とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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ゆっくりと、時計の針が回ってく

「ねえ先生~! 私もムツキって呼んでよ~~」

 

ハルナが去った後、ムツキが後頭部座席から助手席へ身を乗り出しながら一方通行にそんな要求が入る。

 

当然一方通行は訝し気に背後を見て、気絶していない五人の内、ムツキ以外の全員が大なり小なり顔を赤くしている事に気付いた。

 

最も顔を赤くしているのはアル、次にユウカ、ハルカ、最後にカヨコ。

そして全員表情も個性豊かだった。

 

アルは白目で口をパカパカと見ているこちらが笑ってしまう程に何度も開閉していた。一方通行からすれば何でそのリアクションをしているのか理解出来ない。

 

ユウカは悔しそうに、しかし認めるしかないように、いやでもやっぱり悔しいと言わんばかりにワナワナと震えていた。何をそんなに悔しがる事があるのだろうかと一方通行は自身の罪深さに気付かぬまま無情な感想を抱く。

 

ハルカは……何を考えているのか分からなかった。顔を赤くし銃とそれを持つ手で顔を覆い隠そうとしているが全然隠せていない。何やらブツブツと小声で呟いているようだがそれも聞こえない。だが彼女はそういうタイプである事を一方通行は理解しているので別に気にしない。

 

カヨコは一方通行の方に視線を合わせておらず、外の景色を目で追っていた。しかしその表情には仄かに赤が差しており、しかし何故恥ずかしがっているのか分からない一方通行は首を傾げるしかない。

 

黒舘ハルナを黒舘ではなくハルナと呼ぶ。

ただそれだけでどうしてここまで多種多様な反応が出来るのだろうか。

 

全く持って理解不能。それが一方通行が出した結論であった。

故に彼は、

 

「あァ? ンだそりゃァ?」

 

と、ムツキへの返事と、彼女達が見せたそれぞれの反応に対するリアクションを一纏めにするかの如く一言でそう聞き返した。

 

「ダメ? ここに来る前に先生が全部終わったら呼んでやるって言ったんだよ?」

 

そンな事言ったかァ? と、己の記憶を掘り返し、あァと一方通行はゲヘナでそんなやり取りもしてたなと思い出す。

 

当時の一方通行の心境としてはその場しのぎとして放った物でしかなかったが、覚えられているとなれば話は別。

事件は一通り収束した。後はゲヘナ風紀委員の委員長であるヒナに報告するだけ。

 

その彼女も今日から数日間は後始末に追われてシャーレには来ないだろう。

つまり、この場において一方通行が出来る事はすべて終了している。

 

彼女と交わした約束の条件は全て満たされていた。

 

なので。

 

「わァったよ分かりましたァ! ムツキ、アル、ハルカ、カヨコ。今度からこう呼ンでやるよォ。これで良いかムツキさンよォ」

 

「くふふ~~! 合格~~~!!!」

「名前呼びだけでなンでそンなに嬉しがるンだ? わっかンねェなァオイ」

「女の子はね、気に入った男の子に名前を呼ばれると嬉しい物なんだよ?」

 

へェそォですかいと、悪い笑みとも満面の笑みとも取れる表情を浮かべるムツキの様子を見て一方通行は呆れながら軽く流すと。

 

「アル。さっさと運転席に入れ。帰って早くコーヒーが飲みてェ」

 

このままここでムツキと戦っても何故か勝てる気がしなかった一方通行は早々に話を切り上げる目的で、未だに後頭部座席で顔を真っ赤にして座っていたアルを呼ぶ。

 

「ひゃい!? ま、任せておきなさい!! シャーレまであっと言う間に送り届けてあげるわ!」

 

その状態でも彼の言葉は聞こえていたらしい。

アルは一方通行の呼びかけに応じ、そそくさと運転席へ乗り込み。

 

「あれ? なんでこの車ペダルが『()()』もあるのかしら」

 

等と、そんな声を小声で放った。

 

瞬間、社内にイヤな予感が走る。

その空気に気付かないのは、陸八魔アルただ一人だけ。

 

「それに、シフトッ、レバーがッ、ちょっと、硬、すぎないッッ!?」

 

アルの奮闘している様子に一方通行とユウカが固まる。

これは、これは途轍もないまずい状況なのではないか?

