とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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二章 時計仕掛けの花のパヴァーヌ(前編) retro_monster
廃墟探索


寂れた世界。

壊れた世界。

 

この場所を一言で説明するとなるとそう言う表現が一番似合うのだろう。

 

破棄された無数の高層ビルに刻まれている、どう見ても人工的に破壊されたと思わしき傷跡の数々。

巨大な爪で引き裂かれたかのようにえぐれた地面。

倒れた電信柱からいくつも伸びている通電していない千切れた配電線。

 

一歩この場所に踏み込んだ瞬間から目にするそれらの記号が、ここがどうしようもなく危ない場所だと全身に訴えて来る。

 

人が住まなくなってからかなりの時間が経過しているのだろう。

その証拠を示すの如く、自然災害では生じ得ない傷や罅割れを残す数多のビルには無数の植物がその傷を伝うように根を伸ばし、

破壊され、せり上がり、割れたコンクリートが大半を占める地面一帯にはコケがこれでもかと生え茂っている。

 

人が捨てた地域。

人が生活しなくなった地域。

発展させきってから終わった地域。

 

それだけでもここが異質な場所だと認識するには十分だった。

だが、それ以上に目を引く物がある。

 

ここがどう考えてもおかしい場所だと、確信を持てる証拠がある。

それが、この廃墟を徘徊する無数の人型ロボットの存在だった。

 

「~~~~~。~~~~~~」

「~~、~~~~。~~~~~~~」

 

街を徘徊している数多のロボットの内、二体のロボットがそれぞれ接近すると、何かお互いにしか通じ得ない言語でやり取りをし、また再びどこかへと歩き去って行く。

 

これが、あちこちで起きていた。

ロボットの総数は数え切れる物ではない。

 

その様子を、陰から見ている集団がいた。

 

「ねぇ……お姉ちゃん」

 

人型ロボットが会話し、去って行く様子を見送りながら、集団の中にいた一人の少女、才羽ミドリが自分達をここへと連れて来た全ての元凶、即ち彼女の姉、才羽モモイへと声を震わせて問いかける。

 

「何ここおかしいよ!! 変なロボット沢山いるしさっき何か知らない言語で会話してたし!! そもそもここは何処!! なんでこんなボロボロなのこの街!」

 

「しーー! ミドリ声が大きい!!」

 

涙目で問い詰めるミドリを一言で制すモモイの姿はあまりに無慈悲だった。

うるさいと指摘する彼女の声も大概に大きいので本末転倒である。

 

「それに何回も言ってるじゃん。『廃墟』だって」

 

「廃墟なのは見たら分かるよ! でも廃墟の一言で説明できない物がチラホラあるよここ!? どういう事かもう一度説明して!!」

 

「いやぁ、出入り禁止って言われただけの事はあるね。あれに見つかったら流石に戦闘になるかなぁ。見つからない様に進むとか潜入作戦みたいでワクワクするけど冷や冷やもするね」

 

「お姉ちゃん私の話聞いてる!?」

 

一方的に振り回されるミドリの様子は見ていて同情を誘う物があった。

加えて、このままモモイの言動に翻弄され続けても埒が明かないと、一方通行は小さく嘆息した後二人の会話に割って入る。

 

「で? ここにそのG.Bibleってのが眠ってるってのか?」

 

一方通行が早朝、モモイに泣き付かれて説明を受けた記憶を思い出しながらミドリに助け舟を出しつつ、本題を切り出し始めたが、

 

「にわかには信じがたいわね。こんな場所に二人が欲している目的の物があるとはとても思えないけど」

 

ヒョイっと、一方通行の背中から顔を出したヒナから横やりが入った。

彼の後ろに隠れていたからなのか、彼女の手は一方通行が着用している連邦生徒会の白い制服にそっと添えられている。

 

しかし、その彼女のあざとい行動に付いて物申す少女が一人。

 

「と言うかこの状況もおかしい! なんでゲヘナの風紀委員長さんがここにいるの!?」

「だって私も立派なシャーレの一員よ? 先生の助けになるよう動くのは当然だと思うけど」

「入ったのは今日からだけどなァ」

 

んがーーー! と突っかかるミドリをヒナは軽くいなす。

一方通行としては何故ここにヒナがいるのかについてお前も聞いていただろォがとミドリに対し思わざるを得ない。

 

