一方通行が拠点としているシャーレのビル。
様々な施設が揃っているそのビルには、売店やオフィスは勿論のこと、ゲームセンターやトレーニングルームといった、普通ならば一緒くたには扱わない施設が当たり前の様に存在している。
そんな有り体に言ってしまえばごった煮状態なシャーレのビルには、これまた当然と言った顔で病室に値するフロアが存在する。
保健室ではなく病室。
当然普段から病人はいない。
だというのに設備だけは無駄に立派な病院フロアに、一方通行は足を踏み入れていた。
大した怪我もしていない一方通行が病院フロアに足を運ぶ理由は当然、お見舞いである。
本人としてはらしくないと思いつつも、左手に持つ籠にはしっかりと林檎やブドウと言ったありきたりなフルーツ盛り合わせが詰められている。
美味しく食べてねと果物一つ一つがキラキラと主張している様子がイヤでも目に入る中、彼はとある病室の前で立ち尽くしていた。
チラリと、時間稼ぎも兼ねて扉の横のプレートに目線を送る。
何度見ても『早瀬ユウカ』の文字列が並んでいた。
自分のせいで重傷を負った少女。
本来ならば怪我なんてしなかった少女。
部屋に踏み入ろうにも、足に力が宿らないのも仕方の無いことと言えば仕方の無いことかもしれない。
そんなに躊躇うのならばそもそもお見舞いに来なければ良いのに、その選択肢だけは最初から彼の中に存在しなかった。
絶対行くと心に決めていたのに、いざ目の前にした途端、彼はらしくなく尻込みをする。
病室の前で立ち尽くして早一分が経過しようとしていた。
他人から見ればいかにシャーレの先生であろうとも、もう不審者である。
誰も廊下を通っていないことが唯一の救いだったかもしれない。
とはいえ、いつまでもここで時間を潰している訳にも行かない。
彼にとっても時間は有限である。
やるべきことがまだまだある以上、必要の無い油を売っている余裕は彼には無かった。
チッッ! と、自分自身の不甲斐なさに舌打ちしたのを最後に、意を決したかのように一方通行はガラッッ!! と、勢い良く扉を開ける。
カツ……カツ……と、勢いよく開けた扉とは裏腹に静かに入室した一方通行は、申し訳なさを多分に含んだ声色で、
「ユ、ウ」
カ。と、彼女の名前を呼ぼうとした時。
「もう!! ミレニアムの合計損害額が一兆超えとかどうなってんの!?!? 全体の損傷率が二割超えってどこもかしこもぶっ壊れてるじゃない!!!!」
絶叫が彼の耳を支配した。
「カ……」
言葉が、途中で消え去る。
もしくは、彼女が放つ大声量に掻き消されたと言った方が正しい。
「あの子もあのゴーレムもあの戦闘ヘリも好き放題街を破壊した癖に一切補填もしないとかどんな精神よもう~~~~~~~~!!!!!!」
これだから大規模戦闘は嫌いなのよ! と、病院のベッドの上で上半身を起こしながら、電卓と帳簿を引っ張り出して机の上で絶賛予算と格闘中のユウカを目撃した。
頭や全身に包帯を巻いているにもかかわらず、普段よりも怒号を巻き散らしている。
一方通行があまり見かけることの無いユウカの姿だった。
彼は知る由も無い。
一方通行といる時のユウカといない時のユウカでは正確や口調に若干の違いがあるということを。
彼の前では可愛く見られようと努力し、声のトーンも僅かに上げて接しているということを。
その涙ぐましい努力が実を結んでいるのかどうかはさておき、病室で頭をガシガシと引っ掻きながら唸っている今のユウカは特に取り繕っていない素のユウカで間違いない。
情報を付け足すならば、一方通行が目の前にいる場合、ユウカは決してこの一面を曝け出したりはしない。
つまり、一方通行が入室しているのに気づいていないのである。
それが吉と出るか凶と出るかは、全てこの学園都市最強が握っていた。
「ミレニアムプライスとかやってる場合じゃなくなったのにそっちは普通に開催する運びになってるし!!! いくら科学技術の威厳を外に発信出来るからってまずはやることがあるでしょうがッ!!」
て言うかセミナー会計の私に話が通ってないって何!!!! と、電卓を叩きながらぐちぐち文句を垂れている。
普段の落ち着いた感じの口調とは打って変わり、苛立ちを隠すこと無く口にしている彼女の様子を、一方通行は声を発さず黙って聴き続けていた。
しかし、その顔は渋い。
それもその筈だった。
病室に入って来るまであれだけ思い悩んでいたというのに、いざ部屋に入ってみればこれである。
先程までの逡巡がバカらしくなってくるレベルで、想像と現実にギャップがあり過ぎた。
何故だかユウカはとても元気だった。
本当に、良く分からなかった。
なので。
「もしもしノア!? ミレニアムプライスをやるのは良いけど学区全体がボロボロになってるのをどうするつも……学校全体をホログラフでカモフラージュ!? ちょ、それミレニアム全体に仕掛けるならどんだけ予算が必要だと……あ! ちょっと切らないでよ!! うぅ……切られた」
(ありゃァ……下手に顔を出さねェ方が正解かもしれねェな)
自分は今日ここに訪れなかったことにしよう。
そう一方通行は決めた。
