とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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再び廃墟へ

 

 

 

「先生伏せて!! ドローンからの銃撃が来るっっ!!」

 

上空を見上げながら地上の機械軍団を相手に奮闘するモモイから大声での通達が走る。

慌てて一方通行も空の方に視界を映せば、三基のドローンが取り付けられたガトリング銃の銃口をこちらに向けているのを確認する。

彼女の声色から察するに銃撃が行われるのは数秒後の事だろうか。

とは言え伏せろ。と言われた所で即座に伏せられる程に一方通行の身体は健康ではない。

 

上半身はともかく、彼の下半身は基本的に何かを実行するのにいちいち時間と力を消耗する。

機動性と言う意味では、彼の身体は完全に使い物にならない。

 

咄嗟の行動が出来ない一方通行は即座に選択を迫られる。

与えられた選択肢は二つ。

 

一つ目は体制をすぐに立て直せない事を覚悟で地面に倒れ込む事。

二つ目は一時的に孤立する事を受け入れて靴に取り付けた空力指揮(エアコマンダー)を使って銃撃の範囲外に逃げ込む事。

 

どちらもリスクとリターンが隣り合わせの状況。

だがどちらかは必ず選ばなければならない。

選ばなければ確実に身体が穴だらけになる未来が待ち受けている。

 

クソッタレと呟きつつ一方通行は靴底の装置を起動させて離脱を図ろうとした時。

 

彼の判断を掻き消す程の大きな声がミドリから迸る。

 

「アリスちゃん上を狙って!!!!」

「充電完了です!! 光よッッ!!」

 

ゴバッッッッ!! と、彼女が叫んだ直後、待ってましたと言わんばかりにアリスが応答し、彼女が握る超電磁砲(レールガン)から解き放たれた光の刃が空中を薙ぎ、三基のドローンを纏めて消失させた。

 

音も無く消えた三機のドローンがあった場所を見上げる一方通行は、その左手に持つ銃を強く握りしめて歯噛みしながらリロードを行い始める。

装填されていた銃弾は全て一機のドローンに集中的に命中させた。

それでも撃墜する事は出来なかった。

 

無力さを痛感する。これでもかと言う程に。

しかし、そんな感傷に浸る時間を戦場は与えてくれない。

 

間一髪で命の危機を脱した一方通行だが、脅威はまだ去っていない。

前方に四機程の重装甲型の人型ロボットが銃口をこちらに向けて発射を続けている。

 

ミドリ、モモイの両名が相手にしているが、状況は芳しく無かった。

攻撃が命中すれど、破壊にまでは至っていない。

損傷を与えてこそいれど、致命的な一撃が入らない。

 

全く効果が無い訳ではない以上撃ち続ければいずれ破壊できる。

現にここまでの道中に至るまでの間、既に十機以上もの重装甲型を二人は打ち破っている。

 

だがその殲滅速度はどうしても他の戦闘ドローンや軽量型人型ロボット兵器と比較すると時間が掛かっており、二人は現在被弾を前提で休む事無く撃ち続ける事を最大限の対策としていた。

 

「ぐっ! いっったっっっ!! こいつらの一撃ッ! 重いッッ!!」

「お姉ちゃん耐えてッッ!! 今までの調子ならあと少しでっっ ぐ、ぅうっっ!!」

 

前線で盾となりながら槍を務める二人の口から痛みに呻く声が漏れる。

全ては一方通行を標的にさせない為の行動であり、彼としてはそれがあまりにやるせない。

 

アリスの超電磁砲(レールガン)による極太の光線砲であれば纏めて消滅させることが出来たのかもしれないが、その頼みの一撃は先程の空中急襲型ドローンに使用し、件の大破壊力を持つ一撃はオーバーヒートにより使用不可能な状態に追い込まれている。

 

今はヒビキによって教えられた小規模な射撃で場を繋いでおり、その攻撃力はモモイ、ミドリと大差がある物では無い。

 

どうにかして助けに入ってやりたい。

だが、彼の持つ拳銃では彼女達のように効果的なダメージを与えられない。

 

