思わず耳を塞ぎたくなる程の轟音と、地鳴りが響く。
上下に大地が細かく揺れ、フラフラとした足取りでどうにか立っているだけの状態だったネルは、それだけで振動に身体を持って行かれそうになった。
巨大な揺れ。
ただしそれは新たな攻撃の前兆では無い。
体長十メートルはとっくに超えているゴーレムがアリスの一撃によって撃破され、真後ろに向かって崩れ落ちた際に生じた衝撃から来る物だった。
「ぜぇ……ぜぇ……。何とか……終わったな……!」
立っていられるのがやっとの中、地鳴りが収まりやっと静かになったミレニアムの夜空を見てネルは安堵の息を漏らす。
プロトダイアグラムを破壊した。
ゴーレムも黙らせた。
やらなければならない物は粗方終わらせた。
街の被害は計り知れないが、この化け物相手にこの程度の被害で済ませたのなら及第点。
破壊された街並みをザッと見渡し、ネルは自身の戦果をそう評価する。
残された仕事は、あと一つだけ。
「やりました!! ボスキャラの討伐に成功しました! アリス達の勝利です!!」
そんな折、こちらに近付く軽やかな足取りと共に元気はつらつな声が聞こえた。
この戦いにおける最大の功労者、天童アリスが発した物。
「あぁっ! でもゴーレムがドロップするレアアイテム、アリスが壊してしまいました……。うぅ……光の剣を強化出来るアイテムだったかもしれないのに……」
心底嬉しそうな表情でやって来たかと思えば、次の瞬間には落ち込む表情を見せるアリスの七変化ぶりにネルはこれ以上なく呆れ、嘆息する。
一体その元気さの源はどこなのか今度問い質したくなる気持ちに駆られる。
今は……疲れすぎててそんな気力も無い。
彼女のテンションに小さなリアクションを返すだけで精一杯だ。
「あー……、まあ、そう言う日もあるだろうよ」
慰めの言葉を投げつつ、ネルは湧き上がった罪悪感からか少しばかりアリスから視線を外す。
盛大な勘違いから生まれた思考なのだろうが、アリスの目的がプロトダイアグラムの確保なのは気付いていた。
対してネルの目的は確保ではなく破壊。
重大なすれ違いが発生していた中、ネルはこの大事な部分を敢えて隠し、騙してアリスを戦闘に参加させた。
プロトダイアグラムは完全に破壊され、取り返しの付かない状況となった今、種明かしをしても問題無いと言えば問題は無いのだろうが、かと言って真意を話すのもはばかられる。
故に少々バツが悪そうにネルは言葉を濁していると。
「……んん? 何でしょう……あれ?」
突然あらぬ方向を見上げたアリスが、何やら妙なことを呟いた。
明らかに先程までとは違う彼女の声色に違和感を覚えたネルは、すぐさま目線をアリスが見ている方向に向け、直後大きく目を見開いた。
ミレニアムの空に、真っ白なリング状のヘイローと、天使を思わせるような真っ白な翼を生やす誰かが浮かんでいる。
空を飛び、こちらに向かって来ている。
途端、背筋が凍るような途轍もない畏怖を彼女は覚えた。
何もせずただ見ていただけなのに、彼女の指先が勝手にカタカタと震えている。
アレを見ているだけで、本能が恐怖に駆られた。
勘弁しろよと、言葉にせず彼女は愚痴る。
あんな見るからに化け物としか思えない相手とまともにやり合える力なんざ何も残ってない。
今ぶっ倒れていないのが不思議なぐらいだというのに、戦況はネルに戦えと促している。
クソ。と、もう一度内心で吐き捨て、それでもやるしかないかと身構えようとした矢先。
「あれは……先生です!!!」
「は……? 先生!?」
同じく見上げていたアリスから、自信満々な声が聞こえ、思わずネルは気の抜けた声を発してしまった。
先生と言う呼称が使われた場合、ネルの中で思い当たる人物はたった一人しか該当しない。
だがネルの知る限りでは、先生にヘイローは浮かんでいない。
もっと言うと翼が生えてたりもしていない。
なので何かの間違いだろうと一瞬彼女は思うも、アリスの嬉しそうな叫びに引っ掛かりを覚えない訳でも無かったネルは、そんな訳ないだろと否定することを前提にもう一度まじまじと空を飛び、こちらに向かって来ている存在を凝視し。
「……マジかよ」
翼に隠れてて最初は見えなかった顔をハッキリと視認し、それが先生の顔だったことに心底驚き、今度は違う意味で目を見開いて絶句した。
同時に、どうしようもなく胸を撫で下ろした。
心配だった。
銃弾一発で死んでしまう彼が、単独で得体の知れない存在の妨害役を担う役割を引き受けた時。それを阻止できなかった。
そうするしかなかったとは言え、そうしたくなかった。
だが、無事だった。
生きていた。
ネルが最後にやらなければならなかった仕事が、達成される。
たった今、先生が無事な姿を彼女の前に見せたことによって。
「……ハハ」
クラ……と、彼女の身体が左右に揺れる。
膝が勝手に折れ、思考にモヤが掛かる。
少し前なら必死に払いのけようとしていた誘惑であるが、もう彼女は抗わない。
先生の姿が徐々に近づいて来ているのが見えるが、到着まで耐えようとすら彼女は思わなかった。
包まれる。安心感と幸福にネルは包まれる。
「チビ。一つ……頼んで良いか?」
「はい! 何でもアリスにお任せです!」
「声がデケエよ……まあ、なんだ。その、あれ……だ、……あれ」
考えている内容を言葉に上手く変換出来ない。
そうしている間にも見る見る内に身体の自由が遠のいて行く。
とりあえず、言いたいのは一つだけなんだよなとネルはそれを伝える為に口を動かす。
死んでねえから安心しろ。
そう伝えることさえ出来れば、後はまあ、どうでもいい。
「先生に、少し寝る。とだけ、伝え、て…………」
ドサッッ。と、言い切る前に彼女は力尽きたのか、仰向けに気持ち良く倒れ込む。
あれ、上手く言えなかったかも。
言いたかった内容と、実際に発した内容の意味合いが微妙に食い違っている事実に気付き、訂正しようと思った時には既に彼女の意識は限界を超えており。
清々しい表情で、深く深く彼女は休息を取り始めていた。
────────────────────
「うわーーーーーん! 先生が担いでたミドリから返事がありません! ただのしかばねのようですーーーー!!」
「死ンでねェよ。気絶してるだけだ」
「チビメイド様もしかばねになってしまいました! アリス勇者なのに蘇生魔法を使えませんーーー!!」
「いや美甘も死ンでねェだろォが……」
到着早々、地面に寝かせたミドリを抱えてわんわんと泣くアリスに適宜ツッコミを入れつつ、彼は杖で己の身体を支えてネルとアリスがぶっ潰したであろう人の形をした瓦礫に目を向ける。
どう見ても人工物では無かった。
石に命を宿したかのような姿は、間違いなくミレニアムの技術がもたらした物では無い。
明らかに一方通行側の学園都市の技術が、否、超能力が用いられている。
あるいは。
(俺が理解してねェもう一つの『力』の方か……?)
