とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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銃口が突き付ける先

 

 

 

太陽が傾き、大地から隠れてしまいそうになる夕暮れの時刻。

黄昏に照らされるビルや風景は一日の終わりを知らせる様であり、街中を歩く少女達もどこか浮き立っているように見える。

 

その街中を彼、一方通行は歩いていた。

 

カツ、カツ、と一歩足を踏み出す度に響く杖の音は、街を彩る少女達の耳に彼が近くにいる事を報せる。

 

通りすがりの少女達は彼を見つけるや否や、その後ろ姿を目で追い続ける。

中には立ち止まって彼を見つめる少女までいる始末だった。

 

少女達の視線に当然ながら気付いている彼はただ鬱陶しそうに息を吐く。

最近、この街を歩く度に視線がよく集まるなと感想を内心で零す事が多くなった。

少し、歩きにくくなったように彼は思う。

 

実際問題キヴォトスにおいて、特にミレニアムサイエンススクールにて一方通行は少女達からの注目を浴びやすい。

 

それは杖をついている姿から連想される守ってあげたい庇護欲だったり、

一見すると怖そうな顔つきだが、よく見ると端正な顔立ちをしている容姿だったり、

シャーレの制服に身を包んでいることにより発生する格好良さであったりと年頃の少女達の目を惹く要素は様々。

 

だが一番の原因と言われれば、それは間違いなく彼が良くここに顔を出すから、なのだろう。

結果、一方通行は知らず知らずの内にミレニアム内における一種の有名人と化してしまっていた。

 

彼に熱い目線を向ける少女達が抱く気持ちの殆どは彼と知り合いになりたいという純粋な物。

少女達が勇気を振り絞って彼に話しかける事例もそこそこ多く存在している。加えて一方通行がここにいる時は大抵が暇な時なので無下にあしらうような対応を取る事も少ない。

 

その結果さらに彼は街歩く少女達からの視線を受けるという、良いのか悪いのか判断に困る循環に陥っていた。

 

少女達にとって不幸なのは、これら一切が一方通行に認知されていないという所だろうか。

 

「先生! あちらにゲームセンターなるショップがありました! アリスはあそこに行ってみたいです!」

 

そんな彼は現在、天童アリスと行動を共にしている。

理由は単純。ユウカを探す為に学校から外へ足を運ぶ必要があった事と、一方通行が潜入作戦のメンバーに加わらなかったからだった。

 

早瀬ユウカを探し出す。

言うだけならば簡単なそれは、しかしあまりに大きな壁として彼の前に立ちはだかった。

与えられた難題の突破はあまりに困難であり、現在一方通行は成果らしい成果を何一つ得られていない。

ただそれは少し考えれば至極当たり前の事だった。

 

ミレニアムサイエンススクールは広く、手掛かり無しで一人の少女を見つけられる訳が無い。

そもそもの話としてこの学校自体が途轍もなく広く、さらに学校内にある施設を複数の部活が使える様に一つの施設を丸々別の場所で再現し建造させた所謂『分校』が多数成され、ミレニアムの各所に科学研究施設が散りばめられている。

 

そうして発展に発展を重ねたミレニアム学園全体の規模は一つの小都市に匹敵する広さを持つ。

学園内の移動手段の一つにモノレールが採用され、一般的なアミューズメント施設や飲食店等、生活や娯楽に必要な物も一通り完備出来ている時点でその広さは推して知るべきであろう。

 

その中からユウカを探し出すのはバカらしくなる程に難しい。

本校にいるのかも分校にいるのかも不明。どこで油を売っているのかも不明。

連絡を取ろうにも一向に応じてくれる気配は無い。

 

以上の事から彼が導き出した結論は、無理な物は無理。だった。

 

さらに彼がセミナーの本拠地であるミレニアムタワーへの潜入メンバーに参加しなかった理由。

それはあまりに単純で、彼に潜入適性が無いからに他ならなかった。

 

『鏡』奪還作戦。

ミレニアムの中央にあるミレニアムタワーの最上階。その差押品保管所を目的地としたセミナー襲撃。

当然、その仕事は間違いなく時間との戦いとなる。

その一秒の遅れが作戦失敗に繋がりかねない状況で、一方通行はまるで戦力足りえない。

 

タワーを昇るまでの経緯、立ちはだかるであろう警備システムや迎撃システムの対処。防衛システムを一時的にダウンさせた際に生じる、制限時間内での即時移動しなければならない場合に必要な俊敏性の有無。

そしてC&C(クリーニング&クリアリング)の追撃を掻い潜る実力。

それら全てを重ねて計算した結果、一方通行は自分の存在は足枷にしかならないと踏み、入れ知恵と後方支援に徹する道を選んだ。

 

ミドリ達は渋ったが、合理的な判断だと一方通行は譲らず、最終的に了承された。

 

作戦開始は夜の遅く、ミレニアムの生徒のほぼ全てが姿を消してからの決行。

そして今は夕暮れ時。

まだまだ作戦開始まで数時間の猶予がある状態。

作戦前にするべき仕事はとっくに終わってしまっていた一方通行は決行まで待つばかりであり、ユウカを探したくても探す宛もなく、しかしじっと待っていても仕方ないと街中を捜索がてら適当に歩こうとしていた所、アリスのミレニアムを見て回りたいという要望を聞き、現在に至る。

 

