とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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言えない思い、積まれていく葛藤

 

「つまり? アリスちゃんがゲーム開発部に入部したから、部活存続の条件である四人以上の入部はクリアしたので部活は継続させる。そう言う事ですか先生?」

「あァ……そォ言う話になるな。つってもその制度自体俺も今日知った口だが」

「にわかには信じられません。ゲーム開発部に入部する子がいるなんて……」

 

ユウカの口からあんまりな発言が飛び出す中、ミドリは先生とユウカの会話を数歩離れた場所で聞き届けていた。

会話の主な内容はゲーム開発部にアリスが新たに入部した事。その経緯の説明。

部室存続の条件である部員四名以上を確保する事を達成したという旨の報告会を二人は繰り広げていた。

 

ただし常識的に考えれば、それは荒唐無稽な話である。

 

ミドリ、モモイの二人がアンドロイドのアリスと出会ったのは昨日。

何やかんやあってなし崩し的に部室に連れて来たアリスにたまたま自分達のゲームを、そして過去に発売された様々な種類のゲームを遊ばせてみたら沼に落ちてくれただけ。徹夜でゲームをしてくれただけ。

 

そんな彼女がゲームに興味を持つ事はあったとしてもゲーム開発に興味を持つ筈が無い。

興味を持つには段階をあまりにも飛ばし過ぎている。

 

故に先生とユウカが話している議題はその前提から既に崩れに崩れてしまっている物である。

そしてそれはミドリも重々承知していた。

だから彼女は議題に入らず、後ろでビクビクと震えている。

 

チラリと、彼女は横目で自分の背後にいるであろう姉のモモイを覗き見る。

モモイは、ミドリ以上にビクビクと震えながら二人の会話の行く末を見守っていた。

 

(お姉ちゃん……こうなる事を見越して先生を呼んだね……?)

 

この状況になって漸く、ミドリは何故モモイが先生を朝早くから呼びつけたのかの理由を知った。

 

ユウカはゲーム開発部の状況に対して激しく物申しをしたい。

このギリギリの状況に降って湧いた新入部員がゲーム開発部が仕込んだサクラである筈だと取り調べをしたい。

だが先生がいる目の前でそんな話をしてイヤな印象を持たれたくは無い。

 

そうなるとユウカは当然、普段自分達に向けるキツイ口調を使わない様に意識的に言葉を選び、穏やかな話し合いへともつれ込ませる事が出来る。

 

あぁと、ミドリは何故エンジニア部の部室が破壊された時、モモイが慌てていたのかの真意を知った。

 

(そりゃ、あんだけ大きな音を立てたらユウカは来るよね。そしたら先生とのすり合わせをする時間が無くなる。計画がパーになっちゃう確率がグッッと上がる。だからお姉ちゃんは慌ててたんだ)

 

先生と口裏を合わせる時間が無くなったのならそれは焦るだろう。何せこの作戦はユウカが先生とゲーム開発部について話をする事が前提としてある。アリスが入部したという事を先生に報せ、ユウカに不信感を持たれない程度に話を合わせて貰う必要があった。

 

本来ならゲーム開発部の部室で先生とユウカの会談を行う手筈をモモイは立てていたのだろう。だがアリスが起こした破壊によりユウカが飛んで来てしまった事で口裏合わせをする時間は皆無になってしまった。

 

つまり、モモイの作戦は見事に失敗した。

しかし作戦は失敗したが、計画は現在奇跡的に順調だった。

どういう訳か、先生はミドリ達にとって不都合な部分を意図的に隠してユウカと話し合いをしている。

 

アリスが昨日からやって来た事や口調が全くおぼつかない事。

これらを全てひた隠し、さも久しぶりにゲーム開発部に顔を出したら部員が一人増えていたという体で話を進めていた。

その過程でなるべくアリス本人に話を向けない様にユウカの意識をコントロールすら行っている。

 

「…………成程、そう言う訳ですか」

 

そして現状、先生の行動は完全に成功していた。

ユウカは先生の言葉を全部鵜呑みとまでは行かないものの、ある程度の納得する素振りを見せている。

 

