とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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G.Bible

 

 

「さて、無事に工場まで辿り着いた訳だが……」

 

追手が来なくなった外を見やりながら、一方通行は耳を澄ます。

外からは小さく銃撃音が鳴り響いており、時折爆発音や太い光線めいた物が空を突き刺していく光景まで見える。

 

それは置いてきたモモイ達が奮闘している様子であり、同時に彼女達が無事である事の証左であった。

 

少しばかり、安堵の息を零す。

そうしてモモイ達が今の所無事である事を音で知った彼は背後へと振り返り、座り込んで休んでいるミドリの方へ視線を向ける。

 

「せ、先生と抱き合っちゃった……! せ、先生に抱きしめられちゃった……! あ、頭から、か、抱えられてっっ! あれ、私今日、死ぬっ……?」

 

俯き、ブツブツと聞こえない程の音量で何かを喋っている様子を、一方通行は無茶な行動をした事による疲労だと推測する。

 

短時間の飛行だったとは言え、先の空中移動は想像以上に彼女の体力を消費していたようだった。

 

無理もない。

移動中の身を支えていたのは他でもないミドリ自身の腕力頼みだったのだから。

一歩間違えたら真っ逆さまに落下していたともなれば、精神的疲労も計り知れないだろう。

 

もう少しこのまま休ませてやりたい気持ちに駆られたが、その前にやるべき事があると一方通行はミドリの方へ近寄ると、杖を支えにしてゆっくりと彼女の目の前で屈み込んだ。

 

「ぴっっ!? せ、先生ッッ!? い、いつからっ! か、顔がち、かっっ!」

 

一方通行が近寄って来ていた事にも気付かない程に疲れていたのか、ミドリの狼狽えは凄まじい物だった。

 

普段のミドリらしくないその疲弊ぶりに今更になって彼女を連れて空へ飛び出したのはやはりまずい選択肢だったのではないかと悪い気がしてきた一方通行だったが、こればかりはミドリ自身で勝手に回復して貰うしかない。

 

よって一方通行はその事に関するケアはせず、その前から気になっていた事柄に着手する。

 

「ミドリ、傷見せろ」

「え? え!?」

 

そう言うと彼はスッと、狼狽し始めた彼女の反応を気にする事無く左手で彼女の前髪をかきわけ、こめかみ付近に受けた弾丸から生じたであろう傷と、ポタポタと静かに流れて行く血液を凝視し始めた

 

ミドリに当たったであろう弾丸は彼女のこめかみに直撃した後、輪郭に沿う様に弾かれたようだった。

相変わらず不可思議な程に頑丈な身体だと素直に思うが、それでもその防御能力は万能ではない。

現に彼女は怪我をしている。それも深くは無い物の決して浅いとも言えない程度には。

 

弾丸が当たったにしては浅いと言える。

流れた血の量やこれから失うであろう血液量から鑑みても命の危険は無いだろう。

このまま何の処置もしなくてもいずれ塞がっていく程度ではある。

 

だが、

だが、

 

一方通行は彼女の傷を治療出来ない。

昔の自分なら今すぐにでも塞げたであろう傷を、今の自分は治せない。

 

その事にどうしようもなく、不甲斐なさを覚える。

 

「ミドリ」

「あ、あのあのあの。先生、そ、そのその、あ、あんまり顔……見、見ないで下さいっっ! は、ははずかっ、し、い……で……、す……っ! あ、いや……イヤじゃないです……けど……!」

「? 聞こえてねェのかオイ?」

「あっっ! き、聞こえてます! 聞こえてます先生っっ!!」

 

己の無力さを痛感するかのように彼は彼女の名前を呼ぶが、どうにもミドリは上の空だった。

名前を呼ばれた事すら気付かなかったミドリは、もう一度呼び掛けられた一方通行の声にようやく反応し、慌てたように返事を返す。

 

その様子から、一応は大丈夫である事を一方通行は改めて認識する。

 

「深い傷じゃねェのは幸いだな。だが無理すンな。お前等の身体が頑丈なのは知ってるが見てて心臓に悪ィンだよ」

 

大事ない様子に安堵しつつ彼はゆっくりと立ち上がると、普段から思ってる事を口に出す。

 

自分は弱い。

こればかりは認めなければならない事実だろう。

 

