とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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シッテムの箱

「う~ん……これが一体何なのか全く分かりませんね」

 

シャーレの地下にて、狐の面を被った少女が一人、ある物を前にしてそう呟く。

その表情は隠されており窺うことは出来ないが、その声色は明らかに困惑が混じっている声だった。

 

連邦生徒会への憂さ晴らしを果たすべくここまで潜り込んだまでは良かった。

地下に大事そうな物があるらしいと聞いて破壊してやろうと意気込んだまでは良かった。

 

そう、そこまでは順調だった。

だが、

 

「そもそも、その大事そうな物って一体何処の何を示しているんでしょう?」

 

肝心の物が何なのか、ワカモには皆目見当がついていなかった。

てっきり大型の機械なりなんなりがあるのかと思ったが、あるのはどこにでもありそうなディスプレイやパソコン、電池が切れてるタブレットと、これが連邦生徒会が抱える大事な物だと確定させるには、今一決め手に欠けてしまうものばかりだった。

 

手当たり次第地下にある物全てぶち壊しても良いとも思うが、ここは地下。

 

一言付け加えると、けっこうな距離を降りてきた地下だ。

 

万が一、億が一ここで思う存分暴れに暴れた結果、無情にもここが崩れ始めたら、逃げ切ることも出来ず生き埋めが確定する。

 

はてさてどうしましょうと、ワカモは左の掌を顎に当てながら逡巡する。

このまますごすごと引き下がるのか、はたまた暴れ過ぎない様注意しながら手当たり次第に破壊をするのか。

 

選びたいのは圧倒的後者である。

後者であるには違いない。

 

が、

 

「時間を掛け過ぎるのも良くありませんし……」

 

そう呟く少女の頭に浮かぶのは、暴れている自分達を制圧せんと暴れた五人の存在。

遠目で捕捉した故にどこのどなたなのかは不明だったが、間違いなくやって来た理由は自分達を制圧する為なのは確実。もしかしたらこの地下のことも既に知られていてそれの死守も兼ねているかもしれない。

 

考える。

考える。

 

このままここで迷っていたら間違いなく戦闘になる。

迷わなくても破壊活動を続けてしまうと戦闘になる。

 

勝てないとは断言しないが、七十人以上の同類を蹴散らした五人を同時に相手するのは流石に骨が折れるにも程がある。

 

なので出来る限り迅速に目標物のみを破壊、その後速やかに撤退。が、彼女の描いていた黄金ルートだったのだが。

 

「これは……悔しいですが逃げるしかありませんね……」

 

その選択肢を選ぶこと自体が出来ない今、残されているのは勇気ある撤退のみという、受け入れたくない現状を突き付けられたワカモは、それでもしょうがないと諦め、来た道を引き返そうとした瞬間。

 

「そこから動くンじゃねェ」

 

カチャッッと、背後から後頭部に銃口を突き付けられた。

刹那、ワカモのスイッチが戦闘用の思考へと切り替わる。

 

「あらあら、私に一体なんの御用ですか?」

 

声色こそ変わらない。

先程までの、切り替わる前のワカモと何も変わらない。

 

しかし、内に秘めたる感情が、明らかに敵対者と相対する時の物へと変わっていた。

振り向かず、ただ気配のみでワカモは相手の数を探る。

 

(お相手はお一人……。おまけにこの雰囲気はキヴォトスの人ではないですね。となると、先程までのお仲間は下ではなく上への探索に行った。と言う所でしょうか)

 

背後に回られ、後頭部に銃口を突き付けられてるという圧倒的不利な状況下においても、相手が一般人なら戦局は尚こちらが有利。

仮にそのまま何発か撃たれようがこちらが倒れることはない。

むしろ、撃たれた衝撃を利用して距離を開け、仕切り直すことすら容易。

 

この人は自分の相手にならないレベルの遥か格下。いつでも叩き伏せる事が可能だとワカモは結論を出し、その上で相手の話に乗る素振りを見せた。

 

「聞きてェことは二つだ。速やかに答えろ。素直に教えるなら撃ったりはしねェ」

 

そんなワカモの思惑など露知らず、ドスの利いた声が背後から伝わる。

素直に言わないなら容赦なく撃つ。

そう脅しをかけてくる相手に、しかしワカモは仮面で表情を隠したまま内心呟く。

 

(言葉の苛烈さとは裏腹に案外甘いお方ですこと。キヴォトスの人間が撃たれたぐらいで死ぬ訳がないのはこの道中であなたが一番実感した筈ですのに)

 

本気で脅すならこの時点で撃つべきなのだ。

その程度では自分達が死ぬことはない。

何発か頭に、腹に、足に撃ち込んで、撃ち抜いて、痛みを与えて、本気だという意思を物理的に思わせてからが話し合いの始まりなのだ。

 

それがこの世界での常識。

しかし、相手はそれをしてこない。

 

抵抗してない相手を撃つのは気が引けるのか、それとも自分が撃たれることを待っていることが見抜かれているのか、現時点ではどちらとも判別が付かない。

 

付かない以上、ワカモは自分から率先して行動しないことを選択した。

 

「一つ目。お前をたぶらかした組織の名前は何だ。二つ目。その組織に何を命令された」

 

「私が個人で行った物、と言う可能性は考えないのですか?」

 

直後、背後から乾いた銃声が鳴り響いた。

銃口から放たれた弾丸は、反応すら出来ない速度でワカモの頬を掠めながら床に着弾する。

残ったのは、カラン、と薬莢が落ちる冷たい音だけ。

 

