『先生、ノノミ先輩が戦闘を始めました』
耳に繋いだイヤホンが、アヤネからの通信を拾う。
一方通行は彼女からの連絡を聞き届け、シロコ、セリカに突入の指示を送った後、彼女達三名を撃退する為カイザー側の戦力が一か所に集中したタイミングでひっそりと裏口から校舎に潜入した。
途中、見張りに立っていた数体の頭部に銃弾を撃ち込み、破壊する。
戦闘用に改造されたオートマタでも全身を分厚い鋼鉄で固めることは技術的に不可能らしい。
見るからに防御が硬そうな胴体にはいくら弾丸を撃ち込もうとも効果は薄いが、装甲の薄い頭部ならば一方通行の銃でも破壊出来る。
一方通行は、それを先日アビドスに襲撃を掛けて来た百体あまりの個体の情報からそれを把握していた。
攻撃が通じるのならば、彼女達の負担を減らす役割が持てる。
故に彼はこの戦闘に加わることを決めた。
とはいえ、彼女達と同じ場所に立ち、同じように戦ってはただの足手まといになる。
攻撃がオートマタに通じるとはいえ、オートマタの一体一体が一方通行からすれば格上の存在。
戦うなら一対一、地理的要因を活用してギリギリ二対一までと最初から決めていた。
それ以上は今の彼には手に余る。
彼女達が暴れている校庭に一方通行も一緒になって突撃した場合、一度に相手取る数は二体や三体では済まない。
結論として、彼女達と一緒に行動しても何の役にも立たないというのが、単独行動を取った理由だった。
勝てない相手には挑まない。と言う信条を持っている訳ではないが、無理に命を賭け続ける必要も無い。
今の自分に出来る範囲で彼女達を助ける。
それが、一方通行が銃を握る理由だった。
『考え直しませんか?』
ポツリと、続きの通信が入る。
その声からは、先程までには無かった感情が混じっていた。
含まれているのは、心配。
『先生が一緒に戦ってくれるのは心強いです……でも……』
そして、震えだった。
『でも……、今からでも遅く無いです。学校から退避しませんか?』
意を決したかのように、アヤネは一方通行に進言する。
そこから逃げてくれませんかと。
『昨日見せたあの翼の力。あれは学校その物を破壊してしまうからここでは使えない。違いますか?』
一方通行が持つ虎の子の力は、ここでは使えないであろうことをアヤネはピシャリと言い当てる。
アビドスの目的が奪還である以上、奪還する物自体を破壊してしまう一方通行の『翼』は使えない。
出力調整が可能ならば話は違ったかもしれないが、一方通行は『翼』を自在に扱えることは出来てもその出力自体を調節することは出来ない。
大きな力を思うがままに振り回すことは出来ても、力そのものを小さくすることは出来ない。
力を振るえないならば、完全な自衛が不可能ならば。
ここで一方通行が戦場に立つリターンよりも、攻撃を受けた時、彼の身に取り返しの付かないダメージが発生するリスクの方が大きいと、アヤネは諭す。
「違わねェ。奥空の指摘した通りだ。あの力はここじゃ使えねェ」
嘘を言っても仕方ないと、一方通行も彼女の指摘を肯定する。
しかし。
「だが、時と場合によるなァ」
やけにさっぱりとした口調で、一方通行はアヤネに返答した。
『え? え? そ、それってどういう……』
「ンな物決まってるだろォが。何の為に俺がここに居ると思ってやがる」
彼の言葉は、アヤネにどうしようもない困惑を与えたようだった。
一方通行が放った言葉の内容を咀嚼しきれていないアヤネに説明するように、良いか。と、言葉を続けようとした所で。
キン……。と、彼に向かって飛んできた銃弾がアロナバリアによって遮断された。
どうやら、話し込んでいる間に増援がやって来てしまったらしい。
拳銃を撃たれた方角に向け、二体のオートマタを確認する一方通行は撃たれた事実に舌打ちする。
どうやら自分は防御能力を備えてしまった場合、多かれ少なかれその能力にかまけてしまうらしい。