シャーレに突撃してきた二人から話を聞いた一方通行は、流れ的にシャーレの外で活動する事になると察し、その場で話を聞いていたヒナに今日はこのまま帰るかそれとも付いて来るかを選ばせた。

 

結果は言わずもがな。ここに彼女がいるのが答えである。

それについて今更抗議が入るのは如何な物だろうか。

 

「もっと言うとそのっ! なんか! 先生との距離が近くないっ!? 物理的に!」

「だって見つからない様にしないとだし、お陰で私は完全に標的から姿を隠せているわ」

「だ、だだだだからってそんな! 服に手を置かなくても良いんじゃないかな!? 私だってそんなのした事ないよ!!!」

「ミドリ、声が大きい。もう少し音量を下げて」

 

んぐぅぅうううううう!! と、ヒナの真っ当な返しを受けたミドリは悔しそうに握り拳を二つ作って顔の辺りで上下させる。どこからどう見てもミドリの完敗だった。

 

ひょっとしたらミドリはヒナが苦手なのだろうかと二人のやり取りを聞いていた一方通行は勘繰る。

可能性としては十分ある話だった。二人は一度、ゲヘナ内でほんの僅かばかりの時間、邂逅している。

その時は会話こそ無く終わった物の、自分達シャーレ側とゲヘナ風紀委員側の雰囲気は若干、いや、幾分か険悪だったような気もする。

 

それを引き摺っているという話は無くも無い。

とは言え、それを切り出すのはこの場ではなく最初からにしてくれと願うのは勝手なのだろうか。

 

それとも何かミドリの癪に障る出来事でも起きたのかもしれない。

その出来事と言うのがヒナが合法的に距離を近くして活動している事であるとは露程も一方通行は考えていない辺りが少女達の苦難を物語っていた。

 

自分に向けられている好意に関して全くの愚鈍さを見せる一方通行は、シャーレからここに来るまでの間で、自分の知らない内に何かしらのしがらみが生まれたのだと予想を立て、なるほどそれならばミドリが憤慨しているのも納得出来るなと、何から何まで違う推測を立てる。

 

間違った方向に思考を進めてしまった一方通行はミドリ。と、彼女の名前を呼び。

 

「シャーレにいる以上ヒナとも長い付き合いになるンだ。対立する事自体は許容してやるがどこかで妥協はしとけ」

 

彼が自覚しないまま、ヒナ側にいるかのような発言を繰り出した。

一方通行としては仲良くやれとまでは言わないまでも、険悪にまではなるなという程度の発言でしかないのだが、ミドリにとってはそれは『自分ではなくヒナを選んだ』ようにしか聞こえない訳で。

 

「ぬっぬぐぐぐぐぐッッ!! せ、先生と付き合いが長いのは私だから!!」

 

結果、彼女はビシッッ! と言う効果音が聞こえて来る程キレの良い動きでヒナの方を指差しながら、良く分からない事、もっと言うと当たり前な事を堂々と宣言していた。

 

何の張り合いだ。と、ヒナとミドリの口論に呆れた表情を見せる一方通行は、これ以上不毛な会話に巻き込まれたくないなと、二人から離れる様に歩き出す。

 

「ヒナさんは先生がどんな食べ物が好きかとか知らないでしょ」

「っ! そ、それはいつでも知れるもの。アドバンテージにはならないわ」

「じゃ、じゃあ先生に抱きしめられたりとかは!? 思いっきり! ギューーッッ! って!!」

「モモイの様に先生に強引に抱き着いた事があったって事? なら私でも出来そうね」

「抱きしめられたって言ってるじゃん!! 先生に庇われて助けられたの!!」

「尚更それは抱きしめられたとは言わないんじゃないの?」

 

後ろでギャーギャーと本当に意味の分からない言い合いを始めた二人の声を聞く一方通行は、うるさいと暗に伝えたいばりに左手で片耳を塞ぐ。

 

ミドリが言っているのは『未来塾』であった事を指しているのだろう。守った本人である一方通行としては至極当たり前な事をしただけに過ぎないのに、何故そこまでミドリが自慢気にヒナへ言いふらしているのか全く理解出来ない。

ミドリを、もしくはヒナを、さらに言うと彼女達に危害が及ばないように死力を尽くすのは彼の中で()()()()()()()()()()だ。特別視される理由もなければ、取り沙汰する程の行為でも無い。

 

つまり、二人の会話は一方通行にとってやはり不毛極まり無い物でしかなかった。故に今度こそ一方通行は二人の事を完全に放置し、意識を廃れた風景へと移し替えながら、シャーレでモモイが語っていた事を思い出す。

 

(つゥか、ゲーム開発だってのになンでやってる事はこンな場所でお宝探しなンだァ?) 

