一体全体、何が起きている。
『六枚羽』の音響兵器が突然下から突き上げて来た謎の圧力のような物によってその機能が破壊された光景を目の当たりにした白石ウタハは目を見開き、起きている事態を受け止めきれず驚愕する。
己が持つ知識では何一つ説明の出来ない力の奔流だった。
全くもって把握出来ない力が、数多の生徒を破壊せんとしていた音圧を突き破り、そればかりか元凶だった音響兵器を破壊する。
それはハッキリ言って規格外でしかない現象だった。
少なくともウタハの知る限りでは、実弾を伴わずにこんな離れ業が可能な武装など見た事も聞いた事も無い。
これを行ったのは一体誰なのだろうか。
仮に正体不明の誰かがこれを行ったのだとして、それは窮地を救われたことに感謝すべきなのか。
それとも新たな脅威の訪れに身構えなくてはならないのか。
ダンッッ!! と、ウタハの背後から勢いある着地音が響いたのは、彼女が思考の海に潜っている真っ最中だった。
「ッッ!?」
敵襲。
彼女の予感がそう告げ、途端無数の考え事でごちゃごちゃとしていた脳内が瞬く間に整頓された。
今の音が敵襲とした場合の最善手は何であるかの答え合わせが頭の中で始まる。
角館カリンは現時点では戦力として期待するのは難しい。
対応出来るのは自分しかいないと、護身用の拳銃を構えながら音が聞こえた方向に振り向き。
「なッッッ!? ミドッッ……!?」
いる筈の無い少女がボロボロ過ぎる姿で屋上に表れた事にらしくなく彼女は声を荒げようとして、
それ以上に彼女から放たれている異様な雰囲気にその声は押し黙らされた。
ヘイローがどういう訳か消滅している。
加えて痛々しいと言う言葉では到底足りない程の夥しい程の血が流れており、今すぐ手を施さなければ危険だと、医療に精通していないウタハでも容易に判断できる怪我。
そんな身体でどんな手段を使えば外から屋上まで昇って来これるのか。
何があったらその血だらけの身体になるのか。
その傷でどうして動けるのか。
ヘイローが消えてるのは何故なのか。
そもそも、どうしてここにやって来たのか。
聞きたい事も、心配しなければならない事も無数にある。
だがそれ以上に、
それら全てが些細な事のように思えてしまう程。
どこか掴みようの無い異質な圧力めいた物を、ウタハはミドリから感じた。
「な、にが…………? いや……それ以前に……待て……待ってくれ……ッ!」
ミドリの肉体が伝えて来る情報量に頭が焼き切れそうになる感覚が走る。
怪我によるダメージが大きいのか、地上から屋上まで屋外から直接登って来た彼女は肩を大きく上下させて荒い呼吸を続けており、その顔は俯いていて良く窺えない。
しかし服装や背格好は才羽ミドリであると言う要素をこれ以上なく抽出している。
間違いなく彼女は才羽ミドリ。
それは確かだ。
見間違える筈も無い。
彼女は才羽ミドリであると自問自答を仕掛け、適切な解答をウタハは得た。
その筈なのに。
ウタハは彼女が本当に才羽ミドリなのか疑いを掛けた。
彼女が纏っている雰囲気が、あまりにも数時間前と違い過ぎている。
見ているだけで気圧されそうな感覚が、ウタハの体内に走る。
理解、不能だった。
背丈も同じ。容姿も同じ。格好も同じ。
それなのに別人であるかのように思ってしまう。
違う存在では無いかと本能が訴えてしまう。
でも彼女は才羽ミドリである。
そこだけは絶対に間違いない。
けど。
それでも。
ウタハは彼女が才羽ミドリであると確信すると同時、目の前にいる少女が才羽ミドリとは似つかない別の何者かのようにも思えた。
混乱する。
どっちも真実であるかのような感覚にひたすら振り回される。
そんな折。
「ウタハ先輩!」
彼女の迷いを全て吹き飛ばすように、顔を上げたミドリからハッキリとした声量がウタハの耳に飛び込む。
顔を上げた少女の顔は、紛う事無き才羽ミドリの顔だった。
「詳しい説明は省きます! 今の私について説明してる時間も無いです!!
