数多あるビルのどこにも電気が灯っていない夜のミレニアムの大通り。
人の気配はどこにもなく、街灯のみが虚しく街を彩る中で二人の少女がそれぞれ武器を携え対峙していた。
少女の名は天童アリス。用途不明のままモモイによって覚醒させられた戦闘用アンドロイド。
少女の名は美甘ネル。ミレニアムが誇る最強の生徒で、C&Cのリーダー。
アリスは百四十キロ以上の重量を誇る巨大兵器、レールガンを構え、いつでも撃てる姿勢を取る。
対するネルは、ジャラリと伸びる長い鎖の先端にサブマシンガンを取り付けた変則二丁拳銃を握る。
「……へへ」
不敵に笑うネルが一歩、また一歩とゆっくりゆっくり右に動く。
伝わる。動きだけで彼女の思惑がアリスに伝わる。
いつ襲い掛かるのが最高のタイミングなのかを見計らっている。
アリスの緊張が一瞬途切れる時を狙っている。
街灯に照らされるネルの顔は、そんな印象をアリスに与えた。
ジャリ……ジャリ……と、彼女が動く度にコンクリートを擦る鎖の音がやけに響く。
ノイズを生み出し、集中を削ぐ戦略として組み込まれたその音は、確かにアリスの緊張を高める事に成功していた。
そのままネルはもう一歩、さらに一歩と歩を進めていく中、
「っ! 撃ちます!!」
アリスが先に先手を打った。
ガガッッ!! と、出力を抑えたレールガンを二発射出する。
出力を抑えたレールガンの威力は他の生徒が撃つ弾丸と威力は変わりない。
本来の使用用途からは大きく外れた使い方の関係上、連射力や速度はむしろ落ちている。
しかしそれでも。
「ハハッッッ!!」
戦局を自ら動かすには十分だった。
何処の誰だろうが、歩いていたら明確に狙い撃たれる状況でのんびりと歩き続ける訳がない。
それはたとえミレニアム最強の生徒である美甘ネルとて例外ではない。
ダッッ!! と、身を屈ませながら彼女は全力で走る。
元々小柄な肉体をさらに全力で走れるギリギリまで身体を前に落として彼女はさらに身を小さくさせる。
アリスの攻撃に極力当たらないように、自分の突撃を邪魔されないように。
ネル以外が行えば即座に転倒してしまいそうになる程に前のめりに突撃するネルの姿は、走るというより地面を這って滑っているかのようにアリスは思えた。
「くっっっ!!」
身を屈めたネルに狙いを定めながらアリスがレールガンを発射する。
だが異様な速度で走る小さい的にピッタリと命中させる技術はまだ持っていないのか、彼女の発射した弾丸は悉く外れ、ビルや看板に次々と弾丸痕を残すのみだった。
「どこ撃ってんだぁ? 撃つならしっかりと狙いやがれ!!」
走るネルから挑発が飛ぶ。
一方的に撃たれている側であるネルは、口角を上げて八重歯を覗かせ余裕の表情を浮かべていた。
「まあそれも仕方ねえよなぁ! 何せッッ!!」
叫び声が聞こえた瞬間、ネルが踏み込んだ足元部分からコンクリートが抉れるような音が響く。
その音の正体が何であるかをアリスが理解する前に、ネルは走っていた方向から一気に角度を変え、アリス目掛けて一直線に突撃する。
そこから僅かコンマ五秒でネルは超低空を滑るようにアリスの眼前に接近し、時間が限り無くゆっくりと進むようになってしまったかのような錯覚をアリスに与える中、右手に持つサブマシンガンを額に、左手に持つマシンガンをネルは容赦なく彼女の胸元に突きつけた。
その笑みを、崩さぬまま。
「んな重そうなモン振り回してたら当たりたくても当たってやれねえよ!!!!」
「ッッッ!?」
瞬く間に眼前に近づき武器を構えたネルに、アリスは一瞬棒立ちになる。
あまりに変貌を遂げた展開にアリスは対応出来なかった。
先程まで一方的に攻撃を仕掛けていた筈なのに、突然防御に回らざるを得なくなる状況に頭も身体もついていかなかった。
だが、反射だけは別だった。
思考とは切り離された反射が、勝手に身体を動かす。
刹那、アリスはレールガンを右から左へと薙いだ。
身体に眠る防衛本能が、レールガンを銃としてではなく打撃武器として運用させる。
