『おめでとうございます! うお座のあなた。今月の運勢は大吉です! 問題は解決し、沢山の良い事が起こる一か月となるでしょう! 今月の幸運アイテムは手榴弾! 持っておくと良い事が起こるかも!?』
「……違う」
流れて来る機械音声に対し、少女。早瀬ユウカは低く深い声でポツリとそう零した。
その顔は俯いていて、誰も窺い知る事は出来ない。
プツン……と、音声を流していた機械が役目は追えたとばかりにその電源を落とした。
再び空間に静かな世界が訪れる。
だがユウカは何も言わぬまま、ゆっくりともう一度電源を入れる。
『大規模変数分析装置──a.k.a──未来観測機関『讖』が実行されました』
そしてユウカ以外誰一人いない部屋に再び、見せかけだけの賑わいが訪れる。
流れたのは、今日何度聞いたか分からない同じ音声。
三十回はもう聞いた。
五十も超えているかもしれない。
ユウカは何も言わぬまま、淡々と次の音声が流れるのを待つ。
『この機関は、収集したデータを基に変化やそこから生まれる予測値を計算し、実現性が最も高い可能性を出力します』
煩わしい。
鬱陶しい。
早く次の音声を流して。
うるさい。
うるさい。
うるさい。
そうやって怒気を露わにしてユウカが感情を曝け出していたのも、既に通り過ぎた過去の事。
もう、そんな風に叫ぶ気力は彼女には無い。
今の彼女は一切顔を上げぬまま、何も言わず、何も動かず、じっとその時を待ち続けるだけ。
その表情は、誰にも窺い知る事は出来ない。
血が流れてしまいそうになる程唇を強く結んでいるのも、
涙の跡が目じりに刻まれているのも、
今、彼女の瞳は虚無を映している事も。
ユウカ自身でさえ窺い知る事は出来ない。
『どんな未来が知りたいか、何でもお聞きください』
お決まりの音声が流れ終え、部屋に再び沈黙が訪れる。
冷えるような静寂が辺りを包み込み、息が詰まる空気が場を席巻する。
だがユウカはそんな物を一切気にする様子は無く、ゆっくりと、目元だけを僅かに上げて、
「……、私の身に何が起きるの……。ミドリの身に……ハルナさんの身に……何が起きるの」
俯いたまま静かにそう望まれた通りに質問をした。
『未来を演算しています……少々お待ち下さい』
何度も聞いた返事が、聞き飽きた返事が届く。
しかしそれは逆に聞き届けられた事を意味してもいた。
返事が返って来る。結果が届く。その事実がユウカに微かな希望を与える。
但し、その希望に感情を揺れ動かしていたのも数十回は前の話。
今の彼女はその言葉に何の心も動かされない。
身動き一つせず、身じろぎ一つせず、指先一つ動かさず、『無』のまま彼女は待ち続ける。
『演算が終了しました』
ピクリと、指先だけが動いた。
直後、顔を上げぬままユウカの目線がゆっくりと『讖』の方へ向き、睨むように細くなる。
『おめでとうございます! うお座のあなた、今月の運勢は大吉です!』
煌びやかな音楽と共に流れたのは、イヤになる程聞いた同じ音声の繰り返しだった。
またか。
流れる音楽と音声に対しユウカは誰もが身をすくんでしまうかのような声を零す。
聞き慣れすぎてユウカはイライラを壁にぶつける事も叫んだりもしない。
何もせずに立ち尽くし、無感情のまま、無表情のまま、一連の発表が終わるのを待つ。
そしてブツンと『讖』が役目を終えた時のみ、彼女は腕のみをゆっくり動かす。
『大規模変数分析装置──a.k.a──未来観測機関『讖』が実行されました』
もう何度これを繰り返し聞いたのだろう。