あまりにも都合良く。

あまりにも不自然に。

 

その状態に対して、本来喜ばなければいけない立場のミドリは違和感を覚えていた。

 

先生が自分達を庇う目的で吐いている数々のホラも、自分達が知っている早瀬ユウカならそのまま納得しない。

何かあると勘繰る。それ、本当ですかと一言入れる。それが彼女の性質だ。

なのに今の彼女は聞き返す事もせず、ただただ頷いている。

 

いくら先生が話している。先生が隣にいるという大きな補正が働いているとはいえ、ここまで都合よく丸め込める筈が無い。

 

右手の人差し指を下顎に添えて考え込む仕草こそしているが、ミドリからはその動作がただのお飾りに見えて仕方が無かった。

 

(何だかユウカ……余裕が無い……?)

 

ふと、ユウカを見ていたミドリがそんな事を考え付く。

考え付いた一つの可能性。思い付いてしまった違和感の正体。

その状態でもう一度ユウカの方を見やれば、ハッキリとその異常性が確認出来る。

 

先生の方を見ているユウカの様子が何かおかしい。

余裕が無い。とでも言うのだろうか。

何か別の要件に気を取られ、気もそぞろになっている。そんな状態に近い物をミドリは感じた。

 

よくよく観察してみれば、彼女の目線は先生の方を見ようとしながらも不意にどこか行方不明になる瞬間がある。右に、左に。アリスに。そして自分に。

 

ユウカの方をよく観察しなければ気付かない程の小さな変化。

だが一度意識して見ると、それは露骨な程に大きく主張している事に気付く。

 

恐る恐ると言った風にミドリはユウカの観察を続ける。

彼女の調子が今日に限って悪いのは別に良い。

それで注意力が散漫になってゲーム開発部の存続が決定されるのならそれはそれで有難い話。

 

しかし一方で、彼女が不調である事に心配してしまう自分もいる。

ひとえにミドリの人間性が、純粋にユウカを心配する。

とはいえ、彼女に出来る事は何も無い。

なので彼女は遠い場所で何も言わずユウカを観察し続けていた。

 

瞬間、もう一度ユウカがミドリの方を見やる。

時間にして一瞬だったが、その一瞬、ユウカとミドリは互いに目を合わせ、そして。

 

「……っ!」

 

ユウカが何かを押し殺したような表情を自分に向けて来たのをミドリは見逃さなかった。

それは時間にしてコンマ数秒にも満たない物。

モモイやアリス、エンジニア部の部員や先生にも見せない、ミドリだけに向けられた異質な物だった。

しかしそれをハッキリと目撃したミドリは、その表情を向けたユウカの真意が分からず息を詰まらせる。

 

一体今のは何だったのだろう。

ユウカの目からは敵対心のような物は感じられなかった。

瞬きをした次の瞬間には先生の方へユウカは目線を向けている。

その表情は今までと変わらずどこか思いつめているような、しかしそれを隠し平静を貫き通そうとしているような不安定な物のまま。

 

何か声を掛けた方が良いのかな。

ミドリ自身でも分からないモヤモヤが喉の奥に突っかかっているような感覚が走る。

 

「……分かりました。ゲーム開発部を改めて正式な部活として認定、部としての存続を承認します」

 

だがミドリがそうやって悩んでいる間にも話はトントン拍子に進んでいたのか、ユウカは僅かに声量を上げてアリスの入部、及びゲーム開発部の存続を承認した。

 

ユウカの決定に、モモイがやったーーー!! と声高々に叫び、ミドリもその点に対してホッと胸を撫で下ろす。

 

モモイの形振り構わぬ行動に隠れてこそいるが、ミドリもゲーム開発部に対する思い入れは強い。

部を存続させる為に無茶をする姉とは対立する事こそあれど、結局の所目指している物は同じなのだ。

 

部活動を終わらせたくない。

その為に真っ直ぐにゲーム開発をしてゲームを出展させたかった。

それが今回はたまたまモモイと意見が食い違っていただけ。

 

