とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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拮抗と圧倒

 

 

人の気配が完全に消え、数多あるビルの全てから電気が消え、街を照らしているのはポツポツと点在する街灯のみという、本来ある筈の活気が嘘のように静けさを放ち続けているミレニアムタワーから離れた場所にある大通り。

 

現在この街道で音と言えるものはただ一つ、ネルの一撃によって真正面に吹っ飛んだアリスがビルの窓ガラスを破壊した際に生じた、侵入者の存在を知らしめる警報のみだった。

 

耳障りにしかならない音を背景に、ネルは先程アリスを叩き込んだビルの方へ、正確にはアリスの方へ警戒心を向ける。

ネルの一撃をモロに受けて吹っ飛んだアリスはしかし、異常なまでの耐久力が成せる技なのか、一般生徒ならば既に気絶してもおかしくないダメージを受けた筈なのにピンピンとしており、まだまだ全然動ける事を言葉に出さずアピールしていた。

 

その状況にネルはアリスへの警戒度を否応なく上げる。上げざるを得ない。

先の出来事は初めて目撃した現象だった。

側頭部に膝蹴りを直撃させて起き上がった少女はネルが戦って来た限りでは今まで誰もいなかった。

なのにアリスはよろけた様子すら見せていない。

おまけに彼女は圧倒的戦闘のペースを握られて尚まだまだ戦意を失っておらず、やる気満々な表情を露わにしている。

 

以上の事を総合し、舐めてかかると火傷しそうだと早急に判断したネルは、その意思を強く固める為自身の獲物である専用銃、ツイン・ドラゴンを強く握りしめた。

 

それはアリスを真面目に敵対存在だと認識した証明。

 

彼女を認めた証。

だった筈、なのだが。

 

「ほたぁあああああああっっ!!」

 

どこか力の抜ける声が、けれどアリスなりに気合を入れているのがそこはかとなく感じれるような何かを発しながら、アリスはネル目掛けて真っ直ぐに走り出し始めた。

 

テコテコと見ていて力が入るどころか、和やかな気持ちになってしまうような走り方でネル目掛けて突進する姿はあれ、ちょっと相手の評価ミスったんじゃねとネルに思わせるには十分だった。

 

彼女の行動自体は理解出来る。

アリスの武器であるレールガンは先程の攻撃で手放してしまっている以上、今の彼女に出来る行動と言えば接近戦がてらレールガンを回収する以外にない。

 

理屈としては納得できる。

それしかないのも理解できる。

 

とは言え、

とは言えだった。

 

(なんだありゃ!? 速度も出てねえし姿勢も変。おまけに拳の握り方も構えもてんでなっちゃいねえっ! 走る事もケンカもまともにした事無えのかッ!?)

 

右手を大きく振り上げ、左手を腰辺りでやや前に突き出しながら走って来る姿を見て逆にネルは困惑する。

 

あれでは右手で殴ろうと思っても大振りになり過ぎる。

自分から当たろうと思わなければ当たらないだろう。

 

左手の方は右手よりかは幾分かマシに見えるが、既に前に突き出している関係上、ろくに力なんて入ってる筈も無く、当たっても大して痛くない事が容易に想像できる。

 

今まで喧嘩どころかパンチの一つも打った事がないような構えと走りを見せるアリスを見て、逆にどう対応するのが正解なのかネルは困惑した。

 

ドパパパパッッ! と、一旦とりあえずこれで良いか的なノリで二丁拳銃を乱射する。

だがアリスは持ち前の耐久力に物を言わせるかのように気にせず突進を続ける。

 

ここに来て漸くネルは選択を迫られている事に気付いた。

顔つきが再び元に戻る。

 

迎撃するか、回避するか。

 

アリスの目的はまず間違いなくネルの背後に落ちているレールガン。

彼女がネル目掛けて突進しているのはその直線状にいるからに過ぎない。

 

わざと横に移動しながら射撃を続ければ何のリスクもなくダメージを与え続けられる。

いくらタフとは言え何十発も延々と弾丸を浴びれば流石のアリスも消耗し、今後の戦闘において有利な状況を作り出せるのは間違いない。

 