本来ならアリスはモモイ、ミドリ、ユズと共に突入組としてヴェリタス、そして必要なメンバーとして勧誘されたエンジニア部と共にどういうルートで作戦を遂行するかの作戦を練り上げていなければならないのだが、彼女に関しては後で話す方が都合が良いとするエンジニア部の発言により、アリスは自由時間を言い渡されている。

 

なので現在の一方通行は。彼女のお目付け役として行動を共にしている最中だった。

そのアリスはキラキラと目を輝かせ、ゲームセンターとでかでかと大文字で書かれた看板を指差しながら今にも行きたそうにうずうずしている。ゲーム好きに育てられてしまった影響がありありと表面化していた。

 

彼女は元々戦闘用兵器として製造されたという背景から考えた場合、俗物に染まりに染まってしまった事実は製作者からすると非常に頭の痛い出来事なのだろうと思うが、一方通行からすれば製作者の思惑等下らないの一言で切り捨てて然るべき物と同然だった。

 

一種のやり過ぎとも言える英才教育だったが、彼女がこういう方面に成長したのはきっと間違っていないだろう。

変に凝り固まった、誰かに決められた学習をするよりかは自分で選んだ道を進んでいる方が何倍も良い。

 

「行きてェならさっさと行け、直ぐに追いつく」

 

多少目を離した所で行き先が分かっているなら心配する必要も無いとして、一秒でも早く行きたそうにしているアリスに先に行けと促す。

 

「え? ダメですよ。先生迷ってしまいますよ?」

「目の前にあンだけデカイ看板が立ってて誰が道に迷うンですかァ?」

「アリスが行きたいのはあそこのゲームセンターじゃありません! あれは大きすぎます!」

 

何を言っているのだろうと彼女の発言の意味不明さに彼は内心困惑する。

その間にもアリスはこっちですよ。と、一方通行の手を引っ張りながらズンズンと道を進む。

 

大通りを歩いていた二人はアリスの先導によって次第に入り組んだ道へと足を運び、やがては人通りが非常に少ない場所を進んで行く。

 

「モモイが言ってました。こういうのは大きな所じゃなくて少し寂れたこじんまりとしているゲームセンターの方が面白い物が揃ってる物なんだよアリス! って」

「いらねェ知恵ばっか授けてンじゃねェぞアイツ」

「ちなみにミドリとユズも同意してました」

「どいつもこいつも考える事は一緒ってかァ?」

 

目的地はどうやらこじんまりとしたゲームセンターらしい。

アリスの口ぶりだとモモイ達も何度か通った事があるのだろう。

 

ゲームの事で彼女達より情報通な人物はこのキヴォトスにはいないように一方通行は思う。

 

「で? その目的のゲームセンターってのは後どのぐらいなンだァ?」

「もう直ぐです、そこの路地を左に曲がって三つ目の角を左に曲がって次の角を左に曲がった後に出て来る道を突き当りまで進んで一度左に曲がるんです。そうするとこの道に出てきます!」

「ここに出て来てるじゃねェかゲームセンターの場所を俺は聞いたンですがァ?」

「一度ボケると先生は良い反応するよとモモイから教わりました!」

「本当に要らねェ事ばっか教えてンじゃねェぞあのクソガキィ……!」

「ボケと言うのを始めてやってみました! 上手く出来てましたか?」

「あァ……俺が疲れた程度には下らなかったな」

 

アリス! クエスト達成しました! と彼の返答にピョンと飛び跳ねながら嬉しそうに笑うアリスを見て一方通行はもうどうでも良いかと諦めの境地に入る。

 

ことゲーム開発部との交流において一方通行はとにかく振り回されやすい。

大体の原因は才羽モモイであり、今回のアリスの件も元を辿れば彼女の発想が起因しているのでやはり才羽モモイが諸悪の根源と言える。

 

とはいえ、アリスはアリスで先程のやり取りを即興で思いついてしまうだけの発想力は持っており、そこにモモイの意思は最初の方にしか介入されていない。

つまり、アリスはアリスで一方通行を振り回す素質を十分に備えている事を示していた。

 

「けどゲームセンターは本当にもうこの近くですよ。えーと……ありました! あのウサギが描かれた看板を右に曲がれば直ぐです」

 

ピッ! と看板を指差しながら説明するアリスを見て、最初から直ぐに案内すれば良かったものをと一方通行は思いつつ、それを口には出さずに黙々と彼はアリスの前を歩く。

 

そのまま彼は頭上に輝くウサギ……言い換えてバニーガールの少女が描かれた看板を目印に右へと曲がろうとした直前、

 

「ったくよぉ。どこのどいつだ道端にゴミ捨ててる奴は!? ゴミ箱そこにあんだろうが!」

「……あァ?」

 

その先から、聞き覚えのある口の悪い声がしたのを一方通行は聞き逃さなかった。

まさかそんな事があり得るのかと思いつつも引き返す訳にいかず、そのまま一方通行は角を曲がる。

 

「人通りが少ねえ場所だからって気にもせずによぉ……! はぁ……仕方ねぇ」

 

そして目撃した。

路地に散らばった多量のゴミを一生懸命拾っては近くにあるゴミ箱に放り込んでいるある少女の後ろ姿。

 

その後ろ姿に、彼は見覚えがあった。

その服装に、彼は心当たりもあった。

 

子どもの様に小柄な体格。

その低い身長を補う様に高く伸びて主張を発するアホ毛。

だが何よりも彼女の印象をおっかないと印象付けてしまうのはやはりその服装だろう。

 

メイド服の上にスカジャンを羽織るその姿が、その少女が誰であるかを全員に知らしめる。

彼女を知らない生徒は、ミレニアムには存在しない。

 

