さて、この状況をどうするか。
一方通行は熱くなっているアル達から一歩引いた距離で戦況を冷静に見つめ直す。
わらわらと集まっているトリニティ生。
その標的となっている自分。
彼女達の勝利条件。自分達の敗北条件。
それら全てを照らし合わせた上で、一方通行は静かにやるべきことを見定めた。
「まずは先生を狙え! 他の者は後回しだ! 先にシャーレを潰すんだ!」
「誰がさせるもんですか!!! ムツキ!! ハルカ!! カヨコ!! 思う存分暴れなさい!!」
「了解」
「りょうか~い!」
「了解ですアル様!!」
トリニティの司令塔らしき少女から全員目掛けて号令がかかる。
そうはさせまいとアルから便利屋全員に命令がかけられる。
そのまま便利屋68は先陣を切る様に前線で戦闘を始めた。
だが、それでもトリニティ生の目標は変わらない。
あくまでも一方通行を標的にし続けていた。
彼女達の利益としても、戦場の状況を鑑みてもその選択は正しいと言える。
一方通行はキヴォトスの少女達とは違いヘイローを持たない。
銃弾一発の当たり所が良くて致命傷。悪ければ即死だ。
簡単に殺せる癖に彼を殺せば実質的に向こうの勝利である以上、真っ先に狙うのは当然と言える。
当然、ユウカやハルナ、便利屋68もそれは理解している。
だから先程アルは挑発的な発言をぶつけた。
狙いを一方通行から少しでも逸らす為に。
一方通行はこの戦闘においての最大の弱点。
その弱点を守ろうとすればする程、残り全員のパフォーマンスが犠牲になる。
自分がここにいる事で全員の動きに負担が掛かる。
それを、一方通行自身も分かっているからこそ。
「ユウカ、黒舘。道を開けろ」
そう、一言だけ告げた。
え? と彼の信じられない言葉にユウカが振り向くが、彼は返事を聞くより先に二歩、後ろへと下がりながらついていた杖を右手首にしまい。
カツッ、と、靴裏を軽く叩いた。
そして。
ゴバッッ!! と靴底に仕込んだジェット噴射を利用し、空を滑り始めた。
風の爆発的噴射により、彼の身体は瞬く間に空へと持ち上がり、勢いのまま彼は飛行を始める。
一番最初に使用した時は、緊急だった事もあって制御は出来なかった。
しかし、その時の出力、挙動は一方通行の頭の中に記憶された。
状況は観測した。
動作を確認した。
後は簡単だった。
頭の中で計算する。
身体が前にどれだけ吹き飛ぶかの勢い、身体の向きを変えての方向移動のやり方。止まる時の風の向き。
刻まれた経験を基に、状況毎に弾き出される計算結果を逐一出力するだけ。
演算ではなく計算。その程度ならば今の一方通行でも造作も無い。
そして、彼はジェット噴射の風量がある限り、自由自在に空を飛ぶ能力を手に入れた。
自身が持つ計算力で、本来ならば長い熟練を積む必要がある技術を、たった一回の使用で物にした。
彼は前傾姿勢になると、その右手の掌をグバッ! と広げる様に伸ばした。
狙いは、手頃な場所にいた、トリニティの生徒一人。
「ッッッ!?」
その少女は一方通行が飛んでいる事に、人が突然空を飛び、異様な速度で近付いている事実に完全に身体を硬直させていた。
時速にして二百キロを有に超す一方通行は、その少女の隙を逃す事無く。
ガシッッ!! と、少女の頭を容赦なく鷲掴みにし、飛ぶ勢いを一切殺す事無くそのまま少女を空へとかっ攫った。
「ァッッッ!? 」
顔の上半分を強引に掴まれ、空へと連れ去られた少女の口からそんな声が零れる。
しかし一方通行はその声に一瞬も情を見せる事無く、上昇を始めながら前へ前へと速度を落とす事無く飛行し、時速二百キロを保ったまま、近い場所にあったビル。その三階のガラス窓目掛けて。
「まずはこっからだクソ野郎ッッ!!!」
ガシャァァアアアアンッッ!!! と、少女の頭を容赦無くその窓へと叩き付けた。
叩き付けられた窓は盛大な音を立てながら破壊され、勢いそのまま一方通行と少女は共にビルの中へと吸い込んでいく。
「ッッ!!」
