とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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明日に向けて

 

 

 

キヴォトスに昇る日が落ちていくのを、奥空アヤネはぼんやりと公園に設置されているベンチから眺めていた。

 

沈んで行く夕日を見ていると、今、とても気分が落ち着いているのだと言う実感が彼女の中で湧き上がる。

時間が経過していくのをゆっくり眺められる日を送っているのは、一体いつぶりだろうとも。

 

実際はそんなに日数は経っていないのかもしれない。

だが体感的には、随分と久しい気持ちにアヤネは駆られた。

 

昨日までなら、この時間になっても物資の捜索に慌ただしく動いていた。

いつここにカイザーが襲撃を掛けて来るかと思うと、心を休める時間は無いに等しかった。

たそがれている余裕など、どこにもありはしなかった。

 

武器。

食糧

何もかもが足りず、僅かに蓄えていた備蓄も日を経る毎に目減りし、考えるだけで不安に押し潰されそうになっていた。

 

が、今、彼女の手元には十分すぎる程の武装がある。

百機以上ものオートマタを撃破した安心がある。

 

カイザーコーポレーションが差し向けたオートマタ兵士が装備していた武装を鹵獲し、襲撃が起きても難なく撃退出来る程にまで武器が確保された。

一度に叩き出した巨大すぎる被害に、今日の襲撃はあり得ないと念を押された。

 

相変わらず食糧問題はひっ迫したままだが、それでも問題が一時的にとは言え二つも解決したことは、彼女の心に安心感をもたらす。

 

しかし、だからこそ問題が発生する。

 

(…………っ)

 

いけない。我慢しなければ。

きゅ、っと、下唇を僅かに噛んで余裕が出来てしまったからこそ浮かび上がった新たな問題に真っ向から対決していた矢先。

 

「遅いわね、シロコ先輩と先生」

 

ポツリと、隣で同じく暇を持て余しているセリカが呟いた。

助かった。今ので気が少し紛れたと、素直にアヤネは思う。

 

「先生も心配してるんですね。あんなに突っかかってたのに」

「……、憎むべき人じゃないことぐらい、私だって分かってるわよ……」

 

憎む相手はあの人じゃない。

学校を追い出され、絶体絶命の危機に晒しているのは彼ではない。

 

だから彼に怒りをぶつけるのはお門違いなのだ。

本来は。

 

けど。

 

「けど、どうしてもやるせない。私達が一番いて欲しい時に先生は来てくれなかった。この気持ちが傲慢なことぐらい分かってる……。でも……」

 

まだ学校にいた時に、先生に来てほしかった。

 

それ以降、セリカは言葉を紡ごうとせず顔を俯き静かになった。

彼には告げなかった本音を語ったセリカを見ながら、アヤネも同時に押し黙る。

 

自分勝手な気持ちを抱いていることを理解しているからこそ、セリカは続きを言えない。

先生と言う存在は自分達の為だけにいる訳ではない。

アビドスに心血を注ぐための存在では無い。

でも理解は出来ても納得は出来なくて。

 

セリカは先生に辛く当たった。

何故自分達を優先しなかったのかと、我儘に等しい言葉を投げた。

 

アヤネは、懺悔に近いセリカの独白を一身に聞いた後。

 

「でも、先生は来てくれました」

 

と、今度は自分の番だと、アヤネが本音を語り始めた。

 

「……遅いのよ」

「確かに。遅かったです。セリカちゃん程じゃないにせよ、シロコ先輩も私も、今頃になって現れた先生に対して憤りに近い感情は持ってます。仕方ないじゃないですか。どうして全部終わってしまってから来たんですかって思っても、仕方ないじゃないですか」

 

だけど。

 

「だけど先生は取り戻そうとしてくれてます。ノノミ先輩を。ホシノ先輩を、学校を。だから私はこう思うようにしました。全部無事に終わる道がまだあるんだって。ハッピーエンドの道は、まだ途絶えてないんっだって」

 

先生は、それを手繰り寄せようとしている。

必死に。

真摯に。

 

自分達だけならばとっくに届かなくなってしまった全部丸く収まってしまうような奇跡を、彼は必死に手繰り寄せようとしている。

 

登場が遅くても。

何もかもが終わりかけでも。

諦めていないから、先生はノノミ先輩の救出に向かった。

そこに対して、泥を掛けるような真似だけはしてはいけない。

 

だからアヤネは、彼を肯定する立場になろうと努めている。

 

「先生を信じることにしました。あの人ならきっと私達を導いてくれるって。だからセリカちゃんも少しだけ、先生を信用してみませんか?」

 

信頼はしなくて良い。

でも信用ぐらいはしても良いじゃないか。

 