あれだけ忙しそうなのだから時間を取らせる訳にもいくまい。
そういうことにしておこう。
と言うか今のユウカと鉢合わせたらいつも以上の小言ラッシュが始まりそうだ。
しかも半ば八つ当たり気味の。
それは少し、御免被った方がお互いの為になる。
己の中で勝手に正当性を作り上げた一方通行は何も見なかったかのように、見舞い品すら置かずに静かに病室から出ていき扉を閉める。
奇しくも一方通行の選択は、ユウカにとって吉と出た。
きっと今の姿を彼に見られたと彼女が知った場合、ベッドシーツを頭から被って二日程不貞寝していたであろう。
早瀬ユウカとは、そう言う少女だ。
奇跡的にユウカが発狂しなくて済んだ中、一方通行は次なる病室を目指す。
理由は当然、ユウカと同様に運び込まれている残り二名、ミドリとネルの見舞いだ。
さて、ごく普通の当たり前な物事を指摘すると、ユウカはミレニアムサイエンススクールの生徒である。
何処の学校にも区分されていないシャーレの病室は、全学校全生徒に開かれている物ではあるが、普通は利用されることはない。各学校ごとにちゃんとした病院施設が存在する為である。
ではなぜここにユウカが入院しているのかと言われれば、それもまた先の事件が関係している。
平たく言えばミレニアムの病院が余波に巻き込まれて使えなくなった。
なので現在、ユウカ、ミドリ、ネルの三名はシャーレ内にて入院している。
杖の音がイヤに響く静かな廊下を一方通行は歩く。
ここに至って気付いたが、どうやらシャーレは各病室の防音性能も抜群らしい。
一方通行が足を踏み入れた瞬間からユウカが怒号を発していたとはちょっと考えにくい。
扉の前に立っていても聞こえない程に防音性能が優れていたと考えるのが自然だった。
そんな下らない思考を進めている間に目的地に着いたのか、一方通行は足を止め、さっきと同様病室の横にある入院患者の名前が書かれたプレートに目線を送る。
才羽ミドリ。
他に入院患者がいないのも相まってユウカ、ミドリ、ネルの三名は個室を与えられている。
予想と違って必要以上に元気だったユウカはともかく、ミドリはユウカ程の体力が無いのは一方通行も承知している。
つまり同じぐらいの重傷を負った彼女は、ユウカと違って絶対に安静にしているだろうと一方通行は予想を立てた。
彼女ならば特に変なことも起きてないだろうと半ば安心しつつ、ガラっと扉を開けて入室した瞬間。
「ほらお姉ちゃん!! さっさとシナリオ書く!! 私も先行してキャラデザ終わらせるから!」
「なんでこの中で一番重傷のミドリが一番元気なのかお姉ちゃん不思議だよ!! ミレニアム学園七不思議の一つに数えられるよ!!」
「喋ってないで手を動かす! G.Bibleの内容読んでやる気出たんでしょ! 早く完成させて!!」
一方通行の目に修羅場が飛び込んできた。
何をどうしたらそうなるのか、ミドリ、ユズ、アリス、モモイの四名がわーぎゃーわーぎゃーと騒ぎ立てながらそれぞれパソコンや液タブと向かい合っている。
途端、途方もない頭痛が一方通行を襲った。
入院患者と言う単語の定義を思わず洗い出し、照らし合わせようとして目の前にある光景が頭の中にある定義と全く違うことを再認識し、やはり頭痛を覚える。
ミドリが入院しているのは良い。普通だ。
そこに一方通行より先にモモイ、ユズ、アリスの三名が見舞いに来ていた。
ここまでなら普通の話だ。
そう、ここまでなら。
だが。
「ミレニアムプライスは通常運転だから締め切りまであと六日だよ。急いで完成させないと」
「アリスも出来る限り手伝います! 六徹ぐらいどんとこいです!!」
「あれ!? 私もその勢いで六徹させられる雰囲気!?」
「安心してくださいモモイ! ここは病室です! 何時でも気絶出来ます!! 気絶しても二十分で起こします!!」
「安心できる要素どこにも無くない!? ベッドがあるったってミドリが使ってる一つしかないじゃん! それにここ病院だよ!! 無理をさせない施設だよ!?」
「今は無理する時なのお姉ちゃん! 病室の冷蔵庫エナドリで埋めといたから。早く書いて」
「ミドリの鬼ぃぃいいいいいいいいいいいいッッッ!!」
ユウカが入院している部屋よりも、一層この部屋は喧騒に包まれていた。
悪い夢でも見ているんじゃないかと本気で一方通行は疑い、このまま何も言わずに回れ右して帰りたくなる衝動に駆られる。
そう思ってしまう程に目の前の景色は異常だった。
少なくとも病室で繰り広げられる類の物では無い。
叫んでないで早く作業してとミドリがタブレットから目を離さず怒鳴り、
絶賛叱られ中のモモイはえぐえぐと泣きながらカタカタと文字列を打ち込み続け、
ユズとアリスは泣きべそを書いてるモモイに発破をかけながら黙々とプログラムを書く。
名に喰わぬ顔で四人ともが平然と作業しているので一瞬勘違いしそうになったが、病室にパソコンや液タブが常備されている筈が無い。
間違いなく彼女達の私物だった。
と言うか、彼女達は病室でゲーム開発をしていた。
平たく言ってしまうと、病室をまるで部室化の様に扱い、好き放題に部屋を私物で埋め尽くしていた。