突然鬼気迫る表情で捲し立て始めるミドリの説明はウタハからすれば何を言っているのかさっぱりだった。
説明する時間が無いとしながらも出て来る単語は謎ばかり。
事情を聞かなければ何も始まらないのではないかと、ウタハの経験則が訴える。
だが。
だが。
彼女の気迫は本物だった。
そしてそれが、全てだった。
頭のスイッチが、切り替わる。
細かい事に一々理由を求める必要はないと結論が出される。
今は彼女の言葉に耳を貸す時間だと。
女の勘が、そう告げた。
ウタハは、それに従い始める。
「協力してください! アレを落とします!!!」
彼女の眼に宿る固い意思を跳ね退けてまで己の流儀を貫く真似をウタハは選択しない。
そんな物は野暮だ。
才羽ミドリに対し、現状聞きたい事が山ほどある。
勢いのまま一方的に捲し立てる彼女に対して落ち着けと言いたくなる。
そんな物は野暮だ。
己を納得させる為だけの会話や時間はこの場において必要な物では全くない。
では、今この場において本当に必要な事項は何なのだろうか。
その答えを、たった一つしかない答えをウタハは既に弾き出していた。
彼女を、才羽ミドリを信じる。
たったそれだけ。
本当にたったそれだけ。
そしてその要求は他の何よりも、どんな要求よりも簡単なことであり、
「……何をすれば良いんだい」
未だ心の片隅で不満を訴える脳内の自分を強引に納得させる理由とするには、果てしなく十分すぎる言葉だった。
────────────────────
本来なら静まり返っている筈のミレニアムにある分校の一つから、銃声が断続的に響く。
戦闘を行っているのは一方通行と黒服の二名。
黒服の目的はユウカ及びミドリの拉致、もしくは再起不能まで叩きのめす事。
そんなふざけた目的を妨害する為、この男を校舎に留めさせる為に一方通行は銃を握る。
カチッ! と、一方通行はチョーカーのスイッチを切り替える。
学園都市にいた頃は能力を使用可能にするための物。
しかしミサカネットワークが存在しないキヴォトスにおいてそのスイッチは意味を為さない。
それでも彼はスイッチを切り替えた。
戦闘中であるという気持ちをより確かにする為に彼はチョーカーに指を引っ掛ける。
そんな中で。
「ユウカ?」
一方通行は、不意に今まさに守ろうとしている少女の名前を呟き廊下の窓から覗く夜空に視線を送った。
「ミドリ?」
次いで零したのも、同じく彼が銃を握り黒服と相対している理由そのものである少女の名前。
何故その名前を今声に出したのか、一方通行も原因が分からない。
ただどういう訳か、聞こえたような気がした。
ユウカの声が、ミドリの声が。
両方とも、芳しくない声色で。
ゾワリと、背筋にイヤな冷たさが走った。
外で何かが起きている事を、彼の勘が訴える。
「お二人の安否が気になりますか? 先生」
黒服の声が誰もいない真後ろから響いたのはその直後。
風切り音を纏わせて放たれた回し蹴りが、まともに一方通行の横腹を直撃した瞬間だった。
「が、ァッッ……!」
身体をくの字に折れ曲がらせて廊下を無様に転がされ、ズシリとした痛みが走る事実に表情を歪めつつ、彼は早々と左手で倒れた身体を持ち上げ、右手に持つ杖を軸にして片膝を突く。
少しばかり態勢を回復させた彼が目にしたのは、右足を大きく振り抜いた格好のまま静止している黒服の姿。
「チッッ……!!」
これ見よがしに攻撃後の隙を晒しているのを見て、ゆっくりと立ち上がりながら一方通行は舌打ちする。
追撃を仕掛けて来ないのは余裕の表れだろうか。
随分と楽しそうな事だ。と、内心で一方通行は吐き捨てる。
「ご心配なく、それが普通です。何せこの分校の一部が崩壊。次いで外から爆発音が絶えず発生している。ミレニアムタワーは最上階の一部が炎上まで起こしてますから心配になるのは当然の事です」
ピクリ。と黒服の言葉に一方通行の眉が動く。
この校舎の奥で崩壊騒ぎが起きたのを一方通行は把握している。そこにユウカとネルが巻き込まれつつも無事に生還している事も。
遠い場所から絶えず爆発音が発生しているのも彼の耳は拾っている。だからそこまでは問題無い。
ただ、ミレニアムタワーは少なくとも今いる場所からは見えない。
なのにこの男は具体的に視界に収められていないミレニアムタワーで何が起きているかを言い当てている。
ミレニアムタワーの最上階では予定通りならミドリとモモイがアスナと対峙している。それを知っていたかのように狙いすまして最上階が何者かによって炎上させられた。
黒服はそれすらも把握しているような言動を言い放った。
目視しなければ絶対に知れない出来事を当然のように詳細を話す。
それはどこまでもこの男が炎上騒動を仕掛けた主犯に他ならない。
さっさとこの場を片付けて状況確認を急ぐ必要がある。
取り返しの付かない出来事が発生する前に。
事態は恐らく、予想よりも大きく酷い方向に進んでいる可能性が高いと一方通行は踏んだ。
しかし。
(癖はある程度掴ンだ。後はタイミングが合うかだけの問題……。だが……ッ!)