身体の向き、足の向きを操作し、彼は衝撃を殺しながら着地し、杖を伸ばして身体の安定を取り戻す傍ら、今しがた窓へと叩き付けた少女が気絶しているのを確認すると、
「ゲームセンターか。あまり人はいねェよォだが……」
飛んで来た場所がゲームセンターであり、時間的に人の集まりが少ない事を認知する。
だが決してゼロと言う訳ではなく、遊んでいた何人かの少女達は、今の音は何事かと、音の発生源である一方通行の方へ注目していた。
しかし彼はその視線に一切注意を向ける事無く、割った窓の方に視線を向け、
「十人ぐらいか。もっと来ると思ったが、仕方ねェか」
一方通行が逃げ込んだゲームセンターへ乗り込もうと走って来る少女達の数を見て愚痴を垂らした。
あれだけ堂々と一方通行を狙う宣言をしておきながら、実際に殺す為に踏み入ろうとしている奴等は五分の一程度しかいない。
それは十人は既にアルの手によって戦闘不能へと陥れられ、残りもユウカ達が踏み入れさせまいと踏ん張った結果なのかもしれないが、一方通行にとっては少々不満の残る数字だった。
まあ、これだけしか来ないなら仕方ない。残った奴等はあいつらが何とかするだろ。
一方通行は残った少女達は全てユウカ達に任せる事に決め、
(さて、整理する時間だ)
残されている僅かな時間的猶予を使って、自分が手に入れた場所とこれからどう動くかの整理を始めた。
遮蔽物は手に入れた。これで袋叩きに会う事はない。これで銃撃戦にもある程度対応出来る。
守るべき対象である自分が消えた事によってユウカ達も幾分か戦いやすくなるだろう。
同時に、一人になった事でこちらとしても暴れやすい状況が生まれたと言える。
それらを加味した上で、一方通行はこの場での優先順位を組み立てていく。
まず第一は。
(小規模の戦闘から始めて、部外者のコイツ等を自主的に出来る限り避難させる事からだな)
この程度の惨事は日常的なのか、未だ遊びを続けている少女達に危機意識を持たせる事だった。
どうせ自分が出ていけと言っても聞く耳は持たないだろう。
巻き込んでもどうせ死なないのだから放って置いても問題はないが、後味の悪さは残る。
とはいえ死なない以上そこまで気を配る必要もない。
最悪巻き添えにしても構わない心構え程度で良いなと基準点を定めながら、彼は次の優先事項であるゲームセンター内部を観察する。
(階段は外側、非常扉を開けて侵入するタイプ。足音で判断し辛いのは厄介だな。基本的には内部のエレベーター、いやエスカレーターから来るのが普通か。来るなら外から二、三。中から七、八って所か)
一方通行がいる三階へ上がって来る手段は考えられる限り三つ。そのどれもが別方向からである事に面倒臭さを覚えつつ、適宜対応を始める。
スッと、ポケットからセンサー感知型のボタンサイズの小型爆弾を取り出し、非常扉目掛けて親指で弾くように投擲する。
カチッッ!! と、投げられた爆弾はそんな音を立てた後非常扉に張り付いた。
これで表側からの対策は完了。後続が来る程の人数は上がって来ないだろうと踏んでの対応。
さて次はエスカレーターの破壊か。と、一方通行はエスカレーターがある場所まで移動を始めた所で、チッ! と、舌打ちを鳴らした。
(エレベーターが動いてやがる……! 早速か)
早々に作戦変更を余儀なくされた。
元々エレベーターの破壊は念頭にない。このフロアにいる無関係な少女達の避難を考えて残さなければいけない部分だと一方通行はそこの対策は最初から切り捨てていた。
加えて、一方通行の予想ではエレベーターは使用されないと踏んでいた。
数多の少女が一塊になって閉鎖空間の中移動する。
そんな対応されてしまえば交戦の前に全員まとめて一網打尽にされる危険がある乗り物を利用するのは流石にあり得ないと踏んでいたが、どうやら彼女達は頭が足りていない存在らしい。
(ハッ! 下らねェ絵空事を実行に移すよォな作戦を始める連中だ。予想を下回るのは当然ってかァ?)
