とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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それは侵蝕する可能性の話

 

ピリリリリリリリッッ!! 

 

「……っ!」

 

懐にしまっている専用の連絡端末が音を鳴らして存在を主張する。

鳴った一音は性質の悪い事に緊急を要する事態が起きてる事を報せていた。

 

どうして。と考えたりはしない。

行かなければ。湧き上がったのはただそれだけ。

 

全身を突き動かす使命感が、頭と体を全力で働かせる。

どうすればこの状況を終わらせる事が出来るかを導き出す為に。

 

「はぁぁあああああああッッ!!」

 

天童アリスが吠えながらレールガンを連射する。

武器を取り戻した彼女の攻撃は相変わらず単調で、それ故に面倒さを孕んでいる。

 

趣向を凝らしていないが故に咄嗟の行動にそれなりに対応出来る。

ネルを相手にした場合、普通の少女がその戦法を取ってもあまり意味がないが、アリスに関してだけは別だった。

 

どれだけ攻撃しても怯む程度で済む耐久力。

軽く当たっただけでも胃液を吐き出しそうになる程の威力を誇る打撃力。

 

どちらとも厄介な要素を要する彼女は現在、一方的にネルを射撃している。

ネルはそれをひたすら走りながら避け続けている。

走り続けるネルに対し、ドッシリと構えて逃げる彼女を追うように撃ち続けるアリス。

 

一見一方的にアリスが攻めの姿勢を取っているように見えて、その実彼女は待ちの姿勢を取っている。

 

ネルが仕掛けてくるのを待っている。

休みなく降り注ぐ射撃に耐えかね、状況を打開しようと動く瞬間を待ち続けている。

 

無駄な動きをせず単調に撃ち続け、

下手な策を練らず、ただじっと相手が動くまで同じ動きを続け、

打開の為に向かって来るネルの攻撃を正面から耐え、迎撃する。

 

その戦法こそがアリスが打ち立てたネルに勝利する方法。

普通なら蜂の巣にされるだけの無茶も良い所の作戦だが、持ち前の耐久力と攻撃力がそれを実戦級に押し上げる。

 

ガガガガッッ!! と、無駄だと思いつつ、ネルも円を描くように走りながらサブマシンガンで応戦する。

銃口の向きを修正し続けるだけでその場から一歩も歩かないアリスに

 

弾丸の殆どが命中するも、アリスは避けもみじろぎもしない。

 

どれだけ被弾してもジッと耐える。

その程度では動じないとアピールするかのように。

 

自身の強みと弱みを完全に理解したアリスの戦い方は完全に理に適っており、ネル

はそれを素直に鬱陶しいと認めた。

 

認めた上で、どう決着を付けるかを考える。

アリスから受けた腹部への痛みは治まっている。

無理に動かしたとしてももう支障は無い。

 

「あまり待たす訳にはいかねぇ……やるか。あたし」

 

スッッ、と目が細められる。

声が一つ、冷静さを帯びる。

それは彼女が、美甘ネルが自分でも気付いていない程に冴え始めた証であり。

 

本当の本気を出し始める前兆だった。

 

ダッッッッ!!!! と、彼女の駆ける速度が上がる。

 

今までにない速度でネルはアリスを中心点とした円を描く動きに直線運動を保ったまま曲がる動きを混ぜ込んで走り始める。

倒れるギリギリまで身体を傾けて、無駄の一切を削ぎ落して常に最高速で走り続ける。

絶対に崩れる事無く、絶対に速度を落とす事無く。

 

人が変わったかの様なネルのスピードアップに、アリスは対応が出来なかった。

レールガンの照準を合わせた頃には、既にその場にネルはいない。

 

右に右に右に動かして、いなくて、さらに右に右に右に右に動かして捉えられない。

 

「あわ、あわわわわわ……!」

 

慌てふためく声がネルの耳に届く。

狙いを定めようとも定められていない事を、ネルは声で感知する。

 

それは間違いなく、仕掛け時だった。

円を描き、四角を描きながらネルはアリスの背後に回る。

グルグルと回るネルを追いかけて狙いを定めるアリスのさらに上を行く。

距離を徐々に詰めて、彼女の足音で今どちらを向いているのかを把握して、

 