実際に彼は自分達の目の前でカイザーの軍勢を殲滅した。

自分達の明確な味方として行動した。

 

だから反発し続けるのもここまでにしませんかと、アヤネはセリカに提案する。

 

「それにほら、見て下さい」

 

ダメ押し。とばかりにアヤネはベンチから立ち上がりながらある方角に向けて人差し指を向ける。

彼女の動作に引っ張られるようにセリカが顔を上げたと同時。

 

「帰って来ましたよ。ノノミ先輩を引き連れて」

 

有言実行を果たして帰還して来た先生を見ながら、アヤネは嬉しそうに言葉を続ける。

しかし。

 

「……何で先生、女の子の格好をしてるのかしら」

「それは……その、良く分かんないですけど」

 

セリカのもっともな発言に対してだけは、返事に困ることしか出来なかった。

加えて、さっきまでのフォローを返して下さいと八つ当たりに近い恨みをアヤネが彼にぶつけてしまうのも、無理はない話であった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

公園にまで戻って来た一方通行は、説明をする前にまず服装を着替える所から始めた。

何しているんですかと言いたげなセリカ、アヤネ両名の痛い視線を無視して適当な場所で元の服装に着替え終わった一方通行が四人のいる場所に戻って来ると、帰りの道中で買っておいたペッドボトルの水を飲みながらゲヘナでの出来事を共有している真っ最中だった。

 

「ゲヘナと対峙したの!? この忙しい時に!?」

「仕方なかった。撒きはしたけど私達がアビドスであることはバレてると思う」

「頭が痛い事案が一つ増えましたね。あちらが仕掛けて来たとはいえゲヘナの自治区で騒ぎを起こしたのは私達であると解釈されてもおかしくありません。学校を奪われてる関係上、アビドスとして学校を通しての謝罪も出来ません。面倒なことにならないと良いですが」

「話を扉の奥から聞いていた限りでは先生が狙いのように思いましたけど、その先生は今私達と一緒に行動してますからね」

 

議題の中心はノノミ救出の最終局面で現れたゲヘナ風紀委員。

風紀委員の行動を結果として妨害してしまった事実からなる、今後の行動をゲヘナが阻害してくるであろう懸念に対するやり取りだった。

 

(面倒なことに……か……。確かに今の天雨なら何か仕掛けてくる可能性もゼロじゃねェ……)

 

先の邂逅を一方通行は思い起こす。

アコの様子は明らかに異常だった。

精神的に追い詰められている顔を浮かべていた。

 

間違いなく誰かのケアを必要とするぐらいの。

 

(ヒナと連絡を取って話し合う時間を作らせ…………ても意味ねェな。今の天雨には逆効果だ)

 

ヒナと連絡を取ってこの問題を共有すべきか考える一方通行だったが、即座に自身の考えを棄却する。

間違いなくヒナから話しかけてもアコははぐらかして終わらせるだろうと一方通行は当たりを付けた。

 

この事態を解決するにはあくまでもアコからヒナに話を持ち掛けなくてはならない。

ヒナでなくても良い、イオリやチナツ等。彼女が信頼を一定以上置いている生徒にアコは自分から話を持ち掛けなくてはならない。

この立場を逆にしてしまうと途端にアコは隠し始める。

 

そう言う少女だと、一方通行は判断している。

 

以上のことから一方通行は。

 

「ゲヘナのことは今は気にしても仕方ねェ。今は無視だ」

 

結論を言いながら彼女達の議題に参加した。

 

「何か声明を出すにしたってまず学校として話を通してくる筈だ。対応はその時に考えれば良い」

「もしそうじゃなかったらどうするのよ」

「力業で通してくるならそれまでだ。だがその可能性は流石に低い。直情的なバカが統治やってる訳じゃねェンだ。低い可能性を一々頭に入れてたらキリがねェ。こっちは切羽詰まってる」

 

今は、自分達だけの問題に集中しろ。

ムっとした表情を浮かべながらそんな投げやりに近い判断で良いのかと問うセリカに対し、一方通行はそう返答する。

 

「でも……もしそれでも──」

「セリカちゃん」

「う……分かってる、分かってるわよ……」

 

だが彼女にとっては納得しかねる内容だったのか、尚一方通行に突っかかろうとするセリカを、アヤネが

制した。

 

「先生の言う通りですセリカちゃん。今は私達の問題だけに集中する時ですよ」

「……、そうね……その通りね」

 

悪かったわね。変に食い下がって。と、頭を下げてセリカから謝罪が入る。

そして顔を上げたセリカの表情は、打って変わって真摯な物へと変わっていた。

 

