ゲヘナで行われるカイザーコーポレーションのオークション。
カイザーが開発した兵器等を宣伝するための場として設けられたオークションは当然ながらゲヘナは容認しない。
故にその場所は人目に付かない場所で行われる。
その会場が地下で行われることを突き止めたアロナにより難なく会場に辿り着いた一方通行はしかし、怪訝な表情を浮かべていた。
「警備が誰もいねェな……」
周囲を見渡してもこの会場に注意を払っていると思わしき機械や兵が誰も居ない。
それを当然と取った方が正しいのか異常と取った方が正しいのか。正解を出すことは出来ない。
ゲヘナに警戒されない為に警備を敢えて置かない選択は取ってもおかしい物ではなく、逆に数人の見張り役すら用意されていないのもおかしいからだ。
この状況を前にして一方通行は会場前の入り口で僅かな時間逡巡する。
見張り役がいないのなら、カイザーはゲヘナによる突発的襲撃が発生した場合、それを事前に察知することは出来ない。
中には当然監視カメラ等はあり、途中で気付く事は可能なのだろうが、中に突入されるまでの時間稼ぎを外側から出来ないというのはカイザーとしても懸念すべき事項であるのは確かだ
そこまでのリスクを負って警備を配置しないということがあり得るのかと、そこまで考えた所で。
「都合が良い。と、考えるしかねェか」
入るまでの面倒な手順が全て無くなったと前向きに捉えた方が良いとして、トランクを押して一方通行は会場へと入っていく。
中は驚く程静かで、誰かがいると思わしき気配は感じられなかった。
冷たい空気だけが支配する地上一階のフロアから地下へと続く階段を見つけ、手すりを頼りに降りて行く最中、一方通行は目線を動かさず監視カメラの台数を調べていく。
一つフロアを降りるだけで、四つ程彼は見つけた。
(外からの不法侵入は気付くように設計されてる、か。とりあえずゲヘナらしくねェ格好でやって来たがどォなるかねェ)
怪しまれるのを回避する為外に警備兵を置くことは躊躇っても、内部でまでそれを徹底する必要は無い。
いつここに警備兵なりドローンなりが現れてもおかしくないのだ。
だが。
『し、静かですね……』
脳内から不安げなアロナの声が届く。
しかしそれは一方通行も考えている内容ではあった。
あまりに静かすぎるのだ。
変装をした所で不審者には違いない。
あくまで一方通行がやってきた事実を隠してるだけであり、誰かがここに踏み入っているという状況を消している訳ではない。
監視カメラは間違いなく彼の姿を捉えている。
一方通行だとは思っていないまでも、誰かがやって来ている事は把握されている。
その筈なのに、未だどこからも足音一つ響いてこない。
これを好都合と捉える程、一方通行は呑気では無かった。
『ハッキングで調べた限り完全招待制では無かったみたいですから、先生をただの客の一人として受け入れてる可能性もありますけど……』
アロナの独り言なのか、はたまた彼に話しかけているのか微妙な呟きが脳を刺激する。
だが一方通行は、そんな彼女に何一つリアクションを返さず、黙って右手でトランクを持ち上げ、左手で手すりを掴みながらゆっくりと階段を降り続けていた。
虚空に向かって話してしまえば、誰かと密かに連絡を取り合っていると判断されてしまうのは自明の理。
そうなれば今度こそ面倒な事態に突入する。
それを回避する為、彼は返事が欲しそうなアロナを一切合切無視して階段を降り続けた。
そうして地下五階まで降り立った頃。
一方通行は開いている扉と、その奥から聞こえる様々な音声を拾った。
扉の方へ近づくと、そこには椅子に腰かけているスーツを着込んでいる人型のロボットと、奥の壇上に司会進行人と思わしき人型ロボットが立っている。