一万歩譲ってゲーム開発をするのは譲歩するとして、その開発に必要の無さそうな漫画やゲームソフト、ゲーム機まで持ち込まれている辺りどう見ても最大六日はここに籠城する気満々の悪質な確信犯である。
一晩でミドリがいる病室は、ゲーム開発部の第二部室へと様変わりしていた。
(仮にも病室で好き勝手し過ぎだろコイツ等……別に良いけどよォ……)
本来ならば何も良くないのだが半ば現実逃避気味に彼はそれを許容する。
どうせ彼女達以外に患者はいないのだ。空き部屋もまだまだある以上、退院するまでの間ぐらい好きに使わせても問題は無い。
そう一方通行は判断する。
重ねて言うが、現在彼は半ば現実逃避中である。
つまり、少しばかりヤケクソだった。
「あ、先生」
扉の前で呆然と突っ立っている一方通行の存在に気付いたのか、ベッドの上で上体を起こし、タブレットにペン先を走らせていたミドリが声を掛ける。
瞬間、残り三人も一斉に一方通行の方に振り向き。
「あ! それお見舞い品!?」
と、モモイが発したのを皮切りに、ミドリを除いた三人がゾロゾロと彼の前に集まった。
好物なのか真っ先にブドウが掻っ攫われ、栄養補給と称して何故か元気な三人組がこぞって食べ始めたのを呆れた視線で見つめる最中、一方通行はミドリがいるベッドの近くにある椅子に腰かける。
適当な机にフルーツが入った籠を置き、残っているブドウを取り出してミドリに手渡す。
ありがとうございますとお礼を述べてブドウを一粒食べた彼女は、実に美味しそうな表情を浮かべていた。
それを見て、ほんの少し一方通行の頬が緩む。
本人が自覚できない程、僅かにだけ。
「入院で私が動けないので一時的にここがゲーム開発部となりました。ミレニアムとシャーレを往復する時間も今の私達には残っていないので」
「そォかよ。それはもう好きにして良いが、ここが病室だからって無理はするなよ。ロボの医者なンてアテにならねェ。せめてカエルみてェな顔してねェとな」
「カエル? 何ですかそれ?」
「こっちの話だ。さっきも言ったが要は無茶するなって話だ」
立ち上がり、置いた籠から林檎を二つほど籠から取り出す。
「え!? も、もう行くんですか!? も、もうちょっといません、か……?」
「見るからに取り込み中じゃねェか。俺と話なンざいつでも出来るだろ。…………オマエが元気にしてるのを見れた。それだけで俺は満足だ」
何気なく、もっと言うと本心で零したその言葉にボッッと顔を赤くしたミドリは、な、なら良かった……で、です……。と、超小声で礼を述べる。
当たり前なことを言っただけなのに何故照れるのか不思議に思った一方通行だったが、これ以上の長居は本当に彼女に、彼女達にとって迷惑だろうと、足早に病室を後にし始める。
彼女達の修羅場を考慮し、早々にミドリがいる病室から撤退せざるを得なくなってしまった一方通行は、今までとは違う意味合いを含んだ重い足取りで最後の一人となったネルの病室へと向かう。
おかしい。
おかしい。
聞いていた話と全然違う。
ユウカ、ミドリが入院している病室に入る前、フロアを担当しているロボットの医者に話を伺った時、安静にしていれば遠くない内に完治しますと聞かされた。
(どいつもこいつも全然安静にしてないンですがどォなってるンですかねェッ!?!?)
二人とも全く安静にしていなかった。
ひたすらに己の作業や仕事に没頭していた。
それどころか身体に鞭打って追い込みまでかけていた。
あんなのを医者が見たら卒倒してもおかしくない。
もしかしたら見て見ぬ振りをするだろう。
一方通行が選んだのは後者だった。
特にユウカに関しては見舞いに来た事実すら揉み消してしまっている。
何だか知らないが、何かイヤな予感がしてならない。
扉の前にいる段階では中の様子は静かに思えるがそれは誤り。
別に病室内が静かな訳ではないという事例を二件中二件目撃してしまっている。
もしかしたら彼女も……と、見舞うのを一瞬躊躇った一方通行だが、同時に待て。と、自分自身にその思考に待ったをかけた。
ユウカが暴れていたのはある種当然だ。何故なら彼女はミレニアムのセミナー。しかも会計担当。
お金が絡む話は必然的に彼女が絡む話になる。
そして今回ミレニアムが被った損害の請求や要望は一端全てユウカに渡るだろう。
ミレニアム全体の要請を一手に引き受ける役職の関係上、荒れるのも無理はない話だった。
ミドリ達ゲーム開発部が忙しなかったのも必然だ。
先のユウカの会話を盗み聞いた限り、このような状態になってもミレニアムプライスは無事に開催されるらしい。
であるならば、今日の今日までゲームを一切開発していなかった彼女達が修羅場に陥いるのは自明の理。
失った時間を取り返さんと病室に一同引き籠って開発をするのは分からない話ではないのだ。
そう、ユウカ。ミドリ共に忙しい理由はある。
だがネルはどうだろうか。病室で忙しくする理由があるだろうか。
無い筈だ。
無いに決まっている。
であるならば、顔を出さない理由は無い。
むしろ、出すべきであろう。
それが通すべき筋という物だ。