ゴッッッ!! と、ネルが持つサブマシンガンのトリガーが引かれる直前、百四十キロの重量を誇り、ネルの身体一つが丸々収まる程に巨大な質量を持った物体がネルの身体目掛けて振り回される。
超低空とは言え飛び上がっていたネルに回避する手段は無い。
その小さな肉体に破壊的な一撃が容赦なく激突する。
筈、だった。
「甘ぇ!!!」
叫ぶと同時、ネルはマシンガンの狙いをアリスから外して明後日の方向目掛けて乱射した。
放たれた弾丸はどこにも当たらず、カラカラと薬莢の音が虚しく響き渡る。
だが、空中に飛び上がった小柄な体格を無理やり体勢を変える事は可能だった。
グイッッと、ネルは銃を乱射しながら無理やり身を捻らす。
そして激突寸前のレールガンの側面部分に目標を定め。
ゴガガガガガッッ!! と、両足で交互にレールガンの側面を全力で蹴り抜いた。
その回数、八回。
目で追えるのか不明な程の速さの蹴りによる連撃はレールガンの威力を完全に殺す事に成功し、おまけとばかりに蹴りの反動を利用してネルはアリスから距離を開ける。
戦闘経験の豊富さによって成す事が出来る、ネルだからこその離れ業だった。
しかし、これでネルの状況が好転した訳ではない。
ただ最初の状態に戻っただけである。
つまり今からは再びアリスが攻撃するターン。
「でもこれでっっ!!」
それを体現するかのように今一度アリスがレールガンを構える。
もう一度銃としてその力を振るい始めようと狙いを定める。
そして、気付いた。
ジャラリと、レールガンの砲身にネルの鎖が巻き付いている事に。
「なっっっ!?」
いつの間にこんな事をしていたのか。
蹴りを放って逃げるだけでなく、細工まで仕掛ける余裕があった事にアリスは驚きの表情が隠せない。
だが今はそんな事に一々驚いている余裕は無い。
慌ててアリスは鎖が結びついている先にいるネルの方に視線と銃口を向ける。
ネルは、砲身を絡め取った鎖を右手で握り締め、その鎖を利用し円を描くように走っていた。
右手に掴む鎖を頼りにして、倒れない限界のさらに限界を超えて前傾姿勢で走るネルにすかさずアリスはレールガンを発射する。
その、直前。
ガガガガガガガッッッ!!! と円を描くように走るネルが左手に持つサブマシンガンから激しい発砲音が聞こえ始めたと同時、アリスは銃撃の雨を浴びた。
「あうっっ!? いたっいたたたたたたッッ!?」
予想だにしていなかった反撃にアリスの口から叫びが零れる。
すかさずアリスは反撃とばかりに小規模のレールガンを何発も発射するが、痛みによる照準のブレも合わさって当たる気配は無い。
走っているネルに向けて放たれたアリスの弾丸は当たらない一方で、棒立ちでネルを撃とうとするアリスにはありったけの弾丸が直撃する。
レールガンを軽々と持ち上げ、射撃反動のブレもなく扱えるアリスであるが、その重量によるハンデは決してゼロにはならない。
どれだけ己の力でデメリットを克服しようが、無視できない欠点は必ず存在する。
レールガンを扱う以上、アリスはどうしても重戦車的な立ち回りにならざるを得ない。
今のネルが行っているような高速戦闘はどう足掻こうが不可能。レールガンを握ったままであの速度は、彼女には出せない。
つまり、アリスはネルの速度に対応出来る手段が無いも同然だった。
「遅ぇ遅ぇ遅ぇッッ!!! 反応も動きも何もかも遅ぇッッ!! 手応え無いにも程があるなぁっっ!!」
狙いを定めて撃つのに精一杯なアリスの耳にネルの挑発が入る。
この状況をどうにかしたくても、どうすればどうにか出来るのかアリスには分からない。
このままではまた先程と同じように一瞬で移動方向を変換しこちらに急接近してくる。
先程は反射的に武器を振り回して対処したが、彼女が対策していないとも限らない。
むしろ、今接近して来ないのはどうすれば対策出来るかを考えているからかもしれないとアリスは推測する。
更に言えば、接近していなくても状況は不利である。
当たらない弾丸を放ち続けるアリスと、棒立ちの相手に当てるだけのネル。
どちらがより消耗するのか等、考える必要すら無い。
(HPがガンガン削られてる感じです……! このままじゃ……あっっ!!)