(人間は俺だけか……)
見渡した結果ここにいるのはロボットだけであることを知った一方通行は、その中でも堂々とオークション会場へ入室し、中央付近の空いている椅子に堂々と腰を落ち着けた。
途端、大勢のロボットが一方通行の方へ視線を向ける。
だが彼は降り注ぐ視線に対し一切躊躇せず、我関せずと言った風に壇上を見上げていた。
『せ、先生!? 潜入捜査の身なんですからもうちょっとこう、端とかに寄ってなるべく注目を受けない方が……』
アロナからもう少し忍んでも良いんじゃないかと提言を受けるが、一方通行は一切無視してそのままの姿勢を貫く。
横暴に近い態度を見せる一方通行だが、この行動を以てしてアロナにこれで良いんだと彼女に答えを示していた。
「こんな場所に生徒が来るとは珍しい。あなたもカイザー兵器開発部門が開発した新兵器の購入が目当てですか?」
頑固に近い姿勢を見せる一方通行にアロナが折れたかのように発言するのを止めた頃、彼の隣に座ったやや声が高いロボットが一方通行と対話を試みる。
ど、どうしましょう先生。と、瞬く間に小声でアロナから慌てた声が響く。
話しかけられた時の対処を考えていませんでした。と、大きなミスを犯してしまった自分を責めるような発言がアロナから次々と飛び出す。
しかし一方通行は顔色一つ変えず、視線を壇上に向けたまま、右手の甲を相手に向け、払う動作を数回行った。
「なっっ!?」
追い払いを示すジェスチャーを受けたロボットが驚きの声を零す。
以降、一方通行はジェスチャーを行うことすら止めた。
会話する気は一切無い。
その意思表示を存分に知らしめた後、おもむろに一方通行は立ち上がり、その二列前の席へと移動し、同じように堂々と座る。
今度は、誰も彼に話しかけようとする姿勢を見せなかった。
そればかりか、彼とやや距離を開けるように全員が数席程の隙間を開けて座り始める。
やがて、話し言葉は会場から消えて行った。
オークションがそろそろ始まるのだと、直感で一方通行は察知する。
『うわ……凄いですよ先生。一言も発してないのに誰も先生に近づかなくなりました』
静かになった中でも一方通行の脳に直接響くアロナの声は相変わらずいつも通りだった。
彼が周囲からの会話を断ち切る為に取った一連の行動を見ていたアロナから感嘆の声が漏れる。
やり方としては強引にも程がある物だったが、一方通行はこれにより発言を必要としない環境の構築に成功した。
後はこのままオークションが始まるまで待機し、始まった後は定期的にいくつかの商品に適当に手を上げつつ、されど落札までには脱落し、参加している意思を見せつつ、ノノミが出品されるまでを待機する。
そしてノノミが出てきたら、外で待っているシロコをここに突撃させる。
これからのやるべきことを頭の中で整理していると。
「それではお集りの皆さん、大変長らくお待たせいたしました。これより、第十三回カイザーコーポーレション主催のオークションを開催致します」
壇上に立っていた人型ロボが、開催前の挨拶を始めた。
参加者からの拍手が飛び交い、一方通行もそれに倣ってぺちぺちと力の籠っていない拍手を行う。
「本日は数々の新兵器の紹介も勿論ですが、今回の目玉は皆様待望の、一人の可愛らしい生徒がラインナップに並べられています」
その言葉に、会場にどよめきが走る。
一方通行は、何も言わない。
代わりに、表情を険しくさせた。
「生徒の情報は全て握り潰しました。彼女の件は昨今キヴォトスで流行りの失踪事件として処理されるでしょう」
(……? 生徒の失踪事件だと?)