(『グループ』にいた頃はンなミスは犯さなかった筈なンだが……このままじゃいつか早死にだな)
是正すべき悪癖に辟易としながら彼は柱の陰に身を潜め迎撃する。
『先生!? どうしました!?』
「敵襲だ。悪いが通信は切るぞ」
アヤネの返事を待たず、彼は通信を一方的に切断する。
今の状況で彼女の声はノイズにしかならない。
柱の陰に身を隠しながら一方通行は応戦を始める。
それは、アルと出会う直前の戦闘だった。
この戦闘後、彼は通りがかった教室から不穏な気配を感じ、その先でアルと遭遇する事となる。
時間に換算して、数えて約三分後の話だった。
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「俺に勝てると思ってンじゃねェぞ、アル」
「いいえ、私達が勝つわ。先生」
一方通行がアルに向けて放ったのは、一切合切がハッタリの言葉。
小細工無しの、武器を拳銃と生身の肉体のみに絞った一対一勝負で、一方通行がアルに勝つ見込みは無い。
百回やっても、千回やっても、一億回戦おうとも結果は覆らない。
一縷の望みすら、戦闘の果てに得ることもない。
言ってしまえばそれは、何も力を持たない少女が核爆弾による破壊すら耐えてしまう化け物に真正面から拳で挑もうとしているものと同等。
勝てる勝てないの話じゃない。
勝負にすらならない次元の差が、二人の間にはある。
故に、一方通行とアルの対峙は長引く事無く一瞬で幕引きになる。
その、筈だった。
だったのに。
戦闘は、始まって三十秒が経過しても尚決着がつかないでいた
「えいっっっ!!」
ブンッッ!! と、一方通行に接近していたアルから、次の一撃とばかりに大ぶりな回し蹴りが放たれる。
ヘイローを持つ生徒共通の基礎能力の高さも合わさって、当たればそれは大きなダメージを与えられるだろう。
そう、当てられることが出来ればだが。
「…………」
振りも速度も遅いの一言に尽きる攻撃をまじまじと見る一方通行は、無言で杖を一歩分後ろに突き、杖を持つ右手で身体を浮かし、引っ張る様にして後退する。
後退した直後、彼が立っていた場所をアルの足が掠めた。
「わっっっ!?」
アルの蹴りが空を切った直後、蹴りの勢いを殺せなかったのか、一方通行方に背中を見せるよう彼女は半回転した。
攻撃が空降ったことと、情けなさ極まる動きをしてしまったことに対して気合いの抜けた声が彼女から飛び出す。
その様子を傍から見る一方通行は一歩彼女の方へと近付くと。
トン。と、アルの背中に手を添え、力を少しだけ込めた。
「ぎゃんっっ!!」
途端、目の前の少女が情けない悲鳴を上げて派手に転ぶ姿が展開された。
その姿に先程見せていたような威厳は何も無い。
一方で、そんな姿をありありと見せつけられている一方通行は極めてその表情を疑問に満ち溢れさせていた。
あまりにもアルの行動が稚拙すぎて、手に持つ銃で反撃する気すら湧かない。
何のつもりだ。と、声に出さず彼は未だ起き上がれないでいるアルを眺めながらこれまでの戦闘で得た情報で、彼女について改めて分析を始める。
銃を持っているのに接近戦を彼女は積極的に仕掛けて来る。
なのに打撃全てに腰が入っていない為、攻撃のリーチも短く動きも大振りが過ぎていて、足が不自由な一方通行でも見てから回避が間に合ってしまうのが現状だった。
そもそもヒールでまともに踏ん張れていないのか、攻撃する度に毎回体勢が崩れているのも相まって殴るのも蹴るのもままなってない。
一方通行目掛けて走りながら殴りかかろうとした際は、土壇場でつんのめって転びかけていた所から接近戦は明らかに苦手分野。否、手足を用いた打撃戦をやったことすらなさそうな素人同然の動きだった。
「な、中々やるわね先生……っ!」
なんとか起き上がり、一方通行の方に向き直って再び拳を構えるアルだったが、肝心の腰が若干引けているのもあって弱々しい印象しか残らない。