姉と自分の思いが一緒なのはずっと前から分かっている。

 

なのでユウカからの、ミレニアムサイエンススクールの生徒会『セミナー』の会計から正式に部活動として認める通達が渡されたのはミドリにとってこれ以上ない報告だった。

それは紛れもない事実。

覆しようの無い真実。

 

ただどうしてか、その喜びを口に出す事は出来なかった。

嬉しいのに、心から喜べなかった。

どうしてなのかは分かっている。

 

ユウカから発されている、底知れない不安さがそうさせている。

姉は気付かなかった。

この様子だとエンジニア部の三人も気付いていないように思う。

アリスは当然気付いていないだろう。感情が揺れている事そのものをまだ認知していないかもしれない。

 

先生はどうだろうか。と、ミドリは先生の顔を下から覗き込むように窺う。

……いつものちょっと怖そうな顔のままだった。

いつもの先生の顔を先生はしていた。

 

なのに何故か、ミドリには先生が違う表情をしているように思えてならなかった。

その理由も根拠も、何もかもが不明なまま。

 

「ただし、それは『今期』までよ、モモイ」

「へ?」

 

そんな折、突然モモイの方に顔を向けてキッパリとユウカは何かを告げた。

何故だかそう言うユウカの顔はいつも自分達に見せているような厳しい顔つきに戻っている。

 

いや、違うとミドリは即座に自分の間違えを正す。

あれはいつものユウカに戻ったのではない。

いつもの自分であるように演じようとしている。

 

そんな気がしてならなかった。

とはいえ、とはいえである。

 

いくら不調を隠そうとしているとはいえ、振る舞おうとしているだけとはいえ、

ユウカはモモイに対してキッパリと、自分達にとってあまり都合の良くない事を口走った。

 

おかしい、話が予想していた方向と大分違う気がする。

不安に思うミドリをよそにユウカは淡々と説明を始めていく。

 

「今は部活の規定人数を満たす事と、部としての成果を証明する二つの達成が必要になったのよ」

「えーと、つまり?」

「来期も部活動したかったら、当初の約束通りミレニアムプライスで良い物出しなさいって話よ」

「えぇえええええええええええええッッ!!!!???」

 

寝耳に水な情報にモモイのつんざくような絶叫が迸る。

そんなの聞いてないと騒ぐモモイにユウカは言い聞かせるように説明を始めていく。

 

決まったのは数日前の部長会議での事。

そこにミドリ達ゲーム開発部の部長である花岡ユズ、もしくは代理人である才羽モモイは出席していなかったこと。

つまり知らなかった落ち度は完全にあなた達にあるということ。

 

それらの言葉にモモイは完全にノックアウトされたらしく、ガクッッと膝から崩れ落ちた。

かく言うミドリもユウカへの不安が無ければ同じように崩れていただろう。

それ程までにユウカからの宣告は彼女達にとって一大事な物だった。

 

落ち度が完全に彼女達にあるだけに抗議も出来ない。

というかモモイにあるだけに何も言えない。

 

花岡ユズ。

ゲーム開発部の部長。

 

彼女が作った『テイルズ・サガ・クロニクル』が無ければ、今ミドリ達はここにいない。

ミドリとモモイの両名はそのゲームに感激し、押しかけ入部をする程にまで彼女の作った世界に熱中した。

そして現在、新たに入部する事になったアリスもまた、彼女達と同様に『テイルズ・サガ・クロニクル』からゲームの世界に魅入られた一人。

 

彼女がゲーム開発部の歴史において全ての始まりとする少女。

しかし、そのゲームは世間的な評価はクソゲーと評された。

あまりの酷評振りに当の制作者であるユズ本人は人と話すことが極端に苦手になった。

 

その為こういう会議は基本的に代理人としてモモイが出席する取り決めをしていたのだが……。

 

「そんな、私がアイテムドロップ二倍キャンペーンの誘惑に負けたばっかりにぃぃいいっ!」

 

よりにもよってその日に限ってモモイはゲームの誘惑に負けて会議を欠席していた。

崩れ落ち四つん這いになるモモイから数々の怨嗟の声が絞り出され始める。

 

いつもは下らない、眠くなるような話し合いやるだけじゃん。

こんなんじゃ部室でゲームしてた方が有意義な事しか基本的にやらないじゃん。

予算の分配の話だけで一か月以上時間使ったりとかばっかじゃんしかも蒸し返しの話ばっか。

それがどうしてあの日に限ってだけ重要そうな話をしてるのバカなんじゃないのっっ!! 

