破壊された天井から差す太陽の光は、ある一点を神々しく円形状に照らしていた。
暗く重い雰囲気漂う工場の地下で輝くそれは、まるで仕組まれたのではないかと思う程の美しさを奏でており、見る者をとにかく呆けさせる。
その要因となっているのは、光当たる先で眠り続ける少女。
一糸纏わぬ姿のまま、地面に接する程に長い艶やかな黒髪で偶然肌が隠れているだけの少女は、その背を完全に預けられる程に大きな背もたれがある椅子に深く腰掛けながら、一瞬たりとも微動だにせず悠久の時を過ごしていた。
眠っている。そう表現したがこれが正しいかどうかさえ分からない。
動いていない。息を吸っているかどうかさえ判別出来ない。しかし死んでいるにしてはあまりに肌が若々しすぎる。
死んでいる人間の肌が、こんなにも生気に溢れているようにしっとりとしており、見ているだけで柔らかそうな印象を覚えるような肌をしている筈が無い。
故にモモイはこれを眠っている。と表現した。
否、そうとでしか説明が付かなかった。
しかし、その眠っているという表現は、睡眠を指しての事ではない。
パソコンの電源を落としている間の状態。
いつか使うかもしれないからと、棚の奥底に埃まみれでしまっている道具の状態。
毎日遊んでいるゲーム機を、今日は起動していない状態。
そういう類の状況に対して使う、『眠る』
人ではなく、物に対して使う表現。
無論、それが正しいとは彼女自身思っていない。
この少女に使う言葉として適切だとはこれっぽっちも考えていない。
だが目の前の生きているかすら曖昧で、しかし死んでいない事だけは感覚として伝わり、それでもそう表現する他ない程に、少女には『生命感』が無かった。
身じろぎせず、呼吸すらせず、されど人の形をしており、生きていると思わせる感覚が確かにあり、なのに物のように眠っている少女を見るモモイに、これが道具なのかそれとも人なのか判別出来る訳も無かった。
返事が無い。ただのしかばねのようだ。
ふと、頭に余計としか言いようがない一言が通り過ぎる。
ネタとしてもあまりにも不謹慎だった。
口に出せば即座にツッコミが入る系である。
そもそもモモイは彼女を死んでいないと判断している。
矛盾ここに極まれり。
「この子……眠っているのかな?」
いつの間にか近づいて来ていたミドリがそう彼女に話しかける。
どうやら背後でドタバタやってた一悶着は一応の決着が付いたらしい。
振り返ると、ゲヘナの委員長が先生の両目を塞いだままこちらに目配せをしているのが見えた。どうやらまだ一悶着は続いていたようだった。しかし先生は抵抗することを諦めたらしくされるがままに身を任せている。
先生はいつも慌ただしい日常を送ってるなぁとどうでも良い事をモモイが考えていると、眠り続ける少女をジーっと見つめ続けていたミドリが重々しそうに口を開く。
「でも何だかあれだね。眠っているというより、動いていない様に見えない? たとえるなら、電源が入ってない。みたいな」
彼女がたとえる様は、モモイと同じ感性どころか表現の仕方まで彼女と酷似していた。
ミドリの言い回しに血の繋がりを強く感じたモモイは、少しだけ嬉しそうにうんうんと頷く。
そうしながらふと視線を横に向けると、その椅子と連結しているかのような古めかしいコンソールが目に入った。
しかし既に使われていなくて久しいのか、ディスプレイは破損こそしていない物の砂などのゴミがこびりついており、見ているだけでザラザラしているのだろうという触感が伝わって来る。
少女の異質さに気を取られ過ぎていたあまり気を配っていなかったが、見るからに何かを操作するのであろうディスプレイとキーボード。そしてその操作先となっていたであろう椅子。
明らかに怪しさを放つこの椅子で少女が眠り続けている現状。
この子が眠り始めたのが廃墟になった後であるのは間違いは無いとして、ただし関係性は無いなと言い切れる程、モモイの頭は能天気では無かった。
「あ、お姉ちゃんここ見て。この子が眠っている椅子の近くに何か文字が書いてある」
そんな折、眠る少女及びその周辺を観察していたミドリからある報告が入った。