だがここでアリスを拾わさせない様に迎撃し、落ちたレールガンを拾わせず、戦力を与えぬままレールガンが落ちている事そのものを戦局に組み込み、終始優勢に立ち回れる状況を作り出すのも悪く無い。

 

前者か、後者か。

どちらが良いか一瞬ネルは考え、

 

迎撃する事を選んだ。

 

ネルは射撃を取り止め、直後地面を強く蹴って前方に飛び出すと、徐々に距離を詰めて来るアリスの正面に躍り出し、自らその距離をゼロにした。

 

「えっっっ!?」

 

ネルの行動はアリスにとって予想外だったのか、二人が激突寸前の大事な一場面でアリスの顔に表情に驚きと焦りが混ざる。

 

彼女は奇策に対して滅法弱い事をアリスの声から察したネルは、けれどその弱さは致命的であると教える様にもう一度アリスの側頭部に膝蹴りを叩き込もうと右足を振り抜く。

 

ネルの不意打ちに対してまるで反応出来ていないアリスは特に何か行動が出来る筈もない。

ただ反射的に、やや突き出していた左手をさらに前に突き出す事しか出来なかった。

 

当然、反撃と言って良いかすら分からない、仕草と表現した方が適切かと思えるような物でネルの行動を阻害出来る筈もない。

結果、今一度大きな物音を立ててアリスはネルに強く吹き飛ばされる事となる。

 

筈、だった。

 

結論から言えば、ネルはアリスを心のどこかでまだみくびっていた。

慢心していた。

それが仇を生み出す。

 

アリスの突き出していた左腕が、ネルの腹部に突き刺さるという形で。

 

「がふッッッ!?」

 

ドグッッ!! という痛々しさをこれでもかと覚えるような鈍い音が響いた。

その直後、ネルの身体はウソのように遥か後方へと吹き飛ばされる。

 

数メートル程真正面に吹き飛ばされたネルは、そのまま五回程地面を転がった後、数秒間立ち上がる事が出来ず、その場でうずくまり始めた。

 

「ゲホ……ガハッッ……!」

 

激痛を訴える腹部を右手で抑えながら、何が起きたのだとネルは状況の整理を始める。

 

だが難しい事は何一つ起きていない。

起きた現象はただ一つ。

ネルはアリスによって吹き飛ばされた。

 

ただそれだけ

だが、その衝撃は彼女の当初の予想を大きく裏切っていた。

 

突き刺さった拳は、全く力の入っていなかった細腕から繰り出された条件反射的一撃は、

百キロ近い重量を持つ細い柱が、腹部へ突き刺さったかのような衝撃をネルに与えた。

 

「あ、あれ……?」

 

吹き飛ばした当の本人であるアリスは、今の状況を飲み込めていない。

彼女の声と表情が、それを如実に物語っている。

 

クソッ。と、ネルはアリスの顔を見て小さく吐き捨てながらどうにか身体を起こす。

 

考えてみれば当然の事であった。

ネルには知る由もないが、アリスが武器として所持しているレールガンは途轍もなく重い。

持つだけでも人を選ぶその武器を、あろうことか彼女はいとも呆気なく持ち上げている。

 

長ければ長いだけ同じ重さでもかかる重量は段違いな筈なのに、アリスは先程自由自在に振り回して見せた。それはひとえに彼女の腕力が想像も及ばない程に発達している事を意味している。

 

あの細腕にどこにそんな力があるのか。

あり得ないだろと思わず叫びたくなるのをグっとネルは堪えた。

 

同時に認めなければならない。

彼女の、天童アリスの恐ろしさを。

 

戦闘能力は遥かにネルの方が上。

勝負勘、機動力、刹那の駆け引き。どれもアリスはネルの足元にも及ばない。

 

ただ、

ただ。

 

攻撃力と防御力だけは、アリスはネルの遥か上の地点にいた。

戦闘において最も勝利に直結しやすい二つの要素が遥かに劣っているその事実を、認めなくてはならない。

 

認めた上でネルは。

 

「……面白くなってきたじゃねえか」

 