 

ドスドスと床を何度も叩きながらモモイは涙を流す。

しかし結局は彼女の完全な自業自得なので悪いのは完全にモモイである。

だがこうなった時自分以外の何処かに責任を転嫁したいのは誰もが考える性であり、その結果モモイは現在非常に面倒くさいモードに突入してしまっている。

 

情けない姿を見せる姉に対してこれどうしようとミドリは状況をどう収めるかを真剣に考える段階に入りかけた時、

 

「……オイ、ユウカ」

 

と、先生がユウカの名を呼ぶ。

 

その声に、聞いているだけのミドリですら若干震えが走った。

震えてしまう程に、ビクッとなってしまう程に、

先生の声に、力が入っていた。

 

「何でしょうか先生……不満があるのも分かりますが、これはミレニアムの問題ですので……」

「いや、それについては何も言わねェし口出しするつもりもねェ、悪役にならなきゃならねェのはユウカの立場として当たり前の話だ。だから俺が言いてェのはそこじゃねェ」

 

ユウカの様子がおかしい事を言及しつつ先生は椅子から立ち上がり、正面から彼女と向き合いつつ口を開く。

 

「何を思い詰めてやがる。話してる時も集中してねェ、視線もフラフラ動いてばかり。おまけに喋る内容一つ一つに緊張や不安が混じってもいやがる。らしくねェ。一体何があった」

 

先生から放たれたその一言は、ユウカと共に長くいなければ気付かなかったであろう異変。

それを先生はいとも容易く、そして全て見抜いた。

 

「っっ……!」

 

先生の指摘が図星だったとでも言う様にユウカの表情が露骨に変わる。

 

その表情もおかしかった。

どういう訳かユウカの表情には怯えがあるように見える。

 

まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そ、そんな事無いですよ……先生の気のせいじゃないですか……?」

「気のせいには見えねェって話をしてンだ。俺がお前の不調に気付かねェ訳がねェだろォが」

 

一歩後ずさりながらたじろぐユウカに先生は間髪入れずに返答を返す。

その口調はいつもと変わらない。

なのに、いつも以上に先生の言葉には説得力と重みが宿っている。

それは見る物全てを凍り付かせるような鋭利さと優しさを兼ね備えたような、そんな不思議な物だった。

 

おぉぉ……と、エンジニア部三人から感嘆の声が漏れる。

先生はその発言の凄さに気付いているのだろうか。

 

いや、気付いてないんだろうなとミドリは先生の性格からただの本心でそう言っているのだと判断する。

羨ましいと、ミドリは正直に思う。

それはきっと、限られた子にしか与えられていない特権だと思うから。

 

何でも無さそうに異変に気付く。

それ自体が特別である事を、先生は知らない。

 

「違いますよ、ただ久しぶりに会えて、緊張してるだけです。最近シャーレに行く日も少ないので……」

「日程の間隔はそンなに開けてねェ。そォ言う風に組ンでる。確かに最初期と比較すれば開いてはいるかもしれねェがそれでも久しぶりとなる程じゃねェ筈だ。何を誤魔化してる。面倒事なら手を貸してやるから遠慮してねェで言えって──」

 

「違うって言ってるじゃないですか!!」

 

ギンッッ!! と、どこまでも響くような大声をユウカは挙げた。

それはまるで悲鳴にも似た叫びで、 思わずミドリがビクついてしまう程の怒号だった。

いつものユウカからは考えられないような衝動任せの叫び。

 