チラリと、一方通行は己の足を見やる。
悔しい事に、彼の足はダメージの蓄積に耐え切れずガクガクと痙攣を始めていた。
杖が無ければとっくに崩れ落ちていてもおかしくない状態に足の負担が大きくなって来ている。
今でこそ杖の補助によって無事に立てている為目立った影響は少ないが、この戦闘が長引けば長引く程それは如実に姿を表してくる。
このまま行けば遠くない内に身体を支えるのが杖一本、右腕一本になる可能性が高い。
そもそも一方通行の足は機能が失われたと言っても完全に死んでいる訳では無い。
短時間ならば杖を使わなくても歩けるし、立ち続けるだけならそれなりの時間杖による補助が無くても出来る。
あくまで一般人より思う通りに動かなくなってるだけ。重い制約こそかかっている物の、戦闘において彼は自分に出来る範囲で両足を移動手段や行動手段として使用している。
それが全く機能しなくなるのは苦しい所の騒ぎでは無い。
棒立ちよりも酷い状態だ。好きに殴って下さいと言うに等しい。
ミドリが気になる。
ユウカも気になる。
不安材料が二名も自分の手の届かない場所にいるだけでも状況はひっ迫していると言うのに、それに輪を掛けて黒服との戦闘において自分が戦える制限時間が刻一刻と近付いていると来ている。
あらゆる危機的状況が四方八方から圧を掛けて来ているような感覚に、一方通行は心底面倒だと評する。
「私から意識を外せば、それは好きにここから脱出して二人を襲撃しても良いと、そう解釈してしまいますよ。先生」
それは突然だった。
まるで考え事をしてしまった一方通行を咎めるかの如く、黒服の声が右側届く。
まずい。と、僅かな時間だが戦闘中に意識を別の方向に割いてしまった事を一方通行は悔やみ、迎撃するべく身体を右に向けいつでも撃てるよう銃を持つ左手に力を入れる。
一方通行の腹部に黒服の右拳が強く叩き込まれたのはその直後。
振り向くタイミングすら完璧に計算された一撃が直撃した
「かふッッッ……!?」
苦痛に表情が歪み、頭が自然と垂れる。
間を置かず、一方通行が行うであろうそのリアクションを待っていたかのように、すかさず側頭部に全力の回し蹴りが叩き込まれた。
「ぐ、がッッッッ!!」
重い打撃音が響き、蹴り飛ばされた衝撃で一方通行の両足が地面から離れる中、ガッッガッッッ!! と、杖を何度も連続で真下に向かって突き、吹き飛ばされる衝撃を緩和し倒れるのを何とか一方通行は回避する。
最後にカツンッ! と、強く地面を付いて両足になるべく負担を与えないよう身体を支え、好き放題してくる黒服を睨めば、またしても右足を振り抜いた姿勢のまま静止し、ゆっくりと身体を戻していく様子が映る。
「思ったよりも打たれ強いようですが、それでも常識の範囲を抜け出してはいない。まあ、どれだけ耐えていても私の動きに対応出来ていないようでは、決着が長引く事も無さそうです」
足が笑い始めてこそいるが未だ立ち続けている一方通行を賞賛する言葉が黒服から送られる。
鬱陶しいことこの上無いが、しかし事実として彼は黒服との肉弾戦に全く対応出来ていない。
既に何度も殴り倒され、蹴り飛ばされている。
一度身体を崩されれば立て直すのに時間が掛かる杖つきの欠点を見事に利用されている形だった。
地面に倒されれば彼は即座に起き上がれない。
立ち上がるには、どうしたって支えとなる物が必要となる。
黒服はその一般人よりも遥かに起き上がるまでの時間が長い一方通行の弱点を的確に突き、何度もその身体に重い一撃を叩き込み続けた。
状況は黒服の言う通り風向きが悪い方向に傾いている。
誰が見ても、そう思える物だった。
しかし。
確かに一方的に殴られ続けているのは事実。
黒服が優勢に見えるのも事実だろう。
しかしそれはイコール敗北に直接繋がっている訳では無い。
実態はむしろ逆だった。
よって、その当事者である一方通行は。
「ハァ…………オマエ。何も分かってねェな」
黒服の言動に対し、特に苛立ちを募らせるでも無くただ呆れるようにため息を零し、落胆したかのような言葉を続けた。
コイツはまるで何も分かってない。
一方通行は己が考えている事を息一つで表現し、次いで相手に分かりやすく自分の思考を説明するように。
「弱点だらけにも程があンだろ。オマエ」
銃を突きつけ、ハッキリと声に出してそう断言した。
事も無さげに黒服を挑発する。
その声色に強がりやハッタリと言った物は一切含まれていない。
心からの感想を言ったまでだった。
「格下過ぎて笑えるなァ」
「安い挑発ですね。先生らしくもない。何か狙いがあると言っているも同然ですよ」
刹那、二人の周囲を取り巻く空気の色が変わった。
一方通行の挑戦的な言葉を聞いた黒服から、微かに好戦的な声が放たれる。
下らない挑発に引っかかる訳が無いと豪語する黒服だったが、人は嘘を付けど周囲の空気は嘘を付かない。
ピリつくような息苦しさを醸し出し始めた空気が、少なからず安い挑発が響いた事を暗に伝える。
その状況が作られたことに、勝負を決める時間が始まったことに一方通行は口角を上げる。
「オマエと遊ンでる時間は俺にはねェンだ。さっさとご退場──」
願おうかと言い終えるより先、音も無く眼前に現れた黒服の膝が、一方通行の顎をかち上げる。
反応し、防御することは叶わなかった。
「ッッッッッ!!!!」
グラリと脳が揺れる感覚に一方通行は意識を手放しそうになるが、それをすんでの所で堪えつつ、代わりにギロリと威圧的な視線を黒服に向ける。
だが、既に彼の正面から黒服の姿は消えていた。
代わりに、背後で一つ足音が響く。
黒服が能力で一方通行の真後ろに移動した事を彼は音で察知する。
全て、予想していた通りの動きだった。
ギチッ! と、型に嵌まった黒服の行動に、一方通行の口角がまたしても上がる。
瞬間。
「うッッッ!?」
何かしらの攻撃を一方通行に仕掛けようとしていた筈の黒服から、怯んだような声が零れる。