銃撃戦が日常茶飯事のこの世界において、ダメージに対する耐性が無いというのはそれだけで致命的だ。

だからこそ躍起になって盾になろうとする彼女達の心情も分かる。

 

分かるからこそ、やるせなかった。

 

「怪我までして俺を守る必要はねェ。つっても、どうせ守らねェンだろォな」

「……はい」

 

顔を上げて返事するミドリの顔は、小さく微笑んでいながらも強い意志を放っていた。

先程の声量とは打って変わって、外から聞こえて来る銃撃音に掻き消されそうな程に力無い声を発しながら頷く彼女の様子は、一方通行が思わず己の左腕を強く握り締めてしまうぐらいに眩しい。

 

呆れてしまう程に固い決意を彼女から感じた。

こればかりは譲れない一線だと、そう言い放っているようだった。

 

「だって先生に、怪我して欲しくないですから」

 

一方通行に続くように立ち上がったミドリはそう言葉を紡ぐ。

 

「先生に痛い思いをして欲しくない。私達は痛いで済むけど、先生はきっと、そうじゃないでしょうから……」

 

ミドリの指摘は正しい。

 

現に今日に至るまで何度も彼は死に至る窮地を経験し、その殆どを彼の隣に立つ様々な少女に守られて来た。

自分自身で窮地を脱した事自体はある物の、その回数は多くない。

幾度となく訪れた死の危機を、彼は守って貰う形で回避している。

 

今回も同様だ。

モモイ達に助けられている。

ミドリに庇われている。

 

その点を鑑みた場合、実の所一方通行に彼女達の頑張りを否定する権利は無い。

覆しようの無い事実として、キヴォトスでの彼は少女達の助け無しでは生き残れない。

 

「でも嬉しいです。先生が心配してくれて」

 

それしか出来ないのだ。

彼には心配する事しか出来ない。

 

懐にある銃では力不足。

弾丸の破壊力は彼女達と比較すると天と地ほどの差がある実情。

 

それでも、手を伸ばしたくなるのは間違いなのだろうか。

彼女達の前に出て危機を取り除こうとしたくなるのは、過ちなのだろうか。

 

(って、そォ言う下らねェ事を考えるのが良くねェンだったなァ)

 

ふと、以前天雨アコに言った事を思い出す。

 

特別な存在になろうとするな。

何かを成し遂げなければならない事態に遭遇した時、解決するのは自分でなければならないという、意味を持たない価値観を捨てろ。

 

この言葉自体殆ど受け売りだが、それが今自分に降りかかっている事に気付いた一方通行は小さく笑う。

 

全く、本当にどうにもならない物だ。

 

「あ、どうして笑うんですか先生!」

 

彼が浮かべた呆れや自嘲から来る笑いにミドリが目敏く反応する。

ミドリからすれば一方通行の笑いは彼女の発言に対しておかしく思ったからにしか見えないだろう。

 

しかし、その誤解が今は丁度良い。

そのお陰で、良くない循環から抜け出せる。

 

「生意気言ってンなと思っただけだ。それ以外の他意はねェよ」

「それが不満になりました! 今不満が生まれました!」

「そりゃ悪かったなァ、どォもすいませンでしたねェ」

「全然本気で謝ってないですよねそれ!? もう! もう~~~~!!」

 

カカカと一方通行が笑い、ミドリは悔しさの感情が全くない憤慨を見せる。

ぞれはシャーレにミドリがやって来た時のやり取りそのもの。

日常の証みたいな物だった。

 

「それでどうします先生? お姉ちゃん達をこのまま待ちますか?」

 

話している間に流血も大分収まったミドリが一方通行に質問する。

 

「座標は受け取ったンだろ。だったらモモイ達を待つ理由なンざ無ェだろォが」

 

対する一方通行の返答は実にシンプルな物だった。

外から聞こえて来る戦闘音も徐々に近づいてる。この調子なら遠くない内に工場に到達するだろう。

 

順調に足を進めているのが音で判別できる以上、ここで安否を気遣う必要は無いと言える。

ならば少しでも時短に努めるべきだと一方通行は判断した。

 

彼女達ゲーム開発部に残されている時間は多くない。

G.Bibleの捜索を終了後、直ぐにでもゲーム開発に取り組まなければ廃部が決定となってしまうだろう。

 