良し。と、ネルの見舞いは滞りなく進むだろうと確信した一方通行はガラッッ!! と、勢い良く扉を開け。
絶賛お着換え中のネルと遭遇した。
「…………あ?」
「…………お、ォ」
いつものスカートを履く直前だった下着姿のネルから、聞いたことのない女の子らしい声が聞こえた。
そして、らしくなく一方通行も固まった。
なるほど、これはちょっと病室側にも問題があるなと目の前に起きている現象を横に勝手に頭の中で問題の洗い出しを始める。
そもそも防音性が高すぎるのが悪いのだ。
もう少し外からでも中の様子が伺えるようにしていなければこんな事故は起きなかった。
これは後で対策を立てる必要がある。
そんな風に今起きている光景から目を反らそうとしていた一方通行だったが、その思考回路には一つ、大きな穴が存在していた。
一方通行と違ってネルは、現実を延々と直視し続けているという問題である。
「わ」
静寂に包まれていた病室に、今一度ネルの可愛らしい声が響く。
思わず出てしまったような短い悲鳴がネルの口から零れた後、彼女は自分がどんな状態なのかを客観的に認識し、見る見る内に顔を赤く染め上げ。
「わあああああああああああああああああああッッッッッ!?!?!?!?!?」
病室フロア全てに響き渡るような大絶叫を上げた。
慌ててベッドに飛び込み、シーツで身体を覆うと、裸体を隠すように丸くなった。
その状態で顔を真っ赤に染めてぷるぷると震えながら一方通行を睨みつけるがそこに普段の迫力は微塵も無く、少し子猫のようだな等と場違いな感想を彼は抱く。
その中で一方通行は迷っていた。
この後どうするべきか。である。
謝罪して退出すれば良いのか。
それとも無言で立ち去れば良いのか。
適当に声を掛けてこの場でご機嫌を取った方が良いのか。
このような状況に対しての経験値が皆無な一方通行はらしくなく選択に迷いを見せる。
だが、やはり忘れてはいけない。
ネルの感性はどこまでも一般的で、彼の感性は果てしなくズレていることを。
なので、
「いつまで見てるんだ先生のバカ野郎ッッッ!!!!」
スコーンッッ!! と、一方通行の頭部目掛けてネルから投擲されたリモコンが良い角度で直撃し、勢いに押される形で一方通行は病室の外へと弾き飛ばされたのはある種当然と言って良い物だった。
同時、先程ネルが発した声量に何事かと絶対安静にしなければならない筈のユウカやミドリ達が顔を出す。
何事かと思い病室の方へ視線を彼女達が送れば、そこには半裸のネルが映り、一斉に状況を理解してしまった彼女達は一方通行に詰め寄り始める。
何が起きたのか、考える間でも無いようだった。
「せ、せせせせんせいっっ!? ネ、ネル先輩にな、なにを! き、着替えを覗くなんて!!!」
「わー! 凄い!! ノベルゲームでよく見るような展開だよミドリ! あ! ちょっといいシナリオ思い付きそう!」
「そんなこと言ってる場合じゃないよお姉ちゃん!! 先生! 着替えを覗きたいなら私がいくらだって……カ、カメラだってそこかしこに部室に置いて……その…………!!」
「アリス! こういう状況を知ってます! 修羅場! ですね!!」
「そう……かな……? ちょっと、いやかなり違うんじゃない?」
「ていうかお前等全員どっか行きやがれ!! こっちは着替え中なんだよ!!! あたしの病室前でごちゃごちゃやってんじゃねえええええええええええええええええええッッッッ!!!」
シャーレの病室では、普段より数割増しの騒がしい日常がそこかしこで跋扈していた。
ミレニアム騒動から明けて二日の出来事である。
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「だから頭にコブが膨らんでいるのかい?」
「好きで付けた訳じゃねェ」
「けど滅多に見れない少女の裸を見たんだ。目の保養の代償として支払った物としては随分と安い物じゃないかな」
「保養を頼ンだ覚えはねェンだよ……!」
差し出された椅子に座り、淹れられたコーヒーに口をつけながら、一方通行はウタハと先程起きた病院内での事故を愚痴る。
アリスの手によって半壊したエンジニア部の部室の壁はどういう技術を用いたのか二日間しかあれから経過していないにもかかわらず完全に修復されていた。
シャーレの病室での一騒動が粗方片付き、見舞いが終わった一方通行は絶賛修復作業中のミレニアムへと足を運んだ。
エンジニア部に用事が出来たからである。
この相談は、彼女達でなければ無理だ。
「前置きはここまでだ。三人に聞いて貰いてェ話がある」
ガラリと、空気が変わる。
一気に真剣みを帯びた一方通行の瞳に、ヒビキ、コトリの二人がゴクリと唾を飲んだ。
しかしウタハだけは彼の言葉に小さく笑い。
「奇遇だね。私達も先生に乗って欲しい話があるんだ」
同じく真剣な瞳で、彼に話を持ち掛ける。
それは一方通行がアビドスに出張する、一日前の出来事だった。
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時間はミレニアム襲撃事件が終息した当日の夜まで巻き戻る。