会場の熱意が徐々に上がる中、対する一方通行は司会進行が零した失踪事件という言葉に意識を引っ張られた。
シャーレで働く一方通行が何も掴んでいない情報だった。
まさかこれも黒服がアビドスに関する情報を握り潰した時と同じように誰かが隠していた事案なのかと、疑いを始める。
だが。
「そして皆様にもう一つお知らせがあります、近い内に後三人もの生徒が同じようにオークションのラインナップに陳列されることをお約束します」
その言葉が流れた時、一方通行の意識は現実に引き戻された。
後三人。
それは間違いなくシロコ、アヤネ、セリカの三名を指しているのだと一方通行は察する。
確かに彼女達を纏めて捕らえてしまえば、ノノミを認識している存在は一方通行を除いて誰もいなくなる。
同時に、シロコ達を認識しているのもまた、彼一人を除いていなくなる。
そう言う点でも都合が良いのかと、彼は静かに壇上を見上げ、その額に皺を刻んでいた。
「それではまずは最初の商品から説明を始めましょう。最初の商品は皆さま驚かれると思います」
両手を広げ、進行役が演説を始める。
会場の熱気は始まった段階から既に最高潮だった。
だがその熱の全てはノノミ、そしてシロコ達に向けられていると言っても過言ではない。
その事実を黙って受け入れつつも、静かに静かに一方通行は火を燃やす。
先程の口ぶりから察するに、ここで売られた少女達は他にもいる。
人知れず、助けも呼べず売りに出された罪の無い少女達がどこかで買われている。
いつかここにいる全員を潰し、助け出そうと、一方通行が心に決めているその横で。
「生徒が自治を行うこのキヴォトスにおいて超法規的な権限を持ち、各学校にも甚大な影響を与え、『先生』と呼ばれる存在」
ピクリと、その言葉に一方通行は顔を上げた。
見ると、司会役のロボがこちらを強く見つめている。
「あなたが最初の商品ですよ、先生!!」
それが、合図だった
一斉にスーツを着込んでいた人型ロボットが立ち上がり、無慈悲に銃口を一方通行に突きつける。
その数、およそ四十。
先程の熱意に満ちていた筈の空気は、一斉に雰囲気を変えて彼に圧を与えていた。
今までの熱意は本物でありつつも偽物。
盛り上がりは本物だが、仕事は仕事として完遂する。
一方通行を、無力化させる。
ここに居る連中の姿勢がハッキリと分かった時にはもう、手詰まりに近い状況が作られてしまっていた。
殺すには、無力化させるには十分な数の武力が一方通行に向けられる。
「バカだなぁ先生さんよぉ。そんな変装じゃ意味ねえし、どこの組織が怪しい奴をここまで素通りさせるんだよ」
ノコノコと一人で敵地にやってきたことを嘲笑いながら、一人のロボットが座ったままの一方通行に近づき、眉間に銃を突きつける。
下手な真似をすれば撃つ。
ロボットの行動はその言葉を体現する。
「心配しなくとも殺しはしません。それでは意味がないですからね」
今にも鉛玉が彼の全身を貫いてもおかしくない中、頭を撃ち抜かれても不思議じゃない中、競売人のロボットを行っていたロボットが一方通行に対し殺しはしないと宣言を下した。
生殺与奪の権利を完全にカイザー軍団に握られた一方通行は何も発さない。
微動だにもしない。
眉一つ動かさず、目線すら動かさず、ただジっと前方を、壇上に立つロボットに今にも刺し殺さんとしそうな視線を椅子に腰かけたままぶつけ続ける。
「ですが、腕の一本ぐらいは奪わせて頂きますよ。そうしなければ脅しにはなりませんから」
「脅しだと……?」
ここで初めて、一方通行が口を動かした。
それは彼にとって、一つの許容量を超えた証。
お前が言う脅しとは一体誰に向けての脅しなのか。
それを問うかのように、どこまでもドスの利いた声で彼は司会のロボットに吐き捨てる。