彼女の言葉に引っ張られるように彼女が見ている方へモモイも顔を覗かせる。
するとミドリの言う通り、廃墟となった工場らしく所々消えかけではあるが、ローマ字で書かれている単語を一つ発見した。
刻まれていたのは、少女が眠る椅子の肘置き部分。
文字数は短く、これなら多少消えていても目を凝らせば何とか読み取れそうだと、モモイはうっすらと残されているその文字列をまじまじとした目つきで追っていく。
「本当だ。えーと、AL-IS……? アリ……ス……? この子の名前……?」
「違うよお姉ちゃん。これ全部ローマ字じゃない、AL-1Sって書いてる。『I』じゃなくて『1』だよこれ」
言われて、その通りだという事に気付く。
『AL-1S』一体何を指しての呼称なのだろうか。
文字列をそのまま受け取って考えれば、第一に行き着くのは機械的な物に名づける名称。
刻まれているのが椅子である事も相まって、この椅子に名づけられた物と考えるには十分な材料ではある。
しかし、これはモモイがAL-1Sという文字を見て最初に『アリス』と読んでしまった事が原因でしかないのだが、モモイにはこの名称がディスプレイやキーボードと繋がっている椅子を指して言っている様には思えなかった。
アリス。それは人の名前に属する言葉。
何処までも勘違いでしかないが、彼女はこの呼称は機械ではなく眠っている少女に名付けられた物なんじゃないかと考え続ける。
むむむ……。と、典型的な形から入るタイプのモモイは、顎に手を当てて目を流すそれらしい恰好で頭の中にある考え事を順序良く組み立てようとして。
「とりあえずこの子に聞いてみよっか!」
僅か三秒で考える事を放棄した。
「それが結局早いかもだね。あと先生もいい加減何とかしてあげないといけないからとりあえずこの子に服を着せよう」
背後で未だ目隠しをされ続けている先生の方へミドリは振り返りながら冷静に考えたら裸の女の子を前にしてあーだこーだ言ってる場合じゃないよと今更なド正論を振りかざし始める。
モモイも同様に後ろを見やると、ゲヘナの風紀委員長がこちらをジッと見据えていた。
言外に早く服を着せなさい。彼女の目がそう訴えているように見える。
しかしそれらに同意をしたくても、ピクニックに出掛けているつもりでここまでやって来た訳ではないモモイが解決策を用意出来る訳がなかった。
早い話が着替えなんて持ってきていない。
そんな概念が必要な場所に来ているつもりなんて最初から無いからである。
とはいえそこまで寒くも無いし上着で肌を隠すぐらいなら出来るかと、いそいそとモモイがジャケットを脱いでいると、
「とりあえず下着だけでも履かせるね! 私のしかないけどしょうがないよね!」
突然大声を出してよく分からない事を妹が宣い始めた。
あまりの唐突さと声の大きさに思わずモモイは耳を塞ぐ。
なんで替えを持ってきているの? とか、それ大々的に宣言する必要ある? とか、どうして今言いながらチラチラと後ろを見たの? とか色々と言いたいことが玉突き事故の如く大量発生したが、都合が良い事には変わらない為、特に何も言わずに黙って置こうと考えている間に、ミドリは猫ちゃんのプリントがあしらわれた彼女お気に入りのパンツを取り出す。
「って! それ私のじゃん!」
「猫ちゃんの表情が違うでしょ! これは私の!」
口論をする中、ミドリが下着を穿かせ、その後モモイが上着を被せる。
とりあえずこれで最低限の肌は隠せたとしたモモイは、ゲヘナの委員長に手振りで合図を送り、先生を解放しても良いよと伝える。
パッと、委員長の手によって行われていた目隠しが終わり、先生が解放される。
先生はとても疲れていたような顔つきへと変わっていた。
怠そうな目つきを隠すこともしないまま、カツカツと杖の音を響かせてモモイ達、否、寝ている彼女の方へと委員長と共に近付いて行く。
「こんな場所で何事も無く寝てるように見える動かない裸のガキねェ。ろくでもねェ予感しかねェなァ」
彼女の寝顔をまじまじと見ながら一言、何かを思い出すかのような声で先生がそう零すのをモモイは聞いた。