動いて、回って、翻弄して、惑わせて、逃げ続けて、

走って、

走って、

走って、

走って。

 

惑わされ、翻弄され、目で追い切れず、どこを向いて良いかすら分からず、視線だけを右往左往し続けるアリスの背後を一瞬だけ背後を完全に取った時。

 

ゴッッッ!! と、ネルはコンクリートの地面を罅が入る程に強く踏み抜いた。

続いてバガンッッ!! と、踏み出す際にコンクリートの破片を背後にまき散らしながら、破壊的速度でもって一直線にアリス目掛けて疾走する。

 

「ッッ!?」

 

大きな音の発生からアリスはネルがどこにいたのか突き止めたのか、咄嗟に身体の向きを変え正面から相対し迎撃する構えを取る。

だが、それこそがネルの狙い。

いくら迎撃しようと身構えようが咄嗟の行動を二度も立て続けに出す事は出来ない。

 

今のアリスの状況ならば、出来て体の向きを変えるまで。

それが限界。

そこがアリスの限界点。

 

そうさせるまでがネルの思惑。

その思惑通りにアリスは身体をこちらに向けた。

 

速度が乗り仕掛ける準備が整い終わったネルと、反射的行動で身体を向けただけのアリス。

 

どちらが有利なのかは言うまでもない。

未だ動揺の表情を浮かべているアリスに対し、疾走する勢いのままネルは銃を捨て拳を強く握りしめると、アリスに激突する直前、グッッ!! と身体を屈ませ。

 

ドスンとアリスの腹部目掛けて拳を思いきり突き上げた。

 

「ふぐっっっ!?」

 

直後、柔らかく鈍い音が迸りアリスの呻く声が響く。

同時、途轍もない体重負荷がネルの右手に圧し掛かった。

 

アリスの重量はレールガンを合わせて二百キロ程度。

両手で持ち上げる事すら不可能な重圧が右手一本を襲う。

 

ここで拳を引いて距離を取るのが正解。

ダメージを与えたのはアリスの表情から明白。

 

そんな考えが一瞬頭に過り、

即座にその考えをネルは捨てた。

 

「オォォオオオッッ!!」

 

代わりに彼女は持てる全ての力を右腕に加えた

ギリ……ギリ……と、歯を食い縛る音が周囲に聞こえるまでに大きくなる。

どこまでもどこまでも強くあるように、強くなるように力を入れる。

 

メキッッと、何かに罅が入る音がしたのはどこからだったのだろうか。

 

だが、そんな事すら今のネルには関係無い。

全力で拳を上へと振り抜く。

ただそれだけ。

ただそれだけの行為だが、それは確実に下から突き上げる衝撃でアリスをレールガンごと浮き上がらせ。

 

「オォォオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!」

 

ドッパァァアアアアンッッッ!!! と、絶叫を上げながら放たれたネルの一撃よってアリスを真上へと殴り飛ばす事に成功した。

 

その距離、六メートル。

腹を貫く衝撃と、空へと持ち上げられた状況変化にアリスは身動き出来ずレールガンを持ったまま自由落下を始める。

目を見開き激痛に顔を歪ませたまま落ちるアリスを、ネルは追った。

 

ダンッッ!! と、強く地面を蹴り、ネルも空中に躍り出る。

彼女の目的地はアリスを打ち上げた場所の真上に設置されてる信号機の信号部分。

 

アリスとすれ違うように高く飛んだ直後、グルンと彼女は身体を半回転させ、信号機部分を強く蹴り、落下の勢いを上げる。

既に落下を始めているアリスに追いつく程に加速したネルはもう一度グルンッッ!! と、中空でその身を縦に回転させ、回転と落下の勢いを利用してネルは右足を振り被った。

 

ネルの狙いはたった一つ。たった一部位。

スラリと伸びる細く白い脚を惜しげも無く晒しながら、ネルはアリスが地面に落下すると同時。

 

「そろそろ寝とけッッ!! クソチビッッッ!!!!」

 

ゴッガァアアアアアアアアンッッッ!!!! と、アリス目掛けて全力で右足を振り下ろし、踵部分をアリスの腹部に叩き込んだ。

 