中々やる。と彼女は一方通行に言うが、その実ここまで戦闘が長引いているのは全て彼女の自滅的行動が多すぎるからに他ならない。
本来ならばとっくに決着が付いている戦闘。
しかし何の気紛れか、それとも圧倒的格上から得る余裕による慢心か、アルは一向に遊びに等しい攻撃手段を止めようとしなかった。
そんな、ふざけていると言い換えても良いアルの行動に対して流石の一方通行も苛立ちを隠せなくなる。
「舐めてンのか? 一体何のつもりだ」
だから一言、今まで生徒には発したことのない声色で、一方通行はアルに問い詰めた。
「先生と戦ってるのよ。大真面目にね」
問いに対する返答は、至極真面目な顔つきをするアルから帰って来た。
冗談では無く、本気であることを容易に伺わせるような表情をアルはしていた。
とは言え、それを認められるか認められないかは別の話。
「今までの戦い方でか? 馬鹿にしてるよォにしか見えねェな。勝つ気があンのかオマエ」
「ええ」
即答で、頷かれる。
彼女の態度から嘘は含まれていないと踏んだ一方通行は、尚更益々おかしいと眉を顰めた。
話と行動に矛盾が生まれ過ぎている。
自分と相手とで話が一切噛み合わない。
問答はまともなのに、彼女が取った行動、その結果は見事に真逆を示している。
簡潔に言ってしまえば、彼女は勝つ戦いをしていないようにしか一方通行は見えなかった。
そんな彼が抱く疑問は、次の一言によって払拭される。
「勝つ気なんて、サラサラないわ」
「……あァ?」
それは、彼女が起こしたこれまでの行動に対して明確な答えとなる言葉だった。
ただし、一方通行がその言葉の意味を理解出来るかどうかは別の話。
思わず、一方通行は困惑に溢れた声を零した。
話の内容が今一頭に入って来ない。そう言いたげな表情を一方通行は浮かべる傍らで、敵である筈のアルは続きを述べ始める。
「だって、先生を撃てる訳が無いじゃない」
ガシャン……と、終ぞ使わなかった自前の銃を床に落とし、戦闘を放棄する意思を見せながら彼女は自白する。
「事前に決めてたわ。私達の誰が先生に当たろうとも、その誰かは絶対に先生に勝たない。そう言う取り決めをした」
粛々と理由を語るアルだが、一方通行の困惑は増すばかりだった。
彼女が言っていることはおかしい。
勝たないと決めているのは百歩譲って良いとしよう。
そう言う信念を持ち、全員と共有するのも悪くは無いだろう。
ならば、どうやってカイザーから受けた依頼を遂行する?
一方通行はアル達便利屋68に依頼された内容については一切を知らない。
しかし裏の世界に身を置いていたからこそ、大まかな検討は付く。
恐らくはアビドス面々の捕獲及び抹殺が下されている筈だ。
加えて自分がアビドス奪還作戦に参加していることを予め知っていた風に話すアルの口ぶりから、抹殺リストの中に自分も入っていたであろうと一方通行は推測する。
であるならば。
一方通行を打倒しないのに、どうやって依頼を遂行するつもりだったのだろうか。
そんな考えが、彼の脳内でプスプスと消えそうで消えない、燻ぶり続ける火のように主張を始める。
「先生に暴力は振るえない。攻撃を当てたくもない」
重ねるように、アルが語る。
その目も、声も本気だった。
思い返して、行動も本気だったと一方通行は実感する。
彼女が今まで仕掛けて来た接近戦は、ふざけているのではなく本気だったのだ。
勝たない為に自身の苦手分野で一方通行に挑んだ。
それならば、まず一方通行に勝てないから。
どう足掻いても、勝つことは出来ないから。
勝たない、勝てない戦いをするなら、彼女にとって接近戦は正に理想的な戦法だったに違いない。
「でも先生」
瞬間。
空気が変わったのを一方通行は肌で感じた。
彼の中で、アルに向ける警戒度が無意識に上がる。
そうならざるを得ない程に、纏う雰囲気が様変わりする。
「先生に勝てないのと、仕事を完遂させることは別よ」
彼が覚えた違和感は正しかったことを教えるように、その声を皮切りにアルの声に覇気が戻る。