「質問にだけ答えろと言った筈だ」

 

「私に向けて撃つんじゃありませんでしたの?」

 

「俺は撃たねェとだけ言ったンだ。威嚇はこれで終わりだ」

 

次は当てる。

発した言葉に嘘偽りがないことを証明するかのように、銃口に力が籠ったのをワカモは感じ取る。

声と威圧感で本気を思わせてくる相手の行動に対し、ワカモが浮かべているのは笑みだった。

 

ほら、やっぱり甘いお方。

躊躇の無さだけは見せておきながら、その実晒しているのは慈悲ばかり。

これでは本当に脅されているのかどうか怪しいじゃありませんか。

 

ワカモは仮面の下で余裕の笑みを浮かべながらそんなことを考えながら、その上で彼の発言を首肯し、ゆっくりと口を開く。

 

「組織……あれを組織と言って良いのかは不明ですわ。なにせ、話を持ち掛けてきたのは一体の丸い洗濯機みたいなロボットでしたから」

 

確か、五十六号。と名乗っていたかしら。とワカモは素直に情報を吐露する。

 

「ロボット……つまり遠隔操作で接触してきたって訳か」

 

「いいえ。あなた知らないんです? キヴォトスのロボットは自立思考型も存在しているんですのよ? あの感じは命令こそされているものの、誰かとの連絡における中継として利用された物ではないですわ」

 

「チッ! 命令されて動いた奴がいる以上何かが潜んでいることは確定だがその規模も正体も不明ってか……! じゃァ二つ目だ。何を命令された」

 

「何もされてませんわ」

 

これも、ワカモは素直に吐露する。

話した所で、何も問題はない。

何を言った所で、勘繰られるべき裏という話がある物ではない。

 

「あ?」

 

「何も命令されてませんわ。ただ思うがままの行動をしてくれと言われただけ。だから連邦生徒会の大事な物がこの場所に運び込まれている情報を持っていた私が、吠え面かかせる為にここまで来たのですけども」

 

「……、お前は矯正局ってとこで収容されてたンだろうが。どうやって脱獄した」

 

「当初は派手に暴れるつもりでしたが、何をしたかまでは知りませんが監視の方達はそのロボットによってみんな眠らされてました」

 

だから暴れる必要なく脱獄出来、騒ぎを起こさなかったことで時間も稼げましたとワカモは、その後自分がその辺にいる恨みを持つ生徒達を誘導し、シャーレ襲撃計画を実行した経緯を語り終える。

 

語り終えた後に訪れたのは、寒さすら感じる程の静寂だった。

先程まで会話の応酬が行われていたとは思えない程に、地下室の時が止まる。

背後にいる男性と思わしき人のピリついた感覚と、僅かな空気の流れのみが世界を支配する。

 

撃たれる。

時が止まる中、ワカモの直感がそう訴える。

相手から送られる空気の僅かな振動、引き金に置いてる指の力の変化。

地下室に渦巻く、自分と相手の中だけで起こる動きに出ない微量な変化が、ワカモにそう確信を抱かせる。

 

いつ撃って来るのか。

何発撃つつもりなのか。

撃たれる前に反撃するか。

撃たれてから反撃するか。

 

振り向いてから攻撃することで一瞬の動揺を誘うか、

振り向かずに蹴り抜いて不意をつき確実に状況を反転させるか。

 

考えて、考えて、考える。

 

それが三秒、四秒と続き、

五秒を数えた所で、

 

カチャッッと、ワカモの後頭部に突きつけられていた銃口が離れて行った。

 

「はァ……もう行け」

 

今までの張りつめた空気をイヤでも醸し出していた人物から放たれたとはとても思えない、諦めの混じった気怠い声がワカモに向かって投げかけられた。

 

明らかにスイッチが切り替わった変化に、未だ戦闘用から非戦闘用へのスイッチが切り替わっておらず、油断を突いて形勢逆転の流れを作ろうとしていたワカモの口からあら? と、何ともひょうきんな声が飛び出した。

 

「身柄を拘束しないんですの?」

 

「本来はしなきゃならねェンだろうがなァ。俺からすればする理由がねェ」

 

「ここまでのことを企て、実行したのに?」

 

「どこかの誰かさンの言葉を借りるなら、自覚があンなら更生の余地有りじゃン。って奴だなァ」

 

「……連邦生徒会がそれを容認するとはとても思えないですわ」

 

「俺はここを奪還しろと言われただけだ。お前をどォにかしろと言われた覚えはねェ」

 

だから見逃す、とでも言っているのだろうかと、ワカモはどうにも釈然としない気持ちを抱えた。

今まで相対してきた人物は漏れなく自分を目の敵にし、容赦なく銃撃戦を始めるような者達ばかりだった。

 

いくらこの人物がキヴォトスの外から来た人間で、自分の事を何も知らない人間であることを差し引いたとしても、連邦生徒会から呼ばれた刺客であること、そして何人もの少女達を引き連れて乗り込んできたことから事前に情報は収集できた筈だ。

 

『狐坂ワカモ』は矯正局から脱走した最も危険な人物の一人だと。

そして、その一端を彼は見聞きし、目の当たりにした。

 

人に容赦なく拳銃を突き付ける事が可能な人物が、それらの情報を取得した上で尚、自分に対し慈悲を見せる理由がない。見つからない。

 