チラチラと脳裏にもう一つの力の存在が過る。

前回『廃墟』にやって来た時も同様の条件で力を使おうとした時はヒナによって中断を余儀なくされた。

 

頑なに自分を守ろうとする彼女の存在に根負けしあの時は使用する事を封印した。

そして今回は別の要因でそれを封印せざるを得ない状況が生まれている。

 

その一つがアリスが持つ超電磁砲(レールガン)の存在。そしてさらにもう一つの理由として、

 

「モモイ! ミドリッッ!! 爆風に備えてッッ!!」

 

花岡ユズ、正確には彼女が扱う武器の問題があった。

二人の背後から援護を行っていたユズが勇気を振り絞って叫んだ後、彼女が持つ携帯ゲーム機の見た目を扮する武器から弾丸が一つ発射される。

 

放たれた弾丸は後部に装備されているエンジンによって標的である四機の重装甲型ロボット目掛けて高速に推進し、命中した場所から轟音と爆風、そして灰色の粉塵と周囲一帯に飛び散るコンクリートの破片が辺り一面を覆った。

 

粉塵が収まり、腕で覆っていた目を開けばそこには動かぬ塊となった四機のロボットの姿。

これこそが彼がまともに力を振るえない原因だった。

 

彼女、ユズが愛用している武器種は面での制圧を得意とする擲弾銃。

所謂グレネードランチャーを呼ばれる物。

ユズから放たれる最早ミサイルと言っても差し支えない弾丸の攻撃力は見ての通りであり、命中した周囲の物を根こそぎ破壊する力を有している。

 

そしてその大きな力が一方通行が持つ力の行使を阻害する。

 

一方通行が扱う超能力とは別ベクトルにある異質の力『黒い翼』を彼は完全に制御できている訳ではない。

何せ彼がこの力を今まで行使してきたのは全て己の感情が危険域にまで暴走しかかった時ばかり。

 

冷静な状態で扱った事がある力ではない。

その為、余波でどこに影響が及ぶか彼は未だ最低限の範囲でしか与り知らないのだ。

全くの未知と言う訳ではないが、完全な既知と言う訳では無い。

 

自分の意思で纏めた物ではない力を今にも崩壊しそうなビルしかないこの『廃墟』で使うには相当にリスクが高すぎる行動と言えた。

それだけならば先日訪れた時と条件は同じであり、使用を躊躇う必要は無い。

だが今回は連れて来ているメンバーが違う。

 

ユズが持つグレネードランチャー。及びアリスが持つ超電磁砲(レールガン)

共に破壊力が絶大であり、同時に周囲の破壊を前提として運用されている武器種である。

 

それはただ戦闘しているだけで周囲のビルに小さくないダメージを与える事を意味しており、そこに畳みかける様に『黒い翼』を使ってしまったが最後、どこのダメージをきっかけに『廃墟』の大破壊が始まるか分かった物ではない。

 

近くのビルがそのまま崩れる危険性も高まる。ガラスや剥き出しの鉄骨が降り注ぐ可能性だってある。その時ミドリやモモイ達がどうなるか考えるまでも無い。

よって、力を使う訳にはいかなかった。

 

周囲のダメージを承知で使う事は可能だが、もしそれで最悪を引いた場合の対応が出来ない。

『一方通行』を使う事が出来ない今の状態では、四人を同時に守り切る事は完全に不可能。

 

なので彼は、苦い思いをしながらただ守られる事しか出来なかった。

 

「第四陣、来ます! 重装甲型のモンスターが三体。急襲型モンスターが五体、小型モンスターが四体の十二体編成!」

「またッッ! 少しは休ませてよ!!」

「大きいのが次々と……! さっき破壊したばっかりなのに!」

「このままじゃ……ジリ貧になっちゃう……!」

 

だが、事態は着々と深刻になっていく。

戦闘音を聞いて次々とロボットが集まり出して来ていた。

この場で戦えば戦う程増援がやって来る。

 

(薄々分かっちゃァいたが、ヒナがいるといないとじゃここまで進みやすさに差が出るか……!)