良いように撃たれ続ける中、ふとアリスはある事を思い付いた。
そして確信する。
この方法なら彼女を出し抜いてこちらの攻撃を当てられる、と。
「どんどん撃ちます! 連射力最大です!」
己がやらなければならない事を見定めたアリスは、レールガンの連射速度を上げる。
狙いを撃って当たらないのなら、最低限の狙いしか定めずに数で攻める。
サブマシンガンのような雨のように弾丸を撃つ事は出来ないが、それでもばらまくように撃てばネルは間違いなくイヤな顔をする。
当てる気がある弾丸と当てる気が無い弾丸が混ざれば、そしてそのどちらもが彼女に当てる為に撃ち続ければ彼女は次にどう反応するか。
そんなの答えは決まっている。
その行動を咎める。
それしか選択肢は無い。
(来たっっっ!!)
直後、アリスの思惑通りネルは再びコンクリートの地面に罅を入れる程に強く地面を踏み抜き、走る向きを強制的に変えようと行動した。
身体の向きを無理やり変え、
走る方向を無理やり変え、
次の一歩で急接近する為に地面を強く踏み抜き、力を一点に集約させる。
そして、その一瞬こそがアリスの狙いだった。
グンッッ!! と、ネルが強く踏み込んだタイミングと全く一緒のタイミングで、アリスは力強くレールガンを真上へと振り上げた。
百四十キロの重量を誇るレールガンは、彼女の腕力によって完璧に操作されその砲身を一瞬で天の方向へと持ち上がる。
巻き付いていた鎖ごと。
その鎖を掴んでいた、美甘ネルごと。
これで鎖を掴んでいた彼女は空に持ち上げられる。
もう射撃からは逃げられない。
今の今まで温存していた、最大出力のレールガンを今こそ解き放たんとレールガンを強く握りしめた時。
「悪いな」
近くから、そんな声が聞こえた。
え? と思わず声を出して視線を声がした方向に向けると、そこには何故か右側面から接触寸前のネルの姿が映った。
どうしてと、考える余裕は無かった。
「潜ってきた喧嘩の数が違う」
両手に武器を持っておらず丸腰だという事に気付く猶予すら与えられなかった。
とっさに武器を手放し、アリスの思惑に乗らなかったネルの勝負勘の強さに恐怖する時間すら無かった。
何も分からないまま、
何も出来ないまま、
空中にいるネルの右膝が恐るべき速度で接近するのを、アリスは見届けることしか出来なかった。
「お見通しだチビッッ!!!」
ゴッキーーーーンッッッ!!! と、直後強烈な音と共に、飛び上がって接近していたネルの膝蹴りがまともにアリスの側頭部に直撃した。
「がッッッ!?」
無抵抗のままぶっ飛ばされたアリスは、そのまま十メートル程ノーバウンドで吹っ飛び、向かいのビルの一階のガラス窓を派手に叩き壊し、巨大な破砕音をまき散らしながらその中に吸い込まれた。
ガラス窓を粉々に破壊されたビルから警報がけたたましく鳴り響く中、ネルはストンと綺麗に着地し、次いでドスンとアリスという主を失ったレールガンが鈍い音を立てて地へと落ちる。
戦闘が終わった事に一つ息を吐いた後、ネルはレールガンに巻き付けた鎖を回収し、もう一度ビルの方へ顔を向けた。
「ま、あたし相手に結構善戦出来てたんじゃねえか?」
頼まれていたであろう時間分までは稼げなくとも、まあまあな時間稼ぎは出来ていたのでは無いかと、ネルはアリスを敵ながら評価に値する少女として認識する。
普通の少女相手なら二秒で決着が付く所を二十秒も持ち堪えた。
骨は有る奴だったな。立派立派と言葉を残してネルはこの場を去ろうとして。
「……あ?」
アリスを叩き込んだビルの方向から、何かが動く様子を目が捉えた。
まさかまだ動けるのか。そんな事を言いたげな声が無意識に落ちる。
普通なら一時間は起き上がれない一撃を叩き込んだ。
なのに気絶すらせずに動き出すのは、流石に彼女の計算外。
「まだ……ゲームオーバーには早いですっっ!!」
だが、現に彼女は起き上がっている。