「先生もミドリも何も知らないからっっ! 先生が誰も拒絶せずにそうやって皆に良い顔をするからっ! 頼られたら誰の力にでもなろうとするから!!!」

「何の話だ。ユウカ、お前は一体何の話をしてやがる」

「分からないんですよ!! 分からないから怖いんじゃないですか!!!」

「……あァ?」

 

衝動に任せたまま言葉を走らせるユウカに先生は必死に呼びかけを続ける。

だがそれに対しての返事は、到底頭の中で咀嚼できる物では無かった。

 

先生はユウカの答えにただただ困惑する。

それはミドリも同様だった。

 

そもそも突然声を荒げた理由が分からない。

彼女がここまで取り乱す様子を見せるのは珍しい、否、初めてと言っても良かった。

 

だがそうなった原因が分からない。ユウカが不調なのは分かる。しかしそれがどうして突然堰を切ったかのように大声を出して先生に言葉を叩き付ける事態に発展するのかさっぱりだった。

 

おまけにその放たれた内容も違和感だらけ。

先生に何かを当たるのならば百歩、千歩譲って納得できる。しかしここで同時に自分もやり玉に挙げられたのがミドリにはどうしても不明だった。おまけに言葉の文脈も解読出来ない。

 

肝心な部分を全部ひっこ抜いて捲し立てている感じだった。

そんな状態で話されて、彼女が言いたいであろう何かを理解出来る筈も無い。

だがそれすらも気付いていないかのようにユウカは次々に喋り続ける。ミドリと先生が一体何に対して激昂しているのか話が見えない状況でも。

 

「分からないんですよ!! だってあれはただのっっ! ただの占いマシーンでっっ! あんな挙動する筈がなかった!!! なのにっっ! なのにっっっっ!!」

 

「落ち着いてよユウカ!! ちょっとさっきから変だよ!!!」

 

ぐちゃぐちゃになっていく感情を抑えきれないかのように言葉を羅列していくユウカを見てられないとばかりに、モモイがそれ以上の声で叫び、彼女を止めにかかった。

 

必死な声によるモモイの呼び掛けは届いたのか、先生の追及に耐えられ無くなったように迸らせた感情の大きな揺れ動きはしかし、モモイの叫び、そして自分の顔を覗き込む先生の顔を見た直後に我を取り戻したのか、先程までの衝動に身を任せた動きから一転して落ち着きを見せ始める。

 

だがそれは彼女が冷静になれた話等ではなく、むしろ逆。

咄嗟の事で自覚していなかった癇癪に近い何かを、冷静になってしまった事で彼女はそれを自覚する。

 

瞬く間にその表情が絶望に染まる。

それは、ミドリが見ていて痛々しい事この上ない物だった。

 

「ぁ……っっ」

 

誰に対して大声を出したのか。

そしてどうしてそんな事を口走ってしまったのか。

様々な思いが錯綜し、ユウカの口から声にならない音が零れる。

 

後悔に塗れた顔をこれでもかと浮かべた後、彼女は先生がこれ以上何かを言い出す前に。

 

「ごめ、んなさ……い……!」

 

微かに絞り出した声で謝罪だけを残すと、先生に背を向けて飛び出す様に部室から走り去って行った。

あまりに唐突過ぎるユウカの行動に、ミドリ達は一瞬呆気に取られてしまう。

 

その中でもいち早く事態を受け止めた先生はユウカを呼び止めようと手を伸ばすものの、既に走り出していたユウカの肩に手が届く訳もなく先生の手は虚しく空を切る。

 

引き留める事に失敗した先生は舌打ちしながら追いかけようとするが、走れない先生がユウカに追い付くことが出来るかと言われたら極めて無理な話で、先生が部室から出た頃には当然の事ながらユウカの姿はどこにも無かった。

 

完全にユウカを見失った先生は部室の入り口付近で立ち止まり、もう一度舌打ちする。

彼がユウカを追いかけようとする姿勢を見せたのはそこまでだった。

 

先生は諦めたかのように部室に戻り、面倒くさそうに嘆息した。

エンジニア部の三人も、モモイもアリスも、先生の不機嫌さがありありと伝わる姿を目で追う。

 