この世界には超能力の他にもう一つ、理解の範疇の外にありながらも、一定の法則に則って行使される力がある。
空に浮かんだ巨大な島。
中空に描かれた陣のような紋様。
反射が中途半端にしか機能しない攻撃。
どれもこれも超能力の一言では説明の付かない物ばかり。
超能力と対を為すような力が、ロシアで展開されていたのを一方通行は思い出す。
ソレと同じ力がゴーレムに使われているのではないかと一方通行は勘繰るも、正解はだれにも分からない。
答えを知る者が、この場には誰も存在していないからである。
知識を知る者もいなければ調べられる施設も無い。
結局、このゴーレムに関しての話はここで手詰まりにするしかなかった。
ただ一つだけ分かるのが、その異質な力がキヴォトスにも存在しているということ。
そして、それがユウカ達に向けられたということ。
一方通行ではなく、ユウカ達に。
「クソッタレ……!」
小さく、聞こえない声で一方通行は自虐的に感情を紡ぐ。
今回のミレニアム騒動において必要以上の被害を叩き出した自身への憤慨を彼は口にした。
ユウカ。
ミドリ。
ネル。
身近な所にいる少女達に視点を絞っても三人も重傷者が出ている。
それも死んで無いのがおかしいぐらいの重傷。
特にユウカとミドリの二人は輪をかけて酷い。
何をどうすればここまで血だらけになってしまうのか。
生きているのが本当に不思議なぐらいの怪我に二人は見舞われている。
不甲斐なさに擦り切れる勢いで一方通行は奥歯を噛み締める。
仕方なかったの一言では、到底済まされる物ではない。
今にして思えば、黒服との会話は単純に時間稼ぎをされていたかのように一方通行は思い至る。
もっと言ってしまうと、彼がこの騒動に介入するのを防いでいたかのようだった。
では黒服は出鱈目な発言をつらつらと並べていたのかと言われるとそうではない。
少なくとも、一方通行は違うと答えられる。
ああいう闇に身を堕としている手合いと彼は何度も言葉を交わしている。
その経験が、黒服の発言に嘘偽りがないことを告げている。
真実を口にすることによって黒服は時間を稼いだのだ。
それも、敢えて一方通行が耳を傾けてしまうような話題を選び、時間を稼ぐ作戦の確実性を可能な限り高めた上で達成させた。
そうまでしてユウカ達を追い詰めたかった。
少なくともユウカ、ミドリの両名を手中に収めたかった。
それがキヴォトスの維持に何故繋がるのか、現段階では掴めない。
しかし少なくとも、一方通行の中でこれだけは確実に言えた。
今回の事件を総評的に見た場合、どう見ても自分は敗北している。
相手の手腕の高さと作戦にまんまと嵌められ、本来ならばする必要の無い重傷を三人が被った。
大きな後悔に駆られる一方通行だったが、それでも彼は出来る限りを尽くした。
結果、本来なら訪れたであろう最悪をギリギリの所で回避した
ミドリ、ユウカの命をすんでの所で救っている。
二人を手中に収めたい、もしくは息の根を止めたい黒服の思惑をキッチリと妨害している。
ミドリは高所からの落下死。
ユウカは鉄骨による生き埋め。
一方通行はこの二つの大惨事が結果を出す前に介入し、防ぎ切った。
しっかりと、最後の最後で守った。
とはいえ、だから良かったの一言で事態を終わらせられる程、彼は楽観視できる性格では無い。
傷を負わせたことそのものが、彼の中で燻ぶり続ける。
彼はもう、この二人の、否、ネルを含めた三人の怪我を忘れられない。
一生向き合い続けなければならない負い目として、背負う。
たとえそれが、ユウカやミドリが望んでいなかったとしても。
「せ、先生……」
苦虫を噛み潰したような表情を延々と浮かべる一方通行の横で、ユウカが彼に声を掛ける。
目線を向けると、先程までミドリの隣にいた筈の彼女は現在。とてもとても不安そうな顔で彼女は一方通行の頭上と、背後から伸びる一対の翼を見つめていた。
「その真っ白な翼……その、ヘイローは……」
到底信じ難い物を見たかのようにユウカは声を震わせる。
彼女の視線の動きから、その目に恐怖が宿っていることを一方通行は悟った。
でも彼女の疑問に対して明確な回答を彼は持たない。
この翼に関する一切を、彼は朧気にしか把握していない。
彼が分かっているのはこの力の使い方だけ。
その使い方に関しても、本当に正しい使い方なのかは不明。
そしてそれを語った所で、彼女の疑問を解決する切っ掛けにはならないだろう。
つまり、彼はユウカが聞きたいであろう内容に関して、語れる物は何一つない。
「さァな……。俺もこの力の詳細は知らねェ」
「……。これも、先生が過去に言ってくれた『特別』って奴ですか?」
「……そォだな。その解釈で済ませとけ。何せ聞かれてもまともに答えられねェンだからな」
過去、一方通行はユウカの前で能力を使用して見せた。
結果は散々。命の危機が無いギリギリまで身体の機能を落とし、その浮いた分を全て演算に回すと言う戦闘中では絶対に不可能なを手間をかけた上で、やっと出来たのが一定の量で流れて来る水の反射だった。
その時、彼はユウカに詳細を説明せず、ただ特別な力を持っているとだけ話した。
なのでこの翼もその特別な一つなのかと言う彼女の問いかけを、彼は否定しない。
「そうです、か」
一方通行が語る内容にユウカは納得しきれていない歯切れの悪い返事を声に乗せた後、静かに目を伏せる。
重い沈黙が、周囲に満ちる。
視界に、下唇を噛んで押し黙るユウカの姿が映る。
しかして彼女が何を考えているかなど、一方通行には知りようも無い。
何か言いたいことがあるのを必死に押し殺している雰囲気を出しているユウカをただ黙って見ていることしか彼には出来ないのだ。
少しばかり、居心地の悪い沈黙だった。
そしてそんな時に限って、一方通行はとある物事を思い出してしまう。
一区切りが付いた段階で思い出してしまったのだ。ユウカと一対一で話しておきたい事柄があったのを。
