどうして先生的には女性的部分のどこに魅力を感じるのか言う話になっているのかカヨコには甚だ疑問だった。というか先程からセミナーもハルナも誘惑する話しかしていない。服装関連の話はほぼゼロだった。いや間接的には服装の話なのかもしれないが。

 

と言うかハルナはハルナでセミナーに劣らない程の直球ストレートを先生に投げているし自身の体型に関して有り得ない程の自信に満ち溢れていた。

聞く人が聞けば忽ち顔を真っ赤にしキョドってしまいそうな彼女の発言だが、先生は顔色一つ変えない。そればかりか淡々と質問を処理し続けている。それもそれで凄い。ある種の才能だった。

 

先生とお近付きになりたい当人達にとっては、先生に持って欲しくはなかった才能だっただろうが。

 

どうやら、同情すべき相手はセミナー以外にもいるようだった。

セミナーと違って落ち込む様子も怒る様子も見せていないのは流石黒舘ハルナと言った所だろうか。

 

なんだろう、とカヨコは不意に思う。

この先生の鈍感さに振り回されてるの、この二人だけじゃないんじゃない? と。

もっともっと居そうな気がする。

というか今後さらに増えそうな気もする。

 

実はとんでもなく罪な男なのではないかと、先生関連の話に対しては全くの部外者であるカヨコは冷静に、彼がこれから積んでいくであろう悪行、及びその被害に会うであろう見知らぬ少女達に心の中で合掌していると、

 

「ちょっと先生! いやハルナさん!! 赤です赤信号!!!」

 

セミナーが大慌てで話をしている二人を止める様に大声を上げた。

彼女の言葉に引っ張られるようにカヨコも前方に視線を向ける。

 

セミナーの言葉通り、前方には赤信号が点灯していた。

おまけに差し掛かろうとしている交差点には、一台のトラック。

 

このまま何もしなければ、丁度ぶつかりそうなタイミングだった。

 

「止まって下さいトラックにぶつかりますよ!!!!」

 

前のめりになりながらセミナーが必死の形相でブレーキを要求する。

このままだと確実にぶつかる。

そう、必死に彼女は説得するが。

 

「見えねェな」

 

「見えませんわね!!!」

 

前にいる二人の見解は一緒だった。

青信号を走るトラックに道を譲る気はないと、グッッ!! と、ハルナはさらに強くアクセルを踏み込み、車を加速させる。

 

上げて上げて、さらに速度を上げられた給食部の車は、トラックが交差点に差し掛かる直前に交差点に進入する。

直後、トラックの巨体がカヨコ達の真横から止まることなく突入し、

 

ゴァッッ!! と、激突するまで残り十センチを切るギリギリの距離で、給食部の車はトラックと衝突する事なく交差点をすり抜けた。

 

ぎゃああああああああああああッッ!!! という社長とセミナーの叫びが車内を覆う。

ハルカも声にこそ出さない物の顔は真っ青。

一方でムツキだけは楽しそうに最高! と叫んでいた。

 

カヨコだって彼女達程声を大にして感情を露わにしていないものの、冷静ではいられてはいなかった。

その額には冷や汗が流れている。

心臓の鼓動が激しい。

あとコンマ一秒遅れていたら吹き飛ばされていた。

その事実と、今を生き抜いた事実に彼女はどうしようもなく生を実感させる。

 

「さあ! もうすぐ高架ですわ! その後はトリニティまで一直線ですわよ!!」

 

力強く叫ぶハルナの言葉が、今のカヨコにはどうしようもなく頼もしく、そして限りなく恨めしく思えた。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「成程、科学部は西側から脱出、トリニティへと向かったと」

 

『加えて下水道にて爆発。把握の為向かった風紀委員が内部で多数の生徒と交戦を開始しています』

 

『さらに南側から『美食研究会』及び『便利屋68』のメンバーを乗せた車がゲヘナから飛び出したのを視認しました。行先は同様にトリニティの様です』

 

『下水道の爆発に関与したのは『便利屋68』の疑いが強く、現場を制圧次第調査を始めます』

 

他の風紀委員達から情報が飛び交う中、それらを整理しながらゲヘナの北区で警戒任務に就いていた天雨アコは一人嘆息する。

状況は面倒な事になっている。

 

それもこれも下水道を派手に爆発させたと思わしき便利屋68のせい。

そのせいで風紀委員が混乱に陥り、脱出を許した。

 

委員長から間接的に依頼したのに状況を悪化させているだけではないかとイライラを隠せないまま彼女は手に持つタブレットと睨めっこを続け、今後自分達がどう動くべきなのかを練る。

 

いっそトリニティに改めて連絡をする?