目の色も、態度も、頭の中の歯車が完璧に噛み合っている時のアルと同じ顔になる。
それが何を意味しているのか、一方通行が推察する余裕は無かった。
既に事象として、彼の意識の外から全力で殴りつける様に展開される。
バンッッ!! と、突然、勢い良く教室の扉が開けられる。
それが、最初だった。
それが、アルが持つ自信の権化だった。
「終わったよーアルちゃん」
「こっちも……。はぁ……、何とかした」
扉を開けた直後聞こえてきたのは、便利屋68のメンバー、浅黄ムツキと鬼方カヨコの声。
次いで、ドサドサッッと何かが乱雑に捨てられた音が一方通行の耳を刺激する。
そこで初めて、一方通行は声が聞こえて来た方向に振り向き。
「…………っ」
ボロボロになって気絶した状態で床に捨てられているノノミとセリカの姿を確認した。
さらに付け加えると、ムツキとカヨコも、セリカ、ノノミと遜色無い程に揃って全身傷だらけだった。
膝や腕と、素肌が見えている所の殆どから痣と血が付着しており、衣服も所々が焼け落ち、破れていて汚れがイヤでも目立つ。
加えてムツキは頭から血を流し、カヨコは右腕がダラリと力無く垂れ下がっている。
見るからに痛々しい程、二人が受けているダメージは深刻だった。
「やっほ~先生、久しぶり~! 先生に会うために私頑張っちゃった」
「ごめん先生。事情は知らないだろうけど、今日の私達は先生の敵ってことだからさ」
なのに、怪我の様子を隠すことも無く、しかし痛がる素振りも見せず、言動だけは過去に会った時のまま二人は一方通行に近づいて来る。
「…………」
距離を詰められた一方通行は何も言わない。
知り合いの生徒が敵対する未来がどこかで起きることはとっくに予想がついていた。
ノノミとセリカが敗北していることについても特に驚きはない。
相手がカヨコとムツキならば十分あり得る展開だと、彼女達と一度作戦を共にしたからこそ一方通行は納得する。
「これが私達の戦い方よ」
意識を引っ張らせるように、アルが言葉を強調して一方通行に話しかける。
「先生を傷付ける為の道具も身体も使わない。先生と戦わない。先生には勝たない。でもこれで先生の身体を無傷で取り押さえることが出来る」
「そういうこと!」
「だから、大人しくしてくれると助かるかな」
ムツキが語る通り、詰まる所そう言うことだった。
そう言う、話だった。
一方通行と相対した際は無条件降伏。
それ以外と相対した場合は何が何でも勝利をもぎ取る。
そうすることで初めて一方通行に勝つ道が生まれる。
勝負で勝つのではなく、無傷で取り押さえて勝つ。
アルの狙いは、初めからそこにあったのだと、ここにきて一方通行はアルが取っていた行動の真意を理解した。
不慣れな接近戦も、全てカヨコ達がここに到着するまでの時間を稼ぐ為の物に過ぎなかった。
初めから勝つ気が無いのならあんな戦い方をして当然だ。
やる気の無い戦いをするアルを見て、こちらの戦意が削がれていたことすらアルが企てていた計算の内だとするならば正真正銘の脱帽物だと、一方通行は賞賛する。
だがその作戦は、あまりにも望みが薄いと言いようが無いのも確かだった。
「随分と回りくどく、細い勝ち筋を辿りやがる」
ムツキ、カヨコ、そしてアルに包囲される中、一方通行は綱渡りが過ぎる作戦内容に口を挟む。
彼女達が語っているのはどこまでも理想論だ。
一手でもミスが生じればあっと言う間に水泡に帰す、計画とすら呼べない代物だ。
だと言うのに。
「当然じゃない」
平然と、アルは一方通行に向かってそう言い切った。
この道を辿るのが当たり前だと、事も無さげに言い切っていた。
「私達は私達の理想を守りながら先生と戦うことを決めた。先生を傷付けず、この戦いに勝つ道を選んだ。それがどんなに遠くても非現実的でも、納得出来る手段を選ぶことを決めた」
彼女達が打ち立てた作戦は、余程の自信家か、途轍もない大馬鹿ではなければ実行に移すことすらしない程の物。