 

一方通行が抱いてしまった最悪の予感を裏付けるような、あれ、社長ミッションの免許持ってたっけ。

と言うカヨコの囁きが聞こえた直後、一方通行はアルの行動を一旦止めようと口を開き、

 

「陸八魔、お前まさかオートマチック車の免許しか持ってな」

 

直後。

バギッッ!!! と言う何かが完全に壊れた音と、先生の声が同時に響き渡った。

 

「「「あっ」」」

 

アル、ハルカ、カヨコ、ムツキ。

そしてユウカ、一方通行の声が重なる。

 

アルの手には、車に接続されていなければならないシフトレバーがほぼありのまま握られていた。

あわわわわわわ……ッッ! と、アルは左手に握り締められた根元からへし折られたシフトドライバーと本来それがあったであろう車の部分を交互に見つめながら白目を剥く。

 

その様子は、誰がどう見てもいつもの陸八魔アルその物でしかなく、先程まで見せたカリスマの面影は何処にも残っていない。

 

「りィィくゥゥはァァちィィまァァくゥゥゥンンンンンンンンッ!!???」

 

静かに、ゆっくりと、されど怒りをたっぷりと宿したような一方通行の声がどこまでも響き始める。

ひぃぃいいいいいいいいッッ!! と、小声で叫ぶアルの表情はもう、可哀想を通り越して滑稽と言う他無い物だった。

 

陸八魔アル。

 

成長し、自らが定めた指針に目掛けて何処までも進んだとしても、どう足掻いた所で最終的に彼女は彼女である事を自ら証明していくような少女である。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

「だからゲヘナで科学部の三人を引き渡した時疲れた様子だったの?」

 

「どれだけの時間が掛かったと思ってやがる、昼頃にトリニティを出たのにゲヘナに帰った時は夜だぞ。疲弊もするだろ普通に考えてよォ」

 

事件からそれなりの日数が経った日の朝。

漸く時間が取れたとヒナからモモトークでそう連絡を受けた一方通行は予定の日にシャーレの仕事を『担当』する筈であった生塩ノアに今日は休みだとモモトークで連絡し、午前中時間を確保し、現在こうして二人での報告会をシャーレで開催するに至っていた。

 

前日に突然キャンセル報告を受けたノアはかなりご不満そうだったが、次とその次のノアがシャーレの仕事手伝いを担当する日程を二回とも丸一日にしたら納得してくれたので、彼女のフォローも問題ない。

 

当時を思い出しながら、一方通行は苦い顔を浮かべる。

 

「便利屋四人とユウカに車を押させている間に例の三人が目覚めて軽い殴り合いが何度か発生するしよォ。何度俺一人で帰ってやろォかと思った事か……」

 

キヴォトスにいる少女達の耐久力は想像を絶している。

爆発に巻き込まれた程度では一時間の気絶すらしてくれない。

 

何度気絶から覚醒してはまた気絶させ、運んでる途中にまた目覚めてを繰り返したか。思い出すだけでもしんどさがぶり返す。

 

「でも先生が三人を連れ戻してくれたお陰で全部丸く収まったわ。トリニティ、ゲヘナ共に今回の件は狐坂ワカモが起こした一悶着の中互いに負傷者を出し、その騒ぎに駆け付けてしまった黒舘ハルナからこれ以上の被害を出さない為に双方撤退し事態は終息。落とし所としてはこれ以上ない結果を生んでくれた。狐坂ワカモも先生の差し金なの?」

 

ゲヘナ、トリニティの上側にとってあまりにも好都合な時に姿を現した彼女についてヒナは言及する。

普通に考えればあり得ない。ちょっと考えれば、彼女を連れて来て絶好のタイミングで戦場に姿を現し戦闘を始めた事それそのもが一方通行が仕込んだ解決策だったのだと直ぐに分かる。

 

言葉にせず、そう聞いて来るヒナに対し一方通行は、

 

「……いや、あいつがあの場にいたのは俺にとっては偶然だ。だが、あいつからしたらそれは偶然じゃなかったのかもしれねェなァ……」

 