立ち上がりながら、ネルにまだ戦闘は終わっていない事を告げる。
戦う意思を持ったまま、割れた窓から再び戦場へ少女が舞い戻る。
「……へぇ。見かけによらず結構タフじゃねえか。普通ならあれでしばらくは起き上がれない筈なんだがな」
余裕そうな口ぶりで賞賛の言葉を投げる。
しかしその内心では、一つの緊張がネルの中で生み出されていた。
足腰にガタが来ていない。
身体が全く揺れていない。
あれだけ綺麗に吹っ飛ばされたのにもかかわらず、
脳を揺らし確実に気絶する一撃をまともに受けたにもかかわらず、割れた窓から姿を現し健在である事をこれでもかとアピールするアリスはしっかりと両の足で大地を踏みつけている。
それは暗にダメージがまともに入っていない事を意味し、あの程度の攻撃ではビクともしない彼女の異常とも言うべき頑丈性を表している。
少しばかり心してかかる必要があるなと、ネルは目の前の相手の認識を改めた。
目を僅かに細め、今一度彼女は二丁のサブマシンガンを携える。
たった今より、ネルは本気でアリスと相対する。
彼女を明確に敵として見定める。
大通りでの戦闘は、まだ始まったばかり。
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ミレニアムの校舎内部にある、セミナーに繋がる直通エレベーター。
エレベーターを利用しなければ差押品保管所には辿り着けず、またエレベーター自体にも簡単に使用できないよう、指紋認証システムが仕込まれている。
これによりセミナー所属の生徒以外はエレベーターを利用することが出来ず、仮にこれをどうにかして最上階に辿り着いたとしても、今度は別の防衛システムが侵入者を撃退する。
異常事態が起きれば降りてくる二段構えのシャッター。
四百を超える監視カメラと五十を超える警備ロボット。
厳重を通り越して過剰とも言うべき数多の防衛策を掻い潜って初めて、差押品保管所に到達出来る。
普通なら到底不可能の領域であるが故に誰もがまず諦めて回れ右をするその道のりの半ばを、今、二人の少女が突き進んでいた。
少女達の名前は、才羽モモイと才羽ミドリ。
二人は現在、直通エレベーターのセキュリティを突破し最上階へと向かうエレベーターの中で訪れた僅かな休憩時間に心を落ち着かせていた。
「意外と順調かな」
「ここまではね。でも私達の役目はここからだから」
どんどんと下へと落ちていく夜景を見下ろしながら、ミドリは改めて気を引き締める様にとモモイに忠告する。
日は完全に落ちきり、夜と呼んで良い時間へと既に差し掛かったが、まだまだ生徒の数は多い。
エレベーターから確認できるビルのどこからも窓から差し込む電球の光がまばらに輝いており、通りを歩く生徒の数も少ないながらもチラホラといるのが既に相当上の階層にいるミドリ達でも確認できる。
本来の作戦決行はこの明かりも人の通りすらも完全に失せてからを計画していた。
だがそれは一方通行から送られてきた突然の連絡によって計画はかなりの前倒しとなり、結果としてまだ人がそれなりに残っている時間でのスタートとなった。
作戦は現在順調に進んでいるので、問題は何もないのだが。
「にしても、ミレニアムのセキュリティをここまで手玉に取るなんて凄すぎない?」
「エンジニア部もとんでもない物を作ってたね。セミナー襲撃すると作戦を立てた時、最初はどうするのかと思ってたけど、ここまで力技だと最早ちょっと笑っちゃう」
肩をすくめながらミドリは規格外の結果を叩き出したエンジニア部と一方通行の技術に脱帽する。
二人が今乗っているエレベーターも、本来ならばかなりの労力の果てに搭乗する資格を得るべき物だった。
だが現実に起きたのは、ただただ呼び出しボタンを押して、エレベーターが降りてくるのを待つだけ。
至って普通の、どこにでもあるエレベーターの基本的な使い方そのままの動作をするだけだった。