一方通行の前から立ち去った黒服とゴルコンダは、しかしミレニアムから出て行かずに、学園内をひっそりと渡り歩いてていた。
監視カメラの類は全てダウンさせているので二人がうろついている様子は誰も確認できない。
それを利用し、彼等は安全に、誰にも存在を察知されることなく鉄骨街の方へと歩みを進めていた。
忘れ物を回収する為に。
「無事にミレニアムの手によって
立てた計画の全てが噛み合い、滞りなく達成された事実にゴルコンダが口を揺らす。
一方通行の協力者となるか、敵対する立場を貫くかの選択こそ、ゲマトリアは試練と言う形で彼に委ねたものの、
協力者として活動するにせよ、敵対者として活動するにせよ、アレは存在するだけで戦局を傾けてしまう。
未来が予測できるとはそう言う類の力だ。
この力を
「ええ。あれだけ街を破壊したのです。失敗と報告する私達の信憑性は高いと踏むでしょう。これであの男がプロトダイアグラムを手にする未来は消えた」
今回の襲撃事件を鑑み、ミレニアム側は
完成させた瞬間に再び襲撃を受け、今回に匹敵する被害が発生する可能性が低くないのならば、最初から作らず封印しておくのが吉だと判断するのは自明の理。
少なくとも、ミレニアムはその類の判断力は他校と比較して群を抜けていると黒服は認識している。
リスクを無理に犯してまで、生徒を危険に晒してまで製造に踏み切ったりはしない。
何より、彼女達自身に破壊することを選ばせた。
敵の手によって破壊されたのではなく、味方の手によって破壊する。
結果は同じでも、そこに含まれる意味合いは大きく異なる。
二度と、製造されることはないだろう。
残された用は、あと一つだけ。
そしてそれも、間もなく終わろうとしている。
「あまり気乗りはしませんがね」
ため息交じりに呟きながら、無数に落ちている鉄骨を潜り、ミサカ一四五一号と早瀬ユウカの手によって破壊された建造区画を進む。
目的地は
ミサカ一四五一号の消息が、途絶えた場所。
死んではいないだろう。
早瀬ユウカとはそう言う少女だ。
ミサカ一四五一号を絶対に殺さず、かつその条件を満たした上で無力化させる。
違う側面から見れば殺しに来た相手を殺し返す度胸も無い腑抜けとも受け取れるが、早瀬ユウカに関する考察を今はする必要がないとして黒服とゴルコンダは彼女に関する思考を頭から消し去り、
瓦礫の角に頭をぶつけたのか、隆起している瓦礫のすぐ横でぐったりと気絶しているミサカ一四五一号を発見した。
「…………」
ぺち。と、ゴルコンダが杖で彼女の頬を軽く叩く。
……動じる気配は無い。
彼女の意識は、深い深い闇の底に沈み切っているのを二人は確認した。
しばらく起きることは無いだろう。
「その方が幸せですよ。不必要な痛みを知らずに済む」
懐に手をやりながら、しかし取り出そうとしていた肝心な物は彼に奪われてしまっているのを黒服は思い出す。
はてさてどうした物かと一瞬考える隙に、隣にいるゴルコンダから目的の物が差し出された。
正確には黒服が要していた物と同一の物ではなく、用途と使用方法のみが共通している物。
特殊細工を施していない、普遍的な銃。
「意外ですね。こういう物を持ち歩く姿は想像してませんでした」
「何事も予想外の出来事はつきものです。最低限の予備策は持ち歩いていますよ。こういう時ぐらいはね」
「そういうこった!」
軽口を言い合いながら黒服は銃を受け取り、安全装置を外す。
穏やかな会話をする横で、彼は冷酷にミサカ一四五一号の眉間に照準を合わせる。
「ミサカ一四五一号。あなたが観測した戦闘記録をミサカネットワークに残す訳にはいかないのです。たとえそれが、可能性の話であったとしても」
そのまま指をゆっくりと引き鉄に引っ掛け。
「許してくれとは、言いません」
銃声を一つ、響かせた。
悲鳴は上がらなかった。
身じろぎ一つ発生しなかった。
代わりに、額から真っ赤な血がドクドクと溢れた。
眠っているかのように気絶していた少女は、二度と目覚めることの無い眠りに就いた。
命が一つこの場で摘み取られたと言うのに世界は何も変わらない。
消えた事実に、気付いてすらいやしない。
「ミレニアムでの用事は全て終わりました。撤収です」
ギュッッ!! と、布袋に遺体を詰め込んだゴルコンダが促す。
ミレニアム全体がこの有様かつ、数多の少女が血を流していた以上この出血痕に疑問を持つ者はいないだろう。
ゲマトリアが彼女を手に掛けた理由は、ミサカネットワーク及び、これを介しての情報の漏洩を防ぐ為。
早瀬ユウカと交戦記録を持つミサカ一四五一号は、どのような形であれ絶対に処分しなければならない個体だった。
ミサカネットワーク。
彼女達が持つ電気操作能力を、クローン人間特有の同一振幅脳波を利用し、脳波を電気信号として発信することで意識や思考を共有する電磁的情報網。
記憶のバックアップ能力すら備える彼女達クローンは、戦術兵器として上手く利用すれば絶大な戦果を叩き出すが、扱いを誤れば途端に己の首を絞める核爆弾と化す。
今作戦において参加させたミサカ一四五一号は、予めネットワークに今作戦の記録をアップロードしないよう釘を刺した。