この人の真意が読めない。

故にワカモはどう言葉を繋げて良いか分からない。

 

いつの間にか、仮面の下で浮かべていた笑みは消えていた。

その過程で心に生まれた感情を、ワカモは上手く説明出来ない。

 

「経験上分かンだよ。そいつがドブの世界で生きてる奴かそうでないかぐらいはなァ。お前の素行不良さは大したもンだが、言ってしまえばそれだけだ。俺からすりゃァお前も上に向かわせた連中と変わらねェ」

 

ついでに外の連中もなァ。と付け加えられるが、ワカモの頭にはその言葉を収める余裕はなかった。

上に向かわせた連中、というのは一緒にいたあの四人の少女達のことなのだろうかと、ワカモはモヤが懸かり始めた頭で必死に考える。

 

しかしハッキリとした言葉が出ない。

悪事を働きに働き、『災厄の狐』とさえ呼ばれた自分をお咎め無しにしようとする心が読めない。

 

相手への返事の仕方が分からない、どう対応すれば良いのか迷っている。

だと言うのに、背後にいる男は武器の照準を外しながら、その言葉をなんでもなさそうにワカモに向ける。

 

それがまた不気味で、

しかし何故か、温かくて。

 

「俺が相手しなきゃならねェのはお前でも外で暴れてた奴等でもねェ。ここを襲うであろうとお前に目を付け、誘導したクソ野郎共の方だ」

 

「……だから、私は悪くない。と?」

 

かろうじてそんな言葉だけ絞り出す。

それが、今の彼女の精一杯。

 

「俺が裁く権利はねェって言ってるだけだ。この後どォするかはお前が決めろ」

 

だと言うのに、彼は平然とそんな言葉をワカモに向かって突き付ける。

それがいかに異端なことか、何も知らないまま。

ワカモにそれを言う事が、いかに異常で、特別なのか分からないまま。

 

「だから一旦お前をここから逃がす。その先でお前が何しようと、事が起きてから考える」

 

思わず、ワカモは言葉を発し続ける彼の方へ振り向いた。

それがどうしてなのか、彼女自身にも説明が付かない。

 

反射的に、半ば無意識的に彼女は背後へ振り返ったワカモは、銃を構えていた筈の彼の顔を見る。

 

真っ白な髪で、肌が白くて、温かい時期なのに季節外れにも程がある真っ白なコートを羽織っていて、右手でこれまた白い杖をついているどこもかしこも白一色な彼の姿を垣間見る。

 

銃をしまい、敵意を持たず、ジッとこちらを見ながらそう言い切った彼の姿を垣間見る。

 

刹那、彼の姿がワカモの脳内に完全に焼き付けられた。

 

ややしてから、目だけが赤いことに気付き、その瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えて、

脳が、身体がどういう訳かフヤフヤになってしまっている時、

 

「それがこれから先生をやる者としての矜持だ、クソッタレ」

 

「…………ぁ……」

 

彼の理念を言われた瞬間、

そんなことを言われた瞬間、ワカモはこれ以上声を出す事が出来なくなった。

 

トクン、と、その瞬間から身体の中に何かが溢れた。

瞬く間に、それは全身を包んだ。

 

身体が、熱いと訴え始める。

仮面の下が、赤く赤く染まり始める。

 

「あ?」

 

彼女が発した小さい「ぁ」の発言を、彼が反芻する。

だが、それに反応するだけの思考はもうワカモには残っていない。

 

「あ、ああの、あのあのあの……っっ! そのっっ!!」

 

代わりに出てくるのは最早単語にすらなってない言葉の連続だった。

先程まで見ていた彼の顔が直視できない。

 

視ようとした瞬間、体温がカッと熱くなってしまう。

目を伏せ、あちこちに泳がせながら、ワカモはぐるぐるぐるぐると、言葉にならない感情が渦巻き続けている自分の心に振り回され続けていた。

 

この人に何を言い出したいのか、何を言いたかったのか。

それすら判断出来ないまま、あうあうと聞こえない音量で小さく何かを呟いた後、

 

「し、しししし失礼しましたぁぁああああああああああっっ」

 

叫ぶと同時、その場からの全力逃走を図り始めた。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「何だったンだ、ありゃァ」

 

逃げていく途中、柱か壁にでもぶつかったのか、ぎゃん!! って間の抜けた悲鳴が聞こえて来る中、一方通行は一人、ポツリと疑問を口にする。

 

少し前まで自分を出し抜く気満々であることを隠すことすらしてなかった筈なのに、最終的には良く分からないことを口走りながら逃走する意味不明さを披露した少女に対し、流石の彼も理解が追い付かない。

 

「情緒不安定にも程があるだろォよ」

 

彼女への評価を一度それで終わらせつつ、一方通行は地下室を一瞥する。

改めて見ても、特に何かを破壊されている形跡はどこにも見られない。

 

頼まれた仕事は無事に完了したことを確認した一方通行は、さてこれからどうするかと考えていた所で。

 

「お待たせしました……あれ、ユウカさん達は?」

 

階段を降りながら、自分に向けてそう語りかけてくるリンの姿を捉えた。

 

「早瀬達は上階を警戒させてる。来たのはお前一人か?」

 

「? ええ、一人でここに来ましたけど……?」

 

「なら良い」

 

「???」

 

リンの発言からワカモと接触した気配はなさそうだと確信を得た一方通行は、一連のやり取りの意図が分からずクエスチョンマークを浮かべているリンの疑惑を別の物で上書きするように話を進める。