美甘ネル。

C&C(クリーニング&クリアリング)のリーダーであり、ミレニアム最強の生徒。

そして今回のセミナー襲撃作戦において、最も大きな障害として立ちはだかるだろうと予想されていた少女である。

 

「監視カメラこの辺りにも仕込んでるんだろどうせ。そっから炙り出して地獄見せてやろうかクソが」

 

何処の誰かも知らない少女に向かって怒りに身を任せた声を発しながら、その脅すような声とは裏腹に道端のゴミを丁寧に拾っては一つ一つゴミ箱に放り込んで行く。

 

ボヤキながら清掃を進めていくその姿は、格好に違わずメイドらしさが現れている。

存外世話焼きで面倒見が良く、曲がったことが大嫌いな彼女らしい行動を見る一方通行は、とある事に気付いたのか、慌ててアリスにだけ聞こえるような声量で彼女に助言を行う。

 

「お前からアイツに話しかけるな、分かったら首を縦に触れ。返事はそれだけで良い」

 

不用意にアリスに喋らせたら事態が大事になってしまう可能性がある。

それを防ぐ為に一方通行はアリスに対しそう指示を投げた。

 

コクリと、彼が放った内容を理解したアリスが静かに頷く。

 

彼女の頷く様子を見て一方通行はポンと頭の上に手を置く事で労いの意思を見せた。

これで一先ずではあるが、彼女の不用意な一言で一気に何もかもが瓦解する事態は避けたと言える。

 

しかし、それは根本的な問題を解決したわけではない。

改めて一方通行はこの奇跡みたいな状況に頭を悩ませる。

 

(そもそもどォして作戦における一番のトラブルポイントがここにいやがるンだァ?)

 

数十分前、ヴェリタスの部室内で立てた作戦会議の一つ、C&C(クリーニング&クリアリング)をどう対処するかの話し合いの一部始終が頭の中で再生される。

 

その中で一方通行が最も危険視したのが美甘ネルだった。

他の何もかもが全て上手く事を運べていたとしても、彼女が一度介入しただけで全て水泡に帰す可能性がほぼ百に到達する勢いで上昇してしまう危険な少女。

 

ヴェリタス、エンジニア部と共同で立てた作戦の中で彼女の存在が一番のネックであり、どうすれば彼女を対処できるかについて一方通行は散々に頭を悩ませた。

 

その一番頭を悩ませていた少女がどういう訳か目の前にいる。

それは一方通行にとって奇跡に近い出来事で、同時に危険な出来事でもあった。

 

どうして彼女がここにいるのだろうか。

そしてネルを見つけてしまった今どう行動するのが正解なのか、必死に頭を捻らせている最中、

 

「ん? お、先生じゃねえか!」

 

一方通行が行動を起こすより早く、彼女の方が背後に誰かがいる事に気づいた。

振り返った先にいたのが一方通行だと分かった途端、ネルは機嫌の良さそうな表情へと変わる。

 

「なんだよ。ミレニアムじゃ随分と久しぶりじゃねえか。つってもシャーレにはそこそこ顔を出してるから体感的にはそうでもねえか」

 

ポイっと、手に持っていた最後のゴミをゴミ箱に放り投げながら、彼の方に近づきつつ喋りかける。

その途中で彼女はお? と、奇妙な声を出した後、視線をアリスの方へと向けた。

 

瞬間、アリスの顔がドキッ! と跳ね上がったのを一方通行は見逃さなかった。

 

「あんま見ねえ顔だな。名前何て言うんだ?」

「は、はい! アリスはアリスと言います」

「苗字は天童な。ゲーム開発部に入った新入部員だ」

 

アリスがボロを出さない内に一方通行がフォローに入る。

自己紹介する言葉選びも動作も一々たどたどしい物だったが、相手が基本的に誰からも恐れられる存在であるネルだったことが幸いしたのか、特に疑問に思われずに済んだようだった。

 

「で? お前は何だってこンな場所でゴミ拾いなンかやってンだァ?」

「あたしだってやりたくてやってた訳じゃねえ! 気になり出したら止まらなかったんだよ!」

 

つまりゴミ掃除をしていたらちょっと遠い場所で散らばっているのを見かけ、仕方ねえなとまた掃除してを繰り返していたらこの場所にいた。という話らしかった。

 

最悪の筋書きとして予測していた、自分達の動きを監視し、ここで待ち伏せていた。という訳ではどうやらないらしい。

 

何とも彼女らしいオチを聞く傍ら、この様子では恐らくC&C(クリーニング&クリアリング)のメンバーも彼女の動向を掴んでおらず、セミナー襲撃作戦がネルにはまだ伝わっていないと一方通行は推測する。

 

(となると室笠は捜索に当たってる可能性があるな……一ノ瀬と角楯は生塩の指示通りミレニアムタワーの警備に回ってる可能性の方が高い。つまり今この場における懸念事項はほぼ無いと言って差し支えねェ状況か)

 

室笠アカネ。

一ノ瀬アスナ。

角楯カリン。

 

ネルと同じC&C(クリーニング&クリアリング)のメンバーであり、一方通行達が敵対している相手。

一人一人が信じられない程に強く、対処するのは非常に困難を極める四人組。

 

その中で現在ネルを探していると思われるのは室笠アカネただ一人。

本来なら監視カメラで強引に探し出すであろうが、ヴェリタスが今回の件に噛んでいる事により監視カメラは意味を為さない。

 