仕方ねェ。と、彼はエレベーターの数字が三に切り替わる前に行動を移し始める。
ジェット噴射を利用し、二秒でエレベーターの扉の前に立つと、相手から見て死角となる位置に己の身を寄せた。
一拍の間を置いた後、チン。と言う音と共にエレベーターが到着した音が響く。
エレベーターが停止し、銃を構えた一人の少女がエレベーターから顔を覗かせた直後。
一方通行は予め収納させておいた杖を、少女の横顔目掛けて勢い良く射出させた。
「がッッ!?」
ゴッッ!! と、打突用機能を新たに持たせた杖の先端が横顔を強くめり込み、無防備に顔を覗かせた少女を真横へと吹き飛ばす。
ドサリと倒れる少女に目もくれず、そのまま一方通行は流れる様にエレベーターの内部を覗き、残り二人の少女がいる事を確認するや否や、
一人三発ずつ。容赦無く少女達の頭部目掛けて発砲した。
少女達は、エレベーターから我先に飛び出た一人が訳も分からず吹き飛ばされた事実に身体が反応出来ていなかった。
既に待ち構えられている事は想定に入れて動かなければいけない筈なのに、少女達の経験が不足した影響か、二人揃って身体を石みたいに硬直させてしまっていた。
結果、二人は何も抵抗らしい抵抗をする事も無く、まともに銃弾を浴び気絶する事となる。
「ンだこのザマは? あれだけ大勢集めてた癖に一人残らず全員雑魚かよ。つまンねェなオイ」
杖で吹き飛ばした相手が起き上がるより前に銃弾でトドメを指し、動かなくなった事を視認しつつ片手でリロードしながら一方通行は面白く無さそうに呟く。
死が目の前にないとここまで弱い奴しかいないのかと思う物の、ユウカやハルナ、便利屋、それにハスミやスズミと言った強者は普通に近くにいる事を思い出す。
結局、どの世界でも練度が違う奴は強い。
一瞬乏しかけた身内に対し、謝罪の意を心の中で示した所で。
非常扉がある場所から、大きな爆発音が発生した。
爆音と爆風が、同じフロアながらも遠い場所にいる一方通行の頬を撫でる。
それでも扉がある場所は視認出来る為、一方通行は破壊した扉の方に視線を凝らすと、爆破の衝撃でどこかに身体を打ち付けたか、階段で伸びている三名の少女を発見する。
「トラップがある事も念頭に入れねェか。マジでつまンねェぞコイツ等の相手すンの」
呆れるように言いながら、彼はまァと、気持ちを切り替える。
「今の爆発でこのフロアにいる奴等も異常は察して逃げるだろ」
銃撃戦による争い事を日常茶飯事としている少女達でも、流石に今の爆発に関しては危機感を抱くだろう。
どう思うかは勝手だが、少なくともここで大規模な戦闘が発生していることは察するだろう。
少女達だって自分と全く関係ない事でみすみす被害を被りたくはない筈だ。
と言っても、戦闘不能者は六名。
一方通行が確認出来た限りでは残り四人。
既に半数以上を片付けてしまっており、残っていても問題はなさそうに思えるが、それでもなるべくこの場に留まって欲しくないというのが一方通行の本音だった。
一方通行のささやかな願いは通じたのか、フロアにいたほぼ全ての生徒がそそくさと爆破された扉から避難を始める。
それを見届けた一方通行は、エスカレーターから複数の足音が聞こえて来た音に気付き、
再び靴底のジェットで身体を浮かせ、加速した。
それほど広くはない室内で時速二百キロを超す速度を出すのは自滅の危険が大きく高まる。
しかし一方通行はそれら全てを完璧に制御し、
最初にこのビルへ突撃した時と同様、一人目の顔を飛来し様掴み取ると、そのままの勢いで少女の後頭部を壁に叩き付け、壁の一部が罅割れ少女の顔が壁にめり込むと同時、気絶した事の証明としてヘイローが消失する。
「オラどォしたァ!? 俺を殺すンじゃなかったのかァ!? そンな体たらくじゃァ殺すどころか傷一つ与える事すら出来ねェぞ!!」
壁に少女を叩き潰した直後、叫びながら一方通行は浮いている足をそのまま別の少女の腹部に押し当て、再びジェットを噴射させた。
ゴバッッ!!! と、直後、少女の腹部で風の爆発が発生する。
哀れにも一方通行の標的となった少女は、爆発した風に対し成す術も無く吹き飛んで行き、一方通行が割った窓から悲鳴と共に真っ逆さまに落下していった。
しかし一方通行の猛攻は止まらない。
ジェット噴射で少女を吹き飛ばした反動により自分も真後ろへと飛んでいる。