その為にもG.Bible捜索の時間は一秒でも早く終え、浮いた時間で少しでもゲーム開発をするべきだ。

それが一番、彼女達の為になる。

 

「案内しろミドリ。一応警戒は怠るなよ」

「は、はい。えーと。こっち……ですね」

 

モモイから受け取った端末と睨めっこしながら、ミドリはゆっくりと歩き出す。

警戒を怠るなと言った矢先から端末しか見ていないミドリを見て一方通行は嘆息するも、警戒は自分がすれば良いかと諦め、特に何も言わずミドリの後ろを付いて行く。

 

向かって行く先は工場の奥。真下へと落ちた昨日と違い、真っ当な進行ルートだった。

一方通行とミドリは埃まみれの廊下を進んで行き、そして。

一台のコンピュータを見つけた。

 

「お姉ちゃんの端末は……これを指してますね……」

「つゥ事はこれがG.Bibleって事かァ? 持ち運べそうには見えねェが」

 

でかでかとしたディスプレイを眺めながら、一方通行は途端に雲行きが怪しくなってきた事を認識する。

見える範囲にあるのはキーボードとディスプレイのみ。

何かを接続するような端子こそあれど、キーボード以外の何かが特に繋がっている様子は無い。

 

無駄足を踏んだ可能性が高くなってきた事を考慮しながらも、とりあえず何か触ってみるかと一方通行は適当にディスプレイの方へ近づき、

 

「……あ? なンでこいつ既に起動してやがるンだ」

 

そのディスプレイに電源が入っているのを目撃し静かに眉を上げた。

 

おかしい。

 

ここは既に破棄された工場の筈で、無人施設の筈。

 

工場がある『廃墟』は立ち入り禁止とされている場所で、複数のロボットが巡回し警備している区画。

 

連邦生徒会による厳重な警備が無くなった今興味本位で立ち入る生徒こそいるかもしれないが、その生徒がたまたま最近この『廃墟』に入り込み、膨大なロボットの攻撃にたじろぐ事無く探索を続けた結果、いくつもある無数のビルや壊れた建物の中から運良くこの工場に辿り着いて、ふらふらと目的も無く工場内部を探索した事で偶然このディスプレイとキーボードを見つけ、これ幸いとばかりに電源を入れるだろうか。

 

それも、一方通行達ですらまだ所在を掴めていないこのディスプレイの電源を見つけて。

 

もしそれが本当に偶然だとするならばそれでもいいだろう。

そんな天文学的確率を許容できるなら、そうすれば良いだろう。

だが一方通行はそうでは無かった。

 

あまりに出来過ぎたこの偶然を、彼は偶然と捉えない。

当然、訝しみ始める。

時間にして僅か数秒で、一方通行は脳内整理を始める。

 

工場に入るまでの道中、空から見た限りでは戦闘の形跡は見られなかった。

昨日、ヒナが大暴れしたことによるロボットの残骸こそ転がっていた物の、新たに増えていた様子は無い。

 

仮にこのディスプレイが起動されたのが昨日より以前だとしても、道中にロボットが破壊されたような跡はどこにも無かった。

 

『廃墟』において、ロボットに気付かれずに探索する事は不可能ではないだろう。

所詮機械。人の目では無い。センサーなりなんなりで感知しているのを逆手に取り、ジャミング、ハッキング等で対処して被害を最小限に抑えて歩き回る事はミレニアムの技術力なら十分可能に思う。

 

もしかしたら自分達の発明した技術がどれだけ通用するか、お遊び感覚で試す生徒もいるかもしれない。

だが既に破棄された工場内部に入る理由があるのかと言われれば、途端に否定が混ざり始める。

 

(さァてどォする……? 一気にこの工場自体がきな臭くなって来たなァ……つっても今更か)

 

元々、天童アリスと言う存在がここで眠り続けていたという事実だけでこの工場がただの製造工場ではない事は認識している。加えて無数のアンドロイドを製造していた工場だとした場合、アリスの保管状況は厳重と言って差し支えない物だった。

 

量産されている物ならば、あんな場所に安置しない。

もっと雑多に扱うだろうし、もっとあちこちの場所に『AL-1S』シリーズは大勢いた筈だ。

 