何度同じことをやり続けたのだろう。
既に答えはもう出ている。
『讖』に彼女が願う結果は出せないという事を。
『──どんな未来が知りたいか、何でもお聞きください』
だがそれでも彼女は『讖』と向き合い続ける。
絶対答えは出ないと気付いていながらも、分かっていながらも。
彼女はもう一度問いかける。
「楽園への至る道って何」
何回目かの同じ質問を。
「『有る』だけになるってどういう事」
文言を変えた別の切り口からの質問を。
「先生の身に何が起こるの」
先生の事を。
聞いて、質問して。正しい答えが返ってくるのを待ち続けている。
ずっと。
ずっと。
ずっと。
先生の前から逃げる様に去った後から。
誰もいない教室の隅で膝を抱えて泣いて、ふと思い立ってしまった後から。
────────────────
昨日、『讖』から突然算出された『予言』を聞いた直後、ユウカはその内容にショックを受け、その後何も聞く事が出来なかった。
もっと悪い事が『讖』から言い放たれそうな予感がした。
ユウカはその恐怖に耐えられなかった。
そのまま彼女は肩を震わせて帰って。
眠れぬ夜を過ごして。
それでもやって来る朝日に照らされて。
無理やりに身体を動かしてミレニアムにやって来て。
そこで大きな衝撃音を耳にした。
疲れる身体にユウカは鞭打ち、セミナーの義務だからと身体に無茶を言わせ、音がした方に向かって行けば、どういう訳かここにいないと思っていた先生がいたのを目撃した。
刹那、ユウカは忽ちに心が穏やかになったのを感じた。
疲れが、消えて行く感覚を覚えた。
先生に会えた嬉しさが、いつもの彼女へと戻した。
でも、それも少しの間だけだった。
彼はユウカのおかしさに一瞬で気付いた。
それはどうしようもない嬉しさと、逃がしようの無い苦しさをユウカに与えた。
彼に問い詰められる度、その比重は苦しさが増していった。
言える訳が無かった。
荒唐無稽な話をして、心配させたくなかった。
なのに先生はそれを許してくれなかった。
彼の優しさが苦しいと、本気で思い始めた。
彼の気遣いが痛いと、精神が訴え始めた。
……気が付けば、彼女は先生を突き放していた。
きっとそれは、ミドリが先生の隣にいたのも無関係ではないだろうと今になってユウカは思う。
どうして彼女はこんなに呑気なのに、自分はこんなに苦しいんだろう。
何も知らないからそうやって隣にいられるんだ。
私だって、私だって先生の隣にいたいのに。
先生と一緒に居たいのに。
今考えたらあまりにも八つ当たりな感情を、ユウカは咄嗟に湧き上がらせてしまった。
憎悪が入り混じったような感情に、一瞬彼女は負けてしまった。
あの時、モモイが正気に戻してくれなければ、それはもっと酷かったかもしれない。
しかし幸運にもそれは回避された。モモイには感謝してもし切れない。そう切にユウカは思う。
そこから先は、無我夢中だった。
正気に戻って。自分の発言の全てを己の中で咀嚼して。それを自分が放ってしまったことに酷く後悔して。
耐えられ無くて、逃げた。
謝らなければいけないのに、言えなかった。
気が付けば、誰もいない無人の教室で彼女は縮こまった。
その中でもモモトークに先生からの連絡が無いかを確認していたのだから救えないと彼女は嗤う。
ただ絶望感を演じているだけな自分にさらに嫌気が差した。
当然、先生からの連絡は無かった。
分かっていた事なのに、当たり前の事なのにユウカは悲しさを覚えた。
そして彼女は再び嗤う。