その状況を彼は利用し、一方通行は自分に銃の照準を向け、今正に撃たんとしていた少女目掛けて急速に接近すると、その顔面目掛けて右手で肘撃ちを繰り出した。
ゴリッッ!!! と、骨が軋むような音が少女側から響く。
だが、彼はそれで終わらせる気は無く、そのまま一方通行は彼女の側頭部に銃口を押し当て。
ガンッッ!! と、銃声を一発響かせ、完全に少女の意識を刈り取った。
時間にして僅か三秒。
たった三秒で、一方通行は三人の少女を戦闘不能へと陥れた。
そして、最初のエレベーター襲撃から時間にして四十七秒で、彼は九名の生徒に対し勝利を収めていた。
「ひっっひっっっ!!!」
今しがたエスカレーターを駆け昇って来たのか、この場で唯一意識を保ち続けている少女が、倒れている無数の少女と経ち続けている彼の姿を見て顔を引き攣らせ、ペタリと座り込みながら身体を震え上がらせる。
あァ? と、その声に一方通行は下らない物を見たような目で睨みつけ、少女の顔が恐怖に染まっており、既に戦意が無い事を知ると。
「全員死ンじゃいねェから安心しろォ。しばらく立てねェ奴はいるかもだがなァ」
それだけ告げて、彼はビルからの撤退を始めた。
ここにもう用は無い。
加えて外で戦闘中のユウカ達の現状も気になる。
「ば、化け物……!!」
その言葉には様々な思いが込められているのだろう。
十対一での戦闘。
死なない少女達と、死ぬ一方通行。
圧倒的不利な状況で、傷一つ負う事なく完封してみせるその所業。
成程確かに、彼女達からすれば自分は化け物にしか見えないなと一方通行は自嘲気味に笑う。
「化け物ねェ。ここまで弱くなったのにまだ化け物呼ばわりされるたァ。随分な言い種だ」
走れない。
杖無しで長時間歩く事は出来ない
地下に行くと行動すらままならない。
利き腕の右手は常に使用不可。
身体のバランスを保ちながら戦闘しなければならないハンデ。
しゃがむことも転がる事も難しく、パンチ一発回避するだけでも大困難。
防御も回避も難しい癖に、足に力を入れて踏ん張る事も出来ないせいで耐久力すら人並も無い。
倒れた身体を起こす事すら、人の数倍時間が掛かる。
そう言えばこの前ミレニアムで車椅子ごと倒れてた奴の手を取り拾い上げた時もやたら時間が掛かったなと、誰かを助け起こす事すら必要以上の手間を要していた事も思い出す。
そんな学園都市にいた頃とは比較する事すらおこがましいレベルの、どれを取っても弱いとしか言えない部分しかないにも関わらず、学園都市にいた頃と同じように化け物呼ばわりされる現実。
もう、笑うしかなかった。
しかし、化け物であると思ってくれるのは一方通行にとって好都合だった。
勝てないと思い込んでくれるなら、それに乗っからない理由は無い。
「次からは身の丈に合った理想を語るンだなァ。高望みすると、夢ごと喰われる事になるンだからよォ」
その問いに対する答えは、ガシャッと少女が抱えていた銃が床に落ちる音が物語っていた。
崩れ落ちた少女を背に、彼はエスカレーターを利用し降りようとして、
真下から銃口を向けて来る複数の少女と目が合った。
どうやら、まだ仕事は終わらないらしい。
次々と姿を現した増援に一方通行は口元を歪め、嗤う。
「そォかい、延長戦がお望みならもう少し付き合ってやるよォ。その分楽しませてみせろよ化け物の俺をよォ!」
第二ラウンドの鐘が鳴るまで、残り十秒。
―――――――――――――――――――――
「撤退をすべきですわ」
銃撃と爆発が戦場であちこちから鳴り響く中、彼女、黒舘ハルナはそうユウカに進言する。
彼女の視界には、前方で大いに暴れに暴れている便利屋68の社長、陸八魔アルとその仲間達の姿がありありと映っている。
彼女達が相手取っているのは二十人以上のトリニティ生。
それらほぼ全てを彼女達は一手に引き受け、戦闘を行っていた。
場面だけを切り取って見てみれば、戦局は二十対四にも関わらず、アル達が優勢だった。
アル達の周囲には既に十を超える気絶した生徒がおり、その数は今も順調に数を増やしている。
四人の連携は見事と言うしかなく、このまま行けば立っている生徒は十を切るのもそう遠くないだろう。
傍目から見る限り、この場における勝者は決定づけられていると言えた。
だが、逆に。
表情に焦りが浮かんでいるのも、同様にアル達だった。
その原因は。