気にすンな。と簡素な返事で先のセリカのやりとりを一方通行は終わらせた後、彼女の中で心の切り替えが終わったことを確認する。

彼女が不安を覚えるのは当然のこと。

今回は事態を解決するにあたる優先順位を付けた場合、必然的にゲヘナが下になっただけ。

 

指摘自体は正しいのだ。

その部分についてとやかく言う必要は無い。

今はむしろ、前向きな顔になったのを喜ばしく思うべきだ。

 

「それで、結局これからどうするんですか?」

 

議題を元に戻すべく、ノノミが改めて一方通行に今後どうするかを尋ねた。

その言葉を受けて、一方通行は一歩だけ後ろに下がる。

 

全員の顔を、より見渡せるように。

 

「十六夜は救出した。だが俺達は何も始めちゃいねェ。今回の救出は前哨戦にもなってねェ。前提を立てる為の物だ」

 

そう。

一方通行が果たすべき物は小鳥遊ホシノの救出。

その為にはまず学校の奪還と、セリカ、アヤネ、シロコ、ノノミのフルメンバーが揃っていることが前提となる。

 

今日は学校奪還、及びホシノ救出の際に必須であるメンバーが全員揃っていなかったから、それを拾いに行っただけ。

 

時間は過ぎて行く。

刻一刻と過ぎて行く。

残された時間は、今も着実に削れている。

 

けれど、前進はした。

一歩は進めた。

 

グルリと、一方通行は己を見つめる四人の少女を一瞥する。

少しの不安と多くの緊張に満ちた表情をそれぞれが浮かべていた。

 

全員、彼が放つであろう続きの言葉を待っていた。

次に何をするのかを、心して聞いていた。

 

奪還に向けて出撃か、それとも作戦会議を始めるのか。

一方通行は、そんな彼女達に向けて次の言葉を放ち始める。

 

「ここで無駄に時間を浪費してても意味がねェ」

 

コクン。と、シロコ、ノノミ、セリカ、アヤネの四人が彼の意見に同調する。

一方通行もその動きを見て首肯し。

 

「学校奪還に今から動く。と、言いてェが」

 

その上で、前半と後半で声の調子を分かりやすく変貌させた。

プツンと、彼女達を取り巻いている緊張の糸を途切れさせるようにあえて声色を柔らかくし、分かりやすく話の雰囲気が変わったことを一方通行は彼女達に伝えた。

 

「根性論で動くのは俺の心情に反する。十分な休息は必須事項だ。俺達は明日の学校奪還に備えて力を付ける必要がある」

 

語られ始めたのは本心からの持論なのか、はたまた彼女達を思っての気遣いなのか、その真意は一方通行以外に知ることは出来ない。

しかし行動の決定権は彼にある以上、そこを追及しても無意味だ。

 

声色を柔らかくしながらも異論は認めない雰囲気を漂わせる一方通行はベンチの上に置かれている汚れない様にアヤネが気配りしていたであろう物、ユウカ達が作った五つの弁当箱が入っている袋を取りに行くと、シロコ達がいる場所へ戻り。

 

「今日の作業は終了、作戦会議なども全部明日に回す。今からは全員で飯を食う時間だ。腹を満たして身体を休めるぞ」

 

残るタスクは全て明日に回して今日は休む旨を全員に告げた。

 

「ちょ、ちょっと! それで良いの!? 時間が無いんじゃ……」

「無いがゼロって訳じゃねェ。それにオマエ等も疲れてるだろ。このまま戦っても負けるだけだ。おまけに今向かうと戦闘は灯りの無ェ夜になる。学校に電気も通ってねェだろ。その状況下で満足に戦う為の暗視ゴーグルを全員分持ってるのか? 無ェよな。オートマタ共は標準装備してる。ンな連中相手に夜に挑ンだ際の勝率なンて三%あるかどうかも疑わしい」

 

話はこれで終わりだとして足に負担を掛け過ぎないよう一方通行は地面に座ると、持っていた弁当を五つ並べる。

自分の近くじゃない場所に。

所有権を、放棄しているかのように。

一方通行の行動にシロコ達が呆気にとられたようにキョトンと固まる。

 

「あ、あの……」

 

硬直を一番最初に解いたのは、アヤネだった。

 

「何だ?」

「良いんですか? その、それは、先生の物で……」

「俺は腹が減ったって顔してる奴等の前で食いきれねェ量の弁当を一人で食う鬼畜じゃねェぞ」

「い、いえ……そんな方だとは微塵も思ってませんが、そうではなく……」

「俺が良いって言ってンだ。それに……」

 

目を伏せ、僅かな時間、一方通行は思考に耽る。

 

