どうしてこうなった。
一方通行はそう思わざるを得ない。
何が切っ掛けでこうなったのか。
そもそも最初からこうなる運命だったのか。
今となってはどうでもいいことだ。
決定的なターニングポイントがあったのかもしれないが、過去を悔やんだ所で未来は変えられない。
今起きている騒動を、収めることは出来ない。
「先生! いい加減決めて下さい! これ以上私の心を弄ばないで欲しいです!」
「そうです先生! そろそろ限界です! ちゃんと選んでください!」
ズズッッ!! と、一気に距離を詰めて選択を迫る少女が五人。
鬼気迫る表情を前にして、現実逃避することしか出来ない人間が一人。
言わずもがな、一方通行のことである。
「大丈夫ですわ先生! 先生の気持ちは分かってます! さあ! 一番欲しいのはハルナだ。と高々に叫んで下さい!」
「先生……。その、これでも、頑張ったんだけど……やっぱり私は、ダメ……?」
「あなた様……! このワカモ、信じておりますわ……! あなた様が手を取るのは、ワカモであると……!」
自分が一体何をしたのか。
もしくは何がいけなかったのか。
そもそもいけないことをしてしまったのか。
頭の中で何度も何度も洗い出しをしてみるが、何回やっても納得出来る決定的な答えは出ない。
どう考えても何も悪いことをした覚えがなかった。
果てしなく無罪であると一方通行は主張出来た。
少なくとも自分の中ではそう言い切れた。
かといって無実だから俺は悪くねェと少女達を突っ張る真似も出来なかった。
少女達の頑張りを知っているからこそ、一方通行は無下に出来ない。
と言うか、この中から一人を選べばその瞬間に何かが終わる予感があった。
拭いきれないイヤな予感が、彼に選択肢を選ぶと言う選択を与えない。
その結果、彼は確実に追い詰められていく。
その繰り返しの果てが、今の状況だった。
思い返している間にも、少女達の問い詰めは続く。
めずらしくたじたじとなっている彼に、一方通行に容赦なく少女達は詰め寄る。
椅子に座る一方通行に、少女達は一斉に両手を彼目掛けて差し伸べ、最後の決断を彼に迫る。
「「「「「さあ!!! 先生(あなた様)は誰のお弁当を持って行くん(の)です(か)!?」」」」」
勘弁しやがれ……。と小声で呟いた彼の言葉は誰にも届かない。
どうしてこうなったんだ。
俺が一体何をしたんだ。
一瞬だけ静寂を取り戻したシャーレのオフイスで、一方通行は今日の出来事を思い出す。
平和だった筈の朝の出来事から今に至るまでの過程を、爆速で再生し始める。
この状況を打破する切っ掛けを、再び探る為に。
始まりは今より数時間前。
アビドスへ出発する当日の朝、一方通行が朝早く目が覚めた所から始まる。
────────────────────
「~~~~♪ ~~~~~~♪」
扉の奥から軽快な声が聞こえる。
聞こえ方から察するに、鼻歌のようだった。
朝、一方通行が目覚めた時に最初に聞こえたのがそれだった。
「…………。あ、ァ……?」
音に起こされる形となった一方通行は、寝ているベッドから一歩も動かず頭の位置も動かさず、目線だけ時計の方へ合わせる。
寝ぼけ眼の為時間を確認するのに数秒を要した後、時刻は六時半を回った頃合いであることを確認し、クソッタレが気怠げに呟いた。
普段起きる時間より三時間以上早い。
もっと言えば、この時間にオフィスから声が聞こえた事象にふざけンなと思わず零す。
普通、こんな時間から隣の部屋から音がすることはあり得ない。
一方通行の寝室はシャーレのオフィスの隣。
そしてオフィスが動き始めるのは九時を過ぎてからが基本。
これの意味する物はたった一つしか存在しない。
つまり、こんな朝早くからシャーレに顔を出している物好きがいる、ということだった。
(誰だ……? こンな朝っぱらからシャーレにやって来る馬鹿は……)
オフィス及びシャーレの出入り口は一方通行が不在の時以外は基本的に開けっ放しである。