ワカモがいたことは、一方通行的には偶然だった事を包み隠さず吐露した。

 

あのビルの中で戦闘中にどこからともなく姿を現したワカモを一方通行は思い出す。

突然の出現に一方通行は当初、彼女も今回の件でトリニティ側に就いているのかと勘繰った。

 

しかし、すぐにそれは払拭される。彼女の纏っている雰囲気が、そうではないと訴えていた。

一方通行の勘が、そう告げていた。

 

彼女が助力してくれたお陰で逃げられた事実。

それと、

 

「ワカモがトリニティで俺を助けようとした動機も何故あそこにいたのかもどォでも良い。俺にとって重要なのは、あの時残ったワカモとハルナが無事にシャーレに顔を出してる事」

 

それだけで充分だ。

そう、続きを言おうとして。

 

「…………」

 

目の前にいる少女が表情を曇らせているのに気付いた。

先程まで普通に接していた筈なのに、今は何故だか顔を俯かせている。

それは先日、ヒナがシャーレに騒動を解決する為に助力して欲しいとお願いしに来た時に突然見せた表情と同じだった。

 

あの様子を彼は頭に疑問符を浮かべつつ、しかし原因が何か分からない以上聞かない訳にはいかず、空崎と彼女の名前を呼ぼうとして。

 

名前を呼ばれたら嬉しい物なんだよ?

あの時、ムツキにそう言われた事を思い出し、

 

「はぁ…………」

 

と、呆れたように彼は一度嘆息すると。

 

「ヒナ」

 

空崎ではなく、ヒナと一方通行は呼んだ。

 

「えっっっ!?」

「名前で呼ンで欲しいなら最初からそう言え。顔に出てンぞ。名前で呼ばれたい。ってなァ」

「そ、そんなか、かお……しっ! して、たっっ!?」

 

どうやら彼の目測は当たっていたらしい。

見ていて分かりやすい程にヒナはあたふたと動揺し、声を裏返らせていた。

 

(自分だけ名前で呼ばれないから拗ねてたって事かァ? 心はまだまだガキだなァコイツも)

 

あの時何故落ち込んでいたのか分からずに振り回されたが、理由が分かった途端疑問はストンと胸に落ちる。

あれだけ治安の悪いゲヘナの風紀を取り締まる少女でも、心はまだまだ幼い。

そう言う、単純な事だった。

 

となればと、少し一方通行の中に悪戯心が湧く。

彼は僅かばかり揶揄ってやろうかと口を開き。

 

「イヤなら普通に今までと同じく空崎でも俺は構わねェが――」

「ヒナが良い!」

「そォかよ……」

 

先程までとは打って変わって素直な反応に少し面白く無さそうな声色で彼は背をソファに沈めた。

もしくは、彼女の勢いに圧倒されたのもあったかもしれない。

 

「で? 例の三人とか、ゲヘナの今後はどォなるンだ?」

 

なので一方通行は話を戻す事にした。

一転して真面目な声でヒナに話しかけ、彼女もその感覚に気付いたのか、先程までのてんやわんやしてた表情を一気に鳴りを潜めさせる。

 

「施設も薬品も取り上げた。トリニティに行っても上手く行かない事を彼女達はその身で知った。だから彼女達が反逆を起こす事はもう無いだろう。と言うのが私達の判断。お咎め無し。ではないけれど、特に大きな負担はかけさせていないわ。つまり、ゲヘナはいつも通りね」

 

「はッ! あれだけの事があっていつも通りたァ肝の太いこった。それもゲヘナの校風って奴か」

 

「勘違いしないで欲しいんだけど、私だって皆にはもう少し落ち着いて欲しいの。あの校風を認めている訳じゃない。私の目から見て問題無いと思っただけ。反省文は鬼のように書かせたけど」

 

「だろォなァ。じゃなきゃ風紀委員なンてやる訳がねェか」

 

いつの時代もどの世界でも世を取り締まろうとする真面目な奴はいる。

ゲヘナでその役目を請け負っているのが空崎ヒナだった。ただそれだけの話だ。

 

「うん、そうかもね……私達は、私達なりの判断で許す事を決断した。でも……」

 