瞳からポロポロと涙を落としながら。
そんな時間をどれぐらい重ねただろうか。
彼女は時間を重ねて、時間を重ねて、時間を重ね続けた時、ふとユウカは思い至った。
自分が今必要なのはここで震える時間なんかじゃないと。
時間と言うのは本当に偉大な治療薬なんだなと、彼女は呆れ混じりに実感する。
もしかしたらそれはただユウカが図太いだけなのかもしれないが、それでも心がほんの少し外側に向けることが出来たのは、時間のおかげとしか言いようが無かった。
少しばかり冷静さを取り戻せる程度には時間が経った現在、先生と喧嘩して、喧嘩してしまった自分自身に絶望して塞ぎ込んだユウカは、己の心を内面に向けて精神を抱え込んだ結果、『讖』が放った予言に対してある違和感を覚えた。
『讖』が並べた七名の少女。
それは恐らく、いや間違いなく先生との恋愛で最もライバルとなるべき少女達の名だろう。
黒舘ハルナも、才羽ミドリも、空崎ヒナも、そして狐坂ワカモも先生に好意を向けている。その傾向が確実にある。
それは良い。先生との争奪戦にライバルが多いのは承知している。
しかし問題はその次。
『讖』は先生と接していると身を滅ぼすと予言した。
身を滅ぼす。恋愛的に考えると敗北という事なのだろう。
それがその通りであるならまだいい。しかし『讖』は全員が身を滅ぼすと予言した。
これはおかしい。
そうユウカは断言出来る。
どうして勝者がいないのか。
ユウカは仮説を立てる。
一つ目。先生が全員を振った。
普通にあり得る話だと思う。
先生はこちらがどんだけアプローチしても振り向いてさえくれない。
好きですと言っても成立する見込みは現状薄いと言って良いだろう。
何のためにちょっと屈めば見えてしまうぐらいスカート短くしてるんだとか、いつ見られても良いつもりで色々動いてるんだからちょっとぐらい興味を持って見てくれても良いじゃないとか、朴念仁を通り越して興味がまるで無い態度を見せる先生に対し本当に色々思う所はあるが今は割愛。
先生が全員を振る。可能性は高いのだろう。
でもそれだと、もう一つ不審な発言をした『讖』と内容が合わない。
『その身はその身として『有る』だけの存在へと変貌する』
恋愛競争に負けて抜け殻みたいな人生を送る。
確かに一人二人ぐらいなら当てはまる子もいるかもしれない。
けれど果たして全員がそうなるかと聞かれたら、ユウカはいいえと答える他にない。
だからこれは恋愛的な意味では無く、正真正銘自分達が自分達でない物へと変わる事を指しているのではないかとユウカは推測を立てた。
最後に気になるのは『楽園へと至る道の途中』という予言。
これが何を示しているのかユウカにはさっぱり分からなかった。
何かを暗喩している物なのだろうとは思うが、それが何なのか全く掴めない。
機械の癖にヤケに回りくどい説明をした事も引っ掛かる。
これらを全て組み合わせた結果、『讖』が紡いだのは単なる恋愛競争の話ではない可能性が非常に高い。
仮に本当にそうだとした場合、楽園へと至る道と言うのは近い未来で起こる大きな出来事の事を示していて、その出来事の途中で降りかかる『災厄』によって、私達の身が滅びてしまう事なのだとした場合、
(先生はその時、どうなっているの……?)
ゾクリと、ユウカの背筋に凍るような感覚が走った。
ドクドクと、今までとは違う恐怖にユウカは身を包まれる。
『讖』はユウカ達が辿るであろう未来を示した。
だが先生は? どうして何も言わなかった?