いや、遅すぎる。尻拭いに走っているであろう便利屋達に任せた方がまだ丸く収まる確率は高い。

だが美食研究会も噛んでいる以上、彼女達の存在はもう爆弾以上の何かだ。派手に爆発する前にこちら側から関与した方が良い気もする。

 

だがそれでは、今後のゲヘナとトリニティの関係性において公平が約束出来ない。

しかし、美食研究会たちが厄介事を起こした場合その公平は自分達が解決した時のそれよりも遥かに酷くなるだろう。

 

どうすれば正解なのか。

どの選択を取ればゲヘナにとって都合が悪くならないのか。

 

必死に、必死に一人で考える。

 

「初めまして」

 

男性のような声が聞こえて来たのは、正にそんな時だった。

バッッ!! と、振り返りながらアコは反射的に護身用の拳銃を構える。

 

そして、絶句した。

 

何故なら、振り向いた先にいる存在が何もかもが真っ黒で出来ていたからだ。

 

「なっっ、ん、ですか……そ……れ……」

 

黒いスーツ、黒い革靴、それはまだいい。許容出来る範囲だ。

だが、それ以外があまりにも常識を離れている。

 

人間ならば顔と呼ぶべき場所に、顔に必要なパーツが存在していない。

あるのは、ただただ漆黒だった。

 

本来髪の毛があると思わしき場所には、おぞましささえ感じる黒い煙がゆらゆらと揺れていた。

唯一人間らしい部分と言える目は輝く程に白く発光し、口も怪しく閃光を発し続けていた。

 

表情なんて物はない。

感情があるのかどうかすら計り知れない。

 

上記に挙げた全ての事柄が、ただひび割れた仮面を被っているならばどれほど救いだっただろうか。

 

しかし、肌が訴える。

直感が、どうしようもなく告げて来る。

 

そのひび割れた黒の顔は、それこそが彼の本体であると。

無慈悲にも、アコ自身がそうであると心のどこかで理解していた。

 

しかしだとして、この状況に戸惑わない訳ではない。

そこまで彼女は、完成された少女ではない。

 

これは何だ。人か? 怪物か?

言葉は喋っている。だがそれが果たして人間であることの証明に繋がるのか?

 

分からない。

判断出来ない。

 

アコは聞いた事が無い。

アコは見た事が無い。

 

顔が真っ黒で割れた仮面を被っているような人間など、生きて来た中で出会った事がない。

 

「そう敵意を剥き出しにしないで頂きたい。私はあなたと敵対する気はありません。今日はあなたに会いに来たのです。ゲヘナの風紀委員、行政官である天雨アコ様に」

 

言いながら、黒い化け物はじり、とアコの方へと一歩、また一歩とにじり寄る。

ゾクリ、と背筋が凍る。額にも、背中にもイヤな汗が流れる。

今まで感じた事のないような威圧感が、アコを襲う。

 

気付けば、彼女の足は一歩、また一歩と、相手との距離が縮まる度後ずさりを始めていた。

 

「生憎ですが、私はあなたに用はありません。お引き取りをお願いします」

 

その中で、彼女は凛とした態度で会話を打ち切ろうとする。

しかし、彼女の声は震えていた。

アコ自身気付かない内に、この場での格付けが決定していた。

 

どうする。

どうする。

 

声を絞り出しながら、この状況を打開する方法を考える。

 

撃って迎撃を試みてはどうだ。

否、もしそのまま戦闘に持ち込むのはあまりに都合が悪い

戦闘能力がそこまで高くない以上その状況に持ち込んだ時点で不利だ。

呆気なく、制圧されてしまうかもしれない。

 

選べない。

 

 