 

「で、ここに何があるンだ?」

 

「あ、そう。そうですね。この地下に連邦生徒会長が残した物があります」

 

その言葉にハッとしながらリンは徐にガサゴソと地下室を探し回った後。

 

「幸い、傷一つなく無事ですね」

 

ホッとした表情で見つけ出して来たそれを、一方通行に手渡した。

対し、それを渡された一方通行は怪訝な顔を浮かべる。

渡されたのは、傍から見れば普通の、もっと言えばどこにでもありそうなタブレットだった。

 

一体こんな物を渡してどういうつもりなのか。

一方通行がそう言いたげな顔をしているのをリンは見抜いていたのか。

 

「名前を、『シッテムの箱』と言います。見た目は普通のタブレットに見えますが、実は正体の分からない物です。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みの全てが不明」

 

しかし、と、リンは付け加え。

 

「連邦生徒会長は、『これ』は先生の物で、先生がこれでタワーの制御権を回復出来る筈だと、言い残しておりました」

 

「俺の物だと? どォいう事だ」

 

「つまり、私達には『これ』を起動させる事すら出来なかったのです。ですが連邦生徒会長は先生なら。と」

 

「話が見えねェな。俺はその連邦生徒会長とやらに会った記憶はねェ。なのにどォしてそンな事が言える」

 

「それは…………」

 

「……知らされてねェって事か」

 

しゅん……と、申し訳なさそうに顔を伏せるリンに一方通行は嘆息しながら頭を掻く。

彼自身、気が付けばとあるビルの椅子で寝ていて、そこをリンに起こされ、その段階を経て初めてこの世界にやってきたことを自覚した。

 

ならば、一方通行が一方通行としての意識を取り戻す前にその連邦生徒会長とやらに接触し、話を受けた可能性を完全に否定することは出来ない。

 

知らない間に誰かとやり取りし、その記憶だけを的確に切り抜かれている話があり得る訳ないだろと鼻で笑いたい気持ちは、既に今までいた世界とは違う世界にやってきているという大きな事実がそれを阻害し、同時にそういうことが可能な『世界』に今までいたことも、その可能性を否定できない材料となっていた。

 

ここには自分の知らない未知が多数眠っている。

自分の既知から外れた現象が発生した時、それを否定する材料が手元にまだ揃っていない。

 

故に一方通行は、もう一度軽く嘆息しながら。

 

「何も起きなかったとしても文句言うンじゃねェぞ」

 

言いながら、タブレット端末を起動させた。

同時に、私は離れていますねというリンの言葉が聞こえる。

 

リンが離れていく様子を傍目で確認していた一方通行の手元で、

ポンッという電子音と共に、タブレットが起動する。

 

青白い背景が表示され、その中に文字が浮かび上がる。

 

システム接続パスワードを入力してください。

 

要求されたのは、シッテムの箱を起動する為に必須の文字列。

 

当然、一方通行はそれを知らない。

英数字なのか、それとも一単語なのか、はたまた誰かの数字に関した物なのか皆目見当も付かない。

 

知らない以上は答えようがない。

百万回入力しようが、一千万回入力しようが、決して開けることの出来ない電子の壁。

 

その、筈だった。

なのに、

 

一方通行の指は、止まることなくある文字列を打ち込んでいた。

聞いた記憶も、覚えた記憶も、見た記憶すらないその文字列を滑らかに、まるでそれを知っていたかのように。何十、何百と打ち込んできた見知ったパスワードの様に、それを入力する。

 

【我々は望む、七つの嘆きを。】

 

【我々は覚えている、ジェリコの古則を。】

 

脳裏に自然と浮かんできたそれを入力し、送信する。

 

『シッテムの箱』は、送られてきたその文字を認証した後。

 

生体認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステム、「A.R.O.N.A」に変換します。シッテムの箱へようこそ、一方通行先生。

 

と言う文字列が、タブレット上に浮かび上がった。

 

同時、その意識がここにあるようでここにないような感覚を、一方通行は覚えることとなる。

 

それがシッテムの箱に選ばれた証であることを。

一方通行自身ですら、まだ知らない。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

異質な空間だった。

現実世界とは違う物だと直感で伝わる世界が、そこに広がっていた。

 

どこにでもありそうな学校の、どこにでもありそうな教室。

 

ただし、それは一見だけでの話。

少し辺りを見れば、この場所がどれだけ異質なのかを、ありありと実感することになる。

 

まず目を引くのは、教室の窓際を覆う壁。

 

普通ならあって当然の壁の半分以上が何かに破壊されたかのように崩れ去っており、空に広がる透き通った青とその青をより彩らせる数々の雲の光が教室全体に差し込ませていた。

 

その教室の床は一面水に浸かっており、キラキラと光に反射して輝く水面がより一層この空間を神秘的な物に昇華させている。

 

しかしそれを裏切るように、生徒が座るべき机のいくつかは教室内にあるものの、大半は傷一つないまま壁の外に乱雑に積まれ、その光景がこの教室の、ひいてはこの空間の異常性をどこまでも物語っていた。

 

日常と非日常の混在。

幻想と現実味が混ざり合った不安定な薄氷の世界。

 

一方通行は、そこで一人何の支えもなく、何かに身体を預けることもなく両足でそこに降り立っていた。

杖をついておらず、能力を使用してもいないのに身体の自由がある。

 