だが結果として待ち受けていたアリスは一機のみで、そのアリスも長い時間をここで眠って過ごしていた。眠る前の記憶、データを失ったという発言もその信憑性に一役買っていると言えるだろう。

 

ワンオフ、もしくはそれに近い物を製造していた工場。

そして何かのきっかけで破棄され、アリスのみを厳重に保護した工場。

一方通行でなければ、アリスがここにいるという事を見つけられない程に固く封印していた工場。

 

そんな場所に、自分達以外の第三者が入り込み、このコンソールを触った。

何かを操作した。

見れば、キーボードは特定のキーだけ埃が少ない。

明らかに誰かが触った証拠だった。

そしてこの汚れは、そこまで昔の物ではない。

直近で、誰かが触っている事を示している。

 

怪しむなと言う方が無理な話でしかない。

 

「……先生? 触らないんですか?」

 

面倒な事になりそうな気配が漂う中、ディスプレイに向かう途中で動きを止めた彼の様子を心配に思ったのかミドリがそう声を掛ける。

 

警戒すべきか否か。

これを伝えるべきか否か。

 

様々な可能性を瞬時に叩き出し、一方通行は一つの答えを導き出す。

ミドリには教えないという、黙秘するという選択を。

 

「……そォだな。とりあえず適当に弄ってみるか」

 

思考を読み取られない様に適当に彼女の話に乗りつつ、彼は静かにエンターキーを押す。

 

カチッ。と、静かに押された音と共にエンターキーが沈む。

時間に換算するとそれは一秒後の事だろうか。

 

ブン……と、明確に起動し始めたような重い音がディスプレイから響き。

 

『Divi:SionSystemへようこそお越しくださいました。お探しの項目を入力してください』

 

目の前のディスプレイからそのような文字列がリアルタイムで打ち込まれたかのように左から右へと表示された。

 

「お探しの項目……? 検索ツールって事ですかこれ?」

「かもしれねェな……」

 

文字列を眺めたミドリが横からヒョイと顔を出しながら一方通行に質問し、一方通行もそれに肯定する。

つまりこれでG.Bibleを検索しろという事なのだろうか。

 

それが確実な情報になるかどうかはともかくとして、発見に重要な手掛かりになる可能性は高かった。

ただしそれもこれも、このコンソールにG.Bibleの情報が入力されているならば。の話になるが。

 

だが今の一方通行にはそれと同じぐらい気掛かりな事も出来ている。

しかしその気掛かりを調べる為には隣にいるミドリの存在が煩わしい。

 

数秒程考え込んだ後、一方通行はなるべくミドリに己の調べたい物の意図を見抜かれない様に、G.Bibleを探っているかのように思わせる様にカタカタと小気味よい音を立てながら文字列を入力していく。

 

『検索履歴』と。

 

直後、ワード毎に行を区切られた数多の文字列がズラッッ!! と並び始める。

 

ミドリからすればこの入力はここからG.Bibleを探す為だと思っているだろう。

それにしては回りくどい道だと思っている筈だが、目的から完全に遠ざかっているとは言えない為、少しばかりの時間は稼げるだろう。

直接G.Bibleはどこにありますかと打てば良いんじゃ無いですかと近い内に彼女は言うに違いないが、それはタイムリミットとして彼の中で設定している

 

そして、その僅かな時間で十分だった。

彼は縦に並んだワードの内、一番上にある文字列に目を通す。

一方通行達よりも前に訪れた人間が打ち込んだであろう、検索ワードに目を通す。

 

『ADA-1VlU』の秘匿場所と起動方法。

 

一番上には、そんな文字列が書かれていた。

 

「ADA-1VlU? なんでしょうねこれ、アリスちゃんと同じアンドロイドでしょうか?」

「……見た感じそォ受け取れるな。ここまでの大掛かりな工場だ。アリス一機だけ作ってた訳でもねェだろォし、納得出来る範囲ではあるな」

 

但しそれが直前に検索されていなければ。の話だった。

何を思ってこれを打ち込んだのか不透明ながらも、勘がイヤと言う程に訴えて来る。

面倒な事が起こるという、不吉な予感を。

 

「少し調べてみるか」

 

言うが否や、ミドリが不審に思わない内に彼は再びキーボードを叩き始める。

『ADA-1VlUの機能性とデータ』

 