否、黒服が作戦通り怯んだことを一方通行は声で知り、満悦層に声色を吊り上げ、詠う。
「どォした……? 俺の背中から何か
顎を蹴り上げられ吹き飛ばされている最中の一方通行は、正面に向けていた銃口をゆっくりと右へ振る。
そしてビタリと真横に突きつけた矢先、その場所で。
予め予想した通りに黒服がその場に現れた。
一方通行の銃口が突きつける、そのド真ん中に。
「なッッッ!?」
「これがオマエの弱点。対象の右側に瞬間移動する演算を手癖で選びがち。だ」
黒服が現れる直前に、既に一方通行の指は引き鉄を引いていた。
撃たれた。ではなく、撃たれている。
絶対に回避不能な一撃。
逃げ場なんてどこにも無い。
そんな幸福は、何一つ与えない。
「だから言っただろォがよ」
弾丸が空気を引き裂く中、一方通行はもう一度だけ黒服に向かって事実を告げる。
「格下にも程があンだろ。ってなァ」
弾丸が黒服のわき腹を抉り、血飛沫が舞わせたのは彼の勝利宣言が放たれた直後だった。
カン……と、冷たい音を立てて落ちた薬莢の音がその結末を語る。
放たれた弾丸は、一撃でこの勝負を決する決め手を生んだ。
────────────────────
ミレニアムタワーがある場所から少し離れた区画。
僅か十分前まではミレニアムの街並みを彩っていたであろう場所は現在、見る影も無い程に破壊し尽くされようとしている。
その破壊の元凶となっているのは、コンクリートや瓦礫を固めて作り上げられた巨大な無機物生命体であるゴーレム。
瓦礫の山がいくつも出来上がる中で、そのゴーレムの周囲をネルはこざかしく走り回りまわっていた。
標的を己に向けるようにネルはひたすらゴーレムの周囲を走る中で、ゴーレムから直系四メートルはある巨腕がネル目掛けて真横に振り回される。
当たれば一撃で死んでしまうであろう一撃が自身に目掛けて飛んでくる事態。
普通の少女なら恐怖で足が竦む所だが、そんな物でネル怯みすらしない。
逆に、彼女は笑みさえ浮かべていた。
「甘え!!!」
いくら攻撃範囲が広くても、こんな遅い一撃に当たる方が難しい。
そう言いたいかのように彼女は振り回されてくる腕目掛けて跳躍し、振り抜かれている腕を踏み台にして前へ転がるように動く事で必殺の一撃を回避する。
結果、ネルは攻撃を避け、当てる対象を見失ったゴーレムの右腕はただただ強く振り抜かれる。
拳の先端が、まだ壊れていなかったビルを穿ち、轟音が炸裂する。
その様子を見届けたネルはニヤリと笑う。
右腕はこれで数秒間は使い物にならない。
巨大な腕は見てくれも攻撃力も驚異的だが、そのデメリットはたとえゴーレムであろうとも無視する事は出来ない。
全力で振り抜いた腕を戻してくるまでの時間を、ゼロにすることは出来ない。
しかし殺そうとしたネルの姿はいまだ健在。
ではどうなるのかと言われれば、出て来る答えは一つしかない。
即ち、もう片方の腕でネルを攻撃する。である。
ゴーレムの左腕が高々と持ち上げられる。
そのまま振り下ろせば大地を揺らし、ネルの足の動きを一時的に止めることさえ可能な一撃が加えられようとしている。
しかしその瞬間こそが、ネルが待ち詫びていた物だった。
「今だチビッッッ!! 撃てッッッッ!!!!」
「はい!! 光よ──!!」
ネルが叫ぶと同時、ゴーレムの攻撃範囲外で身を隠していたアリスから返事が届き。
彼女が持つレールガンから、極太の閃光が迸った。
狙いは、ゴーレムの頭部を形作っている瓦礫群。
その一点を貫く為、下手な防御をさせない為、ネルはゴーレムの両腕を僅かな間無力化させた。
人の形を模している以上、何かしらの弱点が頭部に集約されていてもおかしくない。
ゴーレムと相対した当初から頭部の破壊を目標に据えていたネルだったが、あまりの巨体さと泣き言を言いたくなる程の頑丈さに阻まれ続け、達成できないでいた。
しかし、それを可能に出来る人材が、天童アリスが救援に現れた。
となれば話は簡単だった。
機動力と戦闘経験の勘が優れるネルが囮となってゴーレムの周囲を走り、アリスが最大出力のレールガンを放てるよう時間を稼ぐ。
これで当初から据えていた目標の達成が一気に現実味を帯びる。
今、その結果を発表するかのように、レールガンから迸った光がゴーレムの頭を直撃する。
過不足無く、光はゴーレムの頭部を吹き飛ばしていた。
「…………」
どうだ。と、ネルは足を止め、綺麗に頭が吹き飛ばされたゴーレムを注視する。
出来ればこれで倒れて欲しいと思う。
ここで決着が付いて欲しいと切に願う。
自分に残された時間は多くない。
出血量から考えると、動けるのはあと数分程度。
そこが自分が動ける限界。それ以上は無理だと肉体が告げる。
珍しく、珍しく彼女にしては本当に珍しく懇願するような目線で、アリスの一撃を受けたゴーレムを見つめ続け。
「……ッ! クソがッッ!!」
頭部を丸ごと破壊されたのに問題無く動き始めたのを見て、ネルは心からの舌打ちを繰り出した。
ゴーレムが倒れない。
頭部の一撃は致命傷では無い。
当てが外れたことと、足らぬ結果に終わったことがネルの心に焦りを募らせる。
頭部を吹き飛ばせば倒せると思っていただけに、この展開はあまりにも辛い物だった。
自分の想像以上にゴーレムが手強いことをネルは思い知らされる。
同時、心の中で一つのイヤな懸念が浮かび上がり始めた。
コイツには、弱点なんて無いんじゃないかという、向き合いたくない懸念が。
「バ、バッテリーがチカチカしてます……! まさかMPが切れたのでしょうか……! もう少し、もう少し頑張ってください!!」
ゴーレムを相手するだけでも頭が痛くなるというのに、悪い展開は立て続けに発生する。
振り返ると、レールガンを不安そうにバシバシと叩くアリスの姿が見えた。
視線の先では、レールガンに内蔵されているバッテリーが赤く明滅し、充電率の警告を発している様子が見える。
(チビの一撃も撃ててあと一発が限度か……ッ! また雲行きが怪しくなってきたなッッ……!)
