とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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与えられた選択と決断

 

 

あ、このままだと死ぬ。

 

上空に浮かぶ無人戦闘ヘリ、『六枚羽』が装備している機銃の照準が自分に合わさった時、直感的にミドリはこのままだと死ぬ事を予感した。

 

弾丸が一発や十発当たった所でどうってことない身体なのに、何故だか本能は死ぬことを訴え、ミドリもその予感を正しいと受け入れた。

 

どうする。と、僅かな猶予で何が最善かを考える。

ヘリとの距離は約五十メートル。ミドリの銃では有効打を与えられる距離では無い。

攻撃で撃墜する事は出来ない。

 

滝のように注がれるであろう銃撃から、逃げ続ける事しか出来ない。

だがそれが無謀である事は彼女自身理解していた。

 

逃げ切れる訳が無い。

先のアスナとの戦闘でミドリは心身ともに疲弊しきっている。

長時間走り続けることはおろか、まともな速度で走る事が出来るかさえもう怪しい。

今の彼女は、ヘリにとって良い的でしかない事は彼女自身が理解していた。

 

ならばこのまま好き放題に撃たれて良いのかと問われれば、それは否と言うしかない。

ミドリの、ミドリ達の最終目標であるゲーム完成にはイラストレーターである彼女の力が必要不可欠。

それをミドリ自身が理解しているからこそ、無謀な真似は出来ない。

かといって、それを防げる選択肢がある訳でも無い。

 

逃げられない。

撃墜出来ない。

 

手詰まり。

そんな言葉がミドリの脳裏に浮かんだ。

 

「……っ」

 

徐に、ミドリはいつの間にか懐に入っていたボロボロのカードに手を添える。

このカードを手に取った時、一瞬彼女の心臓が唸った。

直感が、使い方を訴えた。

 

使いたければ、コレを握り潰せと。

 

だが。

 

(使っちゃいけない……そんな気もする……!)

 

心がカードを使用するのを忌避していた。

逡巡する。

使えばどうにかなるような予感と、使ったら何が起こるか分からない予感。

どっちも真実である気がして、結果彼女は不安に負けて手に持つカードに力を加えられない。

 

ただし。

ただし。

 

ミドリは気付いていなかった。

迷っている暇なんか、初めから無かったという事を。

戸惑っている余裕なんて、どこにもありはしなかった事を。

 

その証明をするかのように、六枚羽の機銃による掃射がミドリ目掛けて行われる。

 

「逃げてッッッ!!」

 

機銃が火を噴き始める直前、攻撃が始まる事を事前に察知したアスナがミドリに向かって叫ぶ。

アスナの叫びは、カードの使用を迷い続け心ここにあらずだったミドリの精神を正気へと戻した。

 

「ッッッッ!!」

 

彼女の言葉にミドリは半ば反射的に足を動かし始める。

だが、遅い。

 

反応も、速度も、対応も何もかもが遅すぎた。

掃射が始まる。

 

ミドリが駆けた後を追う用に、二千五百度の熱を持つ弾丸が地面に次々と刺さり始める。

 

「う、ぁっっっっ!!」

 

通り道にあった車に弾丸が着弾し、瞬く間に車体のフレームがオレンジ色に輝き、高熱で見る見る膨らんだ後、爆発炎上が巻き起こる。

 

おぞましい破壊音が自分のすぐ背後から聞こえて来る恐怖にミドリの顔が青ざめる。

弾丸の速度にミドリの足が追い付かない。

 

振り切れない。

だが足を止める訳にも行かない。

背後を見る事すら許されない。

 

弾丸の音は容赦なく近づく。

熱を持つ銃弾が地面を穿ち、砕かれたコンクリートの破片が彼女の露出した足に当たる。

それはどうしようもなく間近まで接近している事を彼女に知らせていた。

 

「あつぃっっっっあつ……い……ッ!!!」

 

瞬間的に熱されたコンクリートが足に刺さる度、耐えられ無い熱さが痛みとなってミドリを蝕む。

だが彼女は止まれない。

止まって身体を労う事は出来ない。

 

耐えて、耐えて、走る。

だがそれでも、

何処まで努力を重ねても。

 

ミドリの身体は、追いかけて来る掃射を振り切れない。

『六枚羽』の機銃が、走るミドリの背中を捉える。

 

彼女の全身を、穿ち始める。

その、刹那。

 

ゴガアアアアアッッ!! と言う音が上空から響き、反射的に視線を上へと向けた先で。

ミドリを執拗に狙っていた『六枚羽』が突如爆風に身を包まれたのを彼女は目撃した。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