「先生……追いかけなくて……良いんですか?」

 

彼の方に近づきながら、ミドリは恐る恐る聞き出す。

それは先生が怖いからではない。

先生にユウカを追いかけて欲しい気持ちと、追いかけて欲しくない気持ち。

その二つがミドリの中に共存しているからだった。

 

追いかけて欲しい。

でも追いかけて欲しくない。

 

どうしてこうなったのかユウカの心情はサッパリだけど、展開事態は何度もゲームの中で体験してきた物。

様々な事情から感情の抑えが利かなくなって主人公に想いを打ち明けて逃げるヒロインと、それを追いかける主人公の図そのものだ。

 

そんなドラマティックでロマンチックな展開が現実にあるなんて夢見がちな思考をミドリはしない。

だがそれでも、実際に目の前で起きてしまえば思考がそっちの方向に流されてしまうのも無理は無い。

 

追った先で待ち受けているのは大抵が仲直りと関係の進展だ。

先生とユウカが仲直りするのはミドリとしては望ましい。

けれど、関係が進展するのはイヤだ。

 

蔑ろに出来ない。

放ってもおけない。

でもそれで自分に勝ち目がなくなるような展開にはなって欲しくない。

 

一瞬であらゆる葛藤と戦ってミドリが出した結論。

それが、最終的な決断を先生に任せるという事。

本当にそれで良いのかと、問いかける事だった。

 

「生憎だが俺は追い付ける足を持ってねェ。それに先約も入ってる」

 

対し、先生はミドリ、モモイ、アリスの順に視線を流して追わなかった理由を述べる。

 

「結果はどォあれミレニアムプライスに出展する必要が出来た。なら俺達はもう一度『廃墟』に行かなくちゃならねェ。時間も限られてる、今はユウカ個人よりお前等ゲーム開発部の方に注力する。そう判断しただけだ」

 

それはモモイが当初の目標としていた物の再捜索。

一度は中断したG.Bibleを今度こそ見つけ出す事。

 

元々先生はその名目でミレニアムに早朝からやって来ている為、暴走したユウカを一度考えから捨てるその判断は間違っていない。

 

けど、とミドリは本当にそれで良いのか先生に問いかける。

ユウカを置いて良いのか。

本当にゲーム開発部を優先して良いのか。

 

「でも先生、さっきのユウカのあれは生半可な物じゃない気が……」

 

どうしてこんなにユウカの事を気に掛けているのか自分でも分からない程にしつこくミドリは先生に確認を取る。

 

「分かってる、だから全部終わったら問い詰めに行く。何下らねェ事で悩ンでンだってなァ」

 

先生の顔には、うっすらとだが笑みが浮かんでいた。

その表情に深刻さは微塵も感じられない。

 

「下らないかどうかは、え? 分からなくないですか?」

「そォかもな。だがまァ、本当に危険な時は『助けて』の一言すら言い出せねェンだよ。その点で言えばあいつはまだ大丈夫な範囲だ」

「え? 助けてって言ってました?」

「ンなもン顔見りゃ分かンだろォが。とにかくユウカは一端考えなくて大丈夫だ。お前等は自分達の心配してろォ。深刻さで言うと下手しなくてもコッチの方が上だ」

 

ユウカの話はこれで終わりだとでも言う様に、先生はカツカツと杖を鳴らしながら部室を後にし始める。

何だか不思議な感じだった。

ミドリから見れば明らかにユウカは今すぐ話を聞かなければならない状態だというのに、先生はあの程度ならば大丈夫だと言い張る。

 

そして先生が大丈夫だというのならば、大丈夫なのだろうという気持ちが何故だか湧いて来る。

不可思議な話だった。

根拠も無いのに、それが正しいと思えてしまう。

 

「って先生! 一体どこに!?」

「とりあえず今起こった出来事を面倒そォなのを省いてユズに報告する。廃墟に俺達が赴く理由ぐらいは知りてェだろォからな。それと白石、猫塚、豊見。部室の補填はシャーレで持つから請求書と失った資材の資料等落ち着いたら送っとけ」