アリスの参戦によって戦況は逆転したが、それがまたひっくり返されようとしている。
まだ自分は動ける。だがしかし長くは動けない。
もし自分が倒れれば、次に狙われるのはアリスだというのは考えるまでもない事だった。
彼女と一戦を交え、ゴーレムと戦闘を繰り広げているからこそ分かる。
天童アリスは一対一でゴーレムを下せるような存在では無い。
レールガンのバッテリーも心許ない状況で、彼女に全てを託す訳には行かない。
結局、最善の選択肢は一つしか無かった。
この場で取れる最も勝率の高い戦いは校しか無かった。
同じことを繰り返す。
ただそれだけしか。
「チビッ! もう一度あたしが隙を作る。そしたら今出来る最大限をアイツにぶち込め!!!」
頭でダメなら次は胴体。
これでダメならその時にまた考える。
そう心に決め再びネルは囮となるべくゴーレムの周囲を走る。
「オラオラオラオラッッ!!」
右手に持つサブマシンガンが再び火を噴く。
ちょこまかと走り続けるだけで害無しと判定されたら終わりだ。
アリスにゴーレムの相手をさせる訳にはいかない。
彼女の実力では、ゴーレムの一撃を避けることは出来ない。
もし彼女がその一撃で気絶したらそれこそ自分達は負ける。
何が何でもアリスを死守しなければならない。
これは勝利する為の絶対条件に必要なパーツの一つ。
こっちに攻撃を向けろ。意識をあっちに向けるな。
その一心でネルはなるべく目立つ場所でゴーレムに攻撃を加え続ける。
成果は、目に見える形で現れる。
ゴーレムの両腕が、狙い通り自分を狙い始めた。
一度も被弾することは許されない攻撃がネルを襲い始める。
だがネルはそこに一切恐怖しない。
ネルは確かにゴーレムとの戦闘で重傷を負った。
だがここまでネルがダメージを受けたのは、誰かを庇ったりや想像の上を行かれた秘策じみたことをされたことでの被弾ばかり。
ゴーレムの一撃を、避け切れずに被弾した場面は一度も無い。
それはつまり、正面からただ避けるだけであるならば、動きが鈍っていても問題は無いことを意味していた。
「当たる訳ねえよなぁ!! もっと本気で狙ったらどうだ!?」
ヒョイヒョイと、ネルは華麗に攻撃を避ける。
地面を砕く勢いで腕を振り下ろされたら、その腕の真下を潜り抜け、最後に跳躍する事で地面の振動すら気にせず動く。
ならばと横振りを繰り出されれば先程と同じように踏み台にして回避するだけ。
次はこれだと足で踏み潰そうとするならばその足の範囲から抜け出すだけで事足りる。
どれも攻撃範囲と攻撃力こそ圧倒的な物の、その代償として攻撃はどれも単調な物ばかり。
破壊した瓦礫を取り込み続ける能力の影響か、ゴーレムの全長は既に当初の倍、八メートル程にまで肥大している。
そこまで大きくなってしまえば最後、一般的に小技と呼べるような手堅く敵にダメージを負わせるような攻撃方法は消滅する。
どのような行動をしようと、その巨体故に大技にしかならなくなるからだ。
唯一今のゴーレムでも使えるであろう、先程ネルの度肝を抜き、甚大なダメージを与えたビルを破壊し飛び道具代わりにした攻撃も、周囲にあったビルは既にゴーレムによって瓦礫へと変貌しており、利用すべき障害物は既にその役割を終え、ネルにとっての不安材料は既にこの場のどこにもない。
倒す事を主目的とせず、避けることと注意を引くことに徹する戦い方を選ぶ場合、今のゴーレムは何よりも
御しやすい相手と言えた。
チラリと、少しだけよそ見をする余裕を作ったネルはアリスの様子を窺った。
彼女が持つレールガンの出力は、最大近くの輝きを放っている。
どうやら、準備は整っているらしい。
これで最後だ。
そう、ネルは覚悟を決めて。
ザッッッ!! と、足を止めてゴーレムを睨みつけた。
獲物が立ち止まったぞ。さっさと攻撃して来いよと、視線にそんな意味を込めて。
「……来たな」
思惑通り、ゴーレムの両腕が振り上げられる。
大地ごと自分を叩き潰すつもりなのだと、即座にネルは理解した。
後はこれを避ける。
そしてその隙をアリスに撃たせる。
これでダメならもうどうしようもない。
だからこの一撃で終わらせろ。
アリスに対しそう祈りながら、ゴーレムの両腕が振り下ろされようとする直前、ネルは足の裏に力を込め、斜め右方向へと跳躍する。
「撃てチビッッッ!!!」
叫ぶネルに呼応するようにはい! と、大きな返事が響く。
それは、二人の意思が重なった合図だった。
「これで最後ですッッ! 光──」
光よ。その言葉と共に最大出力のレールガンが放たれる。
それでゴーレムの胴体を貫く。
それで終わり。
終わりの筈。
だった。
だが。
レールガンが放たれるその瞬間、ゴーレムの両腕が大地を貫き、地面を深く抉って一枚の大きな壁を作るよう、豪快に大地を持ち上げた。
全長十メートルの巨体を覆うように、即席の天然遮蔽物がアリスの前で生成される。
「なッッッ!?」
アリスの視点からゴーレムの全長が完全に土とコンクリートによって隠れた。
急いでアリスは照準を合わせ直そうとするも、レールガンは止まらない。