ビキキィィィッッッッ!! とコンクリートが叩き付けたアリスを中心として円状に広がる罅が広範囲に走り、そればかりかネルの踵落としの衝撃に耐えきれず、アリスのいる中心部分が深く沈む。

 

「……………………!!」

 

ネルの一撃をまともに受けたアリスは半身をコンクリートに沈めたままヘイローを消失させしていた。

白目を剥き、指先一つ動かそうとしないその姿は、戦闘不能に陥った事をこれでもかと表明する。

 

今度こそアリスが気絶した事を目視で確認したネルは、痛む右手を二度程さすりながら起き上がると、最後にもう一度だけチラリと動かなくなったアリスを見やる。

 

「……手加減出来なくて悪かったな」

 

本気を出さなければ勝てる相手じゃなかった。

それを踏まえて尚、全力で戦い、徹底的に叩き伏せてしまった事に対し謝罪の言葉を述べる。

 

そうするしかなかったとはいえ、出来ればそうしたくなかった。

相反する二つの感情を抱え、本当にこうしかなかったのかと自問自答を行おうとし、首をブンと左右に振った。

 

終わった事を考えている場合ではない。

謝罪なら後でいくらでもできる。

 

今はそれよりも優先しなければならない事項がある。

 

「……急がねえと」

 

仕事が待ってる。

改めて自分に教える様に口走った後、ネルは人のいないミレニアムを走る。

その表情に、僅かな焦りを宿しながら。

 

 

──────────────────────

 

 

 

「はぁ……はぁ……ッッ! ッッ!?」

「そーれッッ!!」

 

ドスンッッ!! と言う響きと共にミドリの眼前にアスナが着地する。

跳躍して一気に距離を詰めて来たアスナに対し、ミドリは慌てて武器を構えた。

どれだけ素早く反応が鋭い相手でも、ここまで距離を詰めたら避けられる筈が無い。

 

知識でそう理解しているミドリは、アスナに照準を付け、引き鉄を引こうと指を動かす。

 

だがそれよりも先に、アスナの腰の入った右手の一撃が飛んでくるのを目が確認した。

 

「うっっっ!!」

 

ガッッ!! と、彼女は射撃を止め自分の銃でアスナの一撃を受け止める。

しかしそこに安堵する時間を彼女は与えてくれない。

 

「よいしょッッ!!」

 

すかさず半円を描きながら顔面に飛び込んでくる左の拳。

追撃とばかりに胸部目掛けて真っ直ぐに放たれる右の拳。

駄目押しとばかりに横腹に叩き込んでくる左の脚。

 

どれもこれも受けたら痛いでは済まなさそうな連撃を、ミドリは必死に受ける。

 

右手の一撃を受け止めた銃をそのまま右にズラして左から飛んでくる拳の一撃を受け止め、

直後そのまま腕を下ろし十字の字に固め、胸部を狙う拳を前腕で防御し、

あえて一歩さらに前進し、横腹を狙う脚を満足に動かなくさせ彼女の挙動を止める。

 

「くっっっううううッッ!!」

 

結果だけを見れば全ての一撃を大したダメージも無く受け切ったミドリだったが、しかしそれはミドリとアスナの実力が拮抗している事を示さない。

 

むしろ、差がある事を如実に表していると言えた。

超至近距離での戦闘において銃という武器は存外役に立たない。

武器を構える、狙いを絞る、引き鉄を引く。この工程がどうしても必要になる。

 

対して拳が必要な工程はたった一つ、目の前の相手に向かって殴る。ただそれだけ。

一工程と三工程。それぞれ時間で換算した場合ほんの僅かしか差が無いであろうそれは、一瞬一瞬で戦局が切り替わる超至近戦においては何よりも重要な一瞬であった。

 

そしてその一瞬をミドリは取り逃がした。否、取り逃がす事しか出来なかった。

彼女はアスナと違い近接戦闘におけるノウハウが無い。

肉薄してきた相手に対する攻撃手段を会得していない。

 

素手での戦闘方法を知らず、近接武器も持っておらず、どの距離にいる相手にも銃による射撃でしか攻撃出来ない。そうする戦い方しか知らない。

 