 

『廃墟』

 

ミレニアムの近郊に位置する場所で存在するこの見た通りにボロボロな街は、現在行方不明となっている連邦生徒会長によって存在を隠蔽し、見つけたとしてもその出入りを厳しく制限されていた区域だと言う。

 

何故制限されているのか、何故秘匿されていたのか。その一切は不明。

その理由の真相は生徒会長ただ一人だけが握ったまま、生徒会長率いる連邦生徒会の生徒達はこの地区の防衛を担当。

結果この場所の存在は嗅ぎつけた少数の生徒達によって僅かながら知られていても、出入りする事は実力行使によって禁じられ続け、そうしている間にこの場所はキヴォトス有数の禁則地と化した。

 

しかし、それもつい少し前までの話。

現在、ここに連邦生徒会に属する少女達は誰もいない。

モモイが語った所によれば、生徒会長の失踪を皮切りにこの場所を放棄、撤退したとの事だった。

 

「こンな所にG.Bibleがあるなンて与太話、俺から言わせればとても信じられる物じゃねェな」

 

「ヒマリ先輩によれば、ここは『キヴォトスから消えて忘れ去られた物が集まる、時代の下水道的な場所なのかもしれない』なんだって」

 

あ? と独り言めいた物に反応して来たモモイの言葉に一方通行は首を傾げる。

一方通行が投げた質問に対する答えとして彼女が並べた文言が成立していない。

 

ヒマリ。

明星ヒマリ。

 

少し前、ミレニアム内で倒れていた所をたまたま見かけ、彼女が車椅子に座るのを手助けした事から少しばかり交流がある少女。

ミレニアム史上三人しかいない『全知』と言う名の学位を持つ少女。

 

一方通行からすれば笑ってしまう程に仰々しい学位だが、今はそこに触れない。

 

名称はともかく、学内屈指の知識人である彼女の入れ知恵でここまでやって来た。

そこまでは良い。納得出来る。

 

だが、その先がおかしい。

彼女の言い方を普通に解釈すれば、G.Bibleがあるとされるこの場所にやって来た。ではなく、こんな謂われがあって、かつ今まで誰も踏み入れた事の無い場所なんだからG.Bibleぐらいきっとあるよね! みたいな根拠も何もないただの思い付きでやって来たように思える。

 

と言うか、そうとしか考えられなかった。

 

「モモイ、まさかお前ここにG.Bibleがあるかもしれない。って聞き心地だけは無駄に言いだけの希望的観測で俺達をここへ連れて来たンじゃねェだろォな?」

 

「チッチッチ~~! ちゃんとここを目的地とした根拠はあるよ先生!」

 

殴りてェ。

舌を鳴らしながら人差し指を左右に振りつつ、分かってないなぁという顔をするモモイを見て、そんな感情が左手を中心に沸き上がった。

 

実行したりはしないが。

 

「『ヴェリタス』によると、最後にG.Bibleの座標が確認されたのはこの地だったんだって」

 

まぁ最後に確認されたのは結構前の事なんだけど。と、一番最後に最も不安要素となるような言葉を付け足しつつモモイは一方通行にここに来た意義を語る。

 

成程、ここへ足を運んだ理由は分かった。

彼女なりに根拠があるのも理解した。

 

ミレニアムプライスに作品を提出する締め切り時間が迫る中でトチ狂った現実逃避行動かと今まで勘繰っていたがどうやら違うらしいという事も把握した。

 

G.Bible。

 

過去、ミレニアムに在籍していた伝説のゲームクリエイターが残した代物で、モモイ曰く『最高のゲームを作れる秘密の方法が入っている』らしい。

 

これを聞いてさあお宝探しだ。と、即座に出掛けられる彼女の生き様にはある種感心するが、それはそれだ。

G.Bibleの存在自体はともかく、たとえそれを運良く見つけられたとして、彼女が陥っている状況を解決できるかどうかについては一方通行から言わせてみれば甚だ疑問だった。