でも、と、続きを言いかけた所で、ヒナはくぴ……と、コップに注いでいたお茶を一口飲み、小休止を挟む。

コト……と、半分程飲んだコップを机に置き、ふぅ……と、一つ、息を吐いた。どうやら余程続きの言葉を繋げるのが重いらしい。

 

一方通行は何も言わぬまま彼女が言うであろう次の発言を待つ。

催促せず、ただじっと、じっと彼女が口を開くまで、無言で待ち続けるスタンスを取る。

 

それから時間にして五秒ほどが経過した頃、ヒナは噤んでいた口を開く勇気を持ったかのように、一方通行と視線を合わせた。

 

ヒナは改めて、でも。と言葉を繋げた後。

 

「トリニティの方はそうはいかなかったみたい。こっちが実行に移したのは三人。その三人に協力したのが二十人程度に対し、あっちは八十人近くの生徒が反乱を企てた。協力者を入れるとその倍はいるかもしれない。トリニティのトップの一人である桐藤ナギサは、今回の件に対して実行犯を含めたトリニティ生徒の徹底監視と言う改善策を提出して来たわ」

 

「人数の規模的にみりゃァ妥当だが、俺からすると良くねェ改善案だと言わざるを得ねェ。無駄にゲヘナに対する憎しみを募らせる奴等が現れるぞ。やるなら八十人のみの監視に抑えるべきだなァ」

 

「ええ。私もそう提案した。でも桐藤ナギサの意思は固かった。いや、あれはそれ以外が見えていないと言うべきかもしれない」

 

「つまり、トリニティは抱える必要も無かった爆弾を抱えた訳だ。爆発すると決まってる訳じゃねェ分マシかもしれねェが、目を光らせておくに越した事はねェな」

 

そのつもり。と、ヒナは力強く頼もしさを感じる言葉で返す。

何かあったら対処できるように、助けられるように。もしくはゲヘナに被害が被らない様にトリニティの動向から目を離さない。そうヒナは風紀委員長であるが故にするべき事とその責任を語る。

 

その言葉が、一方通行にある種の納得感を与えた。

成程、ゲヘナが治安崩壊していない訳だ。と。

空崎ヒナと言う存在は、無法地帯であるゲヘナ学園において最低限の秩序を保たせ続けている核だ。

彼女が健在である限り、ゲヘナもまた健在である。

 

彼女の重要さ、立派さ。

そして、彼女から放たれている危うさを、一方通行はこの一言で感じ取った。

 

彼女の生真面目さは、真摯にゲヘナと向き合い続けるその姿勢は、一度裏返ってしまうと呆気なく崩壊し二度と立ち上がれなくなってしまう危険を孕んでいるように一方通行は感じた。

今は安定しているかもしれないが、彼女の心はまだ幼い。それを今日のやり取りで痛感した彼は。

 

「ヒナ。提案があるンだが、時々シャーレで俺の仕事の手伝いをしてみねェか?」

 

ゲヘナから目を離しても良い時間を取らせるべく、そんな提案を投げかけた。

それはヒナに何かあったらシャーレに、一方通行に連絡させる。

または彼女がどうしようもない出来事に遭遇し心折れ崩れ落ちた時、シャーレがあればそこで再起の道を探せる。また立ち上がって前を向かせる事の補助が出来る。

 

そう踏まえての提案だった。

 

「え……? えッッ!? あ、えっっでも、それってっ! あ、いや……嬉しい……けど……! でも、私、忙しいし……殆ど……来れないかもしれないし……」

 

瞬間、ヒナは心底嬉しそうな声を上げた。

だが、それも一瞬。

その次の瞬間には、ヒナは自分の状況。ゲヘナの風紀委員という立場。そしてそのせいで自分が自由に動ける時間が自分では作り出せず不定期。かつその殆どが夜である事を思い出し、一方通行の期待に応えられない。提案を受け入れたくてもそれが許される環境では無い現実に、段々と声をか細くさせていく。

最後の方は、聞き取れない程に小声だった。

 

何を言っているんだと一方通行は思う。

彼女が忙しい。時間が無い。

そんな事は完全に想定内だ。

 

全部知ってて、把握して、それでも尚聞いているのだ。

それは、言い換えるとこうだ。

 