 

一時間程前、ゲーム開発部に戻った一方通行達は一人部室に残っていたユズにユウカが暴走した部分だけは省いて事情を説明した後、ユズは廃墟に行くなら私も行くと言った。

 

元々は私がするべきことをしなかったから。

私もこの部を守りたいから。

もう、ここは私だけの場所じゃないから。

だから、一緒に戦わせて。

 

校舎の外に半年以上出た事が無く、授業もインターネット受講だけのユズがここまで強い決意を持って意思を表明したからには、一方通行にそれを拒絶する選択肢は消えた。

 

従ってゲーム開発部は現在、四人フルメンバーでの探索を行っている。

ユズ、アリスが加わった事で戦線はより安定したと言えるだろう。

 

ロボット群の警戒度、及び数と質も昨日より上がっている訳ではない。

昨日と同じパフォーマンスを発揮出来れば何も問題は起きず無事に向上に辿り着ける。

 

だが、無情にも問題は発生した。

起きたトラブルは単純明快、ただ昨日よりも襲って来るロボットを殲滅する時間が昨日より遅いだけ。

しかしその違いが、戦線の致命的な瓦解に至りそうになる寸前まで響いている。

 

敵を素早く倒せない。

起きている問題はそれ一つ、

しかしその起きている唯一の影響がこの場においてあまりにも大きい。

 

長い時間相対する事になり結果、彼女達の被弾が増える。

倒すのに時間が掛かる結果、弾薬の消費が爆発的に増える。

そして、短いインターバルでの戦闘が発生し続けている結果、体力の消耗が著しく上がっている。

 

彼女達は充分に戦っている。

持てる力の全てを使って殲滅を続けている。

ただそれでも、彼女一人に届いていない。

ゲヘナの風紀委員長が行っていた殲滅速度に追い付いていない。

それだけの話で、それ程の話だった。

 

不在になって実感する。

彼女の、空崎ヒナの圧倒的強さを。

 

しかし不在なのは仕方がない。

彼女の存在に固執する暇があるなら、どうにかしてこの状況でも突破する方法を探っていかなければならない。

 

「撤退しようお姉ちゃん! このままじゃ先生にいつか攻撃が当たっちゃうっっ!! 守り切るのも限界があるよ!」

 

度重なる被弾による影響か、額から僅かに血を流すミドリが悲痛な声で叫ぶ。

 

ミドリの指摘は正しい。

現に先程の一方通行は被弾寸前だった。

アリスの一撃により難を逃れたが、それが無ければ今、彼はここで立っていないかもしれない。

 

逃げるべき。

一度退却して仕切り直すべき。

そうミドリが叫んでいる間にもロボットによる攻撃は苛烈を極めていく。

十発や二十発程度なら弾丸が当たっても『痛い』で済むミドリ達も、休みない猛攻を連続で受けたらどうなるかは明らかだ。現にミドリは血を流し始めている。

 

解決手段は彼女の言う通り逃げるか、もしくは最低限の敵だけを撃破しながら全速力で走り、この場を強引に突破するしかない。

 

だがここでも一方通行の運動能力が枷になる。

彼の足は全速力で走ってこの場を突破する、逃走すると言ったありきたりな作戦に対応出来ない。

 

本来ならば彼は先日での無力さを考慮し同行すべきでないし、彼自身そう思っている。

それでも彼がこの場にミドリ達と共に『廃墟』に踏み込む事を決めていたのは同じく先日辿り着いた工場で発生した一連の出来事。

 

工場で一方通行は資格を確認し、入室を許可しますと言い放たれた。

その事実は彼なくしては入れない場所が他にもあるかもしれないという可能性を否が応にも突きつける。

 

上記の理由から、彼は足を引っ張る事を承知で彼女達と共に『廃墟』へ赴かなければならない。

そうでなければ彼女達の努力が無駄になる。

 

(結局は工場まで辿り着きゃァ勝ちだ。そォすりゃこいつらも追ってこねェ!)

 

絶望的状況の中で希望があるとすれば、このロボット軍団は先の工場内部に入ると撤退する性質があるという事。

 

工場はこの場所からだと距離にして一キロ圏内と言う所だろうか。

一方通行が靴底に仕込んだジェット噴射機構を利用すれば数十秒で辿り着けるだろう。

 

これを利用し、先に単独で目的地へ向かう。

今も何度も過る一番打開に有効的な考えだが、一方通行ではなくそれは彼女達、主にミドリが反対意見を事前に出していた。

 

途中で空にいる先生を迎撃されたらどうするの? 