アル達が自信家か、はたまた大馬鹿か。
その答えはとっくに一方通行の中で出ている。
「どんなに可能性が低くても、どれだけ望みが薄くても、自分達がやりたいと決めたなら、こういう勝利しかいらないと覚悟したなら、その道が茨だろうが何であろうが、全部無視して進むのは当然のことじゃない」
彼女達は、とんでもない大馬鹿だ。
でなければ、向こう見ずに我が道を突っ走り続けられる筈が無い。
「これが『悪党』よ、先生」
でも、そこには力があった。
ゲヘナで彼が投げかけた一言から、アル達は悪党としての矜持を手に入れた。
一方通行が拘らないと決めた悪の道を、ひたむきに彼女達は進んでいた。
研鑽を重ねた。
そうありたいとして生き続けた。
その結果が、今ここにある。
どれだけボロボロになっても、ノノミ達を気絶まで追い込む程ボコボコにしてみせようとも、一方通行だけは怪我をさせずに無力化する。
間違いなくそれは彼女達が為した成長の証であり、実現させるだけの力を掴んでいる証明だった。
夢物語を夢で終わらせない。
一流を名乗るからには、描く夢だけは譲れない。
「一流の悪は手段を選んで仕事を完遂させる、でしょ。先生」
目を細め、妖艶な笑みを浮かべながらアルは一方通行に微笑みかける。
圧倒的勝者の立ち位置から敗者を見下ろすその姿は正に悪党に相応しい。
故に一方通行は絶体絶命の立場であるにも関わらず、歪に口角を吊り上げた。
「上出来だ」
それは、思わず出て来てしまった言葉だった。
敵対しているのに、思わず彼は笑ってしまい評価を下してしまった。
彼女達のやり口は、それ程までに美しかった
だが。
いくら追い詰められていても、それは負けが決定している訳ではない。
いくら美しくても、負ける口実にも理由にもなり得ない。
「だがまァ、勝利ムードの雰囲気漂わせてる所を悪ィが、俺からのアドバイスだ」
今度は、一方通行に三人が警戒心を向ける番だった。
不穏な言葉を紡ぎ始める一方通行に、たちまち三人が身構えた。
ズ……ッ! と、一方通行の手を掴もうとカヨコとムツキが彼に向かって両手を伸ばし始める。
しかしその手が彼の身体に触れる直前。
「決着が付いてねェのに、ベラベラと理念を語るのは感心しねェな」
バガンッッッ!!! と、強烈な音と共に教室の扉が宙を飛んだ。
「「「なっっっっ!?!??」」」
刹那、三人の首がぐいんと音の出所の方へと曲がる。
扉が蹴り破られた。と、アル達が認識したのは吹き飛んだ扉が大きな音を立てながら床に落下したのと、扉の外にいる誰かの足が真っ直ぐ伸びているのを目視で確認してからの事。
予期せぬ音と、予想だにしない事態に、一秒程三人は一斉にその身を硬直させる。
その、すぐ後。
「お待たせ先生。助けに来た」
この場にいなかった最後のアビドスメンバーである、砂狼シロコが姿を現した。
額から血を流し、今にも倒れそうなぐらいフラフラな足取りで現れた様子から、彼女もノノミ達と同様激闘に身を置き、そして唯一勝利してここまでやって来たのだろうと一方通行は推測する。
では、誰と死闘を演じたのか。
答えは簡単である。
この場にいない最後の一人がいつまで経っても現れないことが、彼女が誰と戦ったのかをハッキリとさせる確固たる証拠だった。
「シロコ、ハルカはどォした?」
推理を決定的な物とすべく、そしてアル達に聞かせる為、分かり切った質問を一方通行は投げかける。
「ハルカ……ああ。あの子か。ハルカって言うんだね。勿論倒して来た。今は二階の廊下で寝てる」
予想通りの答えが返って来ると同時、アル達の表情が変わるのを一方通行は垣間見た。
シロコが負った傷の深さ度合いから、嘘を言っている等と彼女達も思わないだろう。
戸惑う様子を見せる便利屋達とは対称的に、シロコは迅速に行動する。
一方通行が包囲されてる状況から、自分が何をすべきなのかを、即座に判断する。