「その忙しいタスクとやらをシャーレに来る日は持ってこい。どォせ昼前にはこっちの仕事は終わって暇なンだ。一時間で終わらせてやる。日程もある程度は調整してやるから、好きな日程を希望しやがれ」

 

「ぁ……その、そんな……でも……悪い……し……」

 

「俺が良いと言ってンだ。ここのトップは俺だ。俺の言う事は基本的に絶対なンだよ。お前に聞いてるのは一つだ。俺と一緒に仕事するかしないか。すると答えたンならつべこべ言わず持ってこい。それがお前がここに来る時にやるべき最初の仕事だ。逆に俺とシャーレの仕事をしねェンならこの話は終わりだ。忘れろ」

 

「っっ、~~~~~~~!!!」

 

悩む。

悩む。

ひたすら。天秤にかけてヒナは悩む素振りを見せ続ける。

 

だがそれは仕事をするかしないかで迷っているのではないと一方通行は踏む。

彼女は、迷惑をかけて良いのか良くないのかで迷っているのだと一方通行は看破する。

 

「その、本当に書類仕事……多い、から」

「得意分野だなァ。さっきも言ったが一時間だ」

「実働も、結構ある、かも」

「ゲヘナ内でのシャーレが受ける仕事との兼任なら問題ねェだろ」

「シャーレで手伝えない日だって、来ちゃうと、思う」

「そン時はそン時だ。ヘルプを呼べる態勢は整ってるし一日ぐらいいなくとも問題ねェ。俺を誰だと思ってやがンだ」

 

「あ、ぅ……ぅぅぅ……!」

 

逃げ道回り道を悉く潰していく。

それはヒナからすれば彼の自信満々な発言はそれによって自分を納得させ、はいと頷かせたいが為の言葉に聞こえたかもしれないが、一方通行からすればそれは至極当たり前の事を言っているだけに過ぎない。

 

そして、彼の言っている事が嘘ではない事を、ヒナは言葉の圧から思い知らされていく。

 

逃げられない。

断れない。

逃げたくない。

断りたくない。

受け入れたい。

受け入れて欲しい。

 

彼と一緒にここで仕事がしたい。

一方通行の強引にも程がある力技の論破にヒナはとうとう自分自身が心で願う本音に負けてしまったのか。

 

「じゃ、じゃあ……お願い……します……」

 

トマトの様に顔を紅に染めながら、ペコリとヒナが頭を下げた。

それを見て一方通行は机の上に置いてあった缶コーヒーを煽った後、

 

「最初からそう言えってンだ。時間が掛かるなァオイ」

 

こうなることを予想していたかのような言葉を優しい声で言うだけだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「そう言えば、今回の事でイオリやアコ、チナツからそれぞれ礼を言っておいてって言われたわ。だから改めて礼を言わせて。先生、ありがとう」

「もう良いっつったろ。お前ここに来てから何回言う気だ」

「これは皆の分だから」

「そうですかァ」

 

ヒナがシャーレに加入する話が終わってから十分程が経過した頃。

もっと言うと今日がシャーレで初仕事をする日になった十分後。

不意にヒナは思い出したのか、そう言えばと続けた後、一方通行に風紀委員からの連絡を届けた。

 

イオリ、チナツはともかく、アコからも礼の一言を貰っているのは意外だったなと一方通行は顔に出さずに僅かに驚く。

ああいうタイプは愚鈍に一直線で、一度対立してしまった以上こちらとのわだかまりはまあ基本的に溶けないだろうなと予想していたが、流石ゲヘナを取り締まる風紀委員の行政官に就いているだけあってその辺りの分別はしっかりと弁えているらしい。

 

良い傾向なのかどうかはともかく、悪い事では決してないので素直に一方通行は彼女の礼を受け取って置く事にした。

 

「給食部の愛清フウカが所持してて、あン時アルがぶっ壊しちまった車はどォなった?」

「先生の補填で新品同然になって帰って来たそうよ。それも礼を言われたわ。どちらかと言うと弁償されて当然の側なのに律義な事ね」

「ハルナによっぽど酷い目に会わされてンだろォなァ……今度ゲヘナに行ったら声でも掛けておくか」

 