疑問どころの話ではない、不可能だと内心一方通行は断じている。

 

『ゲーム』と言う時代の最先端が常に遷ろう世界の中では数年、下手すれば一年単位で常識が変わる。

G.Bibleを見つけたとして、当時の最先端の極意が詰められていたとして、その最先端は現代で言うレトロに等しい物である確率は非常に高いと言える。

それに頼った所で得られる物は既に彼女がゲーム開発をする上で学んだ知識の一つである可能性が大きく、情熱を燃やしてまで手に入れる価値がある物とは、部外者である一方通行からすればとても思えない。

 

尤も、ここでそう言う指摘をしたところでモモイが止まる性格ではない事を知っている一方通行は何も言わない。

むしろ、それでやる気が消滅した結果本当にミレニアムプライスまで無気力を貫いてしまう可能性を彼女は秘めている。

 

少なくない交流回数を経てモモイの性格を十二分に見抜いている一方通行は、G.Bibleを求める理由だけを聞くに留める。

 

「そもそも、それが手に入はいったとしてその後どうするってンだ? まさかゲームが一本丸々入っているみたいな話じゃねェンだろ?」

 

「うん! 私達はG.Bibleを呼んで、極意を学んで、それで『テイルズ・サガ・クロニクル2』を作るの!!」

 

満面の笑みで持論を語るモモイに、一方通行はそォかよとだけ返す。

『テイルズ・サガ・クロニクル2』それがミレニアムプライスに出す予定のゲームの名前らしい。

どこかで聞いた事があるような無いような、もしくは聞いた事のある部分だけを抽出して名付けられたようなタイトルだった。

 

とはいえ動機は何にせよ、状況は何にせよ、今のモモイは凄まじくやる気に満ちており、G.Bibleがあるか無いかはともかく、ここは彼女の勢いに任せて進んだ方が得策と一方通行は判断する。

 

なので彼は先頭を進み始めたモモイの後を追うべく、いつまでも無駄話を続けているミドリとヒナに声を掛けようと背後へ振り返った瞬間。

 

「あっっ」

 

と、言う何かやばい物を見つけてしまったようなモモイの声を聞いた。

彼女が放った良く無さそうな雰囲気の声に一方通行はもう一度身体を向き直らせ、そして。

 

モモイの方をジッッと見つめる一機の人型ロボットを目撃した。

 

「~~~~~~~~~~~!! ~~~~~~~!!!!」

「わっっわぁぁああああ!? な、なんか怒ってるッッ!?」

 

ロボットはモモイを見つけた途端、理解出来ない言語を発し始める。

それが何なのか一方通行には理解出来なかったが、事象がそれを説明する。

ゾロゾロと、何台もの何台もの人型ロボットが、モモイのいる場所へと集まり始める。

 

まるで、侵入者を見つけ、迎撃する為の応援を要請するように。

 

「モモイ!! こっちに来やがれ!!」

 

良くない現象が起きていることを早急に理解した一方通行は、彼女を自分がいる方へと呼び戻さんと叫ぶ。

彼の怒号はモモイに自分が今次に何をすべきなのかを明確にさせる事に成功したのか、慌てて彼女は少し後ろにいた一方通行の方へと合流する。

 

それは、後ろで未だ変な言い争いを続けていたミドリとヒナも同様だった。

方通行のただならぬ叫び声に二人は驚いた表情で意識を声がした方に向け、すぐさま状況を把握しては一方通行の下へ合流する。

 

「な、なんだか凄い狙われてない!? お姉ちゃん何したの!?」

「知らないよ! 歩いていたら見つかったの!!」

「見つからない様に進むとか潜入作戦みたいでワクワクするけど冷や冷やもするね! とか言ってた少し前の自分の発言はどこ行ったの!! 全然見つかってんじゃん!!」

「後ろでゲヘナの委員長と遊んでたミドリに言われたくはないよ!?」

 

自分の事を棚に上げて好き勝手言わないでと叫ぶモモイと、遊んでた訳じゃないから! と、心外そうに反論するミドリのいつもの姉妹喧嘩が繰り広げられる中、それをうっすらと聞く一方通行はそんな下らない話をしている場合じゃないだろと叫びたい気持ちを必死に抑えながら危機的状況に舌打ちする。

 