……聞いていないからだ。彼女は昨日自分に関する事しか質問していない。
聞きたい。
否、聞かなくてはならない。
先生の身に何かが起きるとして、それを知っていた場合自分はそれを止める為に動く事が可能となる。
誰かに共有する事は難しい。助けを借りる事は出来ない。聞いてしまった事でむしろもっと大きな最悪に発展する可能性だって十分にある。
それ程までに、『讖』が放つ情報には力があった。
だからこそユウカは知らない方が良かった未来をもう一度覗く事を選ぶ。
未来を覆す為に。知った後から全部をひっくり返す為に。
それを実現させるにはもっと『讖』から情報を引き摺り出さねばならない。
もう一度、未来を覗かなくてはならない。
そう、意気込んだ。
自分だけがこの未来を変えられるかもしれないと、意気込んだ。
だが結果は……、
『おめでとうございます!』
『おめでとうございます!』
『おめでとうございます!』
返事は決まって同じ物。
一字一句違わない、本物の挙動。
『おめでとうございます! うお座のあなた、今月の運勢は大吉です!』
何を聞いても、何回繰り返しても、帰って来るのは同じ言葉ばかり。
想定通りの挙動をし続けている『讖』に、十数回繰り返しても変わらない答えばかりを放ち続けるその姿に、とうとうユウカの心は折れた。
燃え上がった心は無慈悲に消火させられた。
何とか出来るかもしれないと意気込んだ意思は呆気なく粉砕された。
叫ぶ元気は消えた。
落ち込む気力も失せた。
考える事ももうしたくない。
無駄であるという事にもとっくの前に気付いてる。
それでも彼女はなけなしの意識を振り絞って『讖』にもう一度あの挙動をさせようと立ち向かい続ける。
身体に残された僅かな意地でユウカは『讖』と相対し続ける。
これより数時間、ユウカはここで亡霊のように『讖』に願いを言い続ける。
その数は百を超え二百に達し、それでもただの一度も、彼女の望む答えを『讖』が返す事は無い。
虚無の渦に彼女は自ら飲み込まれていく。
ひょっとしたら。
もしかしたら。
そんな事がある筈も無い事を分かってて彼女は自ら飛び込んで行く。
その気力が尽き果てるまで。
彼女の心が、疲れ果てるまで。
────────────────
「分析結果を報告すると、確かにこれはかの伝説のゲーム開発者が作った神ゲーマニュアル。G.Bibleで間違いないね」
端末を右手に持ちながら解説する小塗マキの言葉に、モモイ達ゲーム開発部一同から感嘆の声が上がる。
ミレニアムサイエンススクールのハッカー集団、『ヴェリタス』が言うからにはそれは確実な情報と言って良いだろう。現にモモイとミドリはやったねとハイタッチを眼前で繰り広げている。
マキ曰く、ファイルの作成日や最後に転送された日時、ファイル形式から考えても確実との事だった。
作業者についても、噂のゲーム開発者のIPと一致。おまけにそのデータの転送記録は一回しか記録されていないらしい。
つまり、絶対にこれは本物だと言い切れる。
そう豪語しても大丈夫な程にこのデータはモモイ達が探し求めていた物であるとマキが語っていると、モモイが前のめりになって質問する。
「じゃ、じゃあパスワードは!? 解析出来たの!?」
「……ごめん。それはまだ解析出来ていないの」
しかし完全に順風満帆。とまではいかなかったらしい。
モモイのもうパスワードは解析出来たよね!? と嬉々として聞いて来るトーンに対し、マキは申し訳なさそうな顔でそこまではまだ……と期待に応えられる成果はまだ出せていないことを謝罪していた。
結局見られないじゃんと憤慨するモモイと、だって私はクラッカーであってホワイトハッカーじゃないし……とたじろぐマキを見る一方通行は、横暴な振る舞いを続けるモモイを嗜むべくコツン。と、彼女の頭を軽く叩く。
「八つ当たりすンなモモイ。お前等の無茶に応えて貰ってるだけありがたいと思えってンだ」