久しく失っていた感覚をもう一度手にした実感はしかし、それ故に彼にこの世界が現実と離れた空間にあることを感覚で理解させた。

 

不思議と、心が落ち着いていた。

取り乱すことも無ければ、考えを巡らすこともない。

 

見たこともない教室を前にして、この世界はこうであることを理解しているかのように一方通行はパシャ……パシャ……と、歩みを進め、ある机で睡眠に従事している。一人の少女の前で立ち止まる。

 

「すぅ……すぅ……もう、こんなに沢山食べられませんよぉ…………」

 

オイ、と一方通行は声をかける。

少女は目覚めない。

 

もう一度声をかける。

少女は夢から目覚めない。

 

一方通行は、仕方ないと言わんばかりに少女の肩を掴み、揺らし始める。

 

「ん……んぅ……んぅ? ふぁ……あ?」

 

その揺する動きは目覚めを誘発させるには十分だったのか、のっそりとした動きで少女の瞳が開く。

 

瞼を擦り、半眼の状態で一方通行を見つめる寝ぼけ眼の少女は、そのまま数秒間、呆けた顔で彼の顔を見つめた後、ほわぁぁあああっっ!? っと、目をパチクリさせて叫びながら勢いよく立ち上がった。

 

バシャッと、その勢いに今まで少女が座っていた椅子がひっくり返る。

 

「せ、先生!? まさか、一方通行先生!?」

 

しかし、少女は倒れた椅子を気にする素振りすら見せず、口元の涎をいそいそと服の裾で拭いながら、食い気味にそう一方通行に質問する。

 

対し、一方通行の返事はあまりにも素っ気ない物。

あァ。と、小さく頷くだけの物。

 

だがそれでも、否それこそが少女をさらに慌てさせる。

 

「あわ、あわわわわっっ! も、もうそんな時間!? え、えーと! えーと!!」

 

まずは自己紹介からして、それでその次は……と、少女は自分の掌を見つめ、親指から一本、また一本と折り曲げながら自分が次に為すべきことの確認作業を慌てて執り行い始める。

 

一方通行は、彼女の準備が終わるまでただひたすら待ち続けた。

その表情は伺い知れない。

しかし、そこに優しさが多分に含まれているのは雰囲気から見ても明らかだった。

 

そして、薬指が折り曲げられた瞬間、準備が整ったのか少女はよし!! と言いながら勢い良く顔を上げ。

 

「私はシッテムの箱に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書のアロナと言います!!」

 

言葉のアクセントが独特の喋り口調で、少女は一方通行に自分のことをアロナと紹介した。

彼女の自己紹介に、一方通行は先程と同様の返事を返す。

 

直後、アロナの顔はパァッッと晴れやかな笑顔になり。

 

「私! 待ってました! ここでずっと! ず~~っと!! 先生のことを待ってました!!」

 

もしも彼女に尻尾が生えていたらブンブンと際限なく振り回してそうな、

もしも彼女に獣耳が生えていたらピコピコと絶え間なく上下してそうな、

 

そんな様子がありありと鮮明に描けるほど嬉しそうに。本当に心の底から嬉しそうに。今日この日、一方通行と出会えたことにアロナは感謝の気持ちを示した。

 

そんなアロナの言葉を聞いた一方通行は先程までの光景を思い出し、その割にはさっきまで居眠りしてたみてェだが。と、小馬鹿にしたように笑いながら言う。

 

あうっっ!! と、その言葉は彼女にとって必殺の一撃だったのか、よろ、よろ……と一方通行の意地悪な言葉によろめき、

 

「あ、あれはたまたまです! 居眠りしたくなる時だってありますっっ!!」

 

倒れる寸前で持ち直し、そう開き直りながら反論する。

その様子に一方通行はクックックと喉を鳴らして笑う。

アロナはむぅぅと頬を膨らませ、一方通行を睨みつけるが、一方通行は一向に堪える様子を見せない。

 

誰が見ても穏やかな笑顔になりそうな世界を構築しながら、ややしてアロナは、もしくはアロナの方が折れたのか、まあ良いです。許しますと、若干拗ねた様子を見せながら言い、コホンッと咳払いをして状況を

仕切り直すと。

 

「まだまだ身体のバージョンが低い状態でして、特に声帯周りの調整が必要なのですが、これから先、頑張って色々な面で先生をサポートしていきますね!」

 

アロナの力強い宣言に、一方通行はそォかい。ありがとよォ。と、期待をあまりしてなさそうな声で答える。

 

「そうなのです! では、まずは生体認証を行いますね」

 

形式的ではありますが。とアロナは一方通行の態度から醸し出される本音に気付くことなく、やや小恥ずかしそうな表情で言葉を続けながら、トコトコと一方通行の方へ近づき、はい。と、右手の人差し指を一方通行に向けて差し出した。

 

あ? と疑問の声を浮かべる一方通行に対し。

 

「さあ。私の指に先生の指を当てて下さい」

 

今から何をするべきかを簡潔に伝えた。

その言葉に一瞬一方通行は固まるも、しばらく後にはァ。とため息を吐いた後、ほらよ。と、しゃがみながら彼女の指に人差し指を合わせる。

 

「えへへ、まるで大事な人と何かの約束をしているみたいでしょう?」

 

はにかみながらアロナは語り掛け、一方通行はマセてンじゃねェクソガキ。と続けた後、指紋をこれで認証してやがるのか。と、この指を合わせている意味の答えを導き出す。

 