どうやら目を塞がれている間にもモモイとミドリが交わしていた会話は聞き逃さなかったらしく、モモイが状況を説明する前に彼は全てを把握していたようだった。
そんな先生の目線は、『AL-1S』が書かれている椅子の肘置き部分に向けられている。
何かを考え込んでいるかのような難しい顔でしばらくそれを眺めていると、まるで先生がその部分に注目したのを見計らっていたかのように、
ピピピッ……。と言う電子音がどこからともなく響いた。
「な、なにっっ!? 警報!?」
突然聞こえて来た電子音にモモイは慌てて銃を構え、どこからともなくロボット達がやって来るのではないかと警戒を始める。彼女の言葉にミドリも、そしてゲヘナの委員長も彼女と同じく周囲を武器を構え、周囲に何か物陰が現れても大丈夫なようにそれぞれ別の方向を見渡し始める。
いつでも戦闘に入れるよう準備を終えたモモイ達は、そのまま先生からの指示を待つ姿勢に入って行く。
『廃墟』にやって来てから、異常事態が発生した場合率先して先生は動いた。
ならば今回もそれに倣うのが正解だとし、特にモモイが先生の動きを待っていると。
「どォ言う事だ。音が聞こえるのはコイツからだと……?」
眠っている少女を観察していた先生から、そんな声が聞こえた。
え? と、その言葉の意味が分からずモモイが先生の方へ身体を向けると。
「状態の変化、及び接触許可対象を感知。休眠状態を解除します」
今まで眠っていた少女がパチリと目を開け、そんな事を言い放つ姿を確認した。
直後、目を覚ました……? と言うミドリの声が聞こえる。
反射的に顔を右に向けると、ミドリ、そしてゲヘナの委員長も目覚めた少女の顔をやや距離を取った位置から覗き込んでいた。
興味深げに顔を覗くミドリと委員長とは対照的に、モモイは一歩引くように少女を観察する。
休眠状態という言葉。
接触許可対象と言う寝起きの一言にしてはチョイスがおかしすぎる単語。
どこか機械的で、感情が見えない言葉選び。
少し不気味だな。と、初対面の少女に対する印象を心の中で素直にモモイが評していると、その少女はモモイ、ミドリ、ゲヘナの委員長、そして先生の方をそれぞれ一瞥すると眉を僅かに垂れさせ、
「状況把握、難航」
困りましたと言いたげな声を零した。
瞬間、悪い子じゃないなこの子とモモイの評価が掌返しされる。
無理に警戒する必要が無いと分かったモモイはスッと、一歩だけ距離を詰めてミドリの隣に並ぶ。
それ悪い癖だよお姉ちゃん。という彼女の心を見通していたミドリの小言に耳を傷めていると。
「会話を試みます、説明をお願いできますか?」
状況をさらにややこしくさせるような一言を繰り出した。
「え!? 説明!? な、なんのことっっ!?」
「こっちがむしろ聞きたい立場なんだけど!?」
「そうね。貴女の名前とか何故こんな場所で裸で寝ていたとか、聞きたいことはこちらも山積み」
彼女の言葉にミドリとモモイが同時に喰って掛かり、ゲヘナの委員長がそれに追随する。
「本機の自我、記憶、目的は消失状態である事を確認。データがありません」
しかしモモイ達が挙げた疑問に対し、少女がまともな答えを返す様子は見られなかった。
そればかりか、さらに畳みかける様に次なる混乱が放たれる。
モモイにはもう何が何だか分からなかった。
本当にどうしてそんな人間同士の会話では基本使わなさそうな言葉を選んで使っているのだろう。
そもそも委員長さんが言っていたように何故裸で寝ていたのだろう。
もしや自分達と同じように落とし穴に落ちて途方に暮れた挙句ここで休んでいたのだろうか。もしそうだとするならクソ度胸が過ぎると言いたくなる。だとしても裸であった理由は不明なので結局モモイとしては何それと叫びたくなる状況には変わりない。
えーと、えーと。と、パニック寸前になりながらも必死に彼女の言葉を整理していく。
本機。これは彼女自身を指しているのだろう。滅茶苦茶特徴的な一人称だなと思うが、ひょっとしたらそういうのに憧れるお年頃なのかもしれない。