要望を通す為に面と向かい合って話す。
そうするべきだと言われたのを、彼は思い出した。
「……ユウカ」
それは言ってしまえば苦し紛れの一言だったかもしれない。
この苦しい空気を一変したかったという邪な動機だったかもしれない。
けど、ユウカと呼んだ彼の一言は。
一段と落ち着いた声で発された呼び声は。
「は、はいっっ! ど、どうしましたっっ!?」
慌てて彼の方へ振り返り、何故か挙動が怪しくなるというオマケ付きのリアクションをユウカが取ると言う、言ってしまえば良い方向に転がる。
ひょっとすれば、ユウカ自身場の空気が変わることを期待していたのかもしれない。
そんな推測を立てる一方通行は、改めて彼女に話を持ち掛けようと口を開く。
「少し、相談してェことが──」
ある。
そう言い切ることが、彼は出来なかった。
言葉を紡げたのはここまでだった。
ユウカに相談を持ち掛けた瞬間、
周囲の大地を縦に揺らす程の地響きが、発生する。
まるで全てを、遮るように。
「ッッ!?」
ユウカ、アリス、一方通行ら意識がある組三人が、同時に音の発生源である背後へと振り向き、ネルとアリスが撃破したと思わしき、人の形をした瓦礫の集合体が立ち上がっているのを三人は目撃した。
この石人形が二人に倒され、仰向けに転がされている状態しか一方通行は見ていなかったが、胴体に大穴があけられていたのを確かに彼は目視で確認した。
その大穴が、どういう訳か塞がっている。
ミレニアムの事象では説明できない何かを二人が撃破した証が、再生と言う形で消え失せている。
「そ、そんな…………いえ! でもここで諦める訳にはいきません!!」
意識が残っている三人の中で、真っ先にアリスが訪れた絶望感から口を開く。
それでも必死に勇気を振り絞ったアリスは慌ててミドリから手を放し、地面に置いていたレールガンを構えて充電させ始めるが、いかんせん彼女の武器は立ち上がりが遅い。
充電が完了し満足に撃てるようになるのは少なくとも、五秒後、十秒後の話ではないのは確実。
その時間、この石くれが待っているとはとても思えない。
アリスもそれが分かっているからこそ、威勢の良さとは裏腹にその表情を絶望に染めていた。
「せ、先生!! ここから逃げて下さ──」
次いでユウカが顔を青くして彼に逃亡を促す。
とは言え武器を持っていない彼女が戦う意思を見せた所で何が出来る訳でもない。
それでもユウカは使命感のみで、もしくは自滅覚悟で彼女は一方通行の前に躍り出ようとする。
しかし。
しかし一方通行は。
「ユウカ。アリス。少し下がれ」
その目に静かな怒りを燃やしていた。
二人にそんな行動をさせたこと自体に、自身の血液を激昂によって滾らせた。
カツ……と、杖をわざとらしく鳴らして面倒そうに嘆息し、脚を震わせているユウカを押し退け、制止をう振り切って無理やり先頭に立った後、そう二人に声を掛け、ゆっくりと目線を上へ向けた。
デカさだけは立派な石の塊を彼は心底鬱陶しそうに見上げ、一つ、深く息を吐く。
ネルとアリスにぶっ倒されたのだから大人しくそのまま潰されていれば良い物を。
起き上がって来なければ良かった物をと切り捨てる。
杖を持つ右手に、自然と力が入る。
そんな風に粋がって彼女達に必要の無い威圧感を与える様子に、感覚が研ぎ澄まされていく。
「先生!? 私達の後ろに──」
「悪ィが、ウチの生徒はもォ疲れてンだ」
抑制していた爆発したかのように、ユウカからの静止の声を遮るように彼は声を重ねた。
そして。
「これ以上追い詰めるよォな真似してンじゃねェ」
底冷えするかのような声を一つ、響かせる。
後ろにいるユウカとアリスが、思わず怯んでしまうぐらいの恐ろしさを秘めて。
彼の背中に生えた真っ白な翼が、バサリと蠢く。
本気で戦闘を始める合図だった。
キヴォトスでは敵対している相手が基本的に生徒である以上、一方通行は戦闘においてこの力を使わない。
あまりに破壊的過ぎるが故に、最早
とは言え何事も例外と言う物は存在する。
今回はその例外に当てはまる事例だった。
相手が生徒では無く、かつ無機物であるならば、話は別。
存分に、彼はその力を振るう。
故にこの戦闘が決着するまでの間、音は一切発生しなかった。
音も無く、
瞬きする時間も無く、
その事象は突然に起こる。
突然、ゴーレムの全身が頭部を中心として真っ二つに引き裂かれた。
「「ッッッッ!?!?!?!?!?」」
音も無く瞬時に切り裂かれた石人形を見たユウカとアリスから、驚きに満ちた表情が零れる。
何が起きたのか、彼女達は一切認識出来なかった。
気付いた時には、ビル並みの巨大さを誇るゴーレムが綺麗に縦に割けていた。
「消滅と焼却。どっちがお好みだ?」
ズッッッ!!! と、両翼を真っ二つに割いた部分に差し込みながら一方通行は質問する。
答えは返ってこない。
言語機能を持たない石に言葉を投げつけても、返事が返って来る訳も無い。
それでもそんな言葉を投げかけたのは、単に一方通行のスイッチが切り替わっていることを敵に教えているだけに過ぎない。
故に、どちらの行動を取るべきかどうかの迷いなど、初めから彼の頭には無い。
取るべき行動は、もう最初から決まっていた。
「まァ、手っ取り早いのはこっちか」
グバッッッッ!!!!! と、真っ二つにした瓦礫の塊に差し込んだ翼を一気に左右に広げる。
一方通行が行ったのはたったそれだけ。
そのたったそれだけで、図体だけは立派だった瓦礫の塊が一方通行の翼に触れた場所から塵も残さず消え去る。
翼を伸ばし、左右に展開すると言う二つの工程のみで、ミレニアムの街に甚大な被害を叩き出した存在を一方通行は文字通り瞬殺する。
戦闘時間にして、僅か四秒の出来事だった
「で? 今の俺はかなり気が立ってるのは見て分かった通りだ。大人しく俺の前に姿を現した方が身の為だと思うがなァ」