「その黒舘ハルナや狐坂ワカモはまだシャーレには顔を出していないのかしら?」

「いや、ハルナは一昨日の担当日に顔を出して来たな。元気そォにしてたから心配する事はねェよ。ワカモは昨日の深夜か何かに突然やって来て今後は私もシャーレに来ますので。とか抜かしてたなァ。まァ別に拒否はしねェけど夜にやって来られてもなァと言うのが本音だ」

「先生は、何? その……、色々な女の子と仲良くしてないと死んじゃう病なの?」

「語弊があり過ぎるだろ。右見ても左見ても女だらけの環境なンだからそォなるしかねェだろ」

「それは、そうかもだけど……」

 

真面目な話、取り留めのない話。

それは一方通行にとっては普通になんて事のない話だが、話し相手であるヒナはどうも違うようだった。

心が浮いているように一方通行は見えた。

楽しんでいるように思えた。

 

シャーレに勧誘させて心の拠り所をもう一つ作り上げる一連の流れは上手く行ったなと、危なっかしさがそこかしこに転がっていたヒナのメンタルを安定させる事にこれが繋がると良いんだがと一方通行がぼんやりと考えていると突然、

 

バンッッ!! と、扉が勢い良く開けられた。

直後、ダッッ!! と誰かが掛けてくる足音がオフィス内に走る。

 

「ッ!? 何!?」

「あァ!?」

 

予定にない誰かの訪問。

これ以上なく乱暴に開けられた扉。

そして何者かが全力で走って来る事態の発生。

 

誰が見てもただならない様子に二人は緊急事態が発生したような声を上げた後、一方通行はグルリと身体の向きを変え、杖を支えに立ち上がろうとした瞬間、

 

「先生ぇえええええええええええええッッ!! もう駄目だぁぁああああああああああああッッ!!!」

 

びえええええええええええッッ!! と、泣き腫らした顔で、というか現在進行形で号泣しながら先生の身体目掛けて途轍もなく見覚えのある少女が突撃して来た。

 

「はッ!? モモッッ! なンなンですかてめェ急に来やがはッッッ!?」

 

突撃してきた少女は、一方通行も良く知るミレニアムサイエンススクールの生徒、才羽ミドリの姉である才羽モモイだった。

事前の情報無しに泣きながら自分目掛けて走って来るモモイに、一方通行はただただ叫ぶ事しか出来ず、腹に受けた超即タックル同然の衝撃に、一方通行はぐふッッ! と言う呻き声と共に座っていたソファに沈む。

 

つまるところモモイも結果的にソファに倒れ込む事になるが、そんな事を少女は気にもせず、栗色の髪を左右に揺らしながら先生の胸元で顔をぐしぐしと拭いながら。

 

「このままじゃ廃部になるぅぅううううう!! うわぁぁああああああんっっっ!!」

 

と、一方通行に助けを求め始めた。

 

「離しやがれモモイィィィッッ! つか俺の服で顔を拭くンじゃねェ!! ブランド物かつこの世界にねェ事実上の一品物を汚すンじゃねェよクソッタレがァァアァアアアアッッ!!」

 

対し、学園都市にいた頃から愛用している白を基調とし、灰色で下へと伸びる矢印が全体にあしらわれている服を鼻水と涙と涎でグシャグシャにされる悲劇に見舞われる羽目になった一方通行は、彼女の頭をグワシと掴みながら引き剥がしにかかる。

 

だが少女の一方通行を抱き付く力は強く、非力な一方通行では彼女を引き剥がせず、延々と彼のシャツはモモイの水分を吸い続けていた。

 

「助けて先生ぇえええええええええええッッ!! このままじゃユウカに追い出されるぅぅうううううううううううッッ!!」

 

「話聞いてやるからいい加減服から顔を離せってンだモモイィィイイイッッ!!」

 

「失礼しま~す。先生、今ちょっと良いです……!? お、おねえちゃん!? ちょっっ!! 何やってるのそんな羨ましい事!!!!」

 