基本的に
だがそれはいつまでも続く訳ではない。
彼女達はロボットではない。
クローンとはいえ、人間なのだ。
人間である以上、どこかで必ず綻びが出る。
だから二人は、事前に手を打った。
ミサカ一四五一号を、当人が知らぬ内に殺害すると言う形で。
意識が戻らぬ内に、ミサカネットワークに接続されているかもしれないという可能性が生じる前に証拠を全て握り潰した。
自分達の裏切りと言う事実を。
「早瀬ユウカとの戦闘ログを現存している
彼女が生存しているというだけで全ての作戦が無に還す恐れがある。
どんな些細な切っ掛けから自分達の仕込みが白日の下に晒されるか不明な以上、処分する以外に道は無かった。
「こちらが打てる手は全て打ちましたよ先生。ここから先は先生が踏ん張る番です」
遠からず彼に降りかかるであろう過酷な運命を案じながら、黒服とゴルコンダは残骸の山となった鉄骨街を抜けミレニアムを後にする。
レールは敷いた。
必要な介入は終わらせた
残りは全て彼次第。
一方通行がどう選択するかに、運命は委ねられている。
「そろそろ彼女が追い詰められる頃合いです。ご武運を」
その転換点を脳裏に過らせ、黒服は願いを込めてそう言葉を零す。
どうか、殺されないように。と。
────────────────────
同じく、ミレニアム襲撃が起きた同日の夜。
ゲヘナ学園の北区にて、一人の少女が呆然と立ち尽くしていた。
少女の名は、天雨アコ。
ゲヘナの風紀を、守る者の一人。
そんな彼女は現在、ゲヘナ北区にある廃墟が多い区画にいた。
元々気質が荒いゲヘナ。
日頃からそこかしこで銃撃戦が始まるのが常なゲヘナであるが、こと北区の特定の区画は特にそれが顕著となっている。
ゲヘナに入学した時から、北区はゲヘナで最も荒れている地区。それがこの廃墟が乱立している区画だった。
原因は間違いなく廃墟そのもの。
既に壊されているからこそ、生徒が余計に暴れ回っている。
そんな物だから誰もここを修繕しようとしない。
したとしてもすぐに壊されるに決まっているからだ。
先代、先々代の風紀委員が北区に手を付けるのを後回し後回しにした結果、手を加えてもすぐに元通り壊されると決めつけてしまった結果、損傷は見る見る内に激しくなり、終いには校内屈指の無法地帯となってしまい。それを止める手立てもなくなってしまった。
激しい戦闘をするならまずここでと言われる程になってしまった北区に手を加えれば、過激派から一斉に攻撃を受ける羽目になるからである。
いくらゲヘナの風紀委員でも、ゲヘナ最強の空崎ヒナであろうとも、民意によって形成された暗黙のルールを打ち破るのは困難を極める。
その中でも必死に方法を模索し続けるヒナの努力は凄まじいと言う他ないだろう。
そんな場所に。
そんな地獄に。
アコは足を踏み入れていた。
ただし、その表情は絶望に染められている。
それは風紀委員である天雨アコからこの場所を守らんとするゲヘナの生徒が多数いたからではない。
「これは……こんな……!!」
ゲヘナの廃墟を、
あれだけあった雑多な建造物が全て消え去った。
崩れかけだった教会が、崩れ落ちていた飲食店が。跡形も無く消滅している。
一区画の地形を、彼女は一人で変貌させた。
何が起きたのか、等とは考えない。
アコは自発的に破壊を行おうとしたのだから。
与えられた『力』を試す為に、暴れてもあまり影響のない場所として廃墟だらけの場所を選んだ。
だから、破壊してしまった事実に彼女は表情を落としている訳ではない。
持たされた力が、あまりにも規格外すぎたことへの絶望だった。
「ッッ! ご、ふ…………」
突然、胸が苦しくなり激しく咳き込み始める。
たまらずアコは膝を突き、瞳に涙を溜めて口元を手で抑えた。
あまりの光景に身体が拒否反応を訴えたのか、それとも『力』を使用した副反応がやって来たのか。
答えは誰も、教えてくれない。
ここには、アコ一人しかいない。
「は……ッ! は……ッッ!! は……ッッッ!!」
動機が激しくなる中、震える手で、ケースに入っている錠剤を見つめる。
破壊を巻き起こした元凶となった、黒服から授かった錠剤を見つめる。
「この力は……安易に振るって良い物じゃない……!」
廃墟とはいえあらゆる建造物を根こそぎ吹き飛ばす力。
それは過ぎた力どころの話では無い。
持つことさえも、罪になりかねない力。
持っているという事実だけで、迫害されかねない力。
ゾワリと、アコの背筋が冷たさを訴える。
この力が渡された理由を思い出し、心から震える。
どんな兵器にも勝る力を、たった一人、ヘイローも持たない存在に向けようとしている。
その事実に、アコはたまらなく恐ろしさを覚える。
でも。
それでも。
止まる訳にはいかなかった。
ゲヘナが今後も進み続ける為には、彼の存在はあまりにも脅威的過ぎる。
どうにかしなくてはならない。
その考えはずっと、アコの中で今も燃え続けている。
けど、
だけれども。
これでは。
この力ではあまりにも…………。
「先生。次にあなたと出会う時、一度だけ、一度だけ手心を加えます」