こうなってしまったのは全て彼が仕事開始である九時になっても惰眠を貪っている日が非常に多く、彼を起こす必要があると言う生徒の要望により開けっ放しになったのが原因なのだが、今回はそれが裏目に出ている形となってしまっていた。
惰眠をもう一度貪ろうにも二度寝をする気分にもなれなかった彼は仕方なさげにベッドから起き上がる。
チョーカーの充電が完全に回復しているのを確認し、学園都市にいた頃から愛用している白を基調とした逆三角の模様が入った普段着を着込んだ一方通行は、迷惑者は誰なのか確認するべくオフィスに入り。
下の階で入院している筈のユウカが台所に立ってるのを一方通行は見つけた。
「~~~♪ ~~~~♪」
鼻孔をくすぐるいい匂いが台所から立ち込めているのを嗅覚が教える。
トントントンと小気味良い音が規則的に響き、かと思えばパタパタと忙しなく少女は台所内を動き回っているユウカを見て、一体何をやっているのだろうと考えるようなバカは基本いないだろう。
彼女は絶賛料理中だった。
とてもいい笑顔で、嬉しそうな顔を浮かべて手料理を振るっていた。
制服の上にエプロンをつけ、髪をいつものツーサイドアップではなく、邪魔にならないようにする為なのかポニーテールに仕上げているユウカの後ろ姿を見る一方通行は、普段見たことの無い彼女の姿にドキリと心を揺れ動かす。なんてらしくない仕草をする訳でもなく、この状況自体に困惑の表情を浮かべていた。
ユウカは現在入院中の身。
医者からは安静にして下さいと言われている立場。
昨日から動いている様子を見ているのでもう何も言うつもりはないが、ユウカの安静にする気完全にゼロの姿勢に一方通行は嘆息してしまう。彼女は自分が怪我人であると言う事実を忘れたのだろうか。
そもそもどうしてこの朝から台所で料理をしているのか。
素朴な疑問が彼の脳内に立ち上がり始めたタイミングで。
「あ、先生! おはようございます!」
先の嘆息が聞こえたらしく、振り返ったユウカから快活感溢れる声が放たれた。
底なしの明るさを振り撒くユウカとは裏腹に、寝起きの一方通行はオフィスにいるのが彼女だと分かって気が抜けたのか、気怠そうに欠伸をしながらもう一度嘆息した。
「何やってンだァ……? オマエ……」
「何って。お弁当ですよお弁当。先生今日からアビドスに数日出張じゃないですか。だったらお弁当作って、力付けてあげたいなって思っただけです」
残った材料でついでに朝ご飯も作っちゃいましたけどね。と、嬉しそうに言うユウカを尻目に台所を覗いてみると、お味噌汁や卵焼き等が並んでいる。
確かに朝ごはんらしい物が出来上がっているが、ぶっちゃけて言えば明らかに残ってる材料で作られた物では無かった。
どう見ても朝ご飯用に新たに材料を拵えているのが丸わかりである。
もっと言うと弁当の残りで味噌汁は普通出来ない。
要はユウカの妙に凝り性な成分が遺憾なく発揮された状況だった。
「もう少しで豚の生姜焼きも出来上がるので待っててくださいね。あ、来客用のデスクに座って下さって大丈夫ですよ。適当に片付けて拭き掃除もしたので」
「朝にしちゃ多すぎるだろ……。食いきれる量じゃねェな……」
「でも先生はお肉が無いとテンション上がらないタイプじゃないですか。それに半分は弁当に入れるんです」
「いやそりゃそォだが朝までは求めねェよ。そもそも滅多に朝は食わねェしなァ」
「私も一緒に食べますからそんなこと言わずに食べましょうよ。病院食じゃ食べた気がしないんですもん」
「実はそれが目的で、弁当は口実だってことが良く分かる一言だ」
違いますよ本心でお弁当を作ってますと反論するユウカにどォだかなと茶化しつつ、一方通行は大人しく椅子に腰を下ろす。
学園都市と言う最先端科学の街でそこそこの期間、入院生活を送ったことがある彼も結局はファミレスに足を運んでいた過去がある以上ユウカの気持ちが分からなくも無い。
見ている感じ五秒後にバタっと倒れそうな雰囲気も無いので、彼女の好きにさせるのが正解だろう。
既に出されていたお茶に口を付けながらそんな感想を抱いていた瞬間。
「先生おっはよーーー!!! ミドリが先生の為に弁当作ったんだっ…………ってユウカがもういる!?!?!?!?!?」