カチャリと、彼女は一瞬も迷うことなくアル達に銃を向けた。
「状況は把握した。先生は返して貰う」
射線が少しでもズレれば一方通行にも被弾する程に便利屋と一方通行の距離は近い。
しかし、シロコは銃を向けた。
それは積み重ねてきた経験から来る自信の表れ。
絶対に一方通行には当てないという自信が、銃を持つ手に力を込めさせる。
「アルちゃん……」
「社長……ここまでだよ」
「…………そうね」
途端、カヨコとムツキが若干弱々しい声でアルに向かって何かを促し、アルもそれを了承するかのような言葉を返した。
一瞬、それは自分達の流儀を貫くのを諦めたのかと一方通行は勘繰ったが、すぐにその思考は過ちであり、侮辱だったと知る。
「降参よ。私達の負け」
ハッキリと、両手を上げてアルがそう宣言したことによって。
「ここで戦闘をすれば間違いなく先生に攻撃が当たる。そんな真似は出来ないわ」
それはどこまでも一途だった。
果てしなく果てしなく自身が立てた忠義に一途だった。
「私達の戦い方じゃあ、先生を巻き込まないで戦うなんて無理だしね~」
「元々、全員生存が必要不可欠な作戦だったし、ハルカがいつまでも出てこないから、こうなることは半ば分かってたよ」
あっけらかんとムツキとカヨコは負けたとそう語るが、一方通行からすれば二人の言葉は嘘塗れでしか無かった。
確かにシロコが現れ、彼女達が立てていた作戦の妨害に割り込んできたが、まだまだアル達にもひっくり返す手段はあるのだ。
人質にするなり、盾にするなりとアル達が逆転する方法はそこら中に転がっているのだ。
否、そもそも立場の逆転なんて起きていない。
依然この場面で不利なのはシロコであり、一方通行だ。
アル達の立場は変わっていない。断然有利のまま。
それなのに彼女達は白旗を振った。
その理由はただ一つ。
一方通行が戦闘に巻き込まれる確率が、ゼロでは無くなったからだ。
「先生以外を倒すことが私達が勝つ為の絶対条件だった。もし失敗したら、私達の誰かに勝った子は絶対に先生を助けに現れるのは分かってたもの。現に今、目の前でそれが起きてる」
「それで白旗ってかァ? 勝ち筋が細いにも程があンだろォが……」
「八割は成功すると思ってたのよ? 残念ながら二割を引いてしまったけど」
自分達ならアビドス全員を個々で叩きのめせるだけの力はあると思っていたと、アルは少しばかり悔しそうに語る。
要するに、ハルカが弱かったのではなく想像以上にシロコが強かったという話だった。
「ところで、こんな無駄話をしてる時間、先生達にあるの?」
一方通行がアル達が敗北した要因について納得していた折、アルからそう言葉を投げかけられる。
「オートマタはまだまだいるんじゃないかしら」
言葉が放たれたすぐ後だった。
まるでその言葉を待っていたかのように、一体、また一体と次々に銃口を突きつけながら続々とオートマタが姿を現し始める。
「へ? え!? こんなタイミング良く現れる!?」
「アルちゃん……まさかずっと待機させ続けてたの?」
「そんな訳ないでしょ!! ただ忠告したかっただけよ!!」
「どうでも良いけど、これまずくない? 多分今まで出てこなかったのは私達が暴れてたからでしょ……」
なのにこのタイミングで出て来たということは、戦闘が終わったと判断されたことを意味する。
便利屋68が勝ったのか負けたのか、それを銃撃が止まったことで確認しにオートマタは現れた。
しかし、目の前に繰り広げているのは攻撃をしていない便利屋と、未だ立っている一方通行とシロコ。
どう判断をされるのかは、推して知るべしな状況だった。
「先生ッッ!!」
危険を察知したシロコが慌てて前へ踊り出る。
だが、既に四方八方にオートマタがいる以上、彼女の存在は盾にもならない。
アル達は一方通行に危害を加えない為、無茶な作戦を実行に移した。
しかし、彼女達が掲げる矜持はカイザーにとっては一切関係の無い話。
一方通行を殺さない理由も意味も無い。