「だ、だって先生~~! やっとここまで来たのに! その中身が見られないってのはあんまりだよぉ!」
「気持ちは分かるが落ち着け。それにさっき解析は
もう一度コツンと優しく叩き、精神的に慌てているが故にマキの発言が完全に頭に入って行かないモモイを落ち着かせる。
ゲーム開発部の中で最も円滑に話を進むことの出来るモモイがこれなのは彼女達にとって痛い誤算だろう。
ひょっとすると想定されている事かもしれないが、それでも気が立ってしまっているモモイを中心に話を進めるのは難しいと言わざるを得ない。
どうやらこの場は自分が取り仕切った方がつつがなく進みそうだと上記の出来事から判断した一方通行は、ゲーム開発部四人の仮の代表としてマキの方に向き直ると。
「で? その言い方じゃ何か方法があンだろォ?」
思わせぶりな言い方をしたマキにその意図を問うた。
「当たり。このパスワードを解析するには私達が開発したハッキングツール。『Optimus Mirror System』通称『鏡』が必要なの」
表情を暗くさせながらマキはパスワードを閲覧するための解決方法を提示する。
あァ。と、一方通行は彼女の放ったその一言で大まかに何が原因で解析できないかを理解した。
対して、え? じゃあそれ使えば良いじゃんと呑気に言うモモイと、確かにそうだよねと姉の意見に賛同する妹の声が一方通行の耳に届き、一方通行はそんな二人をチラリと横目で見やり、息を吐く。
もしかしたら一度本気で勉強というのを教えた方が良いかもしれないとそんな考えを胸に抱きつつ、彼はその原因を口にした。
「つまりセミナーに持ってかれたな?」
「正解。少し前にユウカが押し入って来て押収されちゃったの。もう!!」
悔しそうに愚痴るマキの言葉が、彼の推測が間違っていなかった事を証明する。
『鏡』が必要である事が分かっていて、その『鏡』は彼女達が開発していたツールである。
つまり宝箱を開ける鍵は予め所持しているにも関わらず、どういう訳か解析することが出来ない。
以上を軸にパスワードの解析が不可能な理由を考えた場合、その答えはただ一つ。その『鏡』を現在ヴェリタスが所持していないから以外に適切な答えが思いつかない。
マキが語るには、不法な用途の機器を所持するのは禁止として、『鏡』を没収されたとの事だった。
(まァ、ユウカの立場上その判断は分からなくもねェがな)
彼女達は『ヴェリタス』
ミレニアム随一の凄腕のハッカー集団。
この学園にとっては毒にも薬にもなる少女達で、生徒会からすれば常に一目置いておかなければならない目の上のたんこぶ的存在だろう。
当然、ある程度の抑止はしておきたいに違いない。
セミナーが預かるという名目で押収しておけば下手な事は出来ないし、仮に学園にとって必要な時が迫ったのなら都度返却すれば良い。妥当な選択だなとその時のユウカの判断を一方通行は評価する。
しかし一方でそれが面倒な事態を引き起こしている真っ最中なのもまた事実だった。
さてどうするかと、一方通行は自分が取れる最善手を考える。
現状のヴェリタス、及びゲーム開発部の状況を考えた場合、このままだとまず間違いなく実行されるのが両者が組んでのセミナー襲撃になる。
ヴェリタスも自分達が作り上げた逸品を強制的に没収された事を快く思ってはいないだろう。
慌てて取り返す必要も、無理やり事を荒立てる必要も無かったから実行に移さなかっただけで、そのチャンスが来たとなれば前々から企てていた作戦を展開しても何らおかしくない。その作戦はゲーム開発部にとっても渡りに船。確実に乗るだろう。
今更銃撃戦でのいざこざの一つや二つ起きようが、一方通行からすればキヴォトスだからまあ良いかで終わらせるのは充分可能だが、損傷が出ない道があるならそれを選ぶに越した事は無い。