「アルちゃん! また一人抜けて先生の所へ行ってる!!」
「分かってるわよ!! このっっ! しつこいわね!! 何人いるのよ!!」
自分達にいらない負担を掛けさせない為、遮蔽物のあるビルへ逃げ込むように突撃した先生の所へ向かって行くトリニティの生徒を狙撃銃で撃沈しながら、アルは鬱陶しそうに叫ぶ。
一方のハルナも、先生の所へ走って行こうとするトリニティの少女を一人、遠距離狙撃で撃ち抜き意識を沈めさせながら、一呼吸を置くように肺に酸素を入れる。
「増援が多い。こいつら五十人どころじゃない。もっと沢山潜んでるっ!」
「行かせません行かせません行かせません! 先生の所には! ここで全員殲滅します!」
視界の端でカヨコとハルカが叫ぶ。
当初の限りでは五十人に見えた戦力だが、実際はさらに多くの伏兵が潜んでおり、戦闘が始まるや否や続々とどこからでも姿を現し始めていた。
増えた数、およそ三十。
そのせいで今や戦場は大乱戦。
どこに敵が潜んでどこから撃って来るのか、予測するのが難しい程にトリニティの生徒達が四方八方に散らばり、ハルナ達六人目掛けて銃を乱射していた。
「撤退って! この状況でどうやって! 車がまだ無事なだけでも奇跡なのに乗り込んで脱出するなんてそんなの出来る訳ないじゃないこのバカみたいに襲って来てる状況で!」
マシンガンを手当たり次第トリニティ生徒がいる場所目掛けて撃ちながら、彼女の言葉を受けたユウカが乱暴に返事を返す。
ユウカの言う事は正しい。
この場所で全員を連れて脱出するのは至難を通り越して不可能だ。
車に乗った瞬間車ごと吹き飛ばされるだろう。
乗り込む隙を狙って盛大に的当てに勤しまれるだろう。
そんな事、撤退を提案したハルナ自身理解している。
だが、だがそれでもだった。
それでも、その選択を選ぶしか自分達の未来は無いとハルナは力説する。
「そんな事百も承知ですわ。ですがそれでも私達は撤退するのです。私達は違法薬物を持ってトリニティに赴こうとした生徒の撃退と言う勝利条件を既に達成していますわ! この状況なら相手方も薬物の確認は取れていないでしょう。違法薬物なんて物は存在しておらず持ち込まれていなかった。ただトリニティにやってきたゲヘナを撃退した。そう言う事にして私達はあの三人諸共敗走したように周囲に見せなければなりません!!」
「周囲!? 周囲って何!」
「この戦闘音を聞いて駆けつけて来るこの事件に一切関係の無いトリニティ生。正義実現委員会等の連中ですわ! 今相手にしてる彼女達は雑兵ですから私達が圧倒してますが実現委員会は治安部隊。戦闘力は比ではありません。このまま戦闘を続けていたら確実に私達を鎮圧する様に動いて来るでしょう。それだけは避けなければなりません!」
「そんな! でも戦闘が原因でゲヘナとトリニティでいざこざが起きないように私達シャーレが来てるんでしょ!! 権利で無理やり黙らせる為に!」
「ええ戦闘行為自体は誤魔化しが効くでしょう。しかしこの人数で実現委員会と戦闘すれば制圧されてしまうのは時間の問題です! 先生が命を狙われてる状況であの人の身柄をトリニティに預からせる訳には行きません! ですから何としてでも先生と科学部の三人を連れて逃げないとダメなのですわ!!」
不幸な事に便利屋68は爆弾や爆発を基本戦術に組み込んでいる。
当然その爆破音は大きく響き、たまたま近くにいた生徒が通報したり実現委員会に所属している生徒がそれこそ近くにいて音の発生源を確かめにやってくるかもしれない。
そうなれば、この事件の勝者は限りなくトリニティ生徒となってしまう。
一度正義実現委員会が敵に回れば、ハルナ達は抵抗こそ出来る物の最終的には敗北を喫するだろう。
当然、身柄は確保される。
自分達もそうで、先生もそう。
そして、伸びてる科学部の三人もそうだ。
そうなれば最悪だ。
科学部の三人は裏切られこそしたものの、目的自体は裏切った側のトリニティと同じ。
捕まった先で作った薬物の事を堂々と暴露するかもしれないし、もっと状況を悪化させるように自ら身を切るかもしれない。
さらに先生を殺せば良いと考えている生徒が八十人もいる以上、その全員から先生の身を守る事が出来るかどうかもかなり怪しい。
殺せなくても利用してしまえば良い。
先生はゲヘナにも顔を出すようになったが、基本的にはミレニアムに顔を出している人だ。