そう打ち込み、タンッとエンターを押す。

再び数秒の静寂が訪れた後、ディスプレイに回答と思わしき文字が入力され始める。

 

『AD-A1VlU……確認完了。ライブラリ登録ナンバー5、AD-A1VlUはキヴォトスにて修復不可能な程の損害が発生した時、自動的に目覚めるよう設定されたアンドロイドです。現在AD-A1VlUは稼働を始めております。原因不明。キヴォトスに修復不可能な損害は現状発生しておりません。原因不明』

 

しまった。

この文字列を見た瞬間、一方通行は即座に己の浅はかな行動を呪った。

 

得られたのは曖昧で不明瞭な部分が多いながらも情報としての価値は大きく、一方通行の頭痛の種が一つ増えてしまった程に素晴らしい物をこの機械は提供した。

 

だがこれをミドリに読ませたのは大きな失敗だった。

彼女に何も知らないまま日々を送って欲しいとまでは流石に思っていないが、知らなくて良い物を態々知る必要は無い。この情報は、少なくとも今日の所は知る必要の無い物だ。

 

キヴォトスに致命的な傷が生まれた時、それをどうにかし始めるアンドロイド。

きな臭いにも程がある。

そしてそれが何者かの手によって勝手に封印を解かれている始末。

何処をどう読んでも不穏な事しか記されていない。

 

「先生……これってどういう……?」

「アリスみてェな奴がキヴォトスのどこかにいるって事だろ。気にする事じゃねェよォに見えるな」

「え? でもキヴォトスの損害とか、怖い事ばっかり書いてある気が……」

「そォは言うが元々アリスだって得体の知らねェ物だろォが。勝手に持ち出してお前等が英才教育したから()()()()()()()()がよォ……。アリスが同じ役目背負ってても、俺は何もおかしく思わねェな」

 

それは確かにそうかも。と、一人納得するミドリを見て、どうにか説得できたなと一方通行は己を労わるように息を一つ吐く。

 

彼の放った発言に嘘は入っていない。

事実、一方通行自身ですらそう思いたいという気持ちがある。

 

そうはならないだろうなと、思っている事を口に出していないだけで。

 

読ませるべきでは無かった。

後日、一人でここにもう一度忍び込んで閲覧するべきだったと、一方通行は『楽』に逃げた自分自身を恥じる。

 

(カイザーコーポレーション。ワカモが語った五十六号とかいうロボット。ここにADA-1VlUが追加か。全部が繋がってるのかどォかすら知らねェが。叩き潰さなくちゃならねェ敵が多いのはシンプルに厄介だ)

 

まだADA-1VlUが敵かどうかは定かではないが、頭の隅に入れておくことに越した事はない。

アリスは戦闘用アンドロイドとして製造されている。であるならばADA-1VlUも戦闘用に作られている事を前提に考えても概ね問題は無い。

 

全く何をどうすればG.Bibleを探しに来ただけなのにどうしてこうも厄介事が更に追加されてしまうのかと一方通行は今日何度目か分からない頭痛に襲われる。

そういう厄介な物がキヴォトスに存在し始めたと認知が出来ただけ儲け物だが、面倒な事には変わりない。

 

「ADA-1VlU……お姉ちゃんなら文字が似てるからって理由で『アダム』って呼びそうですね」

「……、確かに言えてるなァ」

 

思っていたが口に出さなかったことをミドリが言い出し、一方通行は一拍置いて賛同する。

一方通行の深く考え過ぎな部分が悪い方向に働いて行く。

 

キヴォトスの生徒は例外なく女性。

そこに突如として投げ込まれた男性型アンドロイドがいるかもしれないという可能性。

 

文字列を都合よく読んでそう名付けただけに過ぎないそれは、しかし彼に疑念を与えるには十分だった。

 

だが。

 

「要らねェ寄り道をしちまったなァ。そろそろ本題に入りますかねェ」

 

これ以上ADA-1VlUについて検索しても藪蛇だなと、引き際を既に見誤っている一方通行はこれ以上前に進まない事を決め、改めてG.Bibleの在処と入力する。

 

『G.Bible……確認完了。ライブラリ登録ナンバー193。G.Bibleは転送可能状態で保存されております。譲渡を希望されているならば保存媒体を端子に接続して下さい』

 