「その通りです。先生は凄いですね! あ! 確認終了です!」

 

一方通行の指紋を自分の目でじーーーーーーっと、そこそこの時間見つめた後、認証が終わったことを言葉で一方通行に伝える。

 

最先端からはほど遠い確認方法だなァ等と言う感想を、言葉に出さずに一方通行が抱いていると、さて! と、アロナは一通りの作業が終わったのか、改めて佇まいを直し、一方通行に問いかける。

 

「先生は私に何をお望みですか?」

 

と。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「……成程、先生の事情は大体把握しました。連邦生徒会長は行方不明、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段がなくなったと」

 

一方通行の説明を聞いたアロナは、先程までの明るい笑顔とは打って変わって小難しい顔つきで、何かをひたすら考える様子を見せ続けていた。

 

「私はキヴォトスの情報の多くを保有していますが……連邦生徒会長については殆ど情報がありません、彼女が何者なのか、どうしていなくなったのかも」

 

申し訳なさそうにそう告げるアロナに、一方通行は何の言葉も発さない。

それは落胆ではなく、その連邦生徒会長とやらの存在に対し一方通行があまり興味を持っていないというのがウェイトを大きく占めているのだが、そんなことなど露知らないアロナは一方通行の無言にあわあわと要らぬ慌てを始めた後、

 

「で、ですが! サンクトゥムタワーの問題は私が解決出来そうです」」

 

と、自信満々に発言し、一方通行はその彼女の言葉を信じ、任せる。とだけ返した。

 

はい!! と、アロナは一方通行から任されたという事実に気を取り直したのか、一層気合を込めながら

そう叫ぶと、

 

「それでは今から、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します」

 

と高らかに宣言し、

そして…………、

 

「…………サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了。先生、サンクトゥムタワーの制御権を無事回収出来ました、今サンクトゥムタワーは私、アロナの統制下にあります」

 

つまり、今のキヴォトスは先生の支配下にあるも同然ですね! と、さらっとで済ませるにはあまりにとんでもない一言を付け足しながら、アロナは目をキラキラ輝かせ、この程度のお仕事なんか朝飯前です凄いでしょ私と胸を張りながら、一方通行に一仕事終えたことを伝えた。

 

自慢げな彼女の態度をそォかいと軽くいなしつつ、一方通行は支配権の全てを握る。か。どこぞの学園都市の統括理事がやってそォな事だなと、どこか忌々し気にぼやく。

 

その言葉の意味が分からずアロナは首を傾げて先生? と不思議そうな顔で彼の名を呼ぶ。

何でもねェよ。と、その言葉を軽く流した後、一方通行は逆にアロナに、この権限を移管することは出来ねェのかと質問した。

 

「勿論出来ます! 先生が承認さえして下されば、制御権を連邦生徒会に移管することが出来ます」

 

でも……と。アロナは怪訝な表情を浮かべながら、それを実行した際に生じる不満点、不安点を率直に一方通行に述べる。

 

「大丈夫ですか? 連邦生徒会に制御権を渡しても……」

 

アロナの不安に、一方通行はしばしの間沈黙した後、乾いた笑いを教室に一度響かせ、構わねェ。と、アロナに自身の意思を伝えた。

 

彼の発した言葉に、わかりました! と、アロナは先生がそう言うのでしたらと勢い良く返事をし、その後数秒も経たずに一方通行に権限の譲渡が終わったことを報告する。

 

直後、彼の意識が揺らぎ始める。

それは、一方通行がこの空間に入る時に覚えた感覚と全く同じ物。

 

戻るのか。

身体が浮いているような、回転しているような、何かに吸い込まれているような。

どれとも言えてどれとも合致しない。そんな言葉ではとても表現出来ないような感覚が、一方通行に現実世界への帰還を伝える。

 

何かが薄れて、何かが遠ざかっていく中、一方通行はアロナにも最早聞こえない場所で呟く。

 

統括理事長気取りを味わうのも悪くねェが、まだそンな気分じゃねェなァ。

 

それが、一方通行がこの空間から自分が離れていく感覚を覚えながら発した、最後の一言だった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

目を開けた先には、先程までと変わらない。シャーレの地下室がそこにあった。

さっきのは一体何だったのかと、一方通行は小休憩がてら適当な壁に背を預けながら、手元のタブレットを見やる。

 

そこには、意識を飛ばしていた場所と同じ景色が広がっていた。

同時に、一緒に話していた青い髪の少女の姿もありありと映っている。

 

『えへへ~~~。先生~~~~~』

 

凄いだらしなさそうな笑顔で少女は一方通行に手を振っていた。

先程までの少しだけ凛とした姿からは想像もつかない。

 

「はっ! やっぱクソガキはどこまでもクソガキだなァ」

 

間抜けさ抜群な姿を笑う一方通行に、え~~~~~~~!!! とアロナから不満の声が上がる。

あんなに頑張ったのに~~~!! とその評価は不服だと訴えられるが、一方通行は聞こえねェなァの一点張りを貫く。

 

「…………。はい、分かりました」

 

そうやってしばしタブレット内のアロナと戯れていた後、シャーレの地下室で誰かと連絡を取っていたらしいリンの声が聞こえ始めた。

 

それでは失礼しますと通話を切ったリンは、一方通行の方へ振り返った後、彼が意識を取り戻し、壁に背を預け小休憩を取っている事に気付き、少し慌てた様子でこちらに向かって駆けてくると。