ミレニアムタワーの最上階付近。上空五十メートルの付近で、ミサイルによる爆発が迸る。

その爆発は『六枚羽』を破壊こそ出来なかった物の、爆風によりヘリを動かす事には成功する。

 

グラリと揺れた衝撃は、機銃の射線を大幅にズラし、才羽ミドリを寸での所で救い出す事に成功する。

 

「ヒビキ」

『分かってる。このまま追撃させる』

 

ウタハが指示を出す前に、既に行動は発生していた。

『六枚羽』目掛けて、秒間百発を超える銃弾が注がれ始める。

 

攻撃を仕掛けているのは、彼女達エンジニア部が先生の助力を得て完成させた『六枚羽』の劣化版『二枚羽』

 

摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)こそ装備していない物の、六方向に同時攻撃こそ不可能な物の、二か所を攻撃する場面に限ってはその出力は『六枚羽』と大差ない。

 

一対一を仕掛ける場合、そのスペックは何一つ劣らぬ物として『六枚羽』に食らいつく。

しかし当然、『六枚羽』も敵機である『二枚羽』に反応し迎撃を始める。

 

当たれば一発大破は免れない二千五百度の銃弾が、同じく秒間百発を超える頻度で二枚羽目掛けて放たれ始める。

 

だが。

 

『当たってあげない……!』

 

『二枚羽』は備え付けられているスラスターを吹かし、ヘリであるにも関わらず数百キロという恐ろしい速度を出し、飛び込んで来る銃弾を全て回避する。

返す刀で機銃による射撃を浴びせようとするが、『二枚羽』の掃射もまた『六枚羽』が吹かしたスラスターによって綺麗に回避される。

 

ならばと逃げ惑う『六枚羽』を機銃と挟撃するよう高追尾ミサイルが数十発程、空を舞い始めるも『六枚羽』は対抗するようにソフトボールのような物をミサイル目掛けて射出した。

 

撃ち出されたボールは即座に破裂し、その中にありったけ敷き詰められていた砂鉄が衝撃により撒き散らされ、空中に散布される。

直後、砂鉄に高圧電流が流れ、一時的に電流エリアによる防護膜が展開された。

 

『そんな物まで……ッ! 流石……!』

 

ミサイルが次々と電流に阻まれ爆散していくのを見ていたヒビキから感嘆の通信が入る。

確かにその技術と発想は賞賛すべき物ではあるが、今は悠長な事を言っている場合ではない。

 

「ヒビキ。相手の技術力に関心する気持ちは分かるが今は攻撃が防がれた事に悔しさを滲ませる場面だと思うよ、一応ね」

『分かってる……けど今のでダメなら、『二枚羽』に勝ち目はもう……』

 

ヘリにあるまじき直線運動で回避と攻撃を重ねる『二枚羽』と『六枚羽』は一見拮抗しているように見える。

だが、両機の間には覆しようの無い絶対的な壁がある。

 

『六枚羽』の特徴は翼を畳んでいる間は音速飛行が可能な事。翼を広げ攻撃態勢に入っていても数百キロの速度で飛行する事が可能な事。

ここまでは『二枚羽』でも再現出来る。

この点までなら同出力で対抗出来る。

 

しかし『六枚羽』が『六枚羽』と呼ばれている最大の所以である、文字通り六つの自在に動く羽にそれぞれ攻撃能力を有している部分に関しては完全に『二枚羽』は力負けしていた。

 

即ち、対応能力の圧倒的な差。

 

先の『六枚羽』が見せたような防御能力を、『二枚羽』は有さない。

積載する余裕が無い。

 

バラッッ!! と、今度は『六枚羽』が数十に及ぶミサイルを放ち始め、『二枚羽』が仕掛けたのと同様、ミサイルと機銃による逃げ場の無い攻撃を始める。

 

それを『二枚羽』はスラスターによる移動を最大限駆使し、機銃による回避を最優先にしつつミサイルを機銃で一つ一つ撃破していく。

『六枚羽』があっさりと攻略した攻撃を、『二枚羽』は一つのミスも許されない精度でミサイルと機銃の隙間を縫うような回避を強いられる。

これを、圧倒的な差と言わずして何と言うのだろうか。

 

それでも『二枚羽』が有利となる部分があるとすれば、間接的に、そして遠隔ではあるが人の手による操作も加えられている事だろうか。

 