「お、お姉ちゃん! まだこの時間は先生は寝て……って、起きてる!? あれ!? まだ七時にもな…………あ、れ、ユウ……カ……!? 何でこんな朝早くに……!! え!? この匂いは、まさか朝ごはん……!?」
バンッッッ!!! と、勢い良く扉を開けて双子の姉妹が元気よく入室して来た。
かと思うと、オフィスでユウカが朝ご飯を作っているのに気づいた二人は、思考を言語化出来なかったのか途切れ途切れにそれらしい単語を並べた後、これはまずいよ!! と、何かをまずいと思ったらしいモモイが叫びながらミドリの肩を掴み、ヒソヒソと小声で作戦会議らしきものを始めた。
「ほら言ったじゃん!!! ユウカのことだからこんな美味しいチャンス逃す筈が無いよって!! 皆に牽制する目的で朝早くからご飯作ってるじゃん入院の立場を最大限利用して!! しかも見て! ポニテにエプロン! 出来る女アピールだよギャップ作戦だよ今日のユウカは本気だよ!!」
「ここまでするなんて思わないじゃん!! うぅ……先生を起こさないようにしようってシャーレの
厨房を借りたのが裏目に出るなんて……!!」
「悩んでる時間は無いよ! ユウカは絶対先生を誘惑しようとしてる! このまま撤退じゃミドリの完敗になっちゃう!!」
わざわざ制服に着替えてミニスカ生足アピールも万全。料理に集中してるって名分を使って、先生にどこをどう見られても気付かないので好きな所見て下さい状態だよしかもいつもよりスカート短くしてるよ何もかもが抜け目ないよ卑しいよあの太ももお化け。
会話をするにつれテンションが高くなっているのか、それとも元々小さい声で喋れる性分ではないのか、気付けばもうヒソヒソを通り越した普通の音量でモモイはミドリに持論を捲し立て始めていた。
この場にいるのがモモイ、ミドリの両名だけならばそれでも問題は無かったかもしれないが、悲しいかなこのオフィスにはユウカと一方通行が存在する。
つまり、先の会話はバッチリとユウカに届いてしまっていた。
太ももお化け。モモイがユウカのあざとい手口を指してそう表現した途端、ヒュッッッ!! と、モモイの頭目掛けて目にも止まらぬ速さでキッチンタイマーが飛来する。
「んぎゃうっっ!?」
「聞こえてるわよモモイ。あと私包丁握ってるんだから悪口言わない方が良いと思うけど?」
脅しにしては少々物騒が過ぎる発言を残しながらユウカは弁当作りと朝食作りを並行で進めていく。
こめかみにキッチンタイマーが直撃したモモイは涙目になりながらぬぐぅぅううう!! と、悔しそうに腕を上下に振り回している。
何処からどう見ても誰が聞いてもモモイが完全に悪い以上一方通行は何も言わない。
もっと言えば、先程モモイとミドリによる中々に危ない会話は一方通行にもバッチリ届いていた。
結果一方通行はユウカが考えていたであろう内容を全て知ってしまったのだが、彼は特にリアクションを起こしたりはせず、興味無さげに息を吐く。
その態度にピクッッ。とユウカが反応したのだが、そこについて気付くことは出来ない。
そんな二人の様子を横目で見ていたモモイは痛むおでこを押さえつつ、ピンと人差し指を立ててミドリに助言を零す。
「と言うかさ。ミドリはもうちょっと露出すべきだと思うよ。短パンじゃなくて短いスカートとか履いたりしてさ。ただでさえ強敵が揃ってるんだし」
「強敵? そりゃユウカは強敵だろうけど他に誰が——」
「おはようございますわ先生!!! 先生がアビドスと言う地区に数日出張に行くと聞きこのハルナ。恥ずかしながらお弁当を作って参上いたしました!!! って、あら? あらあら?」
「ねえ、入り口で騒いで無いで早く中に入って……っ……。朝から結構な大所帯ね」
「……ほら、強敵登場だよ」
「うん、そうだった。ヒナさんはそうだった。でも知らない人もいるんだけど……」
空崎ヒナ。
ゲヘナにいる筈の少女が七時にもなっていないこの時間帯に、もっと言えば今日はシャーレに用事が無い筈の彼女が顔を出したことによってミドリは納得したかのような声を出す傍ら、ハルナの方に視線を移す。