撃って来ないのは、雇ったアル達がいるからでしかない。
しかしそれもいつまで続くかは不明。
何せアル達は目の前に一方通行がいるにも関わらず攻撃を仕掛けていない。
それを利敵行為とオートマタが判断してしまえば、彼女達を容赦なく巻き込んでの銃撃が始まるだろう。
攻撃が始まるのは時間の問題。
敵は四方八方から一方通行とシロコを狙っている。
こちらのまともに戦える戦力は決して軽くないダメージを負っているシロコ一人。
勝つ見込みはハッキリ言って薄いと言うのが、一方通行が下した判断だった。
万事休すと言っても良い事態に、学校を半壊させることを覚悟で『翼』の使用に踏み切る必要が浮かび上がった矢先。
「あぁ、私達は依頼を失敗。カイザーにとって役立たずの烙印を押されてしまったわ」
彼の横から、やや間延びしたアルの声が響き始めた。
「当然仕事は失敗したから報酬も無くなっちゃった」
「ここまでやってただ働き、やってられないけど……まあ、自業自得かな」
次いでムツキ、カヨコもこれまた演技掛かった口調で悔しそうにそう零す。
「最悪、裏切り者としてターゲットにされてしまったかもしれないわね。逃亡生活の始まりかしら。折角構えたオフィスも破棄せざるを得ない話に発展するかもよね」
三人の言葉は極めて不自然だった。
どこまでもどこまでもわざとらしかった。
少なくとも一方通行には彼女達の話す内容全てがそう聞こえた。
これではまるで理由を作っているかのようだと声に出さず態度にも出さず嘆息する。
自分達が潰される未来が
ならばそれを覆す為の理由を作って、私達に便乗させて。と、そう言っているようにしか一方通行は聞き取れなかった。
回りくどい。
面倒臭い。
でも、それが彼女達のやり口なのだと一方通行は知る。
アル達が何を一方通行にして欲しいのか。
どの言葉を望んでいるのか。
それを瞬時に察してしまった一方通行は軽く舌打ちをした後。
「二倍でどォだ」
結論だけを述べた。
「三倍よ」
直後、簡潔な答えが帰って来る。
その言葉に、思わず一方通行は小さく笑う。
「足元見やがる」
「私達は悪党よ? 甘く見ないで欲しいわね」
「違いねェ」
二人の間で、小さく言葉が交わされる。
日常の延長線にあるような、軽い会話が交わされる
それは、二人がある事柄に対して合意した合図だった。
了承の旨は無い。
明確に成立することを確認する言葉も発さない。
故にアルは淡と発する。
「ムツキ、カヨコ」
二人の名を呼び。
「クライアントが変わったわ。存分に暴れなさい」
命令を下した。
途端、二人が銃を向ける先が変わる。
シロコにではなく、包囲していたオートマタの方へと。
「いっくよ~~~~!!!」
「先生、指示お願い」
容赦の無い銃撃が迸り、窓際や教室の扉付近にいたオートマタがまとめて吹き飛び始める。
十弱の敵を瞬く間に葬ったカヨコとムツキは、無視出来ない怪我を負っているにも関わらず平常時のような動きと口調で一方通行に指示を求める。
自分達の傷は気にするなと、暗にそう伝えて来た二人に、一方通行は悪いなと、心の中で礼を告げ。具体的な指示を彼女達に出し始める。
「シロコ。ハルカを回収してここまで持ってこい。帰って来たら校内の掃除だ。ムツキは中庭、アルは校庭側で大多数を受け持て。俺とカヨコはここで倒れた奴等の護衛だ」
「ん、分かった」
瞬間、自分に向けての指示が終わったと見るや、続くアル達に向けての指示が終わるのを待たずシロコは飛び出し、邪魔をしていた兵士を秒殺しながら二階へと向かって行く。
「中庭で戦う以外に特に制限はないの?」
「好きにしろ。やりたいようにやれ」
瞬間、おっけ~~~と嬉しそうな声がムツキから上がり、意気揚々と窓から飛び出していく。
禁止事項を設けず、どう戦闘するかも彼女の判断に一任させる方がムツキは強い。
それはアルについても同様。