ならば、いっそ全力で逃げ、この場からの離脱を試みるか。

否、相手はこちらの気付かない内に近くまで接近してしまう程の隠密さに長けている。

どこまで逃げても、安心感には包まれない。

身体能力も不明な以上、得策とは言えない。

 

選べない。

 

 

では、このまま会話に応じて時間を稼ぐか。

だが、応じたとして、仲間がここに来る保証はない。

それどころか、応じた時点で何か仕掛けられるかもしれない。

 

選べない。

 

 

頭の中で選択肢が次々と浮かんでは消えていく。

どれも有効ではないように思える。

どれも失敗するように感じる。

 

カツ……。

一歩、黒の男が近づく。

 

ズリ……。

一歩、少女の足が後ずさる。

 

「お話をしましょう。互いの利益の為に」

 

一歩進みながら黒服が語る。

一歩近づきながら黒服が告げる。

 

それは、アコが決定的に道を違えるか否かの瀬戸際だった。

アコはただ、その言葉を聞く事しか出来ない。

 

逃げる事も、

戦う事も出来ず、

現状維持を貫いている間にも、話は進んでいく。

 

「これは、その為の場なのですから」

 

物語は、少しずつ、されど確実に歪み始める。

少女達にそれを否定する自由を、与えられる事も無く。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「捉えましたわ!!! 科学部の方々が乗ってると思わしき車!!!」

 

高架道路を走り抜けていく先、ハルナが珍しく声を荒らげて叫ぶ。

ここまで飛ばしに飛ばした結果が功を奏したらしく、一方通行の視界の先にある前方に一台、しきりに後ろを気にしながら走る車があった。

 

車に乗っているのは、三人だった。

加えて、三人ともが一方通行が事前にヒナから受け取った顔写真と顔や髪色が一致した。

 

それが、一方通行が確信を得た決め手となる。

間違いない。

あれが、今回のターゲットだと。

 

「高架を走ってる間に追いつけ黒舘!」

 

「そのつもり、ですわっっ!!」

 

この車が出せる最大の速度でハルナは追跡を開始する。

当然向こうも狙いが自分達である事を承知しているのか、あちらも捕まるまいと加速した。

そればかりか、三人の中の一人が窓から顔を出し始める。

 

サブマシンガンを携えて。

 

「ッッ! チッッ!! 当然迎撃もしてくるか! 鬼方! ユウカ! 振り落とされンじゃねェぞ」

 

「ええ、少々荒く行きますわよ!」

 

「今までも十分荒かったじゃない!! 今更よ今更!! 耐えて見せるわよ何があっても!!」

 

ハルナの言葉にユウカが抗議し、それでも心強い言葉と共に了承の意を返す。

それと同時に、ハルナがグイッ! とハンドルを右へと傾けた直後、

 

前方の車から弾丸が飛来し始めた。

 

銃弾が一秒前まで車があった直線上に飛び散って来るも、ハルナの運転捌きは見事の一言で、重量オーバーかつ最高速度で走っているという考えうる限り最悪と言っても良い程の悪状況の中、車を右車線へと変更するようにスムーズな移動を行い、その直撃を回避する。

 

「ぐっっっ!! ぐぅうううう!!」

 

「き、つっっっ!」

 

だが、曲がった際の反動は大きく、外側にいるユウカ、カヨコの両名から食い縛る声が迸る。

身体に掛かる横G自体はそうでもないが、その身を支える物は己の腕一本と体幹のみ。

 

振り落とされたら終わりと言うプレッシャーは、実数値以上の圧力を二人に加える。

 

その間にも相手からの攻撃は続く。

ハルナは己の勘を頼りに右に左にハンドルを回し直撃を避けている物の、直進を続けられない以上その差は見る見る内に開いて行く。

 

そもそもこの状況でスムーズに何度も車線変更出来る技術が既に怪物染みている。一般人なら即座に横転させてしまう物を彼女は事も無げに何度もやり遂げている。

 

だが、それでもそのままアクセルを踏みっぱなしで曲がる技術までは至っていなかった。

僅かにだが、彼女はブレーキこそ掛けない物の、曲がる瞬間アクセルから足を外している。

 

真っすぐに走れない。

最大速度を出し続けられない。

 

加えて、相手からの迎撃を常に避ける様にしながらも横転しない様気を配らなければならない。

そして、いつまでも銃弾を避け続けられるとも思えない。

 