当然、顔も広いだろう。
トリニティが先生を利用して何かをしてしまえば、ミレニアムに在籍する生徒ではなく、ミレニアムという学園そのものが動く事態に発展する可能性だってゼロではない。
そうなれば、ゲヘナとトリニティ間で交わされようとしている条約どころじゃなくなる。
そしてそれは、この事件を引き起こした彼女達が望んでいる結果だ。
どちらにせよ、先生の身柄は渡せない。
つまり、自分達はこの場で全滅してはいけない。
「今はまだこの場で戦闘しているのは私達と実行犯の彼女達だけですから、ここで私達が伸びてる科学部の三人諸共姿を消せばまだゲヘナとトリニティのトップ同士の話し合いでどうにかなる筈ですわ! トップ同士は対立を求めていないんですから!」
シャーレが絡んだ上でのゲヘナとトリニティでの戦闘。
ゲヘナの生徒が単身トリニティに乗り込み、それを止めようとした先生と、侵入を許さなかったトリニティの思惑によって不意に発生した戦闘は、両者痛み分けと言う形で収束した。
大きな被害らしい被害が上がっていない現状なら、ゲヘナとトリニティの話が分かるトップ層ならばそういう筋書きに仕立て上げ、両者合意の基、今回の騒動はそういう事だったという物にして、事件を終わらす事が出来るだろう。
その布石を打つ為にも、逃げなければならない。
だが、
「言いたいことは分かったわよ! でもこの状況でどうやって逃げられるのよ!! 敵はまだ五十人弱いる! 先生はまだビルの中! 便利屋の四人は前で戦闘中! 逃げ出そうとすれば車はすぐに狙われる! よしんば狙われなかったとしても薬物を持って気絶してるあの子達の所に行って担いで車へと運ぶにも時間が掛かる! 運んだら今度こそ逃げる事に感づかれで車が破壊される! 何より七人でギリギリだったのに十人も運べる訳がない!」
連携も取れていない。
状況も芳しくない。
この状況で何事も無く逃げ切るなんて奇跡に奇跡を重ねても不可能だ。
ユウカの叫びは尤もだった。
説得力しか持っていなかった。
分かってる。
ハルナもそんな事は言い出す前から分かっている。
だから。
「逃げて貰うのは先生と三人だけで良い。そう考えれば少しは上手く行くと思えません?」
笑みを崩さず、しかし額に一筋の汗を滴らせてハルナは言い出す。
悪魔のような提案を。
問いかける。
ハルナは、言葉に出さずユウカに向かって問いかける。
先生の為に、その身を捧ぐ覚悟はあるか。と
「ッッッ!? それってまさか!!」
「この場でトリニティとゲヘナの命運を握っているのはたった四人だけですわ。私達はただの邪魔者。幸い、陸八魔アルさんは運転免許を持っていると言っていました。今の歯車が噛み合った彼女ならば任せて良いでしょう。彼女と科学部三人、そして先生だけを私達が逃がす。注意を引く役が五人いるなら、車一台逃走するだけの時間稼ぎぐらい出来ると思いませんか?」
「た、確かにそれなら……! いやでも先生がこの場にいないじゃない! 作戦を伝えようにもこの場で電話する余裕なんてどこにも無いわよ!」
くすっ、と。ユウカの言葉にハルナは笑う。
その質問は自分の提案に乗っかった事実以外の何物でもない。
先生の為に覚悟を決めている同類だ。
いの一番に考えてしまう厄介者だ。
同時に、『美食研究会』の面々とは違った方向で、頼りにして良い人物であるとハルナは断定する。
勝者になる道は遠そうですわね。と、ハルナは誰にも聞こえない声量でポツリと呟く。
対して、ユウカはと言うとハルナの気持ちを知らないままに現状を報告していく。
こうして戦闘中に会話するだけで精一杯だ。
それ以上のタスクは支障が出る。
それはあなたも同じでしょうと、ユウカはこうやって会話しながらも的確に狙撃を続けているハルナに対し
指摘する。
「ですから迎えに行くんですわ! ビルの中なら多少の作戦会議も可能でしょう。時間はあまり残されていませんが、擦り合わせするくらいの余裕ならまだ残ってますわ!」
言いながら、すっと立ち上がり彼女はユウカへと振り向く。
「私は行きますが、あなたは一緒に来ませんの?」
それは、ハルナがユウカをライバルだと認めた上での発言だった。
負けるつもりはない。
だが、抜け駆けする真似をしたくもない。
やるなら堂々と。
裏からではなく表から。
選択権をまずは与える。
二人きりにさせて良いのか?