あ、そう言うお年頃なのか。と、これまでの話し言葉の独特さをそう解釈したモモイは、なるほどねと納得する様に一度首を縦に動かす。
だが、納得しかけていたモモイに次なる問題が降りかかる。
記憶、目的は消失状態。彼女は次にそう言い放っていた事をモモイは思い出す。
あれ。と、その言葉を思い出した途端、先程組み立てた前提がガラガラと崩れるような音がしたのをモモイは心のどこかから拾った。
消失状態。深く考えなければこれは記憶喪失を指しているように受け取れる。
つまりそれは中と二の名前が付く思春期特有に発症する病を患っていたことすら忘れ去っている証拠でしかない。
先程組み立てた前提と整合性が取れなくなったモモイだが、いやいやと考え直し、きっと重要な部分だけ頭から床に落ちたショックで記憶が抜けたんだよと割と失礼な結論を出した。
ほらエピソード記憶と意味記憶の区別は割と曖昧な話だしと、自分の話の確実性を自分で担保する暴挙をしつつ、だから服を捨てたのかなと納得していると。
「データ……ねェ。さっきこいつから電子音が鳴った事やその言い回し。おまけに『AL-1S』と言う名称。全部がロボットですって告げてるよォな物じゃねェか」
先生がモモイの思考を軌道修正するかのように静かにそう発音した。
あ、そっか。そういう可能性は十分あったか。むしろそれが一番可能性が高い話か。じゃあ先程まで慌てながら考えてた時間はなんだったの!? と思い切り叫びたそうにモモイの目が強く開かれる。
喉元まで何かを叫ぶ言葉が出掛かった所で、まあいっかとモモイは即座に気持ちを切り替えた。
今はそんな事よりもっと重大な事がある。
「この子ロボットなの!? でもこんな私達そっくりなロボット見た事ないよ!?」
「お姉ちゃん嬉しそうに言わないの」
「でもだってこんな精巧なの見た事ないよ! 凄いよこれ!! 本当にロボットだとしたら大発見だよ!」
好機的な視線で少女のあちこちを見回しながらモモイははしゃぎ始める。
対してモモイに観察され続けている少女は、やや戸惑った顔でモモイの奇行をただ眺めるだけだった。
ほら、困ってるじゃん。と、見兼ねたミドリからお叱りの言葉が入る。
そうやってモモイとミドリがやり取りをしている裏で、先生。と言う言葉が一つ響く。
「多分『廃墟』にいたロボットは彼女を守っていた。そしてここは工場跡。彼女はここで作られたロボットである可能性が高い」
先生の隣に立つゲヘナの委員長が僅かに彼を見上げつつそう話しかける。
その上で、と、彼女は続け。
「どうするの先生? シャーレでの私はただの一生徒だから、先生の指示に従う」
ここから先の指示を、先生に預けた。
彼女の言葉に先生はそうだな。と、一瞬考えた素振りを見せた後。
「お前は俺達に、いやコイツ等に敵対行為を働いたりすンのか?」
と、少女に向かって問いかけた。
「否定。本機は接触許可との遭遇時、敵対意思は発動しません」
「本機は……か。その接触許可対象っつゥのは気になるがとりあえずは無害って事で良いンだな?」
「肯定。同時に接触許可対象については回答不可。本機の深層意識における第一反応が発生したと推定」
成程な。と、先生は一つ納得したように言葉を小さく落とすと。
「いつまでもここにいても仕方ねェ。聞きてェ事もいくつか出来た。モモイ、一度引き返す時間的猶予はあるか?」
「え? ま、まあまだミレニアムプライスまでなら一応猶予があるけど……」
「ゲーム開発だっつゥのによくもまァ今までほぼ手付かずで引っ張れたもンだ。夏休みの宿題を最終日にやるノリで出来るもンじゃねェンだぞ……まァ良い、一度時間があるならシャーレ……いや、ミレニアムに引き返す」
一度ミレニアムに引き返し、今後の方針を固める決断を下した。
先生がシャーレではなくミレニアムを選んだのは、彼女がロボットである以上、最も科学技術が発展しているミレニアムに預けた方が色々と融通が利くという判断だろうとモモイは推測する。
それでも一度引き返してもう一度ここに捜索しにやって来る以上、消費される時間は大きい。