呆けた表情を浮かべるミドリが、今何を心に思い浮かべているか一方通行は知らない。
対し、一方通行はハルナとヒナの突然の来訪にもう驚きもしなかった。
流石に三回目ともなれば慣れもする。
ハルナの発言からシャーレに顔を出した理由はユウカ、ミドリと同じ。
であるならば、当然彼女もそうなのだろうなと、一方通行は共にやってきたヒナの方に視線を向け。
「…………。……、今日は人が多そうだし、また日を改めて顔を出すわね」
暗い表情を浮かべた後、手に持っていたであろう何かを背中で隠してそそくさと去ろうとしている様子を一方通行は目にした。
「…………」
別に頼んだ訳ではない。
そうしてくれと誰か一人でもお願いした記憶はない。
なので別に彼女がソレを持ち帰ろうとも一方通行にとって不利益はない。
帰らしても問題は無い。
とはいえ。
とはいえだ。
そのまま帰らせるのが正解なのかと言われれば、心は否だと答えてる。
だから。
「ヒナ」
気付けば彼の口は自然と彼女の名を呼んでいた。
俯き、踵を返して帰る寸前だったヒナの動きが止まり、再び彼がいる方へ、オフィスの方へ身体を向ける。
「俺は一度もオマエを迷惑だとか思ったことはねェ。だからンな顔してねェでさっさと入って来い」
「……っ! で、でも……!」
「俺がオマエを帰したくねェ。これが理由じゃダメか?」
「うっっっっ!!! だ、ダメ……じゃ、ない」
反射的に言い放ってしまった言葉と、その内容の大胆さに瞬く間に顔を赤くしてしまったヒナは、ちょこちょこと可愛い足取りでオフィスに入室した後。ポスンとソファに座っていた彼の隣に腰を下ろす。
あまりにもナチュラルに座ったので一方通行は一瞬面食らったが。
「では私はその反対側に」
立て続けにもう片方の隣をハルナが持って行ったことで驚きは忽ち嘆息に変わった。
「……ハルナ。一応聞いてみるが、俺の隣にわざわざ座る意味があったか?」
「私が嫉妬したからですわ!」
何に。とは聞かなかった。
どうせ彼女のことだから面倒な言い回しをするに決まっている。
ハッキリと宣言する彼女の凛とした表情を見てその確証があった一方通行はそのことについて特に掘り返さず、その視線をハルナが持つ弁当箱に落とす。
「つゥか、俺がアビドスに行く情報どこから仕入れやがったンだァ? ハルナやヒナには喋った記憶がねェぞ」
「私が告げ口したんです。ヒナさんとハルナさん。そしてワカモさんに」
「あァ? なンでまたそンなことを」
「良いじゃないですか別に。気紛れです」
「確かにそォかもしれねェがよォ……」
ハルナとの会話に割って入り、事情を勢いのまま話すユウカに一方通行は無理やり納得させられた感を覚える。
話すのは良いとしても、何でこの人選なのだとかそういう聞きたかった物を、全部良いじゃないですかの一言で片付けられてしまった。
気紛れですと付け加えるように言われてしまえばもうそれ以上深く言及出来ない。
「先生はモテますなぁ。うんうん」
「うんうんじゃないよ! 当事者としてはライバル多いの凄く困るんだけど!!!」
感心するかのように頷くモモイと、感心してる場合じゃないよモモイに噛み付くミドリの声が聞こえる。
「あぁ……。折角のアドバンテージが全部ゼロだ……。でも出遅れにならなかったと考えればマシ……? うぅ……私だけがお弁当を上げたかったのにぃ……!」
「まあまあ、これも修行だよミドリ。それじゃ私はこの辺で病室戻っとくね。そこそこな時間ここに居ても良いからね。むしろ六時間ぐらい帰って来ないでね」
やることはやったしと言い残してモモイは意気消沈しているミドリを置いて彼女の病室へと戻り始める。
去って言った彼女の後ろ姿をミドリは見届けた後、おもむろに携帯を取り出し。
「もしもし。あ、ユズ? もうすぐお姉ちゃんが戻るけど、絶対私のベッドで寝るつもりだろうから何が何でも寝かさないでね。アリスちゃんにも伝えといて。エナドリ飲ませて休ませないで」
モモイの思惑を事前に潰すミドリの姿がそこにあった。
直後、お弁当が出来上がりましたよとユウカの声が一方通行に届く。