発射シークエンスが完了したレールガンは、彼女の修正も待たず命令の通り発射される。
ゴパッッッ!!! と、言う轟音と共に、ゴーレムを消し飛ばせる威力を持つ光の奔流が放たれる。
しかしそれは、タイミングが悪いことにアリスがゴーレムの姿が見えなくなったことに動揺した直後の発射だった。
照準を合わせ直そうと、自ら銃口をずらしてしまった直後の発射だった。
アリスが放った最後の一撃。
当初の狙いから僅かに左方向にズレた一撃は、大地の壁を容赦なく突き破りつつも、肝心の標的であるゴーレムのすぐ脇を通り抜けて行く。
肝心のゴーレムには傷一つ付けることが出来ないまま、アリスの渾身の一撃が通り過ぎていく。
バサッッッ!! と、大地で作り上げた壁が崩れ、無傷のゴーレムが姿を表したのと、アリスが膝から崩れ落ちてしまったのは、ほぼ同時の出来事だった。
「あ……あ……」
攻撃を外した。
最後の一撃を外した。
レールガンの照準を外してしまったアリスから、絶望に打ちひしがれたような声が響く。
重なる様に、充電切れを知らせるような音がレールガンから響く。
どうする。
危惧していた最悪の事態に直面したネルはこの状況をどうするのが一番良いのかを探る。
だが、すぐに結論が出る。
どうしようもない。
戦う手段は尽きた。
持てる手札は全て使い切った。
これ以上は、もう、無理だ。
「チビ……逃げろ」
悔しさを滲ませながらネルはアリスに戦線を離脱しろと命令する。
ここから先は彼女を連れて行けない。
敗戦処理に、付き合わせる訳には行かない。
これはゲームではないのだから。
コンテニューなんて物は存在しない。
負けたら終わり。
その負けを、アリスにまで広げる必要は無い。
「で、でも……!」
「良いから逃げろ!! 時間はあたしが稼ぐ!!」
残された時間全てを使って少しでもミレニアムからコイツを引き離す。
それが今出来るミレニアムが受ける被害を最も少なくする最善手。
コイツの目的は体内に仕込んだプロトダイアグラムを持ち帰ること。
その目的を達成させてしまうことは非常に不本意だが、倒す手段が無くなった以上背に腹は代えられない。
ミレニアムをこれ以上破壊させる訳にはいかない。
その為には、まずコイツをミレニアムから遠ざけ、妨害し続けていた自分の死を利用し、脅威を排除したと思わせなければならない。
(悪い、先生……! 頑張るだけ頑張ったがどうやら生き残れそうにねえ……!!! 先生の背中を守れるのは……悔しいがここまでみてえだ……!)
最大のチャンスは目の前に転がっているのに。
一発逆転は手の届く所にあったのに。
それを為すのに必要なカードがもう残っていない。
だが、そのカードを失ったアリスは悪く無い。
彼女は最大限、出来る限りのことをやった。
先の行動を予測しろと言うのは無茶にも程がある。
これ以上を望むのは、あまりに酷という物だった。
強いていうならば、悪いのは自分自身。
自分の実力が不足していた。
敗因を突き詰めた場合、見当たる答えはそこしかない。
ネルも全力で戦い続けた。しかし彼女が何か出来ることはもう僅かしかない。
「……行くぜ。あたし」
その最後に残された、自分だけが出来ること。
この化け物と一秒でも長く戦いながらミレニアムから離れる。
人生最後になるであろう仕事を行う為。
ネルは全身全霊を賭けてゴーレムに特攻を仕掛け始める。
その時。
その時。
「アリスちゃん!! ソレから手を放して!!!!」
空から、声が響いた。
それは、ネルが全てを諦めかけたその瞬間。
命を捨てた突撃を繰り出す、その直前だった。
降って来たその声に、正に走り出そうとしていたネルの足が止まる。
そのまま血気迫るような声に引っ張られるよう、ネルは視線を上に向け。
「ユウカ……ッ!?」
巨大な兵器がスラスターを吹かせ空を高速で飛んで行く姿と、その兵器にまるで引っ張られているかのようにして、同じく空を移動している早瀬ユウカの姿を目撃した。
一体どうして何があったら空を飛べるようになるというのか。
にわかには信じがたい景色にネルは目を見開く。
だがそこに対しネルが次の行動を取るよりも先。
質問は受け付けないと言う事を態度で示すかの如く、ユウカの右手がバチバチと音を立てて青白く輝き始めた。
まるで雷か何かをその手の内に作り出しているかのように轟き始めたソレを見た瞬間、ネルの勘がまずいと告げた。
ネルとユウカ。
一秒にも満たない僅かな時間で互いの意志が交錯する。
「レールガンを捨てろチビッッッ!! 早くッッ!!」
何が起きているか分からない。
だが、ユウカは何かをしようとしている。
目敏くそれを察知したネルは、ユウカに続くようにアリスに向かって叫ぶ。
「は、はいっっっ!! アリス、手放しましたっっっっっ!!!」
ゴトンッッ!! と、ネルの怒声に負けたかのようにアリスがレールガンを手放す。
その、直後。
「行くわよッッッ!!! チェイサァァアア──────────ーッッッッ!!」
右手に集まった何かを、ユウカはレールガン目掛けて全力で投球するようなフォームで放つ。