「ちょっと待ってろ。ユウカに連絡してその『鏡』とやらを返却するよう交渉してやる」
裏から強奪するよりも正面から話し合いをした方がよっぽど穏やかな解決手段かつ素早く終わる仕事だと、一方通行は携帯を取り出しユウカと通話を繋げようとする。
一方通行の携帯からコール音が響く。
一回。
二回。
三、四、五……、六…………
「チッ! やっぱり出ねェか」
いつもなら一、二回目のコールで繋がるのだが、今日は一向に出る気配が無かった。
今朝、エンジニア部で見せた謎の激昂が関係しているのだろうかと思う物の、ユウカが自身の悩みを打ち明ける気がなかった以上、一方通行にはどうしようもない。
苦しみを抱え込んでいる少女に対しどうすれば良いのか、一方通行は知らない。
だが今、ユウカの悩みに関して頭を悩ませている場合ではない。
彼女の事は後で考えるとした筈だと数時間前の己の判断に改めて従う事を決めた一方通行は、次なる相手へと連絡を取り始める。
セミナーの知り合いである二人の内の一人へと。
手に持つ端末が再びコール音を鳴り響かせる。
それが一回、二回と鳴った所で、
『もしもし。どうしました先生』
電話口から、シャーレでも世話になっている少女、生塩ノアの声が届けられた。
「生塩、少し頼みてェ事がある」
『先生が頼み事なんで珍しいですね。何でしょうか?』
「前にユウカがヴェリタスから押収した物品がある。そいつを返却して貰いてェ」
彼は要件のみを手短に伝える。
しかし。
『そういうのはユウカちゃんに直接言えば良いと思いますよ?』
「ユウカとは連絡が付かねェ、だが生憎こっちには時間が無ェ。だから生塩に話を回した」
『そう言われましても、リオ会長の許可なく今すぐそれをお返しする事は出来ません』
ノアからの返事は渋い物だった。
同時に、彼女の言葉は本心からの物でもなさそうだと一方通行はイントネーションの節々から感じた。
リオ会長の許可が必要だという発言も、どこか虚偽の臭いがする。
その方便で諦めて貰おう。そんな気配がノアの発言からは漂っていた。
瞬く間に一方通行は決断を迫られる事態となった。
ここで食い下がるか、それとも引き下がるか。
ノアの口ぶりから察するに今日の彼女は待つ姿勢を取っていない。
そもそも取ろうと思っているかすら疑問だ。
そんな彼女に対しての数秒の沈黙は非常に好ましくない。
すかさず肯定と見なされ、通話を切られてしまうだろう。
もう一度掛け直したとして、今度は通話に応じてくれるかと言われれば期待は薄いと言わざるを得ない。
今ここで対応策を決めなければならない。
どうする。
どうする。
何が正解なのか、何を言葉として発すればノアが納得するのか掴めない。
通話越しに伝わるノアの様子は明らかにおかしい。
普段の彼女からは想像も付かない程に今日のノアは『悪』に染まっているように見える。
一体何が原因なのか。そもそもそれは自分が関係している事なのか。
どんな要因が彼女をおかしくさせているのか。
と、そこまで考えた所で。
「……そォいう事かよ」
『どうしました先生? 何か気付いたような声を出して』
ノアの意図に気付いた。
否、彼女が放った言葉の全てを咀嚼し終えたと言っても良い。
面倒そうに放った彼の言葉に、ノアのすっとぼけたような声が重なる。
彼女の口ぶりは、まるで一方通行の思考を全て読み取った上で敢えてそう言っているように聞こえた。
「俺の仕事だってのか」
『何のことを言っているか分かりませんが、先生がそうだと思ったのならそうなのじゃありませんか?』
「どこにいるかも分からねェってのにか」
『直ぐに追いかけなかった先生が悪いんじゃありませんか?』
確定だった。
主語を言っていないにも関わらず会話が成立している。
彼の発言の全てをノアは理解し、彼女の発言の全てを一方通行は理解出来ている。
つまり、そう言う事だった。