与えた上で、行動する。
ハルナが放った発言の意図は、ユウカにキッチリと伝わる。
だから彼女は。
「行くに決まってるじゃない! ハルナさんが言い出さなかったら私が一人で行ってたわよ!」
「ウフフ、そうですわよね。では行きましょうか、私達二人で」
コクンと二人は頷き合い、先生が突撃していったビルの方へと走り出す。
「便利屋さん達! しばらくここは任せましたわよ!! 数分かからずに戻ってきますわ!」
「何!? 任せるって言われた!? まあ何だって良いわよ私に任せておきなさい!!」
傍ら、ハルナは一応の礼儀としてアルに声を掛けるが、ギアが入っているアルからの返事は頼もしいの一言だった。
会話内容は何も聞こえてなかったであろうに、アルは離脱宣言をしたハルナに対し何の詮索も入れず全員の相手を引き受ける事態を了承する。
そればかりか、彼女はムツキに命令を飛ばし、爆弾が詰まったバッグを複数投擲させ、そのバッグを狙撃、爆発させる事でハルナ達が行く道を援護していく。
初対面の時に抱いた印象とは全く違う印象をハルナは抱きながら、ユウカと共に先生の基へ向かうべく一直線に走り出す。
そう。全力で、走り出そうとした瞬間。
鼓膜が破壊されるかと思ってしまう程の轟音が、
凄まじい熱量と爆風が、ハルナとユウカの全身を襲った。
「ぐっっぅぅううっっっ!?」
「あっっつっっっっっっ!!???」
反射的に二人は同時に腕で顔を隠し、目が焼けるのを防ぐ。
時間にしてはそれは一秒か、二秒程。
熱波が薄れ、音が鳴りを潜め、身体がもう動いても大丈夫だよと危機を脱した旨を報告し始めた頃。
目を守る為に覆っていた腕をゆっくりと下ろし、
そして。
「「ッッッ!!!!!!!」」
先生が突撃したビルの、先生がいると思わしきフロア全体が轟々と燃え盛り始めたのを確認した。
滅茶苦茶終わりそうになかったので一旦投稿! これで予定していた内容の半分ぐらいだった。ウソでしょ……! 日曜日に続きが挙げられたら良いな! 出来ない可能性の方が大きそう! 終わる終わる詐欺ここに極まれり。
一方さん無双回。
実はここまでまともな物が無かったのです彼の暴れっぷりを示す描写。
能力が無くたって彼は強い。でもまだまだ弱い。
弱い奴が格上を倒す物語が好きです。強い奴が無双する話も大好きです。
両方書けるなんて、一方君さては物凄く美味しい立ち位置だな?
次回こそは終わります! そして一章のエピローグで締めます。おかしい。予定ならもう終わってたはず……どうしてなんだ……!!
一章が終わったらメインストーリー入る前に幕間とか書いてみたいですね。サラっと、台本形式で。ただただ生徒と一方通行がイチャついてるだけの簡易SS。伏線も何も入ってない。本当にただの日常。出来れば1日で仕上げれたら良いなぐらいの短い奴。
平日及び土曜日は忙しいので実現出来るかは謎ですけどね! 良く毎週投稿出来てるなと自分でも思ってます。やる気は力! 私が証明してる!!
次回で一章ほぼ終了! 伏線種蒔き編は終わりになると信じてる!!
……、物語を短く纏める力が欲しい……。