記憶から引っ張り出されたのは、脳裏に浮かんでしまったのは彼の生活に中心にいる少女達。

 

野菜も一緒に食べて下さいと何度も口を酸っぱく言及しながらも健気に手料理を振る舞う少女。

何故だか彼の隣に座りたがり、食べているのと同じものをよく食べたがる少女。

思想とは裏腹に小食で彼以上にグルメだが、とても幸せそうに食事を楽しむ少女。

昼になるとしきりに外食を誘ってくる、見た目と格好に反して案外恥ずかしがり屋な少女。

食事の時間になると、シャーレの厨房で彼好みの味付けの料理を振る舞うようになった頑張り屋な少女。

 

思い返せば、最近の一方通行は独りで食事を取った記憶が無い。

だが、鬱陶しいと思った記憶もイヤだと思った記憶も無かった。

 

だから。

 

「それに一人で飯を食っても美味くねェ。誰かと食うことでより美味くなる物もある。俺は最近、そう気付かされた」

 

嘘である。

本当はもっと、ずっと前から気付いてた。

キヴォトスに来る前から。

学園都市にいた頃から。

 

八月三十一日に、ある少女と共にレストランに出掛けた時から。

彼の中で、その気持ちは既に芽生えていたのだ。

 

その感覚はキヴォトスに来て強調されてしまった。

五人の少女達に、心を弱くされてしまった。

騒がしい日々を、楽しく思える様にされてしまった。

 

そうして弱くなったからこそ。

昔の一方通行ならば絶対に吐かないであろう感情を言葉に乗せた。

 

「ん。じゃあ私はここ」

 

一方通行が吐露した意志と、今日はもう何も動かないと言わんばかりの姿勢に対してまず協調したのはシロコだった。

 

ちょこん。と、彼の右隣にシロコが率先して座る。

 

「敵が多いのは分かった。だから今日はお手並み拝見」

 

言いながら、シロコはヒナが持ってきた弁当を手に取り、手元に置く。

何やら物騒な言葉が彼女の口から放たれたが、一方通行は気にしない。

 

これまでキヴォトスで過ごした日々の中で、一方通行はキヴォトスと学園都市では同じ言葉なのに意味合いが異なる物が多々あるのを知った。

先程シロコが発した一見するとあまり正しく無さそうな文字列も、キヴォトス基準で考えると妥当な物になるのだろう。きっとそうに違いないと一方通行は特に口を挟まなかった。

 

正解を言ってしまえばそんな常識外れな展開がある訳が無く、答えは単純に一方通行が殊の外鈍感であるだけである。

不幸だったのは、一方通行にその間違いを指摘出来る乙女が彼の周囲にはいなかったことだろうか。

指摘してしまえば彼は意味合いを正しく理解することになり、突き詰めると告白紛いの発言を少女達は日頃からしていたことに気付かれることに恐れをなして、結果誰も彼の勘違いを訂正出来ないでいた。

 

メンバーの中で一番グイグイとアピールを送るワカモですらその部分に関しては一歩引いた立場を取っているのだ。残りの少女達が勇気を振り絞れる筈も無い。

 

いじらしさが呼び寄せた不幸である。

 

「じゃあ私はこっちに」

 

シロコに続くように、ノノミが失礼しますと添えながらシロコの隣に座る。

後はなし崩しだった。

 

「じゃ、じゃあ私も失礼して……」

「なら私はここね、よいしょっと」

 

ノノミの隣にアヤネが座り、アヤネと一方通行の間にセリカが座る。

自然と円を描くように座った一方通行達は、満を持すかの如くそれぞれの弁当箱を開け。

 

「うわ、すご」

 

真っ先にセリカの口から、思わず零れたような反応が飛び出した。

 

セリカが開けたのは、ユウカが作った一方通行の好物であるハンバーグをメインに添え、キャベツ等の野菜を周囲に配置し色合い整え見た目から旨味を漂わせるハンバーグ弁当。

 

その後も、次々と弁当箱が開けられ、ハルナ達が作った弁当がシロコ達の前に現れる。

ヒナが作った唐揚げ。ハルナが作ったビフテキ。ミドリが卵焼きとソーセージ。ワカモが同じく卵焼きと豚カツ。

 

当の中身はいずれも煌びやか。と言う訳ではない。

豪華の類ではあるのだろうが、常識を超える程ではない。

本来は昼食を想定していた弁当なのに今はもうすっかり夜。

 

冷たくもなっているだろうし、多少食材が劣化しているのも否めない。

 

しかし、美味しそうだった。

ただただ。食欲をそそられた。

 

セリカが零したのは、そういう系統の声だった。

 

「この弁当を作った生徒さん達の気持ちが、料理越しに伝わります」

 