振り返ればエプロンを解いたユウカが立っており、持っている弁当箱をほら。と彼に向けて中身を披露してみせた。
先程焼いていた生姜焼きと卵焼き。副菜にほうれんそうと、彼の好みを考慮しつつバランスの整った内容
に仕上げている。
ほうれんそうがあるのは如何ともし難かったが、それ以外はシンプルに食欲がそそられるな。と、一方通行は意外と料理が出来ると言うユウカの新たな一面に笑みを覗かせた途端。
「先生!! アビドスに今日から出張だろ!! ならあたしの弁当を持って行きな!!!」
オフィス全体に広がる馬鹿デカイ声量が轟いた。
次から次へと忙しないなと思いつつも一方通行、及びオフィスにいた全員が声に引っ張られ、出どころの方へ視線を向けるとメイド服に身を包むちっちゃい少女が一人。
オフィスの入り口で仁王立ちの姿勢で佇む美甘ネルがそこにいた。
「良いか! 弁当に必要なのは質じゃなくて量!!! もっともあたしに掛かれば質も完璧! 味に文句は言わせねえ!! 美味さで黙らせるのがあたし等一流メイドの流儀だ!! 先生がアビドスに行くってんならこれぐらいの物は食って力を付けて貰わねえとなあ!!!!」
パチンッッ! と、指を鳴らす。
するとその音に合わせてアスナ、カリン、アカネの三人が颯爽と登場し。
バンッッッ!! と、十段重ねの横の面積も縦の面積もちょっと大きすぎるお弁当がお出しされた。
「…………オイ、美甘?」
弁当という無言の存在から発される異常な圧に一方通行がたじろぐ。
ちょっと、いやかなり引いた姿勢を見せる一方通行の反応もどこ吹く風とばかりネルは自信満々そうに口角を吊り上げ、アスナ!! と、ネルが彼女の名前を叫ぶ。
はいは~い。と呼ばれたアスナは応答しながら、予め指示されていた通り弁当箱の蓋を開け、一番上の中身を一方通行らに勝利宣言かの如く披露を始める。
中は最高級ランクの牛肉を使用してると思わしき輝きを放つ焼肉が所狭しと並べられていた。
白米等の要素は一切なく、箱一杯に輝きを放つ焼肉が美味しさを主張し、ただこれでは色合いが少々アレかなと思ったのか申し訳程度のお漬物が端に少しだけ添えられている。
しかしハッキリ言って焼け石に水も同然だった。
重量感を何一つ拭えていなかった。
そしてそれが十層に及ぶ弁当の一層目だった。
つまりネルが用意した弁当は、そう言う弁当だった。
「一段目は焼肉。二段目はから揚げ。三段目は豚カツ。四段目はハンバーグ。五段目は焼き鳥。六段目がや焼き豚! 七段目は焼き飯、八段目は炊き込みご飯、九段目は白米! そして最後の十段目には食後のフルーツ! どれもこれもあたし等が用意出来る最高級の食材で料理させて貰った。さあ先生! 持って行ってくれ!!!」
完璧で最高の仕事をしたと言わんばかりにネルは胸を張っているが、肝心の一方通行は未だドン引きの姿勢を崩せていない。
いつ料理したんだとツッコミを入れたくなる程に弁当はボリュームたっぷりだった。
どう考えても絶対に食いきれない量だった。
と言うか、聞いてるだけで胃もたれを起こしそうな程の物量だった。
普通に持っていける訳がなかった。
なので一方通行は
「角楯、一ノ瀬、室笠」
立て続けに三人の名を呼び。
「美甘を連れて退場」
無慈悲にもレッドカードを掲げた。
直後、カリンとアカネがネルの右腕と左腕を掴み持ち上げ、残ったアスナが弁当を回収する。
あまりにも綺麗な役割分担と手際が良すぎる流れだった。
具体的に言えば、三人が三人共この展開を予想してたかのような動き方だった。
「ふざけんな放せ!! まだ終わってねえだろ話は!」
「リーダー。あれはやりすぎ。諦めて今日は帰ろう」
「今日しか渡す場はねえじゃねえか!!! 待て待て待ちやがれシャーレから出て行こうとするなあたしは一応入院中だ!!!」
「言い訳にしては中々ですけど残念ながら部長は今日だけの一時退院です。うふふ。お弁当はミレニアムで頑張ってる人たちに振る舞いましょうね~」
「ご主人様! 何処へ行っても無茶だけはしないでね!!」