AIによる操作だけならとっくに撃墜されているであろう物量の攻撃を、二枚羽は避け続けている。

攻撃を回避し、その中で反撃の掃射を行い続けている。

 

数百キロの速度で直線的と曲線的な軌道を織り交ぜて撃ち合うヘリの様子はとても空中戦と一言で括って良い物では無い。

漫画の世界でしか見た事が無いような光景が、現実として目の前に広がり続けていた。

 

「あれは何だ……!?」

 

上空で二機のヘリが目で追うのも難しい速度で空中戦を始めている光景を下から眺めていた角楯カリンが言葉を零す。

その表情に刻まれているのは、己の力ではどうあがいても太刀打ち出来ない存在を前にした時のそれと同様だった。

 

まあそうなるのも仕方ないか。と、白石ウタハもまた上空を見上げる。

 

「『六枚羽』さっき君が戦ってた私達のヘリの完全上位互換だと思ってくれて良いよ」

 

付け加えるとあの『六枚羽』は先生の意思もあって外した武装も装備している完全体。

カリンが戦っていた『二枚羽』とは根本的な強さが違う代物。

 

「アレは放って置けない。先生から聞いた話が正しいならば、一機でミレニアムを破壊し尽くしてもおかしくない兵器だよ」

 

根本的な問題として『六枚羽』を撃墜できるだけの兵器がミレニアムには無い。

『六枚羽』の技術に、ミレニアムが追い付いていない。

 

簡潔に言うと『六枚羽』は少なくともミレニアムサイエンススクールにおいて敵無しの状態に近い。

現在は才羽ミドリを始末する事が最優先事項に設定されている事が幸いして街への被害は少ないが、無差別破壊命令に切り替わるともう地獄だ。

 

あちこちから火の手が上がり、一夜にしてミレニアムは瓦礫の山と化してしまうだろう。

それ程までの破壊力を、あのヘリは秘めている。

 

そう、ウタハは推察する。

 

「だが所詮ヘリなんだろ? おまけにこっちは都合よく配置がバラけてる。注意が反らされてる間に狙われてない誰かが攻撃すれば良いだけの話じゃないのか?」

「アレは攻撃された瞬間、別の羽を使って本来の目標を攻撃しつつ迎撃を仕掛けてくる。君が狙撃を始めたが最後、ここはあっという間に逃げ場のない火事現場へと早変わりだよ」

 

当然、私達の命はその時点で終了さ、と、攻撃を仕掛けた場合に訪れる未来を語るウタハに、カリンは一瞬押し黙った後。

 

「それにしてはあのヘリは『二枚羽』の撃墜するのに執心しているように見えるけど」

 

彼女の言葉には矛盾がある事を指摘した。

どう見ても今は全能力を『二枚羽』の撃墜に注いでいるようにしか見えないと。

 

『二枚羽』への攻撃と回避に機能を集中してる今なら、狙撃しても反撃される可能性は少ない。

そう提言するカリンに、ウタハは僅かに肩をすくめる。

 

「機動力は本家同様だからね。相手のAIが躍起になるのも理解出来る。当然君の言ってる事は確かに正しいのだろうけど、それでも推奨はしたくないな」

 

上空で行われている『二枚羽』と『六枚羽』の戦闘。

その攻撃力は雲泥の差と言って差し支えない。

今でこそ『六枚羽』は『二枚羽』の攻撃に対し回避を専念しているが、まともにダメージを与える武装がミサイルしか無く、そのミサイルは既に対策され終わっている。いつAIが脅威に値しないと判断してもおかしくない。

 

そうなったらどうなるか。答えは簡単である。

『二枚羽』の攻撃を受けても問題無しと判断した『六枚羽』は、『二枚羽』に対しては最低限の牽制に留めた後、ちょっかいを掛けて来た箇所全てに同時攻撃を仕掛け始めるだろう。

 

無論、最優先ターゲットに指定されている才羽ミドリへの攻撃も再開しつつ。

 

「懸念点はまだある。街にはまだ生徒がチラホラといるのが見える。君が攻撃すれば、その瞬間から彼女達にも『六枚羽』は牙を剥くだろう。攻撃してるしてないの判別なんてアレはしない。射程内にいるかいないか。ただそれだけが攻撃するか否かの判断材料だよ」

 

ミレニアムタワーの爆発や、地上にいるミドリへ向けて放たれた銃撃と、その余波による爆発が立て続けに起きた事で何が起きたんだとヘリを見上げている複数の少女がいる。

興味本位で首を突っ込むのは決して止められる事ではないが、今回の件においてはそのリスクはあまりにも大きいとしか言えなかった。

 