故にアコは妥協点を見つける。
自分の中で、一定の線を引く。
絶対に一回目だけは、この力に頼らないと。
何があろうとも、どんなことになろうとも、最初の一回だけは使わないと制約を課す。
「ですから……お願いです。私にコレを、コレを…………ッッ!! 使わせないで下さい……!」
消え入る程に小さく甲高い声でアコは両手を合わせ、祈る様に膝を突いて懇願する。
その姿はまるで聖者のようでもあり、赦しを求める罪人のようでもあった。
少女は一人、光と闇の狭間で葛藤する。
どちらにも進める境界線に彼女は立ち続ける。
もう二度と戻れない程の闇に堕ちるのか、
それとも全ての堕落を振り切って光の方に身を寄せるのか。
瀬戸際で揺れる彼女の未来は誰にも予測出来ない。
一人では到底抱えきれない重みを背負ったアコは、ひたすら孤独に己を傷つけていく。
その痛みを誰にも知られないまま。
その苦しみを、誰とも共有出来ないまま。
────────────────────
そこには巨大な十字架があった。
何百人もの少女をまとめて磔に出来てしまうような一本の十字架と、それを収めてしまうだけの巨大な空間。
そこが、小鳥遊ホシノの居場所だった。
彼女はその十字架の上で一人、蹲り俯いている。
横たわった十字架の上で一人、虚ろに生き続けている。
彼女に自由は無かった。
十字架の上にそびえる一本の細い柱に手を後ろにした状態で縛り付けられ、身動きを封じられている。
底に畳みかける様に真っ赤なレーザーポインターが彼女の動きを常に監視しており、一つの所作すら許さなかった。
胸。
首筋。
腿。
背中。
彼女の肢体に当たるレーザーが下手なことをしたと感知すれば即座に周囲に設置された迎撃システムから嵐のような銃撃が始まる。
何もしなくとも、時間になれば実験が始まる。
もう、痛いことには慣れた。
心を、動かすことは無くなった。
虚無のまま彼女は一人終わりを待ち続ける。
それが自分に相応しい結末だと、気付いてしまったから。
助けなんて、あるはずがない。
自分が全て終わらせたのだ。
恨みこそされど、救われる存在では無い。
間違え過ぎた。
誤り過ぎた。
抱え込み過ぎた。
頼らなさ過ぎた。
そして、何もかもを失った。
当然の報いだと、彼女は嗤う。
当たり前の結末だと、彼女は嗤う。
もう表情も動かないけど、確かに彼女は嗤った。
心も、何一つ揺れ動かないけど。
生き地獄。
されど自分には相応しい。
それぐらいでなければ生温い。
果てしなく果てしなく自虐的に彼女は自身を追い詰めていく。
それが一番、罪滅ぼしをしているような気分になれるから。
それが一番、自分に対して言い訳を立てられる方法だったから。
そうじゃなければ、死ぬよりも苦しかったから。
さあ、今日は何時実験が始まるのだろうか。
半日後が、それとも数時間後か、はたまた数分後か。
時計すら存在しない灰色の世界で、自分を苦しめる為の実験だけが意識を繋ぎ止める生命線となってしまっている世界で。
「うわ、うわ。何ココ。辛気臭いにも程があるでしょ」
あまりにも場違いな、明るい声が響いた。
知らない、声だった。
「げ、何? レーザーポインターで動けば即銃撃って訳? 女の子をこんな空間で閉じ込めるなんて悪趣味も良い所でしょ。引くわ~~流石に。満足にトイレにも行けないじゃん」
快活な足音を鳴らし、こちらへ近付いて来る足音が聞こえた。
馴染みの無い、歩き方だった。
「もしも~~し。聞こえてます? あ、そもそも生きてます? いや、ミサカならこんな環境に置かれたら五分で死んじゃうから聞いたんだけどさ」
「…………、誰?」
顔を上げず、声に抑揚も付けず、淡とした音でホシノは質問する。
誰? と反射的に聞いてしまった物のその実、興味はどこにも無い。
こんな場所にやって来るのはアイツ等の関係者以外に無い以上、誰なのか。なんて聞く意味はゼロだ。
どうせ、敵だ。
「顔も挙げないとか心象マイナス五十点! 自己紹介ぐらい楽しく済まそうよってミサカは……って、あーもう! 遺伝子だか何だか知んないけど、この喋り方イヤなんだってば。はーヤダヤダ。勘弁して欲しいっつうの」
頑張ってるけど全然治んないんだよねーと勝手に目の前の少女らしき存在は話し始める。
が、ホシノからすれば彼女の相手をする必要はどこにも無い。
そう己の中で結論を出した彼女は、話しかけて欲しさが垣間見える相手に、反応を一切返さないことで返事とする。
相手にする気は微塵もありませんと、そう教える風に。
「おーい。無視? 無視なの? 失礼だなぁ、一応由来的にはミサカはあなたの妹ちゃんに当たるんだぜ。
「…………は?」
だが、聞き捨てならない言葉が飛び出した時、ホシノは久しぶりに心を動かしてしまった。
無論、苛立ちの方向に。
この少女はふざけている。
自分に妹がいる記憶は無いし、この少女について知っていることも無い。
なのにこともあろうか自分を姉と呼ぶその姿勢は、マイナス方面でありながらもホシノに僅かながら興味をもたらした。