一方通行が叫んでいると、モモイの後を追って来たのか、モモイの妹でありミレニアムサイエンススクール内でユウカに次いで交流の多い少女、才羽ミドリがひょこっとシャーレに顔を覗かせた後、事態の大きさに気付いたのか血相を変えて慌ててこちらに駆け寄りモモイを引き剥がしに掛かる。

 

何が羨ましいのかサッパリ分からなかったが。

んぐぅうううう!! と、必死にモモイを引き剥がすミドリの裏で、先生って泣き落としに弱いのね。等と言う不名誉な言葉がヒナの方から不意に聞こえて来たのは、きっと気のせいなのだろう。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

騒がしい日常。

なんてことない日常。

ありふれた日常。

 

いつまでも続いてくれたら良いのにと願う毎日は、ある日を境にガラガラと崩れ落ちていく。

昨日と同じだと思っていた今日は、全く違う一日へと変貌を遂げていく。

 

これは、その始まりの物語。

果てにある終わりが始まるまでにある、最初の騒がしい物語。

 

これが日常の延長線にある出来事ではない事に一方通行は気付かない。

彼は知らぬまま、彼でも気付かぬまま、世界は自ずと姿を変え、混沌へと足を踏み入れていく。

その始まりは、ミレニアムサイエンススクールで巻き起こる。

それ自体が、世界が刻々と変化している事を報せていた。

だが、その事に誰が気付こうが誰も気付かまいが、残酷に世界は時を刻み続ける。

カチ、カチと、秒針の音を響き渡らせながら。

 

 

先生と生徒。

姉と妹。

デジタルとレトロ。

願いと想い。

苦悩と覚悟。

シャーレとミレニアム

超能力者とアンドロイド。

幾多の意思が渦巻く世界で神秘と科学が交差する時、

 

科学の街ミレニアムサイエンススクールを舞台とした、時計仕掛けの物語が始まる。

 

 

 

 

 

 









ヒナちゃんがシャーレに加入しました。ついでにワカモもしれっと加入しました。
アビドス前に加入するというどんどん話がズレて言ってる気がしますが、恐らく気のせいではないですね。

そしてシームレスに第二章が始まるのですが、アビドスではなくパヴァーヌからの始まりです。はい、当初からこれは決めていた事です。アビドスが始まります。なんてあとがきで何度か言っていましたが始まりません。パヴァーヌ一章が先です。

理由はいくつかありまして、一章と二章の間にゲーム内時系列的に空きがある事。
これにより連続してパヴァーヌ一章二章を書くのが難しい事。
加えて他の人がアビドスから始める人が当然多いからじゃあパヴァーヌから初めた方が新鮮味あって良いんじゃない? という概算があった事。

そして何よりアビドスやエデンと比較した時、難易度的にパヴァーヌ一章が一番生徒達にとって易しい事から真っ先にこの章から始まる事を決めました。

はい、今まではチュートリアルです。
先生も生徒も誰も傷付かない物語はここでお終いです。

ここから先は無法地帯です。血が出ます。怪我します。骨、多分折れちゃいます。先生生徒問わずです。

でもパヴァーヌ一章はまだそこまでスプラッタな絵面にはならない。筈です。想定通りであれば!
面白そうなアイデアが思い付てしまったが最後酷い事になるかもしれないですが、考えている限り、三部作の中で一番真っ当に原作に沿うであろうパヴァーヌ一章だけはなるべく真っ当に済ませたい所。

ちなみに二章はズレます。アビドスも当然ズレてます。エデンは途中から死ぬ程ズレます。オリジナル解釈がクソ程入りますし展開も大きく変わります。

先生が『先生』ではなく『一方通行』なのですから当然ですよね。
人が変われば物語も変わるし、生死の有無も大きく変わります。一方通行がいる所に平穏の二文字がそう易々と降りてくる訳がありません。

変わっていく世界の中で全員どんなボロボロな姿を見せるのか、やっと土台が整った事に安堵しております。

しかしまだアクセルベタ踏みにはしません。
ゆっくり、ゆっくりと加速していきます。

そんな後々に最高速度を安定して出す為の初速を生み出すパヴァーヌ一章。来週より連載開始でございます。多分来週。ちゃんと書けたら来週。でも最近遊戯王が面白い……、デッキ回すの楽しい……。

誘惑に負けずに頑張りたい。

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