中身を見ながら、アヤネがセリカが言いたかった内容を代弁する。

どれもこれも、一方通行に美味しく食べて貰おうとする。

その気持ちが、全ての弁当から感じられると、アヤネは続けた。

 

対して、シロコは無言で全ての弁当をジーっと見つめ続けていた。

なるほど、先生は肉が好み。そして先生の好みは少なくとも彼女達は完全に把握している等と何かを分析しているらしき言葉がシロコから聞こえるが、一方通行はその部分には特に追求せずに。

 

「基本的にはオマエ等で食え」

 

と、あっけらかんと語った。

途端、グワっと持ち上げられたセリカの目線が全力で一方通行に刺さる。

いけません。と言いたげな顔をする彼女が、それを言葉にしようと口を動かし始める直前。

 

「その代わり、全部の弁当のおかずから一口分ずつ寄越せ。それが俺の分だ」

 

一方通行は己の要望を述べた。

 

時間を費やして弁当を作ったユウカ達に不義理は働かない。

ここ数日まともな食事をしていないであろうシロコ達に多くの夕食を与える。

最後に一方通行もある程度の満足感がある食事を取る。

 

全てを同時に満たすのには、これが最適。

むしろ、彼は最初からそうするつもりだった。

 

そうする予定で、五つもの弁当を運んでアビドスまでやって来た。

 

「米も少しずつ……つゥか俺の手前にある弁当、ミドリのから半分だけ貰う。後はオマエ等で分けろ」

 

言いながら、彼はチラリとアヤネの方を見やる。

 

「何せこの弁当全部が俺の為の物、だからなァ」

「……! ええ、そうです。きっとそれが、この方達が望んでいることです」

 

パァっと、表情を明るくさせたアヤネがいそいそと自分の手前にある弁当、ハルナの弁当からビフテキを一切れ一方通行に分け与える。

一方通行の真意を理解しているからこそ、アヤネは彼が望んだ分以上を渡さない。

 

己が宣言した通りの分だけおかずを渡すアヤネを見て、シロコ、ノノミ、セリカもそれぞれ自分の手前にある弁当からそれぞれのおかずから一口分ずつ彼に渡す。

 

そうして彼の手元に渡ったのは全員が作った多種多様なおかず。

一つ一つは小さく、全て合わせても普段の彼が食べる夕食の量には及ばない。

 

それでも彼は口角を上げた。

おかずの味は減らない。

弁当の美味しさは変わらない。

 

パンッ。と、手を合わせる。

いつからこの動作も当たり前にやるようになったのだろうなと、かつての自身と乖離性が著しく酷い現象に一瞬鼻で笑いながら。

 

「頂きます。だ」

 

似合ってないと自負する台詞を似合ってないと自覚するまま吐いた。

彼の言葉に合わせて、シロコ達も手を合わせ、続く。

 

そこから先は、特に語る物は無い。

夜の公園で弁当を突く五人の姿があるだけだ。

 

彼女達は明日、大規模な戦闘を仕掛ける。

だと言うのにその面影は今の所どこにもない。

ここには、珍しいシチュエーションに心を浮き立たせながら弁当に舌鼓を打つ青春だけが広がっていた。

 

「先生、そのイヤホンご飯中くらい外したらどうでしょう?」

「こいつァ俺のファッションだ。ファッションってのは我慢が秘訣なンだよ」

「なる、ほど? よく分かりませんが、先生がそう言うのでしたら」

「あ、この人のから揚げとても美味しいわね。学校を取り戻したらレシピでも教えて貰おうかな」

「ヒナのか? シャーレに来てる時になら答えてくれンじゃねェか?」

「! 先生、先生」

「どォした砂狼」

「先生は私のことも名前で呼ぶべき」

「……名前で呼べと言って来た奴に対して毎回思うが、大きな違いでもあンのか?」

「ある」

「即答かよ」

「でしたら私のこともノノミって呼んで下さい」

「オマエもかよ……別に構わねェけどよォ」

「……ひょっとしてアビドスにも既に敵がいる?」

「うふふ、それはどうでしょうねシロコちゃん」

 

それを邪魔する権限は、世界の誰にも与えられていない。

環境を今だけ忘れ、ただ幸せを享受する時間を奪う権利は、何処の誰にも存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

同時刻、アビドス高校。

 

ガチャガチャと煩くロボット達が徘徊する無人の地を、その少女は我関せずと闊歩する。

 

この高校を何故ロボットが徘徊しているのか、その理由を少女は聞かない。

ここに居た筈の生徒はどうしたのか、その過程を少女は問わない。

 