威圧感を隠しもせず、彼は虚空に向かって言葉を投げる。
その最中、彼は翼の一部を分離させた。
バラッッ……と、翼から切り離された全長五メートルにも及ぶ羽が十本。不自然な挙動で空を舞う。
羽は一方通行達から二十メートル程離れた所までひとりでに動き、ある地点を中心とするかのように円形状に配置され、動きを停止する。
「それとも、一匹とはここでお別れした方がお話がしやすいかァ?」
ゴッッッッッ!! と、不自然に浮かんでいた十本の羽から真っ白な光がそれぞれ真下へと撃ち下ろされたのは彼が警告を放ったすぐ後のことだった。
光は地面を易々と貫通し、直撃した部分を悉く消し去っていく。
ある特定の部分だけを狙わず、しかしそれ以外の部分は容赦なく攻撃するかのように。
潜伏していると思わしき場所を特定し、かつ直撃だけは避けるように。
常識を大幅に超えた超大規模な威嚇射撃を、彼は繰り出す。
ユウカとアリスは、その信じ難い光景を絶句して見届けることしか出来なかった。
圧倒的と評しようにも、一方通行が操る力の底が見えない。
見えないから、言い表せない。
そして言い表せないからこそ、こう表現するしかないのだ。
『最強』と。
「さァて。残した部分に光を落とせばスプラッタ映像の完成だが。まだ折れる気はねェか?」
羽から放っていた照射を終え、地面を円形状に綺麗にくり抜き終えた中、一方通行はまたも虚空に向かって問いかける。
黒服が近くにいるのはひしひしと感じる気配から分かっている。
なので一方通行は、強情を貫き姿を現さないなら地面の中で様子を窺っていたであろうもう一人の人生を奪うと、説得力のある脅しを掛けた。
彼は極力人殺しをしない制約を己に課した。
ただしそれは何処まで行っても『極力』でしか無い。
必要ならば、容赦なく手に掛ける。
そうしなければならないなら、迷わず彼は実行する。
その決意が意味する部分を、一方通行は言語を用いて形にする。
そんな彼の脅迫行為は無事に相手に届いたらしく。
「……降参です先生。これ以上はお互いに傷が残るだけです」
観念したかのように先程一方通行が下した相手である、黒い服に身を纏った男が瓦礫を支えにし、先の戦闘時に負傷した両足を引き摺りって彼の前に姿を見せた。
同時。ボコリと地面がせり上がり、掘削用のドリルを先端にくっ付けた人一人が搭乗出来るか出来ないか程度の大きさしかない小型の掘削機が、一方通行が攻撃しなかった場所から顔を出した。
地上に舞い戻った削岩機から、ガコンと小気味良さを覚える音が響いたかと思うと、出入り口と思わしき上部のハッチが開く。
顔が無く、後ろ向きの男の写真を持つ杖を突いた男が姿を現したのは、その数秒後のことだった。
「ンだと……!?」
「…………っ」
「せ、先生!! この人、顔がありませんッッッ!!!!!!!!!!!」
あり得ない物を見て、正気を取り戻したアリスから絶叫が迸る。
一方のユウカは特に驚いている様子は見られなかった。
その表情から、ユウカは既にこの人外と一度遭遇しているのだと彼は推測する。
そう。人外
それ以外に称する区別は無い生物だった。
人の形をしているからこそ、余計に彼の中で警戒度が高まる。
「初めまして先生。このような背を向けた状態での挨拶となるご無礼、どうかお許しくださいませ。わたくしにはこれ以外の方法がありませんもので……」
「まあそういうこった!!」
ピクッ。と、一方通行の眉が動く。
声は二つ聞こえた。加えて長く喋りかけて来た方の口ぶりには違和感がある。
人外からの謝罪を素直に受け取った場合、これを発したのは『写真』の方ということになる。
この仮定が正しい場合、写真を持つ顔が無い男からは、相槌が打たれている。発声器官を持っていないにもかかわらず。
「本質を量っているのですか?」
思考の海に潜った最中、再び写真の男から断定するかのような響きが放たれた。
「自身が観測した現象から逆算して、限りなく本物に近い推論を導き出す。一個人を『個』として観測した場合、ここまで強く結びつきがある『記号』はそうそうあるものじゃありません」
続けざま、男は自身の中で芯としているであろう理念を語り始める。
一方通行としては、理解出来る話と理解出来ない話が混在している内容だった。
翼を、見せびらかす様に轟かす。
理念を語っているだけなら好きにしろ。
ただそれ以上の何かを始めるならこちらも相応の手段に出る。
その気持ちを一ミリたりとも隠さない脅しをこれ以上なく見せつける。
「御託はそンだけかァ? 御大層にペラペラと下らねェことを知った風に喋ってるンじゃねェよ」
「先生が思ってる程は知り得ていません。わたくしはただ結びつきを慮っているだけです。ですが今は、そのような問答を取る時間ではないようです。これ以上の発言は控えましょう」
しかし、一方通行の判断はあっさりと覆される運びとなった。
写真の男が会話を切り上げて数歩下がり、これ以上は干渉しないと口にする。
「あぁそうでした。わたくしの名前は『ゴルコンダ』そしてわたくしの身体を代行してくれている
『デカルコマニー』です。以後、お見知りおきを」
最後に一つ自己紹介と言う爆弾を落としたゴルコンダは黒服の後ろに下がる。
ゴルコンダが最後に語った内容も一方通行の気になる所ではあったが、今は気にするべきでは無いかと思考を切り替える。
さて。と、黒服が話を切り出したのは一方通行が思考を切り替えたのとほぼ同時だった。
「我々の完敗です。先に取り付けた約束通り、あなた方と敵対しないことを誓いましょう」
「ハッ! どォだかな」
黒服が述べた言葉に一方通行はせせら笑う。
一方で、男の言葉が嘘ではないことも見抜いた。
結論から言ってしまえば、ゲマトリアは一方通行に勝てない。
少なくとも、黒服は白い翼を現出させた一方通行に勝つ手段は無い。
加えて、先の石人形がゴルコンダの仕業だと仮定するならば、あの男も彼に勝てるだけの力は無い。