それを見越したアスナの目論見は完全に的中していた。

即ち、ミドリを防戦一方に陥れる事の成功。

 

銃を武器では無く防具として使ってしまった以上もう反撃は出来ない。

ミドリが銃を再び構え一発撃つまでの時間でアスナは四発ミドリに打撃を入れられる。

 

そして彼女は、その四発全てに耐え抜いて狙いをブレさせずに撃つ程の耐久も技能も無かった。

よってミドリは武器を構えることすら出来ず防御に回らざるを得なくなる。

 

アスナが攻撃を取り止めるまで。

先の三撃を防ぐのが精一杯だったのを、延々に。

 

防御に成功し続けたとしてもダメージがゼロにはならない。

現に先程胸部への一撃を止める為に使用した両腕はじんじんとした痛みを放ちじんわりとミドリを痛めつけている。

 

その痛みは防御を続ければ続ける程どんどん膨れ上がり、いずれ満足に動かなくなる時が来る。

しかしそれを回避する手段をミドリは持ち得なかった。

 

「ほいっっ! よっっっ! はッッッ!!!」

 

終始笑顔のアスナから泣きたくなる程の連撃が走る。

 

「うっっっ! ぁっっっっ!!」

 

四撃、五撃、六撃。

一瞬でも判断を間違えば打撃が直撃する緊迫感の中、ミドリは必死に必死に攻撃を捌く。

だがアスナの攻める速度に防御が追い付かない。

四撃目まではどうにか目で見て受け切れていた攻撃が、七撃目にもなると殆ど身体が反応出来ない。

 

ここに攻撃が来るかもしれないと言う勘で攻撃を防ぎ続ける。

しかしこれも長くは続かない。

反応速度に身体能力が追い付かない。

 

痛みと、緊張と、アスナへ抱く怖さと、常に迫りくる手足。どこに防御を割けば良いか常に選択し続けなければならないプレッシャー。

 

それらが高く高く積み重なってミドリを蝕み、プツンと糸が切れたようにどれかの集中が途切れる。

 

どうにもならない。

こんなのもう無理。

 

そう思ってしまったが最後だった。

刹那、ミドリは音を立てて迫りくるアスナの攻撃に、反射でギュッッ!! と目を瞑った。

 

降参と同じニュアンスを含んだその行動は、しかしアスナに対し一切の効果をもたらさない。

故に。

 

ドスッッ!! と言う衝撃と共にアスナから掌底が放たれミドリの胸元に深々と突き刺さるのを、ミドリは知らず知らずの内に受け入れる事しか出来なかった。

 

「がはッッッ!?」

 

ミシリ……と、骨が軋んだ音をミドリは拾った。

急激な圧迫感に心臓から悲鳴が上がる。

 

肺の酸素全てを強制的に吐き出されるような感覚にミドリはまともな声さえ上げることが出来ず、心臓から背中へと突き抜けるような衝撃によって、彼女はその小柄な体格故に踏ん張ることが出来ず、真っすぐ真後ろへと吹き飛ばされた。

 

ゴッッ!! と、壁に背中から激突し、その痛みに目を見開き、身体を丸めながら膝と手を床に付ける。

 

「かは……ぁ……ッッ!」

 

息が吸えない。

酸素を取り込めない。

どれだけ口を大きく開けても、ダメージを受けた肺が酸素を取り込むのを拒否している。

 

苦しい。

息を吸いたい。

顔面を蒼くさせ、額や頬から汗をダラダラと落としながら、一心不乱にミドリは空気を入れようと何度も口を大きく広げる。

 

しかしその動作を、ミドリが回復するまでの時間を、敵であるアスナは待ってくれない。

 

「ぁ………………ッッ!?」

 

ガガガガッッッ!! と、アスナからの射撃音が聞こえたと同時、ミドリは身体中の酸素が全て吐き出されていく感覚に襲われながらも、咄嗟に右方向へ飛び込むように跳躍した。

 

直後、先程まで転んでいた場所に銃弾の雨が降り注ぐ。

距離が開けば今度は銃弾が飛んでくる。それは考えれば当然の事。

 