つまりアカネは自分の足で探している可能性が高く、その場合ここに辿り着ける確率は限りなく低いと言って良い。こんな入り組んだ場所にネルがいるなんて流石に判断出来ないだろう。

 

「そっちは何でこんな場所に来てんだ? まさか迷子じゃねえだろうな?」

「誰に向かって言ってンですかァ? この近くにある古いゲーセンに行く途中ってだけだ」

 

ゲームセンターに向かう。その言葉を聞いてほ~~。と、ネルが興味深げな声を上げる。

一方通行としてもこのまま彼女を野放しにするつもりはない。

なので彼はこのままネルを隔離するべく動き始めた。

動く。と言っても特別何か変わった行動をする訳でもない。

ただただ単純に。

 

「一緒に来るか?」

「乗ったぜその誘い」

 

彼女をゲームセンターに誘うだけだった。

返事は、即答。

 

作戦はもう始まっていると同義であり、順調に進んでいると言えた。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

「はぁ!? んな技ありかよ! このっっ!! これでどうだっっ!!?」

「わわっっ!? 追い詰められっ! でもHPは残ってます! 逆転はここからです!」

 

ゲームセンター内にて、二人の少女が交互に一喜一憂し続ける声が響く。

二人が遊んでいるのはキヴォトスで最も売れている格闘ゲームの最新作から二つ前のシリーズ。

 

戦局としては一進一退の攻防を繰り広げている。そう言えば聞こえは良いが実際の所目の前で行われているのは格闘ゲームにおける基礎を何一つ会得していない二人の少女による適当なボタン連打による遊び。

先日一夜漬けであらゆるゲームを遊んでいたらしいアリスも、どうやらユズから格闘ゲームの手ほどきまでは受けていなかったようだった。

 

(まァこォ言うのは同レベルで戦うのが醍醐味だ。俺としては都合は良かったな)

 

ユズから基本を学ばなかったお陰でネルと互角の戦いを繰り広げているのは一方通行にとっては嬉しい誤算でもあった。

 

二人の対決をネルの背後から見守りながら、一方通行はモモトークでネルに気付かれずにヴェリタスに向けて連絡を送る。

 

『作戦開始時刻を今から三十分後に早める。全員準備するように伝えろ』

 

ネルの熱中具合、そして日の落ち具合。さらに計画実行の前倒しによるメンバーの準備に必要な時間を全て考慮し、その程度の時間が妥当だと判断した一方通行は三十分後に作戦を始めるとヴェリタスの副団長である各務チヒロに送信する。

 

既読表示は送った直後に届いた。その後、時間を置かずに『オーケー。先生に合わせるよ』と返事が返って来る。

 

前倒しにした理由を聞かず迅速に対応した事に感謝しつつ、彼は二人の対決を見守る姿勢に入る。

変に作戦に意識を向けすぎているとネルに悟られる危険性がある。故に一方通行は思考をオフモードへと切り替えた。

 

「だああああああ!! 負けた!! クソ! もう一回だもう一回!!」

「次も負けません! 経験値を得てレベルアップしたアリスを見せます!」

 

どうやら先程の試合はアリスが勝利したらしい。

だが負けたままでは終われないのか、即座に連戦を申し込むネルとそれを了承するアリス。

 

元々のゲーム的センスの差なのか、二人の試合はお互い初見にもかかわらずややアリスが優勢な展開になるのが多かった。

このまま続ければ確実に差が開いていくのは手に取るように伝わるが、だとしてもまだまだアリスも初心者。ネルもそこそこ善戦し、いくつかの試合で勝利をもぎ取っている。

 

結局二人はそのまま五戦程遊び、アリスが三勝。ネルが二勝とそこそこ妥当な戦績に落ち着いた。

 

「なあ先生、先生もそこで黙って見てねえで混ざろうぜ」

 

そんな折、背後で見守り続けていたのを見兼ねたのかネルが彼に声を掛ける。

 

「いや、気にすンな。二人でそのまま遊んでたら良い」

「んだよ先生も初心者か? だったら分かるだろ? あたしだって今日が初めてだ。初心者同士楽しくやろうぜ」

 

全くの勘違いを見せるネルに自分の事は構わないから二人で好きに遊んでろと言うが、この状況をネルは好ましく思わなかったようだった。

 

強引に一方通行の腕を掴むと、そのまま引っ張ってアリスが座っていた対戦台に座らせる。

 

「待て美甘。俺は別に初めてなンかじゃ——」

「先生のお手並みを拝見です!」

 

椅子から立ち上がったアリスが彼の退路を封じる様に言葉を被せた。

はァ……と、一方通行は嘆息する。どうやらこの対戦から逃げる手段はもう残されていない。

 

となれば、後はもう要望通り遊びに付き合うしか残された選択肢は無かった。

とりあえず自分のプレイスタイルとは真逆のコンセプトファイターを選ぶかと彼はレバーを握る。

 

「先生とこうやって遊ぶのは初めてだな」

「お前等の給仕に付き合うのは遊びじゃねェのか?」

「あれはあたし達の仕事の一環だ。楽しいけどこういうのも時々は良いだろ。誰だって息抜きは必要だ」

 

違いねェと、一方通行は彼女の考えに同意する。

闇に浸かっていた頃の彼からすればその発言は信じられない物だったかもしれない。

当時の一方通行が今の発言を聞けば、即座に黒歴史たる未来の自分を抹殺するべく動いていたかもしれない。

 