入力された文字列は、モモイ達が求めている物そのものがここにある事を伝えていた。

突然差し出された目的物に、ミドリが分かりやすくたじろぎ始める。

 

「え? え? G.Bible。まさかこれに入ってるの!?」

「みてェだな。何か良さそうなの持ってるか?」

「さ、流石にこんな場所に来るのにゲーム機なんて持ってきて無いです……お姉ちゃんじゃあるまいし」

 

アイツは持ち運んでいるのか……と、どこでも遊ぶ精神がある事をさらっとミドリによって零されたモモイに一方通行は嘆息しつつ、彼は彼で何か無いかと頭を巡らせ始める。

 

とはいえ、一方通行の中に候補があるとするならば、『シッテムの箱』一つしかない。

しかし問題は当然あり、『シッテムの箱』の中には既にアロナと言う自我を持つメインシステムが存在する。彼女は中々に頑固な一面があり、こういうのを歓迎してはくれない。

 

『先生が必要だと言うので置いときますけど、今後二度としないで下さいね』と膨れっ面で不満マシマシに都度都度言われればそれは断然マシな方。

 

『ふんだ……やっぱり先生は私なんかよりこういうシステムの方が良いんですね』と長期間スネられる確率の方が非常に高い。

 

『あ、先生! G.Bibleは容量の無駄なので削減しておきました! 先生に必要な機能は私だけで何とか出来ますものね』と勝手に消去される可能性は……非常に低いとはいえ無いとも言えない。

 

アロナは自分以外によって管理されているシステムが『シッテムの箱』に入っているのを非常に嫌っているように見える節がある。

以上の事から手のかかるクソガキみたいな奴だなと一方通行は常々思っており、最悪の事を考えると本当に手段が無い時以外は提案しない方が良い。

 

そんな訳で一方通行はミドリが頼りだと言わんばかりに彼女に視線を投げると。

 

「と、とりあえずこの端末で……どうでしょう?」

 

先程モモイから渡されたG.Bibleの座標が入力されている端末を差し出した。

特に気にしても無かったがその端末は良く見ると携帯ゲーム機の様にも見える。

 

「お姉ちゃんこういう所ズボラだから、一昔前の携帯機だけど容量的には多分足りると思います……」

 

ミドリの言葉によって本当に携帯ゲーム機だという事が確定した。

 

『……まぁ、可能ではあります』

「言い澱ンでンぞコイツ……保管場所に良し悪しもねェだろォが」

『人権は誰にでもあると思いませんか?』

「人になってから言え。つかお前も人工知能かよ。それに音声認識機能までありやがる」

『検索されませんでしたので』

「良い度胸してる奴なのは認めてやるよォ。ミドリ、さっさと端子に接続しろ」

「あ、はい。確かコードが本体に備え付けられてるタイプだから……。あった。じゃあ接続しますね」

『もう一度考え直しませんか?』

「イヤがンな。諦めろ」

『せめてUSB……イヤこの際贅沢は言いません。電話端末でも構いませんから』

「諦めろ」

『……はい』

 

往生際の悪い人工知能は彼の言葉にとうとう折れたのか、諦めたかのような文字を流す。

ご丁寧にも哀愁籠った言葉表現なのは、情を求めているのだろうかと思う物の、情けを掛ける理由は何一つない一方通行はその文字を完全に無視する。

 

「準備出来ました」

『…………、転送開始……。……転送終了。G.Bibleの譲渡に成功しました』

 

ディスプレイから文字列が流れた後、ミドリの持つ端末が自動的に起動を始める。

わわ。と、慌てながら端子を抜いて端末を手に取ったミドリは、新しくインストールされた『G.Bible.exe』と称された拡張子を凝視する。

 

ゴクッと、息を飲む音が聞こえた。

あれだけモモイが欲していた物が今、ミドリの手の中にある。

G.Bibleの捜索に決して強く乗り気では無かったミドリだが、それでも彼女もモモイと同様に熱意を持ってこれを探し続けていた。

いざ実物を手に入れたのならば動揺もするだろう。緊張もするだろう。

 

だがそれ以上の大きな好奇心が、彼女の瞳の中にあると一方通行は感じた。

 

ミドリは一度、己を落ち着ける様に息を大きく吐くと。震える手で拡張子のファイルを開く。

一方通行もそれを横から覗き込み。

 