しかし、今のミドリにとってはあまりに理不尽な状況だと思うしかなかった。

弾丸を避ける為にミドリは強制的に走らされる。

息もまともに吸えない状態で、立ち止まる事を許されない状況を作らされる。

 

立ち止まれば射撃の的になる。

息を吸いたいと意識を割いてしまえば注意力が落ち、そうするとアスナの挙動に気を配れない。

何処を狙おうとしているのかを目で追えない。

 

回復したいという本能を理性で抑えきらないとこの戦いの負けが確定する。

さらに攻撃を止める為にはこちらも撃たなければならない。

避けるだけでも出来るかどうか不明なのに、世界はその上を無慈悲にも要求する。

 

しかしそれはどんな拷問よりも拷問らしい苦痛だった。

 

「~~~~~~~~ッッッ!!」

 

出来る限り身を低くし、足を止めたくなる気持ちを必死に押し殺しながらミドリは反撃する。

だが満身創痍のミドリから放たれた銃弾には、本来得意としている命中精度は完全に欠けていた。

 

ミドリの攻撃はアスナに当たらず、周囲の窓を割り壁を穿つだけに留まる。

 

その視界は涙でぼやけ、体力も残っていないのかまっすぐ走るのもままなっていない。休まず攻撃を加えようとするが、肝心の相手に当たらない以上それはただ攻撃するフリをするだけに過ぎない。

 

そしてそんな事を続けた場合何が起きるか。

答えは簡単。先にミドリの気力が尽きる。

 

ふらふらと何とか走る体裁だけを保っていたミドリだったが、とうとう限界が来たのか彼女は盛大に足をもつれさせた。

 

「ッッッ!!」

 

グラリと、身体が揺れる。

次の一歩を踏み出すことが出来ぬまま前へと倒れ始める。

 

まずい。

陥った状況の危険さがそうさせるのか、サッッとミドリの体温が下がる。

だが、その一瞬後。

 

ズドッッ! と、体勢を崩したミドリの横腹にアスナから放たれた弾丸が突き刺さった。

 

「あっっっぎッッッッ!!」

 

その一撃が、ミドリの逃げ回る意思にトドメを差す。

しかし。

 

「は……はッッ! はッッ! はッッッッッ!!」

 

圧倒的一撃を受けた中でも、彼女はここで寝る訳にはいかないと己を鼓舞し、今にも倒れたくなる身体を必死にまだ頑張るんだと発破をかけた。

 

痙攣する右手を時間を掛けて壁に伸ばし、それを支えにしながらゆっくり立ち上がると、左手で心臓とわき腹を同時に抱き抱えると彼女は失った酸素を取り込むよう肩を激しく上下に震わせる。

 

どうにか崩れ落ちずに踏ん張る事には成功したミドリだが、アスナに抗うという意思こそ持っている物の、その戦意の強さは意思とは比例しない。

その証拠とばかりに、苦悶の表情でアスナを見つめるミドリの表情は絶望に染められていた。

 

勝てない。

力の差があり過ぎる。

何をやっても防戦一方。

どう足掻いても、彼女に勝てる未来が見えない。

 

「ん~~~~~。やっぱりそういうことかも」

 

射撃を中止したアスナが、人差し指を口元に当てながら納得したかのようにうんうんと頷く。

 

何が。と聞き返そうとした言葉は声にする事が出来なかった。

 

「気付いてないの? さっきから凄く動きが良いよ。お姉ちゃんの動きを一々気にする必要が無くなったからじゃないかな」

 

だがアスナはミドリの唇の動きを読み取ったのか、彼女が聞きたかった内容を語り始める。

 

嫌味だ。と素直にミドリは思った。

動きが良くなったとアスナは言うが、結果を見ればどちらが優位に立っているのか火を見るよりも明らか。

 

それにそんな事がある訳が無い。

ミドリはモモイと組んで初めて強敵を相手に正面から戦えるだけの力を得る。

 

現にモモイを失った今、アスナに対してまともなダメージ一つ与えることが出来ずにいる。

無様にも程がある現状を見て、何が動きが良くなったと言えるのだろうか。

 

「別に一人の方が強いとは言わないけどさ、お姉ちゃんは私の攻撃で一瞬でダウンしちゃったよね。けど妹ちゃんはまだ立っている。攻撃を捌けるだけ捌いて、致命的な一撃を防御し続けている。これってつまり実力差だよ? 普通に考えて」