故にその発言は判断材料足りえる。
一方通行と敵対すれば、その瞬間に向こうの全滅が確定する。
それは避けられようの無い事実だからだ。
なので一方通行は僅かばかり言葉を聞く姿勢に入る。
敵対の意思を完全に消すつもりは無いが、ゲマトリアに対して最低限の譲歩をしようと意識を改める。
対する黒服も、向けられている敵意が若干和らいだのを気配で感じ取ったのか。畳みかけるように情報を彼に流す。
「敵対意思の無い証明として本来ならば秘匿すべき情報をいくつか先生にお伝えしましょう。まず一つ。我々が先生と敵対しない立場となったこの瞬間を皮切りに一名。ゲマトリアから離反した者がいます」
語られ始めた内容は、ゲマトリア内で意見の相違による裏切り者が出たという情報。
間違いなく、一方通行にとって益となる情報だった。
少なくとも、無視して良い類の話ではない。
この情報の意味する所は即ち、自分に牙を剥く存在が少なくとも一名このキヴォトスに存在すると言うこと。明確な『敵』の存在が露呈されたことに他ならないのだから。
「名をベアトリーチェ。我々と違い先生の殺害を第一目標に動いている者です。しばらくは表立って行動したりはしないでしょうが、いずれ先生の前に現れるだろうと言うのは頭に入れておいた方がよろしいかと」
「そいつの特徴は?」
「赤い肌に黒の長髪が特徴的な白のドレスを常に身に纏っている女性です」
随分と分かりやすい特徴だった。
どうやらゲマトリアと言う存在は見た目で誰なのか一発で分かる集団で構成されているらしい。
あるいは、そうなるように見た目が変化したか。
いずれにせよ、名前と特徴は一方通行の脳にキッチリと記憶される。
「次に早瀬ユウカと才羽ミドリ。現時点ではこの二名だけですが、彼女達は『資格』を得てしまったことにより、何が何でも死守しなくてはならない対象に入りました」
「……ァ? どォいうことだ」
急に話の流れが不穏な方向に変わり始めたのを感じ、一方通行は怪訝な表情を浮かべた。
突然話題の中心に巻き込まれたユウカもそれは同様だったのか、スッと彼の近くに歩み寄る。
声を出さないのは先の発言にショックを受けたか、もしくはただ単に口を挟む余裕が無かったか。
黒服は一方通行の反応もユウカの反応も予想していたらしく、特に動じた様子も無く言葉を続ける。
「これから先、二人はベアトリーチェ及び彼女が主導する一員に狙われることになるでしょう。くれぐれも目を離さないことをオススメします」
出された忠告はチグハグだった。
何故そうなったのかを語らない癖に、警戒しなければならない相手だけは鮮明に教えている。
もしくは、そうなった理由は直接ユウカやミドリから聞けということなのだろうか。
陶しい。率直な評価を一方通行は下す。
だとするならば黙って置く理由は何なのだ一方通行が口を開こうとした直前。
「ですが」
彼の思考を潰すかのように、黒服は言葉を紡ぎ始めた。
「ですが幸いなことに現在のミレニアムは我々の手によって全てのインフラが落とされています。しばらくは彼女達が資格者となった情報が漏洩することは無いでしょう」
語られたのは先の話の続き。
今の所二人は問題ないという連絡。
しかし、それは何処までも一方通行の中で疑問を湧き上がらせる。
わざわざ危機感を煽り、その上で今言った発言は全て一旦忘れても良いと言う彼の言葉に、ますます彼の中
が疑心で埋め尽くされる。
加えて先程、まるで自分達がそうしたお陰で時間が出来たと言わんばかりの言い種にも気掛かりが生まれる。
一体何が目的なのか。
発言内容は何を目指しているのか。
「そこで、この稼げた時間を用いて先生にやって欲しい仕事があります」
その答えは、黒服からの仕事の依頼と言う形で終した。
「先生はアビドス高校なる物を、ご存知ですか?」
黒服の質問に一方通行は声を出さず、僅かに首を動かして続きを促す。
アビドス。
キヴォトスにやって来た翌日、一方通行がキヴォトスの地理を調べる際に見つけた名前だった。
記憶が正しければ、大規模な砂嵐によって人口の流出に歯止めが掛からない地区だ。
「先日、アビドスにて私が完遂させた仕事があります。キヴォトスの維持に必要不可欠な仕事でしたが、その仕事をキヴォトスを崩壊させたい存在に利用されました」
きな臭い話が展開される。
黒服が完遂させた仕事も恐らくは自身の理念と相いれない仕事なのだろうなと当たりをつけるも口には出さず、一方通行は語られる続きを黙して待つ。
完遂させた仕事を誰にどう利用されたのか聞いても、恐らくはぐらかされるのだろう。
ここまでのやり取りを経た上で、ゲマトリアは自分自身に対し最も開示しなければならない情報だけピンポイントで秘匿しているであろうことに一方通行は確信を抱く。
実に面倒な状況だった。
力づくで聞き出す手段もあるのだろうが、その場合ゲマトリアと再度敵対する可能性が浮上し、結果ユウカとミドリに対する負担が大きくなる。
一方通行はいつでもどこでもピンチに駆けつけるようなヒーローの性質を持ち合わせている訳ではない。
彼女達の危機に対して出来ることは限られている。
以上のことから、力任せに動くべきではないと彼は決める。
たとえそれが、自身にとって悪手だとしても。
「その結果、遠くない内に用済みとして処分される運命を背負った少女が一人生まれました。その少女を先生に救って頂きたい。もっとも、こちらから要請を出さなくともこの話を聞いた時点で先生ならば救いに出掛けるのでしょうが」
分かった風に男は口を利く。
ただ、的を得ているが故に一方通行は口出ししない。
代わりに彼はチッッと、大きく舌打ちするだけに留めた。
「少女の名は小鳥遊ホシノ。期限としては七日程でしょうか。ミレニアムの後始末も考えた場合、アビドスに赴いて行動出来る時間は多くて四日でしょう」