自分の仕事には一切関係無いからだ。

必要な部分にだけ携わり、それ以外には干渉しない。

 

それが少女が定めた『悪』としてのルールであり、矜持。

これを遵守して初めて、名前に拍が付き仕事が回る。

 

陸八魔アルは、そう信じて世を渡っている。

今日の依頼も、定めたルールの例外には含まれない。

 

便利屋68の頭であるアルは、浅黄ムツキ、鬼方カヨコ、伊草ハルカの三人を引き連れて校長室の札が下げられた扉を力強く開ける。

 

自信満々。

威風堂々。

 

不敵な笑みを浮かべ、カツカツとヒールの音を甲高く鳴らして部屋の中央まで歩んだアルは。

 

「それで? この学校を防衛するのが私達の仕事なのね?」

 

依頼主であるカイザーPMCの前で立ち止まり、確認を行った。

 

「そうだ。明日、ここを取り返そうとする不届き者共が襲撃を掛けて来る。貴様等にはそれを撃退して貰う」

 

へぇ。と、改めて依頼内容を聞いたアルはカイザーの発言に小さく喉を鳴らす。

随分とおあつらえ向きな仕事が用意された物だ。

暴力沙汰において便利屋68を頼るその慧眼は見事と言わざるを得ないだろう。

 

「遵守事項は?」

「無い。この学校と言う名ばかりの廃れた意味の無い建造物も最終的には取り壊す予定だ。それがただ早まるだけのこと」

 

つまり、好き放題暴れても良いと言うことだ。

望むならば罠でも何でも自由に設置してもお咎めは無いと言う、破格な待遇は、仕事のやりやすさにより一層磨きが掛かり、その落差にアルの口角を上げると同時、一つの疑問点を彼女に与える。

 

あまりにも自分達にとって、展開の都合が良すぎるのだ。

学校を防衛しろと言っているのに、破壊しても問題は無いと言う言質。

 

怪しいと思わない方がおかしい。

むしろ。

 

(私達が爆発を得意としているグループだから雇った、って線も考えられるわね)

 

破壊活動をする前提で依頼を飛ばしてきた可能性が彼女の中で急速に浮上する。

防衛戦を行うというのは建前で、真の目的は学校の破壊。

この思考はあくまで一つの憶測に過ぎないが、そう考えれば好き放題に暴れても問題無いという言葉にも納得が行く。

 

だが、彼女はその部分について口出ししなければ、表情も変えない。

あくまで不敵な笑みを崩さぬまま、アルはカイザーPMCとの話を潤滑に進めて行く。

どれだけ不審に思った所で、その不審に思う理由は自分達には関係が無い。

 

関係が無いなら、首を突っ込む必要は無い。

今この場の話し合いにおいて重要なのはただ一つ。

 

どのような仕事を、どのような内容でこなせばいいのかだけだ。

 

「大事なことを聞き忘れてたわ。私達が相手するのは誰?」

「元アビドス高校の連中四名。つまりこの高校に在籍していた生徒だ」

 

それと、と、カイザーが言葉を続け、直後、アルの目線がスっと微かに細くなる。

今、わざとこの男は溜めを作った。

 

見抜く。

アビドス高校の生徒は攻撃対象に設定されているが、彼が本気で撃退したい存在ではないということを。

ならば、この溜めの後に口走る人物こそがカイザーPMCが真に潰したいとする者であるという予感が彼女の中に走る。

 

「連邦生徒会が抱えた部活顧問、通称『先生』と呼ばれる存在の五名。彼等が迎撃対象となる」

 

予想は、敵中した。

 

会話の区切りにカイザーPMCから五枚の顔写真を渡され、それは確定事項へと変わる。

顔も名前も知らない少女が映った四枚の写真に加えてもう一枚、知っている男の顔が映っている写真がある。

 

刹那、背後にいる三人から息を呑む音が聞こえた。

アルは、顔色を変えない。

息も飲まない、表情も変えない。

ただもう一度だけ、へぇ。とだけ言葉を零す。

 

事務所に電話を寄越した際、大雑把な内容と依頼を遂行する位置情報だけを寄越して詳しい説明をしなかった理由はこれか。と、アルは得心する。

随分と回りくどい方法を取って来た物だと思わざるを得ない。

 

カイザーの狙いは、先生の戦闘能力を削ぐこと。

学校を防衛している相手が便利屋68という顔見知りであることに無意識に彼の中に躊躇を生じさせ、こちらの仕事を遂行しやすくさせることなのだと、アルはカイザーの狙いを見透かす。

 

ゲヘナで便利屋68はシャーレと共同で仕事を遂行したことを把握していなければ成立しない内容をカイザーは持ち掛けてきた。

つまり、カイザーが持つ情報網の広さを暗に披露され、こちらを牽制して来たとも言える。

 