だが、現に一方通行は息抜きは必要だと心の底から思っている。

人間ってのは変わる物だなと、一方通行はハッと小さく笑う。

続いて思う。キヴォトスに来てから何だかよく笑うようになったなと。

 

変わっていく自分自身に呆れつつ、とにかく今は遊ぶかと意識を筐体に映し出される画面に向けた。

 

その結果。

 

「先生初心者なんてウソついてんじゃねえ!! こんな素人がいてたまるか!!」

「言ってねェだろォが! 言う前に座らせたンじゃねェか!」

 

五戦五勝。ゲーム開発部の部室でユズと遊ぶ過程でモモイやミドリ相手には余裕で勝てる程度の実力を身に付けてしまった一方通行は、手加減しようとも勝ってしまう程度にはネルとの実力差には開きがあり、そのまま勝ち続けてしまった。

 

ちなみにユズとの戦績は基本負け越し。調子が良い場合に限り十回やって二回勝てる程度であるのは完全な余談である。

 

「次はアリスの番です! 強敵との戦いはレベリングに不可欠です!」

 

負けても負けてもリベンジマッチを敢行するネルを半ば無理やりに椅子から剥がし、今度はアリスが席につく。

 

どうやらまだまだ終わらせてはくれないらしかった。

仕方ねェと零しつつ、一方通行は今度はアリスとの対戦を始めていく。

 

その最中、一方通行はオフモードから気持ちを切り替える。

ネルをゲームで拘束出来ていない以上、それは当然の対応だった。

 

二戦、三戦と対戦を重ねる。

いずれも一方通行の勝ち。

そして四戦目に差し掛かろうとする直前、彼はチラリと、壁に掛けられている時計を見やる。

時刻はゲームセンターに入ってから一時間強。チヒロに連絡を送ってから約三十分が経過している。

 

既にヴェリタス、ゲーム開発部、エンジニア部はそれぞれ動き出しているだろう。

時刻自体も良い時間になっている証拠なのか、それともこのゲームセンターがそもそも人目に付かない事が関係しているのか不明だが、このゲームセンターにいるのは現在アリス、ネルと一方通行の三人だけ。

 

人の気配も落ち着いている。

本格的に行動するには良い時間だと言えた。

 

とは言え、今の一方通行の役割は一つだけ。

この場で少しでも長くネルを足止めし続ける事。

 

だが、

 

「ッッ!」

 

刹那、一方通行は見逃さなかった。

美甘ネルがおもむろに携帯を開き、目を見開いたことを。

そして一瞬だけ、一方通行とアリスの方をチラリと見た事を。

 

彼女の反応を見て、一方通行は理解する。

ここから先の彼女の拘束は、一筋縄ではいかなくなった事を。

 

(室笠から連絡を受けたか、それとも前々から届いてたメッセージを今開いたか……どっちにしろこっから先は飛び道具に頼れる展開じゃなくなったのは確かだな)

 

ゲームに散々夢中になっていた事から恐らく後者なのだろうなと予想を一方通行は立てた。

もうこのゲームセンターに長くいる事は出来ないだろう。

であればさっさと決着を付けた方が良いと、一方通行はワンサイドゲームを始める。

 

「え!? わっっわわわ!?」

 

突然の本気に対応出来なかったアリスから降参寸前の声が出る。

そのまま彼は一気に決着を決め、四勝目をもぎ取ると静かに席を立ち上がった。

 

「結構遊ンだが、そろそろ引き揚げるには良い時間だろ」

 

あうぅぅ……と、完敗したショックに膝を突くアリスを背景に、一方通行はそう言い残しつつ出口に向かって歩き始める。

 

その不自然極まる行動はネルに不信感を抱かせるには十分だっただろうが、一方通行としてはむしろそれこそが狙い。

少しでも主導権を握り、彼女の動きを抑制させる。

なるべく長く、彼女の行動を自分で縛る。

 

その為にまず、彼女が最もやりたい事だったであろうゲームセンターからの退場を自ら行う。

 

「アリス。いい加減立ちやがれ。行くぞ」

「うぅ、はいぃぃ……」

「美甘、俺達はそろそろ帰るがお前はどォする?」

 

「先生が出ていくなら普通に出るに決まってんだろ」

 

そォか、と、彼女なりの思惑を察しつつ、短い言葉だけを残して彼はネルとアリスを連れて店を出る。

 

店から出ると、外は月明かりの夜へと変貌を遂げていた。

日が落ちるまでは多数の生徒の声が響き、どこまでも賑わいを見せていたミレニアムも、生徒の殆どが帰路へ着いたのか、現在は嘘のように静寂に包まれていた。

 

時折横切る警備ロボットの駆動音だけが木霊する中、三人は路地を抜け、中央の通りへと抜ける。

 

当然だが、見渡す限りでは街に人がいる気配は無かった。

この時間まで一方通行がミレニアムに滞在する事は珍しい為、存外ここの生徒は真面目であった事を今になって彼は知る。

 

そうしてこのままミレニアムの本校に歩もうとした瞬間。

 

「……待てよ、先生」

 

彼の行動を咎めるかのようなネルの声が届いた。

 

カチャ……と言う音が同時に響く。

横目で音の発生源を見ると、ネルが構えている銃が彼の方に向けられていた。

 

「……え?」

 

何が何だか分からない事を表現するかのように、アリスの口から言葉が一つ紡がれる。

 

欺瞞で塗り固められた短い交流は終わった。

しがらみも何もない、平常時と同じ様に楽しんでいた時間は終わりを告げた。

 

ここから先は当初の通り、敵同士の関係に一方通行とネルは区分される。

 