「テメェ等が派手に暴れなければ七日丸々使えただろォが」
「我々がここにいなければ先生が気付いた頃にはもう手遅れだったと思いますが?」
どの口が言いやがると、心の内側で一方通行は毒づく。
面の皮が厚いにも限度がある。
クソッタレがと敢えて聞こえるように罵倒するも、動じる気配は一切ない。
一方で、黒服の指摘はある種の正しさも含まれているのを認めざるを得ないのも事実だった。
シャーレで先生として働く一方通行の業務は基本的に書類仕事である。
その為、書類として救助要請を依頼されれば確実に目を通すが、されなければ異常が起きていることに気付く筈もなければ現地に赴ける筈も無い。
黒服から話を通されなかった場合、小鳥遊ホシノと言う少女は一方通行にその存在を察知されることは無かった。
その点に限っては、黒服はいい仕事をしたと言えるだろう。
実に癪な判定基準ではあったが。
四日しかないのではなく、四日もあると考えるのが妥当なのだろう。
「先生に今必要な情報は全て流し終えました。我々はここで退散します」
話すべき物は全て明け渡した。
一方通行に話すべき物はもう何も無いと暗にそう告げ、黒服はゴルコンダを連れミレニアムから立ち去ろうと踵を返し始める。
能力を使って移動しないのはゴルコンダがいるからか、それとも両足の怪我によって演算が出来ていないのか。どちらにせよ一方通行にとっては関係のない話だった。
引き留める理由も、聞くべき内容も尽きていないが、引き止めたところでどうせ喋るつもりは無いのだろうと半ば諦めの気持ちで一方通行は舌打ちする。
「せ、先生!! い、良いんですか!? というかミレニアム側の私視点で言うと捕まえて監禁尋問したいんですけど!!」
「ミレニアムの技術で可能ならなァ。条件付きではあるが瞬間移動出来る奴を一か所に留める施設は流石にミレニアムでも無ェだろ」
黒服の撤退を咎めない姿勢を見せる一方通行に対し、このまま行かせて良いんですかとユウカから考え直して下さいと説得が入るが、逆に彼がユウカに説得を始める。
ミレニアムにとって超能力は未知の力だ。
逃がさない様にどれだけ警備を頑丈にしたとて、通用するかしないかはその力次第。
最悪なことに黒服相手では通用しないのが現実だった。
もう一方、ゴルコンダの方ならば捕獲することが可能かもしれないが、ミレニアムの街を半壊させる力を持つ彼も、同様に監禁し続けられるかと言われれば難しい。
手に負えないならば放って置くのが賢明だと一方通行はユウカに説明する。
幸い、敵対しないと公言している。
裏切りの意思が無い限りは今後無意味にミレニアムに手を出してくることはないだろう。
あったとしても、彼らの死を無意味に近づけるだけ。
その時は、容赦なく一方通行が相手をするだけなのだから。
納得出来ますけど納得出来ませんと強く縋るユウカに、ここは折れとけと一方通行は説得する。
「先生。最後に一つ、心からの忠告を授けましょう」
そんな二人のやり取りを背中で聞いていた黒服が歩みを止め、振り返ることなく一方通行に言葉を掛けた。
「彼女達を大事にすることです。きっとそれが、先生にとって救いになる」
意図が組み切れない言葉を最後に、黒服はゴルコンダと共にミレニアムを去り始める。
後に残ったのは暗い闇と静寂のみ。
ユウカとアリスと、意識を失っているミドリとネルのみだった。
────────────────────
「ところでだ。オマエとミドリは何でそンなにボロボロなンだ。明らかに戦闘で受けた血の流し方じゃねェだろ」
再び静寂を取り戻したミレニアム。
穏やかな時間を取り戻したミレニアム内において現出させ続ける必要が無くなった翼を背中から消し去りながら一方通行はミドリやユウカを救い出した時から疑問に思っていた物を、適当な高さの瓦礫に座っているユウカに向かって切り出した。
ネルは間違いなく戦闘の際に負った傷だ。
だがユウカとミドリの両名はそれだけでは説明が付かない傷を負っている。
経験上、あり得ない怪我の仕方だった。
少なくとも、銃撃戦のカテゴリーでは絶対に発生しないダメージだった。
何があったのかと、純粋に心配する気持ちで聞き出す。
が。
「この怪我は私にも……正直なことを言うと分からないんです……」
「分からねェってことはねェだろ。結局は敵から受けた傷だろォが」
「…………。少し考えを纏めさせてからで良いですか? 多分、ミドリも同じ回答をすると思いますから」
何故かユウカは答えを一方通行に提示するのを渋った。
それも、割と強固な意志を持って。
一体どういう訳なのか余計気掛かりになったが、彼女が醸し出している雰囲気から答えてくれないだろうことを薄々察した一方通行は仕方ないとばかりに話題を変える。
「気になるのはまだある。オマエを助けに行った時、チラっとだが人の影が見えた。暗くて俺からは見えなかったが……。誰と戦ってやがったンだ?」
「……実は私も分からないんです。私を攫うと言って一方的に攻撃されただけで……ただ少なくとも、ミレニアムの生徒でもなければ、知ってる生徒でもありませんでした」
語られた内容は、一方通行が求めていた答えでありながらその実当たり障りの無い物だった。
とは言え当然か。と一方通行は別にユウカが隠し事をしている訳では無いことを確信する。
敵がわざわざ所属組織や名前を名乗る展開が普通起こる筈が無い。
ユウカが何も知らないのはある種当然と言えた。
とはいえ、何も得られなかった訳ではない。
限られた情報から嗅ぎ取れた部分は少なからず存在する。
ユウカの口ぶりから恐らくはどこかの学校に所属している学生であるということ、そうでなくとも少なくともユウカと年齢が近い少女であるということ。
これらは覚えておいて良い情報だろう。
「そう言えばですけど先生。さっき先生は私に何を言おうとしてたんですか?」