約束だよと叫ぶアスナの声と、未だ抗議を続けるネルの声が遠くなっていく中、一つの嵐が去ったなと一方通行が胸を撫で下ろす。
その矢先。
「つまり今度は私のターン。と言うことかな先生──」
「退場」
ネルが引っ張り出されて行ったのを待っていたかのように、一体いつからいたのか、白石ウタハがどこからともなく登場するが、一方通行は彼女を一瞥すらせず容赦なくレッドカードを突きつけた。
「まだ何も出してないし話すらしていないじゃないか!? ちょ、ちょっと待ってくれ先生!! そんな! 私の出番が五秒で終わるのは流石にあんまりすぎやしないかい!?!?」
「白石。退場」
「話を聞いてくれる気がゼロなのはどういうことかな!!???」
問答無用の即答速攻即退場を勧告されたウタハが腕にしがみついてもおかしくない勢いで一方通行に異議申し立てを行い始める。
その勢いのまま彼女は弁当箱を取り出し、一方通行に猛抗議を始めようとした直前。
「お邪魔しますわあなた様。っと、失礼」
入り口で陣取っているウタハの横を通り抜ける様にワカモが入室してきた。
その手にはやはりと言うか当然というか、お弁当らしき包みがぶら下げられていた。
ユウカが言っていた通り、彼女にも話を通していたらしい。
「あなた様が数日の間出掛けると聞きまして、その、僭越ながら……お、お弁当を、作って、ま、参りまして……! 出来れば数日分作ってあげたかったのですが……保存の観点から不可能で。せめて今日のお昼だけでもと……その……!」
「言わなくても分かってる。作ってきてくれたンだろォ? とりあえず中入って適当にくつろいどけ」
「ッッ!! は、はい!!」
嬉しそうな顔を浮かべて颯爽とオフィスへ入っていくワカモを見届けた後、さてと一方通行は今一度ウタハの方へと顔を合わせ。
「白石。退場」
冷酷な宣告を彼女目掛けて告げた。
「おかしいッッ!! 話の流れがおかしいッッ!! え、今の災厄の狐だよね!? 災厄の狐はアッサリ通すのに私はダメなのか!? ちょっと待って私そんなに悪いことした!? 私の存在は災厄の狐以下なのか!? そこまで驚異的なのか!?」
「うン。オマエの料理は何が入ってるか皆目見当もつかねェ。食材か弁当箱が何かに改造されてると考えるのが普通だろ。なので退場」
「そ、そんなイチャモンで終わらせてたまるものか! が、頑張ったんだぞお弁当! 慣れない物を作ろうとして結果ちょっと変な機能が搭載されたお弁当箱になってしまったがせめて見るだけでも見て欲し──」
「残念お話はここまででェす。あと発言内容が完全にアウトですお疲れ様でしたァ」
問答無用とばかりにポケットに忍ばせている『シッテムの箱』を叩き、アロナを起こす。
直後、ガシャンッッ!! と、アロナがシステムを起動しオフィス入り口のドアが硬く閉じられた。
間を置かず、パカッッ!! と、彼女が立っていた床が開き、その下に設置されたシャーレの外まで一直線の滑り台へ彼女を強制的に招待し始める。
「あ、ぁああああああああああああああああッッッ!? す、すべりだっっっ何でこんな機能がああぁああああぁぁぁぁぁぁぁ……………………」
「出禁機能実行。今から二十四時間の間白石さンはシャーレに出入り禁止でェす。大人しくお引き取り下さァい」
一気に声が遠くなっていくウタハに別れの挨拶を済ましながら一方通行はアロナに指示し、閉じた扉を再び開けさせる。
平穏な世界が広がっていた。
そこにはもう誰もいない。
「シャーレに一度でも来たことある生徒を個別指定し排除するシステムっておかしくない? 普通外敵を排除する方向にしない? 生徒の方が危険度的には大きいの!?」
「ヒナ。世の中は綺麗事ばかりじゃァねェンだ。時には面倒な奴を相手にするより身近な奴をスルーする方が大切な時もある」
「何回か使ったような口ぶりね……」
「ヒナには使うこたァねェだろォから安心しろォ。そもそも基本的には使わねェ。本当に面倒な時だけ使うよォにしてるからなァ」
つまりさっきのやり取りは本当に面倒だったんだ……。と、小さくツッコミが入るが、一方通行は聞こえなかったことにしつつ改めてオフィスにやって来た少女達を一瞥する。