バチバチと音がする青白い光に包まれるレールガンを、ネルとアリスは半ば呆然とした表情で見つめることしか出来なかった。
見上げると、既にユウカの姿ははるか遠くに行っていた。
一体ユウカはレールガンに何をやったのか。
それをネルが確かめるより前に。
「も、戻ってます! MPが回復されてます!!!」
アリスの嬉々とした声で何が起きたかの説明が為された。
ユウカが青白い何かを投げつけ、電流のような現象が起きた時、ネルは心のどこかでもしやとは考えた。
けどそんな馬鹿なとも同時に思った。
あり得るかと問われれば、あり得ないと即座に答えられる。
何処の誰が電流を自由に操る少女の存在を受け入れられるのだろうか。
けど、
けれども。
結果は結果だ。
彼女は、ユウカはレールガンを一気に充電させた。
今はそれだけで良い。
今気にするべきはその力の出所ではない。
得た希望を使って、どうするかが最重要。
「……チビ。前言撤回だ。もう一度力を貸せ。今度こそ仕留めるぞ」
「っっ!! 了解です! 勇者として! 最後までアリスは諦めません!!」
良い返事だ。と、ネルの口元が緩む。
消えかけた戦意が再び灯る。
きっかけはユウカによって作られた。
勝機は先の一撃で見えた。
後はそれを実行するだけの力が残っているかどうかだけ。
難しいな。と、正直に彼女は己の体調を鑑みそう思う。
だが、泣き言はもう言えない。
動ける時間は刻一刻と減っていく。
今、この瞬間が自分が最も動ける状態。
ダラダラと時間を引き延ばすことは今度こそ敗北に繋がる。
だからネルは、自分に出来る最大限を行う。
ジャラ……と、鎖を鳴らし、動かないと訴える左腕を無理やり動かし、二丁の銃を構える。
これが最大出力。
自分が出来る、限界値。
「コールサイン。
己に割り当てられた名称を誰に聞かせるでもなく風に乗せる。
それは一種の決意。
そして、仕事を始める時の決まり文句。
ミレニアムの名を汚さぬように。
「行くぜ……!! デカブツ……!!」
美甘ネルは、ミレニアム最強というどこまでも重い看板を背負う。
────────────────────
「ぐッッッッォ…………!?」
わき腹に銃弾が直撃した黒服の呻き声が廊下に轟く。
ズルリ……と、彼が床に沈んだのはその数秒後。
膝蹴りを顎に受けた一方通行が態勢を整えて静かに立ち上がり、拳銃を再び黒服に向けてからのことだった。
「お見事……です……ッ!」
座りながら後退し、壁に背を預ける様に移動した黒服が賞賛の言葉を今一度投げる。
今度のは、掛け値なしの物だった。
「流石は……先生。と言った所……でしょう……か……ッ! 終わってみれば……完封のような……気さえ……しますよ……」
下らねェ。と一方通行は下されたその評価が全く意味を為さない事には呆れる仕草を見せる。
能力使用の癖を完全に見抜くまで攻撃を耐え、計算された不意打ちを叩き込む。
身体のダメージが一般より大きい一方通行が立てるにはあまりに無茶極まりない作戦だったが、結果として作戦は成功と呼んで差し支えない範囲に収まった。
とは言え、この作戦が成立したのはひとえに黒服が想像以上に弱かったからに帰結する。
普通ならば
そもそも、相手が行う
そうなる前にまず間違いなくどちらかが死んでいるからだ。
机上の空論じみた攻略法が通じている事そのものがこの男の弱さを象徴している。
二つの要素を掛け合わせた戦術は一見強力そうに思えるが、その実あまりにも噛み合いが悪い。
殺しではなく無力化を図る正義側の存在でさえその戦法は選ばない。
近接戦を戦法に組み込みこそするだろうが、基本は遠距離戦で攻める。
ならばどうしてこの男はチグハグな戦術を軸にしているのか。
答えは簡単。それしか出来ることが無いからである。
「
どう見てもオマエは正義側の人間じゃねェだろと看破しながら一方通行は黒服の膝を銃で撃ち抜く。
呻き声が僅かに聞こえるが、一方通行は容赦しない。
「俺との戦闘中に懐にしまっていた銃すら使わなかった所を見るに、自分と衣服のみを他人という座標補助を基に演算して移動する。銃や私物を衣服と誤認させなきゃ纏めて移動させることすら出来ねェ能力。さしずめ『
相手の敗因が純粋な弱さにあることを語りながら一方通行はもう片方の膝をにべも無く撃ち抜く。
赤い血が廊下を汚し始めるが、一方通行は気にせず廊下の壁に背を預けている黒服の下へ近寄っていく。
「弱すぎにも程があるだろオマエ。俺が過去に戦った
彼が過去に下した二人の
しかし今回はそれすら必要無かった。
その程度の相手でしか無かった。
能力を使った戦闘をしている限りこの男は肉弾戦しか戦う手段が無い。
これで判定上は
こんな奴と同格に扱われるのはさぞご不満だろうと、彼は声に出さず笑った。
「ついでに一つお勉強の時間だ。
カツンッ! と、恐怖を掻き立てる様にワザとらしく杖の音を響かせて接近しながら、一方通行は銃を構える。
黒服を睨みつける真紅の目は恐ろしく鋭さを帯び、誰もが怯え竦ませてしまう程の凄味が放たれていた。