話に一区切りが付いた節目を待っていたのか、それとも単に思い出したのが今だったのか。ユウカは自分に何か話したいことがあったのではないかと一方通行に問いかけた。
その彼女の質問に、そう言えば先程振ろうとしていた話が中断されていたことを彼は思い出す。
面倒なことが立て続けに起きて頭から抜けてしまっていた。
「そォいやそォだったな。ユウカ。一つ聞いて欲しい頼みがある」
「は、はい! な、何でしょうか……!」
あらたまった一方通行の声に対してユウカはどこか緊張した面持ちで返事をする。
何を言われるのだろうかと期待半分不安半分と言った表情だった。
心なしか、背筋を少しばかり伸ばしているような気もする。
言ってしまえば何ともまあユウカらしい反応だった。
クク。と。
一方通行はそんな彼女の実直にも程がある姿を見て、思わず小さく笑う。
「な、何で笑うんですか!!」
一方通行の反応が不服だったのか、ほんの少しだけムッとした表情をユウカは浮かべた。
笑う要素など一つも無い筈だと、頬を膨らませて抗議するのがまた彼女らしくて、再び小さく笑う。
その様子からは、今朝がた垣間見た調子の悪そうなユウカの面影は感じられない。
どうやら、彼女が心の中で燻ぶらせていた一件は踏ん切りがついたようだった。
ユウカの反応から一方通行はそう推察し、特に切り出す必要性が無いことを感じ取る。
なので彼はその一件には一切触れずに、そンな気負う話をする訳じゃねェから気楽にしとけと前置きし、要望を切り出す。
「過去にセミナーがヴェリタスから押収した品物、『鏡』と呼ばれてる物が急遽必要になった。一緒に付随されてる者ともども、保管室から返して貰って良いか?」
瞬間、ユウカの表情がキョトンとした物に変化したのを見逃さなかった。
そう、この話は簡単なお話だった。
単純なお話でしかなかった。
様々な思惑が錯綜したことで本質がさ迷っていたが、本来やるべきことはたったこれだけ。
ゲーム開発部の件についてユウカと直接交渉する。
何処まで行っても、その為の話に他ならない。
終わってみれば、随分と長い遠回りだったなと一方通行は内心評する。
それは彼女も同様だったらしい。
一方通行と全く同じタイミングで、ユウカもその思考に辿り着いた。
だから。
「……ふふ」
だから、今度はユウカが笑う番だった。
口もとに手を当て、クスクスと一しきり笑った後。
「全く! 先生からお願いされたらいいえなんて言えないじゃないですか! 全く! 本当に全くですよ!」
ずるいんですよ先生はいつもいつも! と、表情を笑顔に崩しては一方通行に対して一応は文句に形容される物を彼女は言い放った。
安心したかのような、肩の荷が下りたかのような雰囲気を漂わせている以上、本当にそれはただの形だけに過ぎない物でしかなかったが。
「分かりました。ええ分かりました。本当は独断じゃダメですけど、先生になら仕方ないです。でも許すのは今日だけですからね! 本当は先生でもダメなんですからね!!」
一方通行が出した要望を渋々受け入れたかのような言葉選びで、けども嬉しさがそこかしこから溢れているかのような声色と顔つきを隠すこともせずユウカから了承の旨が返って来る。
先生だから許すんですよと念押され、こういうのはちゃんとした手続きを踏んでからですねと小言を並べられているが、そこに嫌悪の感情は一切無い。
なので、一方通行は黙って彼女の言い訳じみた建前を黙って聞き続けた。
「その代わり、私からもお願い、一つだけ良いですか?」
かと思うと、今度は少しだけ真剣に、否、僅かに頬を染めたユウカから逆に要望が飛んで来る。
少しばかり様子が変わった空気を察知した一方通行だったが、彼女からのお願いを特に断る理由は無い。
なので彼はおォとだけ呟いて続きを促し、それを聞き届けた彼女の口がゆっくりと開かれる。
「肩。貸してください」
ちょっと、疲れちゃったので。
そう語るユウカに一方通行はあァと、途轍もない納得感に襲われた。
彼女は休まなければならない。
その際、より休息の価値を高める枕的な物は確かに必要だろう。
頬を赤らめて言う理由までは掴めなかったが、一種の照れ隠しなのだろうと一方通行は推測する。
「クカカ。仕方ねェなァ」
なので彼はユウカの思惑を汲み取り、茶化す様にもう一度笑った後、ユウカが腰かけている瓦礫の隣に座る。
後はユウカが一方通行の肩に頭を預けるだけ。
だった筈、なのだが。
「…………」
何故かここで二人の時間が止まった。
どういう訳か隣に座った筈なのにユウカが動こうとしない。
不審に思って一方通行が彼女の方に目線を動かすと、頬を真っ赤にしてこちらを見つめているユウカが映る。
自分から言っておいて最後の最後で躊躇うのかよと一方通行は心の中でツッコミを入れつつ、彼女に決意をさせるかのようにユウカ。と、強調して彼女の名前を呼んだ。
刹那。彼女の肩が跳ねる。
心なしか顔が余計赤くなっているかのようにも思えた。
とは言えいつまでもその反応をしていては一向に話が進まない。
なので一方通行は、少々強引な手段に出ることにした。
隣に座っているユウカの肩を、一方通行は強引に掴む。
予想外な出来事に彼女の瞳が驚きを示しているかの如く強く見開かれるが、構わず一方通行は彼女の身体を強引に引き寄せ、横に倒す。
丁度彼の膝の位置に、ユウカの頭がやってくるように。
「は!? わ、っ!? はひ!?!?」
有無を言わせぬ強引なやり口はユウカに動揺を走らせるには十分だったのか、あたふたと両手を忙しなく上下させ、戸惑いの視線が彼に向かって投げられた。
だがしかし、そうした抗議的な動きをしている癖に、ユウカは一方通行の膝から動く気はなさそうだった。
頑張れば容易に起き上がれるだろうに何故かそうしないユウカの姿を目撃し続ける一方通行は、緩やかに口角を吊り上げる。
「学園都市最強の膝が借りられるたァとンだ贅沢者だなァオイ」
その一言は、彼女を諦めの境地に至らせるには十分だった。