 

きっと無意識に力をセーブしてるんだねとアスナは語る。

力の出力を姉に合わせる為、本来可能なパフォーマンスを落として身体を動かしていると。

 

息のピッタリ合った姉妹だからこそ可能な戦闘技術はその実、ミドリがモモイに合わせて動きを調整している事で何とか疑似的に再現しているだけの戦術に過ぎない。

 

いくら姉妹だからと言って、いくらずっと一緒にいるからといって、強さまで同じとは限らない。

その事実をアスナはミドリに突きつける。

確たる証拠として、自分と一対一で正面から相対して尚まだ立ち続けている。

これが強い証拠でなくて何なのだとアスナは言う。

 

「まあきっと強くなったのは最近だと思うけどね。こういうのって体感しないと分からないからさ」

 

私も皆から指摘されて初めて強くなってる事に気付いたからね~とアスナは続ける。

対して、ミドリは彼女が言っている事の意味が理解できない。

 

「ぜぇ……ぜぇ……。さっきから何を、言って…………」

「気付いてる? お姉ちゃんよりずっと強いよ?」

 

ズッッ!! と、再び肉薄してきたアスナがそうミドリに告げる。

眼前に迫ったアスナの迫力から再び近接攻撃が来る事を予測したミドリは、もう接近戦は御免だとばかりに壁沿いに後退する。

 

「多分お姉ちゃんよりも妹ちゃんの方がご主人様と一緒にいた時間が長いんじゃない?」

 

恐怖の表情をありありと浮かべながら後退するミドリを見てアスナはあははと悪気は何もない事を表すかのうように笑いながら続きの言葉を述べた後、

 

「まあでも、勝ち負けをひっくり返す程の物にはなってないけどね~」

 

キッパリと言い切りながら、アスナはミドリに銃を向けた。

その目と声からは、そろそろ終わりにしようという意思がありありと溢れていて。

 

それを正面から受けて尚アスナを上回る胆力を、ミドリはもう持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

明晰夢。と呼称される事象がある。

睡眠中に見る夢の内、これは夢であると自覚しながら見る夢の事であり、己が描いた理想を自由自在に操り、まさしく神の如く世界を構築できる時間。

 

それが明晰夢。

 

当然、夢である以上対象者は眠る必要がある。

その前提を覆すことは誰にも出来ない。

 

にもかかわらず、

 

「何、この場所……?」

 

早瀬ユウカは自分が夢を見ているとハッキリ自覚していた。

否、これが夢ではないという事までも含めて自覚していた。

 

現在、自分の身体は黒服によって銃撃を受けている真っ最中。

神経を根こそぎ抉るような痛みが腹部に迸り、悲鳴を上げ続けていた真っ最中。

 

なのに何故か彼女は今、校舎の廊下ではなくどことも知れない廃墟に一人立ち尽くしていた。

 

寝てもいなければ気絶もしていない。

なのにまるで夢でも見ているかのような空間の変化にユウカは戸惑いを隠せない。

 

あまりの激痛に意識を飛ばしたのだろうか等と考えるも、直前までの記憶がそれは無いと訴えている。

受けていた痛みは本物だったが、それでも意識を失う程の物では無かったと彼女は断じた。

 

けれど確実に自分は夢を見ている。その確信がユウカにはあった。

理論で説明できる物では無い。ただ間違いなくこれは夢であるとハッキリ言える。

 

それがどうしようもない矛盾を生み出しているとしても、言い切れる物は言い切れるのだから仕方が無かった。

 

「……何が何だか分からないけど、どうにかして夢から覚めなきゃ」

 

考えれば考える程理解出来ない。

状況を詰めれば詰めるだけ謎が増える。

 

しかしそんな物はユウカにとっては全て後回しの事項だった。

今の最優先はこの夢から覚める事。

 

目覚めて、そして『(しん)』を破壊する。

その為にまずこの状況を打開しなければとユウカは夢から覚める手段を探るべくグルリと周囲を見渡した。

 