ミドリとモモイが搭乗しているエレベーターに搭載された犯罪防止用の指紋認証システム。
それ自体はかなりの高性能であり、ハッキングするのは容易ではない。
普通ならば、失敗して警報が鳴り、即座にセミナーが駆けつけて捕獲まっしぐらだっただろう。
ただし、それは相手が一般的なミレニアム生徒だった場合の話。
今回の件には、その常識は何一つ当てはまらない。
何せ相手はミレニアム最強の科学技術を持つエンジニア部と、ミレニアム最強のハッカー集団であるヴェリタス。そしてミレニアムよりさらに上の科学技術を持つ学園都市からやって来た一方通行の三傑。
かつて一方通行が初めてエンジニア部に訪れた際、彼女達の技術力の高さを見込んで一方通行が持ち掛けたのは彼が持つ学園都市の科学技術の一部提供とその際に必要な予算の負担。そして彼が要求したのは己の身体、及びキヴォトスで有事が発生した際にサポートする確約。
それはつまり、ミレニアムで問題が発生し、かつシャーレと敵対する事態に発展した際、ミレニアムではなくシャーレ側に与する契約。
今回の件でエンジニア部が協力している要因の大部分はこの契約が起因している。
そしてこれにより一方通行は様々な技術的サポートをエンジニア部から受ける立場となった。
靴底に仕込んだ空を飛ぶ力、
代わりに提供した学園都市製の科学技術は、元々高かったエンジニア部の技術をより一層高度な物へと押し上げた。
その過程で作り上げたハッキングツールは、ミレニアム製の物とは比較にならない程の性能として完成し、ヴェリタスに一度渡してしまえばそれは完璧な暴力となってミレニアムのシステムを蹂躙する。
エレベーターの指紋認証システムを破壊するのは、赤子の手を捻る程度の容易な物へと変化していた。
過ぎた力としか言えないそれは、持っているパワーを存分に発揮した。
ただしそれはエレベーターに乗り込む場所からの話。
ここに至るまでの道中は、その力を一方通行は振るっても良いと言う指示を出さなかった。
理由は単純。ミレニアムの技術を甘く見ていないから。
どのタイミングでハッキングの対策をされるかが読めない以上、その力を最初から振り回すべきではないと一方通行は語った。
万が一ミレニアムサイドの対策が間に合った場合、最上階と言う一番ハッキングに頼らなければならないタイミングでそれが封じられたらそれこそ終わり。
計画の全てが破綻する。
故にモモイとミドリはエレベーターに辿り着くまでは自力での到達を余儀なくされた。
その際に起きた数多の警備ロボットとの戦闘の数々や時間制限内での一部フロアの走破もあってか、二人の服は所々敗れていたりしている。
「今最上階はどうなってるんだっけ」
静かなエレベーター内で、どんどん数字が上がっていく階数を見上げながらモモイがミドリに確認を取る。
「私達に都合の良い所だけ開いてて残りは全部閉まってる。それも一度シャッターが破壊されたときに落ちて来るチタン製のシャッターね。ってお姉ちゃんこれ最初先生が説明してたでしょ」
「いや、だって馴染みの無い単語で説明されてても右から左に流れるしかないじゃん」
額から一筋の汗を流しながら言い訳を並べるモモイを見て、ミドリはいつもの事ながら本当に重要な部分しか耳に入らない姉だなと嘆息する。
「て言うかさ、こんな凄い物を作れたのならG.Bibleを開けるファイルも発明してくれたら良いのに」
「そんな都合の良い物があったらこんな危ない事してないよ……」
都合の良い物を一方通行の知恵を受けたエンジニア部は開発したが、今ゲーム開発部が一番欲しかったものは都合の悪い事に開発していなかった。
愚痴を言うにはあまりに贅沢な悩みを零しながらモモイはでもさ、と言葉を続ける。
「先生って何者なんだろうね。外から来たって事だけ教えてくれたけどそれ以外はさっぱり。ミレニアムより凄い技術を持ってるのは良いとして、先生がどういう人なのか私達って全然知らないんだよね」