入り口付近で着地した先で昨日の件から警戒されて待ち構えられていたら? 

その場合一体誰が先生を守れるの!? 

 

これも言っている事は正しい。

正しすぎて思わず頭痛がしてしまう程に。

 

だがそれを律義に守った所で待っているのが全滅ならば『こうなるかもしれない』は一度捨てなければならない。

 

別に一方通行は死にたがりな訳ではない。

命が助かる術があるなら全力でそれを探し出すし、無理に命を懸ける場面でもなければ無暗やたらと己の身を犠牲に行動したりはしない。そして命を懸ける場面であってもその中で彼は最大限生き残る可能性を模索する。

 

それは彼の中に根付いた新たな理念であり行動軸。

故に彼は死ぬ事を承知で行動したりはしない。

 

ただし、その理念はそれを守る事によって()()()()()()()()という信念が根元にある。

 

自分の命を大事にした結果誰かが犠牲になるならば、立てた理念は初めから破綻している。

このままここで彼女達が崩れて行くのを、一方通行が黙って見ていられる訳が無い。

 

結論は出た。

一人だけ先に工場へ向かい、彼女達の足枷を無くす。

 

工場付近で仮にロボットが待ち構えているのなら『黒い翼』で消し飛ばす。

彼女達が近くにいないのならば使用を躊躇う必要が無い。

 

空中で迎撃されるのだけが懸念だが、そのリスクは甘んじて受け入れなければならない。

安全ばかりでは、何も前に進めない。

その意思に従って彼は時速二百キロで空を飛ぼうとして、

 

「先生! ミドリを連れて飛べる!?」

 

刹那、モモイから一つの提案が飛び出した。

あァ? と、今まさに飛び立たんとした一方通行の動きが止まる。

 

モモイの顔は、苦渋に塗れた表情をしていた。

彼女の中で、それは途轍も無く厳しい決断の様だった。

 

言いたいことは理解出来た。

しかし理解する事と納得する事は違う。

 

一方通行は、その提案に安易に首を縦に振る事は出来なかった。

 

「あ、そうだミドリこれ持ってて! G.Bibleの座標を示してる端末!」

「お姉ちゃん!? それってどういう——―」

「先生! ミドリ一人を連れて先に工場に行って!! 先生がいないなら三人でも何とか出来る!」 

 

ウソだと、一方通行は即座に彼女の隠し事を看破する。

 

一方通行と言うハンデを抱えての銃撃戦。

見かけだけならば大きなハンデに見えるが、実際に彼女達の中の戦闘行動において一方通行と言うハンデが響いている部分があるとすればそれは突破するのに必要な走力と、彼への被弾を回避する為に物陰に隠れたりせず、絶えず的になりながら撃ち続ける事の二点のみ。

 

彼女達の純粋な戦闘能力については何の枷もかかっていない。

確かに被弾が減る。僅かに休憩する時間を作れるというのは大きな利点かもしれない。

しかし、その引き換えとしてこの戦闘の中核となっているミドリ、モモイによる双子だからこそ出来る抜群のコンビプレイを犠牲にするのはあまりにも危険すぎる。

 

最悪、瞬く間に戦場が瓦解する。

そうなれば、一方通行だけは守らなければ等と言う彼女達の、特にミドリの決意を尊重しているような場合では無くなってしまう。

 

モモイもミドリもそれぞれ個の力は強くない。

あくまでお互いの実力の及ばない部分を絶妙にカバーし続ける双子特有の、彼女達特有の連携があるからこそ機械軍団を相手に押し返す事が出来ているのであって、その片割れがいなくなった場合どうなるか想像に難くない。

 

どうしても誰かを共に連れて行くならばユズかアリスにするべきだ。

だがそれも難しいのは一方通行とて分かっている。

 