彼女達は知らない。

ヘリの機銃が一発でも被弾すれば最後、身体に抉る様に食い込んだ弾頭から発される熱によって血液の沸騰と共に肉体が破裂し、想像すら出来ない激痛の中もがき苦しみ死んでしまう事を。

 

かといってこのまま何も手を打たない訳にもいかないのも事実だった。

『六枚羽』の捕捉能力を以てすれば、地上に散らばる少女達を認識出来ていない訳がない。

それはこの場所にいるウタハやカリン、違う場所にいるヒビキも同様。

 

ウタハを含めた少女達は全員、既に『六枚羽』の攻撃圏内にいる。

今はただ、『二枚羽』が少女達目掛けて行われる一方的な蹂躙を阻止しているだけに過ぎない。

 

だがあくまでもそれは一時的。

放って置けば必ずやって来てしまう。

悪夢の火が、ミレニアムを包んでしまう。

 

カリンが提案した『六枚羽』を狙撃する。というのはウタハ視点から見ても正解の一つではあった。

一撃で決められるか不透明で、万が一落せなかった場合、地上に容赦なく攻撃が降り注ぐと言う二つの不安を無視するならば彼女による『六枚羽』撃墜が一番手っ取り早い。

 

「推奨したくないけど、それしか道が無いのも事実なのが悔しいね」

 

故にウタハは悔しそうに吐き捨てた後。

 

「狙撃をお願いできるかい? 出来れば一撃で落としてくれるとありがたい」

「任された」

 

簡潔に、かつどこまでも頼りになる一言が返って来た。

 

ウタハの頼み事を引き受けたカリンは、一瞬ふぅ。と息を吐いて己を落ち着かせた後。

愛銃『ホークアイ』のスコープ越しに、『六枚羽』を捉えた。

 

時速数百キロの速度で動き回る物体を狙撃するのは容易な事ではない。

ただしそれは平凡的な能力を持つ狙撃手だったらの話。

 

角館カリンをその枠に当て嵌めてはいけない。

数百キロの速度で動く機体を狙撃するのは少し骨が折れる。

カリンにとっては、その程度の難しさでしかない。

 

銃が、両手で支えられる。

彼女の身体が、微動だにしなくなる。

 

『二枚羽』との戦闘では逃げ回りながらの狙撃だったが故に撃墜を免れたが、今の彼女は完全に地に足を付け、極限まで集中を高めている。

 

あれなら落とせる。と、見ているだけのウタハにもそう思わせてしまうだけの凄味がカリンから放たれていた。

 

カリンが狙撃のタイミングを探している間、ジッ……と、ウタハは『六枚羽』の動向を目で追い続ける。

今の彼女はアクシデントが起きた時即座に対応出来る状況ではない。

何が起こっても即座に指示を飛ばせるように、ウタハも『六枚羽』の挙動を見逃さんと空を見上げる。

 

『六枚羽』は、『二枚羽』との戦闘の最中、徐々に徐々にであるが高度を落としていた。

 

ウタハはそれを経緯は不明だが最優先目標に設定されているであろうミドリに追撃を加える為かと予想する。

確実に彼女を破壊する為に高度を落としているのだと。

 

しかしそれはこちらにとって好都合。

カリンの狙撃の制度をより高める結果を生んでいる。

 

これで撃墜出来れば万々歳。

そうでなくても大きな損傷は確実。

カリンの全身全霊の一撃が入れば、どう転んでも大きく有利な展開に持ち込める。

そう、彼女は確信を抱く。

 

だが。

 

『六枚羽』の真下部分からスピーカーらしきものが姿を表し始めたのを目視した瞬間、ウタハは呑気な事を考えていた自分を呪った。

 

そして。

 

「耳を塞げッッ!! 今すぐにだッッ!!」

 

滅多に見せない形相で、地上にいる少女達にも声が届くように可能な限り声を張り上げる。

一人でも多く、今の言葉が聞き取れるように。

 

音が降り注ぎ始めたのはその瞬間、カリンが狙撃する直前の事だった。

まるで彼女が攻撃を仕掛けようとしているのを見計らっていたかのように、最悪のタイミングで下方向へ指向性を持たせた音響兵器がミレニアムに注ぎ始める。

 

それは、音と言うよりは一種の破壊だった。

 

「ぐッッ!? ぎ、あああああああああああああああッッ!!」

 