どうしてノアがその事を知っているのかは疑問だったが、そこを問い詰めても間違いなくはぐらかすだろう。生塩ノアとはそういう少女だ。
『あ、一応言っておきますけど生徒会に乗り込んで奪還する。みたいなことは止めて下さいね? ある程度の手はもう打っていますから』
それでは失礼します。と、言いたいことを好きなだけ言った彼女は一方通行の意見も聞かず一方的に通話を切った。
苛立ちを隠すこともせず携帯を懐にしまいながら周囲を見ると、ヴェリタスの面々、ゲーム開発部の面々が一様に彼の方に視線を向けている。
「……交渉は半分失敗した。セミナーが大人しく『鏡』を返却する可能性はゼロと言って良いなこりゃ」
「半分って事はまだ可能性はあるってこと?」
彼の発言にハレが口を挟む。
ハレの質問に一方通行はあァと肯定し、だがそれはあまり現実的な策ではないと零す。
「穏便に話を進めたきゃどこに行ったか分からねェユウカを捕まえて直接交渉しろってよ。それが出来なけりゃ万全な警備体制を敷いてるミレニアムまで奪いに行くしかねェな」
彼の出した結論に、数名が息を呑んだ。
ユウカを探し出せば早急に解決するように思えるが、それを実現するのは厳しい道のりであることを少女達は彼のトーンから察する。
ともすれば、奪還作戦の方が容易に思えるぐらいに。
「ば、万全な警備体制……! あ、でも! ここにいるのはヴェリタスだよ! カメラや電子錠のハッキングぐらい余裕だよ余裕!」
「お言葉だけどモモイ、監視カメラはともかくセキュリティシステムを突破するのは私達でも難しい」
んぐっっ!! と、ハレからの注釈にモモイは呆気なく膝を突く。
完全にダウン寸前のモモイに対し更に追撃をするかのように一方通行が口を開く。
「仮にそいつをどうにかしたとしても、今度はあいつ等が待ち受けてるだろォな」
いつかの日、とあるクルーズ船で彼女達と仕事をした際に打ち明けてくれた秘密の一つを思い出す。
セミナーの差押品保管所は基本的に私達が守っていると喋っていた事を。
「そ、それってまさか……」
「あァ、お察しの通りミレニアムの最強集団」
戦慄するモモイに事実を突きつける様に彼は語る。
「
彼の言葉に、アリスを除いたゲーム開発部の表情が凍り付く。
一方でヴェリタスはまあそうだろうねと言いたいが如く表情を変える事は無かった。
ミレニアムサイエンススクールに在学している生徒で、彼女達の存在を知らない者はいない。
あの少女達が敵サイドにいる。
その事にモモイは打ちのめされたのか、ゆっくりと立ち上がると。
「ま、ま……! 回れ右ーーーーー!! 退散!! そして全速全身! 部活存続は諦めよう! 撤退ーー!」
情けない大声でユズ、ミドリ、アリスにそう号令を飛ばした。
逃げようとするモモイをゲーム開発部とヴェリタスが果敢に説得を試みる事になるのだが、その話は何処にも語られる事無く歴史に葬られる事となる。
セミナー襲撃作戦は、作戦会議の段階から既に躓きを見せてしまっていた。
もう少し早く進むと思っていたパヴァーヌ前編、想像以上にペースがゆっくりです。
三か月程度で終わらせようと思っていました。これは終わりませんね……。
そしてこのお話を以て伏せていた情報を一つ開示するのですが、一方通行はミレニアムのごく一部の例外を除いたほぼ全てのネームド生徒と知り合いです。
ついでに船上のバニーチェイサーは本編外で攻略済みです。よってコユキは現在ミレニアムにいたりします。
ただし知り合いなのはミレニアム生徒のみで、ゲヘナ、トリニティ等、他校の生徒に関しては一部以外は初対面という事になっております。
これは全員と知り合いだと面白味が無いなと判断し、しかし全員と初対面だと一々書くのが面倒だなと言う部分の折衷案でこうなってます。
次回は……未定。これどうなるんでしょう? 大丈夫かな。
来週こそはそろそろ二話更新したい……所……!