相手は人型ロボット。おまけにどこからどう見ても重装甲型。それが見る限りで十機以上。

わらわらと集まり始めた所を見るに放って置けば数がどんどん膨らんで行くのは想像に難くない。

 

対抗して一機一機破壊しようにもこちらが所持しているのは銃。

つまり『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』だ。

効果があるかどうかすら怪しく、効果があった所で劇的なダメージが期待出来る状況でもない。

十発二十発で行動不能まで追い込めたら良い方、下手すればもっと弾数が必要かもしれないし、そもそもそれだけ撃ってもまったくの効果無しさえあり得る。

 

おまけにこちらには弾切れという概念まで付き纏っている。

運良く少ない弾数で破壊出来た所で、増援さえ予想される重装甲のロボット全機を相手に戦えるだけの弾数があるかどうかは完全に未知数と言って良い。

不利どころの話では無かった。

 

但し、これは銃という武器でこれらと戦うならばの話。

それ以外で戦うとなれば、話は違う物となる。

 

(コイツ等は見てくれは人型に作られてるが実態は与えられた命令プログラムに沿って動く無人兵器。つまり人じゃねェし中に誰かが乗ってる訳でもねェ……。なら、使()()か……?)

 

一方通行は逡巡する。

彼が持つ超能力、ありとあらゆるベクトルを観測し、変換する能力『一方通行(アクセラレータ)』はミサカネットワークの補助が満足に行き届いていない為使えない。

しかしそれ以外の力。能力とはまた違う方向性から発現したとある力は、ミサカネットワーク無しで発動が可能であり、それは今の自分の状況でも例外では無い。

 

キヴォトスにやって来て以降使った試しもなければ使えるかどうか試した事も無い。

だが確信はあった。この力を自分はキヴォトスでも振るえると。

 

今まで自分が相対した相手は生徒が殆どでありこの力を使用するような事はしなかった。

人型ロボットを相手にした際は屋内であり中に生徒がいた事もあって使おうとすら思っていなかった。

 

だがここは屋外、被害が広がる心配も無い。相手も機械仕掛けのロボットのみ。

今まで使用を躊躇っていた枷は、ここでは一切の必要が無い。

そこまでの判断は、一瞬だった。

 

よって彼は一歩、今から使おうとする力がミドリ、ヒナ、モモイの三人に悪影響を与えない様、一歩前へと足を踏み出す。

その、一瞬の間に。

 

バサッッッッ!! と言う音が響いた。

 

一方通行は、まだ何もしていなかった。

故に、音の発生源は一方通行では無かった。

一方通行からではなく、その後ろから。

置き去りにするように歩いたその場所から。

 

大きな羽を広げたような音が、空間を切り裂くように広がる。

 

「ターゲットは確認した」

 

背後から、冷静さと冷えるような感情が合わさった声が聞こえ、

直後、その声の主は、背中に生えた大きな紫色の翼を威嚇するかの如く広げる空崎ヒナは一方通行よりもさらに一歩、彼を守る様に前へと出た後、身の丈程もある自身の専用機関銃、『デストロイヤー』を前方に構え、

 

「どれくらい耐えられるか見物ね……」

 

ガガガガガガガッッッ!! と、骨の芯まで響くような轟音を迸らせながら破壊的な弾丸の嵐を重装甲ロボット目掛けて乱射し始めた。

 

ビリ、ビリ……と、痺れるような余波がヒナの背後にいる一方通行にも襲いかかる。

杖とそれを持つ右手でフラつきそうになる身体を支えながら、同時に一方通行は目の前の状況に驚愕した。

 

ヒナの銃撃を受けたロボットが一機残らず、当たった部分からバラバラになって吹き飛んでいる。

弾丸の一発一発が重装甲を破り、そればかりか貫通してはその後ろにいたロボットの装甲をも貫通し尚も突き進んでいく。

 

完全に規格外の威力だった。

否、それは最早人間が手に持つ機関銃が放てる威力を遥か超過していると言って良い状況だった。

大砲でも乱射しているのかと見紛う程の光景が、一方通行の目の前に広がる。

 

(どォなってンだ……!? 俺の見る限りあれらの防御力は本物だった。だがヒナの奴、そンなの関係無ェとばかりに豆腐みてェにボロボロにしてやがる……! 学園都市製でもこれだけの威力を出す機関銃は人間が持てる中には存在しねェ! これもヘイローを持つこいつらが宿す力の一つだってのか……!?)