先生はそれをしても大丈夫かとモモイに聞いて来るが、彼女はコクンと頷き、先生の案に同意した。
ミレニアムプライスまでは一応時間の猶予はある。
G.Bibleを探すのがここに来た第一目的だが、結局の所それはゲーム開発をする上での極意を学ぶ為。
中身に何が記されてあるかは見つけてない以上知る由もないが、それを学ぶ時間と、学んだ後で行うゲーム開発を行う時間は最低限まだ確保している。
と言うか、確保していなければそもそもここに来ること自体が意味の無い行為だ。
もし仮にミレニアムプライスが明日。等と言った尻に火が付いたどころではない大炎上を起こしている場合、ゲーム開発をするより先生に泣き落してユウカを説得する方がまだ目がある。
そしてモモイはそこまで馬鹿では無かった。
そこまで彼女は落ちてはいなかった。
つまるところ、一日程度ならばまだ巻き返しが可能な程に余裕はある。
ただし一日の睡眠時間が時間単位で削られてしまうのは妥協しなければならない。
しょうがないとモモイが納得する一方で、先生の決断にモモイの妹、ミドリが待ったをかける。
「え? でも先生、どうせならこのまま探索してG.Bibleを見つけた方が良くないですか?」
「一理あるがこの先何があるか分からねェ。こいつには戦闘の意思は無かったみてェだがこの工場がコイツ一機の製造で終えたとも思えねェ。前例が出来た以上敵意を向ける奴が同じようにこの工場のどこかで寝てる可能性は考えておくべきだ」
続けて、彼女の知識は現在ゼロ。引き連れていくと余計なトラブルに発展する可能性がある。G.Bible捜索自体に関係ないコイツはこの先どうなるにせよ安全な場所に連れて行く方が賢明だと、先生は一度ミレニアムに戻る判断をした理由をミドリに述べる。
先生の説得にミドリは十分に納得したのか、分かりましたと先生の指示に従う意思を見せた。
良し、と先生はミドリが頷いたのを見て、残り一人の了承を得るべくゲヘナの委員長に声を掛ける。
「ヒナ、お前はどォする? 俺達はミレニアムに行くが特に来る用事がねェなら今日のシャーレの仕事は終わりだ、廃墟の探索は後日に回す」
「そうね……後日がいつになるかは分からないけど、行けそうなら参加させて」
「無理して来る必要はねェからな。じゃあ一度俺達は廃墟を後にする。外の光が差してるからここは外に繋がってると見て間違いねェ。ただし外に出るとポンコツ共の相手をもう一度する事になる。油断だけはすンな」
先生の命令にうんとモモイが頷き、はいとミドリが返事し、ええと委員長が了承の意を送る。
見れば、光差す方の奥では工場の崩れたコンクリート部分の瓦礫が綺麗に重なって階段状になっていた。外からは確認できなかった以上これを登れば直ぐに出口。と言うような直行便ではなさそうだが、工場内部の地上階のどこかへは続いているに違いない。
世の中上手く出来てる、とモモイは都合の良さに舌を巻きながら。
「一緒に行こうね! アリスちゃん!」
と、名も無い少女を『アリス』と呼びながら少女に微笑みかけた。
「アリス? お姉ちゃんそれ『AL-1S』を最初に勘違いして読んだ時の読み方じゃん。『AL-1S』って呼ぶのが普通でしょ?」
「え~~、でもアリスの方が可愛いじゃん! ねえアリスちゃん!」
半ば無理やりに『アリス』と名付けられた少女は、しかしもう一度『アリス』と呼び掛けて来るモモイの言葉にほんの少し、ほんの僅かだけ頬を緩めて。
「……肯定。本機、アリス」
と、自身の名称がアリスであることを自身に言い聞かせるように報告した。
にへへ。と、自身が名付けた名前を聞き間違えが無ければ少し嬉しそうに発言したアリスの様子にモモイはニヤニヤを隠さないでいると。
「あ! 良い事思い付いちゃった!!」
大声でそんな事を口にした。
「ねえそれ絶対ろくでもなさそうだからやめようお姉ちゃん」
「まだ何も言って無くない!?」
直後、ミドリから痛烈な一言が飛び出す。
口から飛び出した言葉と言う名の顔面パンチだった。
うぐっっ! と心が痛んだのか一瞬よろめく動作をしながらモモイはまだ何も言ってないのに否定するとか酷いとミドリにカウンターを浴びせようとしたが