その数五人。
早朝も早朝だと言うのに随分と大所帯な有様だった。
加えて目的が共通し、かつここまでの人数になったのは全て偶然だというのも凄まじい。
それも含めて、彼女達全員に対し物好きと彼は評する。
たかだか数日いなくなるだけな話なのに、わざわざ駆けつけて弁当を作る。
ユウカとミドリは怪我を押して。
ヒナとハルナ、ワカモは遠くからわざわざシャーレまで出向いて来て。
一体何時に起きて弁当を作り始めたのか。
普通ここまでしないだろ。と一方通行は素直に思う。
無論。彼の推測は正しい。
普通の少女はここまでしない。
ユウカ、ミドリ、ワカモ、ヒナ、ハルナの五人もそれは例外では無い。
彼女達だって、普通ならばここまでしない。
あくまで。
あくまで彼だから。
あくまで先生だから。
あくまで一方通行だから。
彼女達は眠い眼を擦って早起きし、彼の為に弁当を作り上げた。
その意図を残念ながら彼は汲めない。
秘められている想いに気付く素振りすら見せない。
それでも、気持ちだけはしっかりと彼の胸に届いた。
無下にしてはならないと、心で感じた。
なので彼は仕方ねェなとボヤキつつ、俺の胃袋はデカくねェンだよと文句を垂れつつ、全員のお弁当を受け取ろうと決意した矢先。
「で、あなた様はこの五人の中から誰のを持って行くんですか?」
「…………は?」
特大級の爆弾がワカモから放り込まれた。
刹那。周囲の空気が変わったのを一方通行は肌で感じ取る。
「ちょっ! ワカモさん!! そういうつもりで呼んだ訳じゃないわよ!? あくまで抜け駆けはしないでおきたかったから呼んだの!! ひ、一人だけを選ばせるなんてそんなつもりじゃ……!!」
慌ててユウカが弁明を始めるが、こうなった時のワカモはもう止まらない。
一方通行は、彼女の性質を知っているからこそ断言出来る。
ユウカは人選をミスったと。
少なくともワカモだけは外すべきだったのだ。
何を以てワカモを呼ぶことを決意したのかは知らないが、彼女だけは呼んではならなかった。
一度暴走を始めたワカモを止めるのは、至難の業なのだから。
「それは自信がないからですわよね。私はありますわ。このとっておきのから揚げ弁当で先生のたった一人になれる自信が」
ワカモのそれは張り合いでは無く、どちらかと言うと宣言に近い。
そしてだからこそ、彼女の一言はユウカ、ミドリ、ヒナ、ハルナの四人を焚きつけてしまう。
「それとも、皆様は無いのですか? 私に勝つ自信が。まあ当然ですね。だって皆様、勝負する気が最初から無さそうなんですもの」
カッチーーーーーーンッッッッ!!!!
そんな音が四か所から聞こえたような錯覚を一方通行は覚えた。
一方通行からすればたかが弁当の話に過ぎないだろと言いたくなるが、もう遅い。
導火線に、完全に火が付いてしまっていた。
「じょ、上等じゃない!!! 受けて立つわよその勝負!!! 先生!! 私の生姜焼き弁当!! 先生の為を思って作りました!! 私のを選んで下さい!」
「わ、私も! 先生が好きなハンバーグ。頑張って作りました!! ゲームみたいには上手く出来なかったですけど! ちゃんと美味しかったです! 私のにしませんか!?」
「先生。味は拙いかもしれないけど、先生は私が作った酢豚弁当を選んでくれるって、信じてるから」
「うふふふふ、美食で私に勝負を仕掛けたことをたっぷりと後悔させてあげますわ! 先生! 美食を求める私は作るのも一切妥協はしてませんわ! 先生の為を想って作った鳥の照り焼き弁当。きっと先生のお口に合うと誓いますわ!」
「さあ先生」
「先生!」
「先生」
「あなた様」
「先生!」
「「「「「一体誰のを選ぶんですか!?!?」」」」」
どうしてこうなった。
一方通行はそう思わざるを得ない。
何が切っ掛けでこうなったのか。
そもそも最初からこうなる運命だったのか。
今となってはどうでもいいことだ。
決定的なターニングポイントがあったのかもしれないが、過去を悔やんだ所で未来は変えられない。
今起きている騒動を、収めることは出来ない。