 

散々、散々彼はキヴォトスにいる生徒の異常性を認識している。

だが、その認識はまだ甘かった。

甘かったのだと、一方通行は痛感する。

個人差こそ大きいが、弾丸一発が命中しても「ちょっと痛い」で済ませる耐久性。

百キロにも及ぶ荷物を軽々と持ち上げてしまう身体性。

そして、目の前でヒナが起こしている銃撃による大破壊が語る特異性。

 

一方通行はこの現象を起こしたのは銃による力だとは思わなかった。

何故なら彼の銃もまたキヴォトス製。それもキヴォトス随一の科学力を持つ『エンジニア部』が拵えた特別性だ。

 

だが、彼の銃ではヒナが見せたような威力は出ない。

何度使っても、彼が知っている威力の範疇内に留まる力しか彼が持つ銃は持っていなかった。

 

ヒナが持っているのは機関銃で、一方通行が握っているのは拳銃だから。

その程度では説明が付かない程の大きな力の差がここで巻き起こり、彼を内心戦慄させる。

 

気が付けば、やって来た十数機ものロボットは全滅していた。

一機残らず、見るも無残な程に破壊し尽くされている。

 

「先生、駆除は終わった。先に進むなら今が最適」

 

一つ息を吐きながら、広げていた羽を閉じてヒナが振り返りながら言う。

確かに彼女の言う通り、一旦脅威は去った物の、ここでモモイを見つけたロボットが応援を呼んだ事実は変わらない。

いつまでもこの場所に留まれば、その内また何機かのロボットがやって来るに違いない。

 

「モモイ、目的の方向はどっちだ」

 

なので彼は簡潔にモモイに進む方向はどっちかを聞いた。

その言葉にモモイはあっち! と、進む方向を指差す。

 

「見るからに怪しげな建物があるな。ありゃァ……工場か?」

 

モモイが差した場所に目を向けると、破棄された工場施設が目に入った。時間にして十分程度は歩く必要があるだろうか。

あんな場所にG.Bibleがあるかどうかは不明だが、一旦の目印としてあそこを目指すのは悪くない選択肢と言えた。

 

良しと、一方通行は決断する。

 

「ひとまずモモイが差した工場に進む。だがあれだけ音を響かせて暴れたンだ。ポンコツ共は次々にやって来る可能性が高ェ。襲ってきた奴は順次排除して進む。モモイ、ミドリ、ヒナの順で前へ出ろ。俺が最後尾を進む」

 

了解。と、一方通行の指揮に三人の声が重なる。

 

自分が殿を務める理由。それは自分がこの場で最も役に立たないという理由以外に無い。

 

対人であればこの世界でも一方通行は一方通行なりにまだ戦いようはあった。

この世界の構造的に他の少女達とは圧倒的に実力に開きがある中でも、銃は効果が薄いなりに通じるし、何より相手の意思と感情に揺さぶりをかける事で戦況をコントロール出来る。

経験によって、彼は今までその差を無理やりに埋めていた。

埋める事に成功し続けていた。

 

だが、今相手にしているのは揺さぶりが効かず、自分が持つ武器では傷一つ付けられないであろう兵器群。

能力を使えない彼にとって天敵に等しい存在。

この世界で出会う、初めての圧倒的な壁。

勝てない存在。

 

(チッ、能力、か。使えないなら使えないで戦い方を模索するのが普通だが、ここまで圧倒的に戦力的に開きがありすぎるンじゃ模索しようがねェ……!)

 

イラつく気持ちを声にも顔にも出さず、彼は一人無力さに嘆く。

どうにか出来れば良いのだが、今の彼はそのどうにか出来る方法が思い付かない。

一方通行が宿すもう一つの力ならば撃破は容易だろうが、それはこの場所での話であり、ここ以外の場所であの力を満足に使えるタイミングが常に訪れるとは彼自身思っていない。

 

いつかどこかで、手詰まりになる日がやって来る。

このロボットとの邂逅は、一方通行にいつかそうなる未来を予感させた。

そうなる未来がやって来ると想像出来てしまう程に、ヒナが見せたパフォーマンスは圧倒的だった。

キヴォトスの生徒と一方通行の間には遥かな実力の開きがあると言う淡々とした事実を、まざまざと一方通行に叩き付けた。

 