彼女が立っている場所は見るも無残に破壊し尽くされた都市の廃墟。

建造物の殆どが原型をとどめて居ない程に破壊し尽くされ、彼女が立つ整地されていた筈のコンクリート道路も大部分が下から抉られたかのように持ち上がり道路に壁を作っている。

 

周囲にそびえるビル自体も一つ一つ違う破壊が成されておりその様子は凄惨以外に言葉が思い付かない。

 

ある階層から上の部分が消失した物。

ある階層から真っ二つに折れて数多の建物を下敷きにしている物。

そもそも根こそぎひっくり返っている物。

 

ここが見知った場所なのかどうかも不明な程に破壊し尽くされた街はおぞましい程に静かであり、夢であると分かっていてもユウカに恐怖を与えた。

 

「っ……」

 

周囲を見渡しているだけなのに、歩き出そうとする意思が揺れる。

夢である事は分かっている筈なのに、現実では無い場所なのは分かっている筈なのに。

この世界に足を踏み込んで行く事を、身体が拒否反応を起こす。

 

どうしよう。と、途端にユウカは迷い始める。

脱出する術を探さなくてはならないのに、身体が行きたがってくれない。

 

行かなければ、進まなければ。

そう思えば思う程、意志を保とうとすればする程、

ジリ……と、ユウカの身体は一歩、また一歩後ろへと後ずさってしまっていた。

 

この風景には許容出来ない恐怖がある。

この夢に適応出来ない自分がいる。

この世界を深く探索したくないという気持ちに勝てない。

 

結果、ユウカは尻込みする。

夢であると分かってて、現実では無いと分かってて、それでもその先へ進めない。

 

何分、彼女はそうして立ち尽くしていただろうか。

何歩、彼女は最初に立っていた位置から後ろへ下がっただろうか。

 

ある瞬間、ゴッッ!! と、立つのがやっとなぐらいの大きな風が一瞬だけユウカを襲った。

 

「わっっっ!?」

 

真横から吹いてきた風に思わず声を上げ、右肘で顔を庇う。

バサバサと髪の毛が舞い砂ぼこりが激しく巻き上がる中、風の収まりを経てユウカは顔を覆っていた肘をどかし、閉じていた目をゆっくりと開け。

 

「…………え?」

 

空が赤色に染まっている事に気付き、その身を硬直させた。

 

「え……? な、何これ……突然空が真っ赤に……!?」

 

先程まで雲一つない青空だった筈なのに、何故だか今は鮮血に彩られたかのように真っ赤に染まっている。

ゾワリと、今度こそユウカの背筋が震えた。

 

明らかに良くない事の兆候にしか見えないその事象に、いつしか彼女の身体は小刻みに痙攣を始める。

 

「や……やだ……」

 

その痙攣が震えとなり、寒さとなってユウカを襲う。

暑い季節だというのに、何故だか身体が寒いと訴える。

 

「……ハハ……! ……ァハ…………!!」

 

遠くから声が聞こえたのは、ユウカがこの世界に対し本格的に忌避感を覚えた直後の事だった。

声が響いてきたのは風が吹いて来た右方向。

 

誰の声かは分からなかったが、笑い声に近い声だったなとユウカは認識した。

同時に、それはこの世界における一つの手がかりになると確信する。

 

どうすればこの夢から覚めるのかは未だ不明だが、この声は追わなければならない。

タッッ! と、ユウカはそんな予感と使命感を胸に声の方向に走り出す。

ひび割れたコンクリートに足を取られないよう気を付けながら、瓦礫の街と化した廃墟を駆ける。

 

ユウカが声の方へ向かい始めてからも、発声主はずっとずっと笑い続けていた。

何をそんなに笑う事があるのだろうと考え、夢だからそういうのも普通にあるかとユウカは気持ちを切り替えて走り続け。

 

「…………ャハ……ッッ! ギ……ハハハ…………!」

「…………ッ!?」

 

その声が、彼女が良く聞く声に()()()()()()()()()事に気付き、途端彼女の走る速度が極端な程に遅くなった。

 

最早歩くのと変わらない速度で進む中、あれ。とユウカは誰にともなく疑問を口にする。

ドクン、と心臓が大きく脈打った。

額から走った事の疲れから来る物ではない汗が流れる。

 