「そっちはミレニアムの本校だろ? シャーレに帰るなら方向が違うんじゃねえか?」

 

暗闇に沈んだ夜の街では銃口を突きつける彼女の顔は伺えない。

だが彼女の発する声色で凡そネルがどんな顔をしているのかを一方通行は判別した。

 

ネルの声は、震えていた。

自分の言葉に肯定して欲しいと、そう願っているかの様だった。

 

「シャーレに帰るならそォだな」

 

対する彼の答えは非常に簡素で、同時に絶対的な決別を教える物だった。

 

ネルの言う通り、このままシャーレに帰るなら踏み出した方向とは逆方向に進む必要がある。

だが一方通行はその方向には踏み出さなかった。

彼の足は、ミレニアムの本校がある場所へと向かおうとしていた。

 

ネルはその意味を汲み取れない少女では無い。

ギリッッ! と、力強く歯噛みする音が遠い場所にいる一方通行にも伝わる。

 

「なあ、一度だけお願いを聞いてくれよ。このまま帰って何も見なかった事にしねえか? お互いに。お互いにだ。それがきっと丸く収まる筈なんだ」

「そいつは無理な相談だな。俺の願いは成就されねェ。成就されるのは美甘の願いだけだ」

 

身を震わせて放たれたネルの言葉はどこまでも彼女らしくない言葉だった。

一方通行が知っている美甘ネルはそんな弱気な発言をする少女ではない。

だからこそ、今、彼女は精神的に強く追い込まれているのが痛い程に伝わる。

 

それを全て知ってて、分かってて。

一方通行は、彼女の言葉に同意しない道を選ぶ。

 

ここで引き下がる訳にはいかない。

引き下がれば最後、ミドリ達が泣く事になる。

一方通行は、それを認める訳にはいかない。

 

「……あたしが撃たないと思ってんのか?」

「敵に対して撃ちたくない気持ちを吐露するのは甘ェンじゃねェか?」

「先生だから言うんだよ!! 分かるだろそのぐらい!」

 

もしこの場面を他の生徒が見ていたら面食らっていただろう。

あの美甘ネルが取り乱している。戦闘行為を躊躇している。

必死の声で、恐らく必死の形相で、彼に対して戦いたくないと悲痛そうに叫んでいる。

 

それは彼女の中で、一方通行の存在が何処までも大きい事を意味していた。

だが一方通行の意思は変わらない。

今この場においては、今日に限っては、一方通行はネルの敵にならなくてはならない。

 

だから一方通行は彼女を選ばない。

ミドリ達にとってどこまでも誠実に、ネルにとってどこまでも無慈悲に。

己が成すべきことを正直に吐露していく。

ネルが今、この場で成さねばならないことを説いていく。

 

この場で出来る最大限の、ネルに対する施しだった。

これ以上手を伸ばすことは、今日の一方通行には出来ない。

 

「美甘。C&C(クリアリング&クリーニング)にはシャーレで何度か助けて貰った。お前等の仕事に俺が駆り出された事もあった。情が沸くのも分かる。だが今の俺はミレニアムの敵だ。そして今のお前はミレニアムのメイド。ならやるべきことは一つなンじゃねェのか?」

「んなこと分かってんだよ!! 分かってるんだよそんな事ぐらい!」  先生は死にてえのか!! あたしに殺されてえのか!!」

「死にたくねェし殺されるつもりもねェよ。言ってるのは事実だけだ」

「じゃあ引き下がってくれよ! あたしの役割は先生に銃を突きつける事じゃねえ! 今日は諦めてくれよ! ブツの返却ぐらい穏便に済ませるタイミングがいつでもあるだろうが!」

 

苦しい。

痛い。

苦しい。

 

言葉に含めずに放たれるネルの本音が怒号となって周囲に木霊する。

 

一方通行は眉一つ変えずにその言葉を聞き、アリスは頻繁に一方通行とネルの顔を行ったり来たりさせながら、どう声を掛けたら良いか分からないのかわたわたし続けている。

 

この場における彼女の救いはセミナー襲撃作戦の放棄。

ただしそれは本質ではなく、彼女の真の願いは一方通行と対立する事の拒否。

 

自分の力を過信していないからこそ伝わる感触。

一方通行と本気で敵対してしまえば最後、彼を殺してしまう結果が生まれる。

 

だからこそ彼女は必死に求める。

この状況から手を引けと。

 

しかし。

 

「聞けねェな。目的の物は今日返して貰いてェ。だがセミナーは応じなかった。だからこの交渉は既に決裂してる。もう衝突は避けられねェ」

 

一方通行は譲らない。

 

どこまでも、どこまでも。

モモイ、ミドリがシャーレに泣き付いてきたあの瞬間から。

 

彼の意思はとっくに決まっていた。

 

「……どうしてもか?」

「あァ。どォしてもだ」

 

交わされたのは、そんなやり取り。

二人の会話はいつまでも平行線である事を証明する小さなやり取り。

 

そしてそれが、皮切りとなる。

 

「……分かった。妥協点だ」

 

覚悟を決めたかのように、ネルは俯きながらその意思を言葉で表した。

ジャラ……と、その決意を表明するかのように、ネルが持つ二丁拳銃が繋がれている鎖と共にコンクリートの地面に落ちる。

 

丸腰になったネルはふぅ……と、息を一ついた後、代わりとばかりに両の拳を握り締めた。

そのまま彼女は小さく腰を落とし、一歩足を前へと踏み込む。

いつでも飛び掛かれる姿勢へと、彼女は移行する。

 