『パスワードを入力してください』

 

そんな、ある種お決まりのような一文を目にした。

それは一見するとあまりに絶望的な文言。

G.Bibleの正式な所持者ではないミドリ達ゲーム開発部は誰一人としてパスワードを知らない。

 

よってこのファイルは手の中にあるのに、入手しているのに、鍵を持っていない為に決して開く事が出来ない地獄のような宝箱と成り果てる。

 

本来ならば、そうなる。

だが、彼女達が所属している学校はキヴォトスにおける科学の最先端『ミレニアムサイエンススクール』

 

「普通のパスワードなら『ヴェリタス』の人達が何とかしてくれる筈……!」

 

科学技術が頭三つ程は抜けているこの学校において、普遍的なパスワードは意味を為さない。

ミドリは即座に己の力で突破できないと見るや、これを『確実に』突破出来る部活に頼み込むことを決めた。

 

「先生! 学校に戻りましょう!」

「それは良いけどよォ。とりあえずあいつ等が来るまで待ってやった方が良いンじゃねェか?」

 

熱意高まるミドリとは対照的に、一方通行はモモイ達と一度合流する事を冷静に提案する。

いくら何でも情報は共有するべきだろう。

それに彼女達はミドリが不在な分多く戦闘をこなしている。休憩だってしたいに違いない。

 

時間を掛けてやって来たのに、一方通行とミドリはG.Bibleを見つけたので先に学校に帰っています。なんて事になっていたらどうなるか。最悪この工場がボロボロになる。エンジニア部の部室みたいに空が見えるようになってしまうかもしれない。

 

日を置いてもう一度ここへ戻って来るつもりの一方通行としてはそれは避けたい事案だった。

万が一あのコンソールが癇癪を起こしたモモイによって破壊されては堪った物では無い。

 

ただ、彼の不安は即座に杞憂に終わる事となる。

あー疲れたーー! と工場の入り口付近から響く大きな声が聞こえた事によって。

次いでアリスの一方通行とミドリが何処にいるのか探し求めている大きな声と、ユズの不安げな声が小さく耳に届く。恐らく工場をキョロキョロ見回しているのかもしれない。

 

そんなユズの姿を脳内で思い浮かべつつ、一方通行は声にも顔にも出さずに、肩の荷が下りたかのように意識を和らげた。

 

三人共無事に辿り着いた。

声色からそうであることを感じ取った一方通行は、ミドリと一度顔を見合わせ。

 

「合流するか。あのままだとうるせェしな」

「はい!」

 

G.Bibleが手に入った事。

パスワードを解除する為、今からミレニアムに帰る事。

その旨を伝えた際のモモイから嬉しさと文句が交互に出てきそうな様子を浮かべ、おおよそその通りになるのだろうなと予想しつつ、二人は入口へ向かい始める。

 

このおよそ十分後、一方通行はモモイ達との話し合いの果てに再びミドリを抱えて『廃墟』から脱出する事となり再び空中散歩を強いられる事になったミドリから悲鳴が上がる事になる。

 

同時に、ゲーム開発部が送る今日と言う長い一日の中で、平和的な時間が終わろうとしている事に、この時の誰も気付いていなかった。

 

時刻は午後二時三十分。

 

まだまだ日は長く。夜は始まってすらいない。

 

 

 

 

 









あとがきって何を書けば良いのか迷います。
二十回以上続けていると本当に迷います。皆さん良く書けますね。

ミドリがヒロインをしている……ように見える。そう書けてると思いたい。
所々ブルアカ本編のパヴァーヌとはズレていく話が展開されています。

分かりやすい例で言えばG.Bibleの在処を示してくれたコンソールがアリスの音声を必要としなかったりでしょうか。理由はちゃんとあるのですが、本作でしっかり明かされるのかは疑問です……無くても問題ないような気もします。

前回から隠していないのですがこれ『ブルーアーカイブ』と『とある魔術の禁書目録』のクロスですからね。ブルアカを基礎にメインにしていますが、所々の部分が『とある』要素に置き換わっていたり、そちらを基にブルアカ用語を解釈し直して組み上げていたりします。その代わりキャラは一方通行だけという事で何卒。

次回は……色々動き出すのかしないのか。
そろそろ動き出したいです。メイド……出したいですね!





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