音を拾った直後、脳を無理やりシェイクされるような感覚と、全身が潰される感覚がウタハに襲い掛かった。

耳を両手で塞いだ程度ではどうにもならない音圧が身体中を突き抜ける。

 

立つ事はもう出来なかった。

身体が自然と膝を突いた後、丸まるように倒れる。

 

「あっっぐッッ!! あっっがッッッッッ!!!!」

 

見ると、カリンも同様だった。

だが彼女の被害はウタハよりも甚大。

鼓膜が破れたのか耳から血を流し、銃を手放し叫ぶ姿はあまりにも痛々しい。

音響攻撃が始まった瞬間、狙撃する直前だったことも相まって耳を塞がなかった事と、カリンとウタハがいるのが第三校舎の屋上。『六枚羽』と遠くない位置にいた事が悉く裏目になった。

 

「ヒビ……キ……ッッ!! 攻撃を……畳み、かける、んだ……ッ! これを、止め……ッッ!!」

 

言葉を一つ喋る度に頭を強く殴られるかのような鈍痛が走る中、懸命にウタハは『二枚羽』に指示を出しているヒビキに救助要請を投げる。

 

今この音を止められるのは『二枚羽』しかいない。

 

しかし。

 

『………………』

 

彼女からの返事が届く事は無かった。

通信装置が音によって破壊されたのか、それともヒビキが完全にダウンしてしまったのかは特定出来ない。

 

無人ヘリの『二枚羽』はヒビキの操作が加えられなくなったとしても行動に支障は無い。

けれども、ヒビキの操作ありきで攻撃を回避し続けていた現状から、完全なAI操作になった弊害は遠くない内に日の目を浴びてしまうだろうことは容易に推察出来た。

 

まずい。

本格的な窮地にウタハは蹲りながらもどうにか打開策は無いかと頭を動かし続ける。

 

ヘリから落ちて来る音の範囲はミレニタムタワーを中心とした半径数十メートル。

その範囲内にいて、かつ屋内に避難することをせず『六枚羽』の動向を興味本位で見上げていた無名の少女達が、その報いを受けるかのようにその悲鳴を轟き始めさせている。

 

中には逃げようと足掻く者もいるが、まともな判断能力と身体能力を音によって奪われた事で、走ろうとした足はもつれ、数歩走る素振りを見せた後躓き倒れた後、起き上がることが出来ずに苦しみ続ける。

倒れているにも関わらず、手を付いて起き上がるより先に両足がじたばたと反射的に動いているのが少女達が受けてる苦痛の残酷さと悲壮感をより押し上げる。

 

『六枚羽』を見上げていた集団は、音響兵器と言うたった一つの武器だけで一瞬で無力化された。

全身が潰される様な音が、数多の少女達を襲い始める。

 

『二枚羽』は音の影響こそ受けていない物の、ヒビキの操作補助ありきで為していた精密な回避行動はもう取れない。撃墜の危険性が比べ物にならない程に跳ね上がる。

今ここで『二枚羽』を失う訳には行かないのに、回避する手段がどこにも無い。

 

「く……そ…………ッ……!!!!」

 

どうすれば良い。

どうすればこの窮地を打開出来る。

 

頭が割れそうな痛みの中、普段の何分の一程度しか頭が回らない状況でも必死にウタハは考える。

 

しかし、どんなに案を探しても適切な答えは見つからない。

 

音は広範囲に届いており、ヘリがいる事を認識している全員が同じ状態に陥っている。

助力を求めようにも、助力できるだけの余裕が残っている少女達がいない。

 

高度を落としているとはいえ相手はヘリ。自分達の遥か上空を飛行している。

狙撃しなければマトモなダメージは期待できないのに、唯一それが可能な人物はこの場の誰よりも大きな傷を負って苦悶の表情を刻み続けている。

 

要請すれば了承こそしてくれるだろうが、まともな狙撃が出来る状態ではない。

よって、狙撃で撃墜すると言う手段は取れない。

 

「どう……すれ……ば……ッ!」

 

プリーツスカートのポケットに忍ばせているジェット噴射装置に手を伸ばしながら、しかしこれを使ってもどうしようもないとウタハは滝のように汗を流しながらヘリを見上げる。

先生の靴底に取り付けた物と同じ装置。

彼の身に、彼に取り付けた装備に何か異常が起きた時に即座に対応出来る様持ってきた予備の物資。

これを使えば確かに空まで吹っ飛ぶ事は出来る。

だがそれを使った所でどうにもならない。

 