二人の武器は咄嗟の判断を要する状況に対して強くない。

破壊力が大きい分、小回りが利き辛く、また取り回しも悪い。十全に力を発揮させる為に必要な時間も他の武器と比べて多い事もあって、一方通行やモモイが想定している戦場、戦局では頼りになるとはとても言えない。

 

加えてユズは冷静になれてから初めて本領を発揮するタイプであり、即興的な動きを重視される場面において彼女の力は二割も引き出せないであろう。

 

よってユズもアリスを連れて行く選択肢は無い。連れて行くならモモイかミドリの二択。

そして一方通行が飛び去った後、残ったメンバーを牽引する力が優れているのはどう考えてもモモイの方であり、どのような状況でも自分のやるべき事を即座に実行に移せるという点でもミドリを連れて行くのが最も適していると言える。

 

だがミドリを連れて行けばこの場で構築されている戦術の核が壊れる。

モモイはそれでも大丈夫だと言い繕っているが、彼女の表情は嘘を隠せていない。

 

無理だ。

連れて行ける訳が無い。

ここで彼女を連れて行けば、モモイ、ユズ、アリスの三人に甚大な被害が出る可能性が高い。

 

承認出来る訳が無かった。

 

「先生一人なら危険だけど、ミドリが一緒なら何があっても対応出来る! これならミドリも文句無いでしょ!?」

 

「待てモモイ! 俺の事は気にすンな! どォにかする手段はある! 気にせず四人で後から合流しろ!!」

 

「それでミドリが納得しないから言ってるんじゃん!! このまま先生連れて工場目掛けて突破するのは無理がある。そんなの分かってるよ! 先生とミドリを先に行かせたら今度は私達の状況が辛くなる。それも全部分かってるよ! でもこれが一番最適なの! 本当はちゃんと分かってるでしょ!?」

 

チッッ! と、一方通行はこれ以上なく舌打ちする。

自身の力を喋らなかった事がここまで大きく影響するとは流石に予想が出来なかった。

時間さえあれば彼女を説得させることは可能だったかもしれないが、今は一刻も早く行動に移さなければならないタイミング。悠長な事をやっている場合でも無ければ、話を聞き入れる余裕も無い。

 

彼女を納得させる為に今すぐ力を使用し、強引に納得させたい気持ちに一方通行は駆られるが、この場においてそれはあまりにも愚行だ。

 

数多のロボットによる銃撃、アリスの砲撃、ユズの爆撃。

ビリビリと伝わる余波による衝撃は既に周囲のビルにこれでもかと伝わっており、その影響かパラパラとコンクリートの破片が上から零れ落ちて来ている。

 

モモイの説得にどれだけ時間が掛かるか分からない中で『黒い翼』を行使するにはリスクが想像を絶する程に高すぎる。

最悪、使用した瞬間にビルが倒壊する危険性がある。

そうなればもう、待っているのは全滅しかない。

 

ならば残された道はたった一つ、全ての意見を吹っ切って一人で飛ぶしかない。

憤慨されようが構わない。

後で怒鳴られても仕方がない。

謝罪でも何でも後でいくらでもしてやる。

 

だから今だけは単独行動を受け入れろ。

その決意を表す様に彼は地面を爪先でカツンと叩き、噴射口を起動させようとした瞬間。

 

「先生!!」

 

土壇場で力強いモモイの声が響き渡る。

その声を、一方通行は降り切れなかった。

聞こえなかった事にして、飛ぶ事が出来なかった。

 

それは彼女達がもたらした学園都市にいた頃の一方通行から変化した部分の一つ。

キヴォトス生活で育まれた感覚の一つ。

 

彼女達を思いやる心。

非情になり切れない、寄り添おうとしてしまう弱くて強い心。

そしてそれが、運命の分かれ目だった

 

「私達を信じて!!!!」

「うん……! 大丈夫だよ、先生……!」

「魔物に囲まれる窮地は過去に八回発生しましたが、アリスは全て勝利しています。この程度ならば問題ないです!」

 

「ッッ!!!」

 

大声で言われたモモイのそれは、立て続けに同意してきた二人のそれは、一方通行の決意を瞬く間に鈍らせた。

 

クソッ! クソッ! クソッ!! 