「お姉ちゃんの顔が言ってた!!! ろくでもないって!!」
最早言葉や態度ではどうにもならない角度から鋭い一撃が入る。
くっっ!! と、ノックアウトしそうになるのをグッッ! と堪えつつこうなったら一撃の重さではなく数の勝負だと、アリスそっちのけで口論が始まる。
わーぎゃーと騒ぎ始める二人に挟まれる形となったアリスは、ミドリ、モモイ両名を交互に見やり、困惑の表情をこれでもかと浮かべていると。
スッッと、その手を誰かに引っ張られた。
「ったく、ガキを横に置いて何やってンだ……」
アリスの手を取った存在は、二人に対する呆れを隠しもせずに、ゆっくりとコンクリートで出来上がった階段を昇って行く。
「足元は尖った瓦礫だらけだ。引っ掛けて躓くンじゃねェぞ」
「肯定。本……アリスはわわッッ!?」
「言いながら有言実行してンじゃねェよ……。ま、転ンでも落ちたりはしねェから安心しろォ」
言った傍から瓦礫に足を引っ掛け躓くアリスを支えながら、彼は少女の手を取りつつ声を掛ける。
右手で杖をつき、左手で少女の手を繋ぎながら階段を昇るというのは杖つきの彼には難度が高い物であるのは想像に難くないが、彼はまるで手慣れているかの如く、少女の歩幅に合わせて器用に歩いていた。
「先生、ひょっとして子ども好きだったりする?」
少女の手を握りながら進んでいく彼の後ろを歩くゲヘナの委員長が、それを見て率直な感想を零す。
段差が高くないのも理由の一つなのだろうが、階段を昇る彼の足は揺らぎがない。
どちらかと言えば彼は補助してもらう側であるにもかかわらず、今は少女を補助するように階段を昇っている姿がなんとも不思議で、そして何故だか妙に様になっているように思えた彼女はそう彼に問いかけた。
「好きも嫌いもねェな。なンでだ?」
「ええと、自然に手を取って歩くものだから、つい……」
「年下のガキに振り回された経験があるだけだ。人生で誰しも一回は通る道だろ」
そういう物なの? と、彼の言い分に頭を捻らせる。
サラっと言われたが、本当にそれは普通なのだろうか。
とは言え確かにあのままミドリ、モモイの両名の無駄でしかない問答に付き合わせる訳にもいかなかったのは確かだしと、それ以上特に何も言わないでいると。
「そういうヒナは子供が嫌いか?」
「へ!?」
彼から不意打ちに近い言葉が入った。
それは彼からすれば何てことない会話の一つに過ぎないが、彼女からすればそれは違う。
意中の男性から子供は嫌いかと聞かれて、それを言葉の意味そのままだと捉える普通の少女はそれなりにいるのだが、それを違う意味だと捉えてしまう少女もまた一定数存在する。
そして、彼女は完全に後者に属する少女だった。
結果、彼女は戸惑ずにいられる筈も無く。
「す、好きか嫌いかって言われたら好きだけど。ま、まだそんな事を考えた事は一度も……」
「ァ? なンだそりゃ」
意味を履き違えた少女と言葉通りそのままの意味で発した彼との食い違いにより少女はあえなく撃沈した。
「質問。先程の会話において互いの成立性が極めて低いと判断しました。説明をお願い出来ますか?」
「そンなの俺が聞きてェよ……」
顔を真っ赤にして俯きながら思考の海に沈む銀髪の少女を半ば放置し、二人は同じ歩幅で瓦礫を一歩ずつ昇って行く。
それが、先生とアリスが初めて手を繋いだ日の出来事だった。
────────────────────────
「そうだ。先生との仲や相性が気になるなら、あれ、使ってみても良いんじゃないですか?」
「あれって何よ……」
机に突っ伏すユウカの背後で、良い事を思いつきました。みたいな声でノアが提案をユウカに投げる。
「ほら、この前ユウカちゃんが私財をはたいてヒマリ部長の設計図を基に開発したじゃないですか。あの超一等級の予算を使って作り上げた占星術を基礎とする高性能演算システム」
「ああ、『
初めはノアが何を言っているのか分からなかったが、その説明で何を指しているのかユウカはやっと理解が追い付く。
『讖』