面白いことを言ってるな。詳しく聞かせろと。
その態度に自身の腕が奪われようとしているのを気にする様子は無い。
あくまでも脅しの部分だけに、彼は意識を傾ける。
「聞けば先生は多数の、それも多岐に渡る学校の生徒達に信頼を置かれている。これを利用しない手は無い。そう思いませんか?」
司会のロボットは彼が纏う雰囲気が一層重くなったことに気付く素振りすら見せず、実に楽しそうに一方通行をどう利用するかを語り始める。
「先生の命が惜しければカイザーの手足となって働け。そう生徒さん達に私達が命令するんです。証拠として千切った先生の腕でも彼女達に返してあげれば、いつでも先生が殺される状況に置かれていることを嫌でも自覚するでしょう。その時、一体何人が我々の下に降るのでしょうね」
一方通行の顔は広い。
特にミレニアムが顕著ではあるが、ゲヘナにもシャーレに仕事をしに来る生徒はいる。
トリニティにだって顔見知りもいる。
その脅しに学校単位で屈することはないだろうが、少なくとも生徒単位では何人かが一方通行が捕らえられた事実を疑うないしはカイザーの言いなりに動くようになるであろうことは認めざるを得ない事実だった。
その中でも一瞬、一方通行が頭の中に浮かべてしまった複数の少女達がいる。
この脅しに対して特に引っ掛かってしまいそうな一部の少女達が頭の中に浮かんでしまう。
しかし。一方通行は司会の説明を聞いて尚表情一つ歪めない。
ただ黙って、黙って続きを聞く。
「ミレニアムのセミナー。ゲヘナの風紀委員。七囚人に数えられた者。中々に優秀な人材を先生は勢力に加えている。それらを掌握すれば、実質的にミレニアムとゲヘナを牛耳ったも同然だ」
司会の口調が本性を現したかのように変わり始める。
欲望を前にし、醜く素を曝け出し、間もなく達成されるであろう数多の生徒が跪く未来に王手を掛けた楽しさを隠しもしなくなる。
一方通行は動かない。
変わらず、鋭く尖った赤い目で、変わらず睨み続ける。
「頂きますよ。彼女達の全て。決して悪いようにはしません。逆らったりしない限りね」
口らしき部分に手を当てたロボットから下卑た言葉が吐き捨てられる。
だがそれは、完全なる引き鉄だった。
「……そォかよ」
それを現すかのように、一方通行が口を開く。
「オマエ達に一つ質問だ…………。こんな見え透いた罠を、この俺が気付かないとでも思うか?」
予想通りの展開に思わず彼から笑みが零れる。
三流以下の悪党でももう少しマシな作戦を立案する。
この程度で自分を制圧出来た気になっているとは、随分と随分と。
舐められた物だと、心の中で嘲笑する。
「引っ掛かりに来てやったンだよ」
階段を降り始めた時から既に彼はカイザーの作戦行動に巻き込まれていると予測し終えていた。
こうなるであろうことを、全て見越していた。
驚いた部分があったとすれば、まさかカイザーが立てた作戦は一つたりとも己の発想を超えるような出来事が仕込まれていなかったことぐらいか。
眼前で起きている現象が、全て予想の範疇内の出来事でしかないことに、所詮この程度かと逆に驚いてしまったことぐらいか。
「あまり俺を楽しくさせンじゃねェよ。昔に戻っちまうだろォが!!!!!」
それは、一瞬の出来事だった。
叫びながら一方通行は眉間に銃を突きつけていた男の腕を咄嗟に右手で掴み、自身の後ろ側へと力任せに引っ張る。
眉間目掛けて銃を構えていたロボットは彼が起こした咄嗟の行動に反応すら出来なかった。
対応出来ず、無様にも姿勢を崩す。
それは僅かな時間だけ、彼の身体を隠す効果を生み出す。
巨大なロボットの体格が、一方通行に銃を向けている大多数のロボの視界を奪う。
次の瞬間。