毒づき、愚痴る。

頭の中で何度も何度もそう叫ぶ。

 

モモイが放った決死の一言は信じられない程に彼にとって猛毒だった。

キヴォトスでの一方通行の役割は曲がりなりにも『先生』である。

 

先生。

生徒を教え、導く象徴的存在。

生徒の信頼に応える存在。

 

モモイは一方通行に信じてと叫んだ。

 

それは絶対に応えなければならない。

『先生』である自分が、『生徒』を信じる。

 

それが出来なくて、何が『先生』であろうか。

 

クソッ! クソッ! クソッッ!! 

なんて最悪なロジックだ。何て最低なタイミングでの物言いだ。

 

計算され尽くした上での発言かはたまた本当に偶然か、一方通行はモモイの心情を知る由も無い。

だが事実として、彼女の一言は彼に一人だけ先に行くという方法を潰した。

 

それが一番の最善だったのにそれだけはダメだと、少女達の善意によってその最善は潰された。

 

その結果モモイ、ユズ、アリスの三人がどれだけ危険な目に会うのかも分かってて。

 

全員が全員、分かって、気付いて。

モモイの言葉に同意した。

絶対大丈夫だからと言う、何の保証も無い言葉と共に。

 

やってられねェ。

やってられるかクソッタレ! 

 

ガシッッ!! と、自分では少女達の窮地を打開する事が出来ない。この程度の敵を打開する力すら無いイライラをぶつける様に一瞬左手で己の髪の毛を乱暴に掴んだ後。

 

「行くぞミドリ! あの分からず屋は後でデコピンの刑だ。今はここを離れる!」

 

ミドリの右手を掴み、彼女の身体を己の方へと引っ張った。

 

「え? え!?」

 

グイッッ! と、ミドリを力任せに引っ張る際に上ずった声がミドリから聞こえる。

だが一方通行はミドリの困惑に塗れた声に対する一切の感情を排除する。

 

「背中に腕を回せ、そして今から絶対に手を離すな」

「ひひゃっっ!? て、手をまわっっ! せ、せせせ先生の背中に!?」

「早くしやがれ、時間がねェ!」

「は、はひっ! はいぃぃッ!!」

 

強引に密着するまでに彼女の身体を引っ張った後、一方通行は彼女にそう命令する。

彼の強い口調に顔を赤くしてしどろもどろになり始めたミドリだったが、それを咎めるさらに強い言葉によって彼女は撃沈したかのように観念した後、おずおずと彼の背中に手を回した。

 

ギュッッ! と、一方通行の背中に締め付けられる感覚が走る。

ミドリの準備が整った事をそれで認知した一方通行は最後にもう一度だけモモイ達の名を叫ぶ。

 

「モモイ! ユズ! アリス!! そこまで大口叩きやがったンだ! 怪我の一つでもしてたら承知しねェぞ!!」

 

彼の激励に、三人は笑顔を浮かべて小さくコクンと頷いた。

ユズ、アリスの両名はそれを最後にロボット群に向き直る。

 

「先生こそラブロマンスそこで披露してないでさっさと飛んでよ! 妹のラブシーン見せつけられるの結構ダメージ大きいって事が今分かったんだけど!? 主に鳥肌立つ的な意味で!」

 

「これのどこがラブでロマンスなのか是非とも教えて欲しいもンだなァ!! 行くぞミドリ! もう一度言うがその手離すンじゃねェぞ!」

 

返事を待たず彼は右手の杖を収納し、空いた両手でこちらもミドリの背中と頭部に手を回し、抱き抱える様にして彼女を万が一にも落とさない様最大限の措置を取り始める。

 

「ふ、ぁっっ!?」 

 

訳の分からない声がミドリから聞こえた。

様子が明らかにおかしくなってしまったミドリだが、一方通行は何も気にせず今度こそ靴底を鳴らす。

それを合図にエンジニア部が仕込んだ彼の靴に特殊機構、空力指揮(エアコマンダー)が作動し。

 

ゴッッッ!!! と言う大きな音と共に一方通行の身体は引っ付いてるミドリと共に恐るべき速度で空を飛び始めた。

 