大きな作戦中に訪れた小さな休憩時間。
音も無い静かな狭い場所で話し相手は心の内を曝け出しても大丈夫な双子の妹。
自然と、前々から思っていたことをモモイは次々と喋り出す。
「大体さ、先生って言うけど私達と歳そんな違わないように見えない? 下手したら同級生だよ同級生。見た目が大分若いだけかもしれないけどさ」
「確かに若くは見えるけど……」
「それにずっと音楽聴いてるじゃん。私達とゲームしてる時も今日みたいな大事な作戦の時もずっとそう。音楽が好きにしても流石に聴き過ぎじゃない? 私先生がイヤホン外してるの見た事ないよ」
「それはそうかも、けど声はちゃんと聞こえてるんだよね。先生に話しかけて無視された事なんて無いよ私」
「今度遊びに来た時に無理やり取ってみよっか?」
「お姉ちゃん、それ多分先生に怒られるよ?」
一方通行の事情を知らない双子が、彼が最も秘密にしている部分について話し合う。
その過程でモモイは、彼に対して絶対にやってはいけない行為の一つを口にした。
彼が自身の事情を話していない以上、先の発言に放ったモモイに責がある訳では全くない。
だがその危険性をうっすらと無意識的な感覚レベルでだがミドリは感知したのか、自身も興味こそあれど、ある事を認めた上でモモイの案に頷こうとはしなかった。
結果的にミドリは最大級のファインプレーを引き起こしているのだが、一方通行もミドリもモモイも、その事実に気付く事は無い。
そんな風に作戦中とはとても思えない程の和やかな空間で二人が話し合っていた二人だったが、その時間は唐突に終わりを告げられる事となる。
ピンポンと、一つの電子音がエレベーター内で鳴り響き、二人が乗っているエレベーターが停止したことによって。
階層を見る為に同時に電子パネルを見上げた二人は、最上階の階数を目にした。
「……大丈夫、エレベーターが到着した後の動きは把握してるから任せて」
「任せてって……私達がやるべきことは一つしかないでしょ」
扉が開く直前、二人は最後の会話を交わす。
直後、音もなくスッッと扉は開いて行き。
「あ! やっと来た~~」
この場に似つかわしくない明るい声が二人の耳を刺激した。
声が聞こえたと同時、二人はサッと武器を構えるとエレベーターを飛び出し、声が聞こえた方向へ銃口を向ける。
敵意剥き出しな二人に対して、声を発した少女は、フロアの壁に背を預けながらこちらに笑顔で手を振っていた。
まるで二人が向ける敵意など、全く脅威ではないと暗に言いたげに。
「アスナ先輩……!」
ミドリが笑顔を向ける少女を見て名を発する。
一ノ瀬アスナ。
C&Cのメンバーにして、最も神出鬼没な人物。
「随分と早かったね。ゲーム開発部……だっけ? だよね。ゲーム開発部!」
「どうしてここに……だって最上階は今セキュリティをハックして……っ!!」
信じられない。と言うような表情でモモイがアスナに喰って掛かる。
計画ではこの場には誰もいない手筈で進めた。
どう進めば問題が発生しないかを完璧に計算して、カメラも防衛システムもC&Cのメンバーの一までも完璧に予測して、ここから差押品保管所までは誰とも接敵せずに安全に到達出来るよう設定した。
計画は完全に完成していた。
誰の邪魔も入らない様に作り込まれていた。
だが、その邪魔をするべく現に目の前にアスナがいる。
その事実に、モモイは驚愕を隠し切れない。
現実を、受け入れきれない。
「二人は経験ない? ここならシャッター落ちなさそうだな。あ、でもこの廊下は危険だな。みたいな、言葉に出来ないけど確かに信じられる根拠がある思考。予感……みたいな奴」
突然降って湧いた直感に従うと結構何とかなったりするでしょ。と、第三者からしてみればトンでもない事を言いのけ、あまつさえ有言実行を達成しているアスナの能力に二人は化け物だ、とアスナを改めて怪物と認定する。