一方通行は作り出した小さな隙を用いて左手で銃を取り出し、体勢を崩したロボットと、手頃な場所にいた正面三体のロボットの顔面目掛けて的確に弾丸を撃ち込んだ。
「ぎゃはッッ!!」
弾丸を撃ち込んだ四機のロボット全てが起き上がらなくなったのを確認した一方通行は軽く笑いながら、衣装を突っ込んでいるトランクに踵を押し付ける。
刹那、爆発的な噴射が彼の靴裏から噴射された。
その余波をまともに浴びたトランクは地面から浮き上がりながら右に吹き飛び、進行方向にいた五体ほどのロボットに重い音と共に激突した。
「ストライクってかァ!?」
ゴシャッッ。と、複数の破損音が響く中、五人全員が戦闘不能になったのを目視で確認しつつ一方通行は椅子の背もたれに手をかけて立ち上がる。
銃撃で四機
トランクによる激突で五機
合わせて九機のロボを瞬く間に撃破した一方通行は、慌てたように銃を向ける残り三十一機のロボットを一瞥し、一方通行は銃を構える。
今すぐ撃ってこないのは、殺すなという命令が出ているからなのだろう。
面白い。と、一方通行は口角を吊り上げる。
手加減して討ち取れると思うのならばそうすればいい。
その代償は、全滅と言う形で支払って貰う。
そうされるだけの物を、彼等は一方通行に提示した。
少女達の身柄を、天秤に乗せた。
激昂するには、十分過ぎる代物だった。
潰そうと、一方通行が心からそう思えるぐらいに。
「俺が嫌いな物の内から特別に二つ教えてやるよォ。一つは自分が安全圏にいると思い込ンで足掻いてる奴等を嗤ってる連中だ」
次に。と、彼は僅かに呼吸を置いて、言葉を開く。
彼が最も忌み嫌う物を、憎悪を込めて吐き捨てる。
「何も悪くねェ奴の弱みを掴んで思い通りに従わせよォとする、虫けらみてェな連中だクソ野郎!!」
発砲を再開する。
立て続けに二発を撃ち込み、撃ち切ったと同時に倒したロボットの銃を奪い容赦無しに人差し指に力を入れ続ける。
「オマエ等は超えちゃならねェ線を超えた」
そこにいたのは、キヴォトスで先生をやっている甘い一方通行では無く。
学園都市で抗い続けていた頃の、敵に対してどこまでも冷酷に動く一方通行の姿があった。
「俺の琴線に触れて、俺に喧嘩を売って、無事でいられると思ってンじゃねェぞ……!!」
────────────────────────
「一つ、聞きたいことがあるんだけど……」
それは、この施設に閉じ込められて以来、初めてホシノがまともに放った発言だった。
対策委員会のメンバーに対して使う気だるげそうな物ではなく、語気が強めの荒々しさを隠すことなく放つ物ではあったが、間違いなく
「あなた達は一体……何の目的で作られてるの」
「あ、そこ聞きたい? 肝心な話だよね! 分かるよミサカも。意味深なワード適当に投げられてるのに勿体ぶって肝心な答え言わないのイヤだよね」
分かる分かる。と、重い雰囲気を纏うホシノとは真反対の明るい空気をこれでもかと纏いながら
「強くなる為だよ」
しかし、そんな明るい雰囲気を醸し出していたのは次の一言を発する時まで。
己が生まれた意味、目的を告げた時の声は、深淵が覗いて来るかのように深く、重い声だった。
「ヘイローを宿したミサカは、他の妹達とは一線を画した力を手にした。お姉さまには分かんないよね。撃たれても死なないことがどれだけ凄いことなのか。もっとも、ミサカ達にとっての死は安くて軽くてありふれた物だから怖いなんて微塵も思っちゃないけどね」
撃たれても死なないことがどれだけ凄いのか。
ホシノには理解し難い問題であることは確かだった。
彼女達は学校を守る為銃撃戦を繰り広げる日々を送っていた。
当然、ホシノ達アビドス生徒は何度も相手を撃ったし何度も撃たれた。
けれども、敵味方双方とも一度たりとも誰かを殺害した事態に発展した事例は無い。
それがどれほど凄いのかを、己の死生観を交えて