いつかは当たる。

数と言う試行の果てに、命中してしまうだろう。

 

状況は、極めてまずいと言えた。

高架が終わるまで、トリニティ区に入るまで残り数キロ。

 

「こちらも攻撃すべきですわ! このままじゃ引き離される前に蜂の巣になってしまいますわよ!?」

 

「だな! オイ! 座ってる便利屋三人! 仕事だ!」

 

ハルナの提言に一方通行は安全を貪っているアル、ムツキ、ハルカの三人に攻撃命令を下す。

その言葉にムツキは待ってましたと言う様に嬉々とした表情で、

ハルカはおどおどとしながらも三人の中で真っ先に準備を終えて、

そしてアルは何かを諦めたかのように、またはヤケクソのように強く立ち上がり。

 

「や、やってやろうじゃない!! ムツキ! ハルカ!! トリニティに着く前に吹き飛ばすわよ!」

 

便利屋を束ねる社長らしい声を上げながら、自身が持つ狙撃銃を片手で構えつつ残り二人に発破をかけた。

 

「りょうか~い! ぶっ潰してあげる!!」

 

「了解ですアル様!!」

 

続くように、ムツキが機関銃を、ハルカが散弾銃を構え、射撃を開始する。

ガガガガガッッ!!! と、言う派手な音が背後から絶え間なく鳴り響き始める。

 

それらは前方を走る車に向かって行くが。

弾丸は、当たっている様子は見えなかった。

 

「だ、ダメですアル様! この距離では私の武器はっっ!!」

 

一通り撃ち切り、リロード動作をする中でハルカから悲痛な声が響く。

 

事実、ムツキはともかく、ハルカの散弾銃はこの状況に置いて役に立っているとはとても言えなかった。

彼女の武器は近距離で輝く物。

前の車との距離は数十メートルは開いている。おまけに相手も車。動き続けている対象物。

 

ハルカの散弾銃との相性は、最悪と言って良かった。

その事実が、見る見る内にハルカの意気を削いで行く。

 

だが、

 

「いや、無理に当てなくて良い。当てるのが勿論最適だが当たらなくても構わねェ。撃たれてる事実が大事なンだ。相手だってそのまま撃たれてェ筈がねェ。必ず意識し、回避に走る。俺達と同様にな。そォすりゃ追いつけもする。至近距離に入ってからが本番だ伊草! それまでは適当に撃ってろ」

 

「は! はい!! 撃ち続けます!!!」

 

彼女の消沈した気持ちを、一方通行は即座に立て直す。

その言葉に彼女も気を持ち直したのか、リロードが終わると再び射撃を開始する。

 

「じゃ、この距離で当てるのは私とアルちゃんの仕事だよね~~~!」

 

どちらかと言うと、私はフラフラさせる方かな。と、ムツキが持ち前の機関銃を乱射する。

あの小柄な体躯からどこにそんな力があるのか、彼女は射撃の反動を自身の肉体で完璧にコントロールしながらこの場で最も有効的な射撃を行い続ける。

 

あれはまずい。放って置けばいつか命中する。

そう相手も思ったのか、彼女達も自分達と同様に右に左へと車を動かし回避運動を始める。

 

これで良い。と、一方通行は状況が少しだけ好転した事に僅かながら安堵する。

相手が左右に踊った分だけ、向こうからの射撃も外れやすくなる。それにフラつけばフラつく程追い付きやすくもなる。

 

だが、状況はまだ五分。

距離は離されなくなったが、縮んだ訳でもない。

 

この状況を詰める一手が欲しいな。

今ある手札で何かないかと一方通行が頭を回し始める直後

 

「アルちゃんおねが~い!」

 

背後にいるムツキがアルに何かをお願いし。

 

「ええ、一撃で十分よっ!」

 

ムツキのお願いに応えるよう声高々に叫んだアルが、右手に持つ狙撃銃で狙いを定めた後、

ズドッッ!! という発砲音が一発だけ響いた直後。

 

前方に走る車付近で、轟音と共に爆発が迸った。

 

「ッッッッ!?!?!?!?!?」

 