「は……はッ……はッッ……!!」

 

対して走ってもいないのに息が切れる。

酸素を求めて肩が激しく上下する。

 

心のざわめきが抑えられない。

何かがつっかえたような感覚が胸に現れる。

 

身体の調子がおかしくなる。

動機が激しくなる。

そんな訳ないと、何度も彼女は首を横に振った。

 

しかし。

しかし。

 

「ギヒャ…………ハハ…………! ア…………ハハハ……ハハ……!!」

 

近付けば近付く程、

声を聞けば聞く程。

 

似ている事に気付く。

否、否、否。

 

同じである事に、気付く。

 

「せん……せ……い……?」

 

ポツリと、言葉を落とす。

それが決定的だった。

その一言が、ユウカの中の最後の砦を壊した。

 

言ってしまった。

口に出してしまった。

もう、勘違いだと己を騙すことは出来なかった。

 

受け入れるしかなかった。

声を放っているのは、先生であるという事を。

 

「なん……で……、そんな……笑いを……」

 

聞いた事のある声が、聴いた事の無い声で笑っている。

それが途轍もなくユウカを不安にさせた。

 

何が起きているの。

何があったの。

どうしてそんなに笑っているの。

 

ダッッッ!! と、気付けばユウカは全力で駆け出していた。

ひび割れた地面を気にする素振りも見せずに一目散に声の方へと向かい始める。

 

ガッッ! と、何度も何度も足を地面に引っ掛ける。

その度によろけ、体勢を崩しそうになるも彼女は走る事を止めなかった。

 

一心不乱にユウカは進む。

進んで、進んで。

走って、走って。

 

互いの距離が縮まっているのを示す様に段々と声がハッキリと聞こえる程に大きくなって。

それ程の距離を詰めてもまだ笑い続けてる彼の様子にいてもたってもいられなくて。

 

早く彼の元に行きたいと必死にユウカは足を動かし続けて。

助けに行かないとと言う溢れんばかりの気持ちを走る速度に乗せ続けて。

廃墟の街を一切迂回することなく一直線に声のする方向に進み続けて。

最後、道を塞ぐように地面に突き刺さった大きなガレキを駆けあがる様に飛び越えた後、塗装も何もされていない荒れた荒野のような大地に彼女は降り立ち……。

 

そして、目撃する。

 

「ギャハハハハハハ!! ギヒャッ! アギャハハハハハッッ!!」

 

背中から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、狂ったように笑い続けている彼の後ろ姿を。

杖もつかず、両手を赤い空に向かって伸ばしながら全てを呪うかのように笑う彼の後姿を。

彼の足元で力無く横たわりながら地面に血の池を作っている。知らない制服に身を包んでいる少女の姿を。

 

そして。

そして。

 

「~~~~~~~~~~~~ッッ!!」

 

地面に散らばる見知った少女達と知らない少女達の、それぞれの残骸と思わしき姿をユウカは否応なく目撃する。

 

それは正に、この世の地獄としか形容できない光景で。

その地獄は今も終わっていないことを、先生の笑い声が教え続けていた。

 

 

 










浦和ハナコの水着グラから放たれる途轍もないえっちさに脳を揺さぶられ、上条当麻×食蜂操祈(所謂上食)の突然の公式供給によって脳を破壊された一週間。あまりにも果てしなく濃いよぉ……! 


ネルVSアリス戦決着です。
普通に敵サイドのネルが勝っちゃいましたね……。そしてそれはアカネ、カリンにも言えるんですけども……。

C&Cに誰も勝てないんですか? それは味方サイドとしてどうなんですか!! 

頑張ってミドリ! 残ってるのもう君だけ。

ミドリの力が上がってる云々ですが、御大層な事言ってますが簡潔に言ってしまうとゲーム内におけるレベルアップを本編に組み込んでいるだけです。レポートとかその辺の類の話をしているだけだったりします。


そして一方のユウカ。
一体彼女は何を見ているんでしょう。
そもそもこれは本当に夢なのでしょうか。
まあユウカが夢だと言っているので夢なんでしょう。

次回は夢編、あはぎゃは言ってる一方さんが見れるのは次の話だけ!

……多分、きっと。
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