冷たい声で一方通行は、黒服はもうまともな演算が出来なくなっている状態になっている事を言い当てる。
その根拠は言ってしまえば酷く単純な物。
ここまで好き放題に撃たれているのに、この男は何故か能力を使って窮地を脱さない。
それは何故か。正しく演算できる程の思考能力と冷静さが、撃たれた事により消えているからである。
出血も相まって平常心が崩れている中、無理に能力を使用しようとすれば自滅の危険がグンと上がる。
それを一方通行はわざとらしく教えた。
より恐怖心を掻き立てるように。
より能力使用を踏み留まらせるように。
結果は、今の状況が語っている。
黒服は能力を使用して逃げ出そうとせず、出血が酷い横腹を抑えているだけ。
「今度はオマエが俺に教えてくれよ」
黒服の眼前まで迫った一方通行はしゃがみ込み、拳銃を黒服の顔面に突き付ける。
「ユウカに言ったよなァ。銃弾を弾くアイツ等の目を撃つとどォなるかって。俺も知りたくなっちまったなァ。だがここにユウカはいねェ。だからオマエの身体で教えてくれよ」
銃口を、黒服の右目部分に容赦なく向ける。
少しでも顔を反らす動きをすれば即座に撃つと言う脅しだった。
当然、それは一方通行が特別黒服に慈悲を与えている訳では無い。
脅しが意味しているのは、撃つタイミングが早いか遅いかの小さな違いだけ。
それを真実とするように引き鉄に引っ掛けている人差し指が、ゆっくりと動く。
「その真っ黒な仮面から迸る光の目。これを撃ったらどォなるンだ? あァッ!?」
怒声が、一瞬だけ轟いた。
後を追うように乾いた銃声が一発分木霊する。
弾丸は、黒服の頬を掠めていた。
ハァ……と、拳銃を仕舞いながら一方通行は嘆息する。
これ以上、この男を相手にする必要は無い。
勝敗は、もう決した。
「……。トドメを差さなくて良いのですか……?」
「生憎、人殺しなンて物に時間を費やしてる余裕はねェ。それに極力、殺しはもうしねェと俺は心に決めてる」
ゴソ……と、黒服の懐に手を入れ、結局自分との戦闘では使われることの無かった銃を奪う。
武器は奪った。
能力もまともに運用できないようにした。
仮にまだ能力が使えたとしても、黒服自身がまともに行動出来ない様、両足の機能を一時的に殺した。
丁寧に丁寧に一方通行は黒服の無力化を重ねる。
万が一何があっても大丈夫なように。
ここで気絶しているノアに何かをさせないように。
一方通行は黒服が出来る行動の全てを奪う。
ここまでしとけば下手な事も出来ない。
これらの下準備は、反撃の芽を摘む役割を担っている。
が、それ以上に気絶している生塩ノアを守る為の措置と言う側面の方が一方通行としては比重が大きい。
「分かってるだろォと思うが忠告だ。そこで寝てる生塩に手を出したらその時点でオマエは八つ裂き決定だ。殺しはしねェとさっきは言ったがそれは極力だ。絶対に殺さねェ訳じゃねェ。少しでも手を出したら殺す」
本当ならノアの無事を優先したいが状況は深刻を極めているように彼は考える。
であるならば、この先で何が起きても対応できるように両手は空けておいた方が良い。
悪いな。と、声に出さず一方通行はノアに謝罪の言葉を述べた。
今は、彼女よりも気に掛けなければならない生徒がいる。
校舎にある窓の中から適当な一つを選び、開ける。
夜に覆われたミレニアムの街は、しかし静けさとは裏腹に確かな喧騒が潜んでいた。
看過出来ない音を耳が拾う中、一方通行は外の景色を見ながら静かに呟く。
行くか。と。
カシュッッと、右手首の収納装置に杖を収める。
それが、合図で。
それが、始まりだった。
瞬間。彼が織りなす世界が眩しさすら覚える程の煌びやかな光に包まれた。
神々しい音が靡き、夜の闇が包み込んでいる世界で純真な白が現出する。
それは彼が
ミレニアムで巻き起こるふざけた騒動を終わらせる為。
彼はその力を容赦なく身に纏う。
行き先は、既に心の中で決めていた。
はいむらさんブルアカイラスト描いてるじゃん!?!?
と、ツイッターでフォローしててイラストも流れて来ているのに今の今までその凄い事実を頭で認識してなくて驚いたのがここ最近です。酷いね。おバカだね。
自分の愚かさに反省しつつ、何とか更新出来て一安心でございます。
何度この話を真っ二つに分けようかと思いましたが、これは一度に投稿すべきと思ったのでどうにか書けました。良かった良かった。
恐らくあと4話ぐらいでパヴァーヌ終了。だと思います。多分。きっと。いや、でも五話は……欲しいかもしれない。要らないかもしれない。そんな気持ち。
と、言う訳で久しぶりな出番となった一方さんですが、他が頑張ってる中で彼は一話で決着まで持って行きました。何て奴。
むしろこうなるから今まで出番が無かったとも言います。
そしてこうなるから今まで出番が無かったとも言います。
両方とも違う意味です。日本語は難しい。
ネル、ユウカ、ミドリ。それぞれの陣営も終わりが近づいて来ていますね。
果たして誰が一抜けするんでしょうね。
次回も出来れば来週に投稿したい所。