「アル。分かってると思うが相手の数はまだまだ腐る程いやがる。なるべく多くを外で引き受けろ。カヨコのダメージは見た目よりかなり深い。数で攻め込まれるとあっと言う間に押し切られる。良いな?」
「任せなさい。むしろ獲物が少なくて物足りなかったとか後で文句言わないで頂戴ね」
軽口を叩きつつ、アルも廊下にいる連中をついでとばかりに撃ち抜きながら、校庭の方へ躍り出て多数の兵を相手に一人大立ち回りを演じ始める。
突然の裏切りに動揺しているオートマタも見られたが、それらは悉くアルの先制攻撃によって潰されていく。
その結果出来上がるのは彼女に向ける敵意の上昇。
アビドス側に回った敵として、良くも悪くも注目を集めやすいアルに多くの兵士が銃撃を始めていた。
言伝通りカイザーから向けられる敵意を一手に引き受けたなと、銃弾の装填を行う傍らで、アルの仕事っぷりを一方通行が眺めていると。
「先生、私は大丈夫だから」
少し不機嫌さを纏った声がカヨコから飛んできた。
どうやら比較的安全な護衛作業に投入されたことを不満に思っているらしい。
怪我が理由でこの中だと最も戦闘回数が少ない護衛任務に自分を選んだのなら、そんなことはしなくて良いと言葉少なに彼女は言う。
が。
「言ってろ。ちなみにだがこっちも暇じゃねェからな。休ませる為に置いてる訳じゃねェぞ。オマエが一番役に立つと思ったから置いたンだ」
一方通行としては彼女が語る論は最初から間違えてるとしか言いようがなかった。
確かに彼女の怪我が一番重いのは認めるし、それが気絶しているセリカ達の護衛に配置した理由の一つとしたのも間違いようの無い事実である。
しかし。彼女をここに置いたのは、カヨコの怪我だけが原因では無いと一方通行は語気を強めて言う。
誰かを守る戦闘なら、便利屋の中で一番適任なのはカヨコだと思っているからこそ、護衛に配置したと、一方通行は口に出す。
「分かってる。……。意地張ってごめん」
「気にすンな、ガキのお守りはいつものことだ」
「ガキ…………。はぁ……別に良いけど」
また少し不満げな声色を響かせながら、カヨコは教室を狙っていたオートマタ目掛けて発砲し、撃破していく。
一方通行。
陸八魔アル。
砂狼シロコ。
鬼方カヨコ。
浅黄ムツキ。
アビドス解放戦線に便利屋68が加わり、引き換えにノノミとセリカ、そしてハルカが戦闘不能になったものの、戦力の頭数自体は一人増えて五人になった。
対して、オートマタの数は百を切ろうとしている。
兵力の差こそ未だ圧倒しているが、個々の実力は完全にシロコ達に突き放されていて、尚且つここに至るまでの間にかなりの数がシロコ達によって撃破されているカイザー側に、単純に個の力が強い少女が一人増えたアビドス陣営を殲滅出来る程の力は無かった。
時間にして一時間後。学校にいたオートマタは彼女達の手により完全に駆逐されることとなる。
それは、後に始まるホシノ救出作戦の足掛かりとして、大きな一歩になる戦いだった。
この話を書きたくて一年前にアルちゃん達を登場させました!! 一年以上掛かっちゃった!!!
はい、後書きはこの書き出しから始まるパターンは多くなると思います。でもやっとですからね、許して下さい。
アルちゃんにシリアスやらせたいをコンセプトに組んだこの話。以降アル達は正式にアビドス解放戦線に仲間入りすることになります。やったね!! 仲間が増えたよ!!
戦闘シーン全カットで負けたセリカとノノミ、そしてハルカですがそれぞれ相手が悪かったです。ムツキ、カヨコが相手なら仕方ない。シロコ相手なら仕方ない。
個人戦に入ったからと言って味方サイドが全勝する訳でもない。
そんな一面が今回のお話で垣間見えたかと思います。
そんなこんなでアビドス編は折り返し地点に入ってると思います。
ここから最後の大一番、ホシノ救出編に入っていく訳ですが、まだまだ障害は多く残っているような……?
アビドス編はテンポ良く進めたい所ですね。では次回も応援よろしくお願いします!