難しい事は何一つ言っていない。
それなのに言っている言葉の意味が全く理解出来ない。
言葉の意味一つ一つ、何なら語られた文章全ての意味が理解出来る言葉を彼女は喋っていて、それがキッチリと頭の中に入っていくのに、それを理解するのも納得するのも出来ない。そんな感覚が二人に平等に与えられる。
そして二人はもう一度アスナをこう評価するのだ。
化け物。と。
「さて、それじゃ始めよっか。そっちも準備は万全みたいだし」
話はこれで終わりだ。
そう伝えたげに、アスナは壁から背を離し、愛銃を構える。
何を始めるのか。等と二人が聞き返す事は無かった。
その代わりに、
「うん、始めよっかアスナ先輩」
「本当、ここまで完璧に作戦通りなんて先生凄すぎだよ……」
努めて冷静に、二人は武器を構えた。
「あれ?」
潔すぎるその態度に、今度はアスナが困惑する。
彼女の直感がおかしいと訴えたのは、先程モモイが動揺しながら発した一連の言葉。
あの時の動揺が今のモモイの冷静さと噛み合っていない。
そのアスナの直感は正しかった。
エレベーターを降りてアスナがここに居るのをモモイが見つけた時、確かに彼女は本音を語った。
正真正銘、驚愕した。
何もかもが上手く進んでいる事に。
作戦会議で先生が語った内容が、しっかりと目の前で起きている事に。
『完璧に仕立て上げれば上げる程、完全を目指せば目指す程、対策を練れば練る程、徹底的に一ノ瀬アスナを封じようとすればする程、一ノ瀬アスナは必ず
彼が放った言葉通りに、一ノ瀬アスナがここで待ち構えていた事に。
つまり、モモイが浮かべた驚愕は、マイナスではなくプラス方向の驚きだった。
逆にアスナはモモイがマイナスの感情を浮かべていたと勘違いしていた。
それこそが違和感の正体。
二人が持つ覚悟を見通せなかった最大の理由。
アスナが勘違いを起こしたのも無理は無い。
才羽モモイはこの状況に絶望したのだと、アスナ視点ではそう見えてしかるべし状況だったのだから。
だが現実は違った。
待ち受けていた状況はまるで逆だった。
この場に追い込まれたのは、
この場に引き込まれたのは、
ミドリとモモイではなく、一方通行の作戦通りに動いた一ノ瀬アスナだった。
戦局が、ガラっと様変わりを見せる。
立場が、一気に逆転する。
才羽ミドリ。
才羽モモイ。
二人に課された役目、一ノ瀬アスナをこの場に押し留めるという目的を遂行する為の戦いがミレニアムタワーの最上階で始まる。
「私達が踊らされてたんじゃない。私達が踊らせたんだよ」
「うん、だって私達の目的は、初めからここでアスナ先輩と戦う事でしたから」
性格も違う
考え方も違う。
戦い方さえも違う。
何もかもが違う。
されど、
されど、
互いが何を考えているかだけは、常に把握できる。
何も見ずとも、姉が、妹がどう動こうとしているのかだけは一瞬のズレなく把握出来る。
それが彼女達が持つ最大の武器で、
一ノ瀬アスナに対抗出来る唯一の手段。
ゲーム開発部の双子は自分達しか持たない武器でミレニアム最強集団の一人、一ノ瀬アスナに引導を渡す。
「「覚悟して!(下さい!)一ノ瀬アスナッッ!!」」
全ては、自分達の居場所を守る為に。
ド派手にやってるネルVSアリス。
一方でこっちはこっちでとても熱くなってる双子VSアスナ。
両者の戦いはどちらが制するんでしょうね。
そしてネル、アスナが出撃してるという事は残り二名も……。
ネルはチェーンアクションと近接戦闘を絡めたラン&ガンが一番映えそうだったのでこの路線になります。今後もこんな感じです。
アリスはレールガンを盾にしたりもしてますが純粋に鈍器として用いても強いと思います。バットの要領で振り回してるだけで並大抵の相手は倒せそう。
アリスより小柄のネルにチビと言われ続けるアリスの心境やいかに。
次回は誰の視点から始まるんでしょうね。ミレニアムの夜はまだ始まったばかりです