「それだけじゃない。実戦経験を重ねれば重ねるだけミサカは確実に強くなってる。まだ数戦。機械ドローン相手にしか戦ってないのに、他の妹達とは比較にならないぐらいミサカは強くなった」
声色をグっと低くしながら、彼女は自身の掌を見つめる。
刹那。バチッッ! と、青白い光が彼女の掌から弾けるように迸ったのをホシノは目撃した。
「……ッ!?」
目の前で起きた不可解な現象に、ホシノはこの施設に収容されてから初めて表情を変化させた。
声は出さぬまま、しかし表情は驚愕に色に塗り替えられている。
まるで掌から自発的に電気が発生していたかのようにホシノには見えた。
明らかに自然な現象ではなく、彼女がそれを行ったかのようにホシノには見えた。
「実はね、ここには来れるのは今日が最後なんだ」
だがそれをホシノは問うことは出来なかった。
今度は突然いつもの調子のように軽い調子の声色に戻しつつ、
「明後日ぐらいからかな。ミサカは実験を始める際に必要な調整の為、ポッドの中で長期メンテナンスに入ることになったんだよねー」
まあメンテはクローンのミサカ達にとって必要不可欠だからそこは良いんだけどさ。と、ホシノの常識外の出来事をさも当然かのように
その少ない情報からホシノは推測する。ミサカと言う名の誰かを基にして製造された彼女体クローンは特殊な培養ポッドで定期的なメンテナンスを受けないと生命維持に関わる重大な症状が起きるのだと。
なのでホシノはそこは別に良いとした。それは彼女達にとっては常識に値する部分だと分かったから。
彼女が気になったのはもっと別の部分。
「実験……」
実験。
この二文字が、果てしなくどこまでも不透明さを彼女に与えていた。
「そ、『先生』が始めようとしてる実験。何するかはまだミサカも知らないけどね」
不穏なワードが次々と彼女の口から並べられて行く。
『先生』と呼称された、彼女達クローンを恐らく製造したであろう者の存在。
クローンの、さらに言えばホシノのヘイローを浮かび上がらせている『成功体』を用いた何かしらの実験。
胡散臭いと思わざるを得なかった。
ぬるりとした言い知れない不安感がホシノの背筋を襲う。
どうにかするべきなのではと言う思いが、漠然と浮かび上がって来る。
「逆らおうとか考えないの?」
だからまず、率直な疑問をホシノは彼女にぶつけた。
しかし。
「逆らえるようにミサカが製造された際にプログラムされていたら、ひょっとしたら
帰って来た回答は単純かつ、絶対的に不可能であることを告げる内容だった。
方法も内容も微塵もホシノには分からないが、彼女達には命令でも洗脳でも無く、設定として反乱を企てられない様になっているらしい。
放たれた言葉を咀嚼するにつれ、ホシノの身体からまた吐き気がこみ上げる。
彼女が語った内容が事実であるなら、彼女達を作った『先生』は彼女達クローンを最初から命として見ていない。
ただ生きているだけの道具としか、彼女達を見ていない。
ああ、まただ。と、彼女の中にまた絶望が増える。
また大人によって運命が狂わされている。
目の前の少女が、大人によって運命を捻じ曲げられている。
捻じ曲げられていることを彼女自身自覚している。
それすらも彼女は運命だと受け入れている。
自由意志一つ満足に取れないことを、彼女は当たり前として受け止めている。
それがどこまで歪なのか、耐え難い物なのか。
ホシノには、痛い程に伝わっていた。
「……強くなってどうしたいの」
自然と、ホシノの声に力が入る。
怒りで震えなかっただけマシなのかもしれない。
衝動に駆られたまま暴れたくなるのを必死で抑え込みながら彼女は
もしかすれば、彼女が、彼女を操る何物かが何を目的として強さを求めているのかを知ることによって、彼女が雁字搦めに囚われているこの状況を突破する手段が見つかるしれない。