 

行くぞミドリ、モモイ、アリス。と、先生はミドリ達の名を呼びながら我先へと歩いて行く。

その後を慌ててミドリは追い始め、モモイがアリスの手を引っ張り、ウタハ、コトリ、ヒビキの三人に改めて頭を下げてからミドリの後に続いて行く。

 

一旦部室に戻る。

それは先生なりの気遣いであると即座にミドリは見抜いた。

先生はある程度区切りを見つけたとはいえ、それはモモイ、アリス両名にも当てはまるかと言われれば決してそうではないと言える。

 

つまり先生の提案は一見部室にいる何も知らないユズを鑑みての行動に見えるが、その裏にはモモイ、アリス、そしてミドリの精神的落ち着きを取り戻す時間を設ける為の側面も持ち合わせている。

 

面倒事を省いて説明すると先生が言った手前ミドリ達が表立ってこの話を部室ですることは出来ないが、それでもゲーム開発部室と言う慣れ親しんだ場所自体が、自分達の気持ちを落ち着かせる休憩場所となり得るのは確実だった。

 

凄いな。と、ミドリは尊敬の念を前を歩く先生に送る。

何だかもう、本当に凄い。

 

「良いアリス? ユウカ……、さっきの子に関する話を部室で喋っちゃダメだよ? その武器だけの話までにしておくんだからね」

「はい、新しいクエストですね! 受注しました!」

 

先生の後ろを歩く最中、モモイがアリスにクエスト依頼という名目で要らない事を喋らない様、口止めをしているような会話が聞こえる。

その事に対して先生はまるで何かを思い出したかのように一瞬だけ足を止めた後、

 

「あァそォだ言い忘れてたな。モモイ」

 

ミドリの双子の姉の名を呼んだ。

瞬間、姉の口からあ、何だかイヤな予感がする。という声が小さく聞こえる。

 

その言葉は先生に届いてしまったのか、先生は良く分かってんじゃねえかとモモイが自覚している事に対してマルを付ける評価を下した後。

 

「ユウカの判定を甘くする為だけに朝っぱらから俺を呼び出しやがったな。罰として次回のシャーレで働く時の給料無し。一日ただ働きの刑だァ」

 

日頃ゲームを買い続け、課金し続けているが為にお金に苦しい生活を送っている姉に対し、あまりにも重い刑の執行を告げ、本日二回目のモモイの絶叫を迸らせた。

尚、完全に自業自得であるためミドリは特に減刑を求めたりはしなかった。

 

 

 

 

 

 







脱線しているように見えて今の所忠実に進んでいるパヴァーヌ一章。不穏な部分は多々あれど概ね原作に沿っているのではないでしょうか。

既に四ヵ月近く書いててビビります。毎週ちゃんと投稿出来ている事実にもビビります。でも一週間一回投稿なので速度が亀です。申し訳ないです。

ここまで根気よく続けてられるのもブルアカを題材にしたからだろうなぁと。
一方通行を主人公に添えて何かを書こうかなとなった時、ブルアカ以外からの選択肢は普通にありましたので。主にプリコネとか……。

プリコネ内の魔法は超能力をベースにして設定されているとか色々と考えて一話分だけ書いたりもしたのですがどうにもしっくり来なかったのでお蔵入り。この作品では一方さんは能力制限ほぼゼロで暴れ回っていました。南無。

そして色々な作品を遊んでいると色々と混在する。するんです。

主殿がイズナ。主様がコッコロ。
甘雨が原神。天雨がブルアカ。

特に後者はSSを書かないと一生間違えてた。そんな自信があります。
お前等髪の色も一緒だしややこしいんだ!!!! 


次回は再び廃墟潜入。
一方さんはいつになったらケチョンケチョンの血塗れになるんでしょうね……。
そろそろこういう話を書かないと私のモチベが続かないぞ……!?

そしてそろそろアップを始める四人組がいますね……でも出番はもう少しだけ先かな? 来週出れそう? 無理そう? そっか……。



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