そして同時に。

 

(ここで依頼を断れば一斉に私達がオートマタ兵士に囲まれて袋叩きって訳ね)

 

断るに断れない状況に追い込まれていることをアルは把握した。

恐らく、カイザーは自分達を重要視していない。

断れば即座に戦闘に入って無力化し、次を探すだけ。

 

あるいは、自前の兵力だけで防衛するのも視野に入れているだろう。

便利屋68はあくまで保険。

先生と言う未知の戦力を削る為の一手段。

 

理に適っているな。と、カイザーが立てた作戦に対しアルは笑みを崩さないまま思う。

加えて、随分と上から私達を見下ろしているわね。とも

 

「学校に配置したオートマタ兵士三百機。そして貴様等を合わせた五名の勢力でたった五人を撃退する。どう見ても簡単な仕事だと思うがね」

 

どこまでも強情的に言葉を発するカイザーPMCからは、自分達の真意に便利屋68が辿り着いていようが問題無いと言う意思が感じられる。

 

ひたすらに圧を発し続ける風貌を見て、アルは思う。

面白いと。

 

「ええ、そうね。これで依頼料が五千万だなんて笑っちゃう。今更減額は認めないわよ」

「フン、高い金を払ってるんだ。キッチリと仕事は果たして貰う」

 

改めて、正式にアルは依頼を受諾する。

同時に、カイザーがバラ撒いた不審さという土俵に上がらないことでアルは対抗を示した。

そんな彼女の物言いにカイザーPMCは鼻を鳴らしながら話はこれで終わりだと校長室から退出する。

 

ガラ……。と言う音と共に扉が開き、また同様の音を立てて閉じられた瞬間、背後にいる三人から肺の空気が吐き出される音が迸り、部屋の空気が一変する。

 

「ムカつくね~アイツ。態度とか物言いがさ。凄い上からみたいにさ~」

 

不満げな顔を浮かべたムツキが率直な気持ちを声に乗せる。

彼女のそう言う忌憚なく意見をぶつける所は基本的に良い部分であるとアルは認識している。しているが、時と場合と言う概念を無視することは出来ない。

 

つまり、ムツキが放った愚痴はいかんせんタイミングが悪かった。

 

アレが去ったことと監視の目が無くなったことは決してイコールでは結びつかない。

カメラで行動を追われていることは前提として動くに越したことはないのだ。

 

特にこの、味方ではないロボットが跳梁跋扈する校内では。

 

「依頼をしてきたのはあちらだけど、最終的に受諾したのは私達よムツキ。もう後戻りは出来ないのだから、せめて終わるまでは愚痴は心の中に留めなさい」

 

はーい。と、面白く無さそうにムツキから生返事が帰って来る。

警戒心こそ抱き続けなければならないと言う制約こそあれど、一息を付ける段階に入ったのには違いないので、いつもならばアルを揶揄うモードに入ってもおかしくないのだが、普段から受ける印象とは裏腹に案外ムツキは弁える少女である。

 

必要以上に気を抜き過ぎるのは危険だと分かっているのか、彼女は教室の壁に背を預け、無難に身体を休める態勢を取った。

 

一方で。

 

「ど、どどどどうしますアル様。もういっそ明日が来る前に学校を爆破させますか?」

「ハルカは今の私の話を聞いてた!?」

 

問題児というのはどの場所、どの立ち位置にあっても問題児のままなのかもしれない。

普段よりも幾分か大人しくなっているムツキとは打って変わっていつも通り、本当にいつも通りのハルカの反応に、アルのカリスマと言う名の仮面があっと言う間に零れ落ちた。

 

とはいえ。

どれだけアルが外面を取り繕うとも、ハルカの突拍子の無い提案を受け、呆気なく彼女がひた隠しにしていた素が出てしまうのは仕方ない部分ではあるのだろう。

 

ハルカの場合、爆弾を設置する際、爆破しますか爆破させますね爆破しましたの三段活用で話が強制的に爆発オチで終わってしまう展開が多々あるので仮面を被ろうにも被り切れないのだ。

 

話をする前に終わるのだから始末に負えない。

これでどうしろと言うのかと、衝動的に叫びたくなる感情にアルが駆られている折。

 

「で?」

 

いつもの調子に変わってしまった空気を引き戻すように、カヨコがいつになく強調する声を放った。

今日だけはいつもの調子ではいる訳にはいかない。

そんな意志が込められた彼女の声に全員が静まり返り、場の雰囲気が緊迫した形に戻る。

 

「どうするの、社長」

 