直撃こそしなかったものの、目の前で起きた爆発と爆風は相手の視界を封じ、思考を惑わせる仕事を果たしたのか、彼女達の車が一気に制御不能な状態へと陥り始めた。

 

あちらもあちらで最高速度に近い速さで走っていたのもあり、右へ左へハンドルを一気に取られていく。

何度も何度も直そうとハンドルを切っているように見えるが、車の揺れは留まる事を知らない。ハンドルを切れば切る程、その揺れも大きくなり制御も難しくなる。

 

ブレーキを踏んでくれれば即座にクラッシュだったが、彼女達は意地でもブレーキを踏み込んでいる様子は見せず、アクセルとエンジンブレーキのみでの制御を試み続けていた。

 

この状況でブレーキを踏まない度胸は流石だなと一方通行は心のどこかで彼女達を賞賛しつつ、そして便利屋の連中は爆発芸ばっかだなとどいつもこいつも爆発をメインに立ち回っている事に小さく小さく嘆息しつつ、相手からの銃撃が止んだ事を確認した彼は。

 

「黒舘!!!」

 

勝負を決める為、ハルナに最後の命令を飛ばした。

 

言葉を出さず、彼女はハンドルを正面にしながら、アクセルを全開で踏み抜く。

給食部の車が、再び最高速度へと達する。

相手との距離が、見る見る内に縮まっていく。

 

二十メートル、十六メートル、十三メートル。

 

十メートル、七メートル。

 

高架道路が終わる。

トリニティに差し掛かる。

 

だが、それにはもう僅かばかり猶予がある。

その猶予は、ここではあまりにも大きい猶予だった。

 

ここで決める。

真横に付いてハルカの散弾銃で車を止めさせれば終わりだ。

 

一方通行も、ハルナも、ユウカもカヨコもムツキも、アルもハルカも全員がそう思い、ここで終わらせる覚悟を胸に秘めながら最初で最後の邂逅を前に武器を握る。

 

前方との車との距離が、縮む。

 

四メートル。

三メートル。

そして、二メートルまで迫った所で。

 

キラリと、遠い場所から何かの光が反射し目に届いたような感覚を一方通行は覚えた。

 

「ッッ!?」

 

それが何か、考えなかった。

ただ、その詳細を把握するより先に。

 

「止まれハルナァッッ!!!!」

 

大声で、彼女に制動を命令した。

 

「~~~~~~~~~~~ッッッ!?」

 

刹那、キィィィイイイイイッッ!!!!!! と、タイヤが地面に強く擦れる轟音が走る。

暴れそうになる車を、必死に必死に繋ぎ止める。

気を抜けばひっくり返る。

一瞬でも油断すれば大惨事になる。

 

圧倒的な重責の中、それでもハルナは突然下された命令を着実に遂行していた。

それはハルナが、一方通行に命令された直後、その意図を考えるより先に身体が一方通行の声に反応した事を示していた。

 

その証拠に、彼女の顔は未だ驚きに溢れている。

どうしてこのタイミングでブレーキを、そんな表情だった。

 

だが、その声に反応出来たのは黒舘ハルナ一人だけ。

 

後ろで立っていた五人は、反応出来る訳がなかった。

 

「わっっっっ!?」

 

「ひぃぃいいいいいっっ!!」

 

「きゃぁああああああああッッ!!」

 

大小様々な悲鳴が五つ重なり、その中でも特に前方へと進む移動に耐えられなかったムツキとハルカが運転席や助手席になだれ込む。

 

ギリギリ持ちこたえたアル、ユウカ、カヨコも、身体を強打していた。

 

それでもハルナは己の腕を頼りに車を綺麗に操る。

速度を落とし、車を真っすぐに保ち続け。

 

ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり制御権を奪われない様に速度を落としていく。

そして、何とか、何とか無事に止まり切る事が出来、ふぅと、訪れた安息に一息ついた、その、直後。

 

ゴバアアアアアアアアアッッ!! と耳をつんざくような爆発音が前方から轟き、一方通行達の耳を焼いた。

 

「ッッッッッッッ!!!!!」

 

とても聞いていられない爆音から身を守る為咄嗟に耳を塞ぎながら、一方通行は音の出所に目線を向けた後。

 