「まあお姉さまは別にもう一人いるんだけど、というか遺伝子的にはそっちの方しかお姉さまって呼んじゃいけないんだろうけど、ミサカに限ってはあなたもお姉さまなんだよねーうんうん」
「…………さっきから何を言ってるの」
出鱈目、あべこべ。意味不明。
色々なことを喋っているのにハッキリとした情報が掴めない。
発されている言葉の意味は通じるのに、放たれた言葉全てを咀嚼しようとすると途端に意味が通じなくなる。
故に、気になってしまった。
訳の分からないことを並べる少女が、気になってしまった。
だからホシノは、顔を上げた。
そして、直後見なければ良かったと、後悔した。
「あ、やっと見てくれたって、うえ、ちょっと! お姉さま、ミサカよりかなり可愛くない!? 超美少女じゃない!? あれ、お姉さまよりこっちのお姉さまとして生まれた方がミサカは勝ち組だった可能性が一気に急速急浮上!? ちょっと落ち込んじゃうかも」
それは、自分が何の実験に参加させられてたのを知ってしまったから。
彼女がどうして、自身をお姉さまと呼ぶのかを、理解してしまったから。
ひとしきり騒いだ少女は、しゃがみ込んでホシノと視線を合わす。
茶色の短髪。
自分よりも高い身長。
少しばかり鋭い目つき。
容姿は似ても似つかない。
お姉さまと呼ばれるには、あまりに容姿が違い過ぎる。
だが。
だが彼女には、
彼女の後頭部には。
「初めましてお姉さま。ミサカは一七七三人の犠牲によって誕生した成れの果て。最低最悪の完成体」
自分と全く同じ形状のヘイローが浮かんでいた。
「
実験の意味を知る。
己のヘイローを誰かに移植する実験であったことを彼女は知る。
そこはかとない、闇に堕ちた感覚が走る。
けどそれも、もうどうしようもない。
この施設に身を預けることになった時に、一秒も早く自死すべきだったのだと今更になってホシノは気付いた。
全て、手遅れだった。
彼女は恐らく、キヴォトスにいる誰かのクローン。
そして恐らく、いや間違いなく、そのクローンにはヘイローが存在しなかった。
そのヘイロー移植の実験体として、自分が使われた。
結果、実験に失敗した大勢の個体が現れた。
失敗した数。死んでしまった少女の人数は、一七七三人。
ホシノは結果的に、間接的に。
それだけの人数を、殺す手伝いを施した。
「ぅ……ぐ…………ッッッ!!!!」
彼女の自己紹介を聞いた途端、もう無いと思っていた胃の中の液体がせり上がって来る感覚を覚える。
吐き出せる物は何も無いのに、吐き出そうと身体が訴える。
「うぇ……げぁ……ッ! ぐ、ぐ、ぅッッ! う、ぁ、あぁあ……ッッ!!」
ベシャリと、胃液をありったけ吐き出したのはその直後だった。
対し、彼女は醜態を晒したホシノを助ける訳でもなく、ゆっくりと立ち上がり。
「よろしくにゃん♪」
と、華麗な笑顔とウインクを、涙を零すホシノに送った。
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一つの物語が終わり、一つの物語が始まる。
ミレニアムの少女達は舞台を降り、別の少女達が舞台に上がる。
継続して立っているのは、一方通行ただ一人。
藻掻き、足掻き、苦しむ少女達を舞台の端で見ているだけしか出来なかった彼は、その全員が舞台を降りたことによりとうとう中心に置かれる。
主役として。
主軸として。
象徴として。
もう逃げ場はどこにもない。
ギチギチに縛られた怨嗟の鎖が、どこにも彼を逃がさない。
始まる。
始まってしまう。
一方通行の物語が。
とある最強の物語が。
それは何処までも、何処まで行っても。
血を流すことでしか世界を表現できない物語。
血でしか語れない物語。
この世界に安全地帯は存在しない。
彼は決して、憧れている地点に到達出来ない。
だからこそ手を伸ばす。
可能な限り成し得るように。
最大限を尽くせるように。
その手で誰かを守ろうと、必死に必死に手を伸ばす。
金と野望。
敵対と協調。
荒廃と砂漠。
シャーレとアビドス。
対策委員と風紀委員。
クローンとヘイロー。
秘められた力と解放された力。
神秘渦巻くキヴォトスの地で科学と魔術が交差する時。
砂漠と化してくアビドスの地で、救われぬ者を救う物語が始まる。
数多の情報が最後にドバっと押し寄せる大洪水でしたが、パヴァーヌ前編、これにより完結です!
長かった、ですね。七か月ぐらい書いたんじゃないでしょうか。凄い長い!
皆さん良く読んで下さいます! 感謝です! 感想、凄く励みになります。
しかし本編は重いんですね、これが。
情報の開示が早いように思えますが、全四章しか無いと考えるとまあまあのペースだったりするんじゃないかなと思っております。
今回の設定、交差個体に関してですが、これを本来はとあるコラボが起きる前に出したかったんですよね。
どういう訳か御坂さんや佐天さんにヘイロー生えちゃってたの、苦しかったです。
後出しになる前に出したかったのが本音です! もう少し筆が早ければ!!
次回からはアビドス編!!! ……の前に少し幕間を挟みます。
二話ぐらい書きたいですね。
久しぶりにはっちゃけた話が書きたくなってしまいました。
お付き合いくだされば幸いです。