普段はいつも気怠そうな目をしているカヨコが、珍しく目に表情を宿しながらアルに質問した。

本当にこれで良いのか。

カヨコは、言葉に出さず暗にそう聞いて来る。

 

「決まってるじゃない。来るなら歓迎するだけよ」

 

アルは、その質問に是と返した。

その顔に、焦りや不安は何も滲み出ていない。

行き当たりばったり等ではない、心の中の軸に従っての言動をアルはカヨコに言い放つ。

 

「そっか。分かった」

 

カヨコは、アルの返答に少しばかり安心したかのような顔を浮かべた。

彼女も彼女で、覚悟を決める。

アルの意思に沿うように、意識を固める。

 

「ほ、本当にせ、先生と……戦うんですか……!」

「面白くはなって来たけど、あまり気乗りはしないかなー」

 

ただやはり、彼と、先生と戦闘行為を行うことに関して前向きになれないメンバーがいるのも無理はないことかもしれないと、渋るハルカとムツキの様子を見てアルは思う。

 

彼と共同で仕事をしたのはたった一回。

けれど、その一回で便利屋68は多くのことを彼から吸収した。

 

彼との出会いを経て、便利屋68は便利屋68としてどう生きて行くかの指標が定まった。

悪党としての矜持を知った。

何を意識して動くべきなのかを見て教わった。

 

結果、この場にいる四人全員が多かれ少なかれ彼に好感を抱いている。

アルはそれを否定しない。自分自身の感情を否定したりはしない。

 

戦いたくないという気持ちは、あって当然の感情だ。

 

「ハルカ。ムツキ」

 

でも、それとこれは全くの別問題。

故にアルは、改めて二人の意識を是正する。

 

「相手が知り合いだから。相手が私達の憧れだから。そんな理由で戦いを渋れば、それは私達の看板に傷が付く。この稼業に身を置いてるなら腹を括りなさい」

 

それにきっと先生も同じ言葉を言った筈だと、アルは続ける。

敵対する立場となっても、互いに銃を向け合う間柄となっても、便利屋68が迷っていれば彼は『先生』として生徒であるアル達に助言を与えるだろう。

 

躊躇をするなと。

迷うなと。

 

あの人なら間違いなくそれを面と向かって言い切ってくる。

そんな予感が、アルの中に根付いてる。

そう言う人だと、アルは彼を信じてる。

 

だから彼女はほんの少しだけ微笑む。

不敵な笑みではなく、優しさを含めた笑みで、ハルカとムツキに語り掛ける。

 

「先生に教えられたでしょう? 悪党としてどうあるべきかを」

 

恥ずかしい姿を見せる訳には行かない。

見せるなら、立派にやって来ている格好良い自分達を見せるべきだ。

成長した自分達を、全力でお披露目するべきだ。

 

たとえその結末が、永遠の別れになったとしても。

 

「見せて上げましょう? 私達の成長を。私達のやり方で」

 

カツカツとヒールの音を立て、校長室にある椅子に彼女は尊大に座り込み、スラリと伸びる足を優雅に組む。

 

そして、眺めた。

三人の仲間の顔を。

 

「……フフ」

 

全員、良い顔をしていた。

彼女が述べた意見に応じる気持ちが出たのか、弱気な顔や不満げな顔を浮かべていた少女達はもうどこにもいない。

 

やる気に満ちた顔しか、アルの瞳には映らない。

 

「仕事の不参加は認めないわ。全員でキッチリ成し遂げましょう」

 

キュッッ! と、表情を険しくさせアルは社長として三人を鼓舞する。

 

泣き言を言う時間は終わった。

ここから先は、アビドスに泣き言を喚かせる時間だ。

 

「全力で潰すわよ。アビドスと、先生を」

 

 









中々執筆に時間が取れなくて申し訳ないです。
二週間に一度の投稿になってしまっていますね……何とか戻したいです。


そんな話をしつつ本編に。
便利屋が再登場です。

この話を書く為だけに一年前に彼女達を登場させました。長いよ。回収するまでが。
敵としての登場でありつつ、顔見知りという展開を作りたかっただけなのにここまで時間が掛かるなんて思いませんでした。

便利屋にアコと次々と生徒が敵対している話になってきてますが、ブルアカはこういう側面が普通にあると思ってます。

先生がどの学校に付くかで敵対する生徒が決まる。
あっちにフラフラこっちにフラフラしていると、いっそのこと監禁するのもありでは? と思われてしまうのも致し方なし。


毎度更新のたびに感想、評価ありがとうございます。励みになります!

次回は学校奪還編です。
ようやく連載当初からやりたい話に入った気がします。

それでは次回もよろしくお願いします。



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