「きゃぁああああああああああああああああッッ!?」

 

身体が宙に浮き、信じられない速度で突き進み始める恐怖からなのか、ミドリからうるさいを通り越した悲鳴が迸る。

 

ギュゥゥウウウウッッ!! と、背中に回ったミドリの手から凄まじく力が込められているのを痛みで一方通行は感知する。

 

「なンだ? 絶叫系マシーンとか高所は苦手なクチかァ?」

「安全バーが無い絶叫マシーンはそれただの殺人器具ですよ先生ぃいいいいいいいいいっっ!!! 役得なのに全然味わえないですよこの状況じゃぁああああああああっっ!!!!!」

 

胸に抱き抱えるミドリからの抗議に違い無い。と、一方通行はその例えに小さく笑う。

何が役得なのかはあまり理解出来なかったが、ミドリが絶叫系が苦手なのは理解出来た。

 

一直線に真上へ上昇した一方通行は、その視界に先日訪れた工場を捉える。

どうやらモモイが懸念していたロボットが入り口付近で待ち構えているような状態では無さそうだった。

 

あれだけ地上で騒いで葛藤して、待ってた結末は如何にも塩っぽい物。

笑える話だと彼は思うが、こういうのは蓋を開けて見なければ分からないのが世の常。

最悪を想定して動いた結果、何も最悪な事なんて待っておらず、ただただ肩透かしを食らう。

 

それは別に悪い事でも何でも無い。どちらかと言えば良い事である。

仮にここで敵が待ち構えていた場合、彼は必死にしがみついてるミドリに戦えるよう姿勢を変更しろと命じなければならなかった。

それはミドリにとっても最悪だっただろう。

今回は幸運にもそうならなかった。

 

ただ、それだけの話だった。

 

グッッ!! と、一方通行もミドリの身体を強く支え始める。

そのまま彼は身体を器用に操り、ミドリに大きな負担を掛けない様少しずつ前傾姿勢へと変えていく。

時速は百五十を優に超えている。

この速度で落してしまえばいくらヘイローを持つミドリでも大怪我では済まない。

 

絶対に離さない為にしっかりと彼女を抱き留めながら一方通行は空を走る。

 

工場までは残り十数秒。

何とも面倒な事になった物だと言葉に出さず彼は愚痴る。

 

つくづく面倒だ。

ほとほと呆れる。

 

どいつもこいつも口を開けば先生先生。

誰も彼もがまず第一に一方通行の身を案じ始める。

 

ゲーム開発部の四人に限った話ではない。

ユウカ、ハルナ、ヒナにワカモ。便利屋にエンジニア部。

 

何かあればまず第一優先に彼の安否に走る。

その役目を全うするのは、本来ならば逆だった筈なのに。

 

(…………ッ!)

 

何かを思う様にもう一度、一方通行は少女を抱きしめている腕に力を入れる。

それは無意識に行われた物であり、特別な意図があった訳ではない。

 

(俺の能力を行使するにあたって必要とされる莫大な演算を補助する何かが必要……か。今回の一件が終わったら探すしかねェな。このままじゃいつか零しちまいそォだ……!)

 

宿されたのは一つの意思。

かつて持っていた力を失ったなら失ったで良いと思っていた思考の否定。

 

いつまで経っても、むしろ日を追う毎に過熱していく少女達の保護思想。

一方通行からすればこの兆候は危険過ぎて、けれどそれが正しい故に拒絶が出来ない。

 

だから彼は探すしかなかった。自身が持つ超能力『一方通行(アクセラレータ)』を行使出来る方法を。

先生は守らなくても大丈夫と思って貰える様に。

盾にならなくたって大丈夫と思って貰える様に。

静かに、静かに、一方通行は意思を燃やす。

 

一方で、

 

「~~~~~~~~~~~~ッッ!!!」

 

彼の胸に顔を埋めて唸り続けているミドリに対して、お前は俺を守る為に一緒に来たンじゃなかったのかとツッコミを入れてしまいそうになるのも、また仕方のない事だった。

加えてちょっと嬉しそうにしているのも、彼にとっては甚だ疑問で。

 