「先生相手に銃は撃てねえ。あたしが絶対に撃ちたくねえ。だから代わりに拳で黙らす。これがあたしの精一杯の譲歩で、覚悟だ」

 

彼女なりの妥協点だった。

仕事は放棄出来ない。だが全力を振りかざしたくも無い。

両方を両立させるにはこれしかない。

 

「悪いな先生。なるべく痛くねえように終わらせる。ノアやユウカにも先生を気絶させた事を後で謝る。で、全部終わった後に先生がもう一度ユウカと話し合って、欲しかった物を返して貰ったら良い。それでいいだろ?」

 

今にも踏み込む体勢のまま、彼女は一方通行にこれから己がする事と、その後に一方通行がしなければならない事を捲し立てる。

 

彼女の手は、僅かに震えていた。

彼女の発言の何もかもが、己を鼓舞しているかのように一方通行は聞こえた。

 

迷いを断ち切らんと、しているかのようだった。

 

「……お前がそうするべきだと踏ンだのなら俺は何も言わねェよ。さっきも言ったが今の俺はお前の敵だ」

 

一方通行はネルに対して良いも悪いも何も言わない。

それは彼女にとっては残酷な物だったかもしれないが、実際には違う。

 

どんな状況でもネルが間違った道を進もうとしているならば一方通行は進む道の前に立ちはだかる。

例えその時の彼女が本気でこちらに銃口を向けていたとしても。

 

それが彼なりの『先生』としての矜持であり義務。

一方通行がキヴォトスで背負った新たな覚悟。

 

しかし今、一方通行はネルの行動を何一つ咎めていない。

言葉にも態度にも表さないが、一方通行は彼女の行動が正しい事を認めていた。

 

その上で、一方通行は美甘ネルの敵として助言する。

 

「だが一つ言わせて貰うとすりゃァ。なンでお前が勝つ算段で話を進めてるのかは疑問だな」

 

ジャケットの内側から取り出した拳銃を構えて一方通行は率直な疑問を口にする。

相手が武器を持たない意思を表明したとは言え、それに付きあう義理も必要も無い。

 

「そっくりそのまま返すぜその言葉、先生があたしにどうして勝てる算段で話を進めてるんだ?」

 

彼の売り言葉をネルが買い始める。

意識が完全に一方通行に集中し始めている傾向を観測した一方通行は予定通り進んでいる事に口角を上げた。

 

紆余曲折あったが、現在の状況は一方通行にとってかなり都合が良い。

美甘ネルを捕捉し、あろうことかこの場で敵対状況を作り上げた。

 

それはつまり、美甘ネルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事を意味している。

 

「言っておくが、俺は『先生』でお前は『生徒』だ。勝てる見込みがあると思ってンのか?」

 

当然、一方通行がネルに勝てる見込みは無い。

百回戦えば百回負ける。

千回戦えば千回負ける。

たとえ一万だろうが十万だろうが、その数値が零から一に増える事は無い。

 

但し、

但し。

 

勝てないイコール戦いにならない訳でもない。

 

挑発すればするだけ時間が稼げる。

行動を単調にさせればさせる程戦いやすくなる。

 

結果一秒でも十秒でも戦闘が継続できれば、

ネルがミレニアムタワーに向かうまでの時間を奪う事が出来る。

 

挑発行為に彼女が上手く引っ掛かる筈が無い事は承知だが、打てるであろう手は全て打つ。

時間稼ぎをするならば、出し惜しみしている余裕は無い。

 

「来るならさっさと来いよ。それともビビってンのかァ? ミレニアム最強が呆れるなァオイ」

「ッッ! 先生ッッ!!!!」

 

ダメ押しとばかりに投げた一言は、ネルの何かを吹っ飛ばすには十分だったようだった。

 

ガリッッ!! と、彼女の歯が削れる音が聞こえる。

直後。ゴッッ!! と暴風を巻き起こすように彼女の足が地面を抉り抜き、そこから捻り出される破壊の力で彼女は一直線に前へと駆け出した。

 

前へ踏み出す。

その一点に力を集約し弾き出された速度は、最早人では対応すら出来ない領域へと至る。

 

一方通行と、ネルとの距離は十メートル。

一秒で、ネルはそれを詰めた。

 

走るというより最早飛び込む勢いで一直線に距離を詰めて来たネルは、今にも泣きそうな表情のまま引いていた拳を真っ直ぐに突き出し、一方通行の顔面目掛けて振り抜こうとして。

 

「危ないです先生!!」

「ッッッ!!??」

 

バシィィイイインッッ!! という音と共に、直前に割り込んで来たアリスによってその一撃を防がれた。

 

「ぐぅうううっっ!! 防御したのにダメージが大きいですっっ!!」

 

ビリビリとした衝撃が鈍い痛みを走らせているのか、右手と左手の掌で包み込むようにネルの一撃を受け止めたアリスの口からそんな声が零れる。

 

一撃を防いだ瞬間、ネルは即座に後方へと飛び退き一方通行達との距離を開けた。

 

「せん……せい! ここはアリスがどうにかしてみせます! 先生は逃走コマンドを実行して下さいっっ!」

 

それを好機と見たのか、アリスは一方通行に逃げるよう要請を出した。

アリスの判断は正しい。少なくとも一方通行にはそう映った。

だがそれはそれとして、この場においてアリスを一人にする危険性も一方通行は無視出来ない。

 