飛べば、空中に浮かび上がれば途端に機銃の的になる。

間違いなく、蜂の巣にされる。

 

扱いこなせる先生ならば話は別なのかもしれないが、自分を含めたこの場の少女にぶっつけ本番で飛び上がりつつ機銃を回避するなんて精密動作は絶対に出来ない。

 

苦し紛れに手を伸ばした物の、これは打開策とするにはあまりに無謀すぎる。

少女一人の命を犠牲にした賭けをするには途轍もなく勝率が無い。

 

「ぐッッッあッッッ!!」

 

ビキッッッ!! 少しの間右手を耳から手を離した影響がウタハに襲い掛かり、片耳から血が流れ始める。

鼓膜が破れたのだと、ウタハは感覚的に理解する。

しかし、そこに一々苦しんでいる猶予は残っていない。

 

「ッッッッ!!」

 

気付けば『六枚羽』が持つ羽の五枚が、ウタハやカリンを含める、音で倒れ伏した少女達に向けられていた。

『二枚羽』の相手は羽一枚で十分。

その程度の脅威であると算出されてしまった。

 

「せ……んせ…………い……ッ!」

 

『六枚羽』からの一斉掃射が始まる手前の時間。

自分を含めた何人が犠牲になるのか予測すら出来ない地獄絵図が始まる数秒前。

 

ウタハは不意に、自分でも説明が出来ないまま、先生と口を動かした。

彼ならどうにかしてくれるかもと思ったのかもしれない。

彼なら窮地に駆け付けてくれると信じていたのかもしれない。

 

けれど。

けれども。

 

そんな彼女の希望を嘲笑うかのように『六枚羽』が唸りを上げる。

虐殺が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

「う、うああっあぐああああああああああああッッッ!!」

 

上空から突然降り注ぐ重い音。

立ち続ける事すら困難になる程の音圧を受けたミドリは、道路のど真ん中で耳を塞ぎ、膝を突いて蹲っていた。

 

(ま……ずい…………ッ!!)

 

こんな場所で立ち止まっていたら好き放題に撃って下さいと言っているような物。

先程はギリギリの所でエンジニア部が持つ兵器によって助けられた物の、依然としてヘリは健在な以上いつまた改めて狙われてもおかしくない。

 

否、もう狙われていると言っても過言では無かった。

 

涙目で空を見上げれば、一定の場所に留まり、高度を下ろして音圧兵器を放ち続けているヘリが見える。

ほんの少し前までヘリとはとても思えない挙動で空を走り、エンジニア部のヘリと空中戦を繰り広げていた筈なのに、今、あの兵器はピタリと移動を止めている。

 

瞬間、ミドリの勘が訴えた。

今から、自分は攻撃されると。

 

動きを強制的に止められている以上、立ち上がって逃げる事が出来ない程『音』によって苦しめられている以上、今度こそ銃撃から逃れる手段は無い。

 

何もせずにいたら殺される。

生き残るには、何かをしなければならない。

この絶対的状況を覆すに足る力を持つ、何かを。

 

「ぐ、ぐ、ぅぅうううううううううッッ!」

 

震える右手を懐に伸ばし、今一度ボロボロに錆びたカードを取り出す。

裏にNo7とだけ書かれたカード。これを使えば状況を打破出来るかもしれない。

使ってもどうにもならないのかもしれない。

 

ミドリの本能はこれを使ってはいけないと警鐘を訴えている。

何が起こるのか不明だが、漠然とそれだけは伝わって来ていた。

 

だが使わなければ全身に機銃を撃ち込まれて死ぬ。

それだけは確定した未来として待ち受けている。

 

「や……る……しか、な、いぃっっ……!」

 

迷っている時間は、もうどこにも無かった。

使った後に訪れる後悔と、使わなかった先に待ち受けている死。

 

どちらかを選べと言われれば、前者しか選びようが無い。

 

「せ……んせ……い…………ッッ!!」

 

苦しみに震える声で、こんな状況にもかかわらず頭に思い浮かべてしまった想い人の名をミドリは呼ぶ。

本名を知らない、好きな人の名前を呼ぶ。

 

勇気を下さいと、なけなしの覚悟を下さいと。

『先生』の一言にその全てを込めた後、意を決したかのようにミドリは強く目を開いた後。

 

「う、あ、あああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

 

バギンッッ!! と、右腕に力を込め、持っていたカードを粉々に握り潰した。

 

 

 

 

 









二週間更新が続いています。申し訳ないです。
来週からは一週間更新に戻りたいですが……まだちょっと不透明です。



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