この少女が己を守る為に命を懸けるような場面なんか見たくないと思ってしまうのも、当然の帰結だった。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

ミレニアムサイエンススクールの近郊に聳え立っている無数のビルの中の一つ。

 

そのビルのとある一室は、壁に掛かる時計も窓を彩るカーテンや棚と言ったありきたりな備品が無い部屋だった。

汚れ一つない綺麗なデスクと、付随するように置かれた椅子一つだけが静かに存在感を放っているその場所で、二人の男が静かに時を待ち続けていた。

 

「ミレニアムの防衛機構。形だけは立派な物ですが、何もその全てが監視出来ている訳では無い。必ずどこかに綻びは有る。そして有るなら、突破は容易い物です」

 

その中の一人である、全身が真っ黒な男、『黒服』は窓の外から見えるミレニアムサイエンススクールの全景を眺めながら、誰に聞かせる訳でもない言葉を呟く。

『黒服』の言葉に、隣に佇む、黒一色のみで人間の後頭部が描かれている絵を左手で抱える『首』が無い男からの返事は無かった。

 

「しかし態々このような時間から世界を荒立てる必要は無いでしょう。世界はまだ平穏であると装わなければなりません。まだ、平和であると誤解されていなければならない」

 

黒服は隣に佇む『首』の無い男が何も喋らないのを承知しているのか、はたまた認識すらしていないのか曖昧な程に無関心のまま粛々と言葉を続けていく。

 

窓の外から見える世界は至って平和だ。

街を歩く少女達も、その街を警護する人工知能を持つロボットも、誰も彼もが変わりの無い日常が、代わりの無い日常であると知らずに毎日を生きている。

 

それが今にも壊れようとしているとも知らずに、

不変で普遍の毎日を、彼らは至高であるかのように送っている。

 

世界はこんなにも、傷だらけだと言うのに。

 

「早瀬ユウカ」

 

ポツリと、ミレニアムサイエンススクールに所属するある生徒の名を黒服が呟く。

 

「聞けば彼女が所有しているとの話です。彼女から直接お話を聞く事にしましょう。場合によっては戦闘になるかもしれませんが……どうせ余興です」

 

早瀬ユウカ単体に対してはさして興味無さそうに吐き捨てると、黒服は音も無く椅子に腰かける。

そのまま彼は机の上に肘を置くと、実に面白そうに、上機嫌そうに言い放つ。

 

「それでは日が落ちるまで待つ事としましょう。ミレニアムが作り上げた未来予測機」

 

確かな宣言を。

静かな布告を。

 

「『未完成の樹形図(プロトダイアグラム)』の拝見を」

 

世界が、確かに動き出そうとしている。

キヴォトス全体が予想の付かない形で。

 

静かに、音も無く、されど確実に。

何かが、変わり始めていく。

 

ゆっくりと。

ゆっくりと。

世界が、変わり始めていく。

 










様々な作品が世の中にありますが、私が好きなジャンルとしてバトル物があります。

その中でも様々なキャラが同時多発的に1ON1するのが好きだったりするので、当然ながらこの作品にもその作風は取り入れたい。

とは言えブルアカはそこまで多くの敵キャラが出て来る作品ではないので中々野望は達成出来そうにありません。プレイアブル同士で激突してる展開が多いのも向かい風。彼女達は! 敵ではないのだ!! 私は敵を豪快にぶっ飛ばしている姿を書きたい!

そんな訳で今週の話は戦闘編となっています。なっている予定でした。
おかしい、ミドリと一方通行のみで行動させようとしていたら想像以上に文字数を使っていました。お陰で色々と進みが遅くなりました。なんてこと!

そしてあくまでも平和な一方サイドですが、滅茶苦茶不穏なゲマトリアサイド。
初登場のデカルコマニー&ゴルコンダさん。
今回は何も喋らなかった彼ですが、別に喋らせるのが難しかった訳ではないです。ウソです死ぬ程難しいですこの人。

そんなゲマトリアに狙われたユウカの運命は如何に。
しかしまだそれは先の話で次回は一方通行とミドリの工場デート編になります。

温度差が! えぐい!!


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