誰がどう見てもこの場はアリスに任せるのが無難。

一方通行自身、そんな事はネルが武器を向けた瞬間から分かっていた。

だが彼はそれを選ばず、自分一人で、もしくはアリスと共にネルをミレニアムタワーに向かわせない為に時間稼ぎを行おうと敵対姿勢を向けた。

 

理由は単純であり、アリスを単独行動させたくないという物に他ならない。

 

彼女の武器は街中で振るうには威力が強大すぎる。

『廃墟』のような明らかに無人である事が分かっているならともかく、いくら人が少なくなる夜と言う時間であっても、見渡す限りではどこにも生徒がいなかったとしても、ビルの向こう側や施設のどこかに生徒がいるか分からない状況下で、易々と建物を貫通する出力を誇る武器を持つアリスを自由に暴れさせる訳にはいかない。

 

一方通行が随時指示を出し、アリスの攻撃をある程度抑制しなければどこかで大きな被害が出る。

戦闘が長引けば長引く程、その可能性が高くなる。

 

それを思って彼はこの場を離れたくは無かった。

足を引っ張る事を承知でアリスと共に前線に立つ道を選ばざるを得なかった。

 

だが、運命は一方通行に試練を与える。

ビリリリリリリリリッッ!! と、『シッテムの箱』から聞き慣れない音が響いた事によって。

 

「ッッッ!?」

 

その音に驚いたのは、『シッテムの箱』を所持している一方通行自身だった。

 

端末が知らせてきたのは緊急を知らせる音。

何か決定的なトラブルが発生した事を知らしめる音。

 

それはつまり、一方通行に助けを求めている事と同義だった。

 

クソッタレ。

そう吐き捨てながら改めて置かれている状況を把握し、さらにもう一度吐き捨てる。

クソッタレと。

 

この場において一方通行に出来る事は少ない。

アリスに無為な破壊をさせない。言ってしまえば見張り役。及びネルの行動に対しる指示出しがこの場における一方通行の役目。

逆に言ってしまえば、そこさえどうにかしてしまえば彼がここにいる必要は無い。

 

むしろ、足枷が無くなった分アリスが十全に動き回れるようになりより長くネルを足止め出来るだろう。

故に一方通行は苦渋の決断を下す。

 

この場からの離脱という決断を。

 

「派手にぶっ放す時、水平方向にだけは撃つな。なるべく上側を向けて撃て。それ以外は好きにしろ」

「……っはい! 先生からのクエスト。受諾しました!」

「美甘。アリスはこォ言ってるが万が一、間違えて水平方向に撃とうとしたら全力で上方へ反らせ。それぐらい出来ンだろ」

「おぉ、任せとけって。……って先生! 何であたしがこの状況で先生の指示に従わなきゃならねえんだよ! あたしは先生がここから逃げるのを許可すると思って——」

 

彼の指示に思わず了承の旨を返してしまい、咄嗟に正気に返ったネルの抗議が言い終わるのを待たず、一方通行は靴底に仕込んだ噴射口から、圧縮された空気を爆発させる。

 

そのまま彼は闇が覆う世界を空駆け、いずこかへと消えていく。

 

残されたのは、敵同士の身にも関わらずアリスの気配りをしとけと無理やり指示を出されたネルと、彼女と戦う気満々の、ゲーム開発部新入部員のアリスの二人のみ。

 

「あークソ、調子が狂う。先生が絡むといつもこうだ……」

 

一方通行が飛んで行った方向を見つめながら、やや気だるげにネルは呟く。

だがそれも僅かな間だけで、次の秒を刻む時には既にその視線はアリスの方へと向けられた。

 

その眼から、誰もが竦む程の威圧感を迸らせて。

 

「悪いが、こっから先はいつものあたしだ。チビ、さっきみたいにガタガタ震えてた方が良いんじゃねえのか? 言っておくが先生以外には手加減する気は微塵も無えぞ」

 

一度は捨てた銃を拾い上げてネルはアリスを威嚇する。

相手が一方通行でないならば、手加減する理由は無い。

 

本気で潰す。

アリスを睨みつける三白眼から迸る鋭い眼光は、強くそう物語っていた。

 

「アリスだってあの場所を守りたいです。誰にも奪わせません。アリス達の場所は絶対に守り通します」

 

対しアリスも一歩も退く事無く、負けじと応戦する意思を見せる。

ここで彼女と相対する意味を、理由を口にしながら背負っていた武器を構えた。

 

レールガン『スーパーノヴァ』

エンジニア部から譲り受けた光の剣。

 

勇者に託されたその力を、アリスは強く握りしめる。

 

人通りの無い中央大通りで二人の少女が今一度相対する。

 

一人は居場所を守る為に。

一人は秩序を守る為に。

 

美甘ネルと天童アリス、それぞれがそれぞれの覚悟を宿し、それぞれの正義を掲げて、科学の街ミレニアムサイエンススクールで激突する。

 

これが、セミナー襲撃作戦の幕開けとなる戦闘だった。

 

 

 






段々と原作から逸れて来たパヴァーヌ。原作では最後だったネルVSアリスが最初に挟まりました。

何なら後編の展開を一部先取りもしているという。

ここから佳境に入ります。
そしてここからが『とある箱庭の一方通行』的な本番かもしれない。

さあ、誰が最初に血を流すんでしょうねこれ。あ、もうミドリが流してるか。まああの程度は怪我に入らないので。


次回からは戦闘回。面白い物を投稿出来たら良いなと思っております。


この作品のネルちゃんちょっと重いなと思ったのは内緒。
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