「先生! いい加減決めて下さい! これ以上私の心を弄ばないで欲しいです!」
「そうです先生! そろそろ限界です! ちゃんと選んでください!」
ズズッッ!! と、一気に距離を詰めて選択を迫る少女が五人。
鬼気迫る表情を前にして、現実逃避することしか出来ない人間が一人。
言わずもがな、一方通行のことである。
「大丈夫ですわ先生! 先生の気持ちは分かってます! さあ! 一番欲しいのはハルナの弁当だ。と高々に叫んで下さい!」
「先生……。その、これでも、頑張ったんだけど……やっぱり私は、ダメ……?」
「あなた様……! このワカモ、信じております……! あなた様が手を取る弁当は、ワカモのであると……!」
自分が一体何をしたのか。
もしくは何がいけなかったのか。
そもそもいけないことをしてしまったのか。
頭の中で何度も何度も洗い出しをしてみるが、何回やっても納得出来る決定的な答えは出ない。
どう考えても何も悪いことをした覚えがなかった。
果てしなく無罪であると一方通行は主張出来た。
少なくとも自分の中ではそう言い切れた。
かといって無実だから俺は悪くねェと少女達を突っ張る真似も出来なかった。
少女達の頑張りを知っているからこそ、一方通行は無下に出来ない。
と言うか、この中から一人を選べばその瞬間に何かが終わる予感があった。
拭いきれないイヤな予感が、彼に選択肢を選ぶと言う選択を与えない。
その結果、彼は確実に追い詰められていく。
その繰り返しの果てが、今の状況だった。
思い返している間にも、少女達の問い詰めは続く。
めずらしくたじたじとなっている彼に、一方通行に容赦なく少女達は詰め寄る。
椅子に座る一方通行に、少女達は一斉に両手を彼目掛けて差し伸べ、最後の決断を彼に迫る。
「「「「「さあ!!! 先生(あなた様)は誰のお弁当を持って行くん(の)です(か)!?」」」」」
勘弁しやがれ……。と小声で呟いた彼の言葉は誰にも届かない。
その結果どうなったかの未来もまだ決まらない。
これは一方通行がアビドス高校へ出発する当日の朝の出来事。
繰り広げられていたのは、いつも以上に賑やかな日常。
シャーレのオフィスは、今日も平常運転。
一方通行がいる世界は、今日も光に溢れている。
余談だが、一方通行は騒動が終わった後、しっかりとユウカの朝ご飯を食べた。
ただ、ユウカを除いた四人の視線の重さに、中々食材が喉を通らなかったという。
あと一話だけパヴァーヌを頑張って五十話でパヴァーヌ完結にした方が恰好が付いたなと終わってから後悔しております。
五十話記念が幕間で良いのか? 良いんです。頑張ったことが大事。
本編と幕間の差が激しすぎて風邪引きそう? 私の書く幕間は概ねこんな感じなので慣れた方が良いです。
そんな感じで書き上げた幕間ですが、手を付ければ意外と難しい。
何が難しいってプロットを全く組まず。やりたいことをやりたいまま本能で書いてるせいで逆に苦しむ羽目になってます。
流れに乗せるまでが難しいのです。でも楽しいのですよね。シリアス一切無しのコメディ路線。
そのお陰で何名かキャラが若干崩れているのですが、ギャグということで受け止めて頂ければ。
とはいえ本編に一切関係が無いかと言われればそうではないのです。具体的に言うとアビドス編初日はヒナがシャーレにいることがこの話によって確定されました。だから何だと言われればそれまでなのですが、一応、一応ね。
もう一つ本編に絡む設定として、五人が一堂に会したのはこれが初めてなのです。
ハルナはミドリと初対面。
ヒナはワカモと初対面。
ミドリはハルナとワカモが初対面。
ワカモはミドリ、ヒナと初対面。
ユウカだけが全員と面識有りでした。
果たして仲良く出来るんでしょうかね彼女達。いや、ある程度はして貰わないとこちらが困るんですが。
次回もお遊び話です。キャラが今回よりもさらに崩れます。
五人を中心にシャーレでわちゃわちゃするお話となっております。
もうしてる。と言われたらそれはそうなんですけども!!!!
…………。幕間ぐらいは早く書きあげたいなぁ。