絶望するでも嘆くでもなく、口角を吊り上げ笑った。

動けるだけの体力が十分戻っている事を身体の調子から感じたネルは、再び銃を握り締め走る。

心底、心底楽しそうに。

 

「戦いは、こうでなくっちゃなあああッッ!!」

 

一方的な戦いじゃあつまらない。

ある程度拮抗していなければ面白くない。

そう、言外に含めて彼女は駆け出す。

二人の戦いは、佳境へともつれ込んで行く。

 

彼女の熱に、呼応するかのように。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

ミレニアムタワー最上階にあるエレベータールーム。

 

普段は静かでしかないこの場所は今、複数の銃撃が飛び交う文字通りの戦場と化していた。

戦場を最も彩るのは、緑の服に身を包む少女と赤の服に身を包む少女の二人。

 

彼女達が息を合わせて縦横無尽に動き回り、発砲音が木霊する。

二人の連携は単純。

 

姉のモモイが避けさせる目的でやみくもに弾丸をばらまき、アスナがどう動くかをモモイの銃弾から予め予測を立てた妹のミドリが、得意の精密射撃をアスナが逃げた先に狙い撃つ。

 

戦略としては単純ながらもお互いの息が合っていなければ失敗するそれを、二人は非常に高いレベルで、実戦に持ち込めるレベルで完成させていた。

 

「どりゃああああああああっっ!!」

 

足を止めたモモイがアスナ目掛けて広範囲に弾をばらまく。

当たって足が止まれば御の字だとばかり放たれた無数の弾丸は、しかし絶えず動き回っているアスナの身体を捉え切る事は出来なかった。

 

走った後の痕跡を辿る様に、一瞬前に居た場所目掛けて無数の銃弾が飛来する。

当然、その場所にアスナは既にいない。放たれた弾丸は無情にも通り過ぎるだけ。

 

だが、銃弾が迫って来ている以上アスナは速度を上げて走らざるを得ない。

そして速度が乗った身体は、急な動きに対応する事は出来ない。

 

その瞬間が、彼女達二人の勝機だった。

 

「そこっっっ!!」

 

速度が乗り、簡単に止まれなくなるこの瞬間を待っていたかのように、ミドリが射撃を開始する。

 

モモイが行ったようなばら撒く射撃では無く、狙い撃って確実に当てる射撃。

アスナの速度を計算し、走行ルートを把握し、この位置、この場所ならば間違いなく当てられるだろうと確定したうえで、その確定を取り零さない様ミドリが得意としている近距離戦における超精密射撃でアスナを撃つ。

 

確実に当てるという意思を体現するかのように銃声が力強く五回響く。

 

撃ったのはアスナの真後ろから。

ミドリとアスナの距離は十メートル程度。身体は咄嗟に反応出来ても弾丸の速度に追いつけない距離。

足の速度からして急な方向展開はもう不可能。出来たとしてもその前に銃弾が届く。

 

そんな状態を、どう足掻いても当たる状況を、ミドリとモモイは連携して作り出した。

 

しかしそれでもアスナがいる高みには到達していなかった。

 

アスナは姉の射撃から、自分がどの位置にいれば妹がどう撃って来るのかを逆に予測する。

後は勘と経験に任せて身体を動かす。

やる事は、ただそれだけ。

 

結構やるね。と、二人の頑張りに一定の評価を下した後。

ズザーーッッ!! と、アスナはスライディングの要領で身体を後ろに倒し前へ滑り始めた。

 

直後、アスナの頭上を五発の弾丸が通り過ぎる。

当たる筈だった弾丸が最上階のガラス窓に突き破り綺麗な弾丸痕を残す。

遮蔽物の無い戦場において銃撃を避けるのはまず不可能。

それを彼女は持ち前のセンスと勘で被弾をゼロに食い止めた。

 

だがしかし彼女は避けるだけでは終わらない。

滑る姿勢を崩さず頭を真上に向けたまま、アスナは両腕と銃口のみを真後ろに向け。

自前のアサルトライフルである『サプライズパーティー』をミドリ目掛けて射撃を開始した。

 

「ッッ!? あ、ああぁあああッッ!!」

 