先程まで追いかけていた車が、大破炎上していたのを発見した。

破壊された車の傍では、その車に搭乗していた三人が気絶しているのが視認出来る。

 

それは同時に、あの時自分が出した命令が間違っていなかった事を語っていた。

あのまま走り続けていれば、

並走し続けていれば、

自分達も纏めて、あの爆発の餌食になっていた。

 

己の生存本能が告げた気付きは、しかしその場面での生存にしか働いていなかった。

地獄は、これから始まる。

 

車を止め、辛くも生き残った一方通行達を待ち受けていたのは、数多の少女達だった。

 

その数、総勢五十名。

五十人ものトリニティ生徒が、武器を構え、兵器を構え一方通行達と対峙していた。

誰も彼もが、殺気を放っている。

 

やってきたゲヘナの生徒を撃退したというだけの雰囲気ではなかった。

 

「先生ッッ!!」

 

車を降りたハルナとユウカが、トリニティの熱烈な歓迎から一方通行を守るべく彼の前に立つ。

いつ何が起きても彼を守れるように。

どんな事があっても、彼だけは守り切りたいという願いの為に。

 

釣られるように、便利屋三人も車から降り武器を構える。

アルだけはわなわなと震えているが、今はそんなことに気を配っている暇は無い。

 

「私達はゲヘナとの関係が新たなステージに進む事を望みません。ですが、このままだといずれそうなる未来が訪れるでしょう。ではどうすれば良いか。答えは簡単です。そんな未来が訪れても良いような平和が訪れなければ良い」

 

誰が言い始めたのか、五十人の内の誰かが、ポツリとそう言葉を零す。

それは、一方通行がこの状況を理解するには十分な言葉だった。

 

彼女は、彼女達はトリニティの中でもはみ出し者の中のはみ出し物。

 

「先生、あなたを殺せば、トリニティは全ての学校と戦争になると思いませんか?」

 

ゲヘナとの条約を嫌うあまり、全学校と対立することを選んでしまった少女達だった。

間違いなくそれは少数派だ。

限りない少数派だ。

しかし、少数は確かにトリニティに存在してしまっていた。

 

その全員が、ここに集結している。

目的を達成する為に。

トリニティのトップが預かり知らぬ場所で、引き戻せない程の大きな戦争を起こす為に。

 

「……狂ってンのかテメェ等? ンな事の為にトリニティにいる奴等全員を巻き込むつもりか?」

 

「ええ、巻き込みます。そうしなければ私達の願いは達成出来ない。それが我々が語る正義です」

 

ダメだ、話が通じない。

否、初めから聞く気が無い。

 

初めから。

初めから彼女達の目的は、薬を用いてトリニティとゲヘナを内側からじっくりと破滅させるような時間のかかる物じゃなかった。

 

もっと確実な物だった、

もっと単純な物だった。

 

ゲヘナの生徒を殺せば良い。

それだけで全てが自分達にとって都合の良い方向へと転がり始める。

その為に自分達と同じ、条約に反対姿勢を示すゲヘナの生徒と秘密裏に交流を持ち、協力関係を結んでおいて、共に両校の戦争を煽るという目的の下で信頼を築き、しかしその実態は彼女達をトリニティにおびき寄せる為の方便に過ぎなかった。

 

彼女達の思惑に気付かぬまま、わざわざ近づいてくれたゲヘナの生徒を殺せばそれで話は成立だ。

おあつらえ向きに彼女達は違法薬物を持っている。持ってこさせるように仕向けている。

 

ここで容赦なくゲヘナの生徒を殺害すれば、当然ゲヘナの怒りはトリニティに向けられる。

一方で、薬を持ち込んできた事実は変わらない為、その怒りはトリニティからゲヘナへとさも当たり前のように向けられる。

 

その後は泥沼化していく二校を眺め、愉悦に浸っていれば良い。

 

それが、彼女達の描いていた当初のシナリオ。

しかし、その風向きが変わった。

 

もっと大きく、もっと確実な存在がこの事件を解決する為に動いていた。

それが、連邦捜査部の先生。

一方通行。

 

何もかも偶然だったかもしれない。

だが訪れた偶然は、トリニティにとってあまりに大きなチャンスとなって廻った。

 

逃さない手は、どこにも無かった。

利用するしか、道は無かった。

 