少なくとも、一方通行からはそう映った。
一方的なやり口に頬を真っ赤にして慌てていたユウカだったが、彼の発言を受けてピタリと両手の動きを停止した。
二秒程、ユウカは決断を迷っているかのようにその身を硬直させ続ける。
けれども最終的には先生がそう言うなら仕方ないですね。そうさせて頂きますよ等と、渋々彼の判断に従ったような言い回しを放ち、ふにゃっと蕩けそうな笑顔で大人しく膝の上に頭を乗せた。
けれそれも長く続かない。
ユウカが一方通行の膝の上で落ち着いた途端、彼女の瞼が急速に落ち始めたからだ。
無理もない話だった。
怪我の度合いから見ても、間違いなくユウカは限界を超えて動いていた。
今すぐに休まなければならないのを彼女は無視して意識を保ち続けていたが、もうその必要は無い。
一方通行にとっても、ユウカにとっても大切な話は終えた。
今日、彼女がするべき仕事は全て完了した。
心が落ち着けば、身体が休めと命令する。
当たり前の話だ。
「せんせ……私……強く、なります……」
どんどんか細くなっていく声で、ユウカは彼にのみ聞こえているかいないかの声量で決意を口にする。
そんな彼女に一方通行は何も言わない。
否、言えなかった。
なぜなら一方通行もまた、ユウカと似た思いを抱いたからだ。
今回の一件を経て、彼の中で意識が固まる。
「何があっても…………負けないように……。先生の…………負担に、なら……な、い……よ……」
言葉尻は、もう聞き取れない。
次第に安らかに眠りに就いていったユウカの穏やかな寝息が彼の耳に届けられる。
自身の膝の上で安らかに眠るユウカの頭に、一方通行はそっと手を置く。
直後。ポスッッと言う細やかな音と共に、背中から重みを覚えた。
「ァ?」
「ミドリも恐らくここが良い筈です! アリスは先生の背中をミドリに独占させます!」
背後から嬉しそうなアリスの声が迸る。
どうやら背中の重みは気絶しているミドリで、企てたのはアリスのようだった。
「怪我人を無理に動かンじゃねェよ……」
今後は二度としないようにと釘を刺しつつも、背中にいるミドリに負担が無いように彼は少しばかり背中を丸める。
ユウカ。
ミドリ。
二人の重みを直に感じながら、一方通行は思慮にふける。
算段を立てなければならない。
この何もかもが終わった世界を、ひっくり返すような何かを。
どこまでも終わりが蔓延っている世界から、彼女達を救い上げる手掛かりを見つけなければならない。
その為にもまずは、どんな形であれもう一度演算能力を取り戻さなければならない。
やらなければならない課題が山積みになる。
アビドスに赴く
キヴォトスにいる全生徒の未来を掴む。
黒服が述べた『敵』に備える。
様々な面倒事が一斉に彼に襲い掛かる。
全部含めて、彼は上等じゃねェかと切り捨てた。
ただそのギラつくような意気込みを見せたのはほんの僅か。
直後には、彼の瞳には再び優しさが灯る。
未来よりも今日を大切にすべき時と言うのは存在する。
今は、丁度その時だった。
視線を膝の上で寝かしているユウカと、背中を貸しているミドリ。一人仰向けで倒れているネルと順に移す。
良く、頑張ったなと思う。
良く、生き残ったと思う。
無事で良かったと、心の底から思う。
襲撃は終わった。
彼女達が全て撃退した。
戻って来た穏やかな時間を、一方通行は彼女達に享受させる。
取り戻そうとした日常を崩さない様に一人、彼女達を見守り続ける。
全てが終わった空はどこまでも静かで、そして果てしなく平穏だった。
戻って来る。
いつも通りの変わりない日常が。
彼女達が必死で守った、騒々しくも穏やかな日常が。
その証拠とでも言わんばかりに、この戦いに参加していたであろう多数の少女達が一方通行らのもとに集結し始める。
ある者は唯一健康的な少女目掛けて泣きつき、ある者は慌てて気絶してる怪我人を運び出し、ある者はユウカとミドリ、そして一方通行を指差して顔を真っ赤にし、ある者はひとまず全員が生存していることに安堵の息を零す。
早々に騒々しさを増していく状況の変貌ぶりに、一方通行の表情が自然と崩れる。
彼女達が守りたかったものはしっかりとここにあるのだなと、認識したかのように。
夜が終わる
明日が始まる。
長くて長かったミレニアムの夜が日の出と共に終わりを告げ、いつもの日常がやってくる。
朝日と言う、眩しい光を引っ提げて。
ミレニアムサイエンススクール防衛戦は、少女達の勝利と言う形で、ひっそりと幕を閉じていく。
とあるコラボで得た知見。『御坂美琴』は演算能力に何らかのデバフが掛かっていても能力でモブ生徒相手に無双できる。
この作品のパワーバランスがコラボを基準に組まれることはないのですが、概ねこの作品の解釈と乖離していなかったのは大きな収穫だったかもしれません。
ヘイロー周りの設定は……見なかったことにしようね!!
ゲーム内での感想はこの辺にしましょう。
本編更新でのお話です。
10月にこの話を投稿したかったです!!!!
でも時間が掛かり過ぎました!! すみません!!!
エピローグは次回に持ち越しです! 無理です! 長すぎましたここまでが!
と言う訳で本編更新です。
ミレニアムの事件はこれにて終了。そして一方さんの本気が僅かに垣間見えた形ですね。
加えてアビドス編の概要が語られました。
はい、アビドス編。一言で纏めるとバッドエンドからスタートです。
これをやる為にパヴァーヌを前倒しにしました。
これをやる為にエデン条約編0章のような物を書きました。
どうなるんでしょうねこれ……いや本当にどうなるんでしょう。
さらにユウカ、ミドリ両名はエデン条約編においてキーパーソンとしての参戦チケットが配られました。拒否は認められません。強制参加です。
次回はエピローグです。とあるとしての側面で見るといつもの奴です。
出来れば月曜までに投稿したい!!