 

「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認出来ました。これでこれからは連邦生徒会長がいた時と同じように行政管理が進められます」

 

キヴォトス最大の危機を乗り越えることが出来たと、彼女にしては珍しく笑みを浮かべながら一方通行に報告と感謝の言葉を述べた。

 

連邦生徒会を代表して、深く感謝致します。と。

 

「で、これからどうすンだ」

 

「そうですね。『シッテムの箱』は渡しましたし、私の仕事は残り一つのようです」

 

付いて来て下さいと、一方通行に告げ。

 

連邦捜査部(シャーレ)を、これから先生にご紹介します」

 

これから一方通行が長く付き合うあろう場所の案内を始めていく。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

時刻は夕方。

リンから連邦捜査部(シャーレ)内部の説明を一通り聞き、見回りを終えた一方通行は、彼女からそういえば一緒に戦ってくれた彼女達が先生に挨拶がしたいそうですと連絡を聞き、渋々ながら彼女達ならここにいるでしょうと教えて貰った玄関口へと向かい、四人の姿を見つける。

 

ユウカが自分の学校と連絡を取り合い、チナツがスズミと何かを話し合っている中。あっ。と、一方通行がやって来たことにいち早く気付いたハスミが先生。と、少しばかり嬉しそうな声を出しながら足早に近づき、

 

「ワカモは自治区に逃げてしまったのですけども、直ぐ捕まるでしょう。私達はここまで。あとは担当者に任せます」

 

開口一番に、彼女の現状をそう手短に報告し、

 

「それにしても、どうやって先生はワカモを撃退出来たのですか?」

 

当然の様に湧いた疑問を、一方通行に問いかけた。

 

「説明のしようがねェな。勝手にあたふたして勝手に逃げ出した奴を見て何をどォ説明しろってンだ」

 

一方通行はそのハスミの質問に対し明確な回答を持っていない。

なにせ普通に話していたら何故だか相手が突然動揺し始め、何故だかわたわたと言葉にならない物を口から吐き出し続け、挙句の果てに逃走を始めたのだから。

 

これを一方的に見せられた側である自分が、一体何をどうやって分かりやすく説明しろと言うのだ。

 

一連の経緯を伝えながら、一方通行はハスミにこれ以上の詳細を説明するのはお手上げだと言い切る。

 

そんな一方通行の匙の投げっぷりを垣間見たハスミはと言うと。

 

「彼女がそこまで突飛な行動を取るとは思えませんが、先生が言うからには事実なのでしょうね」

 

一方通行が話した内容に、安易に頷くことが出来ない様子を見せるも、ワカモと一人で相対した先生がこうして傷一つなく無事である点。そして彼女が逃亡している事実は変わらない点から、先生が言っていることは間違ってないのでしょうとハスミは己自身をその言葉で納得させる。

 

そうやってハスミと会話を続けていると、その間に連絡を取り終えたらしいユウカもハスミと同様に足早に一方通行に接近すると、

 

「お疲れ様でした先生。先生の活躍はSNSですぐキヴォトス全域に広まるでしょう。明日にはもう話題になっているかもしれませんね」

 

ワカモを一人で撃退した事実。

そして連邦捜査部(シャーレ)にやって来た先生。と言う二つの要素が合わさって、キヴォトス中で先生の話が話題になることをユウカは予見するような発言を放った。

 

「女ってのはわかンねェなァ。ただ一人撃退してただ俺が連邦捜査部(シャーレ)にやってきただけだろォが」

 

「甘いですよ先生! こういう情報は広まるのが早いんです。そう言ってられるのも今の内だけですよ。まあ、本当に、こうやって事件を共有しちょっとだけ皆と優位に立ててられるのも今の内だけなのが……ちょっと、いや、まあかなり……癪、ではあるかもしれないけど」

 

まあそんな未来が全員にある訳ないしそんなの私が認めませんけどねと、喋っていた内容の後半が早口と小声になって上手く聞き取れない中、一方通行は心底面倒臭そうに嘆息する。

 

今からでも辞退して隠居しても良いかもしれねェ等と本気で思い始める中、ハスミが先生と声を掛け、一方通行がそちらの方へ振り返ると、ハスミとスズミが二人揃って並び、一方通行の方に向かってペコリと一度頭を下げた後。

 

「今日はこれでお別れです。近い内にトリニティ総合学園に、ひいては正義実現委員会に顔を出して下さい。先生」

 

「あ、その時にはトリニティ自警団の方にも顔を出して下さい。先生、よろしくお願いしますね」

 

「……、時間があったらな」

 

「ふふ、約束ですよ」

 

「早く時間が出来ることを願ってますね」

 

その言葉を最後に、もう一度だけお辞儀をした後、二人は連邦捜査部(シャーレ)から自分達の学園へと帰り始める。

 

二人がトリニティ学園へと戻る様子をなんとなしに見届けていると、では、とチナツが彼女達に続くように言葉を発し、

 

「私も、風紀委員会に今日のことを報告しに戻ります。図らずですが、今回の事件は良い出会いときっかけを掴む助けになったと感じます」

 

勿論、それは先生のことも含めてですよと語るチナツに、一方通行はそォかよ。と返事し、

 

「ゲヘナ学園。つったかァ。そっちも都合が空いたら寄ってやンよ」

 