床を滑る際に生じる摩擦熱が露出したアスナの太ももを直に焼く中ミドリの悲鳴が響く。

どうやらそこそこの命中精度だったことを彼女の声で判断したアスナは、右手で床を強く叩きつつその反動で身体を起こすと、クルリと身体を反転させ、ミドリに追撃を加えようと再び銃を構え……、

 

モモイが引き鉄を引いている瞬間を横目で目撃した。

 

「っ! やばっっ!」

 

開口一番、躊躇なくアスナはミドリへの追撃を中止し右方向へ円を描くように走り出す。

直後、アスナがいた場所に銃弾の雨が降り注いだ。

 

「あはははははっ! 良い! 中々良い動きするじゃん! 姉妹愛って奴? 予想外だよこれ!」

 

モモイの援護射撃を華麗にいなしながらアスナは笑う。

今の彼女の援護はまるで、ミドリが反撃を貰うと初めから想定していなければ出来ない。

 

しかし現にモモイはそれをやってのけた。

ミドリの危機を間一髪で救った。

そしてアスナが追撃を止め、走り出した時間を使ってミドリは既に体制を立て直し終わっている。

 

状況は再び振り出しに戻った。

モモイからの追撃を避け、ミドリが再び狙い撃つのを予測して回避しなければならない状況に。

 

厄介。二人の織りなす完璧な連携を見てアスナは素直に評する。

 

その場その場の状況で相方がどう動き、その動きに合わせてどう動けば相方にとって都合が良いのか、それら全てを目配せ無し、合図無しで完璧に逐一合わせられる類を見ない能力。

 

研鑽ではどう足掻いても到達出来ない領域。

それをモモイ、ミドリの両名は互いに同じ高みの次元に到達し遂行している。

 

こう動けば姉は、妹は必ずこう動いてくれるだろう。

その前提の基、双子は二人一組での戦いを継続し続ける。

 

水で固められていない砂の城よりも遥かに崩れやすい前提を、互いの理解と信頼によって強引に長時間成り立たせ、力の差を無理やりに埋めている文字通りの力業は、相手している側からすれば理不尽に近い物を覚えるだろう。

 

彼女達にとっての不幸は、その例外は少なからずいるという事と。

数少ない例外の内の一人が、一ノ瀬アスナであるということだった。

 

「でもその連携ってさあっ!」

 

二人に語り掛けながら、アスナは距離を詰める。

標的は、才羽姉妹の姉、才羽モモイ。

 

直後、標的から一時的に外されたミドリが援護に回る。

アスナを邪魔せんと放たれた五発の弾丸。

発砲音から方角を大まかに推定したアスナは、その弾丸に対して……。

 

一切の避ける事をしなかった。

 

「援護射撃で私をどうにか出来るが前提だよねこれ」

 

ゴガガガッッ!! と、こめかみや首元と言った急所に弾丸が着弾する。

ミドリの射撃能力の高さ故に可能な必殺の直撃を受けて尚、アスナは笑みを浮かべたまま……。

 

ぬるりと滑る様にモモイの眼前へと迫った。

 

「「ッッ!!」」

 

妹からの一撃で止まらなかった事。

目の前に一ノ瀬アスナがいる事。

 

姉への接近を許してしまった事。

急所への直撃を受けたのに怯みもしなかった事。

 

モモイ、ミドリ。それぞれがそれぞれ別の理由で表情を焦りと恐怖に変える。

 

しかしその動きは、戦闘においては遥かに余計な代物でしかなかった。

今この場で常に冷静に動き続けなくてはならない二人が、決して陥ってはいけない感情だった。

 

一ノ瀬アスナという格上を前にして一瞬ながら身を硬直させてしまった。

常に冷静に状況を把握し互いに連携を取り続けなければならない二人にとってそれは致命的な結果をもたらす。

 

アスナはそれを二人に教えるかのように、銃口をモモイの胸元にゼロ距離でくっつけ。ミドリがもう一度彼女を助ける為に撃ち始めるより早く。

 

「隙が出来ちゃったねお姉ちゃん」

 

一方的かつ逃げ場のない射撃を始めた。

 

 

 

 








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