逃す手はない。

逃す訳にはいかない。

 

五十人から一斉に銃が、構えられる。

 

彼を、殺害する為。

全学校と戦争を起こす為。

 

条約を、破棄させる為。

 

彼女達が持つ銃の引き金に、人差し指が添えられる。

 

来る。撃って来る。

ユウカとハルナが彼の前で身構える。

 

五十人を相手にこちらは七人。

制圧出来るかどうかと言われればかなり厳しいと言うしかない状況。

 

絶体絶命。

そんな言葉が各々の頭に浮かび上がる。

 

そんな、そんな状況の時。

 

「フフ、フフフ、アハハハハハッッ!!」

 

一人、不自然に笑う少女がいた。

ボロボロのスーツを纏いながら、綺麗だった赤い髪の毛を煤で汚しながら、

少女は、陸八魔アルは面白い物を見つけてしまったかのように、この場でおかしそうに笑っていた。

 

「正義、それが正義! 本当に戦争を起こすのが正義だってなら、あなた達、相当腐ってるわね」

 

ピタリと笑い声を止めながら、普段の彼女とはとても思えないドスの利いた声で、アルは一歩前に踏み出しながら少女達に向かってそう言い放つ。

 

まるで、宣戦布告でもするかの様に。

敵意を自分一人に向けさせる様に。

 

「正義です。実現委員会には実現できない、ティーパーティーでは辿り着く事すら出来ない。果ての果てにある正義がこれです! 大勢の血が流れるでしょう。被害は甚大な物になるでしょう。ですが、やがて全員が気付く筈です。この道が正しかった事を」

 

対し、トリニティ側は崩れない。

己の信じた物は正しいと、その先にどんな道があろうと、いずれそれが正しかったのだと皆分かってくれると、そんな世迷い事を堂々と口にする。

 

だが、

だがアルは、その言葉を下らないとばかりにもう一度あはっ! と笑うと。

形相を恐ろしい物へと変え、彼女達に向かって吐き捨てる。

 

「正義を語るのがそんなに好き!? だったらまずはこの私と言う『悪』を噛み砕いてみなさいよ! 出来ないなら自分の腕にでも噛み付いてれば良いわ! どうせ同じ味よ!!」

 

吠える。

陸八魔アルが吠え、一方通行は一皮剥けた彼女の様子に、格の違いを見せつける彼女の姿に口角を上げる。

 

順調に一流の悪党に近づいているじゃねェか。と。

 

一方通行からの高評価が為されている事に気付かぬまま、アルは尤も、と彼女は叫びながら狙撃銃を構える。

 

そのまま即座にズドッッ!! と言う音と共にアルの狙撃銃から銃弾が発射された。

それは少女達が最も集まっている場所に着弾し、そして。

 

ゴバッッ!! と言う大きな爆発音と共に、少女達の十人以上を瞬く間に気絶させた。

 

「私に比べれば、随分と薄味でしょうけどね!!!」

 

それが、反逆者制圧戦の始まりの合図だった。

 







ゲマトリア、暗躍開始。
メインストーリーに沿って話を書いていきますとか一話二話の段階で書いた記憶がありますが沿って書く気が微塵も無いですねこれ。
アコちゃんの運命はどうなるんでしょう。私、気になります。

一方で中々面白い立ち位置へとなっている陸八魔アル。
アルちゃんは面白いのも良いけど格好良いのだって似合うと思うのです。

と言うか二万字書いててまだ終わってないのはやりすぎ。
次回で畳むのですが本来なら今回で終わらせる筈でした。

キャラ同士のやりとりを書いているとどうしても文字数が嵩みます。
でも楽しいのです。やめられません。
ヒロイン同士がバチバチしてるの、書いてて凄く楽しいんです……。一方通行とのやり取り書くの凄く楽しいんです。
もっと書いてあげたい欲が湧いては字数を圧迫し、投稿が遅れて行きます。

次回は何文字いくんでしょう? そもそも終われるんでしょうか?

あ、言い忘れていましたがこの物語は少女達が一方通行を口説いて行く物語です。現状全くなびいてる様子はありませんが、彼女達の努力が実を結ぶ時が来るんでしょうか。

私、気になります。
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