この少女を救える手掛かりが得られるかもしれない。
そう願って、努めて冷静にホシノは質問した。
「お姉さまはさ、『神ならぬ身にして天上の意志に辿り着く者』って言葉、聞いたことある?」
だが、返って来たのはホシノが一度も聞いたことがない単語だった。
ホシノが出した質問に対する答えとして適切に機能している内容なのかも疑わしい物だった。
「先生はそれを『SYSTEM』って呼んでるんだけど、ミサカは神ならぬ身じゃもうないからさ、この境地は厳密には当て嵌まらないんだよね。従ってこの名称は正しくないの」
やはり、何を言っているのか分からない。
知っている言語なのに、放たれる物は悉く理解が追い付かない物ばかり。
正しくないと言われても、それが正しいのかすら分からないのだから言葉を返せる筈もない。
「
それなのに、彼女は粛々と説明を進める。
ホシノには何一つ取っ掛かりを得ることが出来ない説明だったが、己の常識の外にある知識を語るその様に、ホシノはらしくなく畏怖の感情を抱いた。
彼女が目指そうとしている崇高が、自分には分からなかった説明が、彼女の心をどこまでも冷やす。
何も分からないことそのものが、彼女に言い知れない恐怖を与える。
「さっきの答えだけどね」
何も言葉を発せなくなったホシノに向かって、
「最強に至って、その最強を超えた先にある場所に向かう、だよ」
語られたのは、聞く人が聞けば鼻で笑ってしまってもおかしくない程に荒唐無稽な物だった。
そんな物を目指して何になるというのかと、呆れられて当然の言葉だった。
だがホシノは違った。
彼女の説明を一通り聞いてしまったホシノは違った。
最強。
この少女はそんな言葉に憧れて、純粋に強さを追い求めようとしているのではないと、直感で察する。
故に、恐ろしさを覚えた。
彼女の最終目的地は、最強になることではないということに辿り着いてしまったから。
「ミサカはキヴォトスで『最強』を超えて、『絶対』になる」
そして
それは正しくホシノが予想した物に近い内容。
ただし、彼女が絶対と評した物について正確な内容までは流石にホシノでも掴めない。
単純な話では無いということしか、推察出来なかった。
だから彼女は、見逃してしまう。
「それが
彼女の言葉一つ一つが、大きな爆弾と謎を内包しているという事実に。
巨悪によるキヴォトス転覆計画が彼女から始まるよう設定されている事実に。
ホシノは、気付く事は出来なかった。
先週の分に加えてホシノパートまでを一週分として書きたかったのですけど時間が足りず断念、二週に分けて投稿するようにしました。
代わりに一方さん編が追加されています。
アビドス編の裏で着実に進む別のお話。
ブルアカなのにブルアカじゃないですねこれはもうね。いえ、分かっておりますとも。
本編ですが、カイザーの思惑である一方通行を拉致りつつも、生存を仄めかすことにより生徒を、一方勢力を駒として扱う。
どことなく木原唯一が上里勢力に対して行った行為を彷彿とさせますし、オークション会場という舞台は便利屋日誌の一話を彷彿とさせますね。これが神秘と科学の交差……!
従うフリをしつつ先生救出に動く組と、黙ってカイザーの言いなりになり先生をこれ以上傷つけさせない組にハッキリ二分しそうな気がします。ワカモハルナは前者に、ヒナユウカミドリは後者になりそう。救えるかどうかは別問題ですが。
次回は大乱戦ですね。先生一人でどこまでやれるのでしょう。
何気に初めての一方通行単独での集団戦です。
多分今後無いケース……かもしれません。
交差個体に関しては、一種のヒントですね。
先に行っておくと打ち止めではありませんからね? 流石にね??