(まさか、強さを取り戻してェ、なンて思う日が来るとは思わなかったなァ)

 

自嘲気味に笑いながら、先を進み始めた三人の後を追うように杖をつく。

強さを取り戻す。言葉にすれば簡単だがそれが出来れば苦労はしない。

前に一度、過去に一度だけ。使えるかどうか、たまたまオフィスで当番をしていたユウカに協力を申し込み、実験した事がある。

結果は、とてもではないが実戦で使えるような物では無かった。

 

結論として、力を満足に使う為にはどうしても己の演算を補助してくれるであろう何かを見つける必要があった。

だが、そんな便利な代物がおいそれと転がっている訳では無い。

 

パっと頭に浮かぶのは『エンジニア部』の三人に制作して貰うがあるが、彼女達は彼女達でもう十分世話になっている。

これ以上迷惑をかけるのは憚られた。

加えて、この三人に頼れないもう一つの理由がある。

 

一方通行は、自分がこの世界の法則とはぶっ飛んでいる未知の力である『超能力』を使用出来る事を話していない。それはヒビキ、コトリ、ウタハの三人も同様だった。本当の例外として実験に協力して貰ったユウカにだけ、自分には変わった力があるという事実のみを伝えている。しかしそこまでであり、それ以上は何も話していない。

 

能力を話す場合、彼は首に付けているチョーカー型の電極、及びそれが及ぼしている効果についても説明する必要が発生する。

それは、相手に生殺与奪の権利を渡すのと変わらない程の行為だ。

三人を信用していない訳ではないが、おいそれと語れる内容では無い。

 

能力による自衛が出来ない今、これを外部に漏らす事による見返りと零した事による危険性では、危険性の方が遥かに大きいと一方通行は判断している。

 

尤も、零さなければこの状況の打開が出来ないのもまた、どうしようもない事実であった。

そして、それらを組み合わせて導き出される結論はやはり。

 

手詰まり。だった。

 

(…………、クソが)

 

危険を冒さなければ道は開けない。

だがその際のリスクは無視出来ない。

自分自身だけではなく、話した相手に降りかかるリスクもある。

 

あの三人に、そこまでの重荷を背負わせることは出来ない。

しかし、現状あの三人しか頼れる相手はいない。

 

「……先生、大丈夫ですか?」

 

ふと、声が聞こえた。

顔を上げると、考え事をしている間に進む足は遅くなっていたのかモモイ達との距離が開いていた。

その様子を心配そうに振り返って声を掛けて来たミドリに、良いから行けと手振りで教えながら彼は歩く速度を僅かに早める。

 

まぁ、今はこれ以上考えても仕方ないかと一方通行はこの事についての思考を止めた。

ここでやるべきことは他にある。まずはそちらを優先するのが先決だ。

不本意ではあるがここでの戦闘は彼女達に任せようと、彼は銃撃戦が始まった時に邪魔にならない距離を保ちつつ少女達の後を追う。

 

それが今の彼が出来うる最大限の補助行動だった。

学園都市最強と謳われた力を宿す彼は、その力を使えないまま前を進む。

いつかどこかで決断しなければならないという、大きな分岐路を前に精神を立ち止まらせて。

 

しかしその感情を一切表に出さないまま、一方通行は、四人は破棄された工場へと向かい始める。

 

眠り姫がいる、工場へと。

 

 









少女達は先生に淡い想いを寄せる一方で、先生は先生でクソデカ激重感情を生徒に向けているのを少女達は知らない。きっとそれは、最もその寵愛を受けたであろう才羽ミドリでさえも、先生から向けられている感情の重さに気付く事すら出来ないまま、少女達は自分達の想いに気付いてと先生に愛を送り続ける。

こんな煽りで始まるあとがきですが別にCパートとかではございません。

ヒナちゃんがパヴァーヌでスポット参戦です。
実はこの形態。ミドリ、ハルナと続いているお決まり枠だったりします。
どこまで同行するかは未定ですが、ミドリとワチャワチャしている様子は書いてて面白かったです。ヒロイン二人がバチバチしあう構図、堪らないですね。好きです。

そして話を戻して一方通行。愛と言うか覚悟の方向性が基本的にガンギマリなので自分の身なんて二の次に動く奴だと思っております。今回の話では何も起きませんでしたがいざ危機が訪れれば前に躍り出たりなんやかんやし出します。そしていつかどこかでこのヤバイ感情が表出する場面が本編でやって来ます。その時に少女達がどれほどの感情を見せるのか、今からがとっても楽しみですね。

この作品は恋愛SSです。
スパイスとして戦闘や血や涙や謀略や地獄があるだけで。

ここで一方通行さんの旧約最終巻時点及び現時点での好感度パラメーターを文章に起こしてみましょう。彼は1~100の%で好感度を表すような奴ではなく5段階評価とかでサックリと決めるタイプだと思っています。

好感度マイナス
敵側に抱く感情、木原や垣根等が該当。ブルアカ世界ではまだ邂逅してませんがゲマトリアもこのランク。基本的に殺害も容赦しない。しかし生徒が見ている場所では半殺しで留める模様。ただしブチ切れると見てても容赦しない。

好感度0
一般人、とある、ブルアカ世界問わず名前なしのモブが該当。
ブルアカ世界の生徒は頑丈なのを知っているので最低限命が保証されるラインまでは守るがそれ以外はあまり干渉しない。敵側に回っても容赦しないが気絶までで済ませる。

好感度1
同僚、戦闘要員。
とある世界における『グループ』が該当。好感度は違うが位置づけとしては番外個体、便利屋68やハルナ、ワカモ達も一方通行はここに入れている。
好感度は0より上なのに命の心配をして守ったりはしない特殊位置。
しかしそれはある意味として頼っている証拠ではあるので彼の中ではそれなりに重要。

好感度2
知り合い枠。
ブルアカ世界においては一方通行が苗字呼びしている生徒が該当。
敵対存在によって命の危機に瀕した際、その身を賭して守るべく一方通行が動こうとする程の影響力を持つ少女達。


好感度3
日常枠。
とある世界においては芳川、黄泉川が該当。
ブルアカ世界においては名前呼びしている生徒が該当。
便利屋68も全員名前呼びされているが、彼女達は特殊な為3ではなく1と2の両方に属す物とする。ハルナ、ワカモは普通に3として一方通行の中でカウントされている。
敵対存在からは傷一つたりとも付けさせまいと尽力する程に一方通行が意識的、無意識的に重要視している存在で、その代償に自分の身がどうなろうが二の次で良いと一方通行は決めている。
腕吹っ飛ぼうが片目失おうが守れたなら安いとまで言い切り始める。
ここら辺から彼の覚悟が少女達の望まない方向にキマっていく。
しかし現状好感度3にいる少女は2以下へ下がる事はないので受け入れざるを得ない。
つまり地獄。
この作品はここから4に上がる少女がいるかどうかを見届ける話でもあります。
つまり地獄だね。

好感度4
絶対防衛枠。
現状『妹達』のみが該当。番外個体は1と4の両方に属す存在。
危機的状況に陥った際何があろうと絶対に守るべく優先的に動く。周囲への被害を人的被害を除いて気にしなくなるのもこの辺から。
『妹達』がブルアカ世界にいないのが救い。
彼女達がいたら物語が終わっていた。
生徒達の恋模様が片っ端から玉砕してしまうという意味で。
勝てないよ身を引いて行くよ当然だろ!? 当人である一方通行は微塵たりとも『妹達』にそんな感情を抱いてないけども!

ちなみに『とある科学の一方通行』でメインを張ったミサカ10046号は一方さんに惚れてて欲しいなと思っている。います。


好感度5
殿堂枠
『打ち止め』のみ該当
ありとあらゆる全てにおいて優先される事柄であり彼の存在意義の一つである。
ただ殿堂入りなので誰もこのランクに上がって来る存在はいません。
どれだけ望もうともここに入る込める生徒はいません。
残念。

以上が現状の一方通行好感度評となります。
わぁ、既に不穏。


最後に余談ですが彼が愛用しているいつもの白い服は先の突撃事件の際にモモイによって見事に汚された事により絶賛洗濯機にぶち込まれており、現在彼はシャーレ内で適当にあった白いシャツに着替え、その上からシャーレの制服を着込んでいたりします。

まあ特にそこで何かイベントがある訳でもないです。
まさか不在である事を好機として洗濯機の中にある彼の服を取り出して臭いを吸うド変態がシャーレにいる訳がないでしょうアッハッハ。



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