と、らしくねェなァと自分でも思う言葉を投げかけた。

その言葉は、存外チナツの心に響いたのか、先程より笑顔になりながら。

 

「必ずですよ。先生」

 

そう言い残して、彼女も帰路に付き始める。

 

残ったのは、一方通行とユウカの二人のみ。

この流れで彼女もじゃあ帰りますね。と言うのだろうと一方通行は思っていたが、何故だか彼女は一向にその話を持ち出そうとしない。

 

ん~~。と、何かを悩む素振りを見せながら、名残惜しそうに口を噤み続けている。

結果、しばしの間、無言の時間が流れる。

だが、一方通行自身いつまでもこうしていたい訳じゃないので、依然として帰ろうとしないユウカの真意を知るべく、で? と話を切り出し、

 

「お前は帰らねェのか」

 

と、直球にユウカに問いかけた。

 

「へ? え、ええ勿論帰ります。帰りますよ。ただ少しだけ。平和になった空を眺めていたいなぁ。なんて思ったりもしたりしなかったり……」

 

対し、ユウカの回答は先程と同じ、最初こそ威勢が良いが後半につれて歯切れが悪くなっていく物だった。加えて、発言の最中からユウカの身体が自分の方へ一歩、寄って来たような錯覚を一方通行は覚える。

 

相変わらず後半彼女が何を言っているのか理解出来なかった一方通行だが、幸いにして前半部分である夕焼けをもっとゆっくり見ていたい。と言う言葉だけは聞き取れたので。

 

「……そォかよ。なら気が済むまでそこで佇ンでるンだなァ」

 

ここにしばらく居座るつもりならそれを最後まで見届ける義理は自分にはないなと、一方通行は連邦捜査部(シャーレ)内部へと戻るべく、踵を返し始める。

 

が、

 

「え!? ウソまさかの先生が帰っちゃうパターン!? そんな!! 先生と一緒にって言わなかったからこんなことに!? 計算ではこんな結果が導き出される可能性は極めて低いって! ま、まって先生! 帰ります! 帰りますから見送って下さい!!」

 

「……えェ」

 

「なんでちょっとイヤそうなんですか他の人達はそうじゃなかったじゃないですか!! と言うか今日ずっと思ってましたけど先生私に対してちょっと冷たくありません!! あれ私舐められてます? 舐められてませんか!?」

 

「…………いや別にィ」

 

「考えたじゃないですか!!!! 今ちょっと考えましたよね悩みましたよね今日の私街中では先頭に立って先生の盾になり続けたのにこの仕打ち!! あれ、私のさっきの感情は勘違い!? 何かの勘違いだったりします!?」

 

「お前が何を思っていたのかを俺に聞くのは勘違い以前に流石に間違いじゃねェか?」

 

「その通りですねええ清々しいまでの正論ありがとうございましたあと妙に上手い事言わないで下さいぶっ飛ばしますよ右手でぶん殴りますよ!?」

 

「もォどォでも良いから帰るなら帰れよ……」

 

「ええ、そうさせて頂きます! それではさようなら!!」

 

そう言うと、一方通行の言葉に従うかのようにユウカはクルリと背を向けると、そのまま玄関口から外へ走り出していく。

 

その際、何やらブツクサ文句を言っていたように見えたが、まァ別に良いか。と一方通行は考えていた所で、

 

「先生!!」

 

と、一際大きなユウカの声が木霊した。

振り向くと、大きく手を振りながら笑顔を見せるユウカがいて。

 

「いつか、時間が出来たら是非ミレニアムにも寄って下さいね!! あと!! 何かあったら私を遠慮なく呼んで下さいね!!」

 

その言葉の後、今度こそユウカは走り去っていった。

一方通行はユウカが発したその言葉に口元を吊り上げながら、

 

「……気が向いたらな」

 

そう、誰にも聞こえない言葉をそっと風に乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

 





プロローグ終了です。
それしか言う事がありません。長かったです
なんだよ。四日で結構書けるじゃねえか。

次回はアビドス編……の前に幕間編が挟まります。

オリジナル短編が、書きたいんだ……。


以下、あとがきの追記。

日曜日の投稿している時間がアレなので毎回毎回あとがきを書く時間が取れなかったりします。月曜がなければそんなこともないんですがね。


今後触れなさそうなのでプロローグについてサラっと記述。

スズミについて。
プロローグを書くということでブルアカの本編を見直していたんですが、びっくりするぐらいスズミの出番が無かったので気持ち増やしてます。
リセマラしてる時は戦闘画面しか映さないからここまで影が薄いなんて思わなかった……。


チナツ。ハスミについて。
これはスズミもそうなんですけど、ゲーム上ではグラフィックと共に表示されるので私自身二次創作を書く側になるまで気付かなかった点として、この三人を文字のみという媒体に落とし込んでみるとそれはもう口調が被りまくって仕方ないという事実に気付きました。みんなよくこれをしっかりと文章に落とし込んで描写できるな……!!

誰が何を喋っているかを逐一明記しなくちゃいけないのは読んでる側としてはどう思うんだろうと不安になりつつ、しかし書かないと誰が誰やら分からんなとなったので妥協することも出来ずでした。そう言えばリンも同じような感じですね。


ユウカについて。
一方で彼女は残り全員がほぼ同じ口調なせいで、あ、今ユウカが喋ってるんだなってのが丸わかりなので印象に残りやすいかなと思いました。
あと何故かツッコミ要因になっておりますが、本当に彼女は扱いやすいんです。



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