天体観測用の屈折レンズ、スーパーコンピュータに搭載されるハイエンドクラスのコア等を用いて作られた超高性能の並列コンピュータ。
その技術はミレニアム以外でこれを開発するには少なくとも二十年の時間が必要とされ、ミレニアムの科学力がいかに他を引き離しているかを象徴する一品。
詰め込まれた技術だけを見ればまさにミレニアムが誇る最大の功績であり、三大学園の一つに数えられる理由がこれだけで説明出来ると言っても良い代物。
しかしユウカの反応は半ば投げやりに近い物だった。
その機械の存在を思い出した彼女の顔は渋く、記憶から掘り起こしたく無い物を掘り起こしてしまったみたいな表情がありありと滲み出ている。
そして思い出してしまった以上、ユウカの記憶から要らない物が呼び起こされていく。
とは言え、目に浮かぶのは消えていく途方もない大金の姿だけだったが。
「でもあれやってる事ただの星座占いじゃない。何が観測可能な全ての予兆と変化を計算可能なものとして電算化して演算すれば、高確率で未来を予測出来る。よ! ホラ吹きも良い所じゃない! 誘惑に負けて開発に噛んだ私が言うのもなんだけど、そもそもそんな事が出来る代物がある筈が無い事に気付くべきだったわよもう!」
「でも占いですよ? 未来がどうとかの大それた物ではなく恋愛事。その程度ならあの占い機も導いてくれるんじゃないかなと私は思いますけどね」
占い機って明言しちゃってるじゃないと愚痴るユウカだが、同時に待って。と、捨てていた案をそのまま投げ捨てたままで良いのか自問自答を始める。
確かにあれは欠陥品。性質の悪い事に設計図通りに出来上がった事で生まれた救いようの無い欠陥品だ。
ただしそれはユウカがこのコンピュータはありとあらゆる未来を予想してくれる物として作り上げたが実際はそうならなかった故に欠陥品という烙印を押しただけ。
『占い』と言う機能だけを考えれば、その高性能さを遺憾なく発揮してくれるのでは無いだろうか。
いや、むしろそれに限ってしまえば『讖』を使わない選択肢は無いように思う。
無いように、ユウカは思えた。
なので。
「……、…………そうね。確かに一度ぐらいはちゃんと使わないとって話でもあるわよね。折角作ったんだし、滅茶苦茶お金使ったんだし」
何やら言い訳がましいことをつらつらと並べつつ、ノアの言葉に折れたかのようにいそいそとユウカは椅子から立ち上がると、『讖』が置かれている場所へ向かい始める。
ゆっくりと。
足取りを重そうに。
ノアがそこまで言うならと呆れた表情で。
まるで何も期待していなさそうな感じを醸し出して。
どうせ何も期待していないけどまあそこまで言うならとりあえずやってみるだけやってみるわよ感をありありと表情、動きから滲ませて彼女は『讖』を保管してある場所へと赴き始める。
だが、
「ユウカちゃん顔のドキドキが隠せてませんよ? あと演技はもう少し上達しましょうね」
「そ、そそそそそそんな事ある訳ないじゃない! 期待なんか何もしてないわよ!! それに演技って何!? 滅茶苦茶に私は素のままだけど!!」
ユウカの思考と演技はノアに全て筒抜けだった。
早瀬ユウカ。
生塩ノアには基本敵わない少女である。
アリス覚醒! 物語にアリスが加わりました。
打ち止めを思い出しながら歩く一方通行の心境はどうなんでしょうね。
本編ではパヴァーヌ組とは別にノア、ユウカの二人がのほほんとしている話が書かれていますが、これどうなるんでしょう。
占星術。とあるでは普通に魔術側要素としてお出しされる存在ですね。『讖』と魔術、神秘の世界でこれらを掛け合わせた何かがお出しされるかもしれません。されないかもしれません。予定は未定です。
ここでのあとがき、実は信用しない方が良いです。
割と今までもウソばっか言ってます。本当の事も言ってます。
GW期間中に二話出したいなと思ってましたが予定が詰め詰めで無理でした。何なら時間が取れたのここ二日だけでした。平日より忙しいじゃん!!!
次回も割とのんびり気味。ヒナが同行しているかどうかは未定。
パヴァーヌって前半はこういうお話だからね。普通だね! これでも巻いてるんだよ色々と!