とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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想いは常に、右手に宿る

 

 

 

 

 

 

残された時間は少ない。

校舎の壁を文字通り自力で駆けあがった才羽緑は、ウタハが自分の言葉に頷いてくれたことに嬉しさを覚えると同時、焦燥感も募らせていた。

 

カードを砕いたことによって身体の中に宿った、自分達の知る常識とは根本的にかけ離れた異質の力。

 

どうやら、自分達の肉体とこの力の相性は根っこの部分から最悪らしい。

肌感覚でそれが伝わる緑は(結構、いやかなりやってられないよねこれ)と、誰にも聞かせない声量で愚痴を零す。

 

まともに立っていられない大ダメージを負ったのに、そこまでした得られたのが僅かな時間大きくパワーアップするだけ。

速攻で決着を付けなければ戦闘中にパワーアップタイムが終わる。そんな予感がひしひしとする。

つまりどう考えても割に合わない。

これがゲームのパワーアップバランスだとするならばそのゲームは間違いなくクソゲー確定だ。と、緑はクリエイター目線ならではの評価を下す。

 

最悪だと、切に思う。

けどそうも言ってられないのも事実だった。

 

あの殺人ヘリは、この力が無くては倒せない。

 

なので本当ならこの瞬間にも『六枚羽』を破壊したいのが緑の本音だった。

当然それは願望ではなく、やろうと思えばやれるという確信あっての願望。

音響兵器を破壊した一撃をもう一度当てれば『六枚羽』は撃墜出来る。

 

ただし、それは無事にこちらの攻撃が当たればの話。

 

「さっきの音響兵器を破壊出来たのは不意打ちだったからです。けど敵も学習してる! 私の動きを逐一観察し始めてる! もうさっきの勢いに任せた攻撃は効かない。下手な攻撃は全部避けられます! その持久戦に付き合うだけの時間は私には残されてない!」

 

攻撃対象を捕捉するカメラが自分にしっかり向けられている。と、緑はカードを使う前と比べて数倍見えるようになった視力を用いて確認し、その旨を伝える。

 

今の状態では、こちらが何か攻撃動作を行った瞬間に回避されてしまうだろう。

『六枚羽』ならば、それが可能だ。

 

そう説明しながら緑は愛用武器であるスナイパーライフル。『フレッシュ・インスピレーション』の先端と後方部分の下部にウタハから渡された空気噴出砲(シュートボム)を装着する。

 

先生が靴底に仕込んでいるのと同じ物だ。

人体を易々と空へと運ぶジェット機構を、緑は自身の武器に取り付ける。

 

目的は勿論、これで空へと飛び上がる為。

 

そしてこの装置の存在こそ緑がウタハを頼り、屋上まで上がって来た最大の理由。

白石ウタハならば、打開策の一つでもあるのではないかと言う希望の結晶。

 

だが『六枚羽』を撃墜出来る可能性を秘めているのと、空気噴出砲(シュートボム)のスペックを完全に生かし、使いこなせるかは全くの別問題。

 

「……もう一度聞くけど、本気でそれを使うのかい?」

 

思い付きも同然な作戦が成功するとはとても思えない。

だから少し考え直すべきだ。

緑にそう伝えるかのような真剣なまなざしがウタハから向けられる。

 

けれど、

 

「はい。今はこれしか、手がありませんから」

 

緑の決意は何処までも強固だった。

 

「……。私が知る才羽ミドリは、度胸に身を任せたような行動は嫌うタイプだった筈なのだけれど、何か心境の変化でもあったのかな?」

 

変化と言う言葉に、緑は僅かな時間押し黙った。

ウタハの指摘は図星で、普段の自分ならこんな行動を取ったりはしない。

何せ問われているのは己自身だ。その己が言うのだから間違いない。

 

それなのに今、緑は自ら死地に飛び込むような真似に対して少しも恐れる様子を見せない。

今の彼女の頭の中は違うことで一杯だった。

 

皆を助ける。

その為に危険な場所に飛び込む必要があるなら、迷わず飛び込む。

どんなに達成が困難なことでも根性で、どうにかする。

どうにか出来なくても、根性でどうにかしてみせる。

 

気合と、底力。

その二つがあれば、どうでも出来そうな気がする。

 

うん、やっぱり普段の私とは違うね。と、ふつふつと沸き立つ心情を別視点から見る緑が結論を零す。

これもカードがもたらした作用の一つなのだろうか。

 

だとしたらこの気持ちの揺らぎは一時的な物に過ぎない。

だから。問題無い。

 

目の前の脅威に、集中できる。

それが今、緑を取り巻いている感情の全てだった。

 

「……分かってると思うけど、それを制御する力は君には無い。出来て一直線に飛ぶことだけだ」

 

何も言わず、しかし折れる姿勢を見せない緑を見てとうとう観念したのか、ウタハが渋い顔をしながら一つの結論を伝える。

先生がやっているような動きを、緑では再現出来ないと。

 

分かっている。

そんなことは、やる前から分かっている。

 

緑は空気噴出砲(シュートボム)を使うのは今日が初。

まともに扱える筈も無い。

でも、やらなければならない。

無茶を承知の上で。

 

無理にでも使わなければならない。

心の中で渦巻いている、底なしの根性論で。

 

「望む地点に到達したら銃を手放すか装置を取り外すんだ。でないとひたすら空へと飛び上がり続けるか、もしくは手先がブレて明後日の方向目掛けての飛行旅が始まるからね」

 

緊張をほぐすような説明に緑はほんの少しだけ口元に笑みを作ると、コクンと頷く。

心の準備は終わったとばかりに、緑は銃の中心部分を左腕で握った。

 

「それじゃ、手筈通りにお願いします」

 

地上で最後に交わした言葉は、何とも味気ない物。

カチリ……と、ウタハのリアクションを待たずミドリは噴射口のスイッチを入れる。

 

ゴバッッッ!!! と、空気が爆発する音が二か所から走った直後。

恐るべき速度で緑の身体が上昇を始めた。

 

「うッッッッ!!???」

 

左腕にかかる予想以上に負荷に耐えられず、その負荷による銃を水平に構え続けられない事態にたまらず両手で銃を支え、己の身体を銃の安定化を同時に画策する。

 

油断するとすぐに明後日の方向に飛行を始める。

ウタハの説明で理解していたつもりだったが、こんなにも簡単にズレると緑は思っていなかった。

 

噴射口の向きを一定方向に保ち続けるので精一杯。

否、これが真上目掛けて上昇しているだけだからこそ、緑でも何とか機能しているだけであり、少し傾けた途端今の彼女の技術ではどうにもならなくなるだろう。

 

(先生は……こんなのを制御して……ッッ!?)

 

使う立場になって改めて先生の化け物ぶりを緑は実感する。

これをまともに運用するなんて自分ではとても出来ない。

 

振り回されるのが関の山だ。

完璧に使いこなし、自由自在に空を飛べる先生こそが異常。

 

傍目では分かりづらい彼の人外じみた力を、緑はたったの数瞬で思い知らされる。

凄いなと、こんな時にもかかわらず緑はまた一つ小さな想いを積み上げた。

 

だが今は、彼の凄さに一段と好きを深めている場合ではない。

目も空けられない強風が上から襲ってくる中で、彼女は気合で目を開け、六枚羽の動きを確認する。

 

そろそろ分かりやすい動きがあっても良い頃合い。

そう、予想していたタイミングで。

 

(……ッ! 来たッッ!!)

 

『六枚羽』の機銃が火を噴き始めた。

凄まじい速度で『六枚羽』に近づく緑を迎撃するかのように一発でも被弾すれば終わりの弾丸が数百とばら撒かれ始める。

 

左右に動くことは出来ず、上昇速度の調整も出来ない緑はその弾丸を避ける手段は無い。

出来ることと言えば手を放して落下するだけ。

 

当然、そんな選択肢を選べる筈も無い。

従ってまともな操作や回避が出来ない都合上、彼女はその攻撃を黙って見ていることしか出来ない。

摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)が当たったが最後、二千五百度の熱によって全身の血液が沸騰して死ぬだろう。

 

 

ただしそれは、時速二百キロを超える速度の物体を機銃が無事捉えることが出来ればの話。

 

 

どれだけ精密にターゲットを捕捉しようとも、早すぎる物体に『六枚羽』は有効打を与えられない。

長時間攻撃に晒された『二枚羽』が健在であることが、その証拠だった。

この上昇速度に『六枚羽』は対応出来ない。

 

そう確信する緑は、なんら臆することなくひたすら上昇を続ける。

 

『六枚羽』と同じ高さへ。

そこから、さらに上空へ。

上がって。昇って。上昇して。

 

『六枚羽』よりも四十メートル程さらに上に陣取って初めて。

 

「ここッッッ!!!」

 

彼女は上昇機構を、空気噴出砲(シュートボム)を取り外した。

瞬間、空への上昇が終わった緑の全身に浮遊感が襲う。

 

動きが止まる。

落下が始まる。

それはつまり、摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)をもう避けられないのを意味していた。

 

機銃の追従が、緑に追いつく。

自由落下が始まらんとしている彼女に、これをどうにかして回避する手立ては皆無。

 

被弾は、避けられない。

 

しかし。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼女の危機が訪れたのを待っていたかのように。

エンジニア部操る『二枚羽』が、戦闘に乱入する。

 

スラスターを吹かせ、数百キロにも届く速度で一直線に『二枚羽』が『六枚羽』目掛けて接近する。

だが六枚の羽の内の一枚を巧みに使い、特攻じみた動きをしてくることを事前に感知していたのか、『六枚羽』も同様にスラスターを使って直線移動し、『二枚羽』の突撃を躱す。

 

返す刀でスラスターを吹かして十メートル程上昇して『二枚羽』の真上に移動した後。緑に向けていた摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)の照準を『二枚羽』に合わせると。そのまま掃射を始める。

 

それは必殺の弾丸だった。

スラスターをいくら吹かせようが、上を取られている以上どう足掻いても逃げ場は無い。

無茶な突撃を躱された挙句に空中戦を制された。

その制裁は、容赦なく下されることとなる。

 

ガガガガガッッッ!! と、放たれた数十発の銃弾全てが『二枚羽』に着弾した。

 

「ッッッ!」

 

その様子を『六枚羽』よりもさらに上を陣取っていた緑は目撃し、思わず息を呑んだ。

 

『二枚羽』が被弾した箇所が、真っ赤に赤熱しボコボコと音を立てて膨れ上がる。

二千五百度の熱が、機体を破壊しにかかる。

 

ここまでの時間、僅か一秒。

『二枚羽』が乱入し攪乱して稼いだのは、僅かそれだけの時間。

 

そして今から稼げるのも、その程度か、それに満たない時間だけ。

 

完全にあらゆる機能がダウンする寸前。『二枚羽』は最後の意地とばかりにミサイルを発射しようと羽を向ける。

 

だが既に『六枚羽』からはもう脅威と見なされていないのか、『二枚羽』の攻撃目標が自身に定められているのを認識しつつも、『六枚羽』は一切回避行動も迎撃行動も取らず、高度を維持したまま改めて機銃をミドリに向け直す。

 

そんな折。

 

「まさかこんな場面で用意させられた自爆機能が約に立つとは思わなかったよ」

 

真下から届く筈も無い声が聞こえたと思った直後。

『六枚羽』との距離およそ十メートル。『二枚羽』は自爆と摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)による爆発の二つを掛け合わせた巨大爆発を発生させた。

 

「うッッッッ!!!」

 

飛び込んできた眩しい光に思わず緑は目を覆う。

爆炎と煙によって、空にいる緑から地上が確認出来なくなる。

 

狙い通り。だった。

 

ここまで全て作戦通りに進んでいる。

緑が地上を視認できない。

それはつまり、『六枚羽』も同じことが言えるに等しい。

 

六枚の羽で地上の状況を確認できない場面を作り上げた。

 

後は最後のピースを嵌めるだけ。

だから彼女は大声で叫ぶ。

 

それが届くことはなくとも。

力にはなると、思っているから。

 

「カリン先輩ッッ! おねがいしまああああああああああああああすッッッッ!!!!」

 

力の限り、喉を震わせ緑はカリンの名を叫ぶ。

刹那、彼女の願いに応えるかのように一筋の閃光が地上から伸び。

 

六枚羽のスラスターを。二枚まとめて破壊した。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

「全く、無茶な作戦をするもんだ」

 

構えていた『ホークアイ』を下ろしながら、角楯カリンは静かに嘆息する。

ミドリから指示されたスラスターの同時狙撃。

それも爆炎によって視界が完全に防がれる中でという厳しいにも程がある条件付き。

 

無謀と言う文字がピッタリ当てはまるのに、これを達成する前提で作戦が組み立てられているのだからたまらない。

 

何ともまあ自分の状況を利用された物だと、もう一度カリンは嘆息する。

だが、応じない訳にはいかなかった。

あの時の彼女の気迫と行動は、心を燃やすのに十分な物が宿っていた。

カリンは視線を屋上の地面へとずらす。

そこあるのは真っ赤な文字列。

 

大量の血で描かれた、カリンに向けて出された一つの依頼。

 

耳が聞こえなくなった自分に指示を出す為、才羽ミドリは己のジャケットにベッタリと染み渡った血を絞って文字を作った。

 

『スラスターを、二つともこわして』

 

単純で、この上なく難しい依頼だった。

それでも、やらなくてはならないと、咄嗟に彼女は思った。

気付けば、コクンとカリンは即座に頷いていた。

 

やれるやれないではない。

やらなくてはならないんだと、心が理解した。

 

仕事は完遂した。

爆風で視界が覆われていても分かる。

耳が聞こえず、音で判断できなくても分かる。

 

角楯カリンは、自分の技量を過少しない。

間違いなく、そして問題無くスラスターを二機、まとめて狙撃し破壊している。

 

「スラスターではなく本体を狙撃しても良かったのだけど、多分それじゃ()()()()()()()()()?」

 

敵機の機動力を削ぐ仕事を終えたカリンは、決して届かない言葉を空に届ける。

届いたとしても今の彼女には聞こえない。

 

だからこれはただの独り言。

何処まで行っても独り言。

質問の答えが返ってくることは無い。

そしてその質問自体に意味も無い。

 

カリンの耳が再び聞こえる頃にはもう、『六枚羽』は彼女の手によって撃墜されているからだ。

真相を聞く価値はもう、その頃には全部消えている。

 

「お膳立てはしたぞ」

 

ゆっくりと地面に腰を下ろしながら空を見上げる。

ここはどうやら、特等席だったらしい。

 

あの雄姿を見せたい人は私達ではないだろう。

だけど、きっとどこかで見ている筈だとカリンは思う。

あの人は、そう言う人だ。

故にカリンは。

 

「美味しい所、全部持って行け」

 

微笑みながら、またしても彼女には決して届かない言葉を空に向かって放つ。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

スラスターが無事に狙撃されたのを確認した緑は、この状況を打破する為だけにわざわざ持ち出して来た『フレッシュ・インスピレーション』を構える。

 

地上からではどう足掻いても『六枚羽』を攻略する事は出来なかった。

ただひたすらに蹂躙を受け続けるしか道は無かった。

 

しかし空中からならば、極端な回避運動がもうされないのならば、露呈されている弱点を狙える。

 

『六枚羽』が宿す弱点。

それは人体の関節が如く羽を自由に動かし、対象を的確に捉える機構そのもの。

 

普通であればその能力は恐怖でしかないだろう。

逃げても隠れても空から常に的確な狙撃が襲って来る。

これ以上に恐ろしい物は無い。

 

ただし緑に限っては例外だった。

彼女に対してのみ、その機構は大きな弱点へと変貌を遂げる。

銃口が的確にこちらの正面に向けられる機構は、逆に格好の的となる。

 

『六枚羽』の上を取り、落下を始めている緑目掛けて機銃の照準が向けられる。

それを緑は見逃さない。

 

「ッッ!!」

 

すかさず、彼女も狙いを定める。

 

才羽緑の『フレッシュ・インスピレーション』と『六枚羽』の『摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)』が相対する。

 

二つの銃を見比べた場合、攻撃力も連射力も雲泥の差。

撃ち合うと言う行動すら馬鹿らしくなる程の絶望的状況。

 

にもかかわらず、正面から緑は戦う事を決断する。

それは彼女が培ってきた経験が織りなす力。

カードがもたらした不自然な力ではなく。

 

才羽ミドリが持つ、純真たる技術と覚悟の結晶。

 

自身を打ち壊す機銃が唸りを上げる前に。

ミドリのミレニアムの誰よりも、否、キヴォトスの誰よりも超精密な近距離射撃が瞬時に五発、解き放たれる。

 

彼女の狙いは、機銃の銃口それ自体。

研ぎ澄まされた集中力から放たれた銃弾は、機銃を構成する六つの銃口の内、五個を的確に狙撃し、間を置かず摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)が火を噴き始めようとした刹那。

 

ガギギギギッッゴシャッッ!! と、歪な音を立てて機銃が完全に破壊された。

 

これで一撃必殺の攻撃手段は断たれた。

スラスターもカリンによって狙撃されこちらの攻撃を回避する手段も封じられた。

 

残されている兵装は数多のミサイルのみ。

それを除けば、あれはもうただのヘリコプターも同然。

 

だがその残された兵装の脅威は変わらない。

空中に投げ出されているミドリは追尾性能のあるミサイルを回避する手段は無い。

一度命中すれば、地面に向かって真っ逆さまに落ちて行くのは確実。

 

リカバリーが可能な空気噴出砲(シュートボム)はもう捨てている。

一度落ちれば、二度とここには戻って来れない。

 

『六枚羽』もそれを分かっているのか、機銃が破壊されたのを認識した後。無数のミサイルを緑目掛けて発射した。

思わず笑い出したくなる程のミサイルが、緑の視界の半分以上を覆う。

 

危機は、去らない。

どれだけ脅威を取り除こうとも、『六枚羽』の脅威は変わらない。

 

だが。

 

(行ける……ここで決める……ッッ!!)

 

緑の瞳に絶望は無かった。

 

皆がお膳立てを済ませてくれた。

最大の不安材料も取り除けた。

 

後、必要な物はただ一つ。

この力を、全力で叩き込むだけ。

 

ミサイルが迫る中、両手で構えていた『フレッシュ・インスピレーション』を左手で持った後、緑は懐からある物を取り出す。

 

それは先日、エンジニア部で見つけたネズミ花火の形をした爆弾。

投げたが最後、半径二十メートルを纏めて吹き飛ばす危険極まりない代物。

 

本来は一ノ瀬アスナとの戦闘でどうしようも無くなった際に使う予定だった物。

ミレニアムタワーの窓ガラスごと吹き飛ばし、その衝撃を利用して無理やり緊急脱出する為に用意しておいた最終手段。

 

それを取り出した緑は一瞬だけ目を瞑り。

己の後方目掛けて投擲した。

 

刹那。閃光が迸り、追うように巨大な円形状の爆発がミレニアムの上空で炸裂した。

ゴッッッ!!! と、爆発の中心部のすぐそばにいた緑の全身を爆風と爆炎が襲う。

 

意識も、身体も命も全て奪い去られているような衝撃だった。

 

「ぐ、ぐっっっぎっっっっっっ!!」

 

途轍もない熱と衝撃が全身を貫く。

普通の人間ならば間違いなく即死であろう衝撃。

だが緑はその衝撃に耐えろ。と、緑は己の身体に無茶を言い聞かす。

 

普段の自分ならどれだけ健康状態でも、全くの無傷であろうとも、この爆発を受けて意識を保っていることは出来ない。

 

間近でこの爆発を受けた場合、一瞬で気絶する。

確実に、意識を持って行かれるだろう。

 

だが、だが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と緑は己自身に発破をかける。

 

「こんッッじょぉおおおおおオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!」

 

熱い。痛い。死んじゃう。

だからどうしたって言うんだ。

 

身体にかかる負荷が耐えられる限界を超えてしまう。

それがどうしたって言うんだッ!! 

 

理論も根拠も無い。ただ気合だけで耐えろと緑は肉体に指示を出す。

 

耐えて耐えて。

前を見据えて。見据え続けて。

 

瞳に希望を宿した時。

緑の肉体は、爆発圏から脱出を果たした。

 

爆風によって、その速度をどこまでも加速させた上で。

飛んでくるミサイルを全て、加速によって回避した上で。

 

今度こそ緑は、丸腰の『六枚羽』と相対する。

 

「ッッッ!! これで……ッッ!! 終わらせるッッッ!!!!」

 

爆風を利用して勢いのまま加速を続ける彼女はギュッッ! と、右拳を強く、強く、強く握りしめた。

 

覚悟を宿すように。

全てを、込めるように。

 

狙いは、『六枚羽』のコクピット。

その正面部分を狙って、彼女はゆっくりと右拳を引き絞る。

 

もう、敵に逃げ場は無い。

もう、こちらに逃げ場は無い。

 

相手の攻撃手段は出尽くした。

こちらの出来る行動も全て出し尽くした。

残されているのは、機体と身体の純粋なるフィジカル勝負。

 

正真正銘の一対一。

 

「超ッッッ!! スッッッッッゴイッッッッッ!!!!」

 

加速。

加速。

加速。

 

加速加速加速加速。

加速加速加速加速。

 

爆風によって、己の能力によって。

何処までも速度を上げ、引き絞った右腕に力を込める。

 

ギチ……と、拳を握り込んでいるとはとても思えない潰れたような音が響く。

一撃の力を、極限まで高めていく。

彼女の意思に応えるように、込めれば込めるだけ右手に力が凝縮されていく。

 

これで終わらせる。

この一撃で私が勝つ。

 

固い決意を力に。

抱いた覚悟を力に。

 

加速加速加速、さらに加速し、どこまでも加速し、限界寸前まで己を奮い立たせる。

全ての想いをたったの一撃に乗せ、『六枚羽』まで肉薄した瞬間。

 

 

 

彼女の身体は音速を超えた。

 

 

 

「パンチィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 

 

緑の凄まじい絶叫が真夜中の空に響き渡ったと同時。

どこまでもどこまでも轟かすような雄叫びがミレニアムを支配したと同時。

溜め込んでいた力を一気に解放するかのように緑の拳が振り抜かれる。

 

バガンッッッ!!!!! と、あらゆる万物を貫き破壊したかのような音が迸った。

 

全身全霊の全てを集約した一撃によって『六枚羽』からバキバキと幾多の破壊音が走り、彼女の拳が、肉体が機体を貫通し、突き抜ける。

 

グシャリと歪な悲鳴を上げて『六枚羽』がひしゃげ始めたのはその直後だった。

取り返しの付かないダメージを受けた機体が、大きく歪み、分解を始める。

 

その、一拍後。

緑が貫き、絶対的な破壊が機体全体に行き渡った後。

 

ゴッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッッッッ!!!!!! と、巨大な爆発が空中で発生した。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……! や……やった…………ッ!!」

 

空へと放り出された緑は、バラバラに分解しながら爆炎に包まれている六枚羽の方へ視線を向け、完全に撃墜したことを目視で見届け。

 

「私だって……私だってやれば出来るんだっっっ!!  ゲームクリアだッッバカヤロォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

浮遊感に全身が包まれていく中で、力強く右腕を上に掲げた。

 

 

 










『六枚羽』編、決着。

激闘を制したのは才羽ミドリでした。
やっと書けた超すごいパンチ!

これを書けて満足です。良かった。本当に良かった。

いつだってパンチは男女平等。
つまり機械にも平等。
神様にだって平等パンチ!

右手に拘りを持たせてしまうのは仕方がない。これがとある。
この作品特に意味は無くてもやけに右手に拘ります。そう言う作品です。

次回も決着編……になればいいな